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4.リキッド-2




 ぼうっと窓の外を見ている。ガラスは室内との温度差で、白く曇っていた。その向こうは冬の乾いた景色で、寒さよりも埃っぽさをかもし出している。学生達はともかくとして、私服の大学生や社員は、一様に暖かそうな冬服に身を包んでいた。

(ま、大半はコートで隠れちまうんだけどな)

 窓越しに見える風景にそんな感想を漏らしてから、リキッドはため息をついた。そうしてから自分の行動に驚く。

(な、何で俺、ため息なんかついてんだ・・・!?)

 学校が始まって確かにいろいろ忙しいが、それはいつものことである。友人とも楽しくやっているし、家庭内も円満だ。それのどこにため息をつく要因があるというのか?

 自問しながら再び窓の外を見ると、長い黒髪をなびかせた女性が、ゆっくりと目の前を通り過ぎてゆく。背が高く、背筋をまっすぐに伸ばして歩くその姿が、シンタローによく似ていると思う。

ふと、胸にちくりとした痛みのようなものが走った。

「え・・・・・・・?」

戸惑ったような声を出しながらも、内心で彼は納得していた。自分は先日のシンタローとのやり取りが引っかかっているのだ、と。

(あれって、あれってやっぱ、告白・・・なんだよな・・・・・・?)

 自分の渡したプレゼントを手に、困ったような微笑を浮かべながら、好きだと言った彼女。あまりにもあっさりとした口調で、特に返礼を催促する様子もなかった。そのためか、顔を合わせなかった休みの間はずっと忘れていたのだが、先日たまたま顔を合わせたときに、どうして関心を持たずにいられたのかと思うほどに、鮮烈に思い出したのだ。

(やっぱ、ちょっと変だったよな、あれは・・・・・・)

 目が合い、思い出したとたんに真っ赤になって、すぐにあさってを見てしまったリキッドに対し、シンタローはとがめるでも声をかけるでもなく去っていってしまったのだ。それだけのことなら、気付かなかったのかと納得できもしたのだが、それから何度かあった邂逅の際も、彼女は決してこちらに注意を向けようとはしなかった。

 避けられている、というわけではなさそうなのだが、話す機会はめっきり減ってしまっている。告白を受けた身としては、この意味を考えずにはいられない。

(答えなくてもいいんかなぁ・・・。いやいや、そんなはずはない。告白して、返事がいらないなんてあるもんか。答えなくていいんなら、そう言うはずだあの人なら! ・・・・・・でもだとしたら何なんだ? ひょっとして、からかわれてる?)

 そうだとしたら、何も言ってこないことにも説明がつく。少ない情報で混乱するこちらを見て楽しんでいるのだとしたら・・・・・・・。

 ありえないことではない。リキッドはとにかく人から遊ばれやすいたちで、さまざまな手でこれまで翻弄されてきたのだ。シンタローとて普段は彼をバカにすることが多い。そのランクをあげたと思えば全てに説明がつく。

「・・・・・・」

 だが、そう考えると今までよりもさらに落ち込みがひどくなる。彼女は今、周りにいる人々の中では、比較的信頼できる方だったからだ。確かにバカにされ見下されパシリにされてはいるが、最後には必ず助けてくれる。決してリキッドを無為に見捨てたりはしない。

 そんな人が、こんなことをするか?

「・・・・・・いいや」

 無意識につぶやいて、うつむけていた顔を上げる。

(あの人はしない。だますにしたってこういうやり方はしないはずだ。こんな、人の心をもてあそぶようなことは。それに・・・・・・)

 顔を合わせた数回を、頭に思い浮かべてみる。いつも場面は室内で、かなりの頻度だった。けれどその中のシンタローは、一度としてリキッドの贈ったセーターを着ていたことはない。

(あれは、どういう意味なんだろう?)

 よく考えれば、贈られた服がすぐに着られなくとも不思議なことではない。あわせるものがないとか、気候に合わないとか、洗っているなどだ。しかし今のリキッドはそれを思いつかず、何かの意味があると思えてしまって、仕方がなかった。

「うーん・・・・・・」

 頭を抱えて考え込んだ。こんなことは聞きに行くわけにも誰かに相談するわけにもいかない。第一、彼はシンタローの気持に対する返答を、まだ用意してはいないのだ。そんな状態では本人はおろか、他人に言いふらすわけにも行かない。

 からかわれているにしろ、真剣な告白にしろ、その一点だけははっきりさせておかなければ何も始まらない。終わりもしない。

「俺は、シンタローさんを・・・・・・」

「シンタローが、どうしたって?」

「うわぁ!」

 物思いにふけっていた背後から突然かけられた声に、驚いて飛び上がる。今まで部屋には誰もいなかったはずだ。

「な・・・・・・なんだパプワか・・・びっくりさせんなよ・・・・・・」

「それはこっちのセリフだ。僕はさっきからここにいたぞ。気付いてなかったのか?」

「え?」

 そういわれてみれば、入り口の戸が開いている。きちんと閉めたはずのものだ。立て付けが悪く、空けばきしむその戸の音に、全く気付かなかった。ばつが悪くて無意識に赤面する。

「何ぶつぶつ言ってたんだ? シンタローのことなんだな?」

「・・・・・・あ、まあな」

 リキッドは同居しているこの子供に嘘をついたことはない。両親を早くになくしながらも、よい養育者にめぐり合い、のびのびと素直に育ったパプワは、嘘にとても聡かった。しかしそれと同じくらい、人の気持ちにも聡かったので、言いたくないと思ったことに、深く追求してくることもない。

 彼はそんな自分の被保護者を、誇らしく思い好いている。偉そうだとか人使いが荒いだとか欠点はさまざまにあるが、この子供と暮らすのは楽しかった。

 そして、パプワとシンタローは親友でもある。子供は年上の友をとても大事に思っているのだ。少なくともリキッドよりは、彼女のことを知っている。

「何かさ、クリスマスからだろうな、たぶん。避けられてる気がするんだよ・・・」

「・・・・・・シンタローに、か?」

「ああ。あ、俺はただプレゼントを渡しただけで、変なことはしてないぜ!」

 妙な誤解をされないように先に釘を刺すと、なぜか不機嫌そうな顔をされた。

「本当だって!」

「解ってる。何かしてたらお前が無事なはずはない」

 切って捨てるような、そんなことはありえないといわんばかりの断定に、リキッドは複雑な表情で黙り込む。

 確かにその通りはその通りなのだが、女性相手に素直に認めてしまうのは、やぶさかではない事実だ。

「・・・・・・“俺は”?」

「え?」

 話し相手の気分にはかまわず続けたパプワの言葉の意味が解らず、これは素直に聞き返した。

「“俺は”何もしてないって言ったよな? じゃ、シンタローは何かしたのか?」

「・・・・・・えっと・・・・・・」

 まっすぐな瞳で見つめられ、返答に困ってしまう。子供相手には微妙な内容の話ではあるし、シンタローが真剣だとすると、人づてに親友に知られて嬉しいはずもない。

 困って黙り込んだりキッドに、何を思ったのかパプワが口を開く。

「まあ、言いたくないならいい。たぶんシンタローが総帥になるって話だろ?」

「そう・・・・・・。・・・・・・って、ええ!? し、シンタローさんが、そ、そ、総帥!?」

「何だ、違ったのか」

 驚きのあまり口を空いたままになってしまったリキッドに対し、パプワは平然としたものだった。先日、ハーレムとコタローからこの話を聞かされたときも、同じ反応を示した。

「ハーレムから聞いた。あいつが4月から新しい総帥になるって。・・・何をそんなに驚いている?」

「だ、だってよ・・・・・・。シンタローさんが、だぜ? ちょっと前まで学生だったのに・・・」

「学生だろうが総帥だろうが、シンタローには変わりないだろう」

 混乱していたリキッドは、ふとこの言葉で我に返る。パプワにとってシンタローは、初めて会ったときからずっと、同じシンタローのままなのだ。その肩書きが学生であろうと総帥であろうと――人にあらざる者だとしても――変わりはしない。何があっても態度は同じなのだ、シンタローはシンタローだと。

 その思いを感じ取り、リキッドの心から迷いが溶けていく気がした。

「シンタローさんは・・・俺のことが好きなんだな・・・・・・」

 あの告白に偽りはない、と確信した。
 
 唐突な言葉だったが、それを受けたパプワの瞳は一瞬疑問に揺れたのみで、何をいまさら、と物語る。

「だったら俺、答えないと・・・総帥になったら・・・・・・・」

 シンタローのさまざまな表情が浮かぶ。何気ない会話、叱ってくる表情、こちらをバカにするが満々の意地悪な顔、必死に相手を気遣う様子――思えばあのクリスマスの日も、彼女はこんな表情をしていた気がする。

 会えなくなる、という言葉は胸のうちでつむいだ。子供に余計な不安を与えたくなかった。

「そうだぞ、さっさとしろ。爺さんになる前にな」

 ハーレムの言葉をそのまま使った励ましだったが、彼にそんなことは解らない。ただ、どことも知れない場所を見る真剣な目で、深く頷いたのだった。



5 コタロー へ



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