作・渡井
リキシン好きに20のお題10「我慢の限界」
オムレツ
シンタローさん、知ってますよね。
俺はあんたが死ぬほど好きなんです。
なんて、言えるものならとっくに言っていると思う。
リキッドはクボタくんの卵を入れた籠を背負い、大きく肩を落とした。
この想いを知らないはずはないのに、同じ家に住むお姑は何もなかったかのような顔で、毎日パプワと遊んでいる。時々余計なことを言ってチャッピーに噛まれ、人の顔を見ればあれこれと家事に口を出し、笑ったり怒ったり眼魔砲を撃ったりと忙しそうだ。
いずれは帰ってしまう人だから、この島にいるあいだはパプワやチャッピーと一緒に遊んでいてほしいと思う。
でも遠くから楽しそうな声が聞こえてくると、ちょっとした疎外感に胸が締めつけられたりもする。
「はああ…」
知らずにため息がこぼれ、リキッドは道端に腰を下ろした。早く帰って昼食にしないとまた怒られるのは分かっているが、顔を見たくないのだ。
いや、本当は見たいのだけれど―――どうすればいいのか。
あまりに今までと変わりがないものだから、リキッドの方も普通に接している。けれど内心ではもう我慢の限界なのだ。
好きだと言いたい。
言わせてくれないあたりで、彼の答えは分かっているけれど―――せめてその口から聞けたら、諦められるかもしれない。
ぼんやりと森の景色を見ていたら、ふと一本の木に気づいた。相合傘が彫られている。
近寄って見てみると、刻まれた名前は一方が「シンタローはん」でもう一方が「わて」。
「…削って消したろか」
手塩にかけて育てた弟子があれかと思うと、恐怖の対象だった元同僚がちょっと気の毒になった。
アラシヤマは特別だとしても、と「シンタロー」の文字を指でなぞってため息をついた。
きっとシンタローにはこんな人間がたくさんいるのだろう。
彼のためなら何だってすると誓い、一挙一動に振り回され、気まぐれに口許に浮かぶ笑みや流れる黒髪に魅せられた人々が。
彼にとってリキッドなんてその1人にすぎない。
だけど、と幹に額をつけた。
「言わせてもくれないなんて、ずるいっすよ」
「遅い!!」
案の定、戻ったらパプワとシンタローに声を揃えて怒られた。ついでにチャッピーに噛まれた。
超特急で準備をしようと思えば思うほど気ばかり焦り、あたふたしているのを見かねたのか、シンタローが卵の入ったボウルを取り上げた。
「この卵はどうするんだ」
「あ、オムレツにでもしようかと思って…」
「じゃあそれは俺がやってやるから、お前さっさとメシ炊けよ」
ありがとうアラシヤマ。
思わず心の中で参拝した。奴の落書きに気を取られて道草したおかげで、オムレツを手に入れた。
「うわっ」
パプワとチャッピーのあとで焼いてもらったオムレツは、箸で二つに割るととろりと半熟の卵が溢れてきた。
やっぱりかなわないな、と自分の分を作っているシンタローの背中を見ながら思う。
この人は俺の手の届かない人で、俺のことなんか赤の番人としか思っていない人で、いつかいなくなる人で―――大好きな人。
柔らかいオムレツの甘みに促されるように、リキッドの唇が開く。
「シンタローさん、知ってますよね」
ぴくりとシンタローの背中が強張った。フライパンを持つ手が止まる。
ああ、そんなだから。
「…アラシヤマって最初に来たとき、コタローを誘拐しようとして『男の子の敵』って叫ばれてたっす」
「あんの引きこもり!!」
俺は言えなくなっちまうんですよ。シンタローさん。
「ちょっとシメてくる」
フライパンを片手に青筋を浮かべて家を出たお姑さんに、リキッドは苦笑を堪えた。
言えない自分は逃げていると思う。
でも言われたくないシンタローだって逃げている。
「やっぱずるいよなあ」
開け放たれた扉から、パプワがシットロト踊りをしているのが見えた。
とりあえず今日のところは、何かとうるさい恋敵を潰せたことで満足しよう。さっき感謝したことなどころりと忘れて、リキッドはオムレツの続きに戻った。
自分が作るのより何倍も美味しい。味も見栄えも全然違う。もう一度作ってもらえたら、今度こそ言えそうな気がした。
だってもう、俺もあんたも分かってるんだ。
―――俺はあんたが死ぬほど好きなんです。
予行練習なら、いつだって完璧なのだけれど。
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どこが「次こそは早く」なんだか…。
ごめんねアラシヤマ本当は大好きよ。
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