作・斯波
人生最上の幸福は
愛されているという
確信にある
オルゴオル
それは久しぶりに一緒に過ごした夜のことだった。
キンタローの部屋は相変わらず小奇麗に片付いていて、ソファに座って酒を飲んでいたシンタローは見るともなしに部屋の中を見回していた。
ぼんやりと動いていた視線が一点で止まる。
「・・・あれ、何?」
パソコンが几帳面に置かれたデスクの上に、銀色の小さな箱が乗っている。
視線を追ったキンタローの唇がほころんだ。
「―――ああ」
立ち上がり、掌に乗りそうなその小さな箱を持ってくる。シンタローの目の前で開くと、澄んだ綺麗なメロディが流れ出した。
「オルゴールか・・・」
心地良いその旋律は聴いたことがあるが、曲名が出てこない。
箱の中では真っ白な衣装をつけたバレリーナが一人で踊っている。
「この間高松に貰ったんだ」
「へえ」
あのマッドサイエンティストにしては趣味がいい、と思っていると、隣でキンタローがふっと微笑った。
「さすがにあいつは俺のことをよく理解している」
「はあ?」
「ちょうど欲しいと思っていたんだ」
「オルゴールを? おまえが?」
そんなのは初耳だ。
誕生日にも別に欲しいものは無いとか言っていた筈ではなかったか。
(俺はおまえを理解してないとでも言いてえのかよ)
欲しいものがあるなら俺にねだればいいのにと少しだけ不満に思った瞬間目の前の景色が反転して、シンタローはふわりとソファの上に寝かされていた。
「キンタロー・・・?」
「扉を開いたときだけでいい」
「何の」
話だ、と訊き返しかけた言葉を優しいが強引なキスが吸い取る。
ゆるりと挿し込まれた舌はシンタローの舌をあっさりと絡めとり引きずりだして、あっという間にシンタローの理性を奪い取ってしまう。
「んっ・・キンタロー・・・」
「―――本当は」
唇を首筋に移し、シンタローのシャツのボタンを外しながらキンタローは忍び笑いを洩らした。
「箱の中におまえをしまっておきたい。誰にも見せたくないし触らせたくない」
「やっ・・ん、あっ」
「そんな声を知っているのも俺一人でいい。だから」
(あのオルゴールの少女のように)
俺が扉を開けたときだけ動き出すのならいい。
俺の前でだけ、俺のためにだけ踊っているのならいいのに。
「そうでもしないととてもじゃないが俺は安心していられないんだ」
真顔で囁く恋人をシンタローは呆れたように眺めて、それから強く抱きしめた。
「おまえ、馬鹿じゃねーの?」
「しかし俺は、いいか俺はだな」
「煩い、二度言うな」
俺に命を吹き込むのはおまえの声。
俺のねじを巻くのはおまえの指。
おまえの微笑みひとつで俺は歌い、踊り、そして涙を流す。
「そんな箱なんか無くたって、おまえなしじゃ俺は何処にも行けねえんだよ。―――」
薄明かりの中、キンタローは眠っている。
端正なその顔にかかる金髪をかきあげてやりながら、シンタローはため息をついた。
―――・・・あんな言葉にほだされるんじゃなかった。
意図した訳ではないがシンタローの殺し文句は見事にキンタローの理性にヒットしたらしく、その結果として散々啼かされ貪られる羽目になったシンタローはもうくたくただった。
無尽蔵のスタミナを誇るキンタローもさすがに疲れたようで、事を終えると素裸のまますぐに眠りに落ちてしまった。
―――あの俺・・・シャワー浴びたいんですけども。
そう思っているのだが、キンタローの腕はシンタローを固く抱いて離そうとしない。
起こさないようにそっと身体をひねると、ぐいと強く抱きなおされた。
「ちょ、キン―――」
「・・・行くな」
まだ眠りの中にいるのだろう、その声はぼんやりと霞んでいる。
「・・・俺から、離れるな」
それだけ呟いてまた眠ってしまった恋人の額をぴんと弾く。
「全く・・・勝手な奴」
(だからオルゴールなんか必要ないって言っただろ)
―――俺はもうとっくの昔におまえの中に閉じ込められてるんだよ、キンタロー。
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キンタローさんは無尽蔵だと信じてます。
そんな信頼いらんわと言われるかもしれませんが。
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