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kkk
 
 晴れ渡った夜空には無数の星達が輝き、真ん丸な月がぽっかりと浮かんでいた。外で鳴り響く虫の音が窓越しに聞こえてくる。実に穏やかな夜であった。
 寝る前に後少しだけ書類を片付けてしまいたいと思って、自室の端末から資料に目を通していたシンタローは、他の資料に手を伸ばして思わず動作を止めた。視線の先には一つのファイルがある。
 それはキンタローに任せておいたもので、一箇所確認をとりたくて持ってきたものであった。
 時計を見れば日付が変わる少し前である。
 誰かを訪問するには相応しい時間ではない。だが、キンタローならこの時間は悠に起きているのをシンタローは知っている。明日の業務をスムーズにこなすには、今彼の元へ行ってさっさと確認をとってしまうのが一番だ。
 そう思いながらも、ファイルを見つめたままシンタローは動くことが出来なかった。
『少し前なら違ったのに…』
 シンタローは、装うということを自分がするとは思ったことがなかった。
 元来、喜怒哀楽がハッキリしている性格であるし、その感情を隠そうと思ったことがない。己に近しい者の前では特にそうである。
 だがしかし。シンタローはここにきて、身内の前でも平然を装うというスキルを嫌でも身に付けた。そうでもしないと気付かれてしまう程に感情が膨れ上がっていた。
『いつからこんな存在になったんだろ…』
 何が始まりだったのか、どれだけ考えても判らない。分岐地点はとうに過ぎていて、引き返すにも道が判らないところまで来ていた。
『俺がアイツに対して最初に抱いた感情は、恋愛じゃない。それは確かだ』
 シンタローは一つ伸びをすると目を閉じる。
『でも、最初から変わらないのは、アイツは俺にとって特別な存在だってことだ』
 ぶつけられる殺意すら心地よいと感じてしまうほどシンタローは待っていた。己と同等の存在。ずっと欲しかったのだ、高めあえる存在が───。
 求めていたのは、単なる刺激なのかもしれない。周りと違う速度に飽き飽きしていたのだ。傲るわけではないけれども、それでも何処かにつきまとう空虚感がシンタローにはあった。
『アイツの存在が本当に嬉しかったのに………何処で俺は間違えたんだ?』
 脳裏に浮かぶ、端正な顔。
 宝石のような碧眼が、真っ直ぐと自分を見つめてくる。
 時折向けられる微笑に、いつも心臓が跳ね上がる。
『俺はどこぞの乙女かっつーの…』
 相手が男だから戸惑うのか、キンタローだから戸惑うのか、それすら判らない。
 失いたくなくて、この位置から一歩も踏み出すことが出来ないままずっと立ち止まっているのだ。
 現状の関係に不満だらけだというのに、拒絶されて離れていかれることが恐くて現状をぶち壊せないでいる。
『こんなに臆病な俺なんか知らねぇよ…』
 シンタローは大きく息を吐き出した。深い溜息に沈んでいく。
 実は、動き出せない理由は他にもあるのだ。
 ここ最近、キンタローの様子が少しおかしいとシンタローは感じていた。どことなく違和感を感じる。原因が判らない上に、決定打となるものがあるわけではないから、断言は出来ないのだが以前と違う何かを感じるのだ。
『何だろう…何か距離感が…』
 二人が一つの体にいたときの作用か、二人の間では物理的距離感が少しずれている部分がある。
 人間には他人と向き合ったときに、侵入されたくないエリアというのが自分の周りにある。親しき仲なら別なのだろうが、不必要にそこへ入ってくる人物は不快に感じるのだ。従って、通常会話をするときなど、お互いにその一定距離を保った状態で話をしたりする。
 だが、シンタローとキンタローはお互いを他人と認識出来ないのか、この距離が非常に近い。他人に指摘されるまで二人は全然気付かなかった。特にそれを不快に感じるわけでもなく、自然とその距離になるのだから、二人は特に問題とは思わずに放っておいた。
 だが、最近その距離感がおかしいとシンタローは感じるのだ。
 ふとした瞬間、明らかな意志を持ってその距離を広げられている。確実にキンタローが避けているのだ。
 そうかと思えば、普段よりもずっと近い位置にいることもある。
 明らかに避けられているのなら、自分の態度がおかしいのかと考えるのだが、そういう訳でもないから、シンタローは一体どうすればいいのか判らなかった。
『何なんだろうな…』
 避けられたと感じれば心が痛み、近い距離には心臓が跳ね上がる。キンタローが完全に離れてしまうことが恐くてシンタローは動き出せないまま、相手の一挙一動に振り回されていた。
 感情の種類など関係なく、キンタローが傍にいて欲しい。己の半身に離れてほしくない。
 そう思いながらも、傍に行けば自分の感情が邪魔をしてシンタローは上手く振る舞えない。
「あー…もう…」
 シンタローは目を瞑って俯くと、たっぷり三十秒は考えた後、勢いよく席を立った。
 あれこれ考えれば考えるほど臆病になり動けなくなっていくものだ。こうして自室でウジウジしているのは性に合わない。口より先に手が出るような性格をしているシンタローだ。頭で考えるよりも行動をした方がいい。
 じっくり考えて慎重になどという慣れないことをするとどつぼにはまりそうな気がして、考えることを止めた。
『まだ大丈夫だろ…多分、俺は』
 何か決定打を食らったわけでもなければ、自分の感情がばれるようなヘマをしたわけでもない。
 どんなに足掻いて先延ばしにしたところで、キンタローと話をしないことには仕事が片付かないのだ。自分のことを抜きにして仕事のことだけを考えると、こんな所で立ち止まっている場合ではないのである。
 仕事は仕事でこなそうとシンタローは頭を切り換えて、ファイルから素早く数枚の紙を取り出し潔く部屋を出た。

 キンタローの部屋の前で一呼吸置く。大丈夫だと一言自分に言い聞かせて、シンタローは目の前にあるボタンを押した。来訪を告げる機械的なベルの音が鳴り響く。少し間を置いてドアが開くと、いつも通り無表情の従兄弟が現れた。
 シンタローはキンタローに促されて部屋の中へ入る。何度も訪れている部屋なのに、先程の思考の所為か僅かに緊張が走った。
『何も考えんな…』
 シンタローは不自然な動作をしないように注意を払いながら、努めて明るい口調で話しかけた。
「遅くに悪ィな…起きてたよな?」
 だが、キンタローからの返事がない。特に変な動作はしていないよなと考えながら、シンタローは訝しげな表情を浮かべて半身を見つめた。特に変わった様子はないのだが、少しぼうっとしているように見える。
 シンタローは、キンタローが起きているつもりで部屋の中へ入ってきてしまったが、もしかしたらもう寝るところだったのかもしれない。そうだったら悪いことをしたなと思い、様子伺いに名前を呼んだ。
「キンタロー?」
「あ…あぁ」
「ボーっとしてんな。やっぱ寝るとこだった?」
「いや…違うが…」
「ふーん…まぁいいや」
 実際の所どうなのか判断が付かなかったのだが、かといって深く追求することでもない。シンタローは笑みを浮かべると本題に入るべく書類を見せた。
「これ、確認したいとこがあんだけどサ」
 そう言ってキンタローに近づく。書類を手渡すと、キンタローの香りが微かに鼻梁を掠めた。心臓がドクリと音を立てて跳ね上がる。
『マズイ…』
 この場で余計なことは考えないようにしているはずなのに、目の前の従兄弟に心が反応を示す。僅かに近づいただけで心を顕わにしてしまいそうになる自分を必死に抑えつけた。
『俺、全然大丈夫じゃねーじゃんかヨ…』
 シンタローは必死の思いで感情を抑えつけ、何とかキンタローに視線を戻した。
 書類を見つめる顔が若干難しそうな顔をしている。青い双眸が手にしている紙をじっと見つめていた。
『あの青い眼に見つめられると…』
 思わずそう考えて、シンタローは頭を振った。全然まともな思考にならないのだ。目の前の従兄弟に視線も思考も奪われていく。
 このままジッと待っていると何かやらかすかもしれないと思ったシンタローは、キンタローからの答えを待たずに、促す意味も込めて再度話しかけた。
「説明が悪かったか?ココなんだけど…」
 怪しまれないように一歩近寄る。再度キンタローの香りに酔わされそうになるのを必死に拒みながら書類を覗き込んで一文を指した。
 途端に顔を背けられて、シンタローは驚く。何かまずい行動でもとってしまったのかと真っ黒な瞳を半身に向けた。
「キンタロー?」
「……………」
 呼びかけに応じる様子がないキンタローを不審に思うよりも、シンタローは己の行動を省みた。ちっとも冷静でいられない今、己は普通に接したつもりでも違うのかもしれない。先程、二人の間の距離感を考えたシンタローだったが、無意識にキンタローを求めて、一歩近寄った距離が近すぎたのかもしれない。それどころか、もしかしたら以前からも怪しげな行動を自分はとっていたのかもしれないと、シンタローはそこまで考えてしまった。
「なぁ…どうかしたのか?」
 気付かないでと願いながら、それ以上に、無言のまま拒絶をして欲しくない。縋るような気持ちで問いかけた声は静かに響いた。それはシンタローが想像したよりも随分と優しい声色で少し安堵する。
 シンタローのその問いかけに、キンタローはゆっくりと視線を戻した。
 キンタローの前では表情がストレートに出やすい自覚があるシンタローは、自分は今困ったような顔をしているんだろうなと思いながら、それでも何とか笑みを浮かべた。優しげな眼差しを何とか向けるよう努力する。
「何かあったのか?」
 少しの沈黙の後、キンタローは漸く口を開く。
「すまない…何でもないんだ。その…書類は、お前に聞かれて少し調べたいことが出来たから、一度預かって明日の午前中にはもう一度届ける」
 キンタローの台詞を耳にして、それが嘘だとシンタローは直ぐに判った。質問したところは調べるようなこととは無縁のところなのだから───。
「そっか、じゃ頼むな」
 それでもそれを咎めることもなく、シンタローは書類を預けた。何となくだが、この場にいて欲しくないんだろうなという気持ちは察しがつく。
 その後口を開かなくなってしまったキンタローに、何だか拒絶されたような気がして、シンタローは気持ちがどんどん沈んでいった。
「明日の夕方までに戻してくれれば大丈夫だからサ……おやすみ、キンタロー」
 そうお決まりの台詞を残して、キンタローの部屋から出ていく。キンタローが頷く姿が見えたが、それすらどうでもよくなっていた。
 沈んだ気持ちで部屋に戻りドアを閉めるとそのままもたれ掛かって天を仰ぐ。
「ダメじゃん、オレ…」
 相手の態度を余裕で見ることが全く出来ていない。いつもと同じように一挙一動に振り回されているシンタローは深く溜息をつきながらその場に崩れ落ちていった。
『あー…もう……キンタロー』

 次の日。シンタローが会議から戻ると、総帥室にはキンタローから書類が届けられていた。質問した部分の答えと補足説明が加えられているメモが一緒だ。
 別行動も珍しくない二人であるが、これは確実に避けられたと、シンタローは直感で思った。何が理由かは判らないが、この直感は間違っていないであろうと思う。
 昨日の今日で、正直言ってこれはダメージが大きかった。シンタローはこうやって避けるくらいなら何か言って欲しいのだ。あれだけ「殺す」と言って憎しみをぶつけられた仲なのだから、大抵のことは言われてもへこたれない自信がある。それよりも無言で拒絶される方がシンタローには堪えた。
『チクショー…何かあんなら言えよ、キンタロー………凹むだろーが…』
 心の中で悪態をついたシンタローだが、本当に沈んでいるのがよく判る。嫌になるほど喜怒哀楽がはっきりしている性格が非常に呪わしい。
 相手に抱いた恋愛感情よりも、現状の関係すら崩れてしまう方が明らかに問題だ。
 こうなったら避ける理由を絶対に聞き出してやると、シンタローは自分を奮い立たせるために心の中で誓う。そして余計な思考を振り切るべく積み上がった書類に手を伸ばした。逃避する場所が仕事というのは何とも虚しい感じだが、こんな時はやることがあるだけマシだとシンタローは考えることにした。
 そうして書類に集中しだしてから随分と時間が経ったと気付いた頃、シンタローは慌てて総帥室を出た。キンタローから理由を聞き出そうと考えていたのだが、時間が遅くなってしまっては意味がない。寝て逃げられたら聞くことが出来ないのだ。今日が無理なら明日にすればいいのだが、何となく勢いに乗らないと聞くことが出来ないような気がしたシンタローであった。
 流石に真っ赤な総帥服のまま乗り込むのは気が引けるので、一度部屋に戻って着替える。
 そして昨夜と同様にキンタローの部屋の前に立つと、勢いに乗ってベルを鳴らし、相手の反応を待たず勝手に入っていった。相手が応じるのを待つ少しの時間もじっとしていたくない。どのみち二人の関係だと、シンタローが部屋に来たことはベルを鳴らさなくても気付いているのだ。僅かな時間すら相手に逃げる隙を与えてしまうような気がして、少し乱暴な動作に出たのであった。そこまで必死な自分に、シンタローは少し泣けてきた。
 そうやって意気込んで乗り込んでいったシンタローだが、キンタローからの返事がないと思えばソファーの上で眠る半身の姿を見つけた。不意を付かれて一瞬固まってしまったシンタローであったが、それを上回る半身の珍しい姿を見た嬉しさから思わず微笑が浮かぶ。寝に逃げられたら困ると思ってはいたが、まさか本当に寝ているとは微塵も思っていなかったからだ。
 テーブルの上に置かれたグラスには氷の破片と透明な液体が僅かに入っている。液体の正体は溶けた氷で、眠る前に何か飲んでいたのだろう。
 キンタローは、脱いだジャケットをソファに投げ捨てネクタイを外し、首元を緩めた状態で横になったまま眠ってしまったようであった。何においても几帳面なキンタローのこういう姿を、シンタローは初めて見た。
 足音を立てないようゆっくりと歩いてキンタローに近づく。
 いつもは引き寄せられるようなブルーが飾る目は閉じられ、差し込む月明かりに照らされた金糸の髪が光を微かに反射しながら端正な顔を飾り立てている。
 眠っている姿も様になる。キンタローはそういう男だ。
 ただ横たわって眠っているだけなのに、シンタローはその姿から目が離せなかった。
「キンタロー…」
 キンタローが眠るソファの近くで身を屈め、顔を近づけ小さな声で呼びかける。
 それでも目を覚ますような気配はない。
 さっきまでの勢いは何処へいったのやら、シンタローは穏やかな笑みを浮かべたまま、目の前の端正な顔をじっと見つめ続けた。キンタローが起きていたら、この様な至近距離で顔を見ることなど出来ない。閉じられた目が開かれ、青い瞳に見つめられると金縛りにあったようにその場から動けなくなるのだ。
『今ならちょっと触っても起きねぇーかな…?』
 シンタローは今いる位置から動いて、キンタローの様子を窺いながらそっとソファの端に腰を掛けた。まだ覚醒はしないようである。
 相手が眠っているからとはいえ、ここ最近では全くなかった穏やかな空気が流れ出す。
 シンタローは己の気持ちを自覚してから、キンタローの一挙一動が気になり、表面上は体裁を取り繕いつつも、内心は荒波の様な感情に支配されていた。
 だが、今はそれがない。
 キンタローを想う暖かな気持ちだけが溢れ出して、眠る愛しき半身の傍に幸せな気持ちだけを感じて居ることが出来た。穏やかに眠るキンタローの顔をシンタローは飽きることなく見つめ続ける。
『相変わらず綺麗な顔をしてるよなぁー…やっぱ美形だな…』
 青の一族は皆整った顔立ちだ。外見だけは「美形だ」と言い張っても周りから文句が出ることはまずないだろう。もっとも、その美をいとも簡単に消し去れるくらい中身は個性が豊かに溢れる面々ばかりなのだが…。
『惚れてもおかしくねぇーよな…』
 明らかに異なる好意の種類。
 誤魔化すことが出来ない、恋愛感情。
『好きだな…コイツが…』
 シンタローは眠るキンタローの顔に己の顔を近づけた。間近真正面からしっかりと顔を捉える。
 流石にここまで近づくと相手が目を覚ますのではないかと気付くはずなのに、近寄った際に鼻孔を擽ったキンタローの香りに酔わされた。昨日は理性で拒むことが出来たその香りに、今日は見事なまでに捕まった。
 金糸に手を伸ばしそっと触れる。
 更に顔を近づけて、昔の己が憧れた金色に、今の己が恋い焦がれる相手の金色に、溢れ出した感情と共にそっと口付けを落とした。
 そして顔を上げると、先程まで閉じられていたブルーの目が開かれいて、真っ直ぐにシンタローを捉えていた。

『マズイ…マズイマズイ…ッ』
 やってしまったと驚いたシンタローは反射的に離れようと顔を上げたが、強く腕を引かれてキンタローの上に倒れ込む。それでも尚、この場から逃げようと身を捩ったのだが、シンタローはキンタローの腕に強く抱き締められた。
「キン…ッ」
 その意図が判らず半身の名前が口を衝いて出そうになったシンタローだったが、名前を呼び終える前に、キンタローの唇が重ねられた。
 その瞬間、シンタローは完全に身動きをとることが出来なくなってしまった。
『何…?』
 キンタローの唇が触れた瞬間、シンタローの頭の中全てが真っ白になった。現状を理解することが出来なくなった思考回路がオーバーヒートしたのだ。それでも重ねられた唇だけはリアルに感じる。
 シンタローはそれからの出来事が、スローモーションで流れていくように思えた。
 真っ黒な瞳が見開いて、キンタローを見つめる。
 ゆっくりと起き上がったキンタローに合わせてシンタローも起きあがり、その流れのまま、今度はゆっくりとソファに押し倒された。
 組み敷かれた体勢は男として屈辱なはずなのに、キンタローの顔が近づくとシンタローは驚いてその目を閉じる。そして重なる唇と強い力に再び拘束されたのであった。
『キン…タロー…』
 次第に深くなる口付けと抱き締める腕から、シンタローは逃れられなかった。
 キンタローの腕の中で硬直して動けなくなり、されるがままでいると口付けは次第に深くなっていく。絡められた舌から逃げようとして、シンタローはどんどん追い詰められた。何度も、何度も、息をする間も与えずに、キンタローが自分を求める姿だけを間近で感じる。
 強引な口付けに冷静な思考も何もかもが吹き飛ばさてしまい、シンタローの上に乗り上げたキンタローだけをリアルに感じていると、次第に硬直していた体から力が抜けてきた。同時に目頭が熱くなっていくのが判る。
 キンタローが重ねていた唇を離すと、真っ黒い瞳は涙で濡れたいた。
 シンタローが現状を理解できないまま固まっていると、キンタローは昨日と同じ様な苦しそうな顔をする。
 その表情に胸が痛んで、何か言おうとしたシンタローだったが、実際は声が出なかった。それよりも先にキンタローが苦しげに言葉を吐き出す。
「…好きだ、シンタロー」
 今まで一度も考えたことがなかったキンタローからの告白が頭の中に響き渡っていった。
『…好…き…?』
 重々しく吐き出されたその言葉だけが頭の中でぐるぐる回る。だが、その一言を理解することも今のシンタローには出来なかった。台詞という音は聞こえてくるのだが、衝撃が大きすぎて意味を理解出来ないのだ。
『キンタローが…俺を…何…?』
 シンタローは大きく見開いた真っ黒な瞳でキンタローを見つめた。言葉が口から出てこない。ただ胸が熱くなった。
 反応を返すことが出来ず、シンタローは呆然とキンタローを見つめ続けることしか出来なかった。相手に何を言えばいいのか、何を返せばいいのか、全く頭に浮かばない。そんなシンタローに向けられたキンタローの苦しそうな視線に更に胸が熱くなった。
 その青い目には、拒絶しても離さないという激情よりも、拒絶しないでという懇願の色が表れていたからだ。
 辛そうに歪められた顔と縋るような青い眼を向けてくるキンタローに、反応を返すタイミングが掴めず今だ硬直したままのシンタローだったが、再び口付けられ、その躰を包む衣服に手を掛けられると内心焦り出す。
 それに構わず触れくる手に体がビクリと少し跳ねた。ボタンを外され顕わになった肌に舌が這うと、味わったことのない感覚に体だけは現実に引き戻される。
『キンタロー…』
 シンタローは声を出すことが出来なくて、頭の中で半身の名前を呼んだ。相手に焦がれて胸が苦しくなる。想いを伝えたいのに声が出なくて、反応を返したいのに体が動かない。
 触れてくるキンタローが心の中で押さえつけていた感情の激流が流れ込んできたような気がした。
『シンタロー…ッ』
 少しずつキンタローに心を侵されていたシンタローは、半身の心が叫んだ悲哀に染まった自分の名前を、この時はしっかりと聞き取った。
 その瞬間、体が動き出す。今まで全く動かなかった思考回路が再起動したかのように回転を始めた。
 相手を悲しませたくない。自分の気持ちを伝えたい。
 そう思った瞬間、首筋に強く吸い付かれて、シンタローは吐息を洩らす。
『コノヤロ…』
 思考が働き出すと、いつものペースを取り戻すのも早かったようで、シンタローは流されて堪るかと思いながら、キンタローの背にゆっくりとその手を回した。
 驚いて顔を上げたキンタローに、シンタローは恥ずかしそうな顔向けてようやく口を開いた。
「コラ…お前は好きだと言ったら直ぐに押し倒すのかヨ」
 そう言って笑いながらキンタローに腕を伸ばす。するとキンタローはシンタローに引き寄せられたかのように強い力で抱き締めてきた。今度はシンタローもしっかりと抱き締め返す。
「シンタロー…」
「ビックリしてフリーズしたぞ…少しは待てよなァ」
 項垂れた様子のキンタローに、シンタローはにっこりと微笑む。
「お前も俺と同じだとは思わなかった」
「同…じ…?」
 シンタローの台詞にキンタローは呆然と問い返してきた。そんな金髪の従兄弟に、シンタローは微笑みを崩さぬまま言葉を続ける。
「聞き返されたら恥ずかしーだろ…ちゃんと察しろヨ」
 言葉を濁してしまったシンタローに、キンタローはどんな反応を返すかと思っていると、意味はしっかり捉えたようであった。フリーズとは無縁のような従兄弟に、シンタローは内心悔しがる。自分はキンタローの告白に驚きすぎて、全く反応出来なかったのだ。
「…俺が都合良いように解釈して構わないということ…か」
「他にどう解釈すんだよ───お前が好きって言って…俺は同じって言ったんだから」
 キンタローに抱き締められたまま、シンタローは照れながらそう言うと顔が少し赤くなるのを感じる。だから何処の乙女だよとシンタローが心の中で自分突っ込みをやっていると、キンタローが抱き締める腕に力を込めた。
 シンタローはキンタローをあやすように抱き締めながら、金糸の髪に手を伸ばし優しく梳き、キンタローの頬に触れる。そうすると今までシンタローをきつく抱き締め、その肩に顔を埋めていたキンタローが、シンタローの手に誘われてゆっくりと顔を上げた。
 それを見計らって、今度はシンタローが口付ける。一瞬驚いた様子のキンタローに内心してやったりと思ったシンタローだったが、直ぐに主導権を奪われた。それには特に反抗することもせず、再び絡めてきた舌からは逃げずに、シンタローもしっかりと絡め返す。濡れた音が互いの耳を侵していった。
 口付けを交わしたまま時が流れていく。だんだんと高ぶっていく体を素直に受け入れられずに戸惑ってしまったシンタローは、それ以上キンタローを引き寄せることが出来なかった。恐らくそれに気付かぬキンタローではないのだが、だからといってシンタローを逃がすようなことはしないようだ。
「…キンタロー…」
 シンタローは半身にされるがまま、上半身を完全に脱がされた時点で不安げな声を上げる。真っ黒な瞳には、懇願するような色合いが浮かんでいた。
 それはそうであろう。今まで抱くことはあっても抱かれることはなかったのだ。そう考えると、初めての行為になるわけで、恐怖を感じるなという方が無理である。
 ただシンタローも男だから、男の習性はよく判る。ここで「止めろ」というのがどれほど酷なことかしっかり解ってしまうため、そんなことは口が裂けても言えない。
 名前を呼んだシンタローにキンタローはしっかりと視線を合わせた。
 青い眼は既に欲情しているキンタローの感情を露わにしていて、シンタローを欲しているのが一目で判る。その眼に見つめられるだけで、シンタローは捕らわれて動けなくなってしまった。
『うー…っつーか、何で俺がこっち?』
 心の中でそう思ったものの、声に出さなかった時点で立場が決まる。
「すまない、シンタロー…───俺は今すぐお前が欲しい」
 キンタローからの止めの一言を告げられると、言葉を返す前にしっかり唇を奪われる。そのままシンタローの体に快楽へと誘う刺激が与えらていった。
 この先を考えると不安と恐怖に竦みそうになるのだが、それよりもお互いが相手を想い合っているのならどちらでも問題はないのかもと、シンタローは思う。
『まぁ…コイツだから、いいか…───キンタロー』

 シンタローは崖から飛び降りるような気持ちを抱えつつ、それでも半身を受け止めようと潔く目を閉じた。
 今までと違った立場に体が震える。快楽を与えるのと与えられるのではこんなにも違うのかと思うくらいの緊張が走る。キンタローの手の動きに翻弄されながら、シンタローは相手の背に手を回した。ただ触れられているだけなのに、全てを引きずり出されるような感覚に陥る。快楽に目が霞んでいく。
「ん……は…ぁ…」
 微かな吐息と甘い声がシンタローの口から洩れた。それは自分の声とは思いたくないほどトーンが高くて、艶を含んだ己の声に恥ずかしくなる。
 だが、それを感じたのも束の間、何の前触れもなくキンタローの手がいきなり中心に触れてくる。突如として襲ったダイレクトな快感にシンタローの体が大きく仰け反った。驚いたものの制止する間もなく、身に付けていた衣服が全て剥ぎ取られる。露わになった下肢に遠慮なく伸ばされた手がシンタローを快感の虜にするかのように絡められていく。
「ぅあ…キンッ…タロ…や…ぁ…」
 緊張で張り詰められていた心に、今までと違った立場で与えられる快感が負荷となって、シンタローの理性は極限まで追い詰められていた。心を縛り付ける不安と恐怖と緊張で、縋り付くように伸ばされた片方の腕は、乗り上げた半身を強く引き寄せる。だがもう片方の手は、シンタローの理性を飛ばすように絡められたキンタローの手を絡め取ろうとしていた。
 そんな無意識の抵抗も虚しく、その手はキンタローの手にあっさり屈する。シンタローの手に絡められたキンタローの長い指にすら気分を高揚とさせられた。更にシンタローはキンタローのもう一方の手で容赦なく刺激を与えられた。
「あ…んぁ…ぁああッ」
 与えられる快感に耐えきれなくなってシンタローは一際高い声で啼くと、絡められた手に促されるまま熱を放った。
 他人の手で達せられることはこれほどの屈辱を感じるものなのかと、シンタローは僅かに残っている理性で思いながら、一方でその相手がキンタローだという現実に興奮を覚える。
 シンタローが放った熱は服を着たままだったキンタローのシャツを汚した。それが己の痴態を表しているように思えて、シンタローはただ呆然と見つめるしか出来なかった。その視線を受けながら、キンタローは見せつけるように、シンタローの体液で濡れた手をペロリと舐めた。
 キンタローの妖艶且つ威圧的な雰囲気にのまれて、シンタローは動けなくなる。
 半身が服を脱ぎ捨てる姿に体が震えた。
 自分ばかりが快楽の世界に浸っているような気がしていたシンタローだが、キンタローが己の猛りを顕わにすると相手の興奮を間近で感じることとなった。
 それに少し安堵したものの、先の行為を思うと恐怖と不安に身が竦む。
 どうしたらいいのか判らなくて動けずにいたシンタローはキンタローにあっさり押し倒された。さっき熱を解放したばかりの中心に再び指が絡み、シンタローが思わず吐息を洩らすと、その手がキンタローを受け入れる箇所を確かめるように伸ばされた。覚悟を決めて目を瞑ると同時に、キンタローの長い指が埋められていく。
 好きという気持ちがあっても、男に抱かれるのは恐いものだとシンタローは思う。だが、それは相手にも言えることなのだろうと思った。男を抱くということも大変なことのはずだ。ろくに女も知らないで自分に囚われ続けた結果、その強い感情を持って求めてくるキンタローをシンタローは絶対に拒みたくなかった。
「はっ…ぁ…ッ」
 異物感に圧迫されて、苦しさに息を吐き出す。
 それを緩和させようとキンタローの指が内部を探るように動いた。欲に濡れた青い眼は鋭い輝きを放ちながら半身を見つめている。
 シンタローが違和感を感じたのはその直ぐ後であった。
 もっと酷い痛みや苦痛を想像していたのだが、初めてなのにあまりそれを感じない。
 それどころか、最初からキンタローの手は、勝手知ったかのようにシンタローの肌の上を滑っていた。その手は抗いがたい快感を与えてくるのだ。
『コ…イツ……知って…』
 シンタローの体事情を知っているとすれば、恐らく共有している記憶からであろう。それを意識してやっているのか無意識なのか、随分と手際よく刺激を与えてくれる。
 おかげで、はじめは苦しそうに目を瞑って息を吐き出していたシンタローだったが、それは次第に甘さを含んだ吐息に変わっていった。
『チ…クショー…もう…ッ』
 与えられた快感に耐えきれず、シンタローはのしかかってくる半身に縋るように腕を伸ばした。
 高ぶった体に涙が頬を伝う。それを舐めてとられると、シンタローは堅く閉じていた目をうっすら開いた。
 自分の上には欲に濡れた青い眼でシンタローを見つめるキンタローがいた。その視線に引きずられ、鋭い眼光に理性を吹き飛ばされると、シンタローは一際激しく反応を示した。
「あっ…ぁあ…ん…はぁ…キ…ン…」
 このままでは耐えられないと思ったシンタローは、キンタローに限界を訴えようとしたのだが、息が上手く出来ずに言葉が途切れ途切れになる。自分だけが全てをさらけ出して、このまま手でいかされるのは嫌だった。
 だが、そんな心中など露ほども知らないキンタローに、シンタローは耳を軽く咬まれる。そのまま舌で刺激を与えられると、必死になってキンタローに強くしがみついた。
『や…だ……キン…タ…ロー』
 押し寄せる快感の荒波を何とか耐えたかと思った瞬間、耳に触れていた唇が直に鼓膜へ響くような低い声で囁やく。
「何だ、シンタロー」
 その声で堰き止めていたものが弾け飛び、シンタローは己の意志とは無関係にドクリと再び熱を放った。
『…ひど…いッ』
 気持ちが良ければいいものではないと訴えたかったシンタローだが、それよりも、自分の意志とは無関係に感じた快感と羞恥で涙が浮かんだ。衝撃が大きくて思わず顔を手で隠そうとする。だが、キンタローがそれを許してくれない。その手を掴まれて、シンタローは真上からしっかり顔を覗かれた。
 シンタローの顔は羞恥で紅く染まり、真っ黒な瞳から止め処なく涙が溢れ出していた。
「キ…ン…タロー…」
 涙声で半身の名前を呼ぶと、その唇に口付けが落とされる。今まで内部で動き回っていた指が引き抜かれ、どうするのかと考える前に圧倒的な質量で貫かれた。
「─────ッ!!!」
 あまりの衝撃にシンタローは声にならない悲鳴を上げる。だがキンタローは行動を緩めるどころかそのまま激しく突き上げてきた。
「あ…んあッ…ああぁッ」
 キンタローがぶつける己の猛りを内部で感じ、更に果てて直ぐに与えられた激しい刺激にシンタローの嬌声が悲鳴のように響く。
「愛してる…シンタロー」
 シンタローの耳に、愛してる、と囁くキンタローの声が微かに聞こえた。
「ぁあ…ッ…ん…ぁ…ふぅ…あ…ぁ…ッ」
 だがシンタローの口からは、キンタローの動きに合わせて止め処なく甘い声が洩れるだけだ。
「シンタロー…」
「あ…ん…ぅ……オレ…も…愛し…んぁああッ」
 快楽に溺れながらも呼ばれた名前に、シンタローは反応を示そうとしたが、激しさを増して与え続けられる快感にどんどん追い詰められていく。耐えきれずにシンタローがまた熱を放つと、後を追って体の中に放たれた熱を感じた。
 瞬間の開放感の後に訪れた怠さと余韻に浸りながら、呼吸を整えようと二人揃って荒い息をする。特にシンタローは休む間もなく刺激を与え続けられて、完全に息が上がっていた。
『苦…し…』
 肩を揺らして大きく息をしていたシンタローだが、いきなりキンタローに抱き上げられて驚く。何事かと思って顔を見上げると、欲情している半身は完全に理性が飛んでしまっているように思えた。
 何処へ向かうのかと思えば、ベッドルーム連れて行かれる。確かに今まで抱き合っていたソファは狭くて、窮屈な姿勢は体にかかる負荷を大きくしていた。
 シンタローは口付けを受けながらゆっくりベッドに降ろされる。二人の舌が絡み合い濡れた音を立てた。キンタローから与えられた深い口づけにシンタローの意識は完全に奪われる。目の前にいる半身に与えられる全てを感じて、シンタローはキンタロー以外何も考えられなくなっていった。絡められた舌が離れていくと、快感の涙を浮かべた真っ黒な瞳が物足りなさを訴える。
 朦朧とする頭でただキンタローだけを求めていたシンタローは、体を反転させられ四つん這いの姿勢にとらされた。体に力が全く入らず、シンタローの膝がガクガクと震える。オーバーヒートした思考回路では何が起きるのか全く予測できず、ただ震える体を腕で支えていたシンタローだが、それを支えるようにキンタローの腕が伸びてきたと思ったらいきなり後ろから貫かれた。
「ッあああぁ───ッ!!!」
 予想外の刺激でスパークした体は大きな衝撃を受け、シンタローは悲鳴を上げた。
 キンタローに貫かれながらも再び囁かれた愛の言葉にはもう反応を返せなかった。
「キン…タ…ロッ…はッ…ぁあ…もう…んぁッ…無…理だ…ッて」
「俺はまだ…お前が足りない」
 快楽に溺れた体は直ぐにでも達してしまいそうだった。足りないと言って求め続ける半身に身も心も捕らわれる。
「んぅ…はッ…キン…ッ」
 体勢を保てずに崩れ落ちそうになったシンタローの体をキンタローの腕が支えたが、容赦なく突き上げてくる半身は、いとも簡単にシンタローを限界まで追い詰める。
 部屋の静寂が、荒い息づかいと、甘い啼き声と、濡れた音だけに支配されていく。
 キンタローの欲望の全てをぶつけられたシンタローは為す術もなく、ただただ半身にその身を食らわれ続けたのであった。

 最初に押し倒されたソファからベッドへ連れていかれ、その後も容赦なく快楽へ追い詰められたシンタローは、物の見事にキンタローの腕の中でぐったりしていた。補佐官の欲望の前では、現ガンマ団総帥ですら全く歯が立たなかったようである。
『コ…コイツ…鬼だッ』
 息が上がったまま未だに呼吸が整わないシンタローは暫く動くことが出来なかった。散々啼かされたおかげて喉がいがらっぽい。それを気遣ってか、キンタローが持ってきてくれたミネラルウォーターをそっと渡してくれる。恵みの水だと思いながら、シンタローはありがたく受け取った。
 喉を潤したくてシンタローはキャップを外そうとしたのだが、全く力が入らない。
『マジかよ…』
 士官学生時代、過酷な訓練を受けた後、この様に水を飲むことするままならない状態になったことがあるシンタローだったが、まさか抱かれた後にペットボトルすら開けられない状態になるとは思ってもみなかった。
 これでは流石に男としてのプライドがずたずたである。逆の立場って辛いんだ、と本気で思ってしまったほどだ。
 シンタローがペットボトルのキャップに苦戦をしていると、それを見かねたキンタローが横から手を伸ばした。
 半身に奪われたペットボトルの行方を目で追ってみると、キンタローがキャップを外してシンタローの口元に宛ってくれる。口を開けるとゆっくりと傾けられたボトルから少しずつ水が流れ込んでくる。飲ませてもらう姿を情けないと思いつつ、シンタローはありがたく水を飲み込んだ。
 カラカラに乾いた喉を水で潤していたシンタローだが、満足したところで首を振る。キンタローはペットボトルをシンタローの口元から離し、キャップを締めてボトルをベッドサイドに置いた。水のおかげで少し人心地がついたシンタローだったが、直ぐさまもう一度キンタローに緩い力で抱き締められた。乱れた漆黒の長い髪にキンタローの長い指が絡められる。そのまま髪を梳いていくキンタローの指が、シンタローには心地よかった。
 心地よさに身を任せ暫く大人しくしていたシンタローであったが、情事直後よりは幾分マシになってきたと思ったところで口を開く。
「お前…ヒド…ここ…まで…やんなくっ…たって…」
 弱々しく掠れた声での抗議になって、ますます撃沈しそうになったシンタローであった。
『あり得ねぇー…』
 別に怒っているわけではなかったのだが、キンタローへの訴えは半分以上が甘えた声になってしまい、ますます追い打ちをかけられら。めり込んでしまいそうなシンタローだったが、キンタローが相手だから良いんだと強引に自分を納得させる。先程は快楽に溺れて上手く焦点が定まらなくなっていた黒い眼は、いつも通りの鋭い輝きを取り戻してきていた。シンタローは傍にいる半身の顔をじっと見つめる。
「…すまなかった…シンタロー…」
 そんなシンタローにキンタローが殊勝な態度で謝る。先程の欲に濡れた状態と打って変わった姿にシンタローは内心苦笑する。怒っているわけではないのだからそれ以上は咎めもせずに、髪に触れてくるキンタローの手を心地良く感じながら目を閉じた。
「何かさ…展開が…早ェと思うんだけど…」
 キンタローでもあんなに余裕がなくなるのかと思うと、シンタローは少し安心した気持ちになった。自分だけが惚れているわけではない。キンタローがシンタローを求め、そのまま自分に溺れていったのが抱かれながらよく判った。その場の主導権を握り、シンタローを快楽へどんどん追い詰めていったにも関わらず、実際は自分よりも余裕がなかったキンタローが愛しく思える。
 言葉を切った箇所が悪かったようで、シンタローの台詞にキンタローが何とも言えない空気を醸し出している。そんなキンタローにシンタローは思わず笑みを洩らした。
「怒ってる訳じゃねぇーから、気にすんな。まどろっこしいのは嫌いなんだ。欲しいもんには速攻勝負って態度は嫌いじゃねェヨ───まぁ、お前と俺だから言えることだけどさ」
 キンタロー以外なら即眼魔砲である。ここでわざわざ例を挙げなくても彼方へ飛ばされていった見本は周りにいる。
 そんなシンタローの台詞を聞いたからか、キンタローの端正な顔に苦笑が浮かんだ。シンタローはそんな半身を目にして何だかよく判らずに、きょとんとした顔をする。
「いや…お前次第で随分と違うものだな…と思って」
「…………?」
「先程まで、随分と暗い気持ちで沈んでいたからな」
「何で?」
「決まっているだろう。お前が欲しかったからだ、シンタロー」
 キンタローがそんな台詞を真顔で言うものだから、シンタローも思わず素直な反応を返してしまった。顔がうっすら紅く染まったのが自分でも判る。そんな半身をどう思ったのか、キンタローが抱き締める腕に力を込めた。恥ずかしさのあまり視線を逸らそうとしたシンタローだったが、キンタローの青い双眸にしっかりと視線を合わせられる。逃げ道を失ったシンタローに、キンタローは淡々とした口調で想いを告げる。
「受け入れてもらえるとは到底思わなかった。だが、抑えつければつけるほど、お前を思う気持ちはどんどん制御を失っていく…どうすれば良いか判らなくて、どうにも出来ないと思っていたんだ。お前のことが好きで、好きで、狂いそうなほど好きで…」
 相手がシンタローの場合、いやに熱帯びて語るよりも淡々とした口調の方が大人しく聞いてもらえる確率が高い。
 だがしかし。
 キンタローが言った台詞は少しばかりストレート過ぎて、更に大人しく聞くには長かったようであった。
「わ…解ったッ!!解ったから…もう…それ以上言うなッ!!」
 聞いている途中で恥ずかしさの頂点を極めたシンタローは、顔を真っ赤に染めて台詞を途中で遮った。見事なまでに羞恥の渦に飲み込まれたシンタローは、キンタローの腕から逃れようと試みたが、体勢を変えられ再び組み敷かれた。逃亡に失敗した上、青い眼に真上から真っ直ぐ覗き込まれて、更にどぎまぎしてしまう。
『この男はどーしてこーなんだよッ!!』
 心の中で悪態をついたが、何か言えば倍になって恥ずかしい台詞を返されそうな気がして何も言えない。
「………シンタロー、そんなに恥ずかしがることか?」
「あ…当たり前だろ!!」
「ふむ…。なら、次からはもう少し考えるか」
「考えるって…?」
「お前を抱いているときなら聞いてくれるのだろう?」
「~~~~~ッ!!!」
「さっきは大人しく聞いていたじゃないか。失敗したな、欲に負けて言い足りなかった…」
 先手を打ったはずだったのだが、何も言わなくても恥ずかしい台詞を思い切り返されたガンマ団新総帥は、本日何度目になるか判らない撃沈を味わった。
 本気で残念がっているキンタローに、シンタローは言葉がない。またもや余りの衝撃に涙目になったシンタローは抗議の意味を込めてそのまま半身を睨んだ。涙目で睨んでも逆効果だということを判っているのか否か…。
『ストレートに言い過ぎなんだよ、バカヤロー!!さっきは大人しく聞いてただぁ?───…あぁ、聞いてたよ…ッ』
 自分も必死に何か言ったような気がするのだが、はっきり言って覚えていない。キンタローの台詞すらうろ覚えのシンタローだ。あれだけ余裕がない中での出来事を事細かに覚えているのは無理であった。
 それでもキンタローの強い感情に引き寄せられて、シンタローも心を顕わにした記憶はある。
『だけどそれをいちいち指摘すんなっつーの!!デリカシーの欠片もねぇヤツ!!』
 キンタローの場合、言葉一つ一つに相手をからかう意志は全くない。意見を述べるのと同じ様な感覚で台詞を口にするからある意味質が悪い。それにいつも振り回されるシンタローなのだ。
 心の中で罵倒をしていると、キンタローが唇を重ねてきた。これに便乗してうやむやにしてしまおうとシンタローはキンタローの首に手を回す。
 これ幸いと相手の要求に乗ったシンタローはキンタローからの恥ずかしい台詞を封じることには成功したのだが、その口付けで再び体に熱が宿っていくの感じる。
『あんだけやられたのに懲りてねぇーな、俺の体は…』
 本格的にやばくなる前に逃げ出さなくてはと内心焦れば、キンタローが唇を離した。
『もしかして……コイツも同じこと考えたのかな?』
 そう思った瞬間、何となくおかしくなってこっそりと笑ってしまったシンタローである。
 常に冷静沈着だと思っていた従兄弟は、シンタローに関してだけ余裕がなくなる。端正な顔が歪められ、その感情を間近に感じることが出来たのが、非常に嬉しかった。総帥と補佐の関係、信頼する相棒としての関係、従兄弟としての関係、そこでは見られなかったキンタローの激しい感情。
『そーいや、結構感情が激しいヤツだったんだよな』
 殺してやると唸りながら執拗に追い回してきた時のキンタローを思い出す。あの時も、物騒な感情を微塵も隠そうとはせず、殺気立って追いかけてきた。感情の種類は全く異なるのだが、今日感じたキンタローの激情も昔を思わせるほど強かった。この男にそこまで想われるのは悪くない、と思ったシンタローである。
『悪くない───じゃねぇな…どうしようもないくらい、スゲェ嬉しい』
 自分が惚れた相手、ましてや男と両想いになれる確率は、低いなんてものではない。
 この幸運に心から感謝をしながら、その想いがどれだけ嬉しかったか上手く想いを告げられないシンタローは更に少しだけキンタローに身を寄せる。半身は当然のようにその体を抱き締めてくれた。それに自然と微笑が浮かぶ。
 キンタローとの間に、新たに加わった関係が、これから起こる出来事を楽しみに思わせる。



恋心。恋い慕う心が囚われた相手に捕らわれた。
その奧にある『愛』を見つけて、二人の『道』がまた一つ重なっていく。




ENDLESS LOVE is ...


 
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