充分に温めたティーポットにお湯を注いで、アッサムの茶葉をスプーン2杯分入れる。
ティーコジーを被せて葉が踊り終わるのを待ったら、カップについでお好みでミルクやお砂糖を。
「僕、紅茶はアッサムが一番好きなんだー!」
ニコニコと如何にも楽しげに、グンマはマジックの淹れた紅茶を美味しそうに飲んだ。
勿論、ミルクとお砂糖入りで。
「だと思ったよー!アッサムが紅茶の中で一番甘いからね!パパも甘いのだ~い好き!」
「おとー様もアッサムが一番好きなの?」
「いやいや、パパはね~紅茶はセイロンが一番好きなんだ。」
種類と特徴 産地によって味や香り、水色が異なるセイロンティー。
クセがなくすっきりとした味なので、薄目にいれたストレートティーだと日本食にも合う。
日本贔屓の激しい彼にとっては、セイロンが一番自分の舌に合ったようだ。
「特に、ヌワラエリヤなんてまるでシンちゃんみたいで素敵じゃなーい?!」
「ヌワラ・・・??」
「ヌ・ワ・ラ・エ・リ・ヤ。紅茶もねー、一つの茶葉で色んな種類があるって事!今度調べてごらん。」
そう言って、嬉しそうに微笑みながらマジックは自分の分の紅茶をそれは上品に飲み干した。
「シンちゃーん!」
仕事の合間の休憩に、シンタローが台所で少し早めの自分の夕食を作っている所にグンマがひょっこり顔を出した。
「何だヨ。オマエの分なんて作らねーからな。」
髪の毛が邪魔で、いつもは腰まで下ろしている髪を上に高く結ってポニーテールにしているのを見られたのが恥ずかしいのか、
シンタローは迫力のない仏頂面でグンマを睨んだ。
相変わらず素っ気無い態度をとる従兄弟にグンマがぷぅっと頬を膨らませる。
とても同い年とは思えない程童顔な顔立ちなので、シンタローは少し呆れつつ何の用かと尋ねた。
「うん。あのね、ヌワラエリヤって知ってる??」
「何かの呪文か?」
聞き慣れない単語に眉を潜めてそう言うと、グンマは激しく首を振った。
「さっきねー、おとー様とおやつの時間を楽しんでたんだけど」
「オマエ本当にオレと同い年か?」
「で、紅茶とケーキをね、食べてたんだけど。おとー様は」
「要点をかいつまんで喋らんかい。」
「おとー様は紅茶の中で一番ヌワラエリヤが好きでそれがシンちゃんみたいなんだって!!!」
ぜぇ、はぁ、と息を切らせて呼吸するグンマを横目に、シンタローはさっそく台所にある茶葉の棚を開いた。
(えーとヌワラエリヤ・・・ヌワラエリヤ・・・)
あちこちお茶の缶を手にとって見るが、それらしいものは見つからない。
(オレみたいって何だ?)
諦めて途中だった料理を再開しながらシンタローはずっと、‘ヌワラエリヤ’と言う謎のお茶の事を考えていた。
「キンタロー。‘ヌワラエリヤ’って知ってるか?」
シンタローの唐突の質問に、キンタローは面を食らう事無くアッサリと『セイロンティーの一種だろう。』と答えた。
「スリランカの中央山系の最高地が産地だ。何故そんな質問を?」
よくもまぁ、そんなにポンポンと次から次へと知識が出てくるもんだと感心しつつ、シンタローはちょっと戸惑いながらキンタローに
「オレにそっくりなんだと。」
と言った。
「・・・誰が言ったんだ?」
「こんな事を言うようなヤツが思い当たらない程鈍くないだろ?オマエ。」
「マジック伯父貴か。・・・さすがと言うか・・・親バカにも程があるな。」
(どー言う意味だ。そりゃあ。)
少しばかり腹を立てながら、キンタローの説明を待つ。
聞いた途端、シンタローは座っていた椅子ごとひっくり返った。
「・・・・アイツ馬っ鹿じゃねーの・・・。」
「少なくとも伯父貴にはオマエはそーゆー存在なんだろ。」
「あぁああ~~・・・ったく・・・アホくさー・・・」
ガタガタと崩れた態勢を整えつつ、シンタローは片手でガリガリと頭を掻いた。
まったくあの親父らしいと言うか何と言うか・・・
「何だったらオマエも伯父貴を紅茶に例えてみたらどうだ。喜ぶぞ。」
揶揄するようにキンタローが言うと、シンタローは‘よせよ’と手を扇いだ。
「柄じゃないって。」
「そうか?オレだったらマジックは絶対『ダージリンのファーストフラッシュ』が似合いだと思うが。
今度言ってやれ。喜ぶ。」
「・・・?今度はどんな特徴のお茶だっつーんだよ。」
「紅茶の3大銘茶の一つだ。お茶の色は黄金色、若々しく、清々しいのが特徴。香りはまるでシャンパンのごとく、だ。」
「成るほど、違いない。」
二人は笑ってやり掛けの仕事に取り掛かった。
***
「誰がヌワラエリヤだって?」
深夜0時が回った頃、仕事が終わり一息ついたのか、
仰向けになって寝室のベッドの上で本を読んでいるマジックの腰の上に、シンタローは全体重をかけて跨った。
「苦しいよ」
「キンタローの知識の深さには感心するけどな、アンタには呆れ果てる。
よくもまーそんな下らん知識ばっか覚えてくるもんだな。」
パタン、と読みかけの本を静かに閉じて、枕元に置く。
自分の上に跨っているシンタローの腰を両手で掴んで、マジックは悪戯がバレた子供のように笑った。
「でもそうだと思ったんだ。パパにとってシンちゃんは‘ヌワラエリヤ’そのものだよ。」
「・・・まーだ言うかコノ親馬鹿め。」
「本当、本当だとも。それよりこの体勢はいけないと思うんだ。」
瞑っていた目をうっすらと開けてマジックはシンタローを見つめた。
「パパ、変な気分になるよ。」
熱っぽい視線が、シンタローの首から胸、腰、太腿まで降りていく。
それに気付いて、シンタローも身体を曲げて、マジックを見つめた。
やがて至近距離になって気付くと、肌と肌が触れ合う程お互いを抱きしめていて、
小さい声でシンタローが‘イイよ’と呟くと、マジックは‘本気にするよ’と一言だけ零して
そのまま彼をベッドに押し倒したのだった。
―――――――――<ヌワラエリヤ>優雅でデリケートな花のような香気を持つ。
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