暖かな陽光が大地に降り注ぎ、心地よい涼風が吹き抜けていく。小鳥のさえずりと風に揺れる葉音、それに混ざって近くを流れる川のせせらぎが、自然の癒しを思わせるメロディーを奏でていた。
街の喧噪から離れて自然に囲まれたこの地───一族が所有する別荘の一つに、シンタローは来ていた。本部から車を三時間半程走らせた場所にある。その内約一時間は山道を走るため、あまり人気のない場所に、この別荘はあった。
シンタローは心地良さそうに全身で涼風を受けながら、少し眩しそうな顔をして陽の光を浴びていた。
もちろん、一人ではない。従兄弟のキンタローとグンマが一緒である。シンタローの横で二人もまた、気持ち良さそうに自然を楽しんでいた。
昨日のことだ。非公式の他国視察で一週間ほど本部を留守にしていたシンタローが戻ってきた。
この時、シンタローを一目見て、その異変にいち早く気付いたのがキンタローで、行動が早かったのはグンマであった。
他の者から見れば普段と何ら変わりなく見えるシンタローなのだが、キンタローからすれば違和感を感じずにはいられなかった。この短期間で、どことなく傷悴したように見える半身に、少しばかり危機感を覚えた。
だが、何があったのか話す素振りを全く見せないシンタローに、キンタローはどうすればいいのか判らず動くことが出来ない。
すると、それを横で見ていたグンマが、だったら一日でも良いからシンタローを仕事から離して気分転換をさせようと提案をして、渋るどころか断固として行かないと言い張ったシンタローを、キンタローが言葉巧みに───では無理だったので、腕ずくでかなり無理矢理本部から連れ出したのである。
いくらシンタローを思っての行動とは言え、彼は現ガンマ団を率いるトップだ。総帥であるシンタローを捕まえて、シンちゃんの帰還が一日遅くなったと思って我慢してね~、と無邪気に言ってのけたグンマは、ある意味最強だと言えるであろう。こんな簡単に総帥を拉致されてしまっては、業務に支障を来すどころの話ではないからだ。
だが、如何せん「何とかと紙一重」のグンマが関わっているだけに、本部の人間も割とあっさり諦めた。理屈で言っても伝わらないだろうという判断と、この二人なら約束した時間には必ず戻ってくる前例があったからである。つまり、これが初めてと言うことではないのだ。
ここに到着してからのシンタローを見ていて、二人は無理矢理でも連れ出して良かったと、安堵した。
恐らく近しい者にしか判らないだろうが、本部では張り詰めた雰囲気を纏っていたシンタローだったのが、ここに来てその衣が剥がれたように思えたからである。
「シンちゃん!僕たち荷物を置いてくるから、ちょっと待ってて」
「あぁ?俺もやるよ」
「いーから、いーから!どーせ中に放り出してくるだけだし!そしたらお昼にしようよ。あっちに歩いて行った先にある、川の近くでご飯食べよう!」
無邪気な笑みを浮かべながら、グンマが林間歩道を指した。
シンタローが頷きを返すと、グンマはキンタローと共に荷物を持って、コテージの中に入っていった。たった一泊の上、元々この場所は本部からそう遠く離れているわけではないので訪れる頻度が高く、必要なものは置いてあるから、持ってきた荷物は少なかったりする。
『あーあ…情けねぇー…気ィ遣わせちまったな…』
二人が消えた先を視線で追いながら、シンタローは軽い溜息をついた。総帥ともあろう者が一体何をやっているのだと非常に情けなくなる。甘さが抜けない自分自身に、シンタローは嫌気が差した。
本部へ戻ってきたとき、真っ先にキンタローと会わなければ己の『状態』に気付かれることはなかっただろうし、グンマがいなければ今ここにいることもなかった。タイミングが悪かったんだと考えても、自分の弱さを正当化することなど出来ない。眼魔砲を放って車を壊してでも本部に留まらなかった自分の負けなのだ。
「そーか…その手があったか…」
思い至った物騒な考えに、次はその手段でと思ったシンタローだが、従兄弟二人の気遣いを嬉しく思わないわけではないのだ。ただ、それを素直に受けることが出来ないのは、自分が決めたラインに己が立てていないからである。そこに達していれば、休暇だろうと何であろうと喜んで受け入れることが出来るだろう。
訪れた国の凄惨な現状は、事前情報から知っていたはずであった。
ある街は内戦による打撃を著しく受けたところで、貧困層の飢えや病が特に酷かった。傷つき倒れている者達も少ないとは決していえない。心貧しき者達の暴動、街中に漂う腐臭は想像を遙かに越えるものだった。
『別に…初めて見たわけじゃねぇーのにな…』
シンタローはもう一度溜息をつきそうになったが、それよりも先に受けた背後からの衝撃に驚いて倒れそうになった。
「シーンーちゃんッ」
「ぅわッ!!!」
全力疾走でシンタローの元に来たグンマが、そのまま突進して飛びついてきたのだ。
荷物を置いて早々に二人が戻ってきたのであった。
「グンマッ!!イキナリ飛びかかってきたら危ねぇーだろーがッ!!」
「え~?いつもと変わらないよ~」
変わらぬ笑顔のグンマは、そのままシンタローの手を引っ張り歩き出す。
「シンちゃん、僕、お腹空いたよ~。早くご飯にしようよ~」
向かう先は、先程提案された川辺である。林間歩道を少し歩いていくと、程良いところに川が流れているのだ。幼き日の夏、シンタローとグンマはよくそこで川遊びをしたものである。
楽しそうに歩くグンマの姿に、シンタローも諦めて手を引かれたまま歩き出した。
「そーいや、飯って誰が作ったの?」
歩きながらふとした疑問をシンタローが口にする。普段の料理係は決まってシンタローだからだ。
「キンちゃんが作ってくれたんだよ」
「キンタローが?!」
「ちゃんと分量はきっちり量ったぞ」
「………実験器具でか?」
「……………」
この沈黙は肯定と取るべきか否か迷うところだったが、グンマが作ったものよりはマシかとシンタローは思うことにした。味違いのケーキを昼飯と称して出されても困るからである。
適当な会話をしながら三人揃って歩いていくと、程なくして見慣れた川辺へたどり着いた。水が流れる音は心地よく耳に響く。街の忙しない騒音よりも、自然が奏でる音は、耳だけでなく心にも響き渡る。
自然の効果が絶大なのか、シンタローの体質がそうなったのか、こうしていると荒んだ気持ちがどんどん軽くなっていくのが手に取るように判り、シンタローは内心苦笑してしまった。この従兄弟たちは、シンタローのことをよく判っているようだ。
そうしてそこで摂った昼食は穏やかなときの中、非常に楽しいものであった。
キンタローは自分が作ったものを口にしながら若干顔を蹙めていたが、シンタローとグンマは美味しくいただいた。
三人はしっかり腹が満たされると、少し川辺でのんびりしてから、森林浴を楽しむために再び林間歩道を歩き出した。降り落ちる木漏れ日がキラキラと輝き、自然が運ぶ涼しげな風と共に葉音がざわめく。そしてそれにのって小鳥の囀りが聞こえてくると、シンタローの顔に笑みが零れた。それを見た二人の従兄弟もまた笑みを洩らす。三人は特に会話をすることなく各々無言のまま、ここにある自然を楽しみながら遊歩道を歩いていった。
林間歩道を抜けると、大きな広場に出る。ここからはもう私有地ではなくなるのだ。
一面に広がる緑の芝生を目にするとグンマは勢い良く走り出し、かと思えばすぐに寝ころんだ。
「うわぁ~っ気持ち良い~っ」
そのまま大きく伸びをして真っ青な空に目を向けた。雲一つない綺麗な青空が広がっている。
そんなグンマに少し遅れて、シンタローとキンタローが歩いて近寄った。
「ちょっと二人とも、何のたのた歩いてるの!!もうちょっと若者らしく走ったりしなきゃダメだよ~」
「フザケンナ。若者は若者だけど、何が悲しくてお前と一緒に青春しなきゃなんねーんだよ」
「えー、いーじゃーん。僕、シンちゃんと青春ごっこしたいよー」
「ごっこって何だ、ごっこって」
シンタローはそう言うとグンマの横に腰を下ろして、その頭を小突いた。
「痛ッ!!もぉ~、直ぐ手ェ出すんだからっ」
「解ってんだったら口答えすんなっつーの」
「うー………隙ありッ!!」
「わぁッ」
グンマは起き上がると、横にいたシンタローに飛びかかった。いくら二人の体格が違うと言えども、グンマの突然の行動でシンタローは芝生の上に転がってしまった。
キンタローは一歩引いた位置で二人の様子を見ていたのだが、グンマが飛びかかった様は、正に小型犬が自分よりも大きなものにじゃれついているようだと思った。構って欲しくて飛びかかったように見えたのだ。対するシンタローを大型犬と思いかけたが、はっきり言ってそれよりも物騒な生き物なことを知っているので、どうしても犬には思えなかったキンタローである。
そんなどうでもいいことを真面目に考えていたキンタローは、気付けばシンタローとグンマにじっと見られていた。己に向けられた青い眼と黒い眼を交互に見やる。
「…何だ?」
二人の思惑が解らずに問い返すと、シンタローとグンマは揃ってニヤリと笑った。
「キンタロー」
「キンちゃん」
「……………」
何だか嫌な予感がしたキンタローだったが、こうなると自分に拒否権はないので次の台詞を待つしかない。
「喉乾いた」
二人の台詞が、それはそれは見事にはもったのであった。
もってきた飲み物は既に空となっている。キンタローは何とも言えない顔をして二人を交互に見やった。
この広場は公共の場であり、訪れた人々のため、邪魔にならない位置に自動販売機が置いてあるのだ。つまり、買ってこいと言うわけである。
グンマが可愛らしくねだるような顔を作ったが、これには普段通りの冷たい視線を向けたキンタローだったが、シンタローに上目遣いでじっと見つめられると、あっさり降伏する。
「キンちゃん、何?その明らかな差は…」
「…うるさい」
「差って何だ?」
若干置いてけぼりを食らっているシンタローをよそに、グンマとキンタローはお互い睨み合う。頑固な二人はこういうときに一歩も引かないのである。
従って、しばらくの間そんなやり取りをしていたのだが、仲間に入れなかったシンタローが二人の横で明らかにふてくされたので、グンマはあっさりキンタローを放り出してシンタローに抱きつき、キンタローはシンタローと、ついでにグンマのために、飲み物を買いにこの場を離れた。
頼まれたものを早々に買って戻ろうと思ったキンタローだったのだが、見渡す限り一面に広がる緑色に少しばかりうんざりしていた。
『何でこんなに広いんだ…』
シンタロー達が居る場所から正反対の位置に自動販売機が設置されているため、キンタローは端から端まで歩く羽目になった。片道十分強かかる道のりを往復しなければならないので、ただ飲み物を買ってくるだけなのに約三十分近くもかかってしまったのだ。
キンタローは心の中で少し不満をもらしながら二人のところまで近い位置まで来ると、その耳に会話が聞こえてくる。二人が特に大きな声で会話をしているわけではない。シンタローもそうだが、キンタローは耳が良いのだ。これは所謂「そういう世界」で生きているために身に付いた身体的特徴なのであった。風向きもあるのだが、二人の声がよく聞こえる。
「…でね、そこのケーキがね」
「お前、ケーキ以外の話はねェーわけ?」
「えー?ケーキ以外ー?」
「そ。他の話題は?」
「んー………あ!シンちゃん、この間食べたアイスがね」
「それじゃ変わんねーよ…」
相変わらずな従兄弟達にキンタローは歩きながら微笑を洩らした。二人の会話はいつもこんな調子なのだ。
漸く二人の姿を認められる所まで来たというときに、ふわりと暖かな空気をキンタローは感じ取った。何かと思いながら二人に視線を向けると、グンマが上半身を起こした状態で、横に転がっているシンタローの長い黒髪をつまみ上げていた。
「シンちゃーん…寝ちゃったの~?」
キンタローの耳にグンマのそんな台詞が届いた。暖かな空気はシンタローとグンマを包むものなのである。キンタローが感じ取ったのはシンタローの感覚だったのだ。
これはグンマが持ち得る空気であった。シンタローが安らげる空間でもあるのだ。
少し離れた位置から二人の姿を認めながら歩いてきたキンタローは、二人を包み込むこの暖かな空気に、少し切ない気持ちになった。だが、残念ながらキンタローは、このように穏やかなものは持ち合わせていない。これから先も持つことが出来ないだろうと思っていた。元来の性質が異なることと、キンタロー自身がシンタローに近すぎるためだ。
少し感傷的になって二人を見つめていたキンタローだが、大人しくシンタローの髪をいじくって遊んでいたグンマが、突然その横にぱたりと倒れた。
「………ちょっと待て」
慌てて二人の元へ戻ったキンタローだったのだが、時は既に遅い。
「人に買いに行かせておいて寝るやつがあるのか…」
確かに三十分は長かったとは思うがと、キンタローは二人の穏やかな寝顔を見ながら盛大に溜息をついたのであった。
そして、どれ程の時が経ったのか。
シンタローは、はっと目を覚ました。うっかり寝てしまったと思い、慌てて体を起こす。
そこで自分を挟んで、左側にグンマが、右側にキンタローが、同じように草の上で眠る姿を見つけた。
シンタローは二人を見て一瞬驚いた顔をしたが、それは直ぐ微笑に変わる。
二人の金色の髪に触れながら、心からの感謝を小さな声でそっと呟いた。
「ありがとな…」
その日の夜は、三人で買い込んだ酒を飲みながら、これまた楽しい一時を過ごしていたのだが、グンマが早々に一定酒量を超えて寝てしまった。
「あー…コイツにしちゃ、ちょっとペースが速かったかな?」
「随分はしゃいでいたからな…どうする?酒が入って一度寝てしまうと、何があっても朝まで起きないぞ、グンマは」
「そーだったな……あー…んじゃここじゃ可哀想だから寝かせてくるヨ」
シンタローはグンマを抱え上げると、隣接された寝室へ連れていった。相変わらず軽い体の従兄弟をベッドの上にそっと下ろすと「…シンちゃ~ん…」とグンマが寝言を言う。シンタローはそんな従兄弟の頭を優しく数回撫でると「おやすみ」と言って、部屋を出た。
それから直ぐにキンタローの元へ戻ったつもりだったのだが、キンタローは散らかっていた部屋を既に片付け終えて待っていた。普段と変わらぬ涼しげな顔をしながら椅子に座っている。
「早ェな…」
「何がだ?」
「や…片付けが、さ」
シンタローは、キンタローと二人きりになったことに少し安堵して同じだけ困った。
この従兄弟には隠し事が出来ないのだ。だからと言って、変な距離をあけるわけにもいかない。ひとまずシンタローはキンタローの傍まで近寄った。
「まだ飲むのか?」
「いや…うーん…」
キンタローの問いかけに曖昧な返事を返しながら、どうしたものかと構えてしまう。
そんなシンタローの心中を察したのか、キンタローは立ち上がると、その体をそっと抱き締めた。
「別に問い詰めたりなどしないから、そう構えるな」
キンタローにそう言われて、シンタローは苦笑を浮かべると体の力を抜いて大人しくその背に腕を回した。結局、この従兄弟はどこまでもお見通しなのだ。
暫くの間、二人は言葉を交わさず抱き合っていた。こうしてキンタローに触れるのが久しぶりであったシンタローは、己に付き合って何も話すことなく抱き締めていてくれるキンタローに、心が揺らいだ。思わず弱音を吐いてしまいそうになる。もしくは、現状に対しての言い訳だ。シンタローはそれを理性の力で何とか追いやるのだが、そんな半身を思ってか、キンタローはシンタローの背に流れ落ちる長い黒髪を優しく撫でた。
『あぁ…ホント、ダメだな…』
シンタローはこのままだとキンタローに甘えてしまうと思って、この腕から離れようと身じろいだのだが、それは許してもらえなかった。シンタローが離れようとした分、その体を拘束するキンタローの腕の力が強まる。それに困り果てたシンタローだが、だからといって何も言えずに、結局大人しく腕の中に留まることとなった。
また暫く無言の時を過ごすと、シンタローは再び逃げようとはせず、キンタローに抱き締められたまま口を開いた。
「俺は…大丈夫だったんだぞ?」
シンタローの台詞に、キンタローは長い指でまたその髪を優しく梳きながら、返事を返す。
「知っている」
「……………」
「お前がそんな簡単に倒れるような男でないことは、俺が良く知っている」
「だったら…」
キンタローは抱き締める腕の力を弱めて、シンタローに視線を合わせた。真正面からその目を覗き込むと、シンタローは苦しそうに少し顔を歪める。
「今回のような街へ、例えば十回視察に行ったとしても、お前は十回とも普通に戻ってくると思っている。二十回行けば、二十回だ。ただ、お前は物事を真正面から見すぎるところがある。今回は、たまたま『それ』に当たったんだということも、俺は判っている」
キンタローにそう言い当てられて、シンタローは言葉に詰まった。少し目頭が熱くなって、その表情を隠すように半身の肩に顔を埋める。キンタローはそんなシンタローをまたしっかり抱き締め直し、言葉を続けた。
「トップに立つ者が精神的に弱すぎるのは困ると思う。だが、それとこれは別だ。お前がそう言った意味で弱いなどとは一度も思ったことがない。シンタロー…俺はな、痛みを感じる心はお前みたいに大きな権力を扱う者には必要なものだと思うんだ。勿論、万事に傷ついて動けなくなるのは困るが、きっとそれは麻痺させてはいけない感覚なんだと思う。絶対に慣れてはならない『痛み』というものがあると、俺は思う」
シンタローはそう言うキンタローの言葉に涙が溢れた。
今回のように荒れ果てた街を見るのは初めてではないのだ。今まで何度も見てきている。だが、物事は見る側面によって異なり、今回は、荒廃した街の中に、多くの子どもの姿を見つけてしまったから、ただ重く心にのし掛かってきた。子どもでなければいいというわけではなく、ただ、その姿が痛く心に焼き付いて離れなかったのだ。
「俺に限って言うが、そういう部分を必死になって隠す必要はない。どれだけお前と一緒にいたと思う?お前が何に対して過剰に反応を示すのか、知らないわけがないだろう」
「……そーだったな」
シンタローは、キンタローの言葉に泣きながら苦笑を洩らした。何故この半身に隠し事が出来ないのかという根本的な部分を忘れていたのだ。
「だから出来れば自分から、少しずつで良いから話してくれると俺としては有り難い。まぁ、直ぐには無理だと思うが……そうだな、次はベッドの中で無理矢理聞き出したほうが話しやすいか?」
「ばッ……お前!!せっかく良いこと言ってくれてスゲー感動してたのに、台無しにするよーなこと言うんじゃネーよ!!」
キンタローの肩に埋めていた顔を上げると、シンタローはいつも通りの鋭い目つきで半身を睨み付ける。そんなシンタローにキンタローは優しげな笑みを浮かべると、流れ落ちる涙を指で拭った。
「お疲れ様、シンタロー」
不意打ちの台詞を食らったシンタローは瞬間大人しくなる。止まっていた涙がまた流れ落ちる半身を、本当に素直なやつだと、キンタローは愛しく思った。そんなシンタローをキンタローはもう一度抱き締める。
『あーあ、チクショー…ホント、頑張らねーとな…』
シンタローは、こういった己の恵まれた環境に感謝すると、再度気合いを入れ直す。へこたれている場合ではないと思いながら、その時には頼る場所があることを覚えておこうとも思った。もっとも、己の性格を考えると、素直に頼れるとは到底思えなかったが───。
それでも、そういう場所が自分にはあるということを知っておくのは、それも自分を支える力に変わるだろうと、シンタローは思った。
「戻ったら仕事だな。付き合えよ?キンタロー」
「当たり前だ」
「そーいやお前、研究の方は?」
「うむ……今頃部下が嘆いているだろうな」
「…ダメダメじゃねーかよ、俺等」
「…全くだ」
シンタローは、げんなりしながらキンタローの腕から離れると、大きく一つ伸びをした。
「じゃぁ、まぁ、また明日から枯れた日々を送りますかね」
そう言って笑うと、キンタローの青い双眸にしっかりと視線を合わせる。
「ありがとな、キンタロー」
まだ少し泣き笑いのような笑顔であったが、そんなシンタローにキンタローは微笑で頷いた。
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