作・渡井
Weak or Strong?
キンタローが部屋に泊まるのは珍しいことではない。
だがシンタローが2人でいる朝にちゃんとした食事を作るのは久しぶりだった。
ベッドに転がり込めば、そこはそれ、恋人同士であるがゆえに色々と体力を消耗したりもする訳で、朝はどうしてもギリギリに起きることになる。
それが今朝は何の拍子かかなり早くに目覚めてしまった。
シンタローは昼からの出勤で時間に余裕もある。開発課の会議に出席するキンタローのために、朝食を作ってやろうと思いついた。
「シャツだけでも着替えてきたいんだが」
用意を整えて席に着いたキンタローに、じろりと目を向ける。
「朝メシは生活の基本だろ。いいから食え」
いつも新聞を読みながらトーストをコーヒーで流し込んで終わり、では体に悪い。
それに糊の利いた真っ白なシャツを着たキンタローはちょっと苦手だ。切れ者の総帥補佐官、冷静な科学者の顔に戻ってしまうから。
(どうせ頭ん中は次の仕事で一杯なんだろうよ)
一度酔ったとき、グンマにそう愚痴を言ってしまったことがある。出来れば忘れていてくれるといいのだが。
塩だけで味をつけたオムレツと特製ドレッシングの野菜のサラダ。焦げ目のついたトーストに溶けかけたバターを塗って、トマトのスープは時間がなかったので缶詰を使った。
「コーヒーがない」
「飲み過ぎだ。胃に悪い」
お前が自重してくれればそれで俺の胃は安泰だ、などとぶつぶつ呟いているのは無視した。心配されているのは分かっているが、自分で戦場に立たねば気が済まない性格なんだから仕方ない。
「そんなに何か飲みたいなら、ホットミルクでも作ってやろうか?」
「……せめて紅茶にしてくれ」
互いの譲歩が成立し、シンタローは紅茶の缶を取り出した。
「薄めがいいか、それとも濃いめか?」
「そうだな、濃い方がいい」
「了解」
まったく癪に障る、と自分の分の紅茶も淹れながらシンタローは顔を背けた。
シャツなんか替えなくたって、キンタローは涼しい顔でいつものお気遣い紳士に戻ってしまった。あんなに情熱的で、野性的で、ただの男だったのに。
そんなことは考えたこともありません、というような生真面目さで日常に還ってしまう恋人を見るのが嫌だった。
―――俺ばっかり振り回されてる。
そんな考えが浮かんでしまう自分も嫌いだ。
熱湯で淹れた紅茶も冷めてしまった頃に、キンタローが立ち上がった。
「もう行くのか?」
「少し早いが、グンマが準備しているだろうから手伝わないと」
「そうか」
優雅な手つきで緩めていたネクタイを締めて、シンタローの目の前で立ち止まる。
何だ、と見上げた先には、キンタローの真剣な表情が待っていた。
「行ってきますのキスは薄めがいいか、それとも濃いめか?」
「遅れてすまない」
資料を手にうろうろしていたグンマは、駆け込んできたキンタローの姿に安堵の息をついた。
「良かったぁ、もう始まるところだよ」
「悪い」
「まあ大丈夫。あれ、キンちゃんフレグランス変えた?」
分厚い資料を手渡す前に、グンマは首を傾げた。
「紅茶みたいな香りだね。どこのブランド?」
「……ああ、いや」
こほんと咳払いを一つして、キンタローは糊の利いた真っ白なシャツの一番上のボタンを外した。
「それよりグンマ。シンタローが怒り狂っているんだが、どうやって宥めたらいいと思う?」
(ああ、また何か余計なこと言ったんだな……)
既に司会者が議題を論じているというのに、キンタローは小声とはいえ、真っ赤になって怒るシンタローがどんなに可愛らしいかを詳細に語り始めた。
(ねえシンちゃん)
格好だけ資料に目を落としながら、グンマはため息を堪えた。
仕事で頭ん中が一杯な冷静な科学者って、誰のこと?
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お茶を淹れるときの普通の決まり文句から、
走り出した妄想の結果キンシンが出てくる私は、
正しい腐女子だなあと思いました。
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