作・渡井
リキシン好きに20のお題04「ガンマ団」
卵焼き
「ちが――う!」
「ギャアア!」
リキッドの悲鳴がいかにも癇に障ると言いたげに、シンタローが眉をひそめて上半身を起こした。
「ァん? 何やってんだよオメー」
「シンタロー、こいつに卵焼きを教えてやれ。僕は今日は卵焼きしか食わんゾ」
「だから作ったじゃねえか!」
クボタくんの卵を手に入れて帰り、パプワのリクエスト通り昼食に卵焼きを作ったら、チャッピーに噛まれた。
青の秘石もチャーミングなこの島のアイドルは、人の頭をエサだと思っているふしがある。
強制的に昼寝から起こされて不機嫌なシンタローが皿をのぞき、呆れたようなため息をついた。
「まあ、これは俺でもちゃぶ台イッテツ返しだな」
「俺の卵焼きに文句があるんすか!?」
「これは卵焼きじゃねェんだよちったあランド以外の知識も持ってろ役立たずヤンキー使えねーのもそんだけ程度超えると法律に触れるぞオラ」
「酷ッ!」
悪口ならばどんな長台詞も息継ぎなしで大丈夫なお姑さんである。
「だって卵の焼いたのじゃないですか」
「スクランブルエッグと卵焼きは違うんだよ」
しょーがねえなあ、とシンタローは大儀そうに立ち上がった。アメリカに卵焼きはないのか? などと言いながら、リキッドと並んでキッチンに向かう。
クボタくんの卵は大きい。おやつに取って置いた分をボウルに開け、しゃかしゃかと箸で混ぜて塩胡椒を振る。
「卵焼きは普通はこうやって」
フライパンに流し込んだ溶き卵を器用に巻いていく。
表面はつやつやの黄金色、中はふんわりとやや半熟。
「シンタローさん上手いっすね」
「バカやろ、卵焼きなんざ基本中の基本だ」
最近気づいた。素直に誉めるとシンタローはちょっと乱暴な口を利く。俺を誰だと思ってんの、とわざとらしい得意顔を作ることもある。
誉められて慌て気味なのが分かりやすくて、リキッドは誉め上手になった。
「味付けは人によって好みがあるけどな。グンマなんざ砂糖入れねえと食わねェし、キンタローは出汁入りのが好きだし……」
作ってんのかよ総帥。
潰さないように卵焼きを切りながら、リキッドはちらりと横顔をうかがった。シンタローは気づかずに皿を出している。
特戦部隊はハーレム直属の戦力だから、他の団員のことはあまり詳しくないのだが、グンマ博士と言えばガンマ団随一の頭脳とギリギリの紙一重っぷりが有名だった。
キンタローに至っては、4年前にリキッド自身がクレイジー呼ばわりした男。今でこそお気遣いの紳士だが、当時は下っ端など一睨みで黙らされたものである。
「ガンマ団でも料理してたんっすか?」
「おお、一番手っ取り早いストレス解消だったからな。その時間もなかなか取れなかったけどよ」
卵焼きは、確かにスクランブルエッグとは全然違った。リキッドの目の前で湯気を立てる皿が不意に引かれ、思わず声を上げそうになる。
「パプワ、出来たぞー」
シンタローが背中を向けてパプワとチャッピーに呼びかける。さっきまで手が届いた皿が、今は遠い。
4年前には様々に絡み合っていた思惑を断ち切り、強烈な個性を手中に収めて、シンタローはグンマやキンタローに卵焼きを作っている。
彼らにも誉められたのだろうか。彼らにもあの乱暴な口調で答えたのだろうか。
「おっ俺にも食わせて下さい、作り方覚えたいし……」
「ったく、一口だけだぞ」
シンタローが作った黄金色の料理を、他の奴が食べるのは嫌だ。
この感情を何と名づけたら良いのか、リキッドはまだ知らずにいる。
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梅干しを漬け味噌汁を作るリッちゃんが、
卵焼きを知らないはずはないでしょうけれど、そこはそれ。
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