鳥籠<前編>
「約束したのに。…ずっと、傍にいるって。」
病院の霊安室のなか、ベットの横の椅子に腰掛けながら、
そう呟いたのは黒髪の美しい女性。
そして、今は永遠の眠りについたその人は、
見目奪われるような金髪の美しい男性。
けれど、生前見られていたその見事な碧眼はもう二度とその光を
映すことはない。
二人は夫婦だった。
夫がキンタロー、妻がシンタローという名前だ。
シンタローは、夫と出会った時、記憶喪失だった。
今もそれ以前の記憶は無くしたままだ。
シンタローには理由はわからなかったが、
キンタローは彼女をつれてまるで何かから逃げるように生活していた。
ひとつの場所には留まらず、転々と住居を移しながら。
けれど、シンタローはそれでもかまわなかった。
感情を表すのが苦手な夫だったけれど、
やさしく、穏やかに自分を愛してくれた。
何より大切にしてくれていた。
彼がいてくれればそれでいいと、そう思っていた。
けれど、別れは突然やってきた。
彼は、銃殺された。
犯人はいまだに不明。
どうしようもない喪失感がシンタローを襲った。
「愛してるって、言ったじゃないか。俺を、守ってくって、言ってくれたじゃない…っか!」
感情を表すのが苦手な彼だったけれど、
大切なことは確かな言葉でくれた。
けれど、もう彼は二度と、自分を愛してると、言ってはくれない。
そのたくましく、暖かい腕で、自分を抱いてはくれない。
穏やかに見つめてくれたその碧い瞳が開かれることも、もう永遠に無い。
思い出すのは優しく愛されたその記憶ばかり。
何よりも大切なそれが、もう二度とくることの無い思い出だと思うと、
自然に彼女の目から涙が溢れだす。
「愛してる…っ!お前のことを、誰よりも…!!!!」
彼女は冷たくなってしまった夫の体にすがりついていつまでも泣いていた。
翌朝、シンタローは夫の事件を担当している刑事に聞いた。
現場に、ある暴力団のタイピンが落ちていたということを。
そして、なるべく下手に事件に首を突っ込むことのないようにと注意を受けた。
火葬を終え、今は小さな箱の中に入って帰宅をしたキンタローを
呆然と見つめながら、シンタローは呟いた。
「…お前を撃ち殺したのは、眼魔組っていう暴力団かもしれないんだって…。」
「刑事さんは下手に首を突っ込むなって言ってやがったけど……。」
「どう気持ちを切り替えようとしても、許せそうに無いんだ。お前を奪った奴のことを。」
「お前はきっと反対するだろうけど、でも、俺はやる。」
「お前のカタキは必ず討つ…!」
シンタローはそう言うと、二人が幸せな生活を送った最後の家を出た。
それが、すべての始まりだった。
二人の側近を連れ、眼魔組組長マジックは久しぶりに自分のシマの
クラブに来ていた。
「あらまぁ、随分ご無沙汰じゃない、旦那」
店のママとおぼしき着物を着た女性が、しなを作り、マジックに寄り添う。
「ああ、調子はどうだい?相変わらず君は美しいが。」
それに、笑顔で答えながら、マジックはその女性の肩を引き寄せる。
「相変わらず上手なんだから。ああ、そう言えば最近入った新入りの子が
なかなかの器量良しでねぇ。評判になってここ最近繁盛させてもらってます。
紹介してませんでしたわね?シンちゃん、ちょっといらっしゃい!」
ママがそう呼ぶと、他の客の接客をしていた長い黒髪の女性が
二人の傍へ来る。
真っ赤なスーツに身を包み、スラリとした長く白い足を短めのタイトスカートから
惜しげも無く見せている。
その美しい女性に、不覚にもマジックは見とれていた。
「こちら、最近入った子でシンタローって言うの。男名でびっくりしちゃうでしょ?
だから源氏名つけなさいって言ってるんだけどこの子聞かなくて。」
苦笑いを浮かべながらママはそう言った。
「ということは、本名なのかい?」
驚いた顔をしながらマジックがシンタローに問いかける。
「…ええ、そうです。シンタローといいます。以後お見知り置きを。」
そう言ってシンタローは深ぶかと頭を下げた。
けれど、その手は血がにじむほどキツク握りしめられていた。
『この男がキンタローを殺した組のボス…っ!』
「こちらこそよろしく。…いきなりこんなこと言うとびっくりされるだろうけど、
君のことが気に入ったよ。よかったら私の専属になってもらえないかな?」
シンタローの肩に手を置きながら、マジックは何食わぬ顔でそう言った。
「ちょっ…!旦那、いくらなんでもそんな急に…!」
マジックのその申し出に、慌ててママが口を挟む。
「…俺でよければ喜んで。」
それを遮るように、シンタローはそう言った。
見るものすべてを惹きつけるような妖艶な微笑みで。
シンタローにとってそれは願っても無い申し出だった。
元より眼魔組の縄張の店に入ればいつか、彼に近づくチャンスが
あると思っていた。
それがこんなに早く思惑通りに進むとは思っても見なかった。
「………っ!…好き勝手に使いやがって…。」
眼魔組組長、マジックに見染められ彼の邸宅で愛人として暮らすようになった
シンタロー。
ここに連れてこられてもうひと月ほどになっていた。
マジックのシンタローに対する愛情は異常なほどであった。
邸内から出ることを禁じられ、毎夜夜伽をさせられる。
他にも自分と同じような愛人がいるかと思えば、
彼の傍にいるのはちょっと変わった美青年ばかりだった。
しかも、その夜の生活がまた異常だった。
夫のキンタロー以外と関係を持ったことが無いシンタローだったから
なおさらだったのだろうが、マジックの性癖はある種恐ろしいものがあった。
気を失うまで抱かれたり、見たことも無いような性具で一晩中弄ばれたりした。
それでもシンタローはマジックの異常な行為に耐え、チャンスを伺っていた。
その日も、朝まで離してもらえず、目を覚ましたらすでに日が上っていた。
「シンちゃん、起きてる?」
ノックもせずに彼女が寝ている寝室に入ってきたのは、
マジックの息子だというグンマだった。
「ああ、今起きた。」
「そっか、丁度良かった。食事持ってきたんだけど、食べられる?」
ベットの上でぐったりしていたシンタローに、ガウンを手渡すと、
グンマはベットサイドのテーブルに食事を並べた。
(作ったのは組の舎弟の者だが。)
グンマはシンタローがこの邸宅に連れたこられた頃から
事あるごとに彼女を気遣い、いろいろと良くしてくれていた。
マジックの息子でありながら、気性が穏やかなためか、
家業とはあまり関係無いらしい。
一度、自分は科学者だと言っていたが。
ゆっくりとだが黙々と食を進めるシンタローを眺めながら、
グンマは口を開いた。
「ねぇ、シンちゃん。今までお父様の手前聞けなかったんだけど、
ひとつ、聞きたいことがあるんだ。」
「…なんだよ?改まって。」
食事している手を止めて、シンタローはグンマを見た。
「…キンちゃんは、どうなったの?」
「お前、キンタローを知ってるのか!?」
沈痛な面持ちで問いかけたグンマに、シンタローは声を荒げた。
「知ってるも何も、キンちゃんは僕たちの従兄弟じゃないか。」
不思議そうにそう言うグンマ。
その言葉に、戸惑いを隠せないシンタロー。
『僕たちの従兄弟』彼は確かにそう言った。
「僕たちって、どういうことだ?俺とアイツは従兄弟同士だったのか?」
「え、シンちゃんもしかして記憶が…?」
シンタローのうろたえ方に、グンマは今更だがうすうすと悟った。
「う…ん。そうだよ。キンちゃんはお父様の弟の息子だよ。」
「…お前は俺のことも知ってるのか?だったら教えてくれ、俺は一体誰なんだ!?」
グンマの肩を掴み、そう問いかけるシンタロー。
「それは…。」
「…よけなことを言ってくれたね、グンちゃん。」
グンマが口を開こうとしたとき、いつの間にそこにいたのか、
マジックがドアの傍から口を挟んだ。
「お…お父様……。」
グンマの顔が青ざめる。
「…いいよ、私が教えてあげよう。シンちゃん、君は私の子供なんだよ。」
「…!?何、言ってやがる、そんな…馬鹿な。」
マジックの言葉に、驚き、うろたえるシンタロー。
「嘘じゃない。お前は私の『息子』だ。」
狼狽しているシンタローに構わず、マジックは続けた。
「息子だと?アンタ俺の体をあれだけ好き勝手に扱っておきながら見てなかったのか!?
この体のどこが男だってんだ!!」
その言葉にシンタローが切れた。
「お前に真実をみせてあげる。…ついてきなさい。ああ、グンちゃんもね。」
そう言うと、マジックは部屋を出た。
グンマにかけてもらったガウンを着なおしてシンタローも彼に続く。
グンマも、うつむきながら二人に続いた。
マジックに案内されたどり着いたのは、この邸宅の地下室だった。
冷たいその部屋の中は薄暗く、とても不気味だった。
シンタローはそこで見てしまった。
自分と同じ顔の男性が、部屋のベットに横たわっているのを。
「…なんなんだよ、こいつは一体……」
恐る恐る後ろについていたマジックに問いかけるシンタロー。
「ただ、寝ているだけみたいだろう?だけどこの子はもう生きてはいない。
この子はね、君の本体なんだよ。」
「どういう…意味だ?」
「君は、この子の細胞から造られたクローン体なんだよ。」
目の前のこの男は今何といった?
俺が、造られたと?
生まれたのではなく。
頭部を鈍器で殴られたような衝撃をシンタローは受けた。
「…じゃあ、なんで、俺は女性としてここにいる?こいつはどう見ても男だろ?」
絞りだすように、どうにかそれだけを彼に問いかける。
「この子が気にしていたからね。親子である上に、同性での行為を。」
いとおしそうに、ベッドに寝ている男の髪をすきながら、シンタローにとっては
虫酸が走るようなことを事もなげにマジックは言い放つ。
「…だから、性別だけはいじらせてもらったんだよ。そこにいるグンちゃんと、
キンちゃんに頼んでね。」
そう言いながら、マジックはついてきていたグンマを見た。
その視線に耐えきれず、視線をそらすグンマ。
「なん…だって?キンタロー…?」
先ほどよりもなおシンタローにとっては衝撃的な事実だった。
「そうだよ。君を造ったのは、グンちゃんとキンちゃんの二人だ。」
その言葉を聞いた途端、シンタローは激しい頭痛に襲われた。
それは立っていられないほどだった。
「いっ…!…ぁっ!!」
痛みに耐えきれず、倒れたシンタローを後ろにいたグンマが支える。
「シンちゃん!!」
激しい痛みの中で、シンタローは思い出していた。
自分が失った、いや、封じ込められていた記憶を。
「約束したのに。…ずっと、傍にいるって。」
病院の霊安室のなか、ベットの横の椅子に腰掛けながら、
そう呟いたのは黒髪の美しい女性。
そして、今は永遠の眠りについたその人は、
見目奪われるような金髪の美しい男性。
けれど、生前見られていたその見事な碧眼はもう二度とその光を
映すことはない。
二人は夫婦だった。
夫がキンタロー、妻がシンタローという名前だ。
シンタローは、夫と出会った時、記憶喪失だった。
今もそれ以前の記憶は無くしたままだ。
シンタローには理由はわからなかったが、
キンタローは彼女をつれてまるで何かから逃げるように生活していた。
ひとつの場所には留まらず、転々と住居を移しながら。
けれど、シンタローはそれでもかまわなかった。
感情を表すのが苦手な夫だったけれど、
やさしく、穏やかに自分を愛してくれた。
何より大切にしてくれていた。
彼がいてくれればそれでいいと、そう思っていた。
けれど、別れは突然やってきた。
彼は、銃殺された。
犯人はいまだに不明。
どうしようもない喪失感がシンタローを襲った。
「愛してるって、言ったじゃないか。俺を、守ってくって、言ってくれたじゃない…っか!」
感情を表すのが苦手な彼だったけれど、
大切なことは確かな言葉でくれた。
けれど、もう彼は二度と、自分を愛してると、言ってはくれない。
そのたくましく、暖かい腕で、自分を抱いてはくれない。
穏やかに見つめてくれたその碧い瞳が開かれることも、もう永遠に無い。
思い出すのは優しく愛されたその記憶ばかり。
何よりも大切なそれが、もう二度とくることの無い思い出だと思うと、
自然に彼女の目から涙が溢れだす。
「愛してる…っ!お前のことを、誰よりも…!!!!」
彼女は冷たくなってしまった夫の体にすがりついていつまでも泣いていた。
翌朝、シンタローは夫の事件を担当している刑事に聞いた。
現場に、ある暴力団のタイピンが落ちていたということを。
そして、なるべく下手に事件に首を突っ込むことのないようにと注意を受けた。
火葬を終え、今は小さな箱の中に入って帰宅をしたキンタローを
呆然と見つめながら、シンタローは呟いた。
「…お前を撃ち殺したのは、眼魔組っていう暴力団かもしれないんだって…。」
「刑事さんは下手に首を突っ込むなって言ってやがったけど……。」
「どう気持ちを切り替えようとしても、許せそうに無いんだ。お前を奪った奴のことを。」
「お前はきっと反対するだろうけど、でも、俺はやる。」
「お前のカタキは必ず討つ…!」
シンタローはそう言うと、二人が幸せな生活を送った最後の家を出た。
それが、すべての始まりだった。
二人の側近を連れ、眼魔組組長マジックは久しぶりに自分のシマの
クラブに来ていた。
「あらまぁ、随分ご無沙汰じゃない、旦那」
店のママとおぼしき着物を着た女性が、しなを作り、マジックに寄り添う。
「ああ、調子はどうだい?相変わらず君は美しいが。」
それに、笑顔で答えながら、マジックはその女性の肩を引き寄せる。
「相変わらず上手なんだから。ああ、そう言えば最近入った新入りの子が
なかなかの器量良しでねぇ。評判になってここ最近繁盛させてもらってます。
紹介してませんでしたわね?シンちゃん、ちょっといらっしゃい!」
ママがそう呼ぶと、他の客の接客をしていた長い黒髪の女性が
二人の傍へ来る。
真っ赤なスーツに身を包み、スラリとした長く白い足を短めのタイトスカートから
惜しげも無く見せている。
その美しい女性に、不覚にもマジックは見とれていた。
「こちら、最近入った子でシンタローって言うの。男名でびっくりしちゃうでしょ?
だから源氏名つけなさいって言ってるんだけどこの子聞かなくて。」
苦笑いを浮かべながらママはそう言った。
「ということは、本名なのかい?」
驚いた顔をしながらマジックがシンタローに問いかける。
「…ええ、そうです。シンタローといいます。以後お見知り置きを。」
そう言ってシンタローは深ぶかと頭を下げた。
けれど、その手は血がにじむほどキツク握りしめられていた。
『この男がキンタローを殺した組のボス…っ!』
「こちらこそよろしく。…いきなりこんなこと言うとびっくりされるだろうけど、
君のことが気に入ったよ。よかったら私の専属になってもらえないかな?」
シンタローの肩に手を置きながら、マジックは何食わぬ顔でそう言った。
「ちょっ…!旦那、いくらなんでもそんな急に…!」
マジックのその申し出に、慌ててママが口を挟む。
「…俺でよければ喜んで。」
それを遮るように、シンタローはそう言った。
見るものすべてを惹きつけるような妖艶な微笑みで。
シンタローにとってそれは願っても無い申し出だった。
元より眼魔組の縄張の店に入ればいつか、彼に近づくチャンスが
あると思っていた。
それがこんなに早く思惑通りに進むとは思っても見なかった。
「………っ!…好き勝手に使いやがって…。」
眼魔組組長、マジックに見染められ彼の邸宅で愛人として暮らすようになった
シンタロー。
ここに連れてこられてもうひと月ほどになっていた。
マジックのシンタローに対する愛情は異常なほどであった。
邸内から出ることを禁じられ、毎夜夜伽をさせられる。
他にも自分と同じような愛人がいるかと思えば、
彼の傍にいるのはちょっと変わった美青年ばかりだった。
しかも、その夜の生活がまた異常だった。
夫のキンタロー以外と関係を持ったことが無いシンタローだったから
なおさらだったのだろうが、マジックの性癖はある種恐ろしいものがあった。
気を失うまで抱かれたり、見たことも無いような性具で一晩中弄ばれたりした。
それでもシンタローはマジックの異常な行為に耐え、チャンスを伺っていた。
その日も、朝まで離してもらえず、目を覚ましたらすでに日が上っていた。
「シンちゃん、起きてる?」
ノックもせずに彼女が寝ている寝室に入ってきたのは、
マジックの息子だというグンマだった。
「ああ、今起きた。」
「そっか、丁度良かった。食事持ってきたんだけど、食べられる?」
ベットの上でぐったりしていたシンタローに、ガウンを手渡すと、
グンマはベットサイドのテーブルに食事を並べた。
(作ったのは組の舎弟の者だが。)
グンマはシンタローがこの邸宅に連れたこられた頃から
事あるごとに彼女を気遣い、いろいろと良くしてくれていた。
マジックの息子でありながら、気性が穏やかなためか、
家業とはあまり関係無いらしい。
一度、自分は科学者だと言っていたが。
ゆっくりとだが黙々と食を進めるシンタローを眺めながら、
グンマは口を開いた。
「ねぇ、シンちゃん。今までお父様の手前聞けなかったんだけど、
ひとつ、聞きたいことがあるんだ。」
「…なんだよ?改まって。」
食事している手を止めて、シンタローはグンマを見た。
「…キンちゃんは、どうなったの?」
「お前、キンタローを知ってるのか!?」
沈痛な面持ちで問いかけたグンマに、シンタローは声を荒げた。
「知ってるも何も、キンちゃんは僕たちの従兄弟じゃないか。」
不思議そうにそう言うグンマ。
その言葉に、戸惑いを隠せないシンタロー。
『僕たちの従兄弟』彼は確かにそう言った。
「僕たちって、どういうことだ?俺とアイツは従兄弟同士だったのか?」
「え、シンちゃんもしかして記憶が…?」
シンタローのうろたえ方に、グンマは今更だがうすうすと悟った。
「う…ん。そうだよ。キンちゃんはお父様の弟の息子だよ。」
「…お前は俺のことも知ってるのか?だったら教えてくれ、俺は一体誰なんだ!?」
グンマの肩を掴み、そう問いかけるシンタロー。
「それは…。」
「…よけなことを言ってくれたね、グンちゃん。」
グンマが口を開こうとしたとき、いつの間にそこにいたのか、
マジックがドアの傍から口を挟んだ。
「お…お父様……。」
グンマの顔が青ざめる。
「…いいよ、私が教えてあげよう。シンちゃん、君は私の子供なんだよ。」
「…!?何、言ってやがる、そんな…馬鹿な。」
マジックの言葉に、驚き、うろたえるシンタロー。
「嘘じゃない。お前は私の『息子』だ。」
狼狽しているシンタローに構わず、マジックは続けた。
「息子だと?アンタ俺の体をあれだけ好き勝手に扱っておきながら見てなかったのか!?
この体のどこが男だってんだ!!」
その言葉にシンタローが切れた。
「お前に真実をみせてあげる。…ついてきなさい。ああ、グンちゃんもね。」
そう言うと、マジックは部屋を出た。
グンマにかけてもらったガウンを着なおしてシンタローも彼に続く。
グンマも、うつむきながら二人に続いた。
マジックに案内されたどり着いたのは、この邸宅の地下室だった。
冷たいその部屋の中は薄暗く、とても不気味だった。
シンタローはそこで見てしまった。
自分と同じ顔の男性が、部屋のベットに横たわっているのを。
「…なんなんだよ、こいつは一体……」
恐る恐る後ろについていたマジックに問いかけるシンタロー。
「ただ、寝ているだけみたいだろう?だけどこの子はもう生きてはいない。
この子はね、君の本体なんだよ。」
「どういう…意味だ?」
「君は、この子の細胞から造られたクローン体なんだよ。」
目の前のこの男は今何といった?
俺が、造られたと?
生まれたのではなく。
頭部を鈍器で殴られたような衝撃をシンタローは受けた。
「…じゃあ、なんで、俺は女性としてここにいる?こいつはどう見ても男だろ?」
絞りだすように、どうにかそれだけを彼に問いかける。
「この子が気にしていたからね。親子である上に、同性での行為を。」
いとおしそうに、ベッドに寝ている男の髪をすきながら、シンタローにとっては
虫酸が走るようなことを事もなげにマジックは言い放つ。
「…だから、性別だけはいじらせてもらったんだよ。そこにいるグンちゃんと、
キンちゃんに頼んでね。」
そう言いながら、マジックはついてきていたグンマを見た。
その視線に耐えきれず、視線をそらすグンマ。
「なん…だって?キンタロー…?」
先ほどよりもなおシンタローにとっては衝撃的な事実だった。
「そうだよ。君を造ったのは、グンちゃんとキンちゃんの二人だ。」
その言葉を聞いた途端、シンタローは激しい頭痛に襲われた。
それは立っていられないほどだった。
「いっ…!…ぁっ!!」
痛みに耐えきれず、倒れたシンタローを後ろにいたグンマが支える。
「シンちゃん!!」
激しい痛みの中で、シンタローは思い出していた。
自分が失った、いや、封じ込められていた記憶を。
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特にお互い示し合わせていたわけではなかったが、シンタローが「一人で食べるよりはマシ」ということでいつもアラシヤマと夕食を一緒に食べていたので、その夜、アラシヤマがいつものように台所に入るとテーブルの上には缶詰が1個置かれていた。そして、シンタローの姿は辺りには見当たらなかった。
(もしかして、今日の晩ご飯はこれだけどすかぁ??)
アラシヤマは手に取った缶詰をゴトンとテーブルに置くと、階段を上がっていった。そして、扉をドンドンと叩くと、
「シンタローはーんッツ!開けておくれやす~!!晩ご飯、一緒に食べまへんか?」
と言ったが、返事は無かった。
シンタローは、扉の向こうでドアを叩きながらアラシヤマが叫ぶのを聞いていた。
(よく分かんねーけど、今は会いたくねぇ。・・・まだ男に戻ってねぇし)
そう思いながらシンタローはベッドの上で膝を抱えていると、いつの間にか扉の向こう側は静かになった。
「・・・シンタローはん、怒ってはりますの?」
困惑したような声が聞こえた。シンタローが返事をしないと、しばらくして、
「―――わかりました。わて、今から仕事に行ってきますさかい。おやすみなさい」
そして扉の前から気配が消え、石の階段を下っていく足音が聞こえた。シンタローは、ベッドに寝転んだ。
翌日、目が覚めるといつもどおり女性の姿であったのでシンタローはガッカリした。下に降りていくと、どうやらアラシヤマはまだ戻ってはいない様子であった。朝食を一人食べながら、シンタローは考えた。
(最近、男のままでいる時間がだんだん短くなってきてねーか・・・?)
それまで気づかなかったが、ここ数日のことを思い返すと確かに思い当たる節があり、いてもたってもいられず、パンをテーブルに置き立ち上がった。
(アイツはあてになんねーし、自分で何とかしねェとッツ!)
シンタローは決心した。
(何か、手掛かりになるもんとかねーかな?)
アラシヤマの部屋に入ると、机の上には本が数冊積まれてあった。いずれも色褪せ古びており、かなりの年代物のようであった。
(売ればたけぇか?・・・でもこんな悪趣味な本なんか買う奴いねーよナ!)
本をパラパラとめくってみると、何やらわけのわからない文字がたくさん書かれてあったので一気に読む気が失せた。分厚い本が積み重なる中、下の方に一冊だけ薄い本があったので引っ張り出した。古語ではあったが何とか読めそうであったので、その本を手に取るとシンタローは部屋に戻った。
シンタローはベッドに寝転がって本を読んでいたが、
(魔女もムカつくけど、何だ?この女。髪がはしご代わりになんなら、自分で逃げたらいいじゃねーか?)
どうやら本の内容には共感できなかったようである。途中で本を閉じるとベッドの上に投げ出し、窓辺に行って外を見た。
(そういやアイツ、帰ってこねーな。いたらいたでウザいけど、暇だし)
外を眺めていると、遠くの方に小さく人影が見えた。
(あれ?2人か?じゃあアラシヤマじゃねーな!)
そうシンタローは決め付けると、窓を開けた。そのまま見ていると人影はだんだん近づき、ついにはシンタローのいる窓の下まできて上を見上げた。
「ヤッホー!シンちゃんッツ☆迎えに来たよ~♪」
「シンタロー、なのか?それにしても何か感じが違うような気がするが・・・」
「お前ら、どーしたんだヨ!?」
外に出たシンタローが思わずそう聞くと、
「わー、シンちゃん、よくわかんないけど女の子になっちゃったんだッツ!?カワイ~v」
いきなり嬉しそうなグンマに抱きつかれた。
「テメェ、離せッツ!」
「わーん、ヒドイヨ~」
シンタローがグンマを殴っていると、傍らではキンタローが何やら難しげな顔をしていた。
「一体どういうことだ?俺の知っているシンタローは男だぞ!?」
「―――わけのわかんねー呪いのせいでこうなっちまったんだ。ったく、ムカツクぜ!」
シンタローが不機嫌そうにそう言うと、
「キンちゃーん、どうしようか?」
グンマはキンタローを見上げ、少し困ったように言った。
「そうだな、もう誤魔化すのも限界だしな。どんな姿であれ、シンタローには城に戻ってもらおう」
「誤魔化す?」
「あぁ、シンタロー。王が、お前が狩りから帰ってこないことを不審に思っている。お前の供の者たちが血相を変えて来たので、とりあえず王には俺達の所に寄ってしばらく滞在していると伝えておいたが、それも時間の問題だ」
「もう、いつシンちゃんが帰ってくるんだって大変だヨ~」
「―――すまねぇ」
シンタローがそう言うと、重い空気を断ち切るようにグンマが、
「帰ろうよ、シンちゃん」
と言った。
「でも、俺こんなんだゼ?」
キンタローは、突然シンタローの両手を取り握り締めると、
「シンタロー、俺が科学の力でなんとかしてみせる!それに万一元に戻らなくても、イトコ同士は結婚できるぞ。だから、大丈夫だ」
「あっ、キンちゃん、ズっルーい!シンちゃん、シンちゃんッ!僕もだからねッツ♪」
「ハハ・・・」
少々ひきつって笑いながら、シンタローは(・・・オメーら、最初はともかく最後らへんの言葉は嬉しくねーゾ?)と思っていた。
「では、日も暮れてきたし早く発った方がいい。行くぞ」
キンタローは2人を促し歩き出したが、シンタローがその場から動いていない事に気づき、足を止めた。
「どうした?」
「―――ちょっと、野暮用を思い出した。先に行っててくれねーか?」
「ああ、恩人に挨拶もなしに帰るのは失礼だったな。・・・すまない、シンタロー。手土産を持ってくるのを忘れた。この俺としたことがッツ!」
「落ち着いて、キンちゃんッツ!シンちゃんが誰かのところにいるかどうかなんて分からなかったし、しょーがないヨ☆」
「そもそも、あんなヤツに手土産なんか全然いらねーし!・・・アイツがいつ戻ってくるか分かんねーから、帰るのは明日でもいいか?」
「そうか・・・。それなら、俺たちは少し先の広場で待っているからな。明日の朝、会おう」
キンタローは名残惜しげにそう言った。
「じゃーねッツ☆シンちゃん!待ってるヨ~」
シンタローは、キンタローと手をブンブンと振りながら遠ざかっていくグンマを見送り、2人の姿が見えなくなると塔に戻った。
アラシヤマは中々帰ってはこなかった。シンタローは(そもそも、何で俺様があんなヤツを待たなきゃなんねーんだヨ!・・・朝も早いし、さっさと寝よう)とベッドに入って毛布にくるまったが、何故か眠くはならなかった。
「アラシヤマの大馬鹿野郎!変態ッツ!!あと、根暗で味オンチで・・・」
思いつく限りの悪態をついていると、あまりにもたくさんあったせいか、いつの間にかシンタローは眠ってしまった。
(あれ?もしかして俺、寝ちまってたのか!?)
シンタローが覚醒しかけてぼんやりと目を開けると、部屋の中は暗かった。
ふと違和感を感じたが、
(・・・何でッツ?朝になってないのに!!)
どうやら一度元に戻っていた身体が再び女性に変化してしまっていたようである。
外では強い風が吹いており、木々の葉の擦れる音や、どこか隙間から塔に吹き込む風の甲高い唸り声が聞こえてきた。それらの音に混じって、石段を上るような音がかすかに聞こえた。シンタローがじっと息を殺していると、足音は部屋の前でピタリと止まった。しばらくの間、どうしたものかためらっているように静かであったが、足音はまた階段を下りかけた。
シンタローは思わずドアを開け、階段を下ろうとしているアラシヤマに駆け寄り、黒いマントを掴んだ。
「ちょっと待て!俺は今日の朝帰るから!!・・・一応、世話になったナ」
一気に言いきり、マントを離したが、手にベットリとついた液体を見てシンタローは顔をしかめた。
「―――シンタローはん。あんさん、ここからいなくなるんどすか?」
問いかけたアラシヤマの声は、少し掠れていた。シンタローはその質問には答えず、
「オマエ、どこか怪我してんのかよ?」
と言ってアラシヤマを見上げると、アラシヤマは感情を面に表さず、無表情であった。
「わての血やありまへん。出て行くんなら、さっさと出て行っておくれやす」
押し殺した声で言うと、一歩後退った。
「てめぇに言われるまでもねーよ!でも、本当に怪我はしてねーんだろーな?」
シンタローがアラシヤマの傍まで近づき、嘘をついていないか確かめるように睨みつけると、アラシヤマとシンタローの視線が一瞬合い、すぐにアラシヤマは目を伏せた。
そして、躊躇いがちにシンタローの体を自分の方へと引き寄せ、
「・・・あんさん、馬鹿でっしゃろ?わても、大馬鹿どすが」
そう耳元で囁くと、キスをした。
キスが終わってもアラシヤマはシンタローを抱きしめたまま離さなかったので、何とか腕から逃れようとしてもがくと、
「あんさん以外の匂いがしますな」
と、アラシヤマはポツリと言った。
(あぁ、馬鹿グンマが抱きついてきた時にでも移ったか。それにしても、何でそんなのが分かんだ、コイツ?・・・犬みてぇ)
シンタローが、アラシヤマを殴ろうと思ったことを一瞬忘れて、目を丸くしてアラシヤマを見ると、
「―――何で否定せぇへんの?あんさん、その姿を嫌がってたはずどすが、他の男に抱かれたんやったら、わてにも抱かれてくれはるやろ?」
押し殺したような声でそう言うと、(何言ってやがんだ?)と呆然としているシンタローを抱き上げ、部屋の扉を押した。
今まで彼には開けられなかったはずであったが、何故か、扉は開いた。
シンタローは、ベッドの上に投げ出された。すぐに身を起こし、逃げようとしたが両腕を一纏めに押さえつけられた。身動きが取れず、初めて自分に覆い被さっている男を怖いと思ったが、必死で睨みつけた。
アラシヤマは、しばらく無言でシンタローの顔を眺めていたが、
「・・・やっぱり、やめときますわ」
迷った末にそう言って身を起こし、そして、膝の上にシンタローを抱き上げた。
震える体を抱きしめ、あやすようにその背を撫でながら、
「シンタローはん。さっきわては、あんさんが出て行くんなら出て行ったらええって言いましたが、あれ、嘘どす。ほんまは、何処にも行かんでわての傍にずっといてほしゅう思います。―――でも、それは無理なことも承知なんどす」
と、小さな声で言った。
シンタローは、一気に色々な感情が押し寄せてきたので整理がつかなかったが、とにかく自分が今非常に腹を立てているということだけは確かであった。
アラシヤマから体を離そうと身じろぎすると、自分を抱きしめていた腕は簡単に外れたので、シンタローは、思いっきりアラシヤマを殴った。
「あの、痛うおます・・・」
「―――これぐらいですんで、有難く思えッツ!」
「・・・ハイ。それにしても、口の端が切れてもうたわ」
殴られてベッドの下に落ちたアラシヤマが立ち上がってそうぼやくと、シンタローはベッドの上から降りてアラシヤマの傍に近寄り、頭を引き寄せ、血の滲んでる箇所を舐めた。
すぐにシンタローがアラシヤマから離れると、彼は今ひとつ状況が理解できていないようであった。
「なっ、何が起こったんどすかぁ!?今ッツ!?」
「何って、消毒」
そうアッサリ言ったシンタローであったが、アラシヤマが、
「シンタローはーんッツ!この程度じゃ全っ然!足りまへんえ~vvv」
と、抱きつこうとすると、
「眼魔砲ッツ!」
アラシヤマは、部屋の外に吹き飛ばされた。
その時、朝日が部屋の中へと差し込んできた。
扉のすぐ傍に倒れていたアラシヤマが目を覚まし、部屋の中に入るとシンタローは男の姿に戻っていた。
「シンタローはん、元に戻らはったんどすな!」
「あぁ。それじゃ、俺は帰っから」
シンタローが、アラシヤマの方を見ずに荷物を持って階段を下りていくと、アラシヤマは後からついてきた。塔の下に着くと、アラシヤマは
「送りまひょか?」
と聞いたが、シンタローは、
「いい」
と短く答えた。
「じゃーナ!オマエとは二度と会うことはねぇと思うけど」
「シンタローは~ん、わてら心友やのに、えらい薄情どすえー!・・・何しろ、あんさんはわてを本気にさせてしまいましたからナ」
最後の方は小声で呟いたのでシンタローには聞こえなかったようである。
「まっ、楽しみにしといておくれやす」
「何をだヨ?」
胡散臭げにアラシヤマを見ると、アラシヤマは
「ヒ・ミ・ツどすvvv」
と言ってどうやら笑顔のつもりらしい顔で誤魔化した。
シンタローは、一度も振り返らずにその場を後にし、広場で心配しながら待っていたグンマやキンタローと合流すると城に戻った。王はシンタローの無事な姿を見てたいそう喜んだそうである。
ある晩、シンタローが自室で本を読んでいると、「コン、コン」と、窓に何かが当たる音がした。
「・・・何だ?」
シンタローが窓を開けると、特に変わった様子は何も見られなかった。
「?」
と、窓を閉めて椅子に戻ろうとすると、
「おばんどすv」
いつの間にか、黒衣の男が部屋の中に立っていた。
「テメェ、一体どっから入って来やがったッツ!?」
「まぁ、細かいことはどうでもええですやん。シンタローはん、遅くなりましたが会いに来ましたえ~!シンタローはんがわての所で暮らすのが無理なら、わてがシンタローはんの近くに住めばええと気づいたんどす!というわけで、今日からこの城に魔法使いとして就職しましたさかい、末永うよろしゅうvvv」
「・・・たぶん、悪い夢だナ。とっとと寝よう」
「えっ?わても一緒にどすかぁ!?―――シンタローはん、えらい積極的どすなvvv」
嬉しそうなアラシヤマが、パジャマ姿のシンタローを抱き寄せると、
「眼魔・・・」
シンタローは眼魔砲を撃とうとしたが、アラシヤマは素早くシンタローの手を握り込み、
「やっとあんさんに会えて、嬉しおます」
と言ってキスをした。
何か言おうとしたシンタローは、諦めたのか目を閉じ、もう片方の手をアラシヤマの背に回した。
昔々、とある国に玉のようなかわいらしい王子様が生まれました。あまりにもかわいらしかったので、王様は王子様を舐めるように可愛がりました。そんな王様の溢れんばかりの愛情を時にはウザく思いながらも、王子様はすくすくと立派な若者に成長しました。
深い森の中を、弓を背負い、腰に剣を差した1人の若者が歩いていた。
「チッ。一体なんだってんだよ?今日は全然獲物がとれねーナ」
歩き疲れたのか、若者は木の根元に座り込んだ。
(それにしても、ここは何処だ?深入りしちまったかな・・・)
怖いというわけではなかったが、供の者の制止も聞かず一人で来たことが少々悔やまれた。そして、彼はどうにも先程から気になる視線を感じていた。視線の主は、木の枝にとまっている一羽のカラスである。偶然なのかなんなのか、その烏は彼が家来たちと別れた時からずっと彼の後をつけてきていた。カラスは不吉な鳥であり、いずれにせよ、気味の良いものではない。
(さっきから、しつけーなぁ。よし、いっちょビックリさせてやるか!)
彼が弓に矢をつがえ、いきなりカラスに向けて矢を放つと、カラスは不意を突かれて足を滑らせたようであり後ろ向きに枝から落ちた。その直後、何故か木の下には黒衣の男が立っていた。
「何だ?てめェ?」
「いっ、いきなり何しはるんどすか!?シンタローはんッツ?」
「・・・何で俺の名前を知ってんだヨ?」
「いやどすなぁ、あんさんの供の連中がそう呼んでましたやん?ちなみに、わっ、わてはアラシヤマどす~vvvあ、アラッシーと呼んでくれはってもええんどすえ??」
シンタローは、何だか顔を赤らめモジモジとしているアラシヤマを一瞥し、
(こんなヤツと絶対関わりあいになりたくねぇ!)
彼に背を向け、元来た方角に向けて足早に歩き出した。すると、アラシヤマが慌てたように追いかけてきた。
「シンタローはーんッツ!」
「ついてくんなッツ!!」
「あの、闇雲に歩いてもこの森は抜け出せまへんえ?」
「ウルセーな!」
シンタローが終いには走ってアラシヤマを振り切ろうとすると、突然何か柔らかい透明な壁のようなものにぶつかり、弾き飛ばされた。
(一体何なんだ!?)
薄れゆく意識の中でシンタローは、アラシヤマの
「あんさん、無茶しはりますなぁ。結界どすえ~」
という声を聞いたような気がした。
「―――うーん・・・」
シンタローが。なんとなくスッキリとしない気分で目を開けると、見慣れない天井が見え、
「大丈夫どすか?」
アラシヤマが至近距離から顔をのぞきこんだ。
「うわっ!?眼魔砲ッツ!!」
思わずシンタローが眼魔砲を撃つと、ドウッツと音がし、アラシヤマは吹き飛ばされ本棚にぶつかった。そして、その上にドサドサと何やら怪しげな本が落ちてきてアラシヤマは埋もれてしまった。
「なんか、まだ頭がいてーし・・・」
ベッドから立ち上がったシンタローは顔を顰めると、辺りを見回した。
「きったねー部屋だナ。散らかり放題じゃねーか!」
しばらく沈黙を守っていた本の山がいきなり雪崩を起こし、アラシヤマが勢いよく現れた。
「それは、あんさんのせいどすえー!?そしていきなり攻撃するやなんて、一体、命の恩人を何やと思うてはるんどすかッツ!?」
「何って、カラス。おまえ、根暗そうだけどたぶん魔法使いなんダロ?魔法でとっとと片付けるとか何とかすりゃいいじゃねーか?」
「―――わては人間どす。それに魔術はそんな便利でも単純なものでもおまへん。というわけで、帰る前に片付けていっておくれやす!!」
そう言うとアラシヤマは部屋から出て行った。シンタローも少しは悪いと思ったのか、しぶしぶ片付け始めた。しかし、しばらくすると、
「やってらんねぇッツ!」
と持っていた本をバンッツと床に投げつけた。この部屋はどういう仕組みになっているのか片付けても片付けても一向に綺麗になったようには見えない。シンタローは、近くにあったソファにドカッと座り込んだ。そして、そのまま眠ってしまった。
外は夕暮れ時になり、部屋にも夕日が差し込んでいた。
「シンタローはーん、そろそろ晩ご飯にしまへんか?って寝てはるし・・・」
いつの間にか部屋に入ってきていたアラシヤマはソファで眠っているシンタローを眺め、
「・・・わては別に、シンタローはんが晩ご飯でも全然かまいまへんえ~。美味しそうどす」
と呟いた。
すると、ソファで眠っていたはずのシンタローが起き上がった。
「な、なんどすのんッツ?寝たふりしてはったんどすか?いけずどすなぁ」
「てめぇ、やっぱり・・・」
「いや、寝てはる時につまみ食いしようやなんて、やましい気持ちは更々なかったんどすー!でも、シンタローはんさえよければ・・・」
「吸血鬼かッツ!俺様をバラして食おうなんて100年早ぇゼ!テメェの嫌いなものは十字架か?ニンニクかッ!?悪霊退散ッツ!!」
「―――あの、何か勘違いしてはるようどすが、わては人間どすし、食人鬼の連中とは違います。とりあえず、その手の中のエネルギー体を消しておくんなはれ」
アラシヤマは、シンタローが未だ疑わしげな目で自分を睨んでいるのを見て肩を落とし、
「ここでこうしていてもなんどすし、普通に晩ご飯、食べに行きまへんか?」
と力なく言った。
「―――これのどこが普通の晩ご飯なんだヨ?」
シンタローは、フォークで目の前の料理に入っている溶けかけた三角形の物体をグサッと刺し、アラシヤマの目の前に突きつけた。
「シンタローはん、お行儀が悪うおますえ?お○べは世界の調味料なんどす。ホラ、料理にハチミツとか入れたらコクが出る言いますやん?あれと一緒どすえvvv」
「んなワケあるかッツ!気持ち悪ィ。もういい、台所借りるからナ!」
あらかたアラシヤマが食べてしまっていた皿を無理矢理シンタローは取り上げると、台所の方へと消えた。
「あっ、シンタローはん!それ捨てんといておくれやす~!後で食べますさかい」
シンタローは、手に持った皿を見ると、お○べ入りの料理をザッとゴミ箱に捨てた。
「ホラ、オマエも食えッツ!」
シンタローが作った料理をドンッとテーブルに置くと、アラシヤマは、
「初めてできた友達が、作ってくれはった料理どす~vvv」
と嬉しそうであった。シンタローはそれを眺めながら、
「ハァ?友達??そんなのどこにいんだヨ?少なくともこの場にはいねーゾ?」
「またまた、照れ屋さんどすなぁ・・・。でも、わてにはちゃんと分かってますさかい安心しておくれやす!」
「人の話聞いてんのか?オマエ・・・」
シンタローは(それにしてもその根拠の無い自信は一体何処からくんだヨ!?超ムカツクぜコイツ・・・)と思いながらも自分の作った料理を口に運んだ。
食後のデザート用に、アラシヤマはナイフでリンゴを剥いていた。
「ホラ、ウサギさんができましたえvvvところで、シンタローはん。もう夜も遅い事どすし、泊まっていかはりまへんか?夜の森は物騒どす」
シンタローは一刻も早く此処から立ち去りたかったが、アラシヤマの言うことにも一理あるかと思い、頷いた。
「で、一体、どこで寝んだヨ?」
「ここでまともに寝れる部屋言うたら、わての部屋しかおまへんナ・・・。ということで、わてのベッドを使うておくんなはれ!わてはソファで寝ますさかい」
シンタローが食堂から出ていこうとすると、後ろの方でアラシヤマが小声で、
「シンタローはんがわてのベッドに・・・!嬉しおます~vvv」
と言いながらニヤニヤしているのが視界に入り、なんとなく背筋がゾッとした。シンタローは引き返すとアラシヤマの胸倉を掴み、
「オイ、本当に別の部屋はねぇのか!?」
そう聞くと、アラシヤマは目を泳がせ、
「えーっと・・・、おまへん!だから、わてのベッドに」
「―――今の間は何だ、コラ?眼魔・・・」
「ま、待っておくんなはれ!今思い出したんどすが、一つありますわ」
「あるじゃねェか!」
シンタローがアラシヤマをから手を離すと、アラシヤマは、
「―――忠告しときますが、呪われた開かずの間どすえー?やっぱりわてのベッドに寝た方が・・・」
おどろおどろしげに言ったが、
「しつこいッツ!呪いが怖くて男がやってられっか!」
シンタローは全く相手にしなかった。
アラシヤマが渋々シンタローを案内して陰気な螺旋状の階段を登っていくと、塔の最上階に着いた。
シンタローが扉に手を掛けると、アラシヤマは、
「やっぱり開きまへんやろ?不動産屋が言ってた通りどす。ということで、わての部屋に・・・」
「開いたじゃねェか?意外と普通の部屋だし」
シンタローの言った通り、すんなりと扉は開き、中の部屋の様子が見えた。部屋の中は綺麗に整理されており、少々埃っぽくてもアラシヤマと同じ部屋で過ごすよりも数段マシに思えた。
「なっ、何でどすかー!?今までこんなことは・・・」
「じゃーな!」
扉の前で、「どうしたんやろか?絶対おかしおます・・・!!」と未だ不審がっているアラシヤマを横目で見て、(しつけぇな、コイツ・・・)などと思いつつ、シンタローは思いっきり扉を閉めた。
窓から差し込む朝の光で、シンタローは目が覚めた。
(あんな変態のいる、こんなクソ忌々しいところなんて、とっとと出て行ってやる!)
そう思いつつ、目をこすりながら身を起こすと、
「ん?」
なんだか手が心なしか華奢になっているような気がした。
「んん?」
シャツの襟首を前に引っ張ってみると、
「・・・!※△@#?」
シンタローは、意識を失った。
「シンタローはーんッツ!もうお昼どすえ~?いつまで寝てはるんどすかぁ!?」
(・・・ウルセーなぁ)
ドンドンと扉をたたく音と叫ぶ声が聞こえ、目が覚めた。夢かと思ったが状況が全く変わっていなかったので呆然とした後、怒りが込み上げてきた。
(ぜってー、あの野郎のせいだッツ!!!)
先程から煩くたたかれているドアの鍵を外し、
「おい、テメー!」
ドアを開けると、
「あっ、シンタローは・・・。なっ、何でこんなところに女の子がいるんどすかぁ!?」
一瞬笑顔になったアラシヤマの顔が凍りつき、真っ青になると一目散に逃げていった。
「何だ?アイツ・・・??」
怒りをぶつけようと思っていた相手が予想外のリアクションかつものすごいスピードで逃げていったので、怒りの持っていきようがなく、なんだか気が抜けてしまった。
(とにかく、あの野郎を締め上げて、元に戻る方法を白状させねぇと!!)
シンタローは、手早く髪の毛をまとめ、シャツをズボンに押し込んでベルトを締め階段を下りていった。
「でてきやがれ、この野郎ッツ!」
シンタローがアラシヤマの部屋のドアを足で蹴ると、中から、
「わてはいま留守どすー!悪霊退散ッツ!!」
という声が聞こえた。
「チッ、しょーがねーなぁ・・・。眼魔砲ッツ!!」
扉が粉々になり、何やらバリケードのつもりらしいガラクタをスリッパのまま踏み越えると、シンタローはベッドで布団をひっかぶって丸くなっているアラシヤマから無理矢理布団をひっぺがした。
「近づかんといておくれやすッツ!わては女の子アレルギーなんどすー!」
「うるせえッツ!俺はシンタローだッツ!!てめぇのせいでこうなったんダロ?とにかく俺を元の姿に戻せッツ!!」
「えっ?シンタローはんなんどすかぁ??」
ベッドサイドに座ったアラシヤマはおそるおそる、まともにシンタローの方を見ると、
「・・・そういえば、シンタローはんの面影がありますな。でもやっぱり悪寒がしますさかい、今は女の子どす」
「オマエ、魔男なんだろ?どーにかしろヨ!」
「まおとこ・・・。人聞きの悪い言い方をせんといておくんなはれ。そもそも、わては魔術はやりますけど、おとぎ話の魔法使いとはちがいますえ?魔術はだいたい、理学、催眠術、暗殺術、トリックから構成される科学なんどす。ということで、わては呪いは趣味どすが、本物の古い呪いはどうにもできまへん。そもそも、あんさんが無理矢理あの部屋に泊まったのが悪いんとちゃいますのん?・・・でもまぁ一応調べてみますわ」
そうやる気がなさそうに言って、面倒くさそうにベッドから降りると、アラシヤマ本棚に行き何冊か本をとってきた。
(この野郎ッツ・・・!!!)
シンタローは、アラシヤマの言葉と態度に怒り心頭状態であったが、ふと何やら思いつくとニヤリと笑い、
「オイ、お前、確か女が苦手なんだよなぁ・・・?」
「苦手というより、ようわかりまへんがアレルギー体質なんどす」
本から目を離さずアラシヤマがそう答えると、いきなり本を取り上げられ、シンタローに抱きつかれた。
「ちょっと、あんさん離しておくれやすッツ!」
「ヤダ」
シンタローが嫌がらせのためアラシヤマにますますギュッと抱きつくと、アラシヤマは油汗をダラダラと流し、
「うーん・・・」
と目を回して伸びてしまった。
ベッドで気絶しているアラシヤマを見て、シンタローは
(・・・コイツ本当に女が苦手なんだナ。ちょっとやりすぎたか?でも超ムカついたし、まぁいいや)
と思った。
アラシヤマは、何やら美味しそうな匂いで目が覚めた。
(えっ、わて寝てたんやろか?)
慌ててベッドの上に身を起こすと、
「やっと起きたか」
とソファの方から声が聞こえた。
「あれ?シンタローはんが男に戻ってはる!?わての王子様―!!」
アラシヤマがベッドから降り、勢いよくシンタローに抱きつこうとすると、
「近寄んなッツ!!」
思いっきり蹴り飛ばされた。
「あ、さっき風呂に入って(嫌だけど)お前の服を借りたからナ!飯にすっぞ」
そう言ってシンタローは部屋から出て行った。
「夢・・・どすか?」
アラシヤマはキツネにつままれたような気持ちになった。
テーブルの上には、ニシンのトマトソース煮や、アーティチョークのパスタなどの夕食が既に準備されてあった。
「あの、シンタローはん、確かさっきまであんさんが女の子になってはったような気がするんどすが・・・。わての勘違いでっしゃろか?」
アラシヤマが料理を食べる前に、おそるおそるそう聞くと、
「あ゛ぁ?勘違いじゃねェヨ」
シンタローは、不機嫌そうに料理を食べながらそう答えた。そして、フォークを置き、
「お前、本当にどうにかできねぇのか?カラスになったり結界がどうとか言ってたじゃねーか?―――隠すと承知しねーゾ」
「ああ、アレどすか。あれは、暗示の応用と古代の魔法の名残を利用させてもろうとるだけなんどす。わて自身、魔法は使えまへん」
そうキッパリと言い切り、ようやく料理を食べ始めたアラシヤマをシンタローは上目遣いに見て、
「・・・俺達、友達ダロ?なんとかしろ!」
と言った。
(ともだち?、友だち、友達・・・!!!)
カラン、と鋭い金属の音がした。どうやら床にスプーンが落ちたようである。
「・・・もちろん、心友のわてに任せておくんなはれッツ!!わては頭がええさかい、呪いの解き方もすぐ見つけられるはずどす!」
シンタローは、何やら非常にやる気が出たらしいアラシヤマを眺め、一抹の不安を覚えつつ、
(もし、コイツが呪いを解けねーときは、速攻ポイだな!)
と思っていた。
「ところで、今夜はお前の部屋で寝かせろヨ!」
「えっ?シンタローはん、積極的どすなぁ。嬉しおます~vvv」
「何言ってんだ?モチロンお前は外に決まってんダロ?もしかしたら、あの部屋と別の場所で寝たら、クソ忌々しい呪いは無効かもしんねーじゃねェか」
「そうなんどすか・・・。でもまぁ、一応試してみる価値はありそうやな」
翌朝、アラシヤマが本を開いたまま食堂の机に突っ伏して眠っていると、
「うっギャーッツ!?」
という悲鳴が聞こえ、その後バタバタと廊下を走る音がし、そして食堂の扉がバンッツと開いた。
「あ、シンタローはん。おはようさんどす~v何か参考になるかと思うて昨日から不動産屋がオマケでくれたこの建物の物件紹介の本を読んどるんどすが、2000ページはきつうおます・・・。あと、開かずの間を調べようと思うて行ってみたら、やっぱり開きまへんでしたえ?ほな、おやすみなさい」
アラシヤマが顔を上げないままそう言うと、いきなり背中を蹴られた。
「呪われてるまんまじゃねぇかッツ!!てめぇのせいだゾ!?」
「言いがかりどすえ~。って、またあんさん女の子になりはったんどすかぁ!?」
アラシヤマは飛び起きると、アラシヤマのシャツを着ているシンタローを上から下まで眺め、
「シンタローはん、わて、ちょっと思ったんどすが」
「なんだヨ?」
シンタローは、アラシヤマが何か呪いを解く方法でも思いついたのかと少し期待して彼を見ると、アラシヤマは、
「女の子がそんなはしたない格好をしたらあきまへんえ?ちなみに、わてはロリコンやありまへんけど」
と言った。
「―――言いたいことはそれだけかッツ!?」
シンタローが一歩近づくと、アラシヤマは一歩後退り、
「あの、ほんま、あまり近う寄らんといておくんなはれッツ!アレルギーなんどすー!」
―――結局、2m程距離を開ければなんとか大丈夫らしいとのことで、テーブルの端と端に座り、2人はコーヒーを飲んでいた。重苦しい雰囲気の中、
(こんな姿じゃ、家に戻れねぇし・・・)
(わて、ストレスで胃に穴があきそうやわ・・・)
同時に溜め息を吐いた。
アラシヤマが自室で呪いの本を読んでいると、シンタローが部屋に入ってきた。
「オイ、油と砥石あるか?」
「それなら、ここらへんに・・・。ありましたわ」
アラシヤマはガラクタの中から、目的のものを探し出しシンタローに手渡した。
「今から剣の手入れどすか?」
「ああ。ちゃんと手入れをしておかねーと、錆びちまうからな。あと、ナイフと矢も」
「わても手伝いますえ~」
アラシヤマも道具を持ち、後からついていった。
「それにしても、女の子が剣の手入れをしているのは奇妙な光景どすな」
アラシヤマは、矢じりを研ぎながら感心したように言った。
シンタローは無言のまま、傍らの研ぎ終わったナイフを一本とると、アラシヤマに向かって無造作に投げた。ナイフは髪の毛数本を切り落とし、壁に刺さった。
「あ、あの、もしかして怒ってはるんどすか?わて、何か悪い事言いました??」
「・・・誰が好きこのんで、この姿でいると思ってんだヨ?」
「いや、だって。あんさん、最近はそんなに気にしてはる風でもなかったですやん?」
アラシヤマに悪気はなさそうであったが、その言葉を聞いたシンタローは素早い動きでナイフを掴み取ると、アラシヤマの膝に乗り上げ、その首に向かってナイフを振るった。
彼は片手でシンタローの手首を掴み、首の皮寸前でナイフを止めた。
ギリ、と掴んだ手首に力を入れると、ナイフは床に転がった。
しばらく手首を掴んだままであったが、不意に我に返ったように、慌ててアラシヤマは手を離した。シンタローがアラシヤマから離れようとすると、
「シンタローはん」
アラシヤマに名を呼ばれ、抱き寄せられた。
「離せ。」
「嫌どす。」
「・・・お前、女アレルギーじゃなかったのかヨ?」
「せやけど、とにかく、今絶対にあんさんを離したらあかんような気がしたんどす!」
腕の力は強く、振りほどけなかったのでシンタローは不本意ではあったがそのままの状態でいると、
「やっぱり、シンタローはんは、シンタローはんなんどすなぁ・・・」
アラシヤマは何かを確認するように呟いた。そして、少し身を離してシンタローの顔を見ると、
「―――すみまへんでした」
と謝った。
しばらくの間、お互いにどうしたらよいのかが分からずそのままの状態でいたが、シンタローは、不意にその雰囲気を断ち切るように、
「続き、やんねーと」
そう言って立ち上がった。
「えっ?もうちょっと抱っこしときたかったどす・・・」
と、アラシヤマが小声で言っているのを聞きとがめたシンタローは、
「てめェ、覚悟は出来てるんだろーナ?」
アラシヤマの胸倉を掴んだ。
「シンタローはんッツ!すみまへんでしたー!!だから、それはちょっと待っ」
「問答無用!眼魔砲ッツ!!」
部屋の外に飛ばされたアラシヤマのことは放っておき、シンタローは再び剣を研ぎ始めたが、何かに気づき、その手を止めた。
「あの野郎・・・」
手首には、指の痕が赤くアザとなって残っていた。
シンちゃんが小学校の頃の話だ。
学校から帰って来た彼女が、私のいる書斎にボロボロの姿でやって来た。
せっかく買ってあげた水色のワンピースは皺くちゃだし
今朝結んであげたツインテールの片方のりぼんは一体何処へ落として来たのか。
可愛らしい顔は泥と傷だらけである。
おてんばなのは良い事だけれど顔に傷をつくるのはやめて欲しい。
痕になったらどうするって言うんだ。
そんな事になったらパパ、気が狂っちゃうよ。シンちゃん。
とりあえず、
「シンちゃん!どうしたんだい?その格好!
パパに言ってごらん!」
も~~~パパすっごく心配!とドアの前で突っ立ったままのシンちゃんの小さな身体を勢い良く抱き上げる。
一気に気が緩んだのか、ぼろぼろと大粒の涙がシンタローの目から零れた。
どうやらクラスメイトの男子とケンカしたらしい。
子供とは言え男がレディーに手を上げるとは日本の教育システムはなってないな。
まぁ、きっと
その男の子って言うのはシンちゃんの気を引きたくてやった事なんだろうけど
シンちゃんはシンちゃんで勝気だし壮絶な戦いが繰り広げられたんだろうな。
しかし如何なる理由があっても私のシンちゃんに傷をつけた以上
それなりの償いをしてもらわなければ。後で担任に連絡しておこう。・・・私も大人気ないな。
「シンちゃ~ん、泣いてちゃ解からないよ。パパに理由を教えて?」
嗚咽が止まらないシンタローを抱きかかえて、椅子に座る。
机の上に置いてあったティッシュで鼻を拭いてやりながら
やっぱりシンちゃんは泣いてる顔も可愛いなぁ、なんて不謹慎な事を考えていた。
「きょ、ガッコで・・・」
「うんうん?」
「せっ、先生が、ジュギョッ、・・で、作・文に、将来の、夢、書きなさいっ・て」
・・・それで何でこんな格好になるんだろう・・・。
子供と言うのは本当に不思議な生き物で見ていて飽きない。
それで?と優しく聞くと
シンタローは、将来の夢に『パパのお嫁さん』と書いたらしい。
それを盗み見した男子が父親と結婚できるわけないだろ、と馬鹿にした事で
激しいバトルが繰り広げられたようだ。
相手をこてんぱんにやっつけて授業も途中だと言うのに帰って来たと泣くシンタローに
頬がカァーっとなった。
何て愛しいんだシンちゃん・・・。
どれだけキスしても足りない位だ。
パパはキミのためだったら、法律だって変えてあげるよシンタロー。
学校から帰って来た彼女が、私のいる書斎にボロボロの姿でやって来た。
せっかく買ってあげた水色のワンピースは皺くちゃだし
今朝結んであげたツインテールの片方のりぼんは一体何処へ落として来たのか。
可愛らしい顔は泥と傷だらけである。
おてんばなのは良い事だけれど顔に傷をつくるのはやめて欲しい。
痕になったらどうするって言うんだ。
そんな事になったらパパ、気が狂っちゃうよ。シンちゃん。
とりあえず、
「シンちゃん!どうしたんだい?その格好!
パパに言ってごらん!」
も~~~パパすっごく心配!とドアの前で突っ立ったままのシンちゃんの小さな身体を勢い良く抱き上げる。
一気に気が緩んだのか、ぼろぼろと大粒の涙がシンタローの目から零れた。
どうやらクラスメイトの男子とケンカしたらしい。
子供とは言え男がレディーに手を上げるとは日本の教育システムはなってないな。
まぁ、きっと
その男の子って言うのはシンちゃんの気を引きたくてやった事なんだろうけど
シンちゃんはシンちゃんで勝気だし壮絶な戦いが繰り広げられたんだろうな。
しかし如何なる理由があっても私のシンちゃんに傷をつけた以上
それなりの償いをしてもらわなければ。後で担任に連絡しておこう。・・・私も大人気ないな。
「シンちゃ~ん、泣いてちゃ解からないよ。パパに理由を教えて?」
嗚咽が止まらないシンタローを抱きかかえて、椅子に座る。
机の上に置いてあったティッシュで鼻を拭いてやりながら
やっぱりシンちゃんは泣いてる顔も可愛いなぁ、なんて不謹慎な事を考えていた。
「きょ、ガッコで・・・」
「うんうん?」
「せっ、先生が、ジュギョッ、・・で、作・文に、将来の、夢、書きなさいっ・て」
・・・それで何でこんな格好になるんだろう・・・。
子供と言うのは本当に不思議な生き物で見ていて飽きない。
それで?と優しく聞くと
シンタローは、将来の夢に『パパのお嫁さん』と書いたらしい。
それを盗み見した男子が父親と結婚できるわけないだろ、と馬鹿にした事で
激しいバトルが繰り広げられたようだ。
相手をこてんぱんにやっつけて授業も途中だと言うのに帰って来たと泣くシンタローに
頬がカァーっとなった。
何て愛しいんだシンちゃん・・・。
どれだけキスしても足りない位だ。
パパはキミのためだったら、法律だって変えてあげるよシンタロー。
「海に行くから金をくれ。」
「何で?」
「水着を買う。」
「持ってなかったっけ?」
「ガキの頃着てたスクール水着しか持ってねぇ。」
親父は首を傾げた。
「スクール水着じゃダメなの?」
「当たり前だろ!
どこの馬鹿がダチと海行くのにスクール水着着てくっつんだヨ!
第一、もうキツいだろうがッ」
えぇ~・・・とさらに親父が顔を顰める。
何でさっきからスクール水着に拘るんだと聞けば
「ちょっとキツ目のスクール水着に発展途上中の胸が張り詰めてるのが良いんじゃないか。」
オレの鉄拳がマジックの顔に命中する。
聞くんじゃなかったとオレは後悔した。
この、変態親父め。
「大体キツいって言っても、シンちゃんそんなに成長してるようには
パパ見えないけどなぁ・・・成長してるの?どう?」
どう?と聞かれて
うん・実は前計った時よりも●センチも大きくなったの!
と答える娘が何処にいる・・・。
本気でオレが答えてくれると思って言ってんのか?
それともセクハラのつもりで揶揄ってんのか。
親父の性格から言って後者だろうな。
そんなんでオレが恥ずかしがるとでも思ってんのか。
大体紳士が若い娘にそんな質問するなんて、男として恥を知れ!恥を!
「パパとしては不本意だけどシンちゃんが新しい水着がどうしても欲しいって言うなら、
お店ごと此処に持って来ても良いよ。」
オレが口を開くよりも先に、親父は胸の携帯を取り出すと何かを命令していた。
マジか、この男は。
; Girls Saurus
ヘリコプターでバラバラとそれはやってきた。
お店ごと、と言っていたが実際にはその店その物ではなく
デパートのフロア一階の一区画分に用意されている水着と、
一人で入るには広すぎる程の試着室が用意されていた。
無駄な事に金を遣いやがって・・・。
「はい、どーぞ。」
親父の方は平然としているのにオレだけがあっけにとられているなんて、
おもしろくない。
こうなったらオレだって『プリティウーマン』を気取ってやる。
オレは親父を無視して水着選びに取り掛かった。
マジックはマジックで、じっくりと色んな水着を観察している。
女物の水着をそんなに真剣に見ないで欲しい・・・。
男がそんなモン見て楽しいのか?理解不能な点が多い男だな。
オレの視線に気付いたのか、親父と目が合った。
こっちへ来る。来なくても良いんだけど。
何だよ、と自分の持っている水着を隠すと親父は真顔で
「白って濡れたら透けるんじゃないの?」
と問い詰めてきた。
こいつの頭の中ってそんな事ばっかりか・・・!?
しかもオレの選んだ水着しっかりチェックしてんのな。
大抵どの水着も、それ専用の下着がついてるから大丈夫だっつーの。
「平気だよ」
説き伏せるようにオレは白い水着の安全性を唱えたが、
親父は最後まで断固して引かなかった。
結局、無難に紺色の赤い淵のセパレーツのやつを選んだのだが、オレは少しだけマジックを見直した。
が、親父の腕にしっかりとオレが先ほど買おうとしていた白い水着が抱えられていたので
それは何だと尋ねたら口元をだらしなく緩ませてマジックは微笑んだ。
「後でこれ着て一緒にお風呂入ってもらおうってさっきからずっと考えてたんだ。」
色ボケ親父。いっぺん死んで来い。
「何で?」
「水着を買う。」
「持ってなかったっけ?」
「ガキの頃着てたスクール水着しか持ってねぇ。」
親父は首を傾げた。
「スクール水着じゃダメなの?」
「当たり前だろ!
どこの馬鹿がダチと海行くのにスクール水着着てくっつんだヨ!
第一、もうキツいだろうがッ」
えぇ~・・・とさらに親父が顔を顰める。
何でさっきからスクール水着に拘るんだと聞けば
「ちょっとキツ目のスクール水着に発展途上中の胸が張り詰めてるのが良いんじゃないか。」
オレの鉄拳がマジックの顔に命中する。
聞くんじゃなかったとオレは後悔した。
この、変態親父め。
「大体キツいって言っても、シンちゃんそんなに成長してるようには
パパ見えないけどなぁ・・・成長してるの?どう?」
どう?と聞かれて
うん・実は前計った時よりも●センチも大きくなったの!
と答える娘が何処にいる・・・。
本気でオレが答えてくれると思って言ってんのか?
それともセクハラのつもりで揶揄ってんのか。
親父の性格から言って後者だろうな。
そんなんでオレが恥ずかしがるとでも思ってんのか。
大体紳士が若い娘にそんな質問するなんて、男として恥を知れ!恥を!
「パパとしては不本意だけどシンちゃんが新しい水着がどうしても欲しいって言うなら、
お店ごと此処に持って来ても良いよ。」
オレが口を開くよりも先に、親父は胸の携帯を取り出すと何かを命令していた。
マジか、この男は。
; Girls Saurus
ヘリコプターでバラバラとそれはやってきた。
お店ごと、と言っていたが実際にはその店その物ではなく
デパートのフロア一階の一区画分に用意されている水着と、
一人で入るには広すぎる程の試着室が用意されていた。
無駄な事に金を遣いやがって・・・。
「はい、どーぞ。」
親父の方は平然としているのにオレだけがあっけにとられているなんて、
おもしろくない。
こうなったらオレだって『プリティウーマン』を気取ってやる。
オレは親父を無視して水着選びに取り掛かった。
マジックはマジックで、じっくりと色んな水着を観察している。
女物の水着をそんなに真剣に見ないで欲しい・・・。
男がそんなモン見て楽しいのか?理解不能な点が多い男だな。
オレの視線に気付いたのか、親父と目が合った。
こっちへ来る。来なくても良いんだけど。
何だよ、と自分の持っている水着を隠すと親父は真顔で
「白って濡れたら透けるんじゃないの?」
と問い詰めてきた。
こいつの頭の中ってそんな事ばっかりか・・・!?
しかもオレの選んだ水着しっかりチェックしてんのな。
大抵どの水着も、それ専用の下着がついてるから大丈夫だっつーの。
「平気だよ」
説き伏せるようにオレは白い水着の安全性を唱えたが、
親父は最後まで断固して引かなかった。
結局、無難に紺色の赤い淵のセパレーツのやつを選んだのだが、オレは少しだけマジックを見直した。
が、親父の腕にしっかりとオレが先ほど買おうとしていた白い水着が抱えられていたので
それは何だと尋ねたら口元をだらしなく緩ませてマジックは微笑んだ。
「後でこれ着て一緒にお風呂入ってもらおうってさっきからずっと考えてたんだ。」
色ボケ親父。いっぺん死んで来い。