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作・渡井


  芸術論(あるいは譲れない何か)


「何を見てるんだ?」
僅かな休憩時間、シンタローはデスクに座ったまま本を眺めている。
仕事の続きならとりあげるつもりで覗き込むと、見覚えのある絵が飛び込んできた。
「これは、この前の展覧会の?」
「ああ、画集が出来たからって送ってきた」
先日の遠征の際、某友好国で行われた絵画の展覧会に行ってきた。芸術方面に力を入れているらしく、一般公開される前の内覧会に招待されたのだ。
絵なんて分かんねーし、と行く前はさんざん愚痴っていたシンタローは、1枚の絵画で随分と時間を費やしていた。
「気に入ったのなら購入するか?」
「いや……ガンマ団に飾ったって似合わねェだろ。もっと平和な場所の方が絵も喜ぶさ」
確かに似合わない。
夜が明ける直前の海辺の光景。青を多用して清々しく、緊張感を孕んでそのくせどこかのんびりとしている。
「この海の色合いがいいんだよなぁ……」
「色合いと言うと、色彩とは違うのか」
「や、難しいことは分かんねェけど、こう、言葉に出来ない感じってあるだろ」
シンタローは簡単に片付けた。

俺には分からない。

学ぶことならば俺にも出来る。年代順に絵画の発展を追い、技術を知り、画家の名前を覚えることは可能だ。
有名なものなら一般知識として入っている。
けれどそれはあくまで頭で考えたことで、理論を超越して体で感じることとは別だ。
最近同じようなことで悩んだな、と思い出して見れば、誕生日プレゼントだった。

(そうじゃねーんだよ、キンタロー。ただ欲しかったの)
(そうじゃなくってぇ。何となくいいと思っただけだよ、キンちゃん)

シンタローやグンマが買うものの中には、俺には理解できないものがある。必要でもないし、役にも立たない。購入の理由を訊ねると2人とも必ず「理由なんてない」と笑うのだ。
だけどとても楽しそうだから、大切な従兄弟たちには出来れば楽しんでくれるものを贈りたいのに、理屈も根拠もない買い物は俺には難しい。
先日のグンマの誕生日にも、えらく苦労した。結局悩んだ挙げ句に新しいカードケースという、何とも無難な選択になってしまったのだ。
グンマはとても喜んでくれたが、こちらは納得していない。シンタローの誕生日こそと密かに意気込んでいただけに、未だに何を贈っていいのか見当もつかないのが困る。
絵が気に入ったなら、と内心手を打ったが、それも駄目となると何がいいのだろう。

シンタローは飽きずに絵を眺めている。
俺はため息を堪えて天井を睨んだ。


「キンちゃん、おかえり~」
リビングにいたグンマがのほほんとした声で迎えてくれる。
シンタローは少し残業をすると言うので、先に帰ってきた。あまり無理をさせたくないが、残っていた書類は僅かだったので譲歩したのだ。
それにいったん言い出したら聞かない性格は承知している。
「何をしているんだ?」
「こないだカードケース貰ったから、入れ替えてるの」
古いケースは既に形が崩れかけている。クレジットカードやビジネスカードはともかく、あちこちの店のポイントカードを詰め込んでいるせいだと思う。
「見て、これはあと判子1つで一杯になるよ。そしたらケースのお礼にキンちゃんにあげるね」
ケーキが1つ半額になるんだよ、と威張られた。
微笑ましいと言えば微笑ましい光景だ。当人がケーキショップの1つや2つ丸ごと買えるくらいの資産を持つ、四捨五入すれば30になろうかという成人男子であることを除けば、だが。
「せっかく集めたんだからグンマが使うといい」
だがそのへんの基準を彼に適用することは諦めている。世の中には未だにスーパーの特売チラシを熟読する総帥もいるのだから。
「やっぱりキンちゃんの見立ては間違いないよね、革の風合いがすごく綺麗」
俺が贈ったケースに賛辞をくれるグンマに、曖昧に笑みを浮かべた。

理論では説明できない「何か」。
無理に口にすると感性とか情緒とかいう言葉になるのだろうか。
それが俺には決定的に欠けている。

美しいと感じるか。
心を掴んで離さないものがあるか。
ずっと見ていたいと、叶うなら手元に置いて誰にも渡したくないと思わせるか。

―――きっと芸術を芸術たらしめている「何か」が、俺には分からない。


夕食の後も悩んでいたせいで、遠慮がちに俺を呼ぶグンマの声に気づくのが遅れた。
「どうかしたか」
「シンちゃん、ちょっと遅すぎない?」
グンマの視線を追って時計を見、俺は慌てて立ち上がった。
過ぎるようなら無理に連れて帰ろうと思っていたのを、俺としたことがすっかり忘れていた。グンマに断って部屋を出ると真っ直ぐに総帥室へと向かう。
目を離すとあいつはすぐに無茶をする。
「シンタロー、入るぞ」
ノックしても反応のない扉を開け、俺は肩を落とした。
シンタローはデスクに突っ伏して眠っていた。
「起きろ。風邪を引く」
腹立たしいのは忠告に従わないシンタローに対してではなく、ここまで疲れているのを見過ごした自分自身への苛立ちだ。
「起きないと伯父上を呼んでくるぞ」
半ば脅しながら肩を揺すると、シンタローがゆっくり頭を上げた。

髪をかき上げて黒い目があらわれた瞬間、俺は絶句した。

「……あー、寝ちまってたか……」
ぼんやりと呟いた後、きまり悪そうに笑ったシンタローに掛ける言葉が見つからない。
「悪ィ。ちゃんと部屋行って寝るわ」
「ああ」
喉の奥から声を絞り出し、一歩退いてシンタローが立ち上がるのを見守った。

眠気を振り払って歩き出すシンタローの目は、いつも通りに強気な光を湛えている。
何てことだ。どうして今まで分からなかったんだろう。

美しいと感じる。
心を掴んで離さないものがある。
ずっと見ていたいと、叶うなら手元に置いて誰にも渡したくないと思う。
そうだ。根拠も理屈もなく欲しいものなど、俺には1つしかない。

初めて理解した。
いや、思えば最初から俺の心にそれはあったのだ。
気づくのを静かに待って、そして気づいた途端に一気に火をつけた。
「お前、メシ済んだの?」
名前さえ与えられれば、この感情は単純なことだ。
しかし当座の問題はむしろ難しくなった。
「グンマも食ったのかな」
理論で説明できないものを見つけたからといって、誕生日プレゼントが思いつくというものでもないらしい。
「なあ、聞いてるか?」
これでは「従兄弟を楽しませるプレゼントを探す」ことから「好きな人に喜んでもらえるプレゼントを探す」へと、悩みがより切実になっただけじゃないか。
「おーい、立ったまま寝るな」
けれど嫌な気はしない。悩みすら嬉しく思うのは初めてだ。

「キ、ン、タ、ロ、オ?」

ひらひらと目の前で振られる手に、俺はハッと我に返った。
「大丈夫か?」
「いや、考え事をしていただけだ」
なおも訝しげなシンタローに何でもないと言い張って、俺は歩き出した。

誕生日までの日にちを指折り数え、機嫌よく困りながら。


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