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作・渡井


  名前のない時間


父が残した論文を広げようとしたまさにそのとき、内線が鳴った。
『申し訳ございません、先ほどのデータに予測しなかった数値が』
「すぐに行く」
舌打ちしたいのを堪えた。
戦場からやっと本部に戻ってきたところだ。出発前に見つけた論文に興味を引かれながら、忙しくて読めずにいた。
ただでさえ普段は開発課を留守にしっぱなしなのだから、グンマにすべて押しつける訳にはいかない、と自分に言い聞かせて父の書斎を出る。
開発課に戻ると、部下が騒いでいた数値は単なるミスだと知れた。設定が間違っていただけだ。
「あの、総帥に提出する書類があるのですが」
「来年度の予算についてよろしいですか」
「キンちゃんこの発明どう思う、何でシンちゃん気に入らないんだろ?」
……いつも留守にしているせいだ。煩わしく思ってはならない。
説明を聞き、助言をし、学び、教え、共に考える。繰り返すうちに時刻は夕方を過ぎていた。

ようやく論文を開くと、もう見慣れた筆跡が並んでいる。
正直に言うと、難度が高すぎた。どんなに懸命に文字を追っても、結論の半分も分からない。
手をつけるのが早かったのかもしれない。せめて関連書を理解してから進むべきだったのだろう。
だが論文にたびたび引用されている参考文献は、書斎にはなかった。内線で問い合わせてみたが、資料室にもない。絶版になっているとしたら、どこかで手配して取り寄せなければ。
なおも苦闘してから諦めて論文を閉じた。
苦労して暇を割いたというのに、結局欠片も収穫はなかったことに気づき、虚しさに襲われた。

俺には時間がないのだ。


あの24年間が無駄だったとは思わないけれど、これから身につけなければならないことは山のようにある。
落ち着け、と目を閉じた。
俺は焦っている。早く結果を出さなければと思いつめて、無為なひとときを過ごすのが我慢ならない。
無理をしても何にもならないことは分かっているし、回り道でしか得られないものがあるのも知っている。そんなことは百も承知で、それでも時間が足りない。
疲れている暇などない。疲れることを自分に許してはならない。

俺はガンマ団総帥の補佐官であり、ルーザーの息子なのだ。
それに足ると自分で満足できるだけのものが、一刻も早く欲しい。


夕食のあとでシンタローの自室に寄ってみると、彼はソファーに体を預けてビールの缶を開けていた。手招きされて、隣に座る。
こんな風に二人で過ごすようになったのは、いつからだっただろう。
ごく自然に唇に触れた。シンタローの長い黒髪が首筋に落ちて、少しくすぐったい。けれど体を離す気にはなれない、好ましい感触だった。
「総帥」ではなく「シンタロー」を支えたいと願い、それにふさわしい男になると誓い。
俺はどれだけ実現できているのだろうか?

「……今日は大変だったぜ、休憩する間もなかった」
しばらく黙っていたシンタローが大げさなため息をついた。
「書類は山のように溜まってるし、伊達衆はみんな実戦に出てるし、交渉の日取りは決まんねーし」
ぽす、とシンタローがもたれかかってくる。
その肩を抱いて髪に口づけた。
「もう、総帥業がつくづく嫌んなった」
「そうか」
「おまけに自分が選んだ道だから仕方ねェし」
嘘をつけ。仕方ないなんて顔はしていないくせに。
ガンマ団の総帥であり、マジックの息子であると自分に証明するために、俺よりも焦っているじゃないか。
どんなときも頭を昂然と上げ、足は地につけて、どこまでも真っ直ぐに前を見ているお前の姿勢を愛しているけれど、
「俺がいる」
口に出して「甘えたい」とは言えないシンタローの傍に、いつでもいたいと思う。

「当たり前だ」
照れたようにシンタローが笑った。
「こんな愚痴言えんの、お前だけだ」


―――ああ、そういうことか。
胸にすとんとシンタローの言葉が落ちてきた。

一番格好いいところを見せたい人にこそ、一番格好悪いところも見せられる。
「甘えたい」以上に「甘えてくれ」が言えない、意地っ張りな恋人。
素直じゃないのはお互い様か。


「俺も、今日は疲れた……」

呟いた途端に心が軽くなった。
それはもしかすると、よしよしと頭を撫でてきたシンタローが、ひどく嬉しそうだったからかもしれないけれど。


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書きたかったのはラブラブなキンシンだったのに、
何故かおかーさんと4歳児になりました。

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