作・斯波
あなたのやさしさが
わたしをさかせる
そう あなたがもつのは
かみさまからあたえられた
みどりのゆび
「へえ、これおまえが育てたの?」
ベッドサイドの床の上には、見事に咲き揃ったデンファレ・デンドロビュウムの鉢植えが置いてある。その横にあるのは胡蝶蘭だ。
「蘭ってさ、難しいんだろ?」
「本に書いてある通りにやっただけだ」
「わあ嫌味な奴」
ベッドの上から蘭の鉢植えを覗きこんでいたシンタローは、くるりと振り返った。
「おまえ、こういう才能あるんじゃないの?」
「そうかな」
「だって凄く綺麗に咲いてるじゃん。こないだパーティで見たのよりいいと思うぜ」
「園芸なら高松の方が得意だぞ。あいつの温室を見ただろう」
「あー、植物かどうかも怪しいモノばっか植わってたな。あーいうのは園芸家って言わねェよ、マッドサイエンティストっつーんだ」
「・・・」
俺にとっては恩人でもある高松の為に反論してやりたいのは山々だが反論材料が見つからない。
シンタローは乱れた髪を無造作にまとめながらにこりと笑った。
「もしかしたらおまえ、グリーン・フィンガーってヤツかもね」
THE GREEN FINGER―――園芸の才能がある人。
俺は苦笑して首を振った。
「・・・俺はそんな柄じゃないさ」
「ははっ、謙遜すんなよー」
謙遜でも遠慮でも無い。
むしろその力があるのはおまえの方ではないかと思う。
―――おまえを殺してやる!
殺意と紙一重の愛情に苛まれていた俺を優しい手で癒してくれた。
固く閉ざされていた蕾のような俺の心を、おまえはゆっくりゆっくり開いてくれた。
俺が外界を受け入れて一人の人間としてここで生きていく決心をすることが出来たのは庭師が花に水を遣るように暖かく俺を見守っていてくれたおまえのおかげだと、俺はそう思っている。
まだ蘭の花に見惚れているシンタローを抱き寄せた。
「ちょ、キンタロー」
「この身体はおまえに育てられ」
「キン―――・・あっ」
「この命はおまえに与えられた」
「んっ・・あ、あ・・っ」
白いシーツの上にシンタローの黒髪がもう一度乱れて広がる。
艶やかなその髪をすくいあげて全身にキスの雨を降らせながら、俺はひそやかに微笑んだ。
(おまえに出逢うまでの俺は死人同然だった)
―――俺のすべては、おまえによって創りあげられたもの。
「聞こえているか、シンタロー」
「あ、ん・・っ」
さっきまで愛されていた身体はいとも容易く俺を受け入れて、濡れて震える唇からはもうかすれた喘ぎ声しか聞こえない。
「温室に咲くような花は要らない」
「・・っあ、あ」
「俺が咲かせたい花はひとつだけだ」
華やかな蘭の香りに包まれて、白い肢体が緩やかに開いてゆく。
蜂や蝶を招き寄せるように揺れながら、しどけなく濡れて咲き誇る。
(強くてしなやかで、それでいて儚い俺の蘭)
誰にも育て方は教えない。
咲いたところは誰にも見せない。
「んっ、あ―――ああっ!」
切ない掠れ声とともにぽろりと零れたのは、花びらに輝く朝露のように綺麗な涙だった。
ふうっと弛緩してゆく身体を強く抱きしめる。
「キンタ、ロ・・・」
「愛している、シンタロー。―――」
(この指が本当にGREEN FINGERであればいいのに)
この美しい花を俺の庭で永久に咲かせていたいと、今は心からそう思うのだ。
--------------------------------------------------------------------------------
渡井が今まで咲かせられたのはコスモスだけです
(種を撒いて気づいたら咲いてた)。
緑の指が欲しいです…。
キンシン一覧に戻る
PR