「痛」
総帥室へと戻る途中。唇に感じた微かな痛みにシンタローは顔をしかめた。
ぺろりと舌で舐めると、血の味がした。
「不味ぃ…」
鉄錆の様な味に更に顔をしかめ、そのまま廊下を突っ切って行く。
総帥室まで後10数メートルと言うところで、前方から見知った顔の大男が歩いてきているのを発見した。
「お、シンタロー」
「コージ。どうした?」
「書類を届けに行ったんじゃ。行ったらおらんかったんで引き返しよったんじゃがな」
タイミングが良かった、とコージは言い、持っていた(重要)書類をひらひらと振った。
「悪ィな。…ッて、渡せよオイ。」
コージはその書類を渡そうともせず、手を伸ばしたままのシンタローの顔をじー、と見ている。
「…なンだよ」
「お前、唇切れとるぞ」
「あ?あぁ、俺もさっき気が付いた。最近空気が乾燥してっからな~」
そう言ってペロリと唇を舐めたシンタローに、コージは懐をゴソゴソと漁り、何かを取り出した。
「ホレ。コレやるけぇ付けとけ」
「あン?…何だこりゃ」
「見て分からんのか?リップクリームじゃ」
「イヤ…そりゃ分かるけど。何で子供が喜びそーな黄色いクマの絵…しかも『ハチミツ味』なんだヨ」
「わしゃあミントやらは好かんけぇの。どうせなら美味い方が良いじゃろーが」
「美味いって…」
リップクリームに美味いも不味いも有ったモンじゃないと思ったが、ホレ、と差し出されたモノをとりあえず受け取っておく事にした。
この男はきっと受け取るまでこうしているだろうから。
「ッたく…ありがとよ」
ボソリと呟かれた礼の言葉に、コージはクツクツと喉の奥で笑い、書類を手渡すと
「ほいじゃあのォ」
と、去っていった。
「つぅか…使いかけ何じゃねェのか?コレ」
シンタローは暫く考えた後に、まぁ良いか。という結論に達し、また少し切れたらしい唇にソレを塗ったくる。
…ちょっと、染みた。
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