作・渡井
リキシン好きに20のお題09「気付かれた!」
コロッケ
どういう風の吹き回しっすか、なんて訊ねたら、ぎろりと睨まれるのはさすがに学習した。
昼前に「コロッケが食いたい」と言ってみたら、シンタローが作ってくれることになってしまった。下ごしらえは手伝ったが、あとは座ってろと言われて落ち着かない家政夫である。
キッチンに立つ後姿を見ながら、そわそわするのを堪えきれない。
大好きな人が作ってくれるコロッケ。思っただけで幸せ過ぎて、そしてそれをパプワに突っ込まれないか心配で、いてもたってもいられない。
熱い油にコロッケが入る音がして、パプワとチャッピーは踊りながら待っている。シンタローが振り向いた。
「油が飛びそうだな。ヤンキー、エプロン貸せ」
「はっはいっ」
急いで渡したエプロンは白のヒラヒラで、シンタローは心の底から嫌そうだったが、仕方ないといった顔で身につける。
どんな格好でも似合うと思うが、エプロン姿はまた格別だ。思わずうっとりと眺めてしまう自分がおかしくなる。
可愛いものに目がないリキッドが惚れてしまったのは、デカくてゴツくてコワいお姑さんだった。
(何で俺、シンタローさんが好きなんだろうなぁ)
「チャッピー、油が飛ぶからもうちょっとそっち、な?」
顔を上げるとシンタローが思いがけないほど優しくチャッピーに注意している。
(そんなのシンタローさんがめちゃめちゃ可愛いからに決まってるだろ!)
先ほどの自分に、別の自分が突っ込んだ。
(…そうなんだよな)
そして先ほどの自分は納得する。
―――デカくてゴツくてコワくて、可愛いんだよな。この人は。
「出来たぞ! ヤンキー、皿」
「はいっ」
普段はリキッドに対しては笑顔どころか言葉すら出し惜しみするシンタローだけれど、それでもいいと思ってしまったのだから仕方ない。
「わり、エプロンちょっと濡らしちまった」
「干してたらすぐ乾きますよ」
返されたエプロンには、確かに少し水が染みている。
「ちょっと待ってて下さいね」
油ものを作ったから明日ちゃんと洗い直すことにして、とりあえず外に出る。
青空に翻る洗濯物と一緒に干しておこう。
そう思ったのだが。
(俺はシンタローさんが)
エプロンにはまだぬくもりが残っていた。
―――思わず取った行動は、後で考えれば自分でもバカらしくなるくらいで。
冷静になれば気付いただろう。
だが1人のために冷静になれないのが恋だ。まるで気付かなかった。
自分が温かいエプロンを抱きしめていることも、思いのほか時間が経っていることも、不審に思ったシンタローが顔を見せたことも。
「シンタロー、さんが」
「何だ?」
ものすごい勢いで振り向いたリキッドの顔は、いっそ見事なくらい真っ赤だった。
「早くメシにするぞー」
パプワの声がしなければ、ずっと互いに驚いた顔のまま立ち尽くしていたかもしれない。
「あ、ああ、今行く」
うろたえた声でシンタローがきびすを返し、家の中へと駆け込んだ。
「リキッド!」
再び上がったパプワの声に、のろのろと戻ると、先に座っていたシンタローが目を逸らした。
気付いていれば―――気付かれなければ、もう少しこの人を見ていられたかもしれない。
その強い眼差しや、風に流れる髪や、美味しい料理を生み出す手や、太陽のような笑顔を、瞼に焼きつけるほど見ていたかったのに。
「冷めるぞ、早く食べよう」
パプワが落ち着いた声で言った。
あんなに楽しみにしていた彼のコロッケは、どこに入ったかも分からなかった。
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私が気付いたのはひさッッびさのお題更新だということでした。
次こそはもう少し早く…!(希望)
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