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某国にある、ガンマ団駐屯地において。作戦会議は、紛糾していた。
戦況は、けして良いとは言えない。
小競り合い程度の戦闘なら、日常茶飯事だったが。総じて、ほぼ膠着状態に陥っており。
人間の緊張や集中力というものは、そう持続し続けられるものではない。
本部を離れ。既に、半年以上が経過した、今。
―――いい加減、決着をつけねば………士気に関わる。
今の団員達の大半は。シンタローの総帥就任後編成された、直轄の部隊である。
昇竜の勢いたる新総帥に率いられ、勝ち戦しか経験していない―――言わば、経験の浅い者達が殆どだ。
このまま長引いた挙句、もしもの事態が起きた時には………恐慌を起こし、自滅する危険性は、否めない。
何とか、今年中にケリを付けたい、というのは。
当の総帥を始め、幹部連の共通の想いであるが。
そうは言っても。積極的に攻めるには、あまりに立地が難しかった。
なにせ、敵の本拠地があるのは。
罪の無い、ごくフツーの一般の市民達が暮らす、大きな街のど真ん中である。
近くには商店街、病院、学校などの公共施設が密集していて。
戦闘の際は、それらに被害の及ばないよう、細心の注意を払わねばならず。
つまり、今回ばかりは。総帥の一撃必殺ガンマ砲は、完全に封じられた形である。
更には。下手な手出しをし、逆上させてしまえば。
こちらが、市民たちに手を出さずとも。
長らく彼らから搾取し、虐待し続けていた敵は。
何の躊躇も無く、これまで以上の苦難を彼らに強いるに違いなく。
当初は、自らの力を過信しきってきた敵を挑発しては、街の外に誘い出し。
散々に叩きのめす作戦が、有効であったが。
しばし、ガンマ団の圧倒的勝利が続いた後………真っ向勝負では勝ち目が無い、と踏んだ相手は。
市民の暮らしと命を盾に、本拠地に閉じこもり。
どれほど挑発しても、本隊を動かさなくなってしまった。
軽くつついた程度で、出てくるのは。せいぜい血気に逸った、下っ端戦闘員ぐらいで。
今のところ。完全なる篭城を、決め込まれてしまっている。
単に、こちらが諦めて去ってくれる事を、狙っているのか。
或いは、消耗を待ちつつ、密かに兵力を補強しているのか。
疑心暗鬼を巡らせ、攻めあぐねている内に。はや、数ヶ月が経過してしまっていて。
―――だから。交渉などせず、最初から部隊を全滅にしておけば良かったのだ!!
―――何とか、相手方の主戦力を。こちらの料理しやすい立地まで、引っ張り出せないか?
―――それよりも、刺客を放ち。ある程度かき回した後で、一気に集中攻撃をかけた方が良い。
―――それでは、市民に被害が出る。集中攻撃をかけるのであれば、包囲を固めた後だ。
ガンマ団の方とて、今は実力で勝っていても。 所詮は、他国に攻め入っている身の上である。
補給線が、無尽蔵のハズも無く。ソコを重点的に狙われれば、かなり厄介な事態に陥る。
それぞれに、それぞれの根拠あっての、発言を重ねるが。
費やした時間の割には、大した意見も出ず。誰の顔にも、焦りと疲労の色が濃い。
激戦を重ねている時より、始末が悪いのかもしれない。
各部隊長は、敵の動向に気を配るのみならず。
血気に逸る部下の、士気を落とさぬよう。
さりとて余計な暴走をさせぬよう、苦心を重ねている日々なのだから。
時刻は、そろそろ深夜になろうとしていた。
やはり、どうにも。いくら論議を重ねた所で。
総帥抜きでは、決め手に欠ける………と。総帥側近のどん太が、こっそり溜息をついた時。
「遅くまで、ご苦労だな。ホレ、差入れ」
「あ、どーも………」
背後から差し出された、オニギリの皿を受け取りつつ。
どれほど本人がイヤがっても、やはり、こういう気配りは。父譲りばい、と思う。
思えば。総帥という身分でありながら、マジック様も。
踏ん張りどころになると、いつも。カレーやら、ハンバーグやら、サンドイッチやら。
大変美味な、お手製の食事を、差し入れてくれたものだ。
そして、シンタロー総帥もまた。戦況が、難しくなってくると。
疲れた部下の為に。父親に負けないほど美味な、手製の差し入れを行ってくれる。
………血が、繋がっとらんばってん。やっぱあの2人ィ、親子ばい、と。
暖かなオニギリの皿を抱きしめて、しみじみ、どん太は感動したのだが――――が。
………………………って。えええええぇ!?
「な、何で、ココにおるとですか!? シンタロー総帥!!」
アリエナイ人物の存在に。ようやく気付いたどん太は、思わず指をつきつけて、絶叫し。
他の全員も、慌てふためき。思わず、壁掛けカレンダーの日付を、確認してしまう。
―――間違いない。12月11日の次は、12月12日。
アナログ時計であれば、針はもうすぐ頂点を差すだろう。
そう。後、数分もすれば12日………つまりは。
元総帥の、誕生日となるのだ。
時差の都合上。ガンマ団本部では、既にその日付になっているはずで。
移動時間を、考えれば。一番早い飛行船を使ったとしても。
当然、出発していなければならないハズなのに。
会議室の幹部連は。
揃って、ぽかんと口を開け。マジマジと、いるはずのない、黒髪の総帥を見つめ続ける。
会議室に姿を見せなかった、総帥は――――もちろん。
ココを自分たちに任せ。ガンマ団本部に、帰ってくれたモノと信じ込んでいたのに。
しかし。注目を一身に浴びている、当の本人は。
しみじみと、呆れたような溜息をつく。
「あのなぁ。こういう状況で、司令官のオレがいる事が、不自然か? 至って自然だろーが」
「………ばってん。マジック様の誕生日は、一族全員参加が原則の、誕生日パーティが………」
「あぁ? イイ年齢して、誕生日もクソもないだろーが。大体オレは去年も出てねぇし、サービス叔父さんだって、7年もスッポかし続けてたんだぜ」
恐る恐る呟いた、どん太の発言を。
シンタローはきりっとした眉を寄せ、それがどうした、と言う口調で却下する。
しかし、マジックの。
シンタローに対する、尋常ならざる執着ぶりを知っている、周囲にとっては。
むしろ、自らの身の安全の為にも―――是非とも、行って欲しかった。
でなければ。確実に、最終的には。
親子喧嘩と言う名の、痴話喧嘩に巻き込まれる、と。
当事者の、シンタローよりも。余程に周囲の方が、把握していたりする。
「だ、だけど。マジック様は、とても楽しみに待たれとると………」
「………コレ、言いたくねぇんだけどナ。今の、ガンマ団総帥は、誰だ?」
あの、アーパー親父を認めるのは悔しいが。
シンタローが総帥となって、まだ一年足らず………その間。
マジックの影響力は―――良し悪しは、ともかくとして――――相当なものであったのだ、と。
考えざるを得ない出来事は、度々あった。
そもそもシンタローは、当然の責任として。
コレだけ泥沼化している、現場を放っておいてまで。
父親の誕生日パーティになど、ノコノコ出かける気は、最初から無かったと言うのに。
―――夜食の用意の為、ちょっと会議に遅れただけで、この有様である。
やはり、団員達は。未だに、マジックのことも慕っているのだろうな、と。
自分を卑下するワケでは、無いけれど。
微妙に、複雑な心境で。それでも、表情だけは引き締めたまま、幹部連を睨み据えていると。
「………シンタロー様です」
きっぱりと。最も信を置いている、側近のどん太が。
真っ直ぐに、シンタローを見つめ、言い切ってくれた。
「そゆ、こと。それよか、作戦会議続けようぜ。何とか、年内に落とすぞ」
ありがとな、と。どん太に、感謝の目配せを送り。
シンタローは、本日のとっておき。闇ルートより入手した、敵本拠地の地図を広げた。
「さて。コイツを、どう料理してやる?」
ニヤリと、不敵な笑いを浮かべると。
先程までの、何となくダレてきた空気は、一蹴され―――再び、会議室は。
心地良い緊張感に、満たされる。
―――焦りはしない。自分とマジックは、違う人間なのだから。
目指す方向も、望みも、やり方も。いずれは、認めさせてみせる、と。
………シンタローとマジックの。総帥としての、決定的な違い。
それは。マジックは、独善的に判断を下すことは、しばしばであったが。
シンタローは、自分と違う部下の意見を。無下に却下する事は、無いということだ。
例え相手が、一介の戦闘員の意見であろうと。研修中の、団員であろうと。
意見を述べる者があれば、真剣に耳を傾ける。
それが、マジックと違った種類のカリスマ性であり―――だからこそ。
本当はもう、誰しもが。シンタローを総帥として認め、命を預けてくれているのだが。
―――だけど。
テキパキと。皆から出てくる、忌憚無い意見を取り纏め。
作戦の構想を練り上げつつ、頭のまったく別の場所で、シンタローは思う。
まったく迷わなかった、と言えばウソになる………しかし。
経験上、シンタローは。戦争というものが、生き物であることを知っていた。
如何に不利であっても………逆に、優勢であっても。
ソコに『絶対』という概念は、存在しない。
ホンの些細なキッカケで、一瞬の内に状況が覆ることは、ままあること。
自らが任命した幹部たちを、信じていないわけではないが。
今。自分が、ココを離れてしまうこと。
それこそが、キッカケになるかもしれない。
もしも、そうなってしまえば。
状況はガンマ団にとって、最悪の方向へと流れていくであろう、と。
戦いに慣れた者だけが、持つことのできる。本能が、告げていたから。
―――離れる事など、許されない。
それが、ガンマ団総帥として。シンタローが出した、結論だった。
******************
会議が終わり。飛行船内に設えられた、自室に戻ったシンタローは。
デジタル表示の置時計に、ちらりと視線を送る。
AM1:57という表示に。スグに寝れば、5時間は睡眠が取れるな、と思いつつ。
右手で、ガチガチに強張った肩を掴み。思い切り、首を回すと。
―――グリッ、ゴリッ、バキッ、バキバキバキッッ!!
相当、ストレスが溜まっている為か。結構、凄まじい音がした。
あいてて、と呟きつつ。幾度か、首を回す内に。
書き物用のデスクの上。転がしたままの、携帯電話に目が止まる。
どうせ、今日あたりは。TPOを弁えない―――そもそも、そんな概念を持っているかどうかすら怪しい、お節介なイトコから。
仕事にならない程、大量のメールやら、着信があるだろう、と思い。
敢えて。放り出したまま、出かけたのだが。
見る前からウンザリしつつ、ディスプレイを覗き込むと。
『着信アリ 568件』の文字に、絶句した。
メールに至っては。
メモリ容量を越えてまで、受信し続けていたらしく。今朝、総ての履歴を消したハズなのに。
三百件残せる、その表示の総てが。
『グンマ』の名で、埋まってしまっている………有りえねぇ。
「………アホ、グンマ」
げっそり、と呟くと。
速攻で、グンマのアドレスを着信拒否・メール受取拒否リストに登録した。
これでしばらくは、静かに過ごせるであろう………と。
シンタローは、枕もとに携帯を放り出し。そのままベッドに、寝転がる。
しかし、瞳を閉じても。
身体は疲れているはずなのに、眠気が全く訪れてくれない。
―――気になるのなら。電話をかければいい………簡単なコトだ。
―――いいや、気になんてしていない。気になどならない。疲れているのだ、自分は。
…………だけど。
踏ん切りのつかないまま、ウダウダと。とりとめの無い思考に、身を委ねていると。
―――♪♪♪……♪♪♪♪♪♪……♪♪♪♪♪♪……♪♪♪………♪
突如鳴り響いた、不意打ちの呼び出し音に。驚いて、飛び起きる。
さては、グンマの奴が。他人のケータイを借りれば良い、という発想にたどり着いたのだろうか。
それにしても。グンマにしては、随分早い。キンタロー、もしくはアノマッドサイエンティストが、余計な入れ知恵でもしたのだろうか………さもなければ。
………もしかして。
一つの可能性を、抱えたまま。
シンタローは、しばし。鳴り続ける携帯を、見つめていたが。
設定を、マナーモードにしていない以上。
相手が、諦めてくれない限り。放っておけば、このまま鳴り続けるであろう。
ウチの一族は、シツコイ人間が多くて、ホンット困るよナ………と。
諦めて取り上げた、ディスプレイの表示名は、予想道理で。
―――深呼吸のように深い、溜息の後。おもむろに、通話ボタンを押す。
「………アンタかよ」
開口一番、不機嫌な口調で呟いてやると。そもそもの、元凶。
「こんばんは、シンちゃん。ごめんね、遅くに………もしかして、寝てたー?」
1、2、1、2―――と。
何だか、ツイ走り出したくなるような。
不似合いに、健康的な日付に生まれた、英国紳士の声が弾けた。
「寝てたに決まってんだろォ。こっちは、2時回ってんだよ」
言ってるコトと、やってることは正反対。
さほど悪びれた様子もなく、ウキウキと聞いてくるものだから。
思わず、カチン、ときて。咄嗟に、そんな嘘をついてしまう。
「ゴメンゴメン。でも、そっちも十二日になったんだよね。めでたく、パパのお誕生日になりましたっ♪」
―――パチパチパチ。拍手っっ。
………せがむな。そして、口で言ってる上に、拍手までするな。
ともあれ、疲労困憊の本日。親切にツッコミを入れるてやるのさえ、面倒で。
シンタローは、相変わらずの「我が道街道突っ走り、こちらの迷惑顧みない」彼の、行動及び言動を。うんざりしつつも、黙って聞き流してみる。
それに、呆れはしているが。
先ほどまでの、自分らしくない状態は。否が応にも、解消され―――少しだけ。
ホッとしているのも、事実。
「その様子だと、戻れそうにも無いみたいだね」
シンタローの冷たい反応を、どう取ったのか。
マジックは苦笑混じりに。今度は、まともな口調で確認してくる。
「あー、まぁな。今日はそっちで、勝手に楽しんでくれョ………あと、バカグンマ、何とかしといてくれ」
「あはは。グンちゃんも、初めて出来た『お父さん』だからね。私の為に、何かしたいんだろう」
「ソレにしたって、程度問題なんだョ。ストーカーよりタチ悪いぜ、アイツッッ!!」
この一ヶ月というもの。
シンタローが、グンマから受け続けた数々の嫌がらせは。涙無しには語れない、と思う。
今度会ったら、絶対泣かしてやる、と。固く、心に誓っているのだが。
………まったく。あの情熱を、マジメな研究に向けることが出来れば。
今頃、ノーベル化学賞ぐらいは、軽く受賞できているであろうに。
「私は。子供達の自主性を、重んじるからね」
マジックの。言っているコトだけは立派だが、その実、完全に他人事のような口ぶりに。
キッと、シンタローの形の良い眉が吊り上がった。
「へぇ。そんなご立派な父親なら、無理矢理長男に後継ぎを押し付けた挙句、手に負えなくなった次男を、幽閉したりしねーよな? 立派な父親を持って、嬉しいぜ」
―――いやぁ、立派立派、ご立派だねぇー。
嫌味ったらしい口調で、そう述べてやると………通話口の向こう、マジックは。
思いっ切り気まずそうな咳払いを、繰り返していて。
………今日ぐらいは、祝いの言葉の一つでも、述べてやろうと思っていたのに。
でも。結局、いつだって、こうなってしまうのだ。
嘘は言っていないし。自分が、こういう態度をとってしまう、責任の八割以上は………マジックにあると思う。
「………用事ねーんなら、もう切るぞ。疲れてるし、オレ」
こんな不毛な会話を続けるぐらいなら、話なんか、しない方がマシだ。
―――そもそも、AB型のマジックと、B型の自分では。相性は、最悪なのだから。
何だか、エラく乙女チックなコトを思いつつ。半分自己嫌悪の、吐息をつくと。
「あ。待ってよ、シンちゃん。来れないんなら、プレゼントぐらい、欲しいんだけどな」
………フツー、49歳にもなって、恥ずかしげも無く、誕生日プレゼントを請求するか!?
「あー、んじゃ。何か適当に、どん太にでも買いに行かせて、送ってやるョ」
まったく。ちゃっかりした、父親だ、と。相当投げやりに、シンタローが答えると。
「………スッゴク、心が込もってないね、シンちゃん」
通話口の向こう。ハンカチを噛みながら、しくしく泣いている相手の姿が見えた。
別に、シンタローに。透視能力やら、遠視能力やらの超能力があるわけではないのだが。
見えるものは、見えるのだから―――たやすく想像がつく、とも言い換えられる―――仕方ない。
「ゼータク言ってんじゃねぇ、ったく………んじゃ、何が欲しいんだヨ?」
面倒くさそうに、後頭部を掻きつつ、問い掛けると。
「んー。動画で、シンちゃんのピ――――ッッ(自主規制しました)画像とか♪」
「コノデンワハ・ゲンザイツカワレテオリマセン・バンゴウヲオタシカメニ………」
言いながら。
シンタローが、切る気満々で、終話ボタンに手を掛けた瞬間。
「わ、待って待って待ってッッ!! 冗談だよ、冗談っ!!」
本気の気配を察したのか。取り乱した様子で、マジックが叫ぶ。
「………マジで、オレは疲れてっからな。次に、趣味の悪ィ冗談言いやがったら、容赦無く切るぞ」
「冗談じゃ、無いんだけどね………あああっ、マジメに、マジメに答えるからっっ!!!」
無言のままシンタローは、再度終話ボタンに手を掛け。
これ以上の軽口が許されない事を悟った、マジックは。必死で『マジメ』なプレゼントを、リクエストした。
「じゃ、じゃあっ! シンちゃん、アレ!! アレ、やって欲しいナvv」
「アレぇ?」
また何か、ヘンなコトを言い出したのではないだろうな、と。
不審そうに。シンタローが鼻の頭にシワを寄せ、首を傾げていると。
「小さい頃、パパの誕生日に歌ってくれたでしょ? ハッピーバースディ、トゥーユー♪ ってヤツ」
とてつもなく、嬉々とした、マジックの発言に。
「うぇ。アレ、かよ」
シンタローは。酢でも飲まされたような表情で、ゲンナリとコメントする。
多少ローンを背負うことになっても。
金で買えるモンを、リクエストしてくれた方が、まだマシなのに。
――――しかしまぁ、シンタローにも。
去年に引き続き、今年も誕生日パーティをすっぽかす、という弱みがあるものだから。
「………どーしても、アレがいいワケ? 考え直すなら、今のうちだぞ? 今なら、ポールスミスでもディオールでも、エルメスでも買ってやるぞ」
「やだなぁ、シンちゃん。そんなのパパ、いつだって自分で買えるし」
ちなみに、庶民派の息子は、総帥となる前は。
○中のバーゲンで買った、黒の綿パンとランニングを、こよなく愛用していて。
―――こんな、ブランドオヤジなんか、キライだ。
2人の間の、根本的なミゾは、深まるばかりのようだ。
………が。ともあれ、マジックはどうあっても、引く気は無いようで。
うっすらと、頬を染め。ポリポリ、シンタローは後頭部をかく。
「………いいか? これっきり、だからな」
「うんうんvv」
念を押すと。即座に、期待満々の頷きを返され………腹をくくるしか、無くなって。
おもむろに、息を吸い込み。シンタローは、やや早口に歌い始める。
―――ハッピーバースデイ、ディア、マジッ………。
「ちっがーう!!」
が。途中、それを遮り。リクエスト者本人より、いちゃもんがつけられた。
「はァ!? 何が違うってんだよ、テメェ!!」
せっかく恥を忍んで、ココまで大盤振る舞いしてやった、と言うのに。
返答次第では、ただではおかない、というシンタローの口調に。
「昔はちゃんと『ディア、パパ』って、歌ってくれたッ!」
「………はぁあ??」
シンタローの語尾が、思わず上がる。
―――このオヤジ、またワケの解らん言い掛かり、つけてきやがって………。
「『はぁあ!?』じゃないよ、シンちゃん。ダメ、もう一回やり直しっ!!」
「ふざけんなっ。一回切りだって、言っただろうがっ!!」
「だって『ディア、パパ』じゃなきゃ、納得いかない」
「アホかっ、気持ちがこもってりゃ、問題無いだろーが」
「………気持ち、込めてくれたのかい?」
「んにゃ、全然」
しばしの言い争いの末。スッパリ、と言い切ったシンタローのセリフに。
――――みぃ――――ん、とした沈黙が、辺りを包み。
「ど、どうしても、イヤかい?」
何とか気を取り直した、マジックが。再度、尋ねてみるが。
「い・や・だッッ!!」
それに対し、シンタローは。一文字一文字、わざわざ区切って言い返す。
「………ケチ」
ボソリ、としたマジックの呟きに。シンタローの額に、10個程青筋が浮かび。
「てめぇ、ケチって………せっかくヒトがッッ………!!」
喚き立てながら………顔を上げると。
ふと視界に入った、デジタル時計は。AM2:45と、表示されており。
――――一瞬にして、どっと疲れた。
ただでさえ、ここの所。慢性的な睡眠不足に、陥っているというのに。
その上。何が哀しくて、こんな下らない言い争いで。貴重な睡眠時間を、削られねばならないのか。
頭に上っていた血が、一気に下がる。
「………あ、そう。んじゃもういいわ、今年のプレゼントは気持ちだけってコトで。おめでとさん、オヤスミー」
淡々と、それだけ言うと。シンタローは、ぷつん、と。一方的に、通話を断ち切った。
更には、携帯の電源を切り。部屋の明かりさえ、消してしまって。
今度こそ、眠るつもりで。ばふっとベッドに、寝転がる。
…………パパ、だとぉ? ふざけやがって、あの、アーパー親父ッッ!!
心の内で毒づきつつ、目を閉じてみるが。
…………大体、いつもいつもいつも、しつっこいんだよ、あのアホ親父はッッ!!!
肉体的にも、精神的にも。相当疲れているハズなのに。
…………何が『ディア、パパ』だよ。んな二十年も前の話、覚えてるワケねーだろーがッッ!!!!
携帯をかけるかどうか、迷っていた時より。イライラは、かえって増しており。
――――無理矢理、瞳を閉じてみても。
訪れるのは、心地よい眠気ではなく。際限なく湧き出す、マジックへの罵りのコトバ。
「………くっそぉ~~~~っっ、眠れねぇじゃねーか、あのヤロ~~~~ッッ!!!」
十分ほど、悶々とした挙句。
ガバリ、とシンタローは身を起こした。
「別にッッ、どうだっていいんだけどっ。このまま放っておいたら、末代までたたられそうだしなっっ!!!」
誰が聞いているワケでも無いのに、大きな声でイイワケをしてみる。
しかし、携帯をひっつかんだものの。どうしても、かけ直す勇気は出なくて。
「あー………でも、甘やかすとつけあがるしなっ、あのアーパー親父………」
ハハハ、と乾いた笑い声を上げ―――ふと、我に帰る。
………オレ、アホ? っていうか、寒い?
こんな夜中だというのに。
一人で、ああでもない、こうでもない、と。ボソボソ呟いている、など。
何本か線が切れた、危ない人間そのものではないか。
だからと言って、放っておけば。ムカつきに、一睡も出来ずに夜を明かしてしまいそうな気がして。
―――大体、何だってあんな親父のタメに。このオレが、ココまで悩まなきゃなんねーんだよっっ!!
そのまま、百年来の敵でも見るかの表情で。シンタローがしばし、携帯を睨みつけていると。
………突然。部屋の扉が、遠慮がちにノックされた。
シンタローの表情は、一瞬にして引き締まる。
―――誰だ? こんな遅くに。まさか、何か非常事態でも起きたのか!?
慌てて、ドアを開くと。
ソコには。恐縮しまくった表情で、どん太が立っていた。
「何だ、オマエかよ………どうした。何か、あったのか?」
どうやら、この様子では。緊急を要する話では、無さそうだと。
幾分ホッとしつつ、シンタローが問い掛けると。
「シンタロー様、夜分にほんま、スマンばい………」
蚊の泣くような声で、どん太は非礼を詫びる。
「何だよ、言ってみろ」
どこか言い辛そうな、オドオドした態度に。再度、促してみると。
シンタローの目の前には。どん太愛用の、某メーカーの携帯が差し出された。
オモチャのような、可愛らしいデザインと。着歌ができて、テレビも見られるアレである。
―――とか。携帯分析をしている、場合ではない。
シンタローは。決して、カンの悪い方ではないから。
コレで、あらかたの見当はついたが。
当っても、嬉しくも無い想像に―――敢えて、どん太の次の台詞を待ってみる。
「その…………マジック元総帥が、緊急の用て………そのぉ………」
キリキリキリ、と。眦の吊り上っていく、シンタローの表情に。
すっかり怯えた、どん太の声は。次第に、途切れがちになっていき。
が。ここで、どん太にアタるのは、筋違い、というもの。
いかにも寝起きです、という様子の、彼の瞼は腫れ上がり。
あろうことか、この寒いのに、パジャマに素足といった格好である。
シンタロー同様。少ない睡眠時間を、削られながら。
マジックの舌先三寸に騙され。必死に駆けつけてくれたどん太は、立派な被害者なのだから。
――――落ち着け、落ち着け自分。
シンタローは。心の内で、何度も自分に言い聞かせる。
「………貸せ」
―――しかし………低く、呟き。
ひったくる勢いで、どん太から携帯をもぎ取った、彼の表情は。
努力も虚しく、夜叉もかくや、と思えるようなシロモノだったのだが。
「てめぇっ、何の罪も無い部下巻き込んでんじゃねぇぞ、コラアッッ!!!」
飛行船全体を震わせる程の、大音声で怒鳴った後で。
ぶちり、と。どん太の携帯の電源も、落としてしまう。
「シ、シンタロー総帥………」
至近距離でまともに、ガンマ砲並みの罵声をくらった、どん太は。
衝撃に、くわんくわんしながら。両耳を押さえ、ボーゼンと立ち尽くした。
「………いや、悪かったな。あのアホ親父には、二度とするなつっとくから。部屋帰って、ゆっくり寝てくれよ」
携帯を返してやると、念の為『今夜は、電源入れるなよ?』と忠告をし。
シンタローの絶叫の、余波に。ふらつく足取りで去る、どん太を見送って。
―――ったく、と。舌打ち混じりの、溜息をつく。
だが。こうなりゃ、意地でも寝てやる………というシンタローの決意は。
3分と、持たなかった―――何故ならば。
「あの、すいません、ホントにすいません………」
「総帥、その、申し訳ありません………」
「シンタロー様ぁ、お許し下さいぃぃ」
その後も。
続々と部下たちが、携帯片手にシンタローの部屋を、訪れたからだ。
その度に、同じようなやりとりを繰り返し―――ついに、被害者5人目の辺りで。
シンタローは折れざるを得なくなった。
「だあああああっ、解った、解ったよ、オレのケータイ電源入れてやっから。頼むから、オレの部下達の貴重な睡眠時間、削るんじゃねぇぇぇッッ!!!」
******************
もしかしなくても。
ガンマ団員全員の携帯番号、入手してるんだろうな、あのアーパー親父。
………ったく、立場を悪用しやがって。
叫び過ぎで、微かに痛み出した喉に。顔をしかめつつ、シンタローは思う。
―――全員に、ガンマ団支給の携帯を解約させよう。そして、個人的に借りさせて、通話分だけ払うシステムに替えよう。でもって個人情報の保護について、厳しく通達しよう。
新しい制度の導入を検討しつつ、電源を入れた瞬間。
待ちかねたように、携帯が鳴った。
「歌ってくれる気になったかい? シンタロー」
してやったり、と言わんばかりの口調は。凄まじく、カンに触るのだが。
生憎シンタローには、もう争う気力など残ってはいなかった。
「あーもう………くれてやるから。頼むから、この大事な時期に、関係のねぇ人間を巻き込むな」
がっくりと、肩を落としたまま、ボソボソ呟くと。
「もちろんvv だって私は、シンちゃんからのプレゼントが欲しいだけなんだから」
―――だって。こんな機会、一年に一度しかないのに。
もしかして、この男。
単に、オレで遊びたいだけじゃないんだろうか―――という疑惑が、一瞬頭を掠めるが。
だとしても、ココまでくれば。覚悟を決めて、歌うしかない。
嫌がらせに屈するのは悔しいが、何せ相手は数千キロ彼方の空の下。
実力行使で沈めてやる事は、不可能なのだから………今度会ったときまで、拳は取っておこう、と。
いささか物騒な決意を固めて。
けほん、けほんと、咳払いを二回。
………やはり、かなり恥ずかしい。
「ええと。あ――――」
マジック相手に、散々喚き立ててきた為。声はやや、掠れている。
幾度かの、逡巡の末の発生練習。
――――まぁ、聞き苦しい程でもないか。
ハスキーで色っぽい、と言えるかも。
ヤケクソ気味に、開き直ると。最後にもう一度だけ、軽く咳払いをし。
シンタローは、おもむろに口を開く。
………Happy birthday,dear papa………Happy birthday,to you………
それなりに『心』とやらも、込めてやり。
今度こそ、シンタローは、歌い終え――――訪れたのは、しばしの沈黙。
……………………………………………………………………………………ぷちっ。
「あのなっ、ココまでやらせておいてッッ!!! アリガトウとか何とか、人間の基本的なコトぐらい言えねーのかっっ、このクソ親父はッッ!!」
アレだけせがみ、騒ぎ立てたクセに。
いざ、歌ってやると、ウンもスンもない。余りに無反応な、マジックに。
居たたまれない程、恥ずかしくなってきたシンタローが、猛然とくってかかると。
「あ、ごめん。何かちょっと、感動しちゃって………ホント、ありがとうね、シンちゃん」
更に0.5秒程、ズレたタイミングで返ってきた、マジックの声は………少し、震えていたから。
「まぁ、アレだ。イクツになっても、誕生日はめでたいモンだしな」
ここまで感動されると………余計に、居たたまれなくなり。
やたらに親父クサイコメントを述べ。
―――こんなコトなら。ゴネたりせずに、もっと素直に歌ってやれば良かったかな、と。
少しだけ、後悔したが。まぁ、喜んでくれたなら、結果オーライというコトで。
「………シンちゃん。愛してるよ」
「アホぅ。同性愛は、非生産的なんだろーが」
続けられた、囁きには。相変わらずの、手厳しいコメントを返してしまうが。
内容程、彼の口調は厳しく無く。
「私たちは、親子だからね。愛し合って、全然問題ナシだよーvv」
「………余計にマズいだろォが。いいかげん己の言動に、責任持てっつーの」
毒を喰らわば、何とやら、だ。
ここまできたら、眠ってしまうまでは、付き合ってやるか、と。
シンタローは、押し寄せる気だるい疲れに身を任せ。
一仕事終えた後ような、満ち足りた思いで。ベッドに、倒れ込む。
どうせ、通話料金は相手持ちだ―――ソツの無い父親だから。そういう事も、計算の上に違いないけれど。
「シンちゃん、いつ頃には帰ってこれそう?」
「………ぁふ、年明け、かな」
欠伸混じりに、適当に相槌を打つ。
………あ。何か、すっげー、眠たくなってきた。
戦況が膠着して以来、余り眠れていなかったのだが。
シンタローは。久々の強い睡魔に襲われ、欠伸を繰り返す。
強いストレスを受けている時。精神は休まらず、ヒトは眠れなくなるものだ。
深夜にベッドに潜り込んでも。寝付くことが、出来ず―――うとうとしては。
戦闘中の、それもとびきりの悪夢に襲われ、飛び起きる。
その繰り返しで、いい加減………疲れ切っていた。
―――夢の中まで仕事するほど、勤勉なタイプじゃなかったのにな、オレ。
苦笑して、瞳を閉じると。急速に意識は、薄れてゆき。
「パパの、大切な。綺麗で、可愛いシンちゃん――――」
…………寒気がするから、止めろっつーの。
呟いたハズの言葉は、声にならない。
「シンちゃん………シンタロー? 眠ってしまったのかい?」
マジックの。耳障りの良い、低い囁きに身を委ねたまま。
―――今夜は。夢のない眠りを貪れそうだ、と思った。
○●○コメント○●○ 予告しておりました、「Happy birthday,dear papa」の裏事情。
メールに関するエトセトラです。
どん太の嘘っぱち博多弁はあまり気にしないでくださいネーvv
ちょっと、4巻読んで内容変えたくなってしまったのですが………ドコをどういじったらいいか決めかねて、結局このままアップ(^^ゞ
その上、また恐ろしく長いです。ストーリーのシェイプアップが今後の最重要課題ですね、カケイの。
………え? ご期待の内容と違いますか??
おかしいなァ………(笑)
ともあれ、お色気息子とナイスミドルに、幸多かれ♪♪ と毎日祈ってマス。
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