作・斯波
君ゆえに
染める心の
綾錦
雨の日と月曜日は
雨の日と月曜日がずっと嫌いだった。
誰かに呼ばれたような気がしてふっと眼を覚ました。
枕もとの時計を見遣ると針は午前六時を指している。
何でこんなに早く眼が覚めちまったんだろう、と少し考えて思い当たった。
―――・・・雨のせいか。
少し強すぎるほどの音を立てて、大粒の雨が窓を叩いている。
はっきりと目覚めていない頭で、そういえば今日は月曜日だったと思った。
―――・・・月曜日は嫌いだ。
別に理由は無かった。ガンマ団は24時間営業で動いているし、日曜が休みと決まっている訳でも無い。ただ月曜日という響きが憂鬱なだけなのだ。
おまけにそれが雨となると、普段の4割増でベッドから出たくなくなる。
溜息をついて寝返りを打った瞬間、隣にぽっかり空いたスペースを感じて俺は上体を起こした。
昨日この空間を埋めて居た筈の存在が見当たらない。
雨のせいでまだぼんやりと薄暗い部屋の中を見回して、やっと気づいた。
サイドテーブルの上には、昨夜は確かに無かったものが乗っている。
何枚も重ねた新聞紙の上に無造作に置いてあったのは、まだ濡れている紫陽花の花束だった。
紫陽花が好きだとあの男に言ったのは、何の変哲も無い会話の途中だった。
仕事を終えて食事に出たレストランの中庭に見事な紫陽花の株があって、それに目を奪われたので話題にしたのだ。磨きぬかれたガラスの向こうで雨に叩かれている紫陽花を指した俺に、向かいに座る金髪碧眼の恋人は眉根を寄せた。
「だがあれはもう散ってしまっているんじゃないのか?」
「バカだな、違うよ。あれは萼紫陽花つって、あれでちゃんと咲いてんだよ」
「バカ呼ばわりは心外だ。グンマはいつもバカと言う奴がバカだと言っているぞ。いいか他人の無知を笑う者こそが」
「二度言わんでいい。とにかくあれはああいう花なの」
従兄弟でもある恋人は真面目な顔で肯いて、それから柔和に微笑ったんだ。
「おまえによく似ているな」
「ん?」
「清々しくて潔い感じが、よく似ている。―――」
その日の食事は、何だか味がよく分からなかったのを覚えている。
俺はベッドに座ったまま、紫陽花に手を伸ばした。
―――何処まで取りに行ってきたんだろう。
本部ビルの庭にも紫陽花は植わっているが、萼紫陽花は咲いていない。
そのとき俺の背後から聞き慣れた声がした。
「もう起きたのか?」
振り返るとそこにキンタローがいた。
上半身裸で、まだ濡れている髪をタオルでごしごしと拭いている。
「おまえこそこんな朝早くから何処行ってたんだ」
「内緒だ」
タオルを肩にひっかけてキンタローが俺の隣に腰を下ろす。
一瞬だけど、柔らかくて何処か懐かしい雨の匂いがふわりと鼻先をかすめた。
「これ・・おまえが取ってきたのか?」
誰よりも理性的で聡明なくせに、この男は時々こういう無茶をする。
何処まで行ったのか知らないが、きっとずぶ濡れになっただろう。
「風邪ひくだろ・・・バカだな」
「シンタロー、言っておくがバカ呼ばわりは」
「はいはい、心外なんですよね」
「前に言っていただろう。雨の朝と月曜日が嫌いだ、と」
不意にそう言われて、俺は吃驚して紫陽花から顔を上げた。
上げた視線がキンタローの青い瞳と真っ直ぐぶつかる。
その瞳は優しく笑っていた。
「花でもあれば少しは、気分が晴れるかと思って。―――」
キンタローを見て、紫陽花を見て、それからまたキンタローを見て。
数回それを繰り返して、俺は思わずくすりと笑った。
「おまえって・・・ほんと、バカだな」
バカって言うな、と唇を尖らせるキンタローの首に手を回してキスをする。
「おい、シンタロ―――」
「大丈夫・・・まだ時間はたっぷりあるから」
冷えてしまったベッドにキンタローを押し倒すと、金色の髪から微かに雨の匂いがした。
躊躇いがちだった腕に力がこもり、次第に口づけが激しくなる。
俺は眼を閉じて、瞼の裏に淡く滲んだ水色が広がってゆくのを見た。
互いの温もりが一つに溶けあう頃には、雨の音はもう聞こえなくなっていた。
俺の恋人は、俺の言葉を一々真に受ける可愛い男。
そして俺の気持ちを何よりも大事にしてくれる、優しい男。
(雨の月曜日もそう悪くはない)
―――おまえが、側に居てくれるなら。
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紫陽花キンシン編です。
家で本を読んでいるような日には雨もいいのですが。
雨が降ったらお休みな南の島の子どもたちが羨ましい。
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