………コワイ話
―――カッ!!!
閃光が、翻り。
漆黒の夜空は。
刹那、真昼以上に、煌いて。
―――ゴロロロ………ガシャ~~~~~ンッッ!!!!
「いっやぁぁぁ~~~~~ッッ!!!」
地響きを伴う、落雷の音と共に。
男のものにしては、キィの高すぎる、凄まじい絶叫が響き渡る。
「だ~~~~~ッッ、うっせぇよ、グンマ!! 男だろーが、テメェッッ!!」
至近距離で泣き喚く、従兄弟の音量に、負けじと。
シンタローはドスの効いた声で、怒鳴ってみたものの。
「こわいよぉ、こわいよぉっ、シンちゃん~~~~~~!!!」
「オメーの顔の方が、恐ぇよッッ!!!」
涙と鼻水で、顔中をベタベタにし、殆ど白目を向きかけている相手には。
多分、全く聞こえていないのだろうな、と思う………と。
―――カッ!! バリバリッッ!!! ガッ、ドォォ~~~~~ンッッ!!!
「いっやぁっ、怖いぃぃ~~~~~ッッ!!!」
轟き以上の悲鳴を上げ、グンマは。シンタローの胸に、しっかとしがみついてきた。
「うぁ、暑苦しいッッ、離れろッ!!」
驚いた彼は、払いのけようとしたが………火事場のクソ力とは、こういうコトを言うのだろうか。
非力なグンマとも、思えぬ力で。
セミのように、ピッタリと張り付いて、どうしても離れない。
しかも。そのシャツを掴む細腕は、もちろんの事。
鍛え上げた自分より、ずっと華奢なその全身は―――ガタガタと、ひっきりなしに震えていて。
………はぁ、と。
シンタローの唇から、諦めに似た吐息が洩れる。
事実を述べると『ウソだろう!?』と。
大概の人間に、聞き返されてしまうのだけれど。
その容姿も、性格も。殆ど、対極の位置にありながら。
シンタローとグンマは、従兄弟同士にあたる。
更には、両名共。
世界最強の、暗殺者集団を育て上げているガンマ団の、士官学校生であり。
ついでに言うなら、年齢も同じ16歳だ。
フツー、この年頃の少年なら。
例え、本当は怖かったとしても………雷なんて何でも無い、と。
精一杯の虚勢を、張るものだけれど。
「あああ、もう、しょーがねーなぁ………拭けよ、カオ」
未だ自分に、ぎうぅぅっと、しがみつき。
ガタガタと震えている、グンマの顎を片手で掴むと。
シンタローはその、涙と鼻水で、ぐちゃぐちゃの顔を。
手近なタオルを引き寄せ、乱暴に拭ってやる。
「ぅぅぅ………シンちゃーん、雷、何で平気なのぉ………??」
大人しく顔を拭かれつつ。
ぐずぐずとしゃくり上げ、そう問い掛けてくるグンマに。
「こんなもん、何が怖いンだヨ。ただの、自然現象じゃねーか」
「でもっ、当たったら、死んじゃうんだヨ!?」
「ンなもん、宝くじ以下の確立でしか、当たねーっつーの」
テキトーに、いい加減な慰めを言う、シンタローだったが。
ソコはさすがに、科学者のタマゴ。
べそをかきつつもグンマは、キッと顔を上げ。
「以下じゃないもんっ、年末ジャンボ1等の確立と、雷に打たれる可能性は、ほぼ同…………」
言いかけた、その台詞を遮り。
この嵐が始まって以来、最大の閃光、轟音。
~~~~~カッ、ガァ――――ン、ドオォゥ―――――ン!!!!
光と音は、ほぼ同時。
「ぎゃあああああ~~~~~~~~~~~~~ッッ!!!!」
呼応するように、グンマも最大級の悲鳴を放ち。
鼓膜を振動させる、凄まじいボリュームに。
シンタローは、思わず仰け反りつつも。
地面と空気の、振動加減から言っても。
ごく近くに、落ちたようだ………無意識の内に、判断した瞬間。
………フッ、と。
突如、家中の。灯りという灯りが、総て消え失せた。
「………お、停電。やっぱ、落ち………」
「やだやだやだ、やだぁぁ~~~~~~ッッ!!!」
本来なら、夏の日照時間は、うんと長い。
夕立の始まった時刻には、急速に湧いた雨雲を透かし。
僅かながらも、届いていた陽光も………三十分近い、嵐の間に。
すっかり、分厚い雲に覆われて。
まだ、七時前だというのに。
世界は夜へと、様変わりしていた。
「オイ、グンマ、いい加減にしろヨ! 大丈夫だって、オメーには宝くじも当たらねー代わりに、雷だって当りゃしねーからッッ!!」
「ぶわ~んっ、何かソレも納得いかな………ひっ、また光ったぁ~~~~~~~~ッッ!!!!」
シンタローの首筋に腕を回し、ぶら下がるような格好で。
更なるナキゴトを、喚きたてていた、グンマだったが。
カッと、辺りが青白く。
真昼のごとくに、照らされたのを見て。
その肩口に、顔を埋めた。
「いいから、ちょっとその手、離せ。何か灯りになるモン、探してきてやっからヨ」
「イイっ、暗くてもいいからっ、シンちゃん、離れないでよぉっ!!!」
困りきっている様子の、シンタローを。
一層の力を込め、抱きしめて。
彼の引き締まった体躯を、全身で感じながら。
ふと。
今の今まで。
雷への恐怖に、すっかり麻痺していた思考が、動き出す。
”二人っきりの、暗闇”
”腕の中にある(状態としてはどうかと思うが)、大好きな相手”
………コレは。
コレは、もしかして、ひょっとしなくとも。
ものすごーい、チャンスなのでは、無いだろうか………???
思いついた瞬間、グンマは。
それまでの、雷への恐怖を彼方へと、ぶっ飛ばし。
ごくん、と、大きく息を飲んだ。
「し………シンちゃん、あのねっ!!」
「あー、解った解った。じゃ、一緒に行こうぜ」
「違うって!! あの………あのねっっ!!!」
雷への恐怖心を上回る、衝動に支配され。
グンマは、首筋に回した腕から伝わる、高めの体温に。
何度も、浅い呼吸を繰り返す。
―――どうしよう、どうしよう、どうしよう。
ずっと秘密にしてきた、想いだ。
自分は、彼よりずっと弱くて。
情けなくて、みっともなくて。
でも、それでも………側にいたくて。
できれば”一番”になりたいのだ。
―――ずっとずっと、自慢だった。
綺麗で可愛い、イトコの彼の”一番”に。
「シ、シンちゃんッッ、ぼ、僕ねッッ!!」
「うわっ、グンマ、何!?」
見た目に自分より、華奢と言えど。
それでもやはり、相手は。16歳の、育ち盛りの男子である。
不意打ちでいきなり、全身の体重を預けられれば。
いかにシンタローとて、バランスを保つのは難しく。
圧し掛かられたグンマの重みで、仰向けに倒れ込んでしまう。
「だからねっ、その………僕、僕………」
「オイ、重いってッ!! コラ、グンマ!!!」
押さえつけるような重みに、閉口しつつも、シンタローは。
友人宅の犬が、雷に脅える余り、いつも。
飼い主の頭の上まで、よじ登ろうとする、という。
タイヘンに、微笑ましい話を思い出し、苦笑する。
もちろん。グンマの、劇的な真情の変化など。
微塵も気づいては、いない。
その事実に、気づく様子も無く、グンマは。
仰向けに倒れた、シンタローの体を押さえ込んだまま。
「シンちゃんっ、僕は、シンちゃんが………シンちゃんの、ことがねッッ!!」
ばくばく、ばくばく―――ともすれば。
泣き出してしまいそうな、緊張感を持て余し。
抵抗が無い事に、誤解故の光明を、見出して。
「………オイ、グンマ?」
「ずっと、ずっと――――!!」
決定的な告白を、突きつけようとした、瞬間だった。
「………シンちゃんグンちゃん? 何やってるの」
二人は不意に、小さなライトに照らし出される。
ソレと同時に、掛けられたのは。とても、聞き覚えのある声。
―――今は、今だけは。
何としても聞きたく無かった、慣れ親しんだ、伯父の声――――。
息を飲み、固まった、グンマの下から。
シンタローは、するりと抜け出し。
「何って。雷にわんわん泣き喚いた挙句。暗闇が怖いって、泣き縋ってンだよ、いつものごとく」
―――ちっ、みっともないトコ、見られちまったぜ、と。
そう言わんばかりの口調で、父親に説明する姿に、グンマは。
………勇気を振り絞り、想いの丈をぶつけようとした、最愛のイトコが。
全くもって、何一つ気づいていないコトに。
―――心底、がっかりした。
伯父の手に握られている、家庭用懐中電灯の。
僅かな明かりの中でも、きっと、はっきりと解るほど。
自分の頬は、真っ赤になっているだろう、と思うのに。
「ふ――――――ん??」
それとは、対照的に。
シンタローの説明に、意味深な相槌を返す、伯父には。
多分………気のせいではなく。
十中八九、見透かされている気がして。
「あ、ええとねっ、伯父様………これは、あのねっ!!」
どうしてだろう。
マジックが、シンタローを溺愛しているコトは、知っている。
だが彼らは、飽くまで”親子”であり。
告白が未遂に終った今、別に慌てるコトも無いだろう、と思うのに。
ジッと自分を見つめてくる、一族の証の青い瞳に。
何やら、居たたまれない気分となった、グンマは。
起き上がると、伯父の下へと歩み寄り。
上擦りながら、言い訳をしようとするが。
――――ピカッ!!! ガン、グワァラガラガラ、ドォォォ――――――ンッッッ!!!!
「ひっ、いやぁぁぁ~~~~~ッッ!!!」
再び、間近で響いた。強烈な光と、轟音に。
我を忘れ、力一杯。
目の前の人物―――つまり、伯父であるマジック―――へと、しがみ付いていた。
「おやおや。グンちゃんは、幾つになっても甘えッ子だねぇ………」
………ぽんぽん、と。
シンタローより、幾分華奢な手応えの、その背中を。
優しい手付きで、叩いてやって。
マジックは、くすくす笑い始めた。
それが何となく、シンタローには、面白く無い。
”何となくとは何だ”と、聞かれても。
………何となくは、何となくだ。
説明など、しようがない。
―――と、その時。
グワッシャーンッ、ガンっ、ゴンッッ!!!! と。
折り良く(?)も、玄関を蹴破る音が響いてきて。
「くぉら、グンマ。お前が抱きつく相手は、アッチだろ」
シンタローは、そう言うと。
両手でグンマの、金色の頭を挟んで。
ぐるりと………凄まじい勢いで駆け込んできた、白衣の男の方へと向けた。
「グンマ様ッ!! 大丈夫ですかッ!?」
「高松ぅぅぅッッ!!!」
自らの保護者の姿を、確認した瞬間。
グンマはパっと、マジックから離れ。
雫の滴る、ビショビショに濡れた相手に、しがみ付く。
「大丈夫ですっ、グンマ様!! この高松、グンマ様の為に、この周囲半径1キロ以内の総てに、強力避雷針”雷吸い取る君一号”を立てて参りましたからっ!! 何があろうと、ココにだけは雷は落ちませんともっ!!」
「ぶわあぁぁ~~~~んッッ、高松ぅ、怖かったよぉぉ!!!」
感激の再会劇を繰り広げ始めた、二人を尻目に。
シンタローには、ドクターが。
門からココまで来ただけにしちゃ、濡れすぎの理由が解って。
同時に。
―――強力避雷針ってどんなだ、ソレはエライ近所迷惑なんじゃねーのか?? とか。
―――ってーか、さっきからこの周囲にばっか、ガンガン雷が落ちまくってる原因って。ひょっとしなくても………などと。
なにやら、頭痛が痛くなってきて。
「………ふー、疲れた疲れた。さー、メシ食って寝ようぜー」
―――あ、ドクター。その辺ちゃんと、拭いといてくれヨ?
「そうだな、こんな状況じゃ、簡単なモノしか作れないが。グンちゃんも、高松と泊まっていきなさい」
―――あ、高松は。玄関の修理代、きっちり給料から、引いておくからネ★
似てないようで、やはり、似たもの親子の二人から。
キッチリ、釘を差されたが。
白衣のお医者さんは、気にする風も無く。
水だけでなく、何やらイロイロ吹き零しつつ。
至福の表情で、しっかとグンマを抱きしめたまま―――頷いて。
………マジックと、共に。
夕食準備の為に、台所へと向かうシンタローの。
凛とした、後姿に。
「シンちゃんって、ホント、怖いモノ無しだよねぇ………」
ぐすんっ、と鼻をすすりあげつつ。
グンマは、哀しいため息をつく。
結局、千載一遇のチャンスに。
想いを伝えるどころか、脅えて逃げ惑っていただけで。
情けないにも、程がある―――軽い自己嫌悪に、陥っていると。
高松の、グンマを抱く腕に、力が篭もり。
「………まぁ。そういうことに、しておいてあげましょう?」
そんな囁きが―――外の豪雨に負けない勢いの―――鼻血と共に、降ってきた為。
「ねぇ、高松ぅ………そろそろ、その鼻血止めないと、死んじゃうよォ………?」
グンマは、雷の為だけでもない、恐怖に。
すっかり青ざめ、身を震わせたのだった。
******************
ロウソクは、僅かな空気の流れにも、ゆらゆら揺れる。
何とも頼りない、その明かりだけを光源に。
簡単な食事と、後片付け、風呂を済ませ。
シンタローは。
『怖いから、一緒に寝てvv』と、駄々を捏ねるグンマを振り切り。
『怖いから、一緒に寝てvv』と悪乗りする父親に、蹴りを食らわせ。
一人早々と、自室に篭もっていた。
キャンプでも無いのに、男だらけ―――しかも、内二人は。うっとおしいぐらい過保護なオッサン共―――で、一晩雑魚寝など。
まっぴら、ごめん、というのが。
ただいま思春期真っ盛りの、シンタローの弁である。
とは言え、電気が無い、というのは。
思った以上に、不便を強いられた。
テレビも見れなきゃ、マンガも読めない。
間の悪いことに、ウォークマンさえ、バッテリー切れで。
普段より、随分早い就寝時間だが。
仕方なく、ベッドに転がり込み、横になる。
目を閉じると、風の音が、殊更に耳を突いた。
雷こそ、鳴りを潜めたもの。
外では未だ、嵐は荒れ狂い。
―――何か、オンナの悲鳴みてぇ。
思いついた瞬間、ソレは。
彼の思考にこびり付き、離れなくなる。
嵐の夜だ。
エアコンが無くとも、そう、暑くは無い。
なのに、酷く寝苦しい………。
幾度も寝返りを、繰り返し。
耳障りなその音を、意識の内から追い出そう、と。
幾度目かの、寝返りの内に―――闇に慣れた目が。
闇夜に、ぼうっと光る、ドアノブを捉えた。
―――先刻、少し迷った挙句。
ソコに鍵は、かけなかった。
………だって『何か』があった時。逃げられないのは、困るから。
『何か』と言うのは………つまり『アレ』で。
昼間の訓練で、疲れた体は。
確実に、眠気を訴えているのに。
意識だけが、妙に冴えて。
悲鳴のような風の音が、音程を変える度。
ビクリと背筋が、勝手に強張る。
―――情けない。
情けない、とは思うけど。
人間、生理的嫌悪に起因する、苦手なモノなど。
幾ら年齢を重ねても、そうそう変わらないモノなのだ。
………雷に脅える、従兄弟に。
アレだけエラそうに振舞えた、シンタローだったが。
彼自身はと言えば―――小さい頃から、現在に至るまで。
口に出すどころか、想像するのもイヤなぐらい。
『オバケ』の類を、苦手としていた。
もっと正確には。
『怪談』の類が、大嫌いなのである。
もちろん『男』として。
人前でソレと悟られるような行動は、断じて行っていないのだが。
きつく瞼を閉じて、寝返りを打つ………と。
「シンちゃーん、入るよー」
ノックと同時に、返事も待たずに、開かれた扉。
鍵を掛けなかったコトを、一瞬、後悔したが。
今更は、もう遅い。
遠慮なく部屋に踏み込んでくる、相手の気配に。
シンタローはそのまま、身を固くして。
眠っているフリに、専念する。
「シンタロー? 寝てるのかい」
耳に染み入る、優しい声音。
イヤと言うほど、聞きなれた声。
だが、シンタローは。
表情を殺し、スヤスヤと―――作った寝息を、繰り返す。
心臓だけが、ドキドキと。
意に反し、痛いほど………強く早く、リズムを刻んでいた。
風の音は、もう聞えない。
視界以外の総ての意識は、相手の動向に向けられていて。
気遣うように、潜められた足音と。
ごく僅かな、衣擦れの音―――それから。
閉ざされた、瞼を透かし。
ぽっと、柔らかな明かりが灯った。
こんな夜を、知っている。
そう思うと、同時に………シンタローは。
ぎゅっと胸の奥が、締め付けられるような。
切なさを、思い出す。
いたいけな、幼年期の彼に。
後々まで引きずるトラウマを、植え付けてくれたのは。
誰あろう、この。どーしようも無い、ダメ親父である。
世界征服、などという。
どうかしている、としか思えない誇大妄想を抱く―――しかし、着実に。世界地図は、彼の色に塗り替えられて行っているコトが、笑うに笑えない、最悪の悪夢だ―――父親は。
世界各国を渡り歩き、イロイロな土地の、あらゆる物語に、通じていた。
単純なおとぎ話や、ヒロイックファンタジー。
ちょっと面白い小話から………そう。
怪談の類に、至るまで。
人生の殆どを、戦場で過ごした、マジックである。
ちみっ子に語るには、生々しすぎる、死体の描写。
リアル過ぎる演技の、怨念の絶叫、断末魔の表情。
そして、非業の死を遂げた怨霊の。
身の毛もよだつ、復讐劇………この場合。
如何なるコトに、対しても。
完璧な才能を発揮する、マジックの優秀さが。
互いにとって、決定的な不幸であった。
寝苦しい、真夏の夜。
『早く寝ないと、こんなオバケがきちゃうよォ♪』から始まる、父親の怪談に。
幼いシンタローは、最終的に。必ず白目を向いて、失神し。
翌朝には、それは見事な世界地図を、布団に描いて。
『しょうがないなぁ、シンちゃんはvvv』
などと、ビデオを回している父親に対し。
どれ程屈辱を感じ、恨みに思ったものか………涙ナシには、語れない。
―――くっそ、何もかも、コイツが悪いッッ!!!
改めて、考えると。
しみじみムカッ腹の立ってきた、シンタローは。
「………眩しい」
今初めて、目が覚めました、という様を繕って。
シンタローのデスクで、書類を広げ始めた、相手を睨み。
不機嫌な、抗議の声を上げた。
「そう? ごめんね」
シンタローの狸寝入りに、気づいていたのか、どうなのか。
マジックは、その部分には触れず。
ローソクの、ほのかな明かりの下で。
持ち帰った、大量の書類に。静かに目を、通している。
「………何でワザワザ、オレの部屋でやるンだよ」
「あぁ、だって、こんな天気だろう? パパ、もう、怖くて怖くて~~~vvv」
―――だから、シンちゃん。今日はココで寝かせてねvv
………ウソをつけ、ウソをッッ!!!
からかっているとしか思えない、相手の台詞に。
シンタローは、聞えるように、大きな舌打ちをする。
幽霊VS父親なら、どう考えたって、父親の勝ちだ。
シンタローは今でも、怪談の類は、苦手だが。
それでも、成長の過程で、一つ解ったコトがある。
”死んだ人間よりも、生きている人間の方が、断然強い”
”死んだ人間は、けして。生きている人間に、勝てはしない”
そして、この目の前の、人物は。
おそらくは”生きている人間”の内でも、最も強い部類に入る。
彼の怪談に。
幼いシンタローが、失神する程、脅えたのは。
―――その何割かに、含まれていた。
確実な真実を、嗅ぎ取ってしまったからだろう。
非業の死も、呪詛の声も。
総ては、実際に。
マジックが目にした………あるいは。
彼自身が、他人に強いたコトに、他ならない。
そう、気づいてからは――― 一層、リアルに。
恐くなった。
………父親の広い背に、隠された。その、向こう側で。
黒く淀んで、渦巻いている、深淵の入り口が。
自分の思考に、戦慄して―――思わず、身を竦めた、シンタローに。
不思議そうに、青い瞳が向けられる。
ほんの僅かな、空気の流れに、頼りなく揺れる。
小さなローソクの、明かりの中でさえ。
ハッキリと解る、その青は。
うみの、いろ。
そらの、いろ。
呪われて然るべき、男には―――余りにも、不自然に。
自然な、愛すべき色が、備わっていて。
マジックは、隠しているつもりのようだが。
自分だけが、持っていない。
――― 一族の、証の色。
「………甘え上手って、アイツみたいなヤツのこと、言うんだろうな」
気がつくと、シンタローは。
小さな声で、呟いていた。
グンマは、本当に素直だ。
無鉄砲でしかない、強がりや。
張り通せもしない、意地などに。
ちっぽけに、捕われたりなどしない。
憂鬱に、吐き出した言葉だったが。
ソレに、笑いの粒子が被さる。
「そうかな? シンタローも、中々の甘え上手だと思うけど」
―――だって。この私が、放って置けないくらいだ。
最後の、言葉になるやならずの。
小さな囁きを、敏感に聞き咎め。
「………はぁ!? 何言いやがるっ、クソ親父ッッ!!!」
―――いつオレが、構ってくれなんて言ったッッ!!??
ガバリ、身を起こし。
詰め寄ろうとした、その真横に。
いつの間に、こんな所まで、と。
彼が、ギョッとする程、至近距離に。
マジックの。硬質に整った、端正な顔があった。
「………ッ!?」
本気で驚いて仰け反った、その頬を。
つん、と―――生者の体温を保つ、指先が突いて。
「ほら、甘えんぼさんっ♪」
そう言いながら、自分に向けられた、瞳は。
瞳に染み入る、よく晴れた空の色。
太陽の下さざめく、真夏の海の色。
「~~~~~ッッ!!! 寝るッッ!!!!」
自分に向ける、この瞳を。
他の誰かにも、向ければいいのに。
そう思う、反面。
夕刻、グンマに抱き付かれ。
あやしていた、あの表情を思い出し。
胸の内は、酷く複雑で。
「アレ、ホントに寝ちゃうのかい、シンタロー?? もっとパパと、お話しようよー」
ふざけた調子で掛けられた、父親ヅラした声に。
無言のままで、背を向ければ。
「………じゃあ、パパも寝よーっと♪」
「って、何でヒトのベッドに、入って来ンだよッッ!?」
微かな明かりが、吹き消され。
シーツのめくり上げられる、感触に。
ギョッとした、シンタローは。
振り返ると、反射的に。力一杯、叫んでいたが。
「しーっ、しーっ、シンちゃん。夜だよー、グンちゃんと高松が、何かと思って見に来るヨ?」
狡猾な言い回しだが………一理あり。
「………仕事しろヨ、仕事ッッ!!!」
吐息の触れる距離にある、相手に向かって。
潜めた声で、そう毒づけば。
「シンちゃんが眠っちゃうと、恐くてお仕事できなーいvv」
ヘラヘラ笑いつつ、益々くっついてきて………やっ、アンタの方が、こぇぇよっ!!!
一気に総毛立った、シンタローは。
マジックを追い出すべく、拳を振り上げたが。
振り上げた手は、するりと絡め取られ。
「もうお休み、シンタロー。お前も、疲れたろう?」
ぽんぽん、あやすような手付きで。
シーツの上から、軽く体を叩かれる。
「…………」
遠くの空で、雷光が輝く。
間をあけて、鈍く響いてくる、落雷の音。
諦めたように、シンタローは目を瞑った。
勢い良く窓を叩く、豪雨も、強風も。
総ての嵐は、今は遠く、遠く。
―――幼い頃、シンタローは。
よく、真っ赤な夢を見た。
それはただ、赤い夢。
上も下も無い。
ただの真っ赤な空間に、放り出される夢。
何だか解らない、そんな恐怖に捕われて。
泣きながら父親に、訴えれば。
しゃくり上げる子供の、たどたどしい説明を。
根気強く、聞いてくれて。
『ソレはね、シンタロー。オバケの、仕業なんだヨ』
そして、もっともらしい顔で、理由をくれた。
『………オバケって、なに?』
小首を傾げたシンタローに、マジックが語ってくれた。
ソレが、現在にまで至る、トラウマの始まりで―――。
―――ったく、情操教育に悪い、父親だぜっ!!
思い出すと、ムカついたシンタローは。
しつこく触れてくる、父親の手から逃れるように。
寝返りを打ち、出来るだけベッドの端っこに、寄ってみる。
すると、離れた分の距離を。
ゴロンっと寝返りで、詰められて。
「暑っ苦しいンだよっ!! ああもうアンタ、床で寝ろ床でっ!!」
「まぁまぁ、そんな冷たいコト言わずにvv」
「冷たく無ぇ、暑いッッ!!!」
「そんなにヒートアップしたら、余計に暑いよー、シンちゃん♪」
ヘラヘラ、マジックは笑う。
自分の前ではいつも、笑っているのだ、この父親は。
小さな頃は、単純に。
そんな父親が、世界で一番強いと、思っていた。
『どんな恐いオバケだって。パパと一緒なら、近寄って来れないからね』
そんなタワゴトを、信じて。
彼のパジャマに縋りつき、朝までぐっすり、眠る事が出来た。
―――彼が。
恐怖を連れてきてた、なんて。
ずっと知らないでいられれば、良かったのに。
ガタガタと、窓が揺らされる。
カーテンの、向こう側。
見えない手が、ひしめきあって。
いつか彼は、連れて行かれるのかもしれない。
犯した罪の、代償に。
―――そんな錯覚に、捕われる。
………恐いのは。
………コワイノハ。
******************
一晩中続いた、嵐の翌朝。
起き出して来た、シンタローの瞳は。
両方とも、真っ赤に充血していて。
元々あまり、寝起きのイイ従兄弟ではないけれど。
あまりにも、眠たそうだ、と。
高松が作ってくれた、朝食の。
生クリームと果物をサンドした、大きなホットケーキを前に。
グンマは少し、小首を傾げる。
いつもであれば『朝っぱらからこんな甘ったるいモン、食うな――――ッッ!!』という怒声が、飛んでくるハズなのに。
ゲンナリとした視線を、チラリと向けただけで。
スグに顔を背け、そのままぐったり席についた。
らしからぬ、従兄弟の様子に。
ミルクセーキをすすりつつ、考え込んでいた、グンマだったが。
ややして、ポン、と手を打った。
「あ、そっか。なぁーんだぁ。やっぱりシンちゃんも、昨日の嵐、怖かったんだねー」
うんうん、一人納得するグンマに。
不名誉な事実を、押し付けられそうになった、シンタローは。
「ちげーよっ、オレはなッッ!! 一晩中………」
言いかけて。ハッとしたように、口を噤む。
「一晩中? なぁに??」
真っ直ぐな瞳で、問い掛けられ。
シンタローは、そのまま固まってしまい。
「え、あ~~~~………いや、その…………ッッ」
だらだら、脂汗を流しつつ。
宙空に視線を彷徨わせ、言い淀んでいると。
「一晩中、パパが腕枕してあげてたんだヨvv」
ひょいっ、と。
大盛によそおった、ご飯茶碗を、シンタローの前に置き。
愛用のピンクのエプロンも眩しい、マジックが。
ニッコリvv と、微笑んだ。
「………てめぇっ、死ね~~~~~~~~ッッ!!!」
「わ、シンタロー!? 食卓で暴れるのは、止めなさいって!!」
「うっさいっ、ぶっ殺す~~~~~~~~~~ッッ!!!」
首筋まで、真っ赤に染めて。
コレまでの戦績、全戦全敗にも拘わらず。
シンタローは今朝も、父親に挑みかかって行き。
「ホント、飽きませんねぇ、どっちも」
自らの朝食を、席に運びつつ。呆れかえって、呟く高松に。
「そうだねぇ。仲いいよねぇ、伯父様とシンちゃんvv」
クスクス笑った、グンマの、空色の瞳は。
瞬きする一瞬、垣間見えた。
シンタローの首筋に残された、紅い痕を、捉えていた。
その、手の内で。
冷たい、ミルクセーキのコップが揺れる。
カタカタと。卵色の液体が、波紋を描く。
―――ねぇ、貴方の。
恐いモノは………何ですか?
<終>
○●○コメント○●○ BDに引き続き、書いたヒト以外に意味の解らない(以下同文。コレも名物になってきました)
何でまた、寮じゃないのかというと。
この上に伊達衆も絡んだら、収拾つかなくな………げふん、げふんっ!!
えっと、二人とも夏休みで、お家に帰ってますvvv(←アンタな(-_-;))
どーも、カケイのSS。睡眠&酒絡みのワンパですネ。
書いてるヒトの、生活が知れる………。(酒と睡眠、大好きvvv)
一晩中ナニがあったのかは、ご想像にお任せしまァす♪
あぁ、何とか夏話UP出来て良かった(そういう結論??
<2005.8.23 カケイ拝>
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