Candy
アオザワシンたろー
前線に出るようになって、ようやくガンマ団の大筋が見えてきた。
無論、仕官学校でも知識としては詰め込まれてはいたが、戦闘実習とは異なり、前線を体験することで知識は生きたものになる。肌で、ガンマ団の本質を知る。
「シンタロー様!転進します。どうぞこちらへ」
生きた知識になるために、目の前に死体が転がるのは、皮肉だと思った。
皮肉になるのは、世界の摂理に反しているから?
シンタローは、硝煙に霞む包囲網を見遣った。 だがそれを説明できるだけの知識を持たないのもまた、皮肉なことだった。
高い塔の一室に、総帥室がある。
塔は、砲撃されればひとたまりもないような、もっとも目立つ場所だ。だがただの一度もそこが標的にされたことはなかった。
鉄壁の防衛線が幾重にも取り囲む、世界で最も安全な場所…それがマジックの居る総帥室だった。
無機質な部屋だ。
モニターと、通信機器。部屋の角には秘書官たちが使う作業デスク。
ここから、破壊指令は下される。
「総帥…」
「私に二度言わせるのかね」
室内には緊迫した空気が流れていた。
正面の壁に掲げられた大きな団徽。それを背に悠然と足を組んで座っているのは、紛れもなくシンタローの父であり、ガンマ団の統率者でもあるマジックである。
獅子のたてがみのようなブロンドと冴えた青い瞳、整った風貌は古代の神を思わせる。一代で世界の大半を掌握してしまった、世界最強のテロリスト。
その男を前に、直立不動で戦況報告をしていたのは今回の作戦を指揮していた将軍だった。どちらかといえば弛緩したような体のマジックに対し、見ているのが気の毒なほど緊張している。
それもそうだとう。
将軍の背後で、シンタローは視線を床に落とした。
傾いていた戦況を、立てなおすことが作戦だった。
戦力を大きく割き、入念な調査と準備を行った。シンタローのような新人下士官にも、その作戦の重要度は推してはかれるものだった。ましてやシンタローは、幹部候補生として乗艦した。
状況は、途中までは予定どおりの展開だった。
だがそれが一端崩れてしまえば、立てられた作戦のなんと脆かったことか。
指揮官たちの動揺も、もたらされた結果への落胆も相当なものだった。
マジックの思惑は息子に前線を体験させることだったのだろうが、将軍は戦況を傾けた。それはとりもなおさず、シンタローの身を危険に晒したということでもある。
だから…こそ。
シンタローも必死だった。
自分の立場なら重々承知している。戦況を変えられる力など備わっていないのだということもわかっていた。
それでも…と。
だが、結果、シンタローの目の前で同朋艦は沈んだ。
作戦の失敗。
それが総帥の不興を買わぬはずがない。
すでに一報は作戦時にもたらされている。帰還途中にも情報のやり取りをしている。
よって、指揮官の総帥への対面報告は、儀礼的なものにすぎなかった。
だが。
本来なら、凱旋だったはずの帰投。
「ああ、シンタローは残りなさい」
マジックが、将軍の報告を雑音か何かのように聞き流し、退出を促がした。その、次の言葉がこれである。
「お…れ…」
「負け戦もたまには勉強になるから、それは良かったね。…本当に、怪我もなくて良かったよ」
息子へ向けられた言葉は、当のシンタローよりも将軍を震え上がらせた。ひ、と言葉にならない悲鳴が上がる。
シンタローが総帥の後継者であることを、ゆめゆめ忘れてはならぬと、マジックには言われているのだ。この総帥の真の恐ろしさを、長く仕えていた男は骨の髄まで叩き込まれていた。
「し…失礼します…」
敬礼した腕がまるでなまりのように重い。
男は踵を返し、蒼白な顔をして扉へ向かう。その視線は、一度たりともシンタローに向けられることはなかった。いや、もう現実さえ、見てはいなかった。
防波堤のように思っていた上官がいなくなったことで、シンタローはマジックの視線を嫌というほど浴びることになる。
自動扉が閉まるのを待つタイミングで、マジックが微笑みかけた。
「お帰り、シンタロー」
にこり、と笑うのは、確かに出発前にも見送ってくれた父の笑顔で。
そして。
そのセリフは、聞き飽きるほど紡がれた言葉で。
シンタローはますますうつむくしかなかった。
「アレがあんなに無能だと思わなかった。恐い思いをさせてしまったね」
「そ…そんな、ことは…」
言葉尻が消えそうになることが嫌で、シンタローは歯を食いしばる。
マジックの顔が見られない。
シンタローは床を睨みつけて、両の拳を握り締めた。
爆炎に消える鋼鉄の艦。
今この部屋にいるのは、父親の顔をして子供をあやす一方で、覇王として殺戮命令を下すことに躊躇いを持たない男。
その二面は、この男の中では矛盾なく存在しているのか。
自分は一体いままでこの男のどこを見ていたのか。
「シンタロー」
味方が数えきれないほど死んだ。それはシンタローの責任ではないと言うだろう。だが今心を重くしているのはそんなことではないのだ。
「…さぁ、そんなところに立っていないでこちらへおいで」
今のマジックは、覇者と父と、どちらの顔でいるのだろう。
シンタローはおもむろに目線だけを上げた。
子供じみた仕草だと思ったが、他は動かなかった。
「シンタロー?」
沈黙が両肩にのしかかる。
マジックは、一体何がわかったというのか、軽く頷いた。
それからデスクの引き出しに手をかける。
「少し、疲れたようだね」
何に、とは言わない。いや、言えないのだろうか。
シンタローはマジックの動作を見守った。
大きな手が何かを取り出し、デスクに置いた。円形の缶のようだ。
「そういう時は、なんにも考えないで、疲れを癒せばいいんだよ?」
マジックが足を解き、デスクにおいたその缶のふたを開けた。引き出しに入る程度の高さしかないそれは、ふたを開ければもっと平たい。
「おいで」
マジックの声は、あくまでも優しい。手招きして、自分の傍らを指し示す。
けれどその声音は低い。
シンタローは足がフロアにはりついてしまったかのように動けなかった。
マジックは、いつもの全開の笑顔で抱き付いてきた男と同じ顔で、シンタローに要求しているのだ。
「ここへおいで」
動けないから、上目遣いなシンタローの視線は外すことができない。言葉だけが耳から全身に染みこんでゆく。青い覇者の目にとって、シンタローの動揺など取るにたらないものなのだろう。繰り返される言葉は、確かに父の声だ。
これが、マジックだ。
シンタローはようやくのことで、目を閉じた。世界が暗転する。
吐息をつくより先に足が動いた。
数歩の距離は、無いも同然だった。机を迂回し、マジックの脇へ立つ。
眼下の父の、この圧倒的な存在感は何なのだろう。どうして言葉が出てこないのだろう。
畏れなのか、恐れなのか。
馬鹿のように立ち尽くすしかない自分が、たまらなく惨めだった。
「これをあげよう」
マジックが手元で見せたのはさきほどの缶だ。中には白い粉をまぶした数個の小玉が入っている。
「最近手にいれたんだヨ。思った以上に美味しいんだ」
そういって、マジックの指が一粒のキャンディを自分の口に押し込めた。
それから今度は、缶のふたを手にとって見せるように持ち上げる。
「どこかの王室の御用達かと思うだろう?ところがこれが、個人商店の物だったんだよ」
ふたには安っぽいシールが貼られている。意匠も何もあったものではない、機械的に商品名や製造元情報が知らない国の言葉で印刷されていた。
「…疲れているときには甘い物が一番、だし」
マジックは、飴玉を舌の上で転がすようにして、味を確かめる。
「お前にあげようと思ってね?」
背もたれに体重を預けた男は、久しぶりに会う息子を浅い笑顔で見上げた。
セリフはいつだって、シンタローに真意を問う。
けれどそれはどこまでが本気で、どこまでが揶揄なのか。
後者だとしても、シンタローにはそれを躱すだけの能力は無かった。
シンタローは返答の代わりに、椅子に手をかけて甘い実を受け取った。
END
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「シンタロー様!転進します。どうぞこちらへ」
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皮肉になるのは、世界の摂理に反しているから?
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塔は、砲撃されればひとたまりもないような、もっとも目立つ場所だ。だがただの一度もそこが標的にされたことはなかった。
鉄壁の防衛線が幾重にも取り囲む、世界で最も安全な場所…それがマジックの居る総帥室だった。
無機質な部屋だ。
モニターと、通信機器。部屋の角には秘書官たちが使う作業デスク。
ここから、破壊指令は下される。
「総帥…」
「私に二度言わせるのかね」
室内には緊迫した空気が流れていた。
正面の壁に掲げられた大きな団徽。それを背に悠然と足を組んで座っているのは、紛れもなくシンタローの父であり、ガンマ団の統率者でもあるマジックである。
獅子のたてがみのようなブロンドと冴えた青い瞳、整った風貌は古代の神を思わせる。一代で世界の大半を掌握してしまった、世界最強のテロリスト。
その男を前に、直立不動で戦況報告をしていたのは今回の作戦を指揮していた将軍だった。どちらかといえば弛緩したような体のマジックに対し、見ているのが気の毒なほど緊張している。
それもそうだとう。
将軍の背後で、シンタローは視線を床に落とした。
傾いていた戦況を、立てなおすことが作戦だった。
戦力を大きく割き、入念な調査と準備を行った。シンタローのような新人下士官にも、その作戦の重要度は推してはかれるものだった。ましてやシンタローは、幹部候補生として乗艦した。
状況は、途中までは予定どおりの展開だった。
だがそれが一端崩れてしまえば、立てられた作戦のなんと脆かったことか。
指揮官たちの動揺も、もたらされた結果への落胆も相当なものだった。
マジックの思惑は息子に前線を体験させることだったのだろうが、将軍は戦況を傾けた。それはとりもなおさず、シンタローの身を危険に晒したということでもある。
だから…こそ。
シンタローも必死だった。
自分の立場なら重々承知している。戦況を変えられる力など備わっていないのだということもわかっていた。
それでも…と。
だが、結果、シンタローの目の前で同朋艦は沈んだ。
作戦の失敗。
それが総帥の不興を買わぬはずがない。
すでに一報は作戦時にもたらされている。帰還途中にも情報のやり取りをしている。
よって、指揮官の総帥への対面報告は、儀礼的なものにすぎなかった。
だが。
本来なら、凱旋だったはずの帰投。
「ああ、シンタローは残りなさい」
マジックが、将軍の報告を雑音か何かのように聞き流し、退出を促がした。その、次の言葉がこれである。
「お…れ…」
「負け戦もたまには勉強になるから、それは良かったね。…本当に、怪我もなくて良かったよ」
息子へ向けられた言葉は、当のシンタローよりも将軍を震え上がらせた。ひ、と言葉にならない悲鳴が上がる。
シンタローが総帥の後継者であることを、ゆめゆめ忘れてはならぬと、マジックには言われているのだ。この総帥の真の恐ろしさを、長く仕えていた男は骨の髄まで叩き込まれていた。
「し…失礼します…」
敬礼した腕がまるでなまりのように重い。
男は踵を返し、蒼白な顔をして扉へ向かう。その視線は、一度たりともシンタローに向けられることはなかった。いや、もう現実さえ、見てはいなかった。
防波堤のように思っていた上官がいなくなったことで、シンタローはマジックの視線を嫌というほど浴びることになる。
自動扉が閉まるのを待つタイミングで、マジックが微笑みかけた。
「お帰り、シンタロー」
にこり、と笑うのは、確かに出発前にも見送ってくれた父の笑顔で。
そして。
そのセリフは、聞き飽きるほど紡がれた言葉で。
シンタローはますますうつむくしかなかった。
「アレがあんなに無能だと思わなかった。恐い思いをさせてしまったね」
「そ…そんな、ことは…」
言葉尻が消えそうになることが嫌で、シンタローは歯を食いしばる。
マジックの顔が見られない。
シンタローは床を睨みつけて、両の拳を握り締めた。
爆炎に消える鋼鉄の艦。
今この部屋にいるのは、父親の顔をして子供をあやす一方で、覇王として殺戮命令を下すことに躊躇いを持たない男。
その二面は、この男の中では矛盾なく存在しているのか。
自分は一体いままでこの男のどこを見ていたのか。
「シンタロー」
味方が数えきれないほど死んだ。それはシンタローの責任ではないと言うだろう。だが今心を重くしているのはそんなことではないのだ。
「…さぁ、そんなところに立っていないでこちらへおいで」
今のマジックは、覇者と父と、どちらの顔でいるのだろう。
シンタローはおもむろに目線だけを上げた。
子供じみた仕草だと思ったが、他は動かなかった。
「シンタロー?」
沈黙が両肩にのしかかる。
マジックは、一体何がわかったというのか、軽く頷いた。
それからデスクの引き出しに手をかける。
「少し、疲れたようだね」
何に、とは言わない。いや、言えないのだろうか。
シンタローはマジックの動作を見守った。
大きな手が何かを取り出し、デスクに置いた。円形の缶のようだ。
「そういう時は、なんにも考えないで、疲れを癒せばいいんだよ?」
マジックが足を解き、デスクにおいたその缶のふたを開けた。引き出しに入る程度の高さしかないそれは、ふたを開ければもっと平たい。
「おいで」
マジックの声は、あくまでも優しい。手招きして、自分の傍らを指し示す。
けれどその声音は低い。
シンタローは足がフロアにはりついてしまったかのように動けなかった。
マジックは、いつもの全開の笑顔で抱き付いてきた男と同じ顔で、シンタローに要求しているのだ。
「ここへおいで」
動けないから、上目遣いなシンタローの視線は外すことができない。言葉だけが耳から全身に染みこんでゆく。青い覇者の目にとって、シンタローの動揺など取るにたらないものなのだろう。繰り返される言葉は、確かに父の声だ。
これが、マジックだ。
シンタローはようやくのことで、目を閉じた。世界が暗転する。
吐息をつくより先に足が動いた。
数歩の距離は、無いも同然だった。机を迂回し、マジックの脇へ立つ。
眼下の父の、この圧倒的な存在感は何なのだろう。どうして言葉が出てこないのだろう。
畏れなのか、恐れなのか。
馬鹿のように立ち尽くすしかない自分が、たまらなく惨めだった。
「これをあげよう」
マジックが手元で見せたのはさきほどの缶だ。中には白い粉をまぶした数個の小玉が入っている。
「最近手にいれたんだヨ。思った以上に美味しいんだ」
そういって、マジックの指が一粒のキャンディを自分の口に押し込めた。
それから今度は、缶のふたを手にとって見せるように持ち上げる。
「どこかの王室の御用達かと思うだろう?ところがこれが、個人商店の物だったんだよ」
ふたには安っぽいシールが貼られている。意匠も何もあったものではない、機械的に商品名や製造元情報が知らない国の言葉で印刷されていた。
「…疲れているときには甘い物が一番、だし」
マジックは、飴玉を舌の上で転がすようにして、味を確かめる。
「お前にあげようと思ってね?」
背もたれに体重を預けた男は、久しぶりに会う息子を浅い笑顔で見上げた。
セリフはいつだって、シンタローに真意を問う。
けれどそれはどこまでが本気で、どこまでが揶揄なのか。
後者だとしても、シンタローにはそれを躱すだけの能力は無かった。
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お祝い
アオザワシンたろー
「うう~ん、うまく泡立たないよー」
「ハンドミキサーを使うにはコツがいるんだよ。貸してごらん」
「ねぇ父さん。これで本当にお兄ちゃん…シンタロー兄さんは喜んでくれるかな」
生クリームの入ったボウルを手渡しながら、キッチンでコタローが見上げるのはガンマ団元総帥で彼の実の父でもあるマジックだった。
ふたつの碧眼で見上げる少年に、マジックは笑顔で返した。
「もちろんだとも!シンタローはね、ああ見えて美味しいものが大好きなんだから」
一緒にケーキを作ってバースデープレゼントにしようと言い出したのはマジックだ。
コタローにとって、ケーキというのは食べるものであって作るものではない。ましてやシンタローときたらパティシエ並みの腕前なので、その人相手にケーキのプレゼントだなんてちょっと勇気がいるではないか。
『パパと一緒なら絶対大丈夫!』
悔しいけれど、マジックの言い分は一理あった。
クッキングに関しては彼がシンタローの師匠だったから、慣れないコタローの腕を補うには十分だったし、シンタローの口に入るものを作る情熱は傍からみても間違いようがない。
グンマとキンタローが二人でなにやら計画しているので、コタローとしても父とタッグを組むのはやぶさかではなかった。
どんなプレゼントでも、きっとあの兄は喜ぶだろう。
それが手作りだったら、興奮してちょっとスゴイことになってしまうかもしれない。
そう考えると、ケーキ作りは素敵なアイデアだと思った。
今日、どうしてもはずせない会談で外出しているシンタローが戻ってきたら、ケーキを囲んで家族でパーティをするのだ。
「ほら、こうしてミキサーの刃を回すようにするんだよ」
今さっき、コタローが悪戦苦闘していたボウルの中身が、にわかに形を変えてゆく。
まるで魔法のようだ。
「うわぁ、さっきまでミルクみたいだったのに、どんどんクリームになっていくよ!」
「さぁ、そこのバニラエッセンスを数滴入れてくれるかい」
「うん!…バニラ?ブランデーじゃないの?」
香り付けなら洋酒の方が大人っぽい気がする。けれどマジックは、バニラと繰り返した。
嫌いかい?と問われて首を振る。
むしろ大好きだ。
ブラウンの雫は、あっというまにクリームに混ざって見えなくなる。
「いい匂い。美味しそう」
スポンジなら、とうにスライスして冷ましてある。ちょっと硬くなったのは愛嬌で許してもらおうと思う。
「コタロー、ケーキ台に乗せて」
業務用オーブンで焼いたスポンジは、直径が十五インチもある特大円型だ。
パーティの時は四角いケーキを用意するほうが切り分けるときに楽だけれど、丸いほうがシンタローの好みなのだという。
そんな、細かな趣味までいちいち知っていることに少し嫉妬しないでもないけれど。
「さぁ、間にフルーツを挟もう」
クリームを塗った下生地にあらかじめ切り分けたベリー類を並べてゆくのはコタローの仕事だ。
「うーんと載せてもいい?」
「コタローの好きなだけ!」
あれもこれもと選んだフルーツはぎっしりと敷き詰められる。更にクリームを塗ってスポンジを重ねる。
マジックが手際よく整える全体は滑らかで、いささかの凹凸もない。
「うわぁ、上手」
「さぁ、ここからはもっと張り切って」
絞り袋に入れられた、固めに練られたクリーム。口金は星型で、搾り出すと溝が綺麗な線をつくる、デコレートの基本タイプだった。
「うわ!、っとと、うう」
力を入れすぎてクリームが一箇所に固まってとぐろを巻きそうになったり、手を動かすのが早すぎて、ラインが切れてしまったりした。
なかなか頭の中で思い描いたような美しい仕上がりにならない。
「う~…」
「やり直すかい?」
「やり直せるの?」
こうやってね、とマジックがへらのようなものでケーキの表面をさっと撫で付けると、無骨なクリームの塊が切り取られ、再び絞り袋へ戻された。そして歪になった表面を滑らかに整える。
「すごーい」
「ほら、もう一回」
「うん!」
粘土細工だってこんなに難しくないと思う。
コタローは四苦八苦して丸くケーキを縁取ると、イチゴを乗せるためのクリームの土台を搾り出した。結局その台はイチゴに潰されすぎて台なのかクリームの搾り出しミスなのかわからなくなってしまったが、コタローは満足だった。
口金の種類を細口に変えて、中央の広いスペースにメッセージを書いたら完成だ。
「早く帰ってこないかな」
これを見て、ありがとうといってくれる笑顔が見たい。
パーティ会場というのは、マジックの部屋である。
広いということと、続きにキッチンが備え付けられているというのがその理由だ。
コタローとマジックがキッチンで戦っているあいだ、グンマとキンタローは部屋になにやら冷蔵庫のような装置を持ち込み、いくつものコードを繋いでいた。
コタローが部屋へ出てきたときには、室内はSFとファンタジーとミリタリーが混ざったような装飾に彩られ、ライトアップされていた。
グンマの手元にはリモコンがあって、それを操作すると部屋を這うコードが繋ぐ機械同士がいろいろ動くらしい。
「こっちはこっちで、なんともいいようのないプレゼントだね…」
思わず呟いてしまった言葉を、キンタローが拾った。
「いいかコタロー。この発明の真価はパーティではっきりする。この真価は…」
「わかった、わかったってば!楽しみだね!」
コタローは先日の、グンマとキンタローの共同誕生日会を思い出した。シンタローはキンタローに、得意なもので勝負だと言って大量の手料理を振舞った。キンタローはそれに対抗して、得意分野の発明に力を注いだらしい。
彼の誕生日は隔年毎にグンマとシンタローの日程を渡り歩くことになっている。それでいいのかとも思うが、本人が気に入っているのだからしかたがない。
今年のように、シンタローと日程がずれる年は、毎回張り切って発明をするのだとマジックに聞いた。
「いけない、お仕事しなくっちゃ」
コタローはマジックが作る料理の数々を盛り付けたり運んだりという作業に戻るため、キッチンへ戻った。
もうすぐ日も落ちる。
早くしないとシンタローが帰ってきてしまうからだ。
連絡は、同行秘書からだった。
エンジントラブルで軍艦が立ち往生しているという。
修理は可能だか、帰港は深夜になる見込みだというのだ。
「ええ~~~」
イヤだイヤだとごねても仕方がない。
シンタローは帰ってこないのだ。
それでも思わずコタローの頬は膨れた。
せっかくのケーキ、見てもらいたかったのに。
「みんな、おなかがすいたろう?席につきなさい」
「おとーさま」
「プレゼントは明日渡せるだろう。それより、せっかくの料理に手をつけなかったなんて知ったら、それこそシンタローは悲しむよ」
現場で先頭になって修理に取り組んでいるという若総帥の姿が眼に浮かんだ。
「小型機とか積んでなかったの?」
シンタローだけでも、先に帰ってくれればいいのに。
不平をもらすコタローの肩をマジックが慰めるように抱いた。
「お前の兄は、航行不能状態の船に部下だけ残して出てくるような男ではないよ」
帰ってきたいのだ、シンタローだって。
けれど、我慢している。
だから。
「…うん」
少しだけ、我慢して待っていよう。
「じゃあケーキは明日ね?」
「そうだね」
話がまとまると、グンマがワインサーバーのサバ君四号のスイッチを入れた。
バスケットボールほどの大きさのロボットは、器用にワインを抱えてグラスに注いだ。
シンタローはいないけれど、シンタローへの乾杯で、ちょっとリッチなディナーが始まった。
ガンマ団の飛行場は、二十四時間三百六十五日営業中だ。
無論、夜間の飛行は極端に減るけれど、敵が多い団においては常にスクランブルをかけられる態勢は整っている。
シンタローを乗せた飛空艦の帰還を、夜勤部隊が敬礼して出迎えた。
日中と比べると、建物は静かだ。
一歩踏み入れれば防音壁の効果もあって、基地が稼動していることすら忘れてしまいそうな静寂。 本部棟から続く一族専用の居住スペースは、更にしんと静まりかえっていた。
足音を忍ばせる必要は無いのだが、シンタローはつい、踵を気にしながら歩いた。
キンタローとグンマの部屋を過ぎ、奥まったところにあるマジックの部屋へたどり着く。
すると、音もなく扉が開いた。
「…親父…」
扉の内側で、マジックが人差し指を縦にして唇に当てていた。
その手を返し、シンタローを招き入れる。
室内はいつも怪しげなぬいぐるみでいっぱいだが、今日は装置でいっぱいだった。それが間接照明だけに絞られた室内でいっそう怪しさを増している。
「お帰り、シンタロー」
ささやく様に声量を絞った言葉に、シンタローは安堵する。
きっとこちらのことは、マジックはうまくやりおおせてくれたのだろう。
見れば、テーブルには見たことの無いクロスがかけられていて、コーヒーカップが出したままだ。中央には花も飾ってあって、ここで皆が食事をしたことが窺えた。
「悪いな、遅くなった」
「仕方がないよ。そういうこともある。お腹は空いてないかい?」
「平気。艦で摂った」
それを聞くと、マジックはシンタローを手招きして、隣室へ誘導する。
「?」
「静かに、そっとね」
マジックの声は、小さくて内緒話をするかのようだ。
そこは、寝室だった。
あけた扉のふちに立って、中を指し示す。
シンタローが覗けば。
「コ…コタロー?」
マジックのベッドで弟が夢の中だった。思わず父に視線をやれば、弟を思いやってか、黙ったままだ。
それから再びそっと扉を閉めると、今度は居間を挟んで続くキッチンへ脚を運んだ。
スライド式の扉を閉めれば、話し声や明かりが寝室まで届くことはない。
「疲れただろう、座りなさい」
いたわるように、マジックが島テーブルの簡易椅子を勧めた。
シンタローは遠慮なく腰掛けると、入れてくれる紅茶を待った。
「お前が帰ってくるまで待つと言って聞かなくてね。キンタローたちが説得に当たってくれたんだが、逆に説得されてしまって引き上げたよ」
まさかいつまでもソファに寝かせておくわけにもいかないと、ベッドを譲ったのだという。
「そっか、待っててくれたのか…」
シンタローは扉の向こうに見た弟の寝顔に、思わず笑みが零れる。
「仕切りなおして、明日はケーキが待ってるからね。パパ&コタローの最高傑作だよ」
「…へ?」
アンド、コタロー…と言ったのか。
「コタローが作ったのか!」
思わず立ち上がるシンタローに、マジックはもう一度人差し指を立てた。
「あ、とと…」
反射的に口をつぐみ耳をすませたが、眠る子供には影響ないようだった。
「…コタローが…ケーキ…」
眼が自然に冷蔵庫にゆく。
「まだ見ちゃ駄目だよ?」
「わーってるよ」
そういいつつも、冷蔵庫を凝視してしまうシンタローだ。
あの中に、眼の中に入れても痛くない最愛の弟が作ったケーキが入っているのだ!
「パパも一緒に作ったんだけど」
シンタローの考えなどお見通しといわんばかりのタイミングでマジックが主張した。
そういいながら、差し出す薔薇茶。
シンタローはいそいそと、でもたいそう嬉しそうにカップを手にした。
「そっかぁ、コタローがケーキを…」
マジックの言葉が耳に入らないのか、シンタローはうっとりときらめくようなカップの表を眺め、口をつけた。
美味しい。
温かくて、ほっとする。
しかもコタローがケーキを作ってくれたのだ。気分は最高だった。
「まったく、お前というコは…」
マジックは咄嗟に鼻をつまんだ。
わが子ながら、どうしてこういくつになっても可愛いのだろう。
こんなふうに無防備に、にこにこしながらお茶を飲む子が総帥だなんて、世界が知ったら天地がひっくり返るのではないかとさえ思う。
「…んだよ」
マジックが見つめているのに気がついて、シンタローは慌てて口をへの字に曲げた。睨んだつもりだが、逆効果だったようで、マジックが飛びついてきた。
「お誕生日おめでとうシンちゃん!」
「でけぇ声だすな!コタローが起きるッ」
「ああもうどうしてこんなに可愛いんだい」
「抱きつくな、グリグリすんな、零れるだろッ」
小さい声で反論しつつ、シンタローが肘でマジックをけん制する。
「今のシンちゃんを見られただけでも、パパ頑張ったかいがあったよ」
お茶を零さないように、マジックの手がシンタローの手に添えられる。
「お代わりあげるね」
そっとカップをはずしてテーブルに置くと、ポットからまだ湯気のたつ茶を追加した。
あっさりと手をひいたマジックに、シンタローとしてはこれ以上怒鳴りつける理由がなくて、口をつぐんだまま注がれる茶を見つめた。
コタローと、ケーキを作ったというマジック。
その光景を想像すると、どうにも顔がしまりなくなってしまう。
「シンちゃん?」
どんな顔をして作ったのだろう。正しく親子な彼らが二人してキッチンに立つなんて、まるで夢のような光景だ。
しかも、それはシンタローのためなのだ。
嬉しすぎてどうにかなりそうだった。
思わず手で顔を半分隠した。どうしても笑ってしまうのだ。
「…お前が喜んでくれてよかった」
「…」
「誤解するんじゃないよ。コタローと一緒にクッキングしたかったのも本当さ。でも、それをお前が喜んでくれることも、わかっていたからね」
コタローからのプレゼントは、マジックからのプレゼントでもある。
そのダイナマイト級の、けれど単純な仕掛けに、シンタローはぐうの音も出ない。
嬉しくて心臓が踊っているみたいだった。
あまりにも見透かされて、負け惜しみのようにシンタローは睨みつけた。
「…その姿をビデオにとってあんだろうな…ッ」
「もちろんだよ…でも」
「でも?」
「だってパパ、まだシンちゃんにお礼言ってもらってないもん」
「お…礼って…」
見つめる青い瞳は、宝石より美しい。
「ほーら、パパありがとうは?」
美しいくせに、意地悪なのだ。
「な…」
テープはお礼と引き換えだと笑う。
「ううう…」
感謝はしている。礼だって、言うつもりはあった。
けれどこんなふうに迫られると言えなくなってしまうのがシンタローだった。
結果として見事に顔が『カ~ッ』と赤くなった。
「シンちゃん可愛い~~!」
「ぎゃ、だから抱きつくな!グリグリすんな!ちゅーすんなぁ!」
この騒ぎでコタローが眼を覚ましていたかどうかは、また別のお話。
おわるん…。
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誓い
アオザワシンたろー
「あと、どんだけ俺に内緒にしてることあるの」
重心を前に、ソファに座ったシンタローの台詞は、詰問調ではなかった。
だが伏せられた顔だとか、動揺を隠してか、まったく変わらない声の調子だとかには、はぐらかすことが許されない切実さが滲んでいた。
向かいのソファに座るマジックは、いたたまれなさに目を逸らしたくもあったが、息子を煙に巻くことはしたくないと思った。
たとえ、伝える事実が彼の心を酷く傷つけてしまうのだとしても。
「シンタロー」
一族のものとは異なる黒髪が、若き総帥の肩を流れた。マジックはそちらに手を伸ばそうとしてためらった。
シンタローが嫌っていて、マジックが気に入っている、赤と青の確執の象徴たる色だ。
「…母さんが」
シンタローが伏せたまま呟き、言葉を切り、言い直した。
「…女親が…、居ないっていうのは、わかった。それはもういい。もともと…俺に親は居ないんだし」
マジックは思わず拳を握り締めた。
シンタローが母についての真実を知ってしまったのはささいな偶然からだったが、マジックはこれまで、細心の注意を払い、そんな偶然を退けていた。今になって表面化したのは、罰を受けているような気がした。
だがシンタローまでも、その罰を受けねばならないことが心苦しい。
「シンタロー」
「いいんだ、そんなことはもう」
まるで自分に言い聞かせているようだった。寂しい強がりだと、一言で言ってしまうのは簡単だ。こんなシンタローを、マジックは昔から時々目にしていたように思う。
そのときは気づかなかったけれど、こうして諦めることで、受け入れがたい現実に晒される心を守ってきたのだろう。
「他にはないのか」
シンタローが顔を上げた。
責めるでなく、悲しむでもない。ただひたむきな眼差しにマジックは思わず息をつめた。
「俺に隠してること、他には」
シンタローが生まれて、マジックが作り上げた箱庭には、シンタローにとって有害と判断されるものは何もなかった。シンタローが見るもの全て、触れるもの全てがマジックによって許可され、用意された。
家族の肖像もそのひとつだ。
一族の特徴をまったく持たなかったがゆえにより多く用意されたシンタローのための虚構。
「なんで…黙ってんだよ」
顔を上げたシンタローと対照的に、マジックは顔を伏せた。
シンタローのために用意した世界が、全て崩壊した。
一体これからどうやって、守っていったらいいのだろう。
「何か言えよ」
何を言えばいいのか。
シンタローの正体がなんであれ、マジックはすでに受け入れているし、そもそもが出来損ないと貶められた息子なのだ。他の兄弟たちのように、冷徹に事実を受け入れることができる頭脳を持たないからこそ、用意した箱庭。
実際は、用意などせずとも、最初からシンタローの周囲には虚構しかなかったのだけれど、それを、今更突きつけてしまうことが苦しい。
「…ったぁく!」
シンタローが吐き捨てるようにして、勢いよく立ち上がった。
「何、みっともねぇ顔してんだよ」
明らかな叱責に、けれど明るい調子に、マジックは弾かれて顔を上げた。
「シンタロー?」
相変わらずの仏頂面だ。
腰に手をあて仁王立ちで父親を見下ろしている態度は、お世辞にも礼儀正しいとはいえない。だがとても、シンタローらしかった。
「もしかして、どれが嘘だかわかんなくなってんだろうが!あーヤダヤダ、あんたのせいで俺がどれだけ常識を疑われたと思ってんだ」
気のせいか、にやりと笑ったように見えた。
「シンちゃん」
「あー、それもだぞ」
シンタローが、マジックを真正面から指差した。
「いつまでも、ちゃん付けしてんじゃねぇよ。どこの世界に大人になった息子をちゃん付けする親がいるんだ」
真顔で文句を言っている姿に、さっきまでの寂しそうな雰囲気はなかった。
我が子ながら、この打たれ強さはどうだろう。
弱いからこそ、嘘でかためた要塞で守らなければならないと思っていた。強さを身につけさせなければならないと思っていた。
しかし、シンタローは立派に立っている。
「…シンちゃん」
マジックは思わずその姿に見ほれた。
小さいと思っていた子供は、いつのまにか大人になっていたということか。
「そうだね…。でも、シンちゃんはパパの子なんだから、パパが『シンちゃん』て呼ぶのはおかしくないよ?」
「おかしいんだよ!」
「どうして」
「おかしいもんはおかしいの!それが常識ってもんなの。そうだろ !? 」
まくし立て、肩で息をするその剣幕に、マジックは思わず笑みを零した。
「別にこれは、シンちゃんに嘘を言ってるつもりはないんだけどね」
「じゃああんたが非常識っていうことだ!」
「…ガンマ団では私が常識だよ?」
「だからその発言がもう非常識なんだろうが」
もういい、とばかりにシンタローがくるりと背を向けた。だが出て行こうとするより早く、マジックはその手を掴むことに成功する。
「んだよ」
まるで、すねているような尖った唇。
「ごめんね」
するりと言葉がでた。
「…んだよ」
シンタローが警戒して、眉間に皺を寄せた。
「ママが居なくて」
掴んだ腕が、ぴくりと震えた。
「そ…そんなの、もういいって、いっただろ」
身を引いて逃れようとするので、マジックは追いすがるようにして離さなかった。
結局のところ、マジックには昔も今も、できることはたった一つなのだ。
「パパはずっとお前の側にいるから」
「…な…」
「嬉しい?」
「はぁ !? 」
「シンちゃん可愛い」
「ぎゃ!突然抱きつくな!」
抗議の声があがっても、蹴りはこなかった。
ずっと大事に抱きしめてきた子だ。後になって、血のつながりがないだの、人じゃないだのという横槍は入ったけれど、確かにマジックが庇護し、愛してきた息子だった。
だからこそ、隠してきた真実も、許されたのだと思いたい。
「愛してるよシンちゃん」
「だからちゃん付けすんな!」
苦しめてしまったから、こうやって抱いてあげよう。
シンタローの傷口を、こうやって癒してあげよう。
マジックが抱きしめる腕に力を込めると、シンタローはいよいよ必死になったけれど、やがて暑苦しいと吐き捨ててぐったりとなった。
腕の輪の中で、安堵する小さな子供が見える。
これからもこの子は、幾度となく傷つくのかもしれない。
けれどこの腕を、離さないとマジックは誓う。
END
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アオザワシンたろー
「あと、どんだけ俺に内緒にしてることあるの」
重心を前に、ソファに座ったシンタローの台詞は、詰問調ではなかった。
だが伏せられた顔だとか、動揺を隠してか、まったく変わらない声の調子だとかには、はぐらかすことが許されない切実さが滲んでいた。
向かいのソファに座るマジックは、いたたまれなさに目を逸らしたくもあったが、息子を煙に巻くことはしたくないと思った。
たとえ、伝える事実が彼の心を酷く傷つけてしまうのだとしても。
「シンタロー」
一族のものとは異なる黒髪が、若き総帥の肩を流れた。マジックはそちらに手を伸ばそうとしてためらった。
シンタローが嫌っていて、マジックが気に入っている、赤と青の確執の象徴たる色だ。
「…母さんが」
シンタローが伏せたまま呟き、言葉を切り、言い直した。
「…女親が…、居ないっていうのは、わかった。それはもういい。もともと…俺に親は居ないんだし」
マジックは思わず拳を握り締めた。
シンタローが母についての真実を知ってしまったのはささいな偶然からだったが、マジックはこれまで、細心の注意を払い、そんな偶然を退けていた。今になって表面化したのは、罰を受けているような気がした。
だがシンタローまでも、その罰を受けねばならないことが心苦しい。
「シンタロー」
「いいんだ、そんなことはもう」
まるで自分に言い聞かせているようだった。寂しい強がりだと、一言で言ってしまうのは簡単だ。こんなシンタローを、マジックは昔から時々目にしていたように思う。
そのときは気づかなかったけれど、こうして諦めることで、受け入れがたい現実に晒される心を守ってきたのだろう。
「他にはないのか」
シンタローが顔を上げた。
責めるでなく、悲しむでもない。ただひたむきな眼差しにマジックは思わず息をつめた。
「俺に隠してること、他には」
シンタローが生まれて、マジックが作り上げた箱庭には、シンタローにとって有害と判断されるものは何もなかった。シンタローが見るもの全て、触れるもの全てがマジックによって許可され、用意された。
家族の肖像もそのひとつだ。
一族の特徴をまったく持たなかったがゆえにより多く用意されたシンタローのための虚構。
「なんで…黙ってんだよ」
顔を上げたシンタローと対照的に、マジックは顔を伏せた。
シンタローのために用意した世界が、全て崩壊した。
一体これからどうやって、守っていったらいいのだろう。
「何か言えよ」
何を言えばいいのか。
シンタローの正体がなんであれ、マジックはすでに受け入れているし、そもそもが出来損ないと貶められた息子なのだ。他の兄弟たちのように、冷徹に事実を受け入れることができる頭脳を持たないからこそ、用意した箱庭。
実際は、用意などせずとも、最初からシンタローの周囲には虚構しかなかったのだけれど、それを、今更突きつけてしまうことが苦しい。
「…ったぁく!」
シンタローが吐き捨てるようにして、勢いよく立ち上がった。
「何、みっともねぇ顔してんだよ」
明らかな叱責に、けれど明るい調子に、マジックは弾かれて顔を上げた。
「シンタロー?」
相変わらずの仏頂面だ。
腰に手をあて仁王立ちで父親を見下ろしている態度は、お世辞にも礼儀正しいとはいえない。だがとても、シンタローらしかった。
「もしかして、どれが嘘だかわかんなくなってんだろうが!あーヤダヤダ、あんたのせいで俺がどれだけ常識を疑われたと思ってんだ」
気のせいか、にやりと笑ったように見えた。
「シンちゃん」
「あー、それもだぞ」
シンタローが、マジックを真正面から指差した。
「いつまでも、ちゃん付けしてんじゃねぇよ。どこの世界に大人になった息子をちゃん付けする親がいるんだ」
真顔で文句を言っている姿に、さっきまでの寂しそうな雰囲気はなかった。
我が子ながら、この打たれ強さはどうだろう。
弱いからこそ、嘘でかためた要塞で守らなければならないと思っていた。強さを身につけさせなければならないと思っていた。
しかし、シンタローは立派に立っている。
「…シンちゃん」
マジックは思わずその姿に見ほれた。
小さいと思っていた子供は、いつのまにか大人になっていたということか。
「そうだね…。でも、シンちゃんはパパの子なんだから、パパが『シンちゃん』て呼ぶのはおかしくないよ?」
「おかしいんだよ!」
「どうして」
「おかしいもんはおかしいの!それが常識ってもんなの。そうだろ !? 」
まくし立て、肩で息をするその剣幕に、マジックは思わず笑みを零した。
「別にこれは、シンちゃんに嘘を言ってるつもりはないんだけどね」
「じゃああんたが非常識っていうことだ!」
「…ガンマ団では私が常識だよ?」
「だからその発言がもう非常識なんだろうが」
もういい、とばかりにシンタローがくるりと背を向けた。だが出て行こうとするより早く、マジックはその手を掴むことに成功する。
「んだよ」
まるで、すねているような尖った唇。
「ごめんね」
するりと言葉がでた。
「…んだよ」
シンタローが警戒して、眉間に皺を寄せた。
「ママが居なくて」
掴んだ腕が、ぴくりと震えた。
「そ…そんなの、もういいって、いっただろ」
身を引いて逃れようとするので、マジックは追いすがるようにして離さなかった。
結局のところ、マジックには昔も今も、できることはたった一つなのだ。
「パパはずっとお前の側にいるから」
「…な…」
「嬉しい?」
「はぁ !? 」
「シンちゃん可愛い」
「ぎゃ!突然抱きつくな!」
抗議の声があがっても、蹴りはこなかった。
ずっと大事に抱きしめてきた子だ。後になって、血のつながりがないだの、人じゃないだのという横槍は入ったけれど、確かにマジックが庇護し、愛してきた息子だった。
だからこそ、隠してきた真実も、許されたのだと思いたい。
「愛してるよシンちゃん」
「だからちゃん付けすんな!」
苦しめてしまったから、こうやって抱いてあげよう。
シンタローの傷口を、こうやって癒してあげよう。
マジックが抱きしめる腕に力を込めると、シンタローはいよいよ必死になったけれど、やがて暑苦しいと吐き捨ててぐったりとなった。
腕の輪の中で、安堵する小さな子供が見える。
これからもこの子は、幾度となく傷つくのかもしれない。
けれどこの腕を、離さないとマジックは誓う。
END
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(小ネタ*マジシン1)
誰かを好きになるという事は
誰かのものになりたい、
誰かを自分のものにしたい。
と、同意義だと思う。
独占されたくて
独占したい。
キスされたくて
キスしたい。
押し倒したくて
押し倒されたい。
して欲しい事
したい事が全部一緒なんだ。
だからさ、
オレもアンタに甘えようと頑張ってるんだよ。
一応。
(甘えられるの、嫌いじゃないんだ)
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(小ネタ*マジシン2)
‘年下の彼を落とす100の方法’
と言う本を買った。
今時の子の感覚はよく解からないなぁ、なんて思いながら
ひとまず全部暗記しておこう、と目を通していたら
シンタローに見つかり
案の定屑篭に突っ込まれてしまった。
あ~あ、まだちょっとしか読んでないのに。
と、わざとらしく残念がってみたら
アンタ、もう、必要ないだろ。
なんて言われてしまった。
随分可愛い口説き文句言うねシンタロー。
パパ、ドキドキしちゃいました。
--------------------------------------------------------------------------------
(小ネタ*マジシン3)
オレはまだ若いし(多分)
結構何でもできるし背も高いし
顔だってイイ線いってる方だから
その気になれば
相手なんてよりどりみどりだと思う。
アイツは馬鹿だし変態だし時々ワケわかんねー事言うし
駄々は捏ねるしワガママだし嫌味だし大人ぶってるけど子供だし
欠点ばっかり目についてイライラするから
マジックに比べればどんなヤツでも人間ができてるように見える。
だけど
あの馬鹿より馬鹿なヤツなんてもう絶対に出てこねーだろうから
オレはアイツで良いんだ。
--------------------------------------------------------------------------------
(小ネタ*マジシン)
怖い夢を見た。
白いタキシードを着て可愛い花嫁を連れて教会の真ん中を歩いて
神父の前で愛を誓うシンタローを
私は無理やり攫ってヘリで逃走して
そのヘリコプターの中でシンタローにプロポーズしていた。
シンちゃんはやっぱり凄い剣幕で怒ってたけど、私は泣いてた。
夢じゃなかったらどうしようかと思っちゃった☆
と言ったら、
「アンタ、本気でやりそうでシャレになんねぇんだよ」
と、シンタローはとても青ざめていた。
ンもー!やだなぁシンちゃん。
もしもそうなったら、
・・・もちろん本気でやるよ。
--------------------------------------------------------------------------------
(小ネタ*マジシン2)
アンタが、今、オレを好きなのと同じ位に
昔誰かを好きだったなんて
そんな事絶対に考えたくないのに
どうしても考えてしまう。
比べられてるんじゃないかって、
そんな事ばっかり。
嫌だ、嫌だ、嫌だよ。
オレを好きじゃなきゃアンタじゃないのに
別のアンタが、過去にいるって
それだけで
心が張り裂けそうになる。
オレの事が一番じゃないアンタなんて、
いらない。
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(小ネタ*パパとシンちゃんと、おにーチャンと:1)
「若い頃の自分と息子と一緒に御対面~~って何だかドラマみたいだねぇ!」
「同一人物とはとても思えねぇけどな・・・
アンタこのまんまで育ってくれりゃあ良かったのに。」
「シンタローは未来の僕の息子なのか?」
「色々と面倒くせェ事情があるんだが、
それは省くとして・・・そう、オレはお前の未来の息子だよ。」
「・・・・。」
「どうした?」
「あ・いや、残念だなぁと・・・。
もしシンタローが他人だったらきっと僕は好きになっていたのに。」
「・・・・・・。」
「?ごめんなさい。
まだ日本語を完璧にはマスターしていないから
もしかしたらおかしな事を言っている?
シンタロー、気を悪くした?」
「シンちゃん。言っとくけどパパって男は昔っから黒髪の日本人に弱かったから
このまま成長しても絶対パパ、シンちゃんに手ェ出してると思うよ?」
「そこは自慢げに言う所じゃねぇ・・・!」
--------------------------------------------------------------------------------
(小ネタ*パパとシンちゃんと、おにーチャンと:2)
「しかし見事に良い所のお坊ちゃん~って感じだな。」
「実際良い所のお坊ちゃんだからね。
それよりもどう!?若い頃のパパは!
シンちゃん好みの金髪美少年だろう?」
「こっちの方が良いなオレ。」
「本当?!シンタロー」
「いや、本当?!シンタローじゃなくてさ!
何で何で何でー!?
こんな人生の酸いも甘いも知らないような
子供よりテクニシャンでお金持ちでたくまし~い
パパの方がシンちゃんを満足させてあげられるよ!?」
「汚れきったオッサンよりも穢れを知らない美少年を
大事にすべきだとオレは思う。」
「シンタロー、有難う!凄く嬉しいよ!」
「じ・・・自分に嫉妬するって何かヤだなぁ・・・」
--------------------------------------------------------------------------------
(小ネタ*パパとシンちゃんと、おにーチャンと:3)
「じゃあ、親父の事はいつも通り‘親父’って呼ぶことにして
お前の事は何て呼びゃー良いんだろうな・・・」
「僕の名前、マジックって言うんだ。」
「 うんソレは知ってるんですけどね?
・・・やっぱ無難に‘マジック君’、か・・・」
「今パパ心臓キュンってなったよ・・・。
もう1回言ってシンちゃん。」
「お前じゃなくてマジック君に言ってんだよ。」
「利くなァコレ!
シンちゃんパパの事これからそう呼ぶ?」
「あ、それなら僕の事はパパって呼んでくれて良いよ?シンタロー」
「もー何が何だか。」
--------------------------------------------------------------------------------
(小ネタ*パパとシンちゃんと、おにーチャンと:4)
「未来の僕は、シンタローに手を出してるのか・・・。
親子なのに?」
「親子なのに?
ほら、言われてるぜ。
何か言ってみたらどーだ?」
「愛し合う二人には年齢だとか血縁だとかそんな物は何の障害にもならないんだ。
わかったかな?」
「愛し合ってるのか・・・」
「そう愛し合ってる。
身も心もそれは深く愛し合って
お互いの背中のホクロの位置まで覚えちゃう程に。」
「アンタ背中にホクロなんかねぇだろうがッツ!!?
ガキに何て事吹き込んでやがる!」
「今私がどーゆー事言ってるか意味解かった?」
「え?え?えぇっと・・・??
二人は一緒にお風呂に入ってるって事??」
「ん~~~~~~
それもたまにしてるけどニュアンスがちょーっと違うかな。」
「おーまーえーなぁ・・・ッ」
「え、どーゆー事??教えて、シンタロー」
「おし・・・教えられるか馬鹿ッツ!!!」
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(小ネタ*パパとシンちゃんと、おにーチャンと:5)
「じゃあそろそろ私達は未来に帰るとゆー事で・・・
あーっと。そこの過去の私。」
「?何だ。」
「ベッドの下にエロ本隠すと後々面倒な事になるから
隠すなら本棚の裏だ。くれぐれも注意するんだよ。」
「・・・面倒な事になったのか・・・。」
「ルーザーが引っ張り出して来てね。
今の私にとっちゃあ可愛い思い出なんだけど
当時の私は泣くほど恥ずかしかった記憶がある。」
「エロ本なんて読まないよ僕は。」
『それはない。』
「今は読まなくとも将来必ず読むんだ。
良いかい?これは過去の私のために言ってるんだ。
アドバイスなんだよ。
隠すんだったらベッドの下以外にするんだ。」
「そうだぞ?
お前自分はそんな事しないなんて甘い甘い。
ぜってー抑えられなくなるって。
そして見つかった時の屈辱感ってのは相当なもんだ。
とにかくだ、」
『ベッドの下は絶対見つかる。』
「二人とも初めて息が合ったね・・・・。」
**おしまい**
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web拍手ログ。
いつもは残さず消してしまうのですがマジシンシリーズだけ残す事にしました。
マジシンもおにーチャンも、とっても大好きです。
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