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kkk
 
 良く晴れた日の夜であった。
 窓から差し込む月明かりが部屋の中を照らして、明かりを消しても完全な暗闇が訪れない。外では様々な虫の音が鳴り響いている。誰が見ても穏やかな夜だという日だ。
 キンタローは自室のソファーに座りながらぼんやりと俯いていた。いつもなら部屋に戻れば着替えを素早く済ませ、脱いだスーツも跡がつかないようにきちんとハンガーに掛ける。
 だが、今はその動作も億劫で、脱ぎ捨てたジャケットはソファの背にかけられたままだった。
 どこにいても考えるのは黒髪の従兄弟のことで、いい加減、己の思考回路に嫌気がさしてくる。あまり表情が露わにならない人間で良かったと、最近はよく思う。
 もし、感情がストレートに出ていたら、とても顔を合わせることなど出来ない。
 自分がどんな感情を抱いて傍にいるのか相手に知られるのが恐い。正確には、知られることが恐いのではなくて、それによって拒絶されることがキンタローは恐かった。
 やっと得た感情で、殺意しかぶつけられなかった頃と、今は違う。
 己ですら持て余す強い感情───殺意をやっとコントロールできるようになった頃には、既に始まっていた。いつがスタートだったのかは判らない。
 周囲に慣れていくに連れて、キンタローは様々なものに対して好意というものを持てるようになった。初めての感覚に戸惑いを感じたが、決して不快なものではない。そして、そう感じる心から周囲への興味が広がっていったのだ。
 色んな感覚をリアルに感じられることが単純に嬉しかったのである。ここで感じた喜怒哀楽は全てキンタローのものなのだ。
『なのに、何故、アイツにだけは好意の種類が違ってしまったのだろうか…』
 キンタローはどれだけ考えても答えを出せなかった。今はそれがとても苦しい。考えれば考えるほど、胸が締め付けられて息が出来なくなる。他の誰に抱く感情よりも温かく感じられるのに、それが時折切なくて苦しいものに変わる。隣りにいて、全面的に寄せられる無防備な信頼が、とても嬉しく思えるのに、何故か辛くも感じられた。
 かといって、己の位置を誰にも譲ることなど考えられず、抑えられない感情と理性の狭間を、キンタローはずっと彷徨っていた。
『何故このような感情を抱くようになったのだろう…』
 何度投げかけたか判らない自問自答を頭の中で繰り返す。
 心底殺したい相手だった。
 強い憎悪の感情しか抱けなかった相手なのだ。
 何がきっかけで好きになったのか判らない。
 気付いたときには遅かった。
 今はシンタローが欲しくて仕方がない。強い独占欲が己の中で蠢いていて、どうすることも出来ない。この感情で相手を潰してしまいそうで、壊してしまいそうで、今の位置から動くことが恐い。
 ただ、一緒にいたい、ではすまない感情。
 己の中に根付いた感情は、そんな生やさしいものではない。
 生々しくどす黒い独占欲にまみれ狂気を含みながらも、初めて抱いた恋心。
『苦しいものだな…』
 何故、好きな人を想うだけなのに、こんなにも苦しみが伴うのかが判らない。シンタローを想う時間を幸福に思えたら良いのに、現実の感情は欲を伴い微塵も綺麗なものではなかった。
 黒い瞳に他の者を映すのが我慢できない。
 自分以外の者に笑いかけることが許せない。
 何処かに閉じ込めて、ずっと二人で居られたら─────。
 そんな思考にいたって、キンタローの秀麗な顔に自嘲の笑みが浮かぶ。あまりにも非現実的な考えに、己は狂っているのではないかと思った。
『大体から…アイツを閉じ込めて俺はどうする気なんだ』
 シンタローは誰かに飼われるような性質ではない。閉じ込めておくことなど出来ない。
 彼は『自由』と『希望』なのだ。
 彼に似合うのは、暗く閉ざされた狭い地下室ではなく、輝く陽光を全身に浴びることが出来る真っ青な空と海と大地だ。繋がれた鎖よりも、大きな翼が似合う。
 キンタローが一番好きなシンタローは『そこ』に存在するのだ。
 青の一族の中にいながら、異なった容姿でしがらみを断ち切る美しい刃であり、それでもその刃は傷つけるために在るわけではなく、皆を包み込む暖かな希望を生み出す。
『アイツが好きだ…』
 そう心の中で想いを吐き出して、現実には重々しい溜息が一つもれた。
 目を瞑れば脳裏に浮かぶのは黒髪の従兄弟の笑顔。見惚れるような笑顔で「キンタロー」と呼びかける彼の声が鮮明に蘇る。
『好きで…好きで……気が狂いそうだ』
 自分の感情を押しつけて、そのまま腕の中に閉じ込められたなら、とそんな思考がキンタローの頭の中でグルグル回る。相手を困らせたいわけではないのに、思考回路がどんどんマイナスへと向かっていく。
 狂気じみた時を共に過ごしたいわけではない。
 それでも、止まらない感情。狂おしいほど愛しい存在。
『シンタロー…俺は…』
 キンタローは再び一度溜息をつく。
 独占欲に溺れそうになり、必死で藻掻き苦しむ。それでも沈んでいく気持ちに押し潰されそうになったとき、訪問者を告げる機械的な音がした。意識が一気に現実に引き戻された。

「遅くに悪ィな…起きてたよな?」
 深夜に訪れたシンタローを部屋に招き入れたものの、キンタローは半身の姿を目の当たりにして思考回路が上手く働かなかった。
 目に見えない繋がりがあるため、普段なら相手の動向に必ず気付く。だからシンタローが姿を現す前にここへ来ることに気付くことが出来るのだ。
 だがしかし、今まで深く沈んだ気持ちに囚われていて、キンタローは全く気付かなかった。
 予想もしなかった突然の来訪に、ただ驚き、自制することにのみ神経を使う。おかげでシンタローが話しかけてくる台詞は全くキンタローの頭に入らなかった。想い人の声だけが、静かに頭の中で響いていく。
「キンタロー?」
 訝しげな顔を向けられて、キンタローは何とか返事をする。
「あ…あぁ」
「ボーっとしてんな。やっぱ寝るとこだった?」
「いや…違うが…」
「ふーん…まぁいいや」
 そういって笑みを浮かべたシンタローに、キンタローの胸が締め付けられる。この男の笑った顔が好きなのに、どうしても苦しい。
 シンタローに触れたくて、思わず伸ばしかけた手をキンタローは必死になって留める。強く握られた拳から感覚がだんだん抜けていき、そうすることで何とか自分を制することが出来た。
「これ、確認したいとこがあんだけどサ」
 そんな様子に気付かないシンタローは、キンタローに近寄ると持ってきた書類を手渡した。
 紙を受け取った際に、シンタローの香りがキンタローを惑わす。
 彼にそんな気はないんだと、キンタローは必死になって自分に言い聞かせ、受け取った書類に意識を集中させようと努める。だが、紙面上の文字列もなかなか頭に入ってこない。普段なら即答できるようなことでも、なかなか答えが口から出てこないのだ。
『駄目だ…集中しろ』
 このままではシンタローに怪しまれる。読み慣れているはずの書類を何度も目で追い、シンタローの質問と共に頭の中で考えるのだが一向に答えが出てこない。どうしたって傍にいるシンタローに意識を奪われていく。
「説明が悪かったか?ココなんだけど…」
 いつもなら質問にはすらすら答えるキンタローが一向に口を開かないので、シンタローは疑問に思ったのであろう。一歩近寄って書類を覗き込み、指を伸ばして一文を指した。目と鼻の先の漆黒の髪にキンタローの心臓が高鳴る。
 言葉を続けようとしたシンタローからキンタローは思わず顔を背けた。このままでは本当に腕の中に捕らえて離せなくなる。
 今まで書類を見ていたはずのキンタローが、いきなり顔を背けたので、シンタローは驚いた表情を向ける。そんなキンタローに、何事かと真っ黒な瞳が見つめてきた。
「キンタロー?」
「……………」
 呼びかけにも声が出せない。シンタローを一秒だって見ていられない。視線を合わせたら逸らせなくなる。
 それなのに───。
「なぁ…どうかしたのか?」
 キンタローの動作を訝しがるよりも、心配したような静かな声で問われて、思わず振り向いてしまう。困ったような笑みを浮かべたシンタローが、優しげな眼差しでキンタローを見つめていた。
「何かあったのか?」
 あるにはあるのだが、キンタローはそれを言うことが出来ない。
 お前が好きだ。
 お前を離したくない。
 お前を───。
 頭に浮かんだ言葉と想いは、心の底に沈めて、静かに口を開いた。
「すまない…何でもないんだ。その…書類は、お前に聞かれて少し調べたいことが出来たから、一度預かって明日の午前中にはもう一度届ける」
 調べることなどないのだが、早く一人になりたくてキンタローは嘘をついた。シンタローは黙って聞きながらその姿を見つめていたが「そっか、じゃ頼むな」と言って、書類を預けた。
 再び黙り込んでしまったキンタローに、話しかける隙がなく感じたのだろう。普段なら雑談をしていくシンタローは他の話を振る様子もなくドアへと向かう。
「明日の夕方までに戻してくれれば大丈夫だからサ……おやすみ、キンタロー」
 キンタローはその言葉にも何も返せず、小さく頷くことしか出来なかった。それでもシンタローは笑みを残して自室へと立ち去った。
 去り際の笑顔の中に浮かんだ少し悲しそうな表情に、キンタローは気付けなかった。
 ドアを閉めるとその場に崩れ落ちる。音を立てて書類が床に散らばった。握りしめていた手には、うっすらと血が滲んでいる。
『シンタロー…』
 キンタローは心の中で、愛しい半身の名前を呼んだ。

 次の日、キンタローはシンタローを避けるように、本人が総帥室にいない時間を狙って書類を届けた。質問への回答と簡単なメモ書きを置いて部屋を出る。
 お互いにそれぞれの仕事があるわけだから、別段珍しい行動でもない。普段からよくある。
 ただ、昨晩の件があるために、若干後ろめたさを感じていたキンタローであった。
 それでも一日は淡々と過ぎていく。特に外へ出る用事もなく、研究室に籠もろうかとも考えたキンタローだが、仕事に全く身が入っていないのがよく判る。仕事の進みが悪いどころではなく、全く進まない。無意味に広げられた資料の数々と電源だけが入れられたパソコン。昼間に入れたはずのコーヒーが未だになみなみと残っている有様だ。
 キンタローは諦めて、幾つかの論文を片手に、自室へと引き上げた。
 部屋に戻ると、せっかく持ってきた論文を机の上に放り出す。昨日と同様にジャケットを脱ぎ捨てると、棚からアルコールの瓶を取り出した。グラスに氷を入れ、半分くらいまで琥珀色の液体を注ぐ。それを一気に飲み干すと流れ込む液体に焼けるような感覚を感じた。そしてソファに深く沈む。
 キンタローはこれ以上何も考えたくなくて、このまま酔いつぶれてしまいたかった。
 静かに目を瞑ると、やはり浮かぶのは黒髪の従兄弟。昨晩この部屋で向けられた困ったような優しげな眼差しがリアルに蘇る。間近に迫った漆黒の髪を思うと、また胸が締め付けられた。
 心が赴くままに、この想いの全てを吐き出して、この腕で抱き締め口付けを交わし、望むがままに求められたら少しは楽になれるのだろうか。
 自分の欲望を思うと、シンタローの涙が浮かぶ。絶対に手は出せないのだ。それでも望む心は止められない。必死に制御しようと試みるのに、だんだんとキンタローのコントロールから離れていっている。
 長い間目を瞑っていたキンタローだが、溜息をつきながら目を開いた。
 気が紛れるかと思って飲んだアルコールは、どうやら悪い方へ入ったようだ。
 グラスに半分だったが、アルコール度数が高いだけに素面とは違う。だが、酔うには全然足りない量だ。酒に強いのも困ったものだなと思ったが、キンタローはこれ以上飲む気にはなれなかった。一瓶空けてしまえば流石につぶれるだろうと思いはしたが、アルコールを飲みたい気分でもなくなった。
 これからもずっとこのままでいられるわけがない。そんな自信はキンタローにない。親しくなり始めた頃、まだ恋心を抱く前のように接することはきっともう出来なくなっているのだ。
 だが、ここから動くこともまた、出来るわけがない。玉砕覚悟で想いを伝える勇気もないのだ。
 どうするのがいいのか答えが見つけ出せないまま、かなりの時が流れている。
 以前の自分がどう接していたか判らなくなるほど溢れ出した想いを抱えて、それでも『この場所』で立ち尽くしたまま、自分の欲望に押し潰されそうになる。
『俺は…こんなに臆病な人間だったのか…?』
 あれだけこの世から消し去ってしまいたいと思った人物へ抱く感情とは到底思えない恋心。
 目をつぶり、現実から遠のいていく意識の中で、愛しき存在だけがキンタローの頭の中に浮かぶ。無意識に追い求め続ける姿だ。
 そうしてどれだけの時間が経っただろうか。
 夢現の状態でソファに横たわっていたとき、半身が近づいてくる感覚が突然襲った。
 そう感じた瞬間機械的なベル音が鳴り響き、返事をする間もなく、部屋の中にシンタローが入って来たのだった。

 常に共に在ったのだから、どれだけ距離を置こうとも相手の動向が判ってしまうものなのだと気付いたのはいつの頃だっただろうかとキンタローは思った。
 突然シンタローが入ってきたことに起き上がろうと思ったキンタローだが、その瞬間、シンタローへの想いが再び溢れだした。
『このままではマズイな…』
 先程飲んだアルコールの所為で理性のタガが外れかかっている。頭の中に浮かぶ思考でそう思えた。そんな時に、この様な薄暗い自室にてシンタローと二人きりになってまともな対応が出来るとは思えなかった。昨日の二の舞なのは確実である。いや、それよりもっと悪いかもしれない。
 欲望が赴くままに追い詰めて、腕に捉え押し倒し、泣き叫ばれても求め続けそうなエゴイスト。そんな己の姿が頭の中で映像となり、僅かに残っている理性が鎖となってキンタローを縛り付けた。
『ここで動いてしまったら…きっと全てが終わってしまう…』
 目を閉じたまま無反応を決め込んだキンタローの心情など判らないシンタローは、無防備のまま黄金の獣に近づく。
 眠っているように見えるキンタローの姿を目に留めて、シンタローが微笑を浮かべたのが空気の流れで判った。シンタローに限ってそこまで判ってしまう繋がりの強さを今は呪うしかない。
「キンタロー…」
 シンタローはキンタローが眠るソファの近くで身を屈め、顔を近づけ小さな声で呼びかける。近づいた気配に、キンタローの心臓がドクドクと大きく脈打った。
 至近距離で顔を見つめたまま微笑を浮かべているシンタローに『早く去ってくれ』とキンタローは心の中で祈る。
 だが、その祈りも虚しく、シンタローが今の位置から動いたかと思うと、従兄弟はキンタローの様子を窺いながらそっとソファの端に腰を掛けたのだった。
 シンタローが持ち得る穏やかで暖かな空気に包まれる。
 キンタローの理性はもう限界であった。手を伸ばせば、確実に捕らえられる距離にシンタローがいるのだ。
 眠っているものだと思っているシンタローは、キンタローの顔に己の顔を近づけた。
 それは眠り続ける彼の弟にするのと同じ仕草なのであろう。間近真正面からしっかりと顔を捉え、金糸の髪に手を伸ばしてそっと触れる。
 特別な意味はないはずなのに、特別に思えて仕方がない。
 そうしてシンタローは更に顔を近づけて、キンタローの髪にそっと口付けを落とした。
 その瞬間、キンタローの中の何かが崩れた。それは理性という名の鎖か。それとも自制という名の心の壁か───。
 己の意志でずっと閉ざしていたブルーの目を開き、真っ直ぐにシンタローを捉える。
 突然起きたように見えたキンタローに驚いたシンタローは、反射的に離れようと顔を上げた。だが、キンタローは逃がさないようにその腕を強く引く。その勢いでシンタローの体がキンタローの上に倒れ込んだ。
 キンタローの突然の行動に心底驚いたのであろう。シンタローは言葉も出さずに逃げようと身を捩る。しかし、そんなシンタローをキンタローは強い力で抱き締めた。
「キン…ッ」
 そして何か言おうとしたシンタローの顔に手を伸ばす。
『こんな俺に気付かず近づいたお前が悪いんだ…シンタロー…』
 心の中で言い訳をして、その唇に己の唇を合わせた。
『もう…戻れない』
 真っ黒な瞳が見開かれ、キンタローを見つめる。唇が触れたまま、青と黒の視線が絡み合った。
 キンタローはゆっくりと起き上がり、それに合わせてシンタローも起きあがる。そしてその流れのまま、今度はゆっくりとシンタローをソファに押し倒した。
 組み敷かれた体勢は男として屈辱であろう。シンタローのような男には特にそうだ。それを解っていても、逃がすつもりのないキンタローは己の下に獲物を収めた。
 硬直しているシンタローは抵抗をしないというよりも動けないのだろう。驚愕して固まっているのがよく判る。キンタローの顔が近づくとシンタローは反射的にその目を閉じた。
 キンタローは再び唇を重ねて強い力で愛しき半身の体を拘束した。
 例え硬直して動けないだけだとしても、大人しく腕の中に納まっているシンタローに欲望は膨れ上がり、口付けは次第に深くなる。唇を割って入ると逃げようとする舌に己の舌を絡ませた。
 何度も。何度も。息をする間も与えずに───。
 無抵抗のまま動けずにいるシンタローから漸く力が抜けてきたという頃に、キンタローは重ねていた唇を離し、涙で濡れた黒い瞳に見つめられながら、深く深く沈ませた心の内を吐き出した。
「…好きだ、シンタロー」
 ただ一言。たった一言なのに、それでもその言葉は重すぎて、キンタローには抱えきれなかったのだ。
 シンタローはキンタローを見つめたまま何も答えない。言葉を失っているようであった。
 当たり前だろう、とキンタローは思う。突然従兄弟に押し倒され、訳が判らないまま口付けらたかと思えば、挙げ句男からの告白だ。普通の人間なら固まって当然なのだ。嫌悪の目で見られ、拒絶されてもおかしくない。
 シンタローはノーマルだ。それは共有している記憶から、キンタローは嫌と言うほど判っていた。
 キンタローも男が好きなわけではない。だが、シンタローだけは違った。
『別に…答えが欲しかったわけではないんだ…』
 ただキンタローを見つめているシンタローに焦がれて、苦しそうな視線を返す。
 その青い目には、拒絶しても離さないという激情よりも、拒絶しないでという懇願の色が表れていた。キンタローは辛そうに歪められた顔と縋るような青い眼を向け、シンタローの反応を待たずに再び口付けた。そのままシンタローの躰を包む衣服に手を掛ける。キンタローの手が触れるとビクッと体が少し跳ねる。それに構わずボタンを外し前をはだけさせると、表情を隠すように唇を移動させながら舌を這わせた。
『もう止まれない…』
 キンタローの言葉にシンタローからの答えはないが、触れるとその体からは反応が返ってくる。こんな感情で無理矢理抱きたくないと思いながらも、溢れ出した心は止められない。この従兄弟を自分の欲望の慰みものにしたくはないのに、キンタローは引き下がることが出来なかった。
 キンタローが心の中で押さえつけていた感情が激しさを増して溢れ出して止まらない。後悔すると判っていても、シンタローに触れることを止めることが出来ない。キンタローは激しい感情の波に飲まれて、少しずつシンタローを犯していく。
『シンタロー…ッ』
 キンタローの心の中で砕け散った理性の破片が、愛しき半身の名前と一緒に悲哀の叫びをあげた。
 そうして首筋に強く吸い付くと、シンタローの唇から吐息が洩れる。それと同時に、キンタローの背にゆっくりとその手が添えられた。
 驚いて顔を上げると、少し上気したシンタローが、恥ずかしそうな顔をキンタローに向けている。
「コラ…お前は好きだと言ったら直ぐに押し倒すのかヨ」
 そう言って、笑うとキンタローに腕を伸ばす。キンタローは感情の赴くまま、シンタローに抱きついた。キツク抱き締めると、今度はきちんと抱き締め返してくる。
「シンタロー…」
「ビックリしてフリーズしたぞ…少しは待てよなァ」
 シンタローの台詞にキンタローは何も返せずにいると、にっこりと微笑まれた。
「お前も俺と同じだとは思わなかった」
「同…じ…?」
 キンタローはその台詞に呆然と問い返す。そんな金髪の従兄弟に、シンタローは微笑みを崩さぬまま言葉を続けた。
「聞き返された恥ずかしーだろ…ちゃんと察しろヨ」
「…俺が都合良いように解釈して構わないということ…か」
「他にどう解釈すんだよ───お前が好きって言って…俺は同じって言ったんだから」
 キンタローに抱き締められたまま、シンタローはそう言って照れたように少し顔を赤らめた。そんなシンタローが愛おしくて仕方がない。離すことが出来ない。
 キンタローをあやすように抱き締めていたシンタローが、金糸の髪に手を伸ばし優しく梳く。その手を心地よく感じていると次はキンタローの頬に触れてきた。今までシンタローをきつく抱き締め、その肩に顔を埋めていたキンタローだが、触れられた手に誘われてゆっくりと視線を合わせる。
 そうすると、今度はシンタローから口付けてきた。一瞬驚いたキンタローだが、すぐに主導権を奪う。先程と同じように絡めた舌から逃げられることはなくシンタローもしっかりと絡め返してきた。濡れた音が互いの耳を侵していく。
 口付けを交わしたまま長いときが流れた。そうして体は高ぶっているはずなのに、それを素直に受け入れられずに戸惑うシンタローは、それ以上キンタローを求めてこようとはしない。キンタローはシンタローの心情を察しはしたが、だからといってやっと捕まえた獲物を逃がすようなことをするつもりはない。
「…キンタロー…」
 シンタローの上半身を完全に露わにすると、半身は不安げな声を上げきた。
 キンタローは名前を呼ばれて視線を合わせる。声と同様に不安が顕れた黒い瞳がじっとキンタローを見つめていた。相手の気持ちは解るのだが、ここで引き返せというのは酷な話である。沈めていた気持ちが溢れ出した今、体中がシンタローを欲して熱を宿しているのだ。
 シンタローも男の習性としてそれを解っているから、止めろとは言えないのである。
「すまない、シンタロー…───俺は今すぐお前が欲しい」
 言い訳も何も出来ないと思ったキンタローは、潔く一言だけ謝ると、唇を重ねながらその体に手を這わせて、シンタローに刺激を与えていった。

 快楽を与えるのと与えられるのでは根本的に違うのであろう。キンタローの手の動きに合わせて、シンタローの体が快感に震えていく。慣れぬ感覚と不安のせいか、シンタローは縋り付くようにキンタローの背に手を回した。
 常に威風堂々としていて、意志の強い目を向けるシンタローが、救いを求めるように弱々しく抱きついてくる。そんな半身が愛おしくて、キンタローはシンタローにどんどん溺れていった。
「ん……は…ぁ…」
 重ねていた唇を離すと、微かな吐息と甘い声が洩れる。それがシンタローのものだと考えただけでキンタローの脳髄に刺激が響き渡った。本能を制御していた理性はどんどん効かなくなっていく。
 中心に手を伸ばすと、ダイレクトな快感にシンタローの体が大きく跳ね上がった。キンタローは邪魔な衣服を全て剥ぎ取り、露わになった下肢に遠慮なく手を伸ばす。
「ぅあ…キンッ…タロ…や…ぁ…」
 抱かれるということへの緊張とそれを上回る程に与えられた快楽で、シンタローは半ば訳が判らなくなっているようだった。キンタローに縋り付いた腕の片方は乗り上げた体を強く引き寄せるのだが、もう片方の手は己に触れてくるキンタローの手を邪魔するように伸ばされた。
 その手にシンタローの体液で濡れた己の手を絡めると、キンタローはもう一方の手で容赦なく行為を続ける。
 そして間もなくシンタローは一際高い声で啼くと、キンタローの手にされるがまま熱を放った。
 己の体を汚すのはいいとしても、服を着たままだったキンタローのシャツにも白濁した液が付く。少し放心状態のシンタローの目の前で、キンタローは見せつけるようにその手に付いた液体をペロリと舐めた。呆然と見つめてくる従兄弟の視線を受けながら、キンタローは漸く身に付けていたものを脱ぎ捨てた。
 露わになったキンタローの猛りを目の当たりにして、シンタローは若干腰が引ける。
 キンタローはそんなシンタローに再び手を伸ばすと、有無を言わさず押し倒した。そして熱を解放したばかりの中心に再度手を絡め、次に放たれた体液で濡れた手を埋めていく。
 シンタローは異物感に圧迫されて苦しそうに息を吐き出したが、それでもキンタローを拒むようなことは一切しなかった。
 この余裕がない状況で拒否するような台詞を言わない気遣いを嬉しく思う。そして、ただひたすら耐える愛しき半身の姿に、キンタローは痛みではなくもっと快楽を与えたいと思った。
 初めて触れた体の内部を探るように指が動く。キンタローの青い眼は欲に濡れながらも、獲物を狙う獣さながら、シンタローの変化を見逃さないようにと鋭い輝きを放っている。
 最初、目を瞑って苦しそうに息を吐き出していたシンタローだったが、それは次第に甘さを含んだ吐息に代わる。快楽に震え、キンタローに縋るかのように伸ばされた腕が、のしかかる従兄弟の背に弱々しく回された。
 一滴の涙が頬を伝うと、キンタローはそれを舐めてとる。するとシンタローの黒い瞳がうっすらと開かれた。
 そして、キンタローの青い眼と視線が絡み合った瞬間、シンタローは今までになく激しく反応を返した。
 キンタローの動き全てに声を上げる。
「あっ…ぁあ…ん…はぁ…キ…ン…」
 キンタローを呼ぼうとしたようだが、息が上手くできないようで途切れ途切れになった。そんなシンタローの耳元に唇を寄せると耳を軽く咬む。悪戯心を起こして、そのまま舌で刺激するとシンタローは耐えきれずにぎゅっと目を瞑り、キンタローに強くしがみつく。快感に震えるその姿に満足をして、キンタローは耳に唇で触れながら、直に鼓膜へ響くような低い声で返事を囁いた。
「何だ、シンタロー」
 耳に響いたその声で、シンタローは己の意志とは無関係にドクリと再び熱を放った。
 まさか声だけでイクとは本人も思っていなかったのだろう。己の痴態にシンタローの顔が真っ赤になった。涙を浮かべてその顔を手で覆おうとしたが、キンタローはそれを許さずその手を掴んで真上から顔を覗き込む。
 青い眼で見つめたシンタローは、真っ黒な瞳から止め処なく涙が溢れ出し、羞恥でその顔が紅く染まっていた。
「キ…ン…タロー…」
 己を呼ぶ涙声とその姿に煽られて耐えられなくなったキンタローは、シンタローが名前を呼んだ意味も聞かぬまま、その唇に一度口付けを落とすと、指を引き抜き一気に貫いた。
「─────ッ!!!」
 その衝撃にシンタローの口から声にならない悲鳴が上がる。だがキンタローはそれに構わず激しく攻め立てる。
「あ…んあッ…ああぁッ」
 果てて直ぐに与えられる激しい刺激にシンタローは悲鳴のような嬌声を上げた。キンタローはそれに構わず己の猛りをぶつける。
「愛してる…シンタロー」
「ぁあ…ッ…ん…ぁ…ふぅ…あ…ぁ…ッ」
 キンタローの動きに合わせて、シンタローの口から止め処なく甘い声が洩れた。
「シンタロー…」
「あ…ん…ぅ……オレ…も…愛し…んぁああッ」
 休む間もなく快感を与え続け、キンタローは直ぐさま獲物を追い詰めていく。シンタローがまた熱を放つと、内部の収縮に耐えきれずキンタローも後を追った。
 二人揃って荒い息をする。
『足りない…』
 キンタローは、呼吸を整えようと大きく息をしていたシンタローに手を伸ばして、その体を抱き上げる。そして自分のベッドルームに連れていった。当たり前だが、どう考えてもこのままソファでは狭いのだ。
 キンタローはシンタローをベッドに降ろしながら口付けた。絡み合う舌が水音を立てる。
 絡められた舌に翻弄され、キスに夢中になっているシンタローからキンタローが唇を離すと、物足りなさそうな黒い瞳が見つめてきた。
 キンタローはそんなシンタローに手を伸ばして体を反転させる。四つん這いの姿勢にさせたが、既に体に力が入らないシンタローの膝はガクガクと震えていた。先程キンタローの熱を受け止めた箇所は濡れたままだ。
 自分の体勢を上手く保てないシンタローに構わず、キンタローは後ろから再び貫く。
「ッあああぁ───ッ!!!」
 いきなりくるとは思っていなかったシンタローは、突然の衝撃に悲鳴を上げた。
「シンタロー…愛している…」
「キン…タ…ロッ…はッ…ぁあ…もう…んぁッ…無…理だ…ッて」
「俺はまだ…お前が足りない」
「んぅ…はッ…キン…ッ」
 キンタローは崩れ落ちそうになるシンタローの体を支えるように手を伸ばしたが、それでも容赦なく攻め立てる体勢は変わらない。
 荒い息づかいと、甘い啼き声と、濡れた音だけが、部屋の静寂を支配していった。
 それからキンタローは己の欲望が果てるまで、シンタローを求め続けた───。


 狭いソファからベッドへ移動し、その後もなかなか離してもらえなかったシンタローは、キンタローの腕に抱かれながらぐったりしている。強靱な肉体と溢れんばかりの体力を誇る現ガンマ団総帥も、補佐官の欲望を全て受け止めて、流石に精根尽き果てたようであった。
 まだ少し苦しそうに息をしているシンタローに、キンタローは先程持ってきたミネラルウォーターを渡した。大人しく受け取ったシンタローだったが、キャップに手を掛けたものの開けることが出来ない。
『…………やりすぎた』
 キンタローはペットボトルをシンタローから取り上げてもう一度自分の手に戻すと、キャップを外しシンタローの口にあてた。ボトルをゆっくり傾けると、シンタローはそれに合わせて少しずつ流れてくる液体を飲み込む。されるがまま腕の中で大人しくしているシンタローにキンタローは愛しさが込み上げてきた。
『…………可愛い』
 シンタローが首を振って満足の意を示すと、キンタローはキャップを締めてボトルをベッドサイドに置く。それからもう一度緩い力で抱き締め、今は乱れている漆黒の長い髪を指で梳いていった。
 しばらく大人しくしていたシンタローだが、水を飲んでようやく一息つけたらしい。まだ苦しそうだが、やっと口を開いた。
「お前…ヒド…ここ…まで…やんなくっ…たって…」
 掠れた声で抗議を訴えたものの、半分以上は甘えた声なので怒っているわけではない。だが、先程は快楽に濡れて焦点が定まらなくなっていた黒い眼は、いつも通りの鋭い輝きを取り戻してきている。
「…すまなかった…シンタロー…」
 キンタローが殊勝な態度で謝ると、シンタローはそれ以上咎めてはこなかった。髪に触れるキンタローの手を心地よさそうに目を閉じた。
「何かさ…展開が…早ェと思うんだけど…」
 それにも反論が出来ないキンタローだった。我慢が出来ず、早々に手を出した自覚はたっぷりある。
 何て答えればいいのか判らないキンタローの空気を感じ取ると、ようやく余裕が出てきたのか、シンタローはふっと笑みを洩らす。
「怒ってる訳じゃねぇーから…気にすんな。まどろっこしいのは嫌いなんだ。欲しいもんには速攻勝負って態度は嫌いじゃねェヨ。まぁ、お前と俺だから言えることだけどさ」
 そう言って笑ってくれるシンタローを、やはり好きだ、とキンタローは思った。
 あれ程悩んで下降していた気持ちが、一気に上昇して、晴れ晴れとした気持ちになっているのがよく判る。相手次第でここまで変わるものかと、キンタローは思わず苦笑した。
 それを見たシンタローが、きょとんとした顔をして見つめてくる。
「いや…お前次第で随分と違うものだな…と思って」
「…………?」
「先程まで、随分と暗い気持ちで沈んでいたからな」
「何で?」
「決まっているだろう。お前が欲しかったからだ、シンタロー」
 キンタローが真顔で言うと、シンタローの顔が薄紅色に染まる。素直に反応を返してくれるシンタローが可愛くて、キンタローは抱き締める腕に力を込めた。シンタローに視線を合わせて、淡々と想いを告げていく。
「受け入れてもらえるとは到底思わなかった。だが、抑えつければつけるほど、お前を思う気持ちはどんどん制御を失っていく…どうすれば良いか判らなくて、どうにも出来ないと思っていたんだ。お前のことが好きで、好きで、狂いそうなほど好きで…」
「わ…解ったッ!!解ったから…もう…それ以上言うなッ!!」
 これ以上ないほど顔を真っ赤に染めたシンタローは、恥ずかしさの余りキンタローの腕から逃れようとしている。しかし逃がすつもりのないキンタローは、体勢を変えて再び組み敷くと、真上から覗き込んだ。
「………シンタロー、そんなに恥ずかしがることか?」
「あ…当たり前だろ!!」
「ふむ…。なら、次からはもう少し考えるか」
「考えるって…?」
「お前を抱いているときなら聞いてくれるのだろう?」
「~~~~~ッ!!!」
「さっきは大人しく聞いていたじゃないか。失敗したな、欲に負けて言い足りなかった…」
 キンタローは本気で残念に思ったのだが、その台詞にシンタローは二の句が継げない様子である。涙混じりの目で睨んでいる。もっとも、そんな目で睨んでも全くもって迫力がないのだが…。
『関係が変わると見える姿も変わるものなんだな───こんな反応は全て可愛く見えるぞ、シンタロー』
 声に出すと怒られるのでこっそり心の中で呟いた。自分と同じ体格の男を捕まえて可愛く見えるときたものだから、正に恋は思案の外だとキンタローは思う。
 そして言葉を探しているシンタローをこのまま封じてしまおうと唇を重ねる。失敗すれば確実に罵詈雑言の嵐となるのだが、もくろみは成功したようである。抵抗されることなく、シンタローの腕がキンタローの首に回った。
 そのまましばらく口付け合っていると、だんだん体に熱が宿っていくのを感じる。
『さっきあれほど無茶をさせて悪かったと思ったのに……俺も懲りないものだな』
 さすがにこれ以上シンタローに負荷をかけられないと思ったキンタローは、収拾がつかなくなる前に唇を離した。目先の欲に負けないよう、これから先のことに目を向ける。
 これからは『恋人』として、今まで見たことがないシンタローを見ることが出来るのだと思うと、キンタローは嬉しいと同時に期待と喜びで胸が弾んだ。新たな日常が加わるのだ。
『また新しい自分を見ることもあるのだろうな』
 片想いをしていたときも、新しい自分を見つけた。
 初めて抱いた恋心に振り回され苦しんだ。己の中に蠢く暗くて汚い感情を初めて知った。あまり良いものではなかったのだが、それも含めて自分なのだとキンタローは今ならそう思える。
 相手を想う切ない気持ちとまた同じくらい暖かな気持ちもこれで知ったのだから───。



恋心。恋い慕う心が愛を手に入れ変化した。
二人の『恋愛』事情はきっとこれからも変化していく。




ENDLESS LOVE is ...

 
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