いつもつれないシンちゃん。
パパに対して言う良く言う言葉ベストランキング。
アホ、ウザイ、ムカつく。
おかしい。こんなはずじゃない。
昔はパパ思いのパパっ子で…いや!今もそうなんだけど!!
照れてるだけ。なんだけど!
パパだって不安になったりしちゃうわけ。
だから…だからしょうがない事だったんだよ。
パパは悪くないんだよ、シンちゃん。
ひとしきり自分勝手に話を纏めたマジック。
何がどうなったか、というと、まあ、ぶっちゃけた話、あまのじゃくを直す、素直になる薬を、シンタローの大好物のカレーライスに入れただけ。
食べた瞬間シンタローは机につっぷした。
スプーンを握り締めたまま。
寝てしまうのは薬を作ったお馴染み、Dr高松に聞かされていたのでマジックとしてはさして驚かなかった。
マジックはワクワクしながらシンタローを見つめる。
早く起きてパパとイチャイチャしよう!
ハートマークを飛び散らせて、マジックはシンタローが起きるのを今か今かと待ち侘びているのである。
すると、突然ガバ!と、シンタローが起き上がった。
「あ、あれ?俺…」
「どうしたの?シンちゃん。いきなり寝たからパパすっごくびっくりしちゃったよ。」
ハハハ、と、善人面で笑う。
さあ、シンタローがどう出るか。
マジックは楽しそうにシンタローの反応を待つ。
「ゴメン、父さん。」
困ったように笑うシンタローを見て、薬は成功したと核心したマジックは、シンタローの見てる前でガッツポーズを勢い良くした。
シンタローはそれに少しびっくりした様子で見るが、頭には“?”が飛び交っている。
「ね、ね、シンちゃん、パパの作ったカレーどぉ?」
ワクワクしながらすんごい笑顔で聞くと、シンタローははにかみながらマジックに微笑む。
そんな笑顔20年ぶり位に見た。
たら、と鼻血が出る。
「旨いよ。父さんが作ったカレーが世界で1番美味しい。…それより父さん鼻血大丈夫?」
心配そうに見つめ、近くにあったボックスティッシュから紙を数枚掴み、マジックの鼻を押さえた。
シンちゃんが私を心配して、尚且つティッシュまで!!
感動したらしく、青い瞳からは滝のような涙。
それだけならまだしも。
「うわ!!」
鼻血も滝のように噴いてきて。
ティッシュは何の約にも立たなくなってしまった。
「父さん大丈夫?病気?」
「うん。パパね、凄い重い病にかかってるんだよ。薬でも、湯治でも直らない病気なんだ。」
「えッッ!?」
心配そうに見上げるシンタロー。
そして、とりあえずハンカチで鼻血を止血するマジック。
「ど、どんな病気なんだ!?」
大変だ!と、あわあわしてくれる愛息子にマジックは胸がキュンキュンした!
そして、かなり嬉しく思う。
「シンちゃん大好き病っていうんだ。」
大真面目な顔でそう言うマジック。
シンタローは一瞬時が止まったようにストップしていたが、言葉を理解したらしく、マジックの肩を軽く叩いた。
「もー!ビックリさせんなよ!」
そう言って笑う。
その100万$の笑顔。
寧ろそれより上。
秘石よりも価値があるものを見て、マジックは又鼻血を吹出し悦った。
「さ、シンちゃん。早くご飯食べちゃいなさい。あ、サラダもちゃんと食べるんだよ?」
身が持たないマジックは貧血の為、椅子に腰かける。
マジックに促されるまま、シンタローはカレーとサラダをぱくぱくと平らげていく。
ご飯ときたら、次はお風呂だよね。
このゴールデンコースでいくと、
ご飯→お風呂→私。だな。
お風呂も一緒に入って、次は私がシンちゃんに入って…。
もう、50を過ぎると、下ネタでオヤジギャグを考えてしまうらしい。
それはいくらダンディでも逃れようがないのかもしれない。
「ごっそーさん!」
カラン、とカレー皿にスプーンを置く音がする。
マジックがそれを見ると、カレーもサラダも綺麗に完食していて、マジックも、作ったかいがあったな、なんて思う。
「シンちゃん。ちょっと聞きたい事があるんだけど…。」
「何?父さん。カレーもサラダも美味しかったぜ?」
「そうじゃなくて…あ、あのね?」
頬を赤らめてもじもじする様はまるで恋に臆病な女学生。
ピンクのオーラを放ちまくる。
いつものシンタローなら眼魔砲ものなのだが、素直になったシンタローは黙ってマジックの問いを待っている。
ゴクリ、と、マジックの喉仏が上下し、意を決したようにシンタローを見る。
そして…
「パパの事…好き?あ、愛しちゃったりとか…してたりする??」
恐る恐る聞いて、上目使いでシンタローを見る。
「あったり前じゃん。」
かたやシンタローはあっけらかんと肯定した。
マジックにとっては、日頃シンタローに絶対言って貰えない言葉なだけに天にも昇る気持ちに。
あったり前じゃん
あったり前じゃん
あったり前じゃん
マジックの脳内で繰替えされるシンタローの言葉。
盆と正月がいっぺんに。イヤイヤ、クリスマスと誕生日と、ゴールデンウイークも付けたしてしまえ。
その位マジックにとって革命的出来事。すなわちエボリューション!
マジックは思わずシンタローを抱きしめた。
いつもなら鉄拳ものだが、それもない。
それどころか!
マジックに身を委ねてくるではないか。
シンちゃんパパを愛で殺す気なのかな…
自分で薬を盛っておいてよく言うものである。
「父さんは?」
シンタローに声をかけられ、マジックは夢の世界から舞い戻る。
直ぐに返事をくれないのでシンタローはもう一度繰り返す。
「父さんは、俺の事好き?」
そう聞かれ、マジックは思いきりコクコクと頭を上下に振る。
ヘドバン並に。
「好きだよ!好きに決まってるじゃないか!寧ろ愛しているよ!」
ガシ、とシンタローの肩を掴み赤面しながらシンタローに必死に語りかける。
かなり危機迫っている感じ。
「良かった。」
シンタローがまたもやそうやって白い歯を見せ笑うので、マジックはもんどりうった。
可愛くて可愛くて仕方がない。
ぎゅ!と、抱きしめても殴られないし、蹴られない。
スリスリしても、ダキダキしても大丈夫!
ああ、高松ありがとう。
マジックの心理描写で、高松のドアップが青空一面に写し出され、小鳥達が生暖かい眼差しでチチチ、と鳴いていた。
「じゃあ父さん。俺、お風呂に入ってくるヨ。」
やんわりとマジックから身を離し、シンタローは部屋から出て行こうとする。
このまますんなり行かせてしまっても、風呂場で何時ものように乱入すればいいのだが、今のシンタローならば彼の了承を得てら正当に一緒にお風呂☆が楽しめるかもしれない。
今までは夢の又夢だったが、今のシンタローならば可能だ。
マジックの行動は次第にエスカレートしていく。
今まで出来なかった親子としてのスキンシップ。
スキンシップというにはかなり過剰だとは思うのだが、マジックにとっては普通であるその行為を我慢する事なく今日はできる。
マジックは気持ちがいくらか大きくなってしまっていた。
「ねぇ、シンちゃん!パパも一緒に入ってもいい?」
にこやかに聞くと、シンタローは赤面した。
かーわーいーいー!!
マジックも連られ赤面をしてしまう。
「あ、でも、そのォ、風呂場狭いから…別に父さんと一緒に入りたくないとかじゃなくて、狭いのが嫌っていうか…」
チラチラ、とマジックを見て、見る度に視線がかちあい、シンタローが又そらすという繰り返し。
癖なのか、唇を尖らせている。
意識しまくりなシンタローに、マジックにも勿論それは伝染病のように伝わってしまっていて。
二人で赤面する様は、最近の少女漫画にすら出て来ない程のハートオーラが漂う甘い雰囲気。
親子で醸し出すオーラでない事は確か。
「そ、そっかー!そーだよね!パパったら気付かなくてごめんね!」
アハハ!と笑うと、シンタローは首を横に振って少しホッとしたような顔をした。
「じゃあ、お風呂入ってくるから。」
そう言ってシンタローはその場から去っていく。
ポツンと、残された形になったマジック。
そして思う。
あああ…これは計算ミスだったよ!私の予想が大幅に外れた!!いつもより交わし方が上手くなってるじゃないかシンちゃん!中々やるなあ。
イヤ、純粋に言ってるんだろうな。その分タチが悪いよ。これじゃ、このままじゃ…
悪戯できないじゃないかッ!!
ああ、私のゴールデン計画がァッッ!食事→お風呂→私のこの計画がぁぁぁ!!
ショックを受けるマジックだが、は、と気付く。
今からでも十分修正はきくのではないだろうか。
確かにお風呂は一緒ではないが、シンタローが進んでいるコースはマジックの考えと同じ。
イケる!!
ザッパーン!と、マジックの背景に荒れた岩肌と、それにぶつかる波と、飛び散る水飛沫が映し出された。
そうと決まればシンちゃんが出てくる迄にきちんと考えておかなきゃ。ご利用は計画的にね!
フンフン、と、鼻歌を歌いながら洗いものをする。
かなりご機嫌だ。
そんな中、プシュン!と、ドアが開いたかと思うと、グンマとキンタローが神妙な面持ちで入ってきた。
「おとーさまー…」
「叔父貴…」
「どーしたの!?」
かなりの落ち込みような二人にマジックは焦る。
何があったのだろうか。
「ねー!シンちゃんに何かしたでしょ!!シンちゃん何時もと違うよぉ~!」
「そうです。何時ものアイツではなかった!」
ギックーン!!
シンタローが先程風呂に向かったさいに会ったのだろう。
さしずめ、何時ものように声をかけたら返答が違った。いや、違いすぎたんだろうとマジックは思った。
「心配する事ないよ。グンちゃん、キンタロー。すぐに元に戻るから。」
困ったように笑うマジックに、グンマは頭を振る。
「そーじゃないよ、おとーさま!」
声を荒げるグンマに、マジックは少しびっくりした。
勿論それを顔に出した訳ではないが。
「そーじゃなくて、おとーさまそれでいいの?」
悲しそうな顔。
マジックは訳が解らず不思議そうな顔をした。
それでいいって、何が?
訳が解らないので、何も言葉を発しないと、グンマはマジックを見上げる。
青い瞳同士がかちあった。
「おとーさまの好きなシンちゃんは、素直なシンちゃんなの?それとも、何時ものシンちゃんなの?素直なシンちゃんじゃなきゃ、おとーさまはシンちゃんの事好きじゃないの!?」
泣きそうになりながらマジックを見つめるグンマ。
昔からグンマはシンタローとマジックを見てきた。
自分の立場は従兄弟で、ルーザーの息子ではあったが、確かにシンタローにとって一番近い親戚で、友達でもあったに違いない。
何時も意地悪ばっかりされて、嫌な時もあったけれど、肝心な時は何時も助けてくれる優しいシンタロー。
そんなシンタローの幸せをグンマは何時も願っていた。
出来る事なら自分の手でシンタローを幸せにしてあげたかったが、シンタローが望んでいるのは自分ではないと知ってから、グンマは断腸の思いで恋敵であるマジックとシンタローの応援をしてきたのだ。
それなのに。
涙を飲んで手放したこの淡い恋心。
渡した相手がこれでは自分の思いの立つ瀬がない。
「そんな事ないよ。私はシンちゃんが何であっても愛しているよ。」
「だったら!」
グンマは俯いてしまった。
だったらそんな事しなければいいのに。
そんな事しなくたってシンちゃんはおとーさまの事大好きなんだから。
どーせ薬でも使ったんでしょ。高松にでも頼んで。
「だったら、早くシンちゃんを元に戻して、ね、おとーさま。」
又何時ものように明るく笑う。
「そうだね。」
マジックも又笑う。
シンちゃんが元に戻ったら一部始終ぜーんぶ話しちゃうんだから。
それ位の意地悪、許されるよね?
へへへ、と笑って、グンマはマジックを見た。
マジックはそんなグンマの頭を軽く撫でてやるのだ。
完全に出遅れた形となってしまったキンタローは、己の出の悪さを深く悔やんだとか。
しばらくたって、シンタローが戻って来た。
だが、どうにも様子がおかしい。
わなわなと震える腕、ヒクつく口元。
先程の素直なシンタローの面影はないに等しい。
オーラはドス黒く、そして、マゼンタみたいな色も混ざっている。
もう、ハッキリ言ってバレた。
怯えるマジックと、あーあ、やっぱりね、的な、グンマとキンタロー。
「親父ィィィ…」
地を這うような声に、ビクリと体を震わせるマジック。
自分達に被害はないのだが、余りの気迫にグンマは勿論の事、キンタローも少し怯える。
「や、やぁ、シンちゃん!怒った顔もキュートだよ☆」
無理矢理笑顔を作って手を上げるマジック。
その笑顔はミドル好きの女性が見たら失神してしまう位光り輝いていた。
が。
シンタローは女性ではないし、寧ろショタコンの気があるので効かない。
寧ろ逆効果である。
「…ンな事ほざく前に、俺に言わなきゃならない事、あるんじゃねーの?」
眼光がギラリと鈍く輝く。
「おとーさま、おとーさま!」
小声でツンツン、と、グンマがマジックの腕を肘で突く。
マジックが視線だけグンマに向けると、下にいたグンマと目が合った。
何?と、目で訴える。
今はそれどころじゃないんだよグンちゃん!見て解るだろう?
シンちゃんったら、完全にプッツンしてるんだよ!?
「謝っちゃって下さぁ~い!」
またもや小声で。
そして、マジックにとっては恐ろしい台詞を吐いた。
マジックは右手をぶんぶん振って“無理”を主張するのだが、グンマの攻めるような瞳とかちあい、ばつが悪くなって視線を反らしたが、そこにはキンタローが。
キンタローも又、グンマのソレと同じように醒めた目でマジックを見つめる…と、言うか睨みつけている。
「頼むよ、二人共ー。これ以上シンちゃんに嫌われたくないんだよー。」
「「だったらしなければ良かったでしょう!!」」
助けを二人に求めたが、二人共助けてくれない。
寧ろハモりつきで批難される。
マジックは、えー、と、漏らすが一向にシンタローに謝る気配はない。
ついにこの場の、寧ろシンタローの威圧感に耐え兼ねたグンマが動いた。
「おとーさまが薬を盛ったんだって!」
指をマジックの方に射す。
キンタローもそれを真似た。
「ああッッ!!グンちゃんとキンタローの裏切り者ッッ!」
「変な言い方しないでよ!おとーさまッッ!!」
「そうです。誤解されるような言い方は止めて頂きたい。」
グンマとキンタローに言われ、マジックは大袈裟に涙を拭く。
が。
「ほーォ。薬をねぇ…」
ピシリと空気が冷たくなる。
「アンタの料理、俺はなぁーんの疑いもなく食べてるよ。それは俺が少なからず、アンタが作ったモンに変なモンは入ってないと多少なりともアンタを信頼してるからだ。」
チラ、と、マジックを見ると、小さく縮こまるマジック。
まるで蛇に睨まれた蛙状態だ。
「シンちゃん、じゃ、僕達は自室に戻るからね~。」
「たまにはコッテリ叱ってやれ。」
「言われなくてもそのつもりだ。」
グンマとキンタローはそれだけ言うと、さっさと食堂を後にしようとする。
ああ、どうしよう!二人きりになるのは嬉しいんだけど!今は…今は嫌だ!息苦しいよ!何で行っちゃうの!お前達!!
あわあわとしているマジックを見ないようにして二人は互いに同情の目配せをして食堂から出て行った。
来た時と同じようにドアが開き、閉まった。
完全に密室。シンタローとマジックの二人だけがその空間に居る。
「アンタは俺の信頼を裏切ったんだ!」
ズビシ!と指を刺され、マジックは胸に手を当てる。
そして、うなだれる。
マジックがどう出るのかと、シンタローは見ていた。
うなだれたマジックはフラフラとシンタローへ近づいてゆき、シンタローの肩に手を置いた。
そして、がば!と顔を上げる。
「ごめん!シンちゃんごめんね?だ、だってパパ、どうしてもお前の気持ちが知りたかったんだよ!いつもいつもいーっつもお前はツンツンして、パパの事嫌がるし!パパだって…パパだって淋しかったんだよォ!シンちゃん!!」
ワーン!!と泣いてシンタローの胸にスリスリと顔を埋めれば、予想通り頭に鉄拳を喰らう。
ゴチン!と音がして、潤んだ瞳で見上げると、顔を真っ赤にしたシンタローが居た。
自分の顔が赤いと自分で自覚しているのか、腕で口元を隠している。
そんなシンタローを可愛いと思ってしまう。
顔がにやけるのを必死に我慢していると、シンタローがマジックを見た。
そして、口元を押さえながらマジックに言う。
「…ンな薬使わなくたって、俺はアンタの事大事にしてるっつーの!」
いきなりの爆弾幸せ発言にマジックは目が点になった。
理解するまで少し時間がかかる模様。
「解れよ!バーカ!!」
そして、唇を尖らせる。
理解した時はもう、嬉しくて嬉しくて、シンタローを抱きしめる。
嫌がる顔をするシンタローなんてお構いなし。
そして。
「ごめんね、シンちゃん!パパお前の事だぁーい好きだよ!も!死んでも離さないんだからッッ!!」
「あー。もー。はーいはいはい。」
どうやら一見落着したようで、その様子を聞き耳をたてて扉の向こう側から聞いていたグンマとキンタロー。
「あーあ。もう、ごちそうさまって感じ。」
「そうだな。何だかんだ言ってシンタローは素直だからな。」
もっとシンタローに怒られるであろうマジックを想像していただけに、この甘い雰囲気はよろしくない。
つまんない、と言った感じで二人はその場から本当に自室へと足を運ぶのだった。
「あ。親父。ソレと薬の件は関係ねぇからな。」
「え!?なにソレ!パパぬかよろこびだよ!!」
終わり。
パパに対して言う良く言う言葉ベストランキング。
アホ、ウザイ、ムカつく。
おかしい。こんなはずじゃない。
昔はパパ思いのパパっ子で…いや!今もそうなんだけど!!
照れてるだけ。なんだけど!
パパだって不安になったりしちゃうわけ。
だから…だからしょうがない事だったんだよ。
パパは悪くないんだよ、シンちゃん。
ひとしきり自分勝手に話を纏めたマジック。
何がどうなったか、というと、まあ、ぶっちゃけた話、あまのじゃくを直す、素直になる薬を、シンタローの大好物のカレーライスに入れただけ。
食べた瞬間シンタローは机につっぷした。
スプーンを握り締めたまま。
寝てしまうのは薬を作ったお馴染み、Dr高松に聞かされていたのでマジックとしてはさして驚かなかった。
マジックはワクワクしながらシンタローを見つめる。
早く起きてパパとイチャイチャしよう!
ハートマークを飛び散らせて、マジックはシンタローが起きるのを今か今かと待ち侘びているのである。
すると、突然ガバ!と、シンタローが起き上がった。
「あ、あれ?俺…」
「どうしたの?シンちゃん。いきなり寝たからパパすっごくびっくりしちゃったよ。」
ハハハ、と、善人面で笑う。
さあ、シンタローがどう出るか。
マジックは楽しそうにシンタローの反応を待つ。
「ゴメン、父さん。」
困ったように笑うシンタローを見て、薬は成功したと核心したマジックは、シンタローの見てる前でガッツポーズを勢い良くした。
シンタローはそれに少しびっくりした様子で見るが、頭には“?”が飛び交っている。
「ね、ね、シンちゃん、パパの作ったカレーどぉ?」
ワクワクしながらすんごい笑顔で聞くと、シンタローははにかみながらマジックに微笑む。
そんな笑顔20年ぶり位に見た。
たら、と鼻血が出る。
「旨いよ。父さんが作ったカレーが世界で1番美味しい。…それより父さん鼻血大丈夫?」
心配そうに見つめ、近くにあったボックスティッシュから紙を数枚掴み、マジックの鼻を押さえた。
シンちゃんが私を心配して、尚且つティッシュまで!!
感動したらしく、青い瞳からは滝のような涙。
それだけならまだしも。
「うわ!!」
鼻血も滝のように噴いてきて。
ティッシュは何の約にも立たなくなってしまった。
「父さん大丈夫?病気?」
「うん。パパね、凄い重い病にかかってるんだよ。薬でも、湯治でも直らない病気なんだ。」
「えッッ!?」
心配そうに見上げるシンタロー。
そして、とりあえずハンカチで鼻血を止血するマジック。
「ど、どんな病気なんだ!?」
大変だ!と、あわあわしてくれる愛息子にマジックは胸がキュンキュンした!
そして、かなり嬉しく思う。
「シンちゃん大好き病っていうんだ。」
大真面目な顔でそう言うマジック。
シンタローは一瞬時が止まったようにストップしていたが、言葉を理解したらしく、マジックの肩を軽く叩いた。
「もー!ビックリさせんなよ!」
そう言って笑う。
その100万$の笑顔。
寧ろそれより上。
秘石よりも価値があるものを見て、マジックは又鼻血を吹出し悦った。
「さ、シンちゃん。早くご飯食べちゃいなさい。あ、サラダもちゃんと食べるんだよ?」
身が持たないマジックは貧血の為、椅子に腰かける。
マジックに促されるまま、シンタローはカレーとサラダをぱくぱくと平らげていく。
ご飯ときたら、次はお風呂だよね。
このゴールデンコースでいくと、
ご飯→お風呂→私。だな。
お風呂も一緒に入って、次は私がシンちゃんに入って…。
もう、50を過ぎると、下ネタでオヤジギャグを考えてしまうらしい。
それはいくらダンディでも逃れようがないのかもしれない。
「ごっそーさん!」
カラン、とカレー皿にスプーンを置く音がする。
マジックがそれを見ると、カレーもサラダも綺麗に完食していて、マジックも、作ったかいがあったな、なんて思う。
「シンちゃん。ちょっと聞きたい事があるんだけど…。」
「何?父さん。カレーもサラダも美味しかったぜ?」
「そうじゃなくて…あ、あのね?」
頬を赤らめてもじもじする様はまるで恋に臆病な女学生。
ピンクのオーラを放ちまくる。
いつものシンタローなら眼魔砲ものなのだが、素直になったシンタローは黙ってマジックの問いを待っている。
ゴクリ、と、マジックの喉仏が上下し、意を決したようにシンタローを見る。
そして…
「パパの事…好き?あ、愛しちゃったりとか…してたりする??」
恐る恐る聞いて、上目使いでシンタローを見る。
「あったり前じゃん。」
かたやシンタローはあっけらかんと肯定した。
マジックにとっては、日頃シンタローに絶対言って貰えない言葉なだけに天にも昇る気持ちに。
あったり前じゃん
あったり前じゃん
あったり前じゃん
マジックの脳内で繰替えされるシンタローの言葉。
盆と正月がいっぺんに。イヤイヤ、クリスマスと誕生日と、ゴールデンウイークも付けたしてしまえ。
その位マジックにとって革命的出来事。すなわちエボリューション!
マジックは思わずシンタローを抱きしめた。
いつもなら鉄拳ものだが、それもない。
それどころか!
マジックに身を委ねてくるではないか。
シンちゃんパパを愛で殺す気なのかな…
自分で薬を盛っておいてよく言うものである。
「父さんは?」
シンタローに声をかけられ、マジックは夢の世界から舞い戻る。
直ぐに返事をくれないのでシンタローはもう一度繰り返す。
「父さんは、俺の事好き?」
そう聞かれ、マジックは思いきりコクコクと頭を上下に振る。
ヘドバン並に。
「好きだよ!好きに決まってるじゃないか!寧ろ愛しているよ!」
ガシ、とシンタローの肩を掴み赤面しながらシンタローに必死に語りかける。
かなり危機迫っている感じ。
「良かった。」
シンタローがまたもやそうやって白い歯を見せ笑うので、マジックはもんどりうった。
可愛くて可愛くて仕方がない。
ぎゅ!と、抱きしめても殴られないし、蹴られない。
スリスリしても、ダキダキしても大丈夫!
ああ、高松ありがとう。
マジックの心理描写で、高松のドアップが青空一面に写し出され、小鳥達が生暖かい眼差しでチチチ、と鳴いていた。
「じゃあ父さん。俺、お風呂に入ってくるヨ。」
やんわりとマジックから身を離し、シンタローは部屋から出て行こうとする。
このまますんなり行かせてしまっても、風呂場で何時ものように乱入すればいいのだが、今のシンタローならば彼の了承を得てら正当に一緒にお風呂☆が楽しめるかもしれない。
今までは夢の又夢だったが、今のシンタローならば可能だ。
マジックの行動は次第にエスカレートしていく。
今まで出来なかった親子としてのスキンシップ。
スキンシップというにはかなり過剰だとは思うのだが、マジックにとっては普通であるその行為を我慢する事なく今日はできる。
マジックは気持ちがいくらか大きくなってしまっていた。
「ねぇ、シンちゃん!パパも一緒に入ってもいい?」
にこやかに聞くと、シンタローは赤面した。
かーわーいーいー!!
マジックも連られ赤面をしてしまう。
「あ、でも、そのォ、風呂場狭いから…別に父さんと一緒に入りたくないとかじゃなくて、狭いのが嫌っていうか…」
チラチラ、とマジックを見て、見る度に視線がかちあい、シンタローが又そらすという繰り返し。
癖なのか、唇を尖らせている。
意識しまくりなシンタローに、マジックにも勿論それは伝染病のように伝わってしまっていて。
二人で赤面する様は、最近の少女漫画にすら出て来ない程のハートオーラが漂う甘い雰囲気。
親子で醸し出すオーラでない事は確か。
「そ、そっかー!そーだよね!パパったら気付かなくてごめんね!」
アハハ!と笑うと、シンタローは首を横に振って少しホッとしたような顔をした。
「じゃあ、お風呂入ってくるから。」
そう言ってシンタローはその場から去っていく。
ポツンと、残された形になったマジック。
そして思う。
あああ…これは計算ミスだったよ!私の予想が大幅に外れた!!いつもより交わし方が上手くなってるじゃないかシンちゃん!中々やるなあ。
イヤ、純粋に言ってるんだろうな。その分タチが悪いよ。これじゃ、このままじゃ…
悪戯できないじゃないかッ!!
ああ、私のゴールデン計画がァッッ!食事→お風呂→私のこの計画がぁぁぁ!!
ショックを受けるマジックだが、は、と気付く。
今からでも十分修正はきくのではないだろうか。
確かにお風呂は一緒ではないが、シンタローが進んでいるコースはマジックの考えと同じ。
イケる!!
ザッパーン!と、マジックの背景に荒れた岩肌と、それにぶつかる波と、飛び散る水飛沫が映し出された。
そうと決まればシンちゃんが出てくる迄にきちんと考えておかなきゃ。ご利用は計画的にね!
フンフン、と、鼻歌を歌いながら洗いものをする。
かなりご機嫌だ。
そんな中、プシュン!と、ドアが開いたかと思うと、グンマとキンタローが神妙な面持ちで入ってきた。
「おとーさまー…」
「叔父貴…」
「どーしたの!?」
かなりの落ち込みような二人にマジックは焦る。
何があったのだろうか。
「ねー!シンちゃんに何かしたでしょ!!シンちゃん何時もと違うよぉ~!」
「そうです。何時ものアイツではなかった!」
ギックーン!!
シンタローが先程風呂に向かったさいに会ったのだろう。
さしずめ、何時ものように声をかけたら返答が違った。いや、違いすぎたんだろうとマジックは思った。
「心配する事ないよ。グンちゃん、キンタロー。すぐに元に戻るから。」
困ったように笑うマジックに、グンマは頭を振る。
「そーじゃないよ、おとーさま!」
声を荒げるグンマに、マジックは少しびっくりした。
勿論それを顔に出した訳ではないが。
「そーじゃなくて、おとーさまそれでいいの?」
悲しそうな顔。
マジックは訳が解らず不思議そうな顔をした。
それでいいって、何が?
訳が解らないので、何も言葉を発しないと、グンマはマジックを見上げる。
青い瞳同士がかちあった。
「おとーさまの好きなシンちゃんは、素直なシンちゃんなの?それとも、何時ものシンちゃんなの?素直なシンちゃんじゃなきゃ、おとーさまはシンちゃんの事好きじゃないの!?」
泣きそうになりながらマジックを見つめるグンマ。
昔からグンマはシンタローとマジックを見てきた。
自分の立場は従兄弟で、ルーザーの息子ではあったが、確かにシンタローにとって一番近い親戚で、友達でもあったに違いない。
何時も意地悪ばっかりされて、嫌な時もあったけれど、肝心な時は何時も助けてくれる優しいシンタロー。
そんなシンタローの幸せをグンマは何時も願っていた。
出来る事なら自分の手でシンタローを幸せにしてあげたかったが、シンタローが望んでいるのは自分ではないと知ってから、グンマは断腸の思いで恋敵であるマジックとシンタローの応援をしてきたのだ。
それなのに。
涙を飲んで手放したこの淡い恋心。
渡した相手がこれでは自分の思いの立つ瀬がない。
「そんな事ないよ。私はシンちゃんが何であっても愛しているよ。」
「だったら!」
グンマは俯いてしまった。
だったらそんな事しなければいいのに。
そんな事しなくたってシンちゃんはおとーさまの事大好きなんだから。
どーせ薬でも使ったんでしょ。高松にでも頼んで。
「だったら、早くシンちゃんを元に戻して、ね、おとーさま。」
又何時ものように明るく笑う。
「そうだね。」
マジックも又笑う。
シンちゃんが元に戻ったら一部始終ぜーんぶ話しちゃうんだから。
それ位の意地悪、許されるよね?
へへへ、と笑って、グンマはマジックを見た。
マジックはそんなグンマの頭を軽く撫でてやるのだ。
完全に出遅れた形となってしまったキンタローは、己の出の悪さを深く悔やんだとか。
しばらくたって、シンタローが戻って来た。
だが、どうにも様子がおかしい。
わなわなと震える腕、ヒクつく口元。
先程の素直なシンタローの面影はないに等しい。
オーラはドス黒く、そして、マゼンタみたいな色も混ざっている。
もう、ハッキリ言ってバレた。
怯えるマジックと、あーあ、やっぱりね、的な、グンマとキンタロー。
「親父ィィィ…」
地を這うような声に、ビクリと体を震わせるマジック。
自分達に被害はないのだが、余りの気迫にグンマは勿論の事、キンタローも少し怯える。
「や、やぁ、シンちゃん!怒った顔もキュートだよ☆」
無理矢理笑顔を作って手を上げるマジック。
その笑顔はミドル好きの女性が見たら失神してしまう位光り輝いていた。
が。
シンタローは女性ではないし、寧ろショタコンの気があるので効かない。
寧ろ逆効果である。
「…ンな事ほざく前に、俺に言わなきゃならない事、あるんじゃねーの?」
眼光がギラリと鈍く輝く。
「おとーさま、おとーさま!」
小声でツンツン、と、グンマがマジックの腕を肘で突く。
マジックが視線だけグンマに向けると、下にいたグンマと目が合った。
何?と、目で訴える。
今はそれどころじゃないんだよグンちゃん!見て解るだろう?
シンちゃんったら、完全にプッツンしてるんだよ!?
「謝っちゃって下さぁ~い!」
またもや小声で。
そして、マジックにとっては恐ろしい台詞を吐いた。
マジックは右手をぶんぶん振って“無理”を主張するのだが、グンマの攻めるような瞳とかちあい、ばつが悪くなって視線を反らしたが、そこにはキンタローが。
キンタローも又、グンマのソレと同じように醒めた目でマジックを見つめる…と、言うか睨みつけている。
「頼むよ、二人共ー。これ以上シンちゃんに嫌われたくないんだよー。」
「「だったらしなければ良かったでしょう!!」」
助けを二人に求めたが、二人共助けてくれない。
寧ろハモりつきで批難される。
マジックは、えー、と、漏らすが一向にシンタローに謝る気配はない。
ついにこの場の、寧ろシンタローの威圧感に耐え兼ねたグンマが動いた。
「おとーさまが薬を盛ったんだって!」
指をマジックの方に射す。
キンタローもそれを真似た。
「ああッッ!!グンちゃんとキンタローの裏切り者ッッ!」
「変な言い方しないでよ!おとーさまッッ!!」
「そうです。誤解されるような言い方は止めて頂きたい。」
グンマとキンタローに言われ、マジックは大袈裟に涙を拭く。
が。
「ほーォ。薬をねぇ…」
ピシリと空気が冷たくなる。
「アンタの料理、俺はなぁーんの疑いもなく食べてるよ。それは俺が少なからず、アンタが作ったモンに変なモンは入ってないと多少なりともアンタを信頼してるからだ。」
チラ、と、マジックを見ると、小さく縮こまるマジック。
まるで蛇に睨まれた蛙状態だ。
「シンちゃん、じゃ、僕達は自室に戻るからね~。」
「たまにはコッテリ叱ってやれ。」
「言われなくてもそのつもりだ。」
グンマとキンタローはそれだけ言うと、さっさと食堂を後にしようとする。
ああ、どうしよう!二人きりになるのは嬉しいんだけど!今は…今は嫌だ!息苦しいよ!何で行っちゃうの!お前達!!
あわあわとしているマジックを見ないようにして二人は互いに同情の目配せをして食堂から出て行った。
来た時と同じようにドアが開き、閉まった。
完全に密室。シンタローとマジックの二人だけがその空間に居る。
「アンタは俺の信頼を裏切ったんだ!」
ズビシ!と指を刺され、マジックは胸に手を当てる。
そして、うなだれる。
マジックがどう出るのかと、シンタローは見ていた。
うなだれたマジックはフラフラとシンタローへ近づいてゆき、シンタローの肩に手を置いた。
そして、がば!と顔を上げる。
「ごめん!シンちゃんごめんね?だ、だってパパ、どうしてもお前の気持ちが知りたかったんだよ!いつもいつもいーっつもお前はツンツンして、パパの事嫌がるし!パパだって…パパだって淋しかったんだよォ!シンちゃん!!」
ワーン!!と泣いてシンタローの胸にスリスリと顔を埋めれば、予想通り頭に鉄拳を喰らう。
ゴチン!と音がして、潤んだ瞳で見上げると、顔を真っ赤にしたシンタローが居た。
自分の顔が赤いと自分で自覚しているのか、腕で口元を隠している。
そんなシンタローを可愛いと思ってしまう。
顔がにやけるのを必死に我慢していると、シンタローがマジックを見た。
そして、口元を押さえながらマジックに言う。
「…ンな薬使わなくたって、俺はアンタの事大事にしてるっつーの!」
いきなりの爆弾幸せ発言にマジックは目が点になった。
理解するまで少し時間がかかる模様。
「解れよ!バーカ!!」
そして、唇を尖らせる。
理解した時はもう、嬉しくて嬉しくて、シンタローを抱きしめる。
嫌がる顔をするシンタローなんてお構いなし。
そして。
「ごめんね、シンちゃん!パパお前の事だぁーい好きだよ!も!死んでも離さないんだからッッ!!」
「あー。もー。はーいはいはい。」
どうやら一見落着したようで、その様子を聞き耳をたてて扉の向こう側から聞いていたグンマとキンタロー。
「あーあ。もう、ごちそうさまって感じ。」
「そうだな。何だかんだ言ってシンタローは素直だからな。」
もっとシンタローに怒られるであろうマジックを想像していただけに、この甘い雰囲気はよろしくない。
つまんない、と言った感じで二人はその場から本当に自室へと足を運ぶのだった。
「あ。親父。ソレと薬の件は関係ねぇからな。」
「え!?なにソレ!パパぬかよろこびだよ!!」
終わり。
PR
ここはガンマ団士官学校。
外部とは一切接触を持たせず、隔離され、国を奪う知識、人を殺す技術、そして、服従をさせる為の冷徹な心を養う場所。
それゆえセキュリティも厳しく、鼠一匹たりとも入れないし、勿論入ったら最後、出てくる事もできない。
又、士官学生達の規律も厳しく、朝は5:00に起床。夜は20:00に就寝。
テレビやラジオといった外部からの情報も一切与えられず、学生達は規律の中卒業するまでそこで生きていく。
ガンマ団士官学校を含め、ガンマ団を仕切る立場にあるマジック総帥の一人息子シンタローも皆と同じく、この学び屋でそのような生活を送っていた。
そんな中。
「授業参観だぁ~!?」
プリントを配られ目を丸くするシンタロー。
勿論シンタローだけではなく、他の生徒も驚いている。
普段は静かな教室が、ガヤガヤと珍しく騒がしい。
「静かに!」
ピシャリ!と教官が声を荒げる。
途端に騒がしかった教室内がシーンと静まりかえった。
「この行事は一年に一度恒例で行われる。又、強制ではないので来る来ないはお前達の親の自由だ。」
来たくない親や、任務で来れない親もいるからな。と教官は付け足した。
配ったプリントと同じ物を生徒の親にも送ったらしい。
勿論複雑な顔をしている生徒も多い。
親がガンマ団に所属している人間ばかりではないのだ。
家族の為、己を犠牲にして入った人間もいれば、金の為、親に売られるように入れられた人間もいる。
そう考えればシンタローはまだマシかもしれないと思う。
ん?
待てよ。
と、ゆーことは…。
親父も来るって事か?!
シンタローの脳内では、金ピカのゴージャスな椅子に腰かけ、総帥服を身につけ、何故かお弁当箱を持ち、満面の笑顔で手を振っているマジックが想像できてしまった。
『シ~ンちゃ~ん!パパだよ~!ホラホラ、シンちゃんの為にお弁当。持ってきたよ~!』
ああああッッ!!不吉な想像ヤメーッッ!!
頭を抱えるシンタローだが、もしかしたら遠征とか長引いて来ないかもしれないと、思い直す。
プリントを見ると、どうやら1ヶ月後位先の話しではあるが、マジックは今月の頭から内乱を収める為に基地には居ない。
そういった情報だけはシンタローを含め学生達も知っている。
より軍に詳しくなる為、より軍に忠実になる為、ガンマ団の主だったニュースは伝えられるのだ。
半月ばかり過ぎた頃、やはりまだまだ内乱は終わらないらしい。
勿論シンタローとしてはマジックに無事で居てくれとは思うが、授業参観過ぎるまで帰ってきてほしくないと思う。
「シンタローさん。マジック様も来んだべか?」
黙っていれば男前のミヤギが休み時間に話し掛けて来たのだが、シンタローは曖昧な返事をした。
「ミヤギ君、まだ内乱が終わってないっちゃから、シンタローさんだって解らないっちゃよ。」
「それもそーだべな。」
ベストフレンドのトットリにそう言われ、ミヤギも苦笑いをして頭をかいた。
三人でしばし談笑をした。
とは言っても話題は授業参観の事だったが。
士官学校に入り寮での生活を余儀なくされている学生にとって、外部からの人間は新鮮なもので。
それを互いに解っているからこそ、久しぶりの軍以外の話題だからこそ、会話も弾む。
誰々の親はこの間階級が上がっただとか、あの人も来るのだろうか、とか久しぶりに人間らしい話をしたのかもしれない。
結局今日が授業参観日なのだが、内乱が終わったという報告はなかった。
シンタローは内心ホッとする。
学校じゃ勉強も運動も何でも出来るカッコイイ二枚目なシンタローさんで通っているのに、マジックが来たら全て台なしもいい所である。
第一、マジックが自分を目の前にして言う一人称は“パパ”なのだ。
まるで俺がマジックをそう呼んでいるよーじゃねーか、とシンタローは思う。
とにかくマジックが来なくて良かった。
来なければ、全軍の指揮を取る冷徹な総帥マジックが、実は息子にベタ甘で、すっっごく格好悪いということを知られずに済むのだ。
「授業を始める。」
授業参観の科目は体術だった。
武器を取られた時や、手元に武器が無い時、己の肉体こそを武器にしなければならない。
教官の掛け声がかかり、皆気を引き締めた。
チラ、と見渡すと、結構親達は来ているようで。
だが、全てガンマ団の軍人である。
何故なら、軍服は“G”とロゴの入った隊服で、胸には階級バッチと、所属部隊別のバッチがしてある。
一般人はまず居ないと言って確かだ。
そして、シンタローを見ている。
自分の息子より総帥の息子がどの程度なのか。
マジックと似ていない外見というのは既に周知に知れ渡っていて。
期待の視線より、卑下する視線であると知ってシンタローは舌打ちを一つした。
「シンちゃん!パパだよ~!!あ~間に合った~!!」
!!?
今、聞いてはいけないものを聞いた気がする。
そこに居ないはずの人物。寧ろ、居てはいけない人物。
ギギギ…。
硬直してしまった首を無理矢理、だが、のろのろと声のする方へ向けた。
そこには、金ピカのゴージャス椅子に腰かけ、バスケットを持ち、まんまシンタローの想像していたマジックが。
クラスメートもかなりガチガチだが、父兄さん達も緊張の面持ちで、しかも教官までもビシッ!とマジックに向かって敬礼をしている。
「な、ななななんで…」
口をぱくぱく鯉みたいに動かし、それを言うだけでシンタローは精一杯だった。
まるで幽霊を見たかのように驚愕の表情を浮かべる。
「ふふふ♪シンちゃん、驚いたでしょ?パパ、シンちゃんのお勉強ぶりが見たくって急いで片付けてきたんだよ~νあ、ちゃ~んとシンちゃんの分のお弁当。作って来たからねーν」
“急いで片付けて”
それが殺しの事だとは解る。
側にいた父兄の方々の数名は、ビクリと体を震わせていた。
ただ、教官や、上層部と思われる父兄達は、流石というべきか、表情を崩さず平然な態度をしていた。
「か、帰れ帰れ!オメー来ると邪魔なんだよッッ!」
「んもう!シンちゃんったら嘘ばーっか!パパの事だーい好きな癖に!」
「そーゆー嘘付くなよな!早く家に帰れ!来るナ!」
「ひどッッ!嘘じゃないでしょ!?」
そう言うと、椅子から立ち上がり、シンタローの側まで後ろに手を組み歩いてくる。
ザ、ザ、と、足音がして、シンタローの目の前まで来るとシンタローを見下ろした。
「な、なんだよ…」
少ししか引けないのはこれから授業だから。
隊列を乱していけない。これは軍人の基本中の基本。
マジックはニコッと笑うと両腕を広げ、ガバリとシンタローに抱き着いた。
「ヒッ!!」
シンタローは声にならない声をあげる。
「すごーい!シンちゃん!今の顔、すっごい可愛い!!素晴らしく可愛いヨ!!今からビデオ取るからもう一回その顔パパの為にしてよー!!」
ぐりんぐりんとシンタローの頬をスリスリする。
シンタローは鳥肌が立ったがマジックは止めようとはしない。
そして、頬にキスをしようとした瞬間。
バキッ!!
シンタローの拳がマジックの左頬に当たった。
ああ、俺の今まで培ってきたイメージが台なし!!あのアーパー親父のせいで!全部台なし!!
シンタローは泣きたくなった。
怒りとか悲しみではなく、マジックに対する苛立ちで。
なんで普通にできないのか。
アンタはいい。アンタは。でも、俺が…俺がファザコンだと思われるじゃねーかぁぁあ!
「ど、どうしたのシンちゃん!!何時もパパとお家でチュッチュしてるでしょ!?」
「勝手に思い出捏造すんじゃねーヨ!!」
かなり驚いたように演技するマジックに、シンタローは涙とヨダレを垂らしながら訴える。
「授業時間終わっちまうじゃねーか!親父のせいだぞ!」
「おお、そうだった!」
マジックは、掌をポン、と叩くと素直に又椅子に座る。
シンタローがムッと頬を膨らませてから教官の方へ向き直った途端、片肘をひじ掛けにかけ、頬を載せ、冷徹な笑顔で士官学生達を見遣るのだった。
まったく、と、シンタローは思う。
鼻でふん、と息を出してからシンタローは教官を見遣った。
体術の授業という事で、皆動きやすい恰好、つまりジャージを着ている。
二つの班に別れ勝ち抜き戦となり、負けた班は腹筋500回の罰ゲームが待っているので、皆何としても勝ちたい所。
武器を使用しない限り何をしても良いが、このグラウンド内で行うものとする。
勿論人体の急所と呼べる場所の攻撃も可能だ。
今から行う体術の実地訓練はスポーツなんかじゃない。
確実に敵を殺す為の訓練の一貫なのだから。
シンタローの順番は大体真ん中位。
「先頭、両者前へ!!」
教官が腕を上げると、ニ列に別れたうちの先頭者が前へ出る。
「始め!!」
掛け声と共に肉弾戦が始まったのだった。
同じ訓練をしていても、攻撃パターンは人によって違う。
しかも負ける訳にはいかない理由がもう一つあった。
それはマジックが来ているという事。
味方だろうと容赦なく、弱い人間は捨てゆく彼の精神を知っているゆえ、ヘマをしたらどうなるか解らない。
そんな緊張感の中、それでも勝負は決まる。
いよいよシンタローの番になった。
シンタローはパチン!と気合いを入れる為、両手で己の頬を叩き気を引き締める。
「シーンちゃーん!!頑張れー!!」
シンタローはコケた。
せっかく気合いを入れたのに、マジックの間の抜けた声援のせいで掻き乱されてしまった。
マジックは相変わらず笑顔でブンブン手をシンタローに向けて振る。
パパはここだよ!と、主張せんばかりに。
あンの野郎~…!
怒りと恥ずかしさでマジックをチラと見ると、気付いてくれた!と言わんばかりに手を振る勢いが激しくなる。
どーして普通にできねーの!?
隣に居る、といっても少し間が離れているが、誰かの父兄さんも、やはり少しマジックが気になるらしい。
そして、父兄さん達に話し掛けているので、父兄達は自分の息子そっちのけで話を聞いている。
シンタローの方からは何を言っているのか解らない。
読唇術はまだ習っていないから。
シンタローはどーせくだらねー話しでもしてんダロ、と思い、敵チームの方を向いた。
「シンタローはカワイイだろう?」
ふふふ、と、鼻血を垂らしながら息子のぬいぐるみに頬を擦り寄せる総帥に、流石の父兄達も引いた。
「昔からパパ、パパって私の後を着いてくるパパっ子でねぇー。」
昔からって、今じゃアンタがシンちゃんシンちゃんってシンタローの後をついていってんじゃないか。
と、父兄さん達は心の中でツッコミをした。
そんな事を知ってか知らずか、マジックは話を止めて士官生達の方を向く。
寧ろ、シンタローを見ている。
シンタローは勝ってきた奴には「スゲーじゃん!次も勝てよ!!」と、エールを送り、負けた奴には「ドンマイ!惜しかったぜ!」と、慰めたりしていた。
学生の間ではシンタローはマジックの息子という肩書を抜きにしても人気があった。
彼の体から滲み出る何かが、他の人間を引き付けるのだろう。
本来親ならば、自分の息子が人気者で嬉しいはずなのだが、マジックは何処か苛立ちを感じていた。
私が一番最初にシンタローの素質を見抜いたのに。
それが嫉妬だという事も知っている。が、どうにもならない。
好きなのに思い通りにいかない。
親だから、血縁者だから、男だから、シンタローを傷つけたくないから。
だからこうやってふざけた形でしか愛を表現できない。
私が構うとシンタローは何かしらアクションを取ってくれる。
それだけでも良しとしなければならないのに。
「両者前へ!」
教官の声でマジックは今まで考えていた思考を停止させる。
とりあえず今私のするべき事は、この最新型のハンディカムでシンタローの可愛らしい顔と勇士を納める事なんだ!
気持ちを切り替えて、ハンディカムを構え、ズームインする。
どうやら戦闘訓練の様子ではなくシンタローだけを録りたいようだ。
シンちゃんは可愛いなァ~…。
おっと、いけない。鼻血が。
マジックは胸ポケットから、ピンクのレースのハンカチを取り出すと、鼻をそれで拭いた。
「始め!」
ドウン!!
教官の声と共にシンタローの手刀が相手の喉仏にクリーンヒットし、相手は膝をガクリ、とついた。
「勝者、シンタロー!」
教官がシンタローの名前をコールし、味方チームがワァ!と歓声を上げるその前に
「シンちゃんやったー!カッコイイ~!パパ痺れちゃったよ!!流石シンちゃん!!」
ハンディカムから顔を離して手放しで喜ぶマジックが。
そのせいで味方チーム達は、完全に出遅れた形となってしまった。
そして、ツカツカと又シンタローの元へ歩いてゆき、抱きしめる。
「さっすがシンちゃん!パパ、鼻が高いぞォ!!」
「やめんか!次が始まるんだよ!次がッッ!!」
ググ、と顔を離そうとするが、マジックも負けじとシンタローを抱きしめる。
まさか一勝ごとにこの調子で来るのかよ、このバカ親父は!
教官に助けを求めるが、どうにもならないらしい。
「パパとチュッチュッしよう!シンちゃん!!」
「ぎゃーーっ!や、やめろーっっ!!」
何とか振りほどくと、マジックは淋しいのかショボンとしてうなだれる。
チ、と、シンタローは舌打ちをした。
その顔には弱い。解ってやってる確信犯だとは解るが、ついつい甘やかしてしまう。
ゴホン、と、咳ばらいをしてから、シンタローはうなだれるマジックに話し掛けてやる。
「アンタはあの椅子に座ってろヨ!」
帰れ、と言わないのはシンタローの優しさから。
その言葉を聞いてマジックは満面の笑みで笑うと、ルンタッタ♪と元の位置に戻る。
そんなマジックの後ろ姿を見て、シンタローは溜息をつくのだった。
何度かの勝利を納めたシンタロー。
その度に仲間達からの声援に覆い被さるようにマジックの賛辞の言葉が聞こえる。
だが、先程シンタローに言われた通り椅子に座ってハンディカムで撮っている。
「次、前へ!」
教官の声が聞こえ、シンタローはすぐに向き直る。
次の相手は―…。
「ま、よろしゅう頼んます。」
クラスで1、2を争うアラシヤマだった。
炎の技を出されたら厄介だな、とシンタローは舌打ちをした。
だが、当たらなければ。まだ勝機は有ると踏んでいる。
「始め!」
教官の開始の合図と共に二人共素早く前に出て、ガキン!共に攻撃から始まった。
流石アラシヤマと言った所か。
他の学生とは一味違う。
だが。
「脇が甘いぜ!!」
シンタローの右足がアラシヤマの脇腹に入った。
「ぐっ!!」
苦しそうな声を出したが、蹴られた方向へ飛んだので、直撃は避けている。
ザザ、とアラシヤマの足元から砂埃が舞う。
アラシヤマが体制を整えるより先に、シンタローが攻撃を加えた。
パンチをアラシヤマの顔面に入れようとしたのだが、直線的な攻撃だった為、掠るだけで避けられる。
「甘もぅおすな!」
今度はアラシヤマがシンタローの腹部へアッパーを入れようとした。
「シンちゃん危ないッッ!!」
マジックがいきなり叫んだが、シンタローはアラシヤマの肩を借りて、そのまま空中で一回転し、無事着地した。
猫のようなしなやかな動きである。
しかし、アラシヤマもすぐにシンタローの足元にスライディングをする。
体制を崩したものの、片手で又回って、アラシヤマと少し距離を保つ。
「やるじゃねーか!」
「あんさんもな。」
その時、アラシヤマの腕から炎が燃え上がる。
特異体質だ。
シンタローも構える。
アレがクリーンヒットなんてしたら大火傷もいい所だ。
シンタローに緊張が走る。
マジックも手に汗とハンディカムを握り、シンタローの勇姿を撮り続ける。
シンちゃんガンバ!
マジックにしては珍しく心の中で応援をした。
「受けてみなはれ!平等院鳳凰堂極楽鳥の舞!!」
アラシヤマの全身から溢れる炎。
その炎が鳥の姿となり、シンタロー目掛けて飛んでくる。
掠るだけでも火傷は避けられない。
「チッ!」
シンタローは舌打ちをするとアラシヤマの方へ走りだす。
「アアッ!シンちゃん危ないよ!!」
既にマジックはのめり込んでしまっているようだ。
「潔いどすなシンタロー!!そのまま燃え尽きるとええどす!!」
炎が己の直前迄来た時、シンタローは空高く飛んだ。
アラシヤマも炎をシンタローに当てる為上を見上げる。
しかし、そこには
「クッ!眩し…!!」
そう。シンタローの後ろには太陽。
太陽の影に隠れてシンタローの姿が見えない処か、普段ヒキコモリな分だけ光に弱いアラシヤマは目が眩む。
アラシヤマが目が眩んでいる隙に
ガッ!!
アラシヤマの喉にシンタローの蹴りが入った。
気を失ったらしく、炎は消える。
「勝者シンタロー!」
教官の声にシンタローはフッ、と笑う。
「シンちゃん超カッコイイ!!流石シンちゃんサイコーだよ!」
マジックははしゃぎまくり、ズームインでシンタローの顔を取る。
この後もシンタローが次々と勝利を納めてゆき、シンタローのチームが勝ったのだった。
授業が終わり父兄さん達も帰ろうとした時、いきなりマジックが立ち上がり、本来教官が立つべき場所に立った。
生徒達はどよどよとざわめき、教官や父兄はマジックに向かって敬礼をする。
「今日は素晴らしかったと先に言っておこう。」
そうマジックに言われ生徒と教官はほ、と胸を撫で下ろす。
シンタローだけはこの男が何を言い出すのやらとドキドキしていた。
「特に~、シンちゃんがすーっごくカッコかわいかったので、今日はご褒美って事で、一週間外出許可を出します!親子水入らずで過ごすように!以上!」
「ふざけ…」
シンタローが反論しようとした時
「これは総帥命令だ。家に帰る宛のない者は仕方がない。少しの間羽を延ばしに外に出ても構わん。以上だ。」
そう言い放ち、シンタローをガッチリ捕まえ、暴れるシンタローを持ち上げる。「さー、シンちゃん。今日から一週間、ラブラブで過ごそうねー!」
にーっこり幸せそうに笑い、マジックはその場を後にした。
残された人々は、緊張の糸が抜け、ほ、と溜息をつく。
異常なまでに溺愛されているシンタローに多少なりとも憐れみも覚えて。
マジックの後ろ姿が段々小さくなっていく。
「いやだー!俺は寮に残るんだー!離せーッッ!!」
シンタローの叫び声だけが哀愁漂うグラウンドに兒玉した。
終わり。
外部とは一切接触を持たせず、隔離され、国を奪う知識、人を殺す技術、そして、服従をさせる為の冷徹な心を養う場所。
それゆえセキュリティも厳しく、鼠一匹たりとも入れないし、勿論入ったら最後、出てくる事もできない。
又、士官学生達の規律も厳しく、朝は5:00に起床。夜は20:00に就寝。
テレビやラジオといった外部からの情報も一切与えられず、学生達は規律の中卒業するまでそこで生きていく。
ガンマ団士官学校を含め、ガンマ団を仕切る立場にあるマジック総帥の一人息子シンタローも皆と同じく、この学び屋でそのような生活を送っていた。
そんな中。
「授業参観だぁ~!?」
プリントを配られ目を丸くするシンタロー。
勿論シンタローだけではなく、他の生徒も驚いている。
普段は静かな教室が、ガヤガヤと珍しく騒がしい。
「静かに!」
ピシャリ!と教官が声を荒げる。
途端に騒がしかった教室内がシーンと静まりかえった。
「この行事は一年に一度恒例で行われる。又、強制ではないので来る来ないはお前達の親の自由だ。」
来たくない親や、任務で来れない親もいるからな。と教官は付け足した。
配ったプリントと同じ物を生徒の親にも送ったらしい。
勿論複雑な顔をしている生徒も多い。
親がガンマ団に所属している人間ばかりではないのだ。
家族の為、己を犠牲にして入った人間もいれば、金の為、親に売られるように入れられた人間もいる。
そう考えればシンタローはまだマシかもしれないと思う。
ん?
待てよ。
と、ゆーことは…。
親父も来るって事か?!
シンタローの脳内では、金ピカのゴージャスな椅子に腰かけ、総帥服を身につけ、何故かお弁当箱を持ち、満面の笑顔で手を振っているマジックが想像できてしまった。
『シ~ンちゃ~ん!パパだよ~!ホラホラ、シンちゃんの為にお弁当。持ってきたよ~!』
ああああッッ!!不吉な想像ヤメーッッ!!
頭を抱えるシンタローだが、もしかしたら遠征とか長引いて来ないかもしれないと、思い直す。
プリントを見ると、どうやら1ヶ月後位先の話しではあるが、マジックは今月の頭から内乱を収める為に基地には居ない。
そういった情報だけはシンタローを含め学生達も知っている。
より軍に詳しくなる為、より軍に忠実になる為、ガンマ団の主だったニュースは伝えられるのだ。
半月ばかり過ぎた頃、やはりまだまだ内乱は終わらないらしい。
勿論シンタローとしてはマジックに無事で居てくれとは思うが、授業参観過ぎるまで帰ってきてほしくないと思う。
「シンタローさん。マジック様も来んだべか?」
黙っていれば男前のミヤギが休み時間に話し掛けて来たのだが、シンタローは曖昧な返事をした。
「ミヤギ君、まだ内乱が終わってないっちゃから、シンタローさんだって解らないっちゃよ。」
「それもそーだべな。」
ベストフレンドのトットリにそう言われ、ミヤギも苦笑いをして頭をかいた。
三人でしばし談笑をした。
とは言っても話題は授業参観の事だったが。
士官学校に入り寮での生活を余儀なくされている学生にとって、外部からの人間は新鮮なもので。
それを互いに解っているからこそ、久しぶりの軍以外の話題だからこそ、会話も弾む。
誰々の親はこの間階級が上がっただとか、あの人も来るのだろうか、とか久しぶりに人間らしい話をしたのかもしれない。
結局今日が授業参観日なのだが、内乱が終わったという報告はなかった。
シンタローは内心ホッとする。
学校じゃ勉強も運動も何でも出来るカッコイイ二枚目なシンタローさんで通っているのに、マジックが来たら全て台なしもいい所である。
第一、マジックが自分を目の前にして言う一人称は“パパ”なのだ。
まるで俺がマジックをそう呼んでいるよーじゃねーか、とシンタローは思う。
とにかくマジックが来なくて良かった。
来なければ、全軍の指揮を取る冷徹な総帥マジックが、実は息子にベタ甘で、すっっごく格好悪いということを知られずに済むのだ。
「授業を始める。」
授業参観の科目は体術だった。
武器を取られた時や、手元に武器が無い時、己の肉体こそを武器にしなければならない。
教官の掛け声がかかり、皆気を引き締めた。
チラ、と見渡すと、結構親達は来ているようで。
だが、全てガンマ団の軍人である。
何故なら、軍服は“G”とロゴの入った隊服で、胸には階級バッチと、所属部隊別のバッチがしてある。
一般人はまず居ないと言って確かだ。
そして、シンタローを見ている。
自分の息子より総帥の息子がどの程度なのか。
マジックと似ていない外見というのは既に周知に知れ渡っていて。
期待の視線より、卑下する視線であると知ってシンタローは舌打ちを一つした。
「シンちゃん!パパだよ~!!あ~間に合った~!!」
!!?
今、聞いてはいけないものを聞いた気がする。
そこに居ないはずの人物。寧ろ、居てはいけない人物。
ギギギ…。
硬直してしまった首を無理矢理、だが、のろのろと声のする方へ向けた。
そこには、金ピカのゴージャス椅子に腰かけ、バスケットを持ち、まんまシンタローの想像していたマジックが。
クラスメートもかなりガチガチだが、父兄さん達も緊張の面持ちで、しかも教官までもビシッ!とマジックに向かって敬礼をしている。
「な、ななななんで…」
口をぱくぱく鯉みたいに動かし、それを言うだけでシンタローは精一杯だった。
まるで幽霊を見たかのように驚愕の表情を浮かべる。
「ふふふ♪シンちゃん、驚いたでしょ?パパ、シンちゃんのお勉強ぶりが見たくって急いで片付けてきたんだよ~νあ、ちゃ~んとシンちゃんの分のお弁当。作って来たからねーν」
“急いで片付けて”
それが殺しの事だとは解る。
側にいた父兄の方々の数名は、ビクリと体を震わせていた。
ただ、教官や、上層部と思われる父兄達は、流石というべきか、表情を崩さず平然な態度をしていた。
「か、帰れ帰れ!オメー来ると邪魔なんだよッッ!」
「んもう!シンちゃんったら嘘ばーっか!パパの事だーい好きな癖に!」
「そーゆー嘘付くなよな!早く家に帰れ!来るナ!」
「ひどッッ!嘘じゃないでしょ!?」
そう言うと、椅子から立ち上がり、シンタローの側まで後ろに手を組み歩いてくる。
ザ、ザ、と、足音がして、シンタローの目の前まで来るとシンタローを見下ろした。
「な、なんだよ…」
少ししか引けないのはこれから授業だから。
隊列を乱していけない。これは軍人の基本中の基本。
マジックはニコッと笑うと両腕を広げ、ガバリとシンタローに抱き着いた。
「ヒッ!!」
シンタローは声にならない声をあげる。
「すごーい!シンちゃん!今の顔、すっごい可愛い!!素晴らしく可愛いヨ!!今からビデオ取るからもう一回その顔パパの為にしてよー!!」
ぐりんぐりんとシンタローの頬をスリスリする。
シンタローは鳥肌が立ったがマジックは止めようとはしない。
そして、頬にキスをしようとした瞬間。
バキッ!!
シンタローの拳がマジックの左頬に当たった。
ああ、俺の今まで培ってきたイメージが台なし!!あのアーパー親父のせいで!全部台なし!!
シンタローは泣きたくなった。
怒りとか悲しみではなく、マジックに対する苛立ちで。
なんで普通にできないのか。
アンタはいい。アンタは。でも、俺が…俺がファザコンだと思われるじゃねーかぁぁあ!
「ど、どうしたのシンちゃん!!何時もパパとお家でチュッチュしてるでしょ!?」
「勝手に思い出捏造すんじゃねーヨ!!」
かなり驚いたように演技するマジックに、シンタローは涙とヨダレを垂らしながら訴える。
「授業時間終わっちまうじゃねーか!親父のせいだぞ!」
「おお、そうだった!」
マジックは、掌をポン、と叩くと素直に又椅子に座る。
シンタローがムッと頬を膨らませてから教官の方へ向き直った途端、片肘をひじ掛けにかけ、頬を載せ、冷徹な笑顔で士官学生達を見遣るのだった。
まったく、と、シンタローは思う。
鼻でふん、と息を出してからシンタローは教官を見遣った。
体術の授業という事で、皆動きやすい恰好、つまりジャージを着ている。
二つの班に別れ勝ち抜き戦となり、負けた班は腹筋500回の罰ゲームが待っているので、皆何としても勝ちたい所。
武器を使用しない限り何をしても良いが、このグラウンド内で行うものとする。
勿論人体の急所と呼べる場所の攻撃も可能だ。
今から行う体術の実地訓練はスポーツなんかじゃない。
確実に敵を殺す為の訓練の一貫なのだから。
シンタローの順番は大体真ん中位。
「先頭、両者前へ!!」
教官が腕を上げると、ニ列に別れたうちの先頭者が前へ出る。
「始め!!」
掛け声と共に肉弾戦が始まったのだった。
同じ訓練をしていても、攻撃パターンは人によって違う。
しかも負ける訳にはいかない理由がもう一つあった。
それはマジックが来ているという事。
味方だろうと容赦なく、弱い人間は捨てゆく彼の精神を知っているゆえ、ヘマをしたらどうなるか解らない。
そんな緊張感の中、それでも勝負は決まる。
いよいよシンタローの番になった。
シンタローはパチン!と気合いを入れる為、両手で己の頬を叩き気を引き締める。
「シーンちゃーん!!頑張れー!!」
シンタローはコケた。
せっかく気合いを入れたのに、マジックの間の抜けた声援のせいで掻き乱されてしまった。
マジックは相変わらず笑顔でブンブン手をシンタローに向けて振る。
パパはここだよ!と、主張せんばかりに。
あンの野郎~…!
怒りと恥ずかしさでマジックをチラと見ると、気付いてくれた!と言わんばかりに手を振る勢いが激しくなる。
どーして普通にできねーの!?
隣に居る、といっても少し間が離れているが、誰かの父兄さんも、やはり少しマジックが気になるらしい。
そして、父兄さん達に話し掛けているので、父兄達は自分の息子そっちのけで話を聞いている。
シンタローの方からは何を言っているのか解らない。
読唇術はまだ習っていないから。
シンタローはどーせくだらねー話しでもしてんダロ、と思い、敵チームの方を向いた。
「シンタローはカワイイだろう?」
ふふふ、と、鼻血を垂らしながら息子のぬいぐるみに頬を擦り寄せる総帥に、流石の父兄達も引いた。
「昔からパパ、パパって私の後を着いてくるパパっ子でねぇー。」
昔からって、今じゃアンタがシンちゃんシンちゃんってシンタローの後をついていってんじゃないか。
と、父兄さん達は心の中でツッコミをした。
そんな事を知ってか知らずか、マジックは話を止めて士官生達の方を向く。
寧ろ、シンタローを見ている。
シンタローは勝ってきた奴には「スゲーじゃん!次も勝てよ!!」と、エールを送り、負けた奴には「ドンマイ!惜しかったぜ!」と、慰めたりしていた。
学生の間ではシンタローはマジックの息子という肩書を抜きにしても人気があった。
彼の体から滲み出る何かが、他の人間を引き付けるのだろう。
本来親ならば、自分の息子が人気者で嬉しいはずなのだが、マジックは何処か苛立ちを感じていた。
私が一番最初にシンタローの素質を見抜いたのに。
それが嫉妬だという事も知っている。が、どうにもならない。
好きなのに思い通りにいかない。
親だから、血縁者だから、男だから、シンタローを傷つけたくないから。
だからこうやってふざけた形でしか愛を表現できない。
私が構うとシンタローは何かしらアクションを取ってくれる。
それだけでも良しとしなければならないのに。
「両者前へ!」
教官の声でマジックは今まで考えていた思考を停止させる。
とりあえず今私のするべき事は、この最新型のハンディカムでシンタローの可愛らしい顔と勇士を納める事なんだ!
気持ちを切り替えて、ハンディカムを構え、ズームインする。
どうやら戦闘訓練の様子ではなくシンタローだけを録りたいようだ。
シンちゃんは可愛いなァ~…。
おっと、いけない。鼻血が。
マジックは胸ポケットから、ピンクのレースのハンカチを取り出すと、鼻をそれで拭いた。
「始め!」
ドウン!!
教官の声と共にシンタローの手刀が相手の喉仏にクリーンヒットし、相手は膝をガクリ、とついた。
「勝者、シンタロー!」
教官がシンタローの名前をコールし、味方チームがワァ!と歓声を上げるその前に
「シンちゃんやったー!カッコイイ~!パパ痺れちゃったよ!!流石シンちゃん!!」
ハンディカムから顔を離して手放しで喜ぶマジックが。
そのせいで味方チーム達は、完全に出遅れた形となってしまった。
そして、ツカツカと又シンタローの元へ歩いてゆき、抱きしめる。
「さっすがシンちゃん!パパ、鼻が高いぞォ!!」
「やめんか!次が始まるんだよ!次がッッ!!」
ググ、と顔を離そうとするが、マジックも負けじとシンタローを抱きしめる。
まさか一勝ごとにこの調子で来るのかよ、このバカ親父は!
教官に助けを求めるが、どうにもならないらしい。
「パパとチュッチュッしよう!シンちゃん!!」
「ぎゃーーっ!や、やめろーっっ!!」
何とか振りほどくと、マジックは淋しいのかショボンとしてうなだれる。
チ、と、シンタローは舌打ちをした。
その顔には弱い。解ってやってる確信犯だとは解るが、ついつい甘やかしてしまう。
ゴホン、と、咳ばらいをしてから、シンタローはうなだれるマジックに話し掛けてやる。
「アンタはあの椅子に座ってろヨ!」
帰れ、と言わないのはシンタローの優しさから。
その言葉を聞いてマジックは満面の笑みで笑うと、ルンタッタ♪と元の位置に戻る。
そんなマジックの後ろ姿を見て、シンタローは溜息をつくのだった。
何度かの勝利を納めたシンタロー。
その度に仲間達からの声援に覆い被さるようにマジックの賛辞の言葉が聞こえる。
だが、先程シンタローに言われた通り椅子に座ってハンディカムで撮っている。
「次、前へ!」
教官の声が聞こえ、シンタローはすぐに向き直る。
次の相手は―…。
「ま、よろしゅう頼んます。」
クラスで1、2を争うアラシヤマだった。
炎の技を出されたら厄介だな、とシンタローは舌打ちをした。
だが、当たらなければ。まだ勝機は有ると踏んでいる。
「始め!」
教官の開始の合図と共に二人共素早く前に出て、ガキン!共に攻撃から始まった。
流石アラシヤマと言った所か。
他の学生とは一味違う。
だが。
「脇が甘いぜ!!」
シンタローの右足がアラシヤマの脇腹に入った。
「ぐっ!!」
苦しそうな声を出したが、蹴られた方向へ飛んだので、直撃は避けている。
ザザ、とアラシヤマの足元から砂埃が舞う。
アラシヤマが体制を整えるより先に、シンタローが攻撃を加えた。
パンチをアラシヤマの顔面に入れようとしたのだが、直線的な攻撃だった為、掠るだけで避けられる。
「甘もぅおすな!」
今度はアラシヤマがシンタローの腹部へアッパーを入れようとした。
「シンちゃん危ないッッ!!」
マジックがいきなり叫んだが、シンタローはアラシヤマの肩を借りて、そのまま空中で一回転し、無事着地した。
猫のようなしなやかな動きである。
しかし、アラシヤマもすぐにシンタローの足元にスライディングをする。
体制を崩したものの、片手で又回って、アラシヤマと少し距離を保つ。
「やるじゃねーか!」
「あんさんもな。」
その時、アラシヤマの腕から炎が燃え上がる。
特異体質だ。
シンタローも構える。
アレがクリーンヒットなんてしたら大火傷もいい所だ。
シンタローに緊張が走る。
マジックも手に汗とハンディカムを握り、シンタローの勇姿を撮り続ける。
シンちゃんガンバ!
マジックにしては珍しく心の中で応援をした。
「受けてみなはれ!平等院鳳凰堂極楽鳥の舞!!」
アラシヤマの全身から溢れる炎。
その炎が鳥の姿となり、シンタロー目掛けて飛んでくる。
掠るだけでも火傷は避けられない。
「チッ!」
シンタローは舌打ちをするとアラシヤマの方へ走りだす。
「アアッ!シンちゃん危ないよ!!」
既にマジックはのめり込んでしまっているようだ。
「潔いどすなシンタロー!!そのまま燃え尽きるとええどす!!」
炎が己の直前迄来た時、シンタローは空高く飛んだ。
アラシヤマも炎をシンタローに当てる為上を見上げる。
しかし、そこには
「クッ!眩し…!!」
そう。シンタローの後ろには太陽。
太陽の影に隠れてシンタローの姿が見えない処か、普段ヒキコモリな分だけ光に弱いアラシヤマは目が眩む。
アラシヤマが目が眩んでいる隙に
ガッ!!
アラシヤマの喉にシンタローの蹴りが入った。
気を失ったらしく、炎は消える。
「勝者シンタロー!」
教官の声にシンタローはフッ、と笑う。
「シンちゃん超カッコイイ!!流石シンちゃんサイコーだよ!」
マジックははしゃぎまくり、ズームインでシンタローの顔を取る。
この後もシンタローが次々と勝利を納めてゆき、シンタローのチームが勝ったのだった。
授業が終わり父兄さん達も帰ろうとした時、いきなりマジックが立ち上がり、本来教官が立つべき場所に立った。
生徒達はどよどよとざわめき、教官や父兄はマジックに向かって敬礼をする。
「今日は素晴らしかったと先に言っておこう。」
そうマジックに言われ生徒と教官はほ、と胸を撫で下ろす。
シンタローだけはこの男が何を言い出すのやらとドキドキしていた。
「特に~、シンちゃんがすーっごくカッコかわいかったので、今日はご褒美って事で、一週間外出許可を出します!親子水入らずで過ごすように!以上!」
「ふざけ…」
シンタローが反論しようとした時
「これは総帥命令だ。家に帰る宛のない者は仕方がない。少しの間羽を延ばしに外に出ても構わん。以上だ。」
そう言い放ち、シンタローをガッチリ捕まえ、暴れるシンタローを持ち上げる。「さー、シンちゃん。今日から一週間、ラブラブで過ごそうねー!」
にーっこり幸せそうに笑い、マジックはその場を後にした。
残された人々は、緊張の糸が抜け、ほ、と溜息をつく。
異常なまでに溺愛されているシンタローに多少なりとも憐れみも覚えて。
マジックの後ろ姿が段々小さくなっていく。
「いやだー!俺は寮に残るんだー!離せーッッ!!」
シンタローの叫び声だけが哀愁漂うグラウンドに兒玉した。
終わり。
いつも通りの朝。
窓から注ぎ込む太陽の光りと、窓辺に置いてある観葉植物。
そして、スクランブルエッグが白い皿に鮮やかに映え、カリカリのトーストにお好みでバターかマーマレード。
コポコポと、コーヒーメーカーで落とされる香高いコーヒー。
イギリス製の椅子に腰かける家族達。
皆の父親役であるマジックは、新聞紙片手にコーヒーを飲み、一番年上のグンマは、コーヒーに砂糖とミルクを混ぜ合わせ、トーストにマーマレードを塗りたくる。
同い年の二人のうちの金髪の方、キンタローは、バターをトーストに塗り、隣に座るシンタローに渡し、黒髪の方、シンタローはそれを受け取りトーストにかじりつく。
それを見てからキンタローは自分のトーストにバターを塗るのだった。
この、かいがいしい世話はもう、4年前位に遡るか。
怨まれても可笑しくない自分にキンタローはとても世話を焼いてくれて。
嬉しく思う半面、申し訳なくも思う。
「どうだシンタロー、俺の、いいか、俺の作ったバタートーストの味は!」
「あ?ああ、うめーよ。」そう答えると、フフンと、自慢げに笑い、キンタローはコーヒーを一口飲む。
「ね、ね、シンちゃん!パパの作ったスクランブルエッグは!?」
「あ!?うっせーな!新聞見てろ。しゃべりかけんな!」
新聞紙を閉じていきなり話し掛けてきたので、シンタローはおもいっきり不愉快な顔をする。
そして、マジックが、ひどいよ、シンちゃんッ!等と百面相をしている間にバクバク食べていく。
ぶっちゃけ、解りやすく言えば完全無視。
「シンタロー。コーヒーのお変わりは?」
「ン、頼むわ。」
自分のコップをキンタローに差し出し、シンタローはまたも朝食を食べ始める。
シンタローは多忙な為、一分、一秒と無駄にはできないのだ。
本来なら、一人で食べて直ぐさま仕事に打ち込みたいのだが、やはり一日に一度は家族と顔を合わせたいというシンタローの思いもある。
「あ、シンちゃ~ん。」
口の回りに食べカスを付けたグンマが口を開く。
「あんだよ。」
「あのね、今日は大事な開発の実験日だから、キンちゃんこっちに来るんだぁ~。」
「げ、マジかよ?ま、今日は会議もねーから大丈夫だとは思うけど…。」
「すまんな。」
「いーよ。気にすんな。」
白い歯を見せ笑うシンタローに、キンタローは顔を伏せた。
それは赤い顔を見せたくなかったから。
はっはーん!
さてはキンタロー、シンちゃんの事好きっぽいねぇ。
でもね、シンちゃんはもう、私のものなんだな~。
マジックは新聞を見ている振りをしながら二人のやりとりをバッチリ見ていた。
でも、大人の余裕というのだろうか。
ライバルとは思っていないようだ。
「だがシンタロー!それが終わったら必ずお前の元へ行くからな!」
力説するキンタローに、シンタローはちょっとだけ眉を下げて笑い、おう。と呟いたのだった。
さて、ここは総帥室。
シンタローは黙々とデスクワークをこなしていた。
山のようにある報告書を一々目を通すのは疲れるものがあるが、総帥という立場上あれは嫌だ、これは嫌だとは言っていられない。
時折キンタローが目にはブルーベリーがいいと言って置いていった飴を口に含んで転がす。
それでも駄目な時は、秘書に言って疲れ目用の目薬を持ってきてもらっていた。
こうゆう時こそキンタローがいてくれたらなぁ~。
あいつデスクワーク得意だし、仕事早いし。
無い物ねだりなんだろうが、シンタローはついつい思ってしまう。
勿論一番仕事ができるのはマジックなのだが、マジックの力は借りたくないというコンプレックスとプライドが入り交じる思いを抱えているのでマジックにだけは手伝って欲しくない。
「ちきしょー、かったりぃナ!」
ぶつぶつ文句をいいながらも、手と目はバリバリに動かす。
終わった書類はさっさと秘書に持っていかせ、出来るだけディスクの上は汚くしておきたくない。
こんな所でシンタローのプチ潔癖症、お姑根性を垣間見る事ができる。
キンタローがこちらに来る予定は午後7時だそうだ。
それまで、出来る範囲は終わらせとかねぇと。
シンタローは、頬を手の平で二、三度叩き気合いを入れて書類を書き始める。
ビーー!
インターホンの音が鳴る。
一体誰だ!何の用だ!
このクソ忙しいのに!
秘書がインターホンで応答し、慌てたように扉を開ける。
プシュン!と空気の抜ける音と共に、やけに聞き覚えのある足音。
顔を上げたくないッッ!!
シンタローは、本気で思った。
「シーンちゃん!頑張ってるぅー?ほーら、お弁当!持ってきたよー!!」
ガリガリガリ。
シンタローは、ナイスシカトをし、必死にサインを書いて現実逃避。
「あれ?あれ?シンちゃん、パパだよ?お前のだぁーいすきなパ・パν」
「誰が誰を好きだってぇ!?勝手に決めんな!アーパー親父ィ!!」
ガバッと顔を上げ、睨むと、マジックは、真剣な面持ちから一転、超笑顔になる。
「やーっとこっち向いてくれたνパパ、無視されてるのかと思っちゃったν」
「無視してたんだよ!!」
ケッ!
「で?何の用だ。」
すると、マジックは手に持っていたバスケットをシンタローの目の前に差し出す。
「シンちゃんと一緒にランチ!食べようと思ってきちゃったν」
ニコニコ笑いながら、アポ無しで来る父親に、シンタローの怒りはマックス寸前。
ただでさえキンタローが居なくて仕事が溜まっていて苛々しているのだ。
「親父…」
「なぁに?シンちゃんν」
「5秒以内に出ていけ…」
ドスの利いた声と、右手に光る眼魔砲。
溜めている。
かなり溜めている。
マジックは、ハハハと渇いた笑いをして、バスケットをシンタローのディスクに置き、食べてね、と一言言ってからそそくさと総帥室を後にした。
つまらない。かなりつまらない。シンちゃんが私を構ってくれない。
そりゃあね、仕事が忙しいのは解るよ。
でも、ランチ位、一緒に食べてもいいじゃない。
いつもカリカリして!
カルシウムの多い物を明日から出そう。
マジックは、そう心に決めて部屋に戻る為歩いていた。
途中途中で団員に敬礼され、マジックは、軽く手を上げたりし、エレベーターに乗ろうとしたその時。
「おとーさまー!」
パオーン!ガッチャンガッチャン!!
後ろから声をかけられた。
振り替えらなくても誰だか一発でわかるが、マジックは、とりあえず振り向く。
すると、予想通り、自分の実子グンマがアフリカ1号というゾウロボに跨がりこちらに向かってきていた。
「どうしたの?グンちゃん。今日は開発の実験だったんじゃないの?」
「うん!今は休憩時間なんだぁ~。」
そう言って一緒のエレベーターに乗り込む。
グンマは、キンタローと自分の飲み物を下の自販機で買って来るのだという。
「ねぇ、グンちゃん。グンちゃん達は、シンちゃんとランチ、食べたりするの?」
すると、グンマは、人差し指を唇に宛て、顔を上に向け、うーんと唸り考える。 「う~ん。最近はシンちゃん忙しそうだから食べてないよぉ~。僕、元々開発課だから、休憩時間も合わない事が多いし。キンちゃんは補佐管だから一緒に食べたりしてるのかもしれないけど。」
え。それ本当?
じゃあ、何でパパとはランチ一緒に食べてくれないの?
おかしいじゃないか。
お前の父親兼恋人は私だろう??
ぴた、と行動を止めたマジックを特に気にする風でもなく、グンマはニコニコ笑っていた。
シンちゃんは、キンちゃんの事どう思っているのだろうか。
朝は感じなかった不安が一気にマジックを襲う。
マジックがグンマにそのことを聞こうとした時、無情にもエレベーターが止まり、グンマは元気よく自分に手を振り行ってしまった。
残されたマジックは、自分の部屋のフロアのボタンを押し、何かを考えるかのように、すぅっ、と、真顔になる。
彼は考え事をする再、いつもこうやって真顔になる。
ゴウンと動く浮遊感の感じるエレベーターの中、マジックは一人、シンタローの事を思うのだった。
随分時間が立ち、日も大分傾いてきた頃、実験はようやく成功し、一同は安堵の溜息を吐いた。
「これで一安心だな。」
「そぉだね、キンちゃん!」
予定より早く終わって良かった。
この分なら6時迄にシンタローの手伝いができる。
キンタローは来ていた白衣を脱ぎ捨て、シンタローの元へ急ぐ。
そんなキンタローを見て、グンマはクスッと笑う。
よっぽどシンちゃんの事が好きなんだなぁ~。
キンタローの脱ぎ捨てた白衣をたたみながら、そう、思うのだ。
キンタローは、ツカツカとエレベーター迄やや早足で歩き、総帥室迄のボタンを押す。
考えているのはシンタローの事ばかり。
でも、キンタローは知っていた。
彼がマジックと出来ている事を。
二人の仲を裂いてまでシンタローとどうこうなりたいとはキンタローは思ってはいなかった。
いや、そうではない。
思ってはいけない事だと認識をしていた。と、言った方が正解だろう。
だからシンタローを思うだけに留めておこうとキンタローは思っている。
チーンと、間の抜けた音と共にエレベーターが開く。
キンタローは早足で総帥室に向かった。
ブサーを鳴らすと、すぐシンタローが自ら出てきた。
「早かったナ。さっきグンマから内線があって、お前がこっちに向かってるって言われた。」
歩き、ディスクの上の書類をばさばさと滑らせる。
後ちょっとなんだよな、そう言って、少し温くなっているコーヒーを啜った。
「手伝おう。」
キンタローは一言そう言うと、書類をまとめ始める。
書類のサインは基本的にシンタローがしなければならない。
キンタローの仕事は、秘書達が既にやった分類別に別けてある書類の小分け。
シンタローが読む時間を削減すべく、先に読み、自分の中でYesかNoを決め、それを更に別けるのだ。
シンタローがどうするか、どうゆう判断を下すか。
24年間同じ体に入っていたキンタローならではの仕事方法だといえる。
「シンタロー様、お休みになられていないので、キンタロー様からもお休みになるよう申し上げて下さい。」
近くにいた秘書が、コソッと話し掛ける。
すると、ムッとしたようにシンタローがくるりと振り向いた。
「いーんだヨ!それに!後ちょっとで終わるんだから!」
少し顔が赤いのは、仕事ができないと思われていると思ったから。
そんな事はないのに。
マジックより仕事ができない劣等感を抱えているのだ。
「そうか。では、早く終わりにして休ませよう。お前達も頼む。」
「ハ、ハイ!!」
ペコリと頭を下げ、秘書達も応戦しはじめたのだった。
キンタローが来たせいで、随分早めに書類が片付いた。
久しぶりの時間内終了に、シンタローと秘書達は喜びの笑みを浮かべる。
「お疲れ様でしたー!」
「おう、お疲れ。」
秘書達は出来上がった書類をそれぞれの役場に持って行く。
プシュン!とドアが開いて閉じた。
「シンタロー、さ、休め。」
「ああ。」
キンタローに促され、シンタローは椅子に深く座り溜息を漏らす。
その間、既に冷え切ってしまったコーヒーを捨て、熱いコーヒーをキンタローは入れ直しシンタローに渡す。
そして、自分の分も入れてコクリと喉を鳴らす。
「サーンキュ!」
シンタローはそう言うと、下に閉まっておいたバスケットを取り出した。
中にはサンドイッチ、唐揚げ、甘い卵焼きが入っていて。
明らかにマジックが来たのだと解った。
それを美味しそうに頬張るシンタローを見て、何かキンタローの中で切れた。
そんな事、露知らずのシンタローは、マジックの作った弁当をキンタローの前に置く。
「お前も食うか?」
そして、自分の大好きな顔で笑うから。
その笑顔は俺の為に向けられているのか?
解らない。解らなくなる。
アイツの笑顔は誰のもの?
「俺はいい。」
「なんで。作った奴はともかく味は上手いゾ。」
又、笑う。
心臓が痛い。
夕日に照らされ笑うシンタローはとても綺麗なのに、それを憎らしいと思うのは何故だろう?
きっと、そんなシンタローにしたのは紛れも無くあの人だから。
自分は、シンタローを一番知っているが、一番知らない人間なのだろう。
「お前は、俺に、お前の為だけに作ったマジック叔父貴の手料理を食えと、そう言うのか?」
下を向いているせいか、キンタローの顔は見えない。
「は、?いきなりな…」
「俺の気持ちに気付いているくせに。知らない振りをするんだな。」
持ち上げられた顔は至って普通のアイツの顔。
でも、瞳が、父に似ている顔が、俺を攻める。
解ってたか、なんて。解ってたさ。ああ、解ってたよ。
お前の熱い瞳も、求める指先も、葛藤してた心も。
全部、全部俺は解ってた。
それでも知らない振りをしていた俺はチキン野郎なんだろう。
仕方ねぇじゃねぇか。
俺は、現状のままで居たかった。変えたくなかった。知りたくなんて…なかったんだ!
攻めるような瞳で見つめるキンタローに、シンタローは少し身を引いた。
「意味、が、わからね…」
息苦しい圧迫感の中、シンタローは一言そう言った。
どうして知らない振りをする?シンタロー。
何故、ハッキリとしない?
曖昧にされることが何より辛い事なんだと、お前は知らないのだな。
優しさは時として鋭い刃物のように心に刺さるんだ。
答は、俺はとうに知っている。
だから、お前の口で、声で、早く俺を止めてくれ。
お前を止められるのは俺だけだが、俺を止められるのはお前だけなんだ。
「シンタロー。」
ガタ、と、立ち上がると、シンタローがビク、と、震えた。
気にせずシンタローの肩を、強く掴む。
「――ッッ」
少し顔をしかめたのが解る。
夕日が沈む中、シンタローの唇に己の唇を押し当てようと、近づく。
す、と、唇までの距離を計る為、薄く目を開いたキンタローはぎょっとした。
「――ッッ、――ふぅっ…!」
指先に垂れる熱い液体。
その液体は、シンタローの睫毛から染み出し、シンタローの頬から流れ落ちている。
それが涙なのだと知って、キンタローは罪悪感に駆られたのだ。
俺は何て事をしてしまったのだろう。
守るべき人を悲しませて。俺のやっている事はただの傲慢だ。
自分の愛をシンタローに押し付けた。
シンタローがマジック叔父貴と恋中である事を知っていて。
中を裂きたくない、とか、割り込みたくない、とか、思う事ばかり一人前で。
結局俺は最後まで黙っていられなかった。
「すまない。…すまないシンタロー。」
歯を食いしばって、涙を止めようとするシンタローが余りにも幼く見えて。
赤い総帥服に身を包んで、ガンマ団のトップであるシンタローが泣く、なんて。キンタローはシンタローを力強く抱きしめた。
「う、ふぅ…ふぇ…」
シンタローの体温が、キンタローの心臓の鼓動が。
お互いに伝わりあって。
泣くシンタローの髪を撫で、もうしない、と何度も、何度も、キンタローは呟くのだった。
どれほど時間がたったのだろうか。
夕日は沈んだようで、蛍光灯の明かりが二人と部屋を照らす。
泣き止んだシンタローは、自然とキンタローを見る。
お、おおお俺ってば!俺ってば!!
なんつー醜態を晒しちまったんだあああ!!
キンタローは、凄く辛そうで、シンタローの心はツキンと痛んだ。
「泣かせて…すまなかった。」
「いや…。」
何だか恥ずかしくてシンタローは目線を反らす。
こんな時にとても不謹慎だが、キンタローはシンタローと秘密を共有出来て少し嬉しかった。
勿論、全然甘いものでもなく、寧ろ辛いものなのだがそれでも嬉しいと思うのはきっと、恋の末期なんだろう。
「キンタロー…。」
「なんだ。」
「俺は、こんな事言うと気持ち悪いかもしれないが、俺、マジックと…その…だから、お前の気持ちはスゲー嬉しいンだけど、答えられそうにねぇ。だけど、俺が背中を預けられんのはお前だけだ。これだけは本心。嘘じゃねえ。」
赤くなった瞳でキンタローを真っ直ぐ見つめる。
ややあって、キンタローが口を開いた。
「知っている。」
「はぁ?」
間の抜けた声をシンタローは発した。
「それでもお前が好きなんだ。でも…」
一つ呼吸を置いて、キンタローは優しい瞳でシンタローを見つめる。
「もう、お前達の邪魔はしない。だが、俺はお前が好きだ。叔父貴に飽きたら俺の所へ来い。」
そう言って悪戯っぽく笑うので、シンタローも釣られて笑う。
総帥室は先程とは打って変わって明るい空気に包まれたのだった。
. 「シンちゃんとキンちゃん遅いねぇ~おとーさま。総帥業務は終わったって連絡入ったのに。」
「え?!あ、そ、そうだね…。」
すっごく気になっているマジックは部屋をうろうろ。
その傍らでグンマはのほほんと紅茶を飲んでいた。
「何かあったのかな~?」
「何か!?あの二人に!?まさか、まさか…」
「今日のおとーさま、何時も以上におかし~。」
アハハと笑ってマイペースグンマ。
そんな時。
「ただいまー!」
「ただ今戻りました!」
二人してご帰宅。
マジックの心拍数が高鳴る。
部屋に入ってきた二人は、朝見た時以上に仲睦まじくて、マジックの心境は些か平穏ではない。
二人で食事の前の手洗いうがいを済ませ、席につく。
えーーー!?ま、まさかお前、キンタローとそうゆう関係になったんじゃあるまいね?
ああ、パパすっごく気になるよ!
でも、面と向かっては聞けないのである。
「シ、シンちゃん、随分キンタローと仲良しだねぇ~」
だから遠回し作成に出るマジックなのだった。
シンタローはいぶかしげにマジックを見たが、少し頬が赤い。
ま、まままままさか!!
ドキドキ心臓の音が馬鹿みたいに煩い。
助けを求めるように、嘘だと誰かに言って欲しくてキンタローを見る。
「仲はいいです。俺とシンタローは一心同体ですから。」
「ッッ!!」
決定的とも取れる言葉にマジックはハンケチーフをかじり泣いた。
はーぁ、と重いため息をついたかと思うと、肩を落としキッチンに入る。
貴方のせいで振られたのだからこのくらいの意地悪、許してくれるだろう?
キンタローはそんなマジックの背を見てそう思う。
ガタリ、シンタローが立ち上がる。
手にはあの、バスケットを持って、マジックの行ったキッチンへ。
シンタローがキッチンへ入ると、マジックが号泣していたので、空になったバスケットを昼、マジックがしたように目の前に突き出す。
「うまかったよ、ごちそーさん!」
「シンちゃん…」
良かった。私の取り越し苦労だったみたいだ。
「え~ん!!シンちゃんだぁああい好き~!!」
ガバッとシンタローに抱き着く。
「だあああ!うぜぇんだよッッ!!」
抱き着かれても、泣かれても、キス…されても、嫌だって思わねぇのはアンタだけなんだぜ?
感謝しろよ、クソ親父!
終わり。
窓から注ぎ込む太陽の光りと、窓辺に置いてある観葉植物。
そして、スクランブルエッグが白い皿に鮮やかに映え、カリカリのトーストにお好みでバターかマーマレード。
コポコポと、コーヒーメーカーで落とされる香高いコーヒー。
イギリス製の椅子に腰かける家族達。
皆の父親役であるマジックは、新聞紙片手にコーヒーを飲み、一番年上のグンマは、コーヒーに砂糖とミルクを混ぜ合わせ、トーストにマーマレードを塗りたくる。
同い年の二人のうちの金髪の方、キンタローは、バターをトーストに塗り、隣に座るシンタローに渡し、黒髪の方、シンタローはそれを受け取りトーストにかじりつく。
それを見てからキンタローは自分のトーストにバターを塗るのだった。
この、かいがいしい世話はもう、4年前位に遡るか。
怨まれても可笑しくない自分にキンタローはとても世話を焼いてくれて。
嬉しく思う半面、申し訳なくも思う。
「どうだシンタロー、俺の、いいか、俺の作ったバタートーストの味は!」
「あ?ああ、うめーよ。」そう答えると、フフンと、自慢げに笑い、キンタローはコーヒーを一口飲む。
「ね、ね、シンちゃん!パパの作ったスクランブルエッグは!?」
「あ!?うっせーな!新聞見てろ。しゃべりかけんな!」
新聞紙を閉じていきなり話し掛けてきたので、シンタローはおもいっきり不愉快な顔をする。
そして、マジックが、ひどいよ、シンちゃんッ!等と百面相をしている間にバクバク食べていく。
ぶっちゃけ、解りやすく言えば完全無視。
「シンタロー。コーヒーのお変わりは?」
「ン、頼むわ。」
自分のコップをキンタローに差し出し、シンタローはまたも朝食を食べ始める。
シンタローは多忙な為、一分、一秒と無駄にはできないのだ。
本来なら、一人で食べて直ぐさま仕事に打ち込みたいのだが、やはり一日に一度は家族と顔を合わせたいというシンタローの思いもある。
「あ、シンちゃ~ん。」
口の回りに食べカスを付けたグンマが口を開く。
「あんだよ。」
「あのね、今日は大事な開発の実験日だから、キンちゃんこっちに来るんだぁ~。」
「げ、マジかよ?ま、今日は会議もねーから大丈夫だとは思うけど…。」
「すまんな。」
「いーよ。気にすんな。」
白い歯を見せ笑うシンタローに、キンタローは顔を伏せた。
それは赤い顔を見せたくなかったから。
はっはーん!
さてはキンタロー、シンちゃんの事好きっぽいねぇ。
でもね、シンちゃんはもう、私のものなんだな~。
マジックは新聞を見ている振りをしながら二人のやりとりをバッチリ見ていた。
でも、大人の余裕というのだろうか。
ライバルとは思っていないようだ。
「だがシンタロー!それが終わったら必ずお前の元へ行くからな!」
力説するキンタローに、シンタローはちょっとだけ眉を下げて笑い、おう。と呟いたのだった。
さて、ここは総帥室。
シンタローは黙々とデスクワークをこなしていた。
山のようにある報告書を一々目を通すのは疲れるものがあるが、総帥という立場上あれは嫌だ、これは嫌だとは言っていられない。
時折キンタローが目にはブルーベリーがいいと言って置いていった飴を口に含んで転がす。
それでも駄目な時は、秘書に言って疲れ目用の目薬を持ってきてもらっていた。
こうゆう時こそキンタローがいてくれたらなぁ~。
あいつデスクワーク得意だし、仕事早いし。
無い物ねだりなんだろうが、シンタローはついつい思ってしまう。
勿論一番仕事ができるのはマジックなのだが、マジックの力は借りたくないというコンプレックスとプライドが入り交じる思いを抱えているのでマジックにだけは手伝って欲しくない。
「ちきしょー、かったりぃナ!」
ぶつぶつ文句をいいながらも、手と目はバリバリに動かす。
終わった書類はさっさと秘書に持っていかせ、出来るだけディスクの上は汚くしておきたくない。
こんな所でシンタローのプチ潔癖症、お姑根性を垣間見る事ができる。
キンタローがこちらに来る予定は午後7時だそうだ。
それまで、出来る範囲は終わらせとかねぇと。
シンタローは、頬を手の平で二、三度叩き気合いを入れて書類を書き始める。
ビーー!
インターホンの音が鳴る。
一体誰だ!何の用だ!
このクソ忙しいのに!
秘書がインターホンで応答し、慌てたように扉を開ける。
プシュン!と空気の抜ける音と共に、やけに聞き覚えのある足音。
顔を上げたくないッッ!!
シンタローは、本気で思った。
「シーンちゃん!頑張ってるぅー?ほーら、お弁当!持ってきたよー!!」
ガリガリガリ。
シンタローは、ナイスシカトをし、必死にサインを書いて現実逃避。
「あれ?あれ?シンちゃん、パパだよ?お前のだぁーいすきなパ・パν」
「誰が誰を好きだってぇ!?勝手に決めんな!アーパー親父ィ!!」
ガバッと顔を上げ、睨むと、マジックは、真剣な面持ちから一転、超笑顔になる。
「やーっとこっち向いてくれたνパパ、無視されてるのかと思っちゃったν」
「無視してたんだよ!!」
ケッ!
「で?何の用だ。」
すると、マジックは手に持っていたバスケットをシンタローの目の前に差し出す。
「シンちゃんと一緒にランチ!食べようと思ってきちゃったν」
ニコニコ笑いながら、アポ無しで来る父親に、シンタローの怒りはマックス寸前。
ただでさえキンタローが居なくて仕事が溜まっていて苛々しているのだ。
「親父…」
「なぁに?シンちゃんν」
「5秒以内に出ていけ…」
ドスの利いた声と、右手に光る眼魔砲。
溜めている。
かなり溜めている。
マジックは、ハハハと渇いた笑いをして、バスケットをシンタローのディスクに置き、食べてね、と一言言ってからそそくさと総帥室を後にした。
つまらない。かなりつまらない。シンちゃんが私を構ってくれない。
そりゃあね、仕事が忙しいのは解るよ。
でも、ランチ位、一緒に食べてもいいじゃない。
いつもカリカリして!
カルシウムの多い物を明日から出そう。
マジックは、そう心に決めて部屋に戻る為歩いていた。
途中途中で団員に敬礼され、マジックは、軽く手を上げたりし、エレベーターに乗ろうとしたその時。
「おとーさまー!」
パオーン!ガッチャンガッチャン!!
後ろから声をかけられた。
振り替えらなくても誰だか一発でわかるが、マジックは、とりあえず振り向く。
すると、予想通り、自分の実子グンマがアフリカ1号というゾウロボに跨がりこちらに向かってきていた。
「どうしたの?グンちゃん。今日は開発の実験だったんじゃないの?」
「うん!今は休憩時間なんだぁ~。」
そう言って一緒のエレベーターに乗り込む。
グンマは、キンタローと自分の飲み物を下の自販機で買って来るのだという。
「ねぇ、グンちゃん。グンちゃん達は、シンちゃんとランチ、食べたりするの?」
すると、グンマは、人差し指を唇に宛て、顔を上に向け、うーんと唸り考える。 「う~ん。最近はシンちゃん忙しそうだから食べてないよぉ~。僕、元々開発課だから、休憩時間も合わない事が多いし。キンちゃんは補佐管だから一緒に食べたりしてるのかもしれないけど。」
え。それ本当?
じゃあ、何でパパとはランチ一緒に食べてくれないの?
おかしいじゃないか。
お前の父親兼恋人は私だろう??
ぴた、と行動を止めたマジックを特に気にする風でもなく、グンマはニコニコ笑っていた。
シンちゃんは、キンちゃんの事どう思っているのだろうか。
朝は感じなかった不安が一気にマジックを襲う。
マジックがグンマにそのことを聞こうとした時、無情にもエレベーターが止まり、グンマは元気よく自分に手を振り行ってしまった。
残されたマジックは、自分の部屋のフロアのボタンを押し、何かを考えるかのように、すぅっ、と、真顔になる。
彼は考え事をする再、いつもこうやって真顔になる。
ゴウンと動く浮遊感の感じるエレベーターの中、マジックは一人、シンタローの事を思うのだった。
随分時間が立ち、日も大分傾いてきた頃、実験はようやく成功し、一同は安堵の溜息を吐いた。
「これで一安心だな。」
「そぉだね、キンちゃん!」
予定より早く終わって良かった。
この分なら6時迄にシンタローの手伝いができる。
キンタローは来ていた白衣を脱ぎ捨て、シンタローの元へ急ぐ。
そんなキンタローを見て、グンマはクスッと笑う。
よっぽどシンちゃんの事が好きなんだなぁ~。
キンタローの脱ぎ捨てた白衣をたたみながら、そう、思うのだ。
キンタローは、ツカツカとエレベーター迄やや早足で歩き、総帥室迄のボタンを押す。
考えているのはシンタローの事ばかり。
でも、キンタローは知っていた。
彼がマジックと出来ている事を。
二人の仲を裂いてまでシンタローとどうこうなりたいとはキンタローは思ってはいなかった。
いや、そうではない。
思ってはいけない事だと認識をしていた。と、言った方が正解だろう。
だからシンタローを思うだけに留めておこうとキンタローは思っている。
チーンと、間の抜けた音と共にエレベーターが開く。
キンタローは早足で総帥室に向かった。
ブサーを鳴らすと、すぐシンタローが自ら出てきた。
「早かったナ。さっきグンマから内線があって、お前がこっちに向かってるって言われた。」
歩き、ディスクの上の書類をばさばさと滑らせる。
後ちょっとなんだよな、そう言って、少し温くなっているコーヒーを啜った。
「手伝おう。」
キンタローは一言そう言うと、書類をまとめ始める。
書類のサインは基本的にシンタローがしなければならない。
キンタローの仕事は、秘書達が既にやった分類別に別けてある書類の小分け。
シンタローが読む時間を削減すべく、先に読み、自分の中でYesかNoを決め、それを更に別けるのだ。
シンタローがどうするか、どうゆう判断を下すか。
24年間同じ体に入っていたキンタローならではの仕事方法だといえる。
「シンタロー様、お休みになられていないので、キンタロー様からもお休みになるよう申し上げて下さい。」
近くにいた秘書が、コソッと話し掛ける。
すると、ムッとしたようにシンタローがくるりと振り向いた。
「いーんだヨ!それに!後ちょっとで終わるんだから!」
少し顔が赤いのは、仕事ができないと思われていると思ったから。
そんな事はないのに。
マジックより仕事ができない劣等感を抱えているのだ。
「そうか。では、早く終わりにして休ませよう。お前達も頼む。」
「ハ、ハイ!!」
ペコリと頭を下げ、秘書達も応戦しはじめたのだった。
キンタローが来たせいで、随分早めに書類が片付いた。
久しぶりの時間内終了に、シンタローと秘書達は喜びの笑みを浮かべる。
「お疲れ様でしたー!」
「おう、お疲れ。」
秘書達は出来上がった書類をそれぞれの役場に持って行く。
プシュン!とドアが開いて閉じた。
「シンタロー、さ、休め。」
「ああ。」
キンタローに促され、シンタローは椅子に深く座り溜息を漏らす。
その間、既に冷え切ってしまったコーヒーを捨て、熱いコーヒーをキンタローは入れ直しシンタローに渡す。
そして、自分の分も入れてコクリと喉を鳴らす。
「サーンキュ!」
シンタローはそう言うと、下に閉まっておいたバスケットを取り出した。
中にはサンドイッチ、唐揚げ、甘い卵焼きが入っていて。
明らかにマジックが来たのだと解った。
それを美味しそうに頬張るシンタローを見て、何かキンタローの中で切れた。
そんな事、露知らずのシンタローは、マジックの作った弁当をキンタローの前に置く。
「お前も食うか?」
そして、自分の大好きな顔で笑うから。
その笑顔は俺の為に向けられているのか?
解らない。解らなくなる。
アイツの笑顔は誰のもの?
「俺はいい。」
「なんで。作った奴はともかく味は上手いゾ。」
又、笑う。
心臓が痛い。
夕日に照らされ笑うシンタローはとても綺麗なのに、それを憎らしいと思うのは何故だろう?
きっと、そんなシンタローにしたのは紛れも無くあの人だから。
自分は、シンタローを一番知っているが、一番知らない人間なのだろう。
「お前は、俺に、お前の為だけに作ったマジック叔父貴の手料理を食えと、そう言うのか?」
下を向いているせいか、キンタローの顔は見えない。
「は、?いきなりな…」
「俺の気持ちに気付いているくせに。知らない振りをするんだな。」
持ち上げられた顔は至って普通のアイツの顔。
でも、瞳が、父に似ている顔が、俺を攻める。
解ってたか、なんて。解ってたさ。ああ、解ってたよ。
お前の熱い瞳も、求める指先も、葛藤してた心も。
全部、全部俺は解ってた。
それでも知らない振りをしていた俺はチキン野郎なんだろう。
仕方ねぇじゃねぇか。
俺は、現状のままで居たかった。変えたくなかった。知りたくなんて…なかったんだ!
攻めるような瞳で見つめるキンタローに、シンタローは少し身を引いた。
「意味、が、わからね…」
息苦しい圧迫感の中、シンタローは一言そう言った。
どうして知らない振りをする?シンタロー。
何故、ハッキリとしない?
曖昧にされることが何より辛い事なんだと、お前は知らないのだな。
優しさは時として鋭い刃物のように心に刺さるんだ。
答は、俺はとうに知っている。
だから、お前の口で、声で、早く俺を止めてくれ。
お前を止められるのは俺だけだが、俺を止められるのはお前だけなんだ。
「シンタロー。」
ガタ、と、立ち上がると、シンタローがビク、と、震えた。
気にせずシンタローの肩を、強く掴む。
「――ッッ」
少し顔をしかめたのが解る。
夕日が沈む中、シンタローの唇に己の唇を押し当てようと、近づく。
す、と、唇までの距離を計る為、薄く目を開いたキンタローはぎょっとした。
「――ッッ、――ふぅっ…!」
指先に垂れる熱い液体。
その液体は、シンタローの睫毛から染み出し、シンタローの頬から流れ落ちている。
それが涙なのだと知って、キンタローは罪悪感に駆られたのだ。
俺は何て事をしてしまったのだろう。
守るべき人を悲しませて。俺のやっている事はただの傲慢だ。
自分の愛をシンタローに押し付けた。
シンタローがマジック叔父貴と恋中である事を知っていて。
中を裂きたくない、とか、割り込みたくない、とか、思う事ばかり一人前で。
結局俺は最後まで黙っていられなかった。
「すまない。…すまないシンタロー。」
歯を食いしばって、涙を止めようとするシンタローが余りにも幼く見えて。
赤い総帥服に身を包んで、ガンマ団のトップであるシンタローが泣く、なんて。キンタローはシンタローを力強く抱きしめた。
「う、ふぅ…ふぇ…」
シンタローの体温が、キンタローの心臓の鼓動が。
お互いに伝わりあって。
泣くシンタローの髪を撫で、もうしない、と何度も、何度も、キンタローは呟くのだった。
どれほど時間がたったのだろうか。
夕日は沈んだようで、蛍光灯の明かりが二人と部屋を照らす。
泣き止んだシンタローは、自然とキンタローを見る。
お、おおお俺ってば!俺ってば!!
なんつー醜態を晒しちまったんだあああ!!
キンタローは、凄く辛そうで、シンタローの心はツキンと痛んだ。
「泣かせて…すまなかった。」
「いや…。」
何だか恥ずかしくてシンタローは目線を反らす。
こんな時にとても不謹慎だが、キンタローはシンタローと秘密を共有出来て少し嬉しかった。
勿論、全然甘いものでもなく、寧ろ辛いものなのだがそれでも嬉しいと思うのはきっと、恋の末期なんだろう。
「キンタロー…。」
「なんだ。」
「俺は、こんな事言うと気持ち悪いかもしれないが、俺、マジックと…その…だから、お前の気持ちはスゲー嬉しいンだけど、答えられそうにねぇ。だけど、俺が背中を預けられんのはお前だけだ。これだけは本心。嘘じゃねえ。」
赤くなった瞳でキンタローを真っ直ぐ見つめる。
ややあって、キンタローが口を開いた。
「知っている。」
「はぁ?」
間の抜けた声をシンタローは発した。
「それでもお前が好きなんだ。でも…」
一つ呼吸を置いて、キンタローは優しい瞳でシンタローを見つめる。
「もう、お前達の邪魔はしない。だが、俺はお前が好きだ。叔父貴に飽きたら俺の所へ来い。」
そう言って悪戯っぽく笑うので、シンタローも釣られて笑う。
総帥室は先程とは打って変わって明るい空気に包まれたのだった。
. 「シンちゃんとキンちゃん遅いねぇ~おとーさま。総帥業務は終わったって連絡入ったのに。」
「え?!あ、そ、そうだね…。」
すっごく気になっているマジックは部屋をうろうろ。
その傍らでグンマはのほほんと紅茶を飲んでいた。
「何かあったのかな~?」
「何か!?あの二人に!?まさか、まさか…」
「今日のおとーさま、何時も以上におかし~。」
アハハと笑ってマイペースグンマ。
そんな時。
「ただいまー!」
「ただ今戻りました!」
二人してご帰宅。
マジックの心拍数が高鳴る。
部屋に入ってきた二人は、朝見た時以上に仲睦まじくて、マジックの心境は些か平穏ではない。
二人で食事の前の手洗いうがいを済ませ、席につく。
えーーー!?ま、まさかお前、キンタローとそうゆう関係になったんじゃあるまいね?
ああ、パパすっごく気になるよ!
でも、面と向かっては聞けないのである。
「シ、シンちゃん、随分キンタローと仲良しだねぇ~」
だから遠回し作成に出るマジックなのだった。
シンタローはいぶかしげにマジックを見たが、少し頬が赤い。
ま、まままままさか!!
ドキドキ心臓の音が馬鹿みたいに煩い。
助けを求めるように、嘘だと誰かに言って欲しくてキンタローを見る。
「仲はいいです。俺とシンタローは一心同体ですから。」
「ッッ!!」
決定的とも取れる言葉にマジックはハンケチーフをかじり泣いた。
はーぁ、と重いため息をついたかと思うと、肩を落としキッチンに入る。
貴方のせいで振られたのだからこのくらいの意地悪、許してくれるだろう?
キンタローはそんなマジックの背を見てそう思う。
ガタリ、シンタローが立ち上がる。
手にはあの、バスケットを持って、マジックの行ったキッチンへ。
シンタローがキッチンへ入ると、マジックが号泣していたので、空になったバスケットを昼、マジックがしたように目の前に突き出す。
「うまかったよ、ごちそーさん!」
「シンちゃん…」
良かった。私の取り越し苦労だったみたいだ。
「え~ん!!シンちゃんだぁああい好き~!!」
ガバッとシンタローに抱き着く。
「だあああ!うぜぇんだよッッ!!」
抱き着かれても、泣かれても、キス…されても、嫌だって思わねぇのはアンタだけなんだぜ?
感謝しろよ、クソ親父!
終わり。
キスをする合間の、頬に触れる熱い吐息にオレは弱い。
少し離れてそれからまた違う角度から唇が合わさると、頭の奥が芯から溶けてしまいそうになる。
こんな、夜も明けそうだと言う頃にコイツと、・・・マジックと、こんな濃厚なキスをする事になるとは
ほんの数分前には思いもしなかった。
遠征先から帰って来て、さっそく自分専用の広い、シーツもふかふかのベッドで思う存分寝倒してやろうと
少し浮かれ気味でカードキーで扉を開けた瞬間、コイツが出てきて壁に押し付けられる形でそのまま唇を奪われてしまった。
あまりに唐突すぎて抵抗する事もできなかったが
今はオレの方がしっかりと親父の背中に両腕を回してしがみ付いている。
久しぶりの、キスだ。
懐かしい匂いに涙腺が緩みそうになった。
繰り返し繰り返し、何度も唇を重ねる度にひどく胸が熱くなる。
こんな場所で、こんな事をして、もしかしたら誰かに見られてしまうかもしれないのに
それすらどうでも良いなんて思える程、オレはコイツに飢えていたのだろうか。
「会いたかったよ」
マジックはオレの耳元で低くそう囁いた。
あぁ、そうかい。
いつものように悪態をついてやりたかったが生憎そんな余裕もなくオレは
親父と目を合わさないように俯いて、黙っていた。
何で、
そう、
アンタは、恥ずかしげもなくこんな事をして。
言ってやりたい事は山程あるのに考えがまとまらない。
大体どうしてこんな時間に、オレの部屋にいておまけに起きてるんだよ。
そんな事は聞かないでも解かってる。
解かってるから余計に何も言えない。
言ってしまったら、オレの方が頬が熱くなりそうで絶対に口に出したくなかった。
畜生、畜生、畜生。
不意をついてあんなキスをするなんて反則じゃないのか。
この馬鹿野郎め。本当に馬鹿だよアンタは。
こんな時間まで、オレの部屋で、オレの事なんか待ってるんじゃねェよ!
オマエは忠犬ハチ公かッ
そんなコイツが情けなくて、愛しくて、マジックがもう一度
オレの唇に触れた時、オレは再度ヤツの口腔の侵入を許していた。
シンちゃん、シンタロー、と
何度も名前を呼ばれるのがたまらなくて
オレはただ、ただひたすらに親父のキスに応えた。
長くて骨ばったマジックの指が、ゆっくりとオレのスーツのボタンを丁寧に外していく。
すっかり開拓されてしまった身体は、彼の手が胸を這うだけで敏感に反応を示すが
刹那、我に返ったオレは、慌ててヤツの両腕を掴んだ。
「・・・何?」
不満そうにマジックが恨みがましい目でこちらを見る。
何、じゃねェだろ。
「場所をわきまえろよ。」
じろりと睨みを利かせて外されたボタンを元に戻しながら、マジックの腕をすり抜ける。
背中を向けた、後ろの方で
「じゃあベッドならイイの?」
と聞かれ、オレが返事をせずに部屋へ入ると親父もオレの後につづき
そのまま背中から抱きすくめられてしまった。
首の付け根に顔を押し当てられ、金髪がくすぐったくて
文句を言ってやろうと振り向いて視線を合わせたら、オレの方が我慢できなくなってしまった。
お互いの服が床に乱雑に脱ぎ散らかされる。
とてもじゃないがベッドまで待てなかった。
息継ぎとも喘ぎともつかない声がうす暗い青い光に満たされた部屋に反響する。
「可愛いよ」とか「好きだよ」とかそんな台詞はもう十分聞き飽きているのに。
それでもそう言われると身体は火照って
アンタが、アンタのその声で、オレの名を呼んで肌に手が触れるだけで感じてしまう。
父さん。
父さん、
父さん、
父さん。
オレもアンタに、ずっと逢いたかった。
充分に温めたティーポットにお湯を注いで、アッサムの茶葉をスプーン2杯分入れる。
ティーコジーを被せて葉が踊り終わるのを待ったら、カップについでお好みでミルクやお砂糖を。
「僕、紅茶はアッサムが一番好きなんだー!」
ニコニコと如何にも楽しげに、グンマはマジックの淹れた紅茶を美味しそうに飲んだ。
勿論、ミルクとお砂糖入りで。
「だと思ったよー!アッサムが紅茶の中で一番甘いからね!パパも甘いのだ~い好き!」
「おとー様もアッサムが一番好きなの?」
「いやいや、パパはね~紅茶はセイロンが一番好きなんだ。」
種類と特徴 産地によって味や香り、水色が異なるセイロンティー。
クセがなくすっきりとした味なので、薄目にいれたストレートティーだと日本食にも合う。
日本贔屓の激しい彼にとっては、セイロンが一番自分の舌に合ったようだ。
「特に、ヌワラエリヤなんてまるでシンちゃんみたいで素敵じゃなーい?!」
「ヌワラ・・・??」
「ヌ・ワ・ラ・エ・リ・ヤ。紅茶もねー、一つの茶葉で色んな種類があるって事!今度調べてごらん。」
そう言って、嬉しそうに微笑みながらマジックは自分の分の紅茶をそれは上品に飲み干した。
「シンちゃーん!」
仕事の合間の休憩に、シンタローが台所で少し早めの自分の夕食を作っている所にグンマがひょっこり顔を出した。
「何だヨ。オマエの分なんて作らねーからな。」
髪の毛が邪魔で、いつもは腰まで下ろしている髪を上に高く結ってポニーテールにしているのを見られたのが恥ずかしいのか、
シンタローは迫力のない仏頂面でグンマを睨んだ。
相変わらず素っ気無い態度をとる従兄弟にグンマがぷぅっと頬を膨らませる。
とても同い年とは思えない程童顔な顔立ちなので、シンタローは少し呆れつつ何の用かと尋ねた。
「うん。あのね、ヌワラエリヤって知ってる??」
「何かの呪文か?」
聞き慣れない単語に眉を潜めてそう言うと、グンマは激しく首を振った。
「さっきねー、おとー様とおやつの時間を楽しんでたんだけど」
「オマエ本当にオレと同い年か?」
「で、紅茶とケーキをね、食べてたんだけど。おとー様は」
「要点をかいつまんで喋らんかい。」
「おとー様は紅茶の中で一番ヌワラエリヤが好きでそれがシンちゃんみたいなんだって!!!」
ぜぇ、はぁ、と息を切らせて呼吸するグンマを横目に、シンタローはさっそく台所にある茶葉の棚を開いた。
(えーとヌワラエリヤ・・・ヌワラエリヤ・・・)
あちこちお茶の缶を手にとって見るが、それらしいものは見つからない。
(オレみたいって何だ?)
諦めて途中だった料理を再開しながらシンタローはずっと、‘ヌワラエリヤ’と言う謎のお茶の事を考えていた。
「キンタロー。‘ヌワラエリヤ’って知ってるか?」
シンタローの唐突の質問に、キンタローは面を食らう事無くアッサリと『セイロンティーの一種だろう。』と答えた。
「スリランカの中央山系の最高地が産地だ。何故そんな質問を?」
よくもまぁ、そんなにポンポンと次から次へと知識が出てくるもんだと感心しつつ、シンタローはちょっと戸惑いながらキンタローに
「オレにそっくりなんだと。」
と言った。
「・・・誰が言ったんだ?」
「こんな事を言うようなヤツが思い当たらない程鈍くないだろ?オマエ。」
「マジック伯父貴か。・・・さすがと言うか・・・親バカにも程があるな。」
(どー言う意味だ。そりゃあ。)
少しばかり腹を立てながら、キンタローの説明を待つ。
聞いた途端、シンタローは座っていた椅子ごとひっくり返った。
「・・・・アイツ馬っ鹿じゃねーの・・・。」
「少なくとも伯父貴にはオマエはそーゆー存在なんだろ。」
「あぁああ~~・・・ったく・・・アホくさー・・・」
ガタガタと崩れた態勢を整えつつ、シンタローは片手でガリガリと頭を掻いた。
まったくあの親父らしいと言うか何と言うか・・・
「何だったらオマエも伯父貴を紅茶に例えてみたらどうだ。喜ぶぞ。」
揶揄するようにキンタローが言うと、シンタローは‘よせよ’と手を扇いだ。
「柄じゃないって。」
「そうか?オレだったらマジックは絶対『ダージリンのファーストフラッシュ』が似合いだと思うが。
今度言ってやれ。喜ぶ。」
「・・・?今度はどんな特徴のお茶だっつーんだよ。」
「紅茶の3大銘茶の一つだ。お茶の色は黄金色、若々しく、清々しいのが特徴。香りはまるでシャンパンのごとく、だ。」
「成るほど、違いない。」
二人は笑ってやり掛けの仕事に取り掛かった。
***
「誰がヌワラエリヤだって?」
深夜0時が回った頃、仕事が終わり一息ついたのか、
仰向けになって寝室のベッドの上で本を読んでいるマジックの腰の上に、シンタローは全体重をかけて跨った。
「苦しいよ」
「キンタローの知識の深さには感心するけどな、アンタには呆れ果てる。
よくもまーそんな下らん知識ばっか覚えてくるもんだな。」
パタン、と読みかけの本を静かに閉じて、枕元に置く。
自分の上に跨っているシンタローの腰を両手で掴んで、マジックは悪戯がバレた子供のように笑った。
「でもそうだと思ったんだ。パパにとってシンちゃんは‘ヌワラエリヤ’そのものだよ。」
「・・・まーだ言うかコノ親馬鹿め。」
「本当、本当だとも。それよりこの体勢はいけないと思うんだ。」
瞑っていた目をうっすらと開けてマジックはシンタローを見つめた。
「パパ、変な気分になるよ。」
熱っぽい視線が、シンタローの首から胸、腰、太腿まで降りていく。
それに気付いて、シンタローも身体を曲げて、マジックを見つめた。
やがて至近距離になって気付くと、肌と肌が触れ合う程お互いを抱きしめていて、
小さい声でシンタローが‘イイよ’と呟くと、マジックは‘本気にするよ’と一言だけ零して
そのまま彼をベッドに押し倒したのだった。
―――――――――<ヌワラエリヤ>優雅でデリケートな花のような香気を持つ。