ミライノタメニ (前)
二人が、壊れてしまうのと
二人で、壊れてしまうのは
―――どちらがどれだけ、哀しいのでしょう
******************
「シーンちゃん、シャンプーしたげる♪」
「………いらねぇ」
ぼそり。
呟きながら、眼魔砲を飛ばすことも、もちろん忘れない。
なにもそこまで、と言う無かれ。
こういう事を、言い出したが最後。
いつまでもしつこく、しつこく、しつこく!! 付きまとった挙句。
無理矢理にでもシャンプー、リンス、トリートメントのフルコース………挙句に。
彼の背中まである黒髪を。切って、編んで、結い上げて。
心ゆくまで遊ぶのが、彼の父親「マジック」という人物なのだから。
「シンちゃん、ヒドイ…………」
手加減無しの、一発だったが。
タメ無しのせいか、さほどダメージも受けていない様子で。
「よよよよ」と、ハンカチ片手に泣き崩れる。
いくら、年齢より相当若く見える―――40越えているとはちょっと思えない―――とはいえ。
実年齢は53歳のオッサンに、ソレをやられると。不気味を通り越して、かなりサブい。
「………昔は、何だってヤラせてくれたのに」
ボソリ、と。
ここのセリフだけ、聞いている者がいれば。
間違いなく、誤解を受けそうな発言をされ。
―――と、言うよりも。
彼の性格を鑑みるに、ワザと誤解させようと仕向けているに、違いなく。
「四捨五入すると余裕で三十になる息子を、小学生レベルで扱うなぁッッ!!」
ぷちっと切れた、シンタローは。
再び、本気の眼魔砲をぶちかまし。
対するマジックは、というと―――それはそれは、楽しそうに。
「はっはっはっ、親子団欒だねぇ♪」
とか何とか。
トボけたことをほざきながら、応酬してきて。
爆音と共に。不吉なきしみを上げ、崩壊を始めたガンマ団本部では。
「総帥と元総帥が、また、親子ゲンカだぁ~~~~~っっ!!!」
「頼むから、外でやってくれェ~~~~!!!」
ひきつった顔で逃げ惑う、団員達の絶叫が………夕暮れの空に、響き渡った。
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元々。大概、何だって、器用にこなす父親だった。
長男として。弟達の面倒を見始めた頃には、素地が出来ていたのだろう。
………それが。
病弱な妻に代わって、幼い息子の面倒を見始めてからは、更に拍車がかかり。
シンタローが、物心ついた時には。
普通『母親』の役割もこなしてくれる『父親』になっていた。
それでも。
ガンマ団の若き総帥としての地位を、確固とし始めていた、当時は。
遠征やら交渉やらで、殆ど家にいることが無く。
寂しい思いをすることは、度々だったけれど。
その埋め合わせのように。
長く家を空けた後は、必ず。両手いっぱいに、お土産を抱えて帰ってきてくれて。
食事やら、身の回りの世話やら………一日中でも、側にいてくれた。
母親譲りと思われていた、シンタローの黒髪は、特にお気に入りで。
切ったり、編んだり、結ってみたり。
それが、当たり前だったから。
シンタロー自身、さしたる抵抗も無く受け入れていたのだけれど。
―――それが、憂鬱に変わったのは、いつからだろう?
「ガンマ団総帥の長男」という特別な立場。
それを自覚し始めたのは、小学校に上がる頃だった。
今まで、一緒に転げまわって遊んでいた、友達に。
徐々に、距離を置かれるようになり。
遊びに誘っても、何のかんの理由をつけられ、断られるようになった。
最初、シンタローには。周囲の変化の理由がわからず、ただ戸惑うだけだったが。
その内、大人達が子供達に言い聞かす、潜めた声は。嫌でも耳に入ってきた。
『あまり、あの子と仲良くしちゃダメよ? あの子のお家はね…………』
………気が付くと、一人ぼっちになっていて。
それでも、当時の。
幼い―――『悪意』と言う言葉さえ、知らないほど。
幼な過ぎた、シンタローには………為す術も、無く。
登下校はおろか、昼休みも、放課後の予定すら無いまま―――たった一人で過ごす、学校生活。
その内に、すっかり塞ぎ込み。
理由をつけては、学校を休むようになった、一人息子を心配し。
マジックは、忙しいスケジュールを何とか調整し、遠征も控えるようになって。
その分、なるべく家にいるようにして―――今までに増し。
それはそれは甲斐甲斐しく、シンタローの世話を焼いてあげた。
大好きな父親と、一緒にいられるようになったコト。
それが本当に、嬉しくて。
シンタローは、まるで素直な子犬のように。
父親の行く所ならば、何処へでも付いていった。
―――シンちゃんさえ、構わなければ。
ある日、膝に抱えたシンタローの。
お気に入りの黒髪を、優しく梳きながら………マジックは、言った。
「学校を辞めて、ずっとパパと一緒にいるかい? 勉強なら、家庭教師をつけてあげるし。パパだって、少しは教えてあげられるから」
学校に、いかなくてもいい―――それどころか。ずっと、大好きなパパと一緒にいられる!!
一瞬の躊躇も無く、シンタローは頷いた。
何も、考えていなかった………考えようとさえ、せずに。
ただ、提示された。自分にとって、都合のいい未来に飛びついた。
それ程に当時の自分は、子供で―――自分の行動が、周りに及ぼす影響、など。
考える事さえ出来ない程、甘やかされた子供だったのだ、と。
今なら、解るのに。
―――転機が訪れたのは、その数日後。
その日も、シンタローは。学校を休み、広い家の庭で一人、遊んでいた。
いつもなら、一緒に遊んでくれている筈の、マジックは。
現在、急な来客とやらの応対をしている。
最初はムクれていたものの、所詮は子供のこと。
お詫びに、と。
父親に与えられた、新しいラジコンカーにすっかりハマってしまっていて。
指先一つで、思いのままに動く。
その模型の車と一緒に、夢中で走り回っていたシンタローは、気付かなかった。
………どんっ、という鈍い衝撃。
「うわっっ!?」
正面から『何か』に激突したシンタローは、見事な尻餅をついてしまい。
「もうっ、な………」
ぷうっと、頬を膨らませ。
突然出現した、大きな『何か』に抗議しながら視線を上げ………小さく、息を飲んだ。
逆光の中、こちらを見下ろしてくる、巨大な影の正体は。
――――ハーレム叔父、だった。
シンタローは。優しくて綺麗なサービス叔父のコトは、ダイスキだったが。
子供にも、容赦ない―――というより、単に大人気ないヒトだったのだ、と。今なら、解るのだが―――彼のコトは、大の苦手で。
尻餅の姿勢のまま、固まっているシンタローに、手を差し伸べるでもなく。
「不機嫌です」と顔一杯に描かれた、表情で。
唇を歪め。吐き捨てるように、ハーレムは呟いた。
「………オマエ、まだオムツしてんのか?」
突然言われた言葉に。きょとん、とシンタローは首を傾げる。
彼の意図するところが、まるで見えない。
もちろん。現在小学生のシンタローは、普通の半ズボンを履いている。
見れば、解るハズなのに。
大きな目を見張って。
やたらに、不機嫌そうな叔父を見つめていると。
「赤ん坊じゃねーんなら。テメェのケツぐらい、テメェで拭けよ」
ますますもって、シンタローには、言われている意味が解らなかった。
もちろん、今では。トイレの個室にまで、誰かに付き添われて入る事など、無い。
いくら父親の面倒見が良くとも、ソコまでしてもらったのは、ごくごく幼少の間だけだ。
唖然としたままのシンタローを、憎憎しげに睨み付け―――それは。
まるで、シンタローの背後にいる、見えない誰かを睨みつけているかのように。
「………ガキが。解らねぇなら、教えてやろうかァ!?」
突如、声を荒げられ。
シンタローは思わず、ビクリと身を竦める。
―――怖かった。
今まで。
当の本人のハーレムさえ、マジックの目を気にしてか。
彼の溺愛する一人息子に、こんな態度を取る者などいなかった。
ただ、竦んだままのシンタローに。
一歩、ハーレムが足を踏み出す。
「ハーレム、シンタローに何をする気だ!?」
その時、響いた救いの声に。
シンタローの、脅えきった顔が、パッと輝く。
「さーびす、おじさん!!」
対照的に。チッ、と舌打ちをして………ハーレムは忌々しげに、ソッポを向く。
「シンタロー。大丈夫かい? このシシマイ顔に、何かされなかったかい?」
「シシマイ言うんじゃねーよ、この魔女っっ!!」
くわっ、と。獅子舞そのものの顔で喚く、ハーレムを完全に無視して。
サービスは、小さなシンタローの体を抱き上げる。
抱かれた暖かな胸に、ほっと力を抜き。シンタローは小さく呟く。
「おじさん………オレ、なにかした?」
「いいんだよ、シンタロー」
当時のシンタローには。大人の心の機微など、解らなかったが。
けれど―――応えた、大好きな叔父の心は。
どこか、晴れやかで無いように、感じ。
不安そうに、綺麗な顔を見上げた瞬間………再び、ハーレムが。
大音声で、叫んだ。
「お前らが、そうやって甘やかすからっっ!! コイツはいつまでたっても、自分が邪魔だってコトに、気がつかねーんだろーがっっ!!!」
ビクリ、と。
あまりの剣幕に。再びシンタローは、叔父の胸の内で、身を竦め。
「ハーレム、止せっ!」
サービスの制止など、耳に入らない様子で、ハーレムは吠え続ける。
「いいかぁ!? 今は、ガンマ団が存続すっかどうかの、大事な時期なんだよッ!! テメー、やっぱり疫病神………」
「ハーレムッッ!!!」
「ハーレム。私の息子に当るのは、止めてくれないか?」
懇願するかのような、サービスの叫び。
そんな叔父の声を聞いたのも、初めてだったけれど。
それに、重なった、もう一つの声。
―――なんて、冷たい。
………氷の塊を、背に押し付けられたような、気さえする。
「お前の力が足りないからだろう? それは」
ゆっくりと。
テラスをくぐり、こちらに近づいてくる、足音。
いつもであれば。
嬉しくて、叔父の腕から飛び降り………駆け寄っているはずの、人物の足音。
―――なのに、何故だろう。今は、体が動かない。
「おまえが気にすることは無い、シンタロー。ハーレムは仕事がうまくいかなくて、ちょっとイライラしてるだけだから」
いつもと、シンタローの様子が違うことは、解っているであろうに。
それとも、本当に気づいていないのか。
にっこり、と。変わらぬ笑顔を浮かべ………そのまま、ハーレムに近づいていく。
「そうだな、ハーレム?」
対照的に、ハーレムの顔色は。酷く悪い。
「………あ、兄貴………」
「何をしている? 子供に当たるより先に、するべきことがあるだろう」
呑まれたように、ハーレムは頷くと。
どこか覚束ない足取りで、踵を返す―――。
一連のやりとりを。呆然と、見つめながら。
その時初めて、シンタローは。
去っていく、ハーレムの。首筋や袖から覗く、白い包帯に気付いた。
あの叔父が、とても強いコトは、知っていた。
その彼に、あれほどの大怪我を負わせた、何かがあり。
尚且つ、それを労わるでもなく『力が足りない』と、切り捨てる。
………コノヒトハ、ダレダロウ?
そんな父親は、今まで知らない。見た事も、無い。
―――凄まじい、違和感に。
「………パパ?」
震えを押し殺し、必死に言葉を紡ぐと。
「大丈夫だよ、シンちゃん。シンちゃんが心配するような事は、なァんにもないからねvv」
いつもと、同じ。優しい口調で言葉を返してくれたが。
シンタローは、サービスにしがみついたまま、なおも訴えようとする。
カタチにできない、その感情を。
「でも、パパ………」
「こんなに、シンちゃんを困らせるなんて。後で、ハーレムはうんと叱っておかなきゃね」
………コノヒトハ、ダレダロウ??
大好きな、パパと。
同じ姿、同じ声、同じ笑顔………なのに。
―――けして、微笑うことの無い。
何て、冷たい………碧い瞳。
******************
子供という生き物は、鈍感な上に、残酷だ。
もう、その頃には。殆ど、学校に出てこない上。
たまに来ても、一人ぼっちで椅子に座っているだけの、シンタローは。
クラス中の、イジメの対象となっていた。
『コイツ、男のクセにカミなんかのばして、おかしいのー』
『シンタローは、オカマだー』
―――行く度に、投げつけられる、言葉の暴力。
大人になってみれば。
彼らが、無邪気であるが故に。愚かだったことは、良く解る。
自分達が、ちょっかいを出している相手が。
魔王の子である事さえ、気付かずに。
ましてや、ヒト以外の存在であったなど。
想像さえも、しなかったのであろう。
それは、滑稽で、どこか哀しく。
―――切ないほどに、幸せな。幼年期の、終わり。
ミライノタメニ (後)
見ようと思って、見なければ。
「見えないもの」は沢山ある。
あの後、何度か。
優しいサービス叔父さんに、あの日の出来事について、尋ねてみたけれど。
………彼は。ハーレム叔父の行動を、庇う言葉も口にしない代わりに。
―――困ったように微笑むだけで。
父親のように、シンタローが正しい、とも言ってはくれなかった。
だから。
シンタローは、今、ここにいる。
初めて、一人で父親の職場である、ガンマ団に来て。
初めて、気をつけて周りを見ながら。そこを、歩いてみた。
幾度が父親にくっついて、訪れていた場所だったが。
父親と一緒の時には、気付かなかった事。
ひっきりなしに、輸送艇が。降り立っては、飛び立ち。
その度に、大量の人間と物資が移動する。
シンタローの傍らを。
数台の担架と、白衣の大人達が、慌しく駆け抜けて行き。
その光景は、初めてでは無かったけれど。
………以前見た時より、格段に増えている気がした。
「駄目だ、心拍停止!!」
「叩き起こせ!! まだ、攻略は終っていないんだぞ!?」
誰も、小さなシンタローになど、気を止めていなかった。
父親の影に、はにかみながらついて歩いていた時は。
出会う大人達の、誰もが。
皆、優しく微笑んで、お菓子やジュースを振舞ってくれた。
マジックの仕事が終るまで、遊んでも、くれた。
―――息を飲んだまま。
更に、歩きつづければ。
暗い表情でヒソヒソ話す、大人達に出くわした。
―――クソッ、何だってマジック総帥は、こんな大事な時期に前線を離れて………。
―――千人犠牲にしても、一万人が助かればいいとさ。取り戻せるのかね。
―――大体。あの子供は、ヒセキガンさえ持ってないんだぜ!?
シンタローと、遊ぶ事を禁じた。
友人の親を思い出させる………重くて暗い、その囁き。
本当に。今ならば、解るのだ。
あの時の、胸の痛みの理由―――複雑な、葛藤が。
………大好きな父親の存在が、自分を苦しめ。
同時に。自分の存在こそが、今。
大好きな父親を苦しめているという、紛れも無い事実。
しばらくの間、ガンマ団内を歩き回る内。
シンタローは、聞き覚えのある声に、捕獲されてしまう。
「シンタロー!? お前、何だってこんなトコにいんだよ」
ヒョイ、と。背後から襟首を掴み、持ち上げるという傍若無人な振る舞い。
首を反らして、その顔を見てみると………案の定、苦手なハーレムで。
だが、相手のほうは。この間の重い一件など、気にも止めていない様子で。
ニヤリ、と笑うと。くしゃくしゃともう片方の手で、シンタローの黒髪をかき混ぜる。
「オメェ、一人で来たのか?」
コクン、と頷くと。
何がそんなに、嬉しいのか。
満面の笑みで。更にぐしゃぐしゃと、乱暴に黒髪を乱され。
「どうしたよ? 兄貴に、会いに来たのか?」
もう一度、コクン、と頷くと。
「テメ、口が無いんじゃなきゃ、喋れよ」
むぎゅっと、唇の端をつねられ………やはり、この叔父はキライだと。
改めて、認識したが。
思っていたより、元気そうで。
ホッとしたのも、事実。
「ハーレム。ケガ、へいき?」
「テメーな。何だって、サービスには『おじさん』で、オレは『ハーレム』なんだよ………ったく。大体、あんなモン。怪我の内にも、はいらねーぜ」
ブツブツ、ぼやきつつも。
ハーレムは、抱え上げたシンタローを、マジックの元まで連れて行ってくれ。
「………オイ、兄貴ッッ!! シンタローが来たぞ!!!」
その時のマジックの、驚いた顔は。一生忘れられない、と思う。
「シンちゃん!! どうして、こんな所まで………」
何かの、会議中だったのか。開け放たれた、扉から見える光景は。
マジックを上座に据え。
普通にしていれば、偉そうな大人達が。
揃って、ぽかん、と間の抜けた顔で。こちらを眺めていた。
「てめーら、会議会議って、いつまでやってんだ。こっちは準備万端で、合図待ってるっていうのによォッ」
即座に、父親は席を立ち、こちらに駆け寄ってくる。
大きく、広げられた腕。
しかし、シンタローは。思わずハーレムに、しがみついていた。
「………くっつく相手が、違うだろォ?」
苦笑しながら、マジックに小さな体を、渡そうとして。
意外な程の力で、抵抗され。ハーレムは、困惑する。
「ここまで、一人で来たのかい?」
顔色が、余り良くない………多分、ここの所、ずっとだったハズだ。
そんな事さえ―――今、初めて、気付いた。
ハーレムに、しがみついたまま。ぎゅっと唇を、噛み締めて。
大きな瞳で、ただ見つめているだけの、シンタローに。
マジックは。小さな溜息と共に、視線を反らし。
「ハーレム。お前、今日はこのまま休みなさい」
「オイ、兄貴!? バカ言うなよ、オレの部隊は、今から出陣だろーが!!」
ハーレムは目を剥いて、マジックに詰め寄り。
シンタローを抱いていた腕が、するりと解ける。
「構わないから。シンタローを、送ってやってくれ」
「兄貴ッ、いい加減にしろよ!?」
自分の力だけで、ハーレム叔父にしがみついたまま。
シンタローは。
あの日、とも違う。
哀しそうな、碧い目の大人を、じっと見つめる。
………コノヒトハ、ダレダロウ。
―――コノ、ひとハ………この人、は。
「………かえれる」
不意に。
きっぱりと、シンタローが呟いた。
「シンタロー!? ダメだ、危ないだろう!?」
しがみついた腕を解けば。もう、小さな身体は自由だ。
自分の意志で、動く事ができる。
「ひとりで、かえれるってば!!!」
叫ぶと。身を翻し、駆け出した。
………パパ。
お父さん、父親で―――ガンマ団総帥、マジック。
―――言われるまま、伸ばしつづけていた髪の毛。
―――愛玩動物のように、甘やかされるだけの、自分。
それが。
怒り、に変わったのは。
………その瞬間、だったのだと、思う。
******************
久しぶりに、学校に顔を出したシンタローを迎えたのは、いつもの風景。
――――いつも通りで無かったのは、シンタローの心。
初めて、父親に口答えしてから………心の一部が、壊れてしまった気がする。
それが、何だったのか。
大切なものだったのか、どうでもいいものだったのか。
それさえも、解らなくて。
ただただ、落ち着かず。ざわめく心を、抱えたまま。
始業と同時に、シンタローは。
教室に入ると、長らく不在にしていた、自らの席に着いた。
すると。
何も知らない、無邪気な子供達は。
すぐに、今まで通り―――シンタローをからかい始める。
『オカマのシンタロー、オカマ、オカマ』
『お前のとーちゃん、コロシヤなんだってなー、こえぇぇ』
………ウルサイ。
『コロシヤってどんなんだー? オマエのカーチャン見ねぇのは、トーチャンがコロシたからか?』
―――ウルサイ………イライラする、イライラする。
『キリサキジャックみたいなもんさ。ヒトの首切るより、息子のカミ、きってやれよなー』
―――イライラする、イライラする、イライラするッッ!!!
ぐいっと。束ねた黒髪を、引っ張られた瞬間。
ぶちり、と―――シンタローの中で、明確な音とともに『何か』が切れた。
「………こんなモンが羨ましいンなら、くれてやるっっ!!」
工作用のハサミを取り出し。
父親が今朝、綺麗に束ねてくれた髪を。一息に、切り落とすと。
相手に叩きつけると同時に、掴みかかっていた。
一瞬にして教室は、蜂の巣をつついたような騒ぎとなり。
―――特殊な訓練を、受けていなくとも。
シンタローはもともと、暴力と身近な環境で育ってきたのだ。
箍が外れてしまえば。本人にさえ止められない、凶暴な本能。
女の子達の甲高い悲鳴や、泣き声が響く中。
ついには、頭を抱え。
泣きながら許しを請う、イジメのリーダー格だった少年に馬乗りになって。
容赦なく、拳を振るう。
「ナメてんじゃねぇぞ、誰に向かってクチ聞いてんだ、コラァ!!!」
啖呵を切り―――また、殴りつけて。
最終的に。大人達に、取り押さえられ。
父親までが、呼び出される騒ぎとなったが。
―――マジックは一言も、シンタローを叱らなかった。
それが余計に………悲しくて。
ザンバラになった髪を、綺麗に揃えてくれた後。
―――学校、続けるかい? と。マジックに、静かに問われた時。
今にも、泣き出しそうな顔で。
それでも、シンタローは。こくり、と頷いてみた。
それが、生まれて初めて。
自分の『意志』で、何かを決めた瞬間だった。
「二人を壊してしまうこと」を。
選択したのだ、と思う。
―――――守る、為に。
******************
その日以来、シンタローは―――元来は。
人を惹き付ける性質の、子供だったのだから。
キッカケさえ、掴んでしまえば………むしろ周囲の方が、放っては置かず。
日を追うごとに、子分やら友人やらが増えて。
陰口だって。
自分さえ、それがどうした、という態度を貫いていれば。
やがて聞こえなくなる、という事も、学び。
にわかに忙しく、回り始める日々。
シンタローが、自立の道を歩み始めた事を、寂しがっていたマジックも。
やがてまた。遠征に交渉にと、忙殺される日々が続いて。
―――ただ、それからも。
髪だけは、父親が切ってくれていた。
月に一度、有るか無いかであった、休みの日には。
会えなかった時間の、総てを埋めるように。
色々な事を、語り合いながら。
大きな手で。
シンタローの望み通りの髪型に、仕上げてくれた。
―――『あの日』まで。
そして。
もう一度、コタローに会えますように。
もう一度、僕らが……家族に、戻れますように。
………願いを込めて、想いを込めて、髪を伸ばした。
******************
もはや、原型を留めていない、総帥室で。
互いに、ガンマ砲を撃ち尽くした後。
シンタローとマジックは、ぜぇ、ハァ、と。
荒い息を付きながら、睨み合う。
「ちょっとイジらせてくれるぐらい、いいじゃないかッッ!!」
「しつっこいんだヨ、テメェ!!」
同時に、怒鳴り合い―――不毛だ、と思った次の瞬間。
ハッと、シンタローは我に返る。
コレだけハデに壊してしまうと。修繕にかかる費用は、ハンパではない。
ただでさえ、経費節減の、この折なのに。
総務部辺りから、怒涛のように舞いこんで来る苦情は。
現総帥のシンタローが、一身に受けなければならず。
―――ヤラレタ………このクソ親父め。
大抵の嫌がらせであれば。
最近は、聞こえないフリで聞き流して来れたのに。
『髪』だの『昔』だのを引っ張り出す、実に見事な、ピンポイントの嫌がらせに。
すっかり忘れていた過去を、引っ張り出され………つい、熱くなってしまった。
「別に。髪なんかに、そんなに手間ヒマかける必要、ねェだろーが」
落ち着け。落ち着け、自分―――言い聞かせつつ。
構えを解き、務めて冷静に、反論すると。
「しかし。きちんと手入れしてやらなければ、もったいないじゃないか」
………そんなに綺麗な、黒髪なのに。
本当に惜しそうに、マジックが、そう言うものだから。
シンタローの唇から、深々と洩れる、溜息。
彼に、してみれば。
この年齢なのに、白髪さえない。太陽そのものの、マジックの黄金色の髪の方が。
―――余程に、美しいと思えるのに。
「ねー、シンちゃーん。絶対、切ったりしないから」
ちょっとだけでいいから、お手入れさせてvv と。
………だから、五十三歳にもなって、お願いvv ポーズをとるんじゃねェ………。
シンタローは、はぁぁぁ、と息をつく。
何だか、とっても疲れた。
「あーもう、解った解った。アトでな」
「あ、じゃあ。どれがいいか、選んでくれる?」
わくわく、と。
マジックが差し出した雑誌を、チラリと見ると。
ソコに、ずらりと並んでいるのは………黒髪に、振袖姿の和風美人モデル達。
―――やっぱり、一月は振袖だよねぇvv シンちゃんの黒髪に、とっても映えるし♪
「………『息子』に振袖着せてどうするつもりだっ、このヘンタイ親父ッッッ!!!!」
気がつくと。
残りの総ての力を振り絞った、眼魔砲を放っていた。
僅かに残っていた、壁の部分には。綺麗に、人型の穴が空き。
鮮やかな放物線を描きつつ、飛んでいくマジックの姿。
普通の者なら、命は無いだろうが。
まァ、あの父親のコトだ。怪我一つ無く、戻ってくるであろう。
それにしても、派手にやってしまったな、と。
改めて。周囲の惨状を見渡す。
………総帥なのに。
修理代の為に、しばらく給料カットされるかもしれない………総帥なのに。
トホホ、と肩を落として。
かつて、窓と呼ばれていた―――今は、硝子どころか。窓枠すら残っていない、そこから顔を出し。
見上げた空は、鮮やかに青く。
………はるかに遠い、彼の人を思い出させる。
あの子供も、また。
二人を壊す事で始まる―――新しい未来を、信じたのだと思う。
だから。
――――髪は、切らない。
もう一度、会えますように。
………もう一度、家族になれますように。
遠く離れた、南国の空。
茶色い犬と暮らす、小さな友達に想いを馳せ。
願いながら、瞳を閉じた。
○●○コメント○●○ 「とうさん」と打つと、すぐさま「倒産」と変換されるウチのパソ子に眼魔砲★
ギャグを入れられなかった、自分にも眼魔砲★(←駄洒落と、ギャク大好き)
マジシンに見せかけて、パプワオチですねσ(^◇^;)
シンちゃんの髪、時代時代で結構長さ変わってるのに、パプワからPAPUWAで変わってない理由について、思ってる内に出来た、駄文デス。
結局、年齢データとかも入手出来なかったし(;^_^A
引っ張った挙句、こんなんで、スミマセンデシタ。
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