忍者ブログ
* admin *
[619]  [618]  [617]  [616]  [615]  [614]  [613]  [612]  [611]  [610]  [609
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

3
 
 翌日。部屋に戻って寝たのが遅かったといえども習慣づいた体はいつも通りの時間に目を覚ますもので、数時間しか寝ていないシンタローだったが割と早い時間に意識が覚醒した。気持ち的にはもう少し寝ていたかったのだが眠気を吹き飛ばすように勢い良く起き上がりベッドから降りる。アルコールのにおいが体に染みついているような気がしてそのままシャワールームへ向かった。
 昨日は二人揃って「その気にさせる」宣言をした後、軽口を叩きながら会話をしていたのだが、内容が仕事関係に少し触れるとそこから会話のやり取りがだんだん白熱してきて、最終的には半分くらい総帥と補佐官の顔に戻って話し込んだのであった。我に返ったときには日付が変わってから大分時が経過していて、慌てて部屋に戻ったシンタローだった。
 熱いお湯を浴びながら頭からしっかり洗い流すと残っていた眠気も一緒に流れ落ちていく。
 サッパリした気持ちで出てくると、濡れた髪をドライヤーで乾かしながら『そーいやキンタローが随分と触ってたな』と昨晩のやりとりを思い出した。何とはなしに己の真っ黒な髪を一房摘んで眺めてみると、少しだけ気恥ずかしくなる。昨晩は触れてくる手の心地良さに深くは考えなかったのだが、キンタローが自分の髪に触れてきたのは初めてなのだ。取っ組み合ったときにひっつかまれた記憶はあるのだが、指で優しく梳かれた記憶はない。
 シンタローの方はどうなのかと言えば、こうなる前からキンタローの髪に何度か触れたことがあったりする。自分が金色の髪に憧れていた過去があるのは相手も承知で、偶に触ったり眺めたりしても誰も他意があるとは思わない。勿論、本当に他意などなく、傍にグンマがいれば彼の長い髪を摘んでみることもある。幼い頃に「綺麗だ」と思い続けたものは、成長した今でも特別なものに見えるようだ。
 更に昨晩のやりとりを思い出すと、お互いに随分と変な宣言をしたもんだと思った。アルコールで酔った勢いというわけではないところがまたおかしい。勝負ではないのだからわざわざ口に出して言うようなことではないのだが、昨日の自分たちは本気で宣戦布告状態であった。それが今になると『何やってんだか』と笑えてくる。
『あんな真面目な顔して言うような台詞じゃねーよな』
 その時のキンタローの顔を思い出すと笑みが零れる。
『成功するまで仕掛けてくるってんだろ?相手が俺だったから言った台詞なんだろーけど…』
 自分も同じ様な宣言をしたのだから相手のことを笑える立場ではないのだが、同じ台詞を他で言おうものなら確実に相手から制裁を食らう羽目になるだろう。
「でも、まぁ楽しかったよな」
 ゆったりとした時間もあり、上下関係でもめたりもして、最終的には仕事の話で白熱したトークを展開することとなった二人だったが、時が過ぎるのを忘れて一緒にいられたのは楽しかった証拠だ。
「次はいつ時間がとれっかなぁー…」
 乾いた髪にざっと櫛を入れながらシンタローはぼやいた。そう簡単には自由な時間がとれないの残念に思いながら、鏡の前で簡単に身だしなみのチェックを入れる。
「これも毎朝面倒だな」
 そう言いつつも、しっかり支度を整えたシンタローだ。
 つやつやになるまで磨き上げる必要はないが、荒事専門と言えどもやはり巨大な組織のトップとなる者が、寝ぐせ全開で歩き回るわけにはいかない。上に立つ者としての威厳と礼儀を欠かない程度には外観を整えることも必要なのだ。毎朝面倒だと思いつつも、そこは人前に出るときの総帥としてのけじめで、どんな時でも疲れを見せずにはったりをかますためにも外見だけはきちんと整えるようにしている。急な来客もあれば、急に出かけることもあるのだ。もっとも、少しでも乱れていようものなら、ほぼ常に付き従っている優秀な補佐官が端から端まで入念に整えてくれたりするのだが。
 時計に目をやると六時半を少し回ったところであった。今から朝食の準備をすれば朝はしっかりしたものを食べられるなと考えてシンタローは部屋を出た。自室を出ると同じタイミングで部屋から出てきたキンタローと顔を合わせる。
「おー!キンタロー、おはよーっ」
「おはよう、シンタロー」
 元気に朝の挨拶で声を掛けたシンタローに、キンタローはしっかり視線を合わせて挨拶を返した。キンタローも朝食を摂りにリビングへ行くのだろうと思い、目的地が同じなら一緒に行くかと相手が傍へ来るまで待つ。
 シンタローは半身が来たタイミングで歩き出そうとしたのだが、対するキンタローは傍へ来ると足を止める。青い双眸でシンタローの顔をじっと見つめた。
「ん?どーした?」
「部屋に戻ったのが遅かっただろう…きちんと眠れたのか?」
「あぁ、大丈夫だよ。戻って即寝だったからな」
 キンタローの気遣いにシンタローは笑顔で応える。寝起きはさすがに少し怠く感じたのだが、体が完全に覚醒した今は特に不調も覚えず、あえて言うならお腹が空いたということぐらいであった。
「そうか…ならいい」
 そう言いつつも更に顔を近づけてくるキンタローにシンタローは疑問の視線を投げかけた。大丈夫だと言ったのだがその台詞だけでは納得がいかなかったのだろうか。偶に変なところで過度に心配をする半身を思えば、間近でしっかり自分の状態を確認すれば気が済むかと特に気に留めるのを止めた。
 だがしかし。そんな予想を裏切って、シンタローが疑問に思った行動の答えはとんでもないもので返された。
 頬に手が触れたと思った次の瞬間には間近に迫った青い双眸が閉じられていて、こんな朝から廊下で堂々とシンタローの唇に触れてきたのだ。
 深くはなかったが、軽く触れただけとは言い難い口付けであった。
 当然だがシンタローは驚いた。驚愕のあまり目を大きく見開いて完全に固まってしまった。
 キンタローは硬直した相手に構うことなく唇を離すとゆっくりと目を開いて、間近でその顔を一瞬だけ見つめた後、平然とした様子で「行くぞ」と促して歩き出す。
 シンタローには今この場所でキスをされる意味が全く判らなかった。二人で交わした会話の内容、その前後にもその様な「流れ」は全くない。
「な…な……ッ」
 行くぞじゃねぇと突っ込みを入れたかったシンタローだが、当の本人は眼を白黒させたまま声が出なければ動くことも出来ない。辛うじて動いた首を回してキンタローに顔を向けると、相手は動けなくなったシンタローを待つように立ち止まって振り向いた。そしてその端正な顔に含みのある笑みを浮かべた。
 キンタローの顔を見たまさにその時、シンタローは相手を理解した。
『やられた…ッ』
 お互いにとんでもない宣戦布告をした昨晩、シンタローは次のオフまでに何か策を練ればいいかと悠長に構えていたのだが、キンタローの方は違ったようである。これも彼が考えた『作戦』の一つなのだと、キンタローが浮かべた笑みが物語っているのだ。早々に仕掛けてきた補佐官の「攻撃」を躱せず、真正面から見事に食らったガンマ団現総帥であった。
「キンタロー…ちょっと待て、オイ…」
 相手の意図を理解してからもの凄い勢いで再起動を果たしたシンタローが発した第一声は、恐ろしいほど物騒な響きを持った唸り声だった。
「待ってるぞ」
 律儀に返事をするキンタローのもとへ、シンタローは恐怖心を掻き立てるような緩慢な動作で歩み寄ると、壮絶な笑みを浮かべて鋭い視線を投げ付ける。
「…一応、説明してもらおーか」
「何のだ?」
「…今の行動」
「説明が必要だったか?」
「いーから吐け」
 獰猛な唸り声を上げるシンタローには逆らわず、キンタローは真顔で答えた。
「お前が部屋に戻ってから寝るまでの間に少し考えてだな…」
「ほぉ…」
「簡単にフリーの時間を取れるわけがないからどこで差をつけるか思考を巡らせた結果なんだが…」
「結果ぁ?」
「昨晩の失敗は、やはり以前と同じ様な状態にいたことにあると思ってだな。業務から外れた全ての時間を有効活用してお前にもう少し俺を意識してもらおうと考えたわけだ」
 キンタローが台詞を言い終わるやいなや、予想通りのパンチが繰り出されてそれを悠然と避けた。空を斬る音がして、その攻撃の重さを感じさせられる。まともに食らったら一撃昏倒だっただろう。
 感情任せに殴りかかり次に怒鳴りつけて終わりだろうと思っていたキンタローだが、猛然とした勢いで踵が飛んでくると、持って生まれた反射神経のおかげで辛うじて躱す。紙一重で避けることが出来た冷や汗ものの攻撃は、食らえば絶対床に沈められていたはずだ。
 シンタローは自分の攻撃を二度避けたキンタローの胸ぐらを掴み壁へ叩きつけるように追いやった。そして鬼の形相で至近距離へ迫り相手を睨み付ける。
「…警戒ならしてやるけど?」
「構わない。それも「意識する」うちだろう」
「あーっそ。んじゃぁ、警戒して距離おいても構わねぇーってことだな?」
「お前がやられっぱなしでの逃げを良しとするのならばな」
「……………」
 ああ言えばこう言う。随分と口達者になったものだと思いながらも、腹立たしいことこの上ない。シンタローの性格を理解した上でやっているのだから、随分と抜かりのないことである。
「大体、朝っぱらからこんな所で仕掛けてくるヤツがあるかッ」
「こんな所?」
「誰に見られるか判ンねーだろーがッ!!」
 シンタローの指摘にキンタローは数回瞬きをすると、徐に訝しげな顔をした。
「デスクワークばかりでお前の感覚はそんなに鈍ったのか?」
「は…?!」
「そこまで広いわけではないのだからこのフロアの気配くらい簡単に判るだろう」
 何馬鹿なことを言っているんだと、その冷静な口調と青い眼で言われたシンタローは、昨晩に引き続き言い返すことが出来なかった。
「~~~~~ッ」
 口でも勝てずに、こんな所で味わうはずのない敗北感を味わって、朝っぱらから撃沈を果たす。俺の何がいけないんだよと、昨晩と同じことを考えた。
「オメェって本ッッッ当に可愛くねぇなッ」
「お前は可愛い反応ばかり示すな」
 躱すことが出来るか否かの瀬戸際の攻撃を「可愛い反応」というものだから、この補佐官の感覚も素晴らしいものだ。あちこちから確実に抗議が上がりそうな見事な感想である。
「そーいう台詞が俺の機嫌を損ねてんだけど」
「そうか。では次から心の中で思うだけに留めよう」
 そう言ってキンタローは目の前に迫った、それはそれは恐ろしく怖い顔をしたヒトを暫くじっと見つめて、見つめられたシンタローがその視線をむず痒いと思う頃に微笑を浮かべた。
「………何考えた?」
 明らかに何かを思いましたという笑みを目の前で浮かべられるとついつい問い質してしまう。この際の矛盾は考えないようにしたようだ。
「言わない方が良いんだろう?」
「……………言えよ」
 ふてくされたように言うシンタローに、キンタローの微笑が完全な笑みになった。シンタローとは対照的な柔らかい表情を向けながら、胸ぐらを掴まれたままだったキンタローはその手に自分の手を添えてゆっくりと外す。
「こういうやりとりも楽しいものだなと思っただけだ」
「俺はちっとも楽しくねぇーゾ…」
「そうか?」
 キンタローは目元に笑みを残したまま襟元を正した。
「皺になってしまったな」
 鏡を見て確認したわけではないが、シンタローが力任せに掴んだシャツが着たときのまま綺麗な状態であるはずがない。
「自業自得だろ」
 機嫌の悪い声でそう言いつつも、シンタローはキンタローのネクタイを元通り綺麗に整えた。結局はこうして面倒見てくれるシンタローに、キンタローは相好を崩す。
「ありがとう」
 一言礼を言えば、シンタローは何とも言えない顔をした。
 掴みかかったシンタローがキンタローの着衣を乱したのだから、それを整えて礼を言われる必要はないように思えた。だが、元凶はキンタローなのだから先程言ったとおり自業自得な訳で、結局シンタローは反応に困って曖昧な表情を浮かべた。
 自分で直したネクタイとその付近のあり得ない縒れ具合を見て、シンタローは曖昧な表情のまま「キンタロー、飯食ったらシャツ取り替えてこい」と一言添えたのだった。

 その日から有言実行の補佐官キンタローの「実行」内容に、シンタローは頭を抱える羽目になった。
 素晴らしい切り替え技と言うべきか何なのか。
 仕事中とそうでない時に変わる態度にシンタローはしっかり振り回されていた。もう勘弁してくれと思いながらも、その辺りは男のプライドで負けを認めたくないから口が裂けても言えないのだが、どうにも逃げ道を確保出来ないまま体勢を整えられないでいる。
 補佐官として優秀なのは結構なことなのだが、その頭の回転の速さを別のことに使われると、シンタローからしてみればとても質が悪い。自分にとっての好機を逃さない心意気は素晴らしいと思うのだが、何事にも真面目な性格が災いして、とにかくやり過ぎる傾向があるのだ。
『…ったく、一歩間違えれば万年発情男だゾ、コラ』
 そんな感想を抱いたものの、その匙加減は舌を巻くほど絶妙なものだった。
 まず仕事中には絶対に手を出さない。その徹底ぶりは見事なもので、どんなチャンスが転がっていようとも決して手を伸ばしたりはしないのだ。その態度はこの上なく淡泊で素っ気ない。
 一度だけその心内を知りたくて餌をばらまいたりもしたのだが、絶対に食らいついてこなかった。自分で決めた意志を貫く姿勢には感心したものの、その後「誘うなら休憩中にしろ」と迫られて、少々大変な目に遭い『二度とやるもんか』と心に誓ったシンタローだったりもする。
 そして仕事から離れると一転して、所構わず手を伸ばしてくる。
 あれから抱擁、しかも形容詞に少しばかり「熱烈な」もしくは「強烈な」とつけたくなるものを受けない日はないと思うくらい、その辺りの強行ぶりもそれはそれは見事なものであった。
 仕事中の一服はもちろん、間の移動時間もそれから外れるようで、二人で乗るエレベータなどはシンタローにとって「最悪」の空間だ。暴れると落ちるぞという有り難い「忠告」のもと、ある意味「良いように」されている。
 素晴らしい頭脳の持ち主であることは知っていたが、それを任務や研究以外で活かしてくれると非常に厄介な相手になるものだと心底思い知らされた。
 人の気配には敏感で「第三者を巻き込んで」というシンタローが嫌がることは絶対にやらず、更に機転を利かせてその時々の死角に連れ込むのはお手の物、ここはお前のホームグラウンドかと突っ込みを入れたくなること多々ありだ。
 やられっぱなしは性に合わないシンタローだが、反撃に出ようにも同じコトをやり返したところで相手に喜ばれるだけだから意味がない。しかも何故か主導権は必ずキンタローに渡ってしまい、何がいけないんだと頭を捻ること頻りなのだ。
 上か下かでもめたはずが、いつの間にか事態があらぬ展開を遂げている。目的達成のための回り道は時に必要なものだと思うが、いつも通りと言うべきか、やはり少しずれた方向に進んでいるようにも思えた。
『これも作戦の内だったらスゲェよな…』
 シンタローは読み終えた書類にサインを走らせ処理済みの束の上に乗せると、また新しい束を手に取りながら傍で仕事をするキンタローに視線を向けた。相手は少し難しそうな顔をしながらここに届けられた書類に目を通している。総帥に渡す前に何かのチェックを行っているようであった。
『本当に、まぁ、素晴らしいギャップで…』
 シンタローから見ても、仕事が出来る男、というのはカッコイイと思う。どんなに詰まったスケジュールでも周章狼狽することもなく確実にこなし、難題が降り懸かってきても屈することなく立ち向かう。そういった負けず嫌いで熱い部分もあるというのに、相手に与える印象は落ち着きを払ってクールなものだ。慌てふためきみっともない醜態を晒したことは、シンタローが知る限りではない。憧れの念を抱く同性がいてもおかしくはないと思った。
 そんな男がシンタローの相手なのだ。キンタローの仕事ぶりは、心底称賛に値するものだと、シンタローは思っていた。総帥である自分を補佐する彼の能力は、こうなるずっと以前から認めていたのだ。
 そして、それに加えてここ最近の熱烈なアプローチである。自分が女だったら確実にゴールインしてたな、とシンタローはある種他人事のような感覚で冷静に捉えていた。
『見た目はカッコイイし、仕事をさせれば有能で、好きな奴には一途だし……寝たことねーからそっちのテクニックとかは判ンねーけど、適度にエロイしな…』
 随分な感想に聞こえるが、これはシンタローなりに褒めているのだ。偶に紙一重な言動をするのが他人の目にどう映るのか判らなかったが、自分にとっては最高の相手だと思っていた。表情の堅さと真面目な性格から堅物に見られやすいのだが、実際はそんなことなく、少なくともシンタローには砕けた態度をとる。そして何よりも有り難かったのが、お互いに本気でぶつかり合える相手だということだった。
『でもなぁ…俺もそう簡単には譲れねェんだよ、キンタロー』
 無理難題でなければ可能な限り相手の望むようにしてやりたいとシンタローは思うのだが、これに関しては無理難題の部類に入ってしまうのだ。問題の種類問わず、すんなりいかないことも楽しめるくらいの余裕があればいいなと考えつつ、現実問題迫っているものに関しては実際の所どうなのか、自分に関しても判らなかった。
「シンタロー」
 名前を呼ばれて意識を現実に戻すと、キンタローは顔を蹙めながら書類の束を持って近寄ってきた。
「何かあったか?」
「あぁ。この二つの支部の報告書…この表の数値だ、明らかにおかしい」
 シンタローはキンタローが手渡してきた書類に目をやる。
「どうおかしいんだよ?」
「電力消費量が桁違いに高すぎる」
 シンタローは指摘された表に目をやったが、比べるものがなかったので顔を上げると、それを察したキンタローが各支部の一覧表を見せた。
「用意がイイナ」
 素直な感想を洩らすと真っ黒な眼が表を見る。シンタローが数値を追っていくと、キンタローがそれに説明を加えていった。
「いいか。ここに並んだ三つの支部の内二つは武器関連の工場、一つが軍艦関連の工場の管理もあるから年間維持費が高くなる───これがその内訳だ。この三つを除いた以下の支部は似たり寄ったりの数値だろう?その中でこの二つがおかしい」
 資料を眺めながらキンタローの指摘を聞いていたシンタローは暫く黙ったまま何かを考え、溜息をついた。
「あー…狸と狐ンとこかぁ…」
 シンタローはそんなぼやきを洩らす。それはキンタローの耳にも届いたのだが、その意味が判らず問い返した。
「…狸と狐?何だそれは?」
「ここの支部長達だよ。何か企んでんだろーって話だ」
 シンタローは簡単に答えると、引き出しから一枚の紙を取り出し何か数行文字を走らせると総帥印を押した。そしてそれをキンタローに渡す。
「任せていーか?情報管理局への入室と資料閲覧許可証だ。ちょっとばかし過去の資料を漁って欲しいんだけど」
「解った」
 キンタローは了承すると、受け取った許可証を内ポケットにしまう。そんな動作を見ながらシンタローは感心したように感想を口にした。
「良く気付いたな」
「あぁ…偶々だ」
「偶々?」
 シンタローの質問に答えながら、頭の中は既に次の仕事に切り換えられているようである。今の件は他の資料を集めてからとキンタローの中では一時保留にしたようで、他の書類を手にとって眺めていた。
「本部の維持費も高いからな。どこかに無駄があるんじゃないかと思って資料を眺めていたときに、偶々目についたんだ」
 それだけ返すと、キンタローは手に持っている書類に意識を集中させた。
 シンタローはそんな姿を眺めながら、惚れ惚れすンな、と微笑を浮かべる。
 結局、キンタローが意図した通りか否かは定かでないが、シンタローは以前よりも増して己の半身にどんどんはまりつつあるのだ。相変わらず手を伸ばされれば負けじと暴れる核弾頭のような総帥で、その先は意地とプライドで頑なに拒むのだが、この落差のおかげで心はどんどん相手に捕らわれていく。
 仕事に追われることには慣れてきたが、そんな日常ふとした瞬間いつの間にか助けになっている相手には、どうしたってグラリと揺れるものがある。
 もしキンタローが修行僧よろしく微塵も手を出してこなくなったら、それはそれで物足りなさを覚えるのだろうけれども、それは別として、シンタローが特に好きなのはこの仕事中のキンタローだったりする。所謂、同性が憧れを抱く出来る男なのだ。ここ最近は休憩中とのギャップもあって、特に心動かされるものがあった。
 キンタローの姿に少し視線を奪われたシンタローだったが、直ぐに頭を切り替えて己の業務に戻ったのだった。
 それから三十分ほど経った頃、総帥室の内線が鳴る。何かと思えば秘書課からで、午後にある会議の開始時間が一時間繰り上がったため、休憩を摂るなら今の内に済ませて欲しいということだった。本日の午後からは会議の連続で、今休憩を逃すと夜まで一切摂ることが出来なくなる。
「キンタロー、午後の会議が一時間繰り上げだってさ。キリついたら飯だけは食っとこーぜ」
「あぁ、解った」
 キンタローはシンタローの呼びかけに返事をすると、タイミング良く読み終えた書類を束ねる。シンタローは持っていたラスト一枚に目を通すとサインを走らせて処理した束の上に積み重ねた。
「良し、休憩ーッ」
 そう言って席を立とうとすれば、待っていましたと言わんばかりにキンタローが腕を回してきた。毎回よくやるなと思いながら浮かせた腰を戻すと、シンタローは呆れた声を出す。
「休憩になった途端コレかよ…毎度ご苦労だな」
 こうも頻繁だと度を超えない限りは抵抗する気も失せる。これは慣れていいものなのかと考えつつも、この程度ならまぁいいかという判断になる辺り、状況に慣らされてきているのは確実のようであった。
 背後から回された腕を振り払わずにいるとキンタローの吐息が耳を擽り、くすぐったさに身を捩れば低い声が鼓膜に響いた。この辺、意図してやっているのか素なのかいまいち判断がつかず、シンタローは相手の雰囲気に飲み込まれそうになることがしばしばある。
「シンタロー…誘うなら休憩時間にしろと前にも言ったはずだ」
 忠告の台詞とともに腕に力を込めたかと思えば、次に片方の手が動き、胸元から鎖骨に触れ、そして喉元をたどって顎に手を掛けると、シンタローの顔をゆっくりと上へ向かせた。
 そして青い眼に覗き込まれると『はい、アウトッ』と冷静に判断を下して、シンタローはその眼を睨み付けた。
「あ?寝言は寝て言え。誰がいつ誘ったって?」
 訳の解らないことを言うなと射抜くような視線で示したのだが、キンタローはそれに構うことなくシンタローの鋭い眼にキスを降らせてくる。
「さっき…この眼が俺をずっと見ていただろう?」
 先程向けていた視線を指摘されてシンタローは内心言葉に詰まったのだが、断じて誘ったつもりはない。
 キンタローが降らせていたキスが止むとシンタローは閉じていた眼をゆっくり開いた。至近距離で青い双眸が見つめていて、恥ずかしさのあまり視線を泳がす。
 他意がなくても本人に改めて指摘されるというのは、かなり恥ずかしいものがあるのだ。
 シンタローは拘束してくるキンタローの逞しい腕から逃れようと体を動かしたのだが、簡単に離してくれるような相手でもなかった。
「ちょっと考え事してたんだよ」
「俺のことか?」
 言われた台詞に嬉しそうな顔をするキンタローなのだが、それがまた事実でもこんな場でシンタローが頷けるはずもなく「違ェーよッ自惚れンな!!」と乱暴に否定して顔を背けた。
 キンタローはそんな態度を気にはせず、シンタローの顔をもう一度自分の方へ向けるとそっと唇を重ねた。
「ンッ…コラ…止めろって…」
 体勢的な不利もあって、強い力で拒むことは出来なかったがキンタローの唇はあっさり離れる。
 しかし、諦めたわけでもないようで、シンタローから離れようとはしなかった。
「お前ねェ…」
「いいじゃないか。少し補給させろ…この後は会議の連続なんだ」
「どーいう関連性だよ?」
「だらだらと長引くと苛々してくる……意味のなさない意見などはその場で一刀両断したくなるしな…」
 シンタローの顔を覗き込みながら、キンタローは感情を露わにすることなく、とんでもないことをサラリと言ってのけた。表情が出ない分、輝いた秘石眼がとても恐い。その眼を見ると、過去にあった会議を嫌でも思い出す。
 本筋からは直ぐに逸れ脱線した数は片手で済まなく、的を射ない意見ばかりでだらだらと時間ばかり過ぎていった会議に問題があるのは確かだが、それに苛々が頂点に達したキンタローは言葉のみで相手を完膚無きまで打ちのめしてくれたのだった。
 おかげで、その場にいた何人かの職員や団員が再起不能状態にめり込んでいた。その意見自体は間違っていないのだが、機嫌が悪いキンタローの言葉は切れ味が良すぎるのだ。正論を言うにしても言い方ってものがあるだろうと思いながら、その「後始末」に手を焼いた記憶が苦く感じられる。
 しかも、それが一度や二度の話ではないのだから、避けられるならそれに越したことはない。
 シンタローは溜息をつくと無理矢理腕を振り払って席を立ち、キンタローの正面に立った。
「頼むから、穏便にな…」
 そう言って相手の頬を両手で包み込むと、午後の会議の無事を祈って自ら口付けた。
 この位の譲歩で午後の会議が平穏無事に進むというのならば、安いものだと思ったのだ。
 しかし、これで終わらないのがシンタローで、終わらせないのがキンタローだ。
 キンタローは頬に触れているシンタローの手を取って己の首へ回すよう導き、自分は相手の背に腕を回してしっかり抱き締める。そしてもっと深いものを望んで、唇を割って入り歯列をなぞって舌を絡ませた。
 シンタローはそこまで受け入れてから『しまった』と気付いたのだが、時は既に遅しで、口腔を犯してくる相手から逃げることが出来ず、密着した体からは離れられなかった。息が出来ない苦しさに喘ぐと、時折唇を解放してくれるもののそれも一瞬で、また直ぐに捕らえられた。
「ふぅ…ンッ……や…ッ」
 苦しそうにしながら掠れた声で抵抗を表し、腕の中で力無く暴れるシンタローを逞しい腕でしっかり支えていたキンタローなのだが、これ以上は勘弁してくれと泣きが入りそうなシンタローが逃げようとしたのが逆効果となって、いつの間にかその体を壁に押し付けていた。そして尚も相手を望んで離さず、最終的にはシンタローが自分の体を支えることが出来なくなり、ずるずるとその場に崩れ落ちていった。
 床の上で俯いたまま肩で息をしていたシンタローが涙を浮かべた眼でキンタローを睨み付ける。
「お前…酷ェぞッ!!俺の好意を何だと思ってやがるッ!!」
 少し譲歩するはずだったのが、これではどう考えても少しとは言えない。完全に相手の思うがまま、しっかり良いように食われた。
 そんな心情を解っているのか、キンタローは効果の為さない睨みを投げ付けてくるシンタローを見つめると、挑発するように己の唇をペロリと舐め「御馳走様」と一言返した。
 あまりの仕打ちに完膚無きまで打ちのめされたガンマ団総帥は、ある意味無敵な補佐官に返す言葉が見つからなかった。『酷ェ…』と何度も思いながら、壁伝いに何とか立ち上がる。その際、キンタローは色々と辛そうなシンタローに手を差し延べたのだが、見事に振り払われた。
 自力で立ち上がったシンタローは、ふらふらしつつも悪態をつく。
「自滅しても知らねぇからなッ」
「自滅?」
「俺を追い詰めるつもりで、自分が追い詰められやがれッ」
「その時は………大変だな、シンタロー」
「フザケンナッ」
 その時の被害はそっくりそのままお前に行くというキンタローを、シンタローは本気で殴り飛ばしたかった。
 しかし如何せん、体がまだ言うことを聞くような状態にない。怒りに耐えるかのように拳へ力を込めたのだが、涙ぐましいほどにしか力が入らないのだ。後でまとめて返してやると物騒な決意を新たに、言葉では負けじと言い返した。
「誰が相手するか。どっかで勝手に処理してこいよッ」
 シンタローの中では当然の流れとして口を衝いて出た台詞だったのだが、キンタローにはどうも聞き流せなかったようで、眉を顰めてシンタローに一歩近づく。
「正面切って浮気を勧めるヤツがあるか」
 何でそういうところにだけしっかり反応するんだよと突っ込みを入れつつも、シンタローは台詞を撤回しない。
「お前は俺が浮気をしても構わないというのか?」
 機嫌を損ねた口調でそういうキンタローをシンタローはしれっとした様子で見つめる。男だったらこれは願ったり叶ったりのお許しだろと頭の中で主張して、実際には違う台詞を口にした。
「決まってンだろ。お前と同じくらいには構わねぇーよ」
 シンタローは睨むような強く鋭い視線を相手に合わせてそう言いきった後に「オラ、飯行くぞ」と続けて、ふらふらしながら歩き出した。
 その一秒後に意味を理解したキンタローは、シンタローの後ろ姿を目に映しながら破顔一笑したのであった。



NEXT...SOON

 
PR
BACK HOME NEXT
カレンダー
04 2025/05 06
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
最新記事
as
(06/27)
p
(02/26)
pp
(02/26)
mm
(02/26)
s2
(02/26)
ブログ内検索
忍者ブログ // [PR]

template ゆきぱんだ  //  Copyright: ふらいんぐ All Rights Reserved