「シ、シンタローはーん!これ、どないなことでっか!?」
管理人に手伝ってもらって大荷物を抱え、部屋に戻った後アラシヤマがシンタローに詰め寄ると、シンタローはアッサリと言った。
「あ?俺、馬鹿な漫画オタク共のせいで今だけ女になってるんだわ。お前、この前ガンマ団に『女性パートナー急募』って申請出したダロ?普通ならたぶん却下なんだけど、ちょうどよかったから俺が来たわけ。久々に少人数の任務にも出たかったしナ」
「・・・そうなんどすか。まぁ、何にしろ、シンタローはんと任務ができるのは嬉しおす」
アラシヤマは、色々と疑問があったが、今日一日あったことで頭が許容量オーバーになっていたようでそれ以上深く考えることを放棄した。
「ところで、お前よォ、さっきみたいに初対面の女にいつも抱きついたりしてるのか?」
シンタローは、どことなく不機嫌そうにそう聞いた。
「誤解どすえ~!!そんなわけあらしまへんやろ!!あれは、シンタローはんやからそうしたんどす。だいたい、わては最初、あんさんが女になってはるやなんて全然気づきまへんでしたし」
それを聞いたシンタローは、(本人は否定するであろうが)少し機嫌が直ったようであった。
「それにしても、なんで気づかねんだよ。普通分かるもんだろ?」
「だ、だって、遠くからどしたし、あんさんが休日の時着てはる服と同じの着とりましたし・・・」
「まァ、いいか。それにしても茶ぐらい出せよナ。何かねぇのかヨ」
シンタローは、立ち上がると物珍しげにキョロキョロと辺りを見回し、勝手に冷蔵庫の扉を開けた。
「何で、何も入ってねェんだよ!!」
「男の1人暮らしなんてこんなもんでっしゃろ。作るの面倒ですし」
「・・・今から買い物に行くゾ!!」
「へぇ。(あぁー。わてら新婚さんみたいどす~♪)」
2人は買い物に出かけた。
夕方、(いろいろとあった)買い物から帰ってきた2人であるが、シンタローが晩ご飯を作っていた。
アラシヤマは手伝おうとしたのだが断られ、結局座って、テキパキと働くシンタローの後ろ姿をボーっと見ながら幸福に浸っていた。
(シンタローはん、可愛いおすなぁ。男でも女でも、あんなに可愛ええ人はおりまへんやろ。今回、この任務を引き受けてよかったどす!!作戦②も一応出しといてほんまに良かったどすなぁ。ん?ちょっと待っておくんなはれ。・・・確かわてが立てた作戦②の内容は「色仕掛け」どしたな。となると、シンタローはんが色仕掛け?それはあきまへんやろ!!任務成功率は高そうどすが、わてが許せまへん!)
アラシヤマは急に立ち上がり、シンタローの背後に立った。
「シンタローはん」
「あァ?何だよ」
料理に夢中のシンタローは振り返りもせず返事をした。
「今回の任務、やっぱり止めてくれまへんやろか。わて、例え“フリ”でも、あんさんが他人に色仕掛けしはるのを見るのは嫌なんどす」
「あに言ってんだ?そもそも、お前が立てた作戦だろーが。それを評価したから俺が来たんだぜ?俺も嫌だけど、親父が連れてきた嫌味なババァに1日中マナーとか散々しごかれたんだ。今更計画の変更は認められねぇナ。それに、色仕掛けって言っても、とりあえずボスの部屋まで行くだけだから、その後はなんとでもなるだろ」
「・・・シンタローはんは、全然分かっておまへんなぁ」
そう低く呟くと、アラシヤマは背を向けていたシンタローの体を捕らえて前を向かせ、顎を掴んで無理やり顔を上げさせた。
「・・・離せよ」
シンタローはギッとアラシヤマを睨みつけている。
「あんさん、今は女なんでっせ?ホラ、わてのこと振りほどけまへんでっしゃろ。あんさんがいくら強いいうても女の身では限界があります。万が一押さえ込まれでもしたら眼魔砲も撃てまへんしな。あんさんの認識は甘いんとちがいますか?」
「何でお前にそんなこと言われなくちゃなんねェんだよ。離せよ、変態」
そう言って、シンタローはますます強くアラシヤマを睨んだ。
「・・・そんなに睨みはっても、可愛ええだけで全然怖うおまへんえ?それとも、わてのこと挑発しはってますの?」
「んなわけねェだろ!この勘違い野郎!!3秒以内に離さねぇと、給料無しにすっからな!」
シンタローが、そう怒鳴ってもアラシヤマには全然堪えた様子はない。
「あぁ、ほんまにシンタローはんは可愛いおすなぁ・・・。キスしてもええどすか?」
「オイ、コラ、テメェ人の話聞いてんのかよ!?あっ、何、やめ・・・」
アラシヤマは、片手をシンタローの後頭部に回すと、シンタローの顔を引き寄せ口付けた。
しばらく影は1つに重なりあっていたが、不意にアラシヤマがシンタローから離れ、口元を拭った。
手には赤い血が付いている。
シンタローは無言でアラシヤマを睨んでいた。
血を見たアラシヤマは、少し笑うと、
「あんさんは、男でも女でもほんまにはねっかえりどすなぁ。まぁ、そういうとこが可愛いおすけど。その方が調教のし甲斐もありますしな」
そう言ってアラシヤマは、再びシンタローの顎を強く掴み、深く口付けた。
目を閉じたシンタローは、しばらくアラシヤマにされるがままになっていたが、不意にシンタローの目じりに涙が浮かんだ。
それを見たアラシヤマは、我に返った。
「シ、シンタローはん?何泣いてますの??泣かんといて。わて、あんさんに泣かれるとどないしてええかわかりまへんえ?」
アラシヤマはオロオロし、シンタローの涙を指で拭った。
鍋が吹き零れる音がし、そのこともまた2人を日常の空間に戻した。
アラシヤマは、慌ててシンタローから離れ、
「シ、シンタローはん、えらいすんまへん!!わて、つい、我慢ができへんようになってしまいましたわ。もう2度としませんさかい、許してくれまへんか?」
そう言って謝った。
シンタローはまだ少し呆然としていたようであったが、
「勝手にキスしといて今更謝んじゃねぇよ・・・」
と、小さい声で呟いた。
てっきり、眼魔砲を撃たれるか、殴られるかと思っていたアラシヤマは、吃驚し、
「えっ?もしかして、シンタローはん、それって、これからもキスしてもOKってことなんどすか??」
と、失言(・・・)してしまった。
「んなワケねェだろ!調子のんな!!あーっ!!肉ジャガが焦げちまったぜ。お前のせいだからな!責任もって全部食えヨ!!」
「へぇ。責任もって食べさせて頂きます・・・」
焦げた肉ジャガで、結局さっきの事件(?)は有耶無耶となった・・・。
――――夕食後――――
「・・・今回の作戦は何が何でも実行するから、お前、もうツベコベ言うなよナ!」
「へぇ。(やっぱり、大変心配で、本当は嫌どすが、これ以上さっきの話を蒸し返しますと色々と都合が悪いさかい)もう言いまヘん・・・」
さわやかな朝である。
目を覚ましたシンタローは、隣にいるはずのない人物がいるのに気がつき、一気に機嫌が最悪になった。
――――昨日の夜――――
「お前、俺の半径1メートル以内に近づくなよ!風呂とか着替えを覗いたら殺すぞ!!寝るときは当然あっちのソファーで寝ろ!!!」
「えぇー。そんな、殺生な!!何もしまへんから、せめて半径50センチにしておくれやす~。本来は男同士でっしゃろ、何も問題はないはずどす!!」
「・・・この野郎。お前、これっぽっちも信用がねぇんだヨ!!」
シンタローは眼魔砲を撃とうと思ったが、マンション退去時の敷金などのことを考えると眼魔砲は止め、アラシヤマに蹴りを入れるにとどめた。
「ひどうおす~!!シンタローはーん!!」
で、昨夜そんなやりとりがあったにも関わらず、何故かシンタローはアラシヤマに抱きしめられている状態で(ベッドのサイズはシングルなので狭い)、しかも、アラシヤマは暢気に寝ている。
非常にムカついたシンタローは、アラシヤマをベッドから蹴落とした。
「えっ?何が起こったんどす??地震どすか?」
「・・・何で、お前がここにいんだヨ?」
「あっ、シンタローはん。おはようさんどすvvv気がつきましたらここにおったんですわ。何故かはわてにもわかりまへん。世の中には不思議なこともあるもんどすなぁ・・・」
その返答にますますムカついたシンタローであったが、朝から口喧嘩をして気力を使い果たすのは嫌であったのでアラシヤマを一発殴るにとどめておいた。
「痛いどすえ~」
シンタローは不満気なアラシヤマを完全に無視し、朝食の準備をした。
午前中は、2人はホテルの見取り図を見ながら、これまでの経緯の説明や作戦の具体的な手順などを確認して過ごした。
「これで、お前も文句が付けられねぇダロ。あとはお前の実力にかかっているからナ」
「うーん。まぁ、そういうことどしたら、文句はいいまへん。大船に乗ったつもりで待ってておくんなはれvvv」
「泥舟じゃなかったらいいがナ」
「ひどうおす!!シンタローはんの身の安全が懸かっている時のわてにミスはありえまへんえ?」
「は~~~い、ハイハイ」
「今、本気で言ってましたのに、さらっと流さんといておくれやす~(泣)」
午後になると、2人はパーティーの支度を始めた。
「ババァによると、どうしても女の方が時間がかかるらしいから、お前の方から始めようぜ」
シンタローがアラシヤマに運んでこさせた大荷物の中にはアラシヤマの衣装も含まれていたらしい。
シンタローは、色々と衣装を取り出しながら必要なものをアラシヤマに渡した。
「正式な場では、蝶ネクタイらしいけど、今回はそんなに正式なもんでもないらしいから、ネクタイみたいだな。まァ、大学の若い講師は普通蝶ネクタイなんて持ってねェだろ」
「シンタローはーん。わて、ネクタイが結べまへん・・・」
「えッ?じゃあ、今までどうしてたんだヨ!?」
「ホラ、あの、パチッてとめるやつがありますやろ?あれ使っとりました」
「・・・しょーがねぇなぁ。ホラ、貸せよ。結んでやるから動くなヨ」
シンタローは、自分からアラシヤマに今までないくらい近づきネクタイを結び始めた。
一生懸命ネクタイを結んでいるシンタローの姿は非常にかわいく、アラシヤマの自制心の針は、すぐに振り切れた。
「シンタローはーん!!」
アラシヤマはシンタローに抱きつこうとしたが、ヒョイっと避けられ、たたらを踏んだ。
「そう何回も抱きつかれてたまるかヨ」
そう言ってイタズラが成功した子どものように笑うシンタローはとても可愛かったので、アラシヤマは「まぁ、いいか」と思った。
・・・さて、シンタローの着替えの番である。
当然、というか、もちろん、アラシヤマは部屋から追い出された。
アラシヤマはソファに座り、シンタローの着替えが終わるのをボーっと待っていた。
(シンタローはん、まだですやろか。今着替えはってるんどすなぁ・・・。そうや、シンタローはんは着替えはってるんどすえ!いつものわてやったら即、覗きに行くはずどす!!なんで気付かんかったんやろか!!!あっ、カメラ×2!)
アラシヤマは立ち上がり、シンタローが着替えている部屋の方へと急いだ。
アラシヤマがドアの前に立つと、不意にドアが開き、シンタローが顔を出した。
「・・・お前、なんで、こんなとこにいんだよ?」
そう言って、非常に疑わしそうな目でアラシヤマを見ている。
アラシヤマの背中を、冷や汗がダラダラと伝い落ちた。アラシヤマは愛想笑いをしながら、
「たっ、たまたま通りかかっただけどすえ~。あっ、ホラ!お手洗いに行こう思いまして」
と、言い訳をしたが、
「方向は逆じゃねェかヨ」
と、シンタローに一刀両断された。
「・・・まァ、今回のところは眼魔砲は無しにしといてやるよ。もう一回最初から支度しなおす時間も無いし。それよりも、お前を呼びに行こうと思ってたんだ。ほら、背中のボタン留めんの手伝え。俺じゃ、手が届かねーやつがあんだよ。ッたく、あのクソ親父、面倒くせェ服押し付けやがって・・・」
シンタローは両手で髪をまとめて前の方に持ち、後ろを向いた後しばらくブツブツ言っていたが、アラシヤマがやけに静かなのでアラシヤマの方を振り返って見上げると、アラシヤマは・・・、
―――――固まっていた。
どうやら、あまりにもありえない幸福状態に機能が停止したらしい。
シンタローは、アラシヤマの両頬を両手で掴むと、・・・思いっきり引っ張った。
「い、いひょうおみゃす!!(涙目)」
「(あッ、結構伸びるもんだナ。・・・おもしろいかも)やっと正気に戻ったか。言っておくが、変なことすっと殺すからな」
「こんな美味しい状況で、そないにいけずなこと言わはりますのん??そ、そんな殺生な・・・」
「時間がねェんだヨ。早くしろ!!」
「了解どす~」
アラシヤマがボタンを留め終わりシンタローの支度が終わると、アラシヤマはマジマジとシンタローの姿を見つめた。
「シンタローはん、綺麗どす・・・。やっぱりあんさんは男でも女でも赤が似合いますな」
あまりにもアラシヤマが真剣に言うので、シンタローは何か言おうとしたが反論する機会を失ったようで、顔を赤くしそっぽを向いた。
「シンタローは―――ん!!かわいおす~~!!!」
あまりのかわいさに、思わずアラシヤマがシンタローを抱きしめようとすると、シンタローはドレスのスリットからナイフを取り出し、アラシヤマに向かって至近距離から投げつけた。
「シ、シンタローはん??何どすかコレ?」
どうにかこうにか、ガンマ団№2の実力ギリギリで避けたアラシヤマが冷や汗を流しつつそう聞くと、
「仕込み武器。お前がツベコベ言うからワザワザ着けたんだぜ?小型の銃も付いてるけど、どっちかというとナイフのほうが使いやすいナ」
そう言って、シンタローは再びナイフを太腿に着けたベルトのケースに戻した。
「そうなんどすか・・・(色っぽうおますけど、危のうてわてが近づけませんやん!!まぁ、でも今からのことを考えるとあった方が正解どすな)」
「ホラ、車のキー。お前が運転しろヨ」
「普通車を運転するのは久しぶりどす~」
「オイオイ、大丈夫かよ・・・」
2人は駐車場へと向かった。
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