ウェディング・ウォーズ!!(前)
小さい頃―――特に、オンナのコなら。
大概、一度は。親に訴えたコトが、無いだろうか?
”どうして○○○って名前をつけたの? もっと、×××のが良かったのに”
○○○には、自分の名前。
×××には”可愛い”でも”キレイ”でも、何でもスキな表現を入れて欲しい。
………そして”彼女”。
ガンマ学院理事長マジックが、異様に溺愛する一人娘の場合は―――こうだった。
「何だって、シンタローなんて名前、つけやがったッッ!! もっと女らしい名前、思いつかなかったンかよッッ!!!」
「えー。だってパパ、あんまり日本人の名前に、詳しくなかったし。最初の子供には”タロー”って付けるといいって、聞いた事あったからぁ………」
「そりゃ、オトコの話だろ~~~~~がッッ!!!」
………そう。この、非常識オヤジ。
可愛い可愛い、最初の娘に―――よりにもよって”シンタロー”なんて名を、つけやがったんだっっ。
大体、母親も母親である。
何だって、反対してくれなかったんだ、と。
幼き日のシンタローは、もちろん詰め寄ってみたモノだが。
――― 一体、ドコが良かったのか。
このヤッカイ極まりない親父に、ベタぼれだった彼女は。
『パパの付けてくれた名前に、文句なんてあるハズないじゃないー?』とか。
おっとりのんびり、100%ノロケで構成された、切り返しに。
思わず、それ以上の文句を言う気力の失せた、彼女だった。
………何故なら。そういう場合に、必要以上に食い下がった場合。
その後、たっぷり三時間は。出会いから、現在の暮らしに至るまで。
200%、天然ノロケで構成された『パパとママの恋物語』を、延々聞かされるハ
メに陥るので。
―――そんな、お茶目な母親も。
数年前、病がモトであっけなく天に召され。
現在、思春期真っ盛りの、シンタローは。
言動と行動に、とかく問題の多いコノ父親と、二人暮らしなのだが。
「ところで、シンちゃん? 何だって今更また、そんな事言い出したんだい?」
「………うっせぇ。一生っ、何百回だって言ってやるッッ!!!」
ずずずず~~~~~~っ、と。
音を立てて、味噌汁をすすりつつ。彼女は憮然と、宣告して。
―――シンちゃんって、見た目は、とびっきりの美少女なのにねぇ?
―――まぁ、その性格では。大概のオトコがヒクのも、無理も無いだろうな。
同い年の従兄弟どもの、昨日の言葉を思い出すと。
改めて、ムカッ腹が立ってくる。
『オレの性格が歪んだのは、こんな名前つけやがった、オヤジの責任だッッ!!!』との、シンタローの反論には。
『持って生まれたもん(でしょ)(だろ)』と。
ご丁寧にも、声を揃えて、言い切って下さり。
―――最後の、マトモな頼みの綱を。
自分で切っちまった、と。彼女が気づいた時には、もう遅く。
思わず。力一杯、タメ無し眼魔砲を喰らわせてしまった後で。
命にこそ、別状は無かったが。二人とも、全治一ヶ月+αの大怪我。
―――包帯グルグル巻きの……なんて。絵になるわきゃ、ねーし。
ちっくしょ、結局。あんなヤツとスル羽目に、なっちまったじゃねーか………うぜぇナ。
「ごっそさん………んじゃ、行ってくる」
ザザッとすすいだ食器を、洗浄器に突っ込んで。
床に転がしてた、学生鞄を取り上げると。
シンタローは背中越し、父親に手を振って。
そのまま、玄関に向かおうとしたのだが。
「待ちなさい、シンタロー」
「………んぁ? ぁんだヨ」
イキナリ、そう呼び止められ。
目一杯不審そうに、面倒臭そうに、顔だけ振り向いた。
―――コイツがオレを『ちゃん』外して、呼ぶ時にゃ。
後に続く台詞は、どうせロクなもんじゃねぇんだよナ。
「パパに何か、隠し事をしていないかい?」
「あぁ、してるぜ?」
―――キッパリ、と。
何だ、そんなコトかヨ、と言わんばかりの態度で、言い切ってやると。
「………酷いっ、酷いよッ、シンタローッッ!!!! 母さんが死んだ時『二人で手を取り合って生きていこう』って誓ったのにッ、パパに隠し事をするなんて~~~~~~ッッ!!!!」
よよよよッ!!! と。エプロンの裾を噛み締め、泣き喚く父親(四十代)の姿は。
………血の繋がりを、全面否定してやりたくなる程、見苦しい。
「うっせーなッッ!! 十七にもなった娘が、父親に隠し事ぐらい。フツーするに、決まってんだろーがッッ!!!」
―――つーかそもそも、どこのどいつが『手を取り合って生きていこう』なんて、誓ったんだヨッッ!!??
勝手な作り話に憤る、彼女の前で。更にマジックは言い募る。
「だってっ、シンちゃん今までパパに隠し事なんか、しなかったじゃないかッッ!!!」
「してたに決まってるだろーがッッ!!! 隠し事だらけだヨッ、アンタとオレの関係なんか………って、ぅああああッッ!?」
アホな事ばっか言ってんじゃねぇ!! と。
ついには体ごと振り向き、怒鳴った、シンタローの視界に。
マジックの背後に設えられた、掛け時計が飛び込んできて。
あと数分で8時となる、その表示に。思わず彼女は、息を飲む。
―――そうだった!! オヤジと、悠長に早朝漫才カマしてる場合じゃ、ねぇッ!!
今日は、彼女の所属している生徒会の、恒例早朝ミーティングの日だ。
………かったりぃ、と思うけれど。
会長であるシンタロー自らが、遅刻して行くわけにもいかない。
「ヤッベェ、もう行くぜッッ!!」
「あっ、待ちなさいッッ!! ちょっと、シンちゃん、まだ話は………ッッ!!!」
マジックの制止の声を、あっさり無視し。
焦りまくった彼女は、くるりと身を翻すと。
「オヤジも遅刻すんじゃねーぞっ、んじゃーなッッ!!!」
「待ちな………ちょっと、シンちゃ――――んッッ!!!」
まだ、何ごとか叫んでいる、彼を置き去りに。
シンタローは、自宅から徒歩十分の学校へと。
プリーツスカートの裾を乱し、猛ダッシュをかける。
才色兼備、文武両道の誉れも高い。マジックの自慢の、愛娘の姿は。
あっという間に、見えなくなり。
しなやかで眩しい、その後姿を
ただ呆然と、見送ることしかできなかった、マジックの胸の内に。
モヤモヤとした不安が、頭をもたげてくる。
―――だぁから、よぉ? アニキ。干渉し過ぎだって言ってるだろ?
くつくつ、と。
マジックの、頭の片隅で。問題児の弟が、唇を歪めて嘲笑う。
―――シンタローは、アンタから逃げちまうかもナ?
数日前の会話を、リフレインさせながら。
ギリギリと、無意識に。唇を、噛み締めていた。
******************
生徒会執行部の、恒例ミーティングは。
毎週金曜の朝、八時からHRまでの三十分間。
何故、こんな中途半端な”早朝ミーティング”などというモノがあるのか、というと。
シンタローが会長を務める、ガンマ学院高等部、生徒会会則には。
『週に一度は、執行部の全員が一同に介し、より良い活動の為に協議を行う事』という。
代々絶対厳守とされてきた、創立以来の、決まりがあって。
そして、執行部のメンバーの内。
シンタローとアラシヤマ以外の全員が、何らかの部活動に所属している現状で。
「放課後の定例会は、勘弁して欲しい」という、要請を受け。
早朝ミーティングが、恒例と相成った次第だ。
とは言っても、十二月に入った、現在。
差し迫った決議事項も無ければ、生徒会主催の、学校行事の予定も無い。
イベントは、あるにはあるのだが。
『クリスマスと忘年会、併せて”クリボー”』という、終業式の後に開催される、任意参加のお気楽イベントは。
伝統的に、派手好きでお祭り好きで恥知らずな、我が学院の理事長と校長が結託し。
その全面バックアップの下、各教師に任命された、特別委員会主催となる為。
生徒会執行部は、基本的にノータッチとなる。
故にこの時期、定例会以外の仕事が無い。
つまり、一言で言うと。珍しくも生徒会が、ヒマな季節なのである。
―――っつってもヨ。煩雑期にゃ、イヤでも毎日顔を合わせてるっつーのに、ったく。
メンド臭くて、ショーがねぇ、と。その美麗な顔中に、力一杯殴り書きしているが。
だからと言って、唯一の決裁権を持つ彼女が、サボってしまえば。
そもそもこのミーティング自体、意味が無くなる、というコトを忘れられるほど。
無責任にもなれない、シンタローである。(ちなみに。”父親譲りだ”と事実を指摘されると、激怒する)
『生徒会執行部』と記された。木製の簡素な看板の掛かる、その扉を開けると。
何やら”ジメッ”とした空気が、流れ出してきたが。
しかしもう、哀しいコトに。シンタローは、すっかり慣れたもので。
「おぅ、アラシヤマ。おはよーさん………アレ? オメーだけかよ」
あっさりと。その”ジメッ”の発生源である、相手に声を掛け。
定刻ジャストに、席についているのが彼だけだったコトに。
―――焦って損した、とか。かなりガッカリしてしまう。
書記のミヤギとトットリは、いつもワンセットだから。
一方が遅れるなら、間違い無く、もう一方も遅れる。
会計のコージは、そもそも『誰がコイツを、会計にした!?』と思うほど。
おおらかかつ、大雑把な人間の為。
予定時刻など、破られる為に存在する、と思っているようだし。
いつもは一番乗りの、副会長キンタローだが。
昨日、彼女に撃沈され。
『死んじゃう~、学校なんか行けなーい』とか、喚き立ててるに違いない、グンマを思えば。
ソレを宥めるのに、いっぱいいっぱいで。ミーティングどころでは、ないのだろう。
………ったく、キンタローはともかく。
何だってオレの従兄弟のクセに、あんな軟弱なんだヨ、グンマってヤツは!?
もう何十回、イヤ、何百回目になるのかも解らない。
不甲斐のないイトコに対する、不満に。むぅ、と眉根を寄せた瞬間。
「おおお、おはっ、おは………あのっ、あのっ、シンタローはんッッ!!!」
『ジメッ』としているのは、相変わらずだが。
半分髪の毛に覆われた、端麗な顔を。うっすら上気させた、アラシヤマに。
そう、声を掛けられ。
「あぁ? ァんだよ?」
爽やかな朝に、全く似つかわしく無い。
妙にギラついた、熱っぽい視線で見つめてくる彼に。
『妙なコトしやがったら、三秒で静めンぞ!?』という気迫を込め。
シンタローが、睨みつけると。
「あ、そのっ、ゆ、昨夜のコトなんどすケド………」
―――避ける事が出来ないのは、解っていたけれど。
ギリギリまで、ソッとしておいて欲しかった話題を持ち出された。
「………あー、アレね。まァ、よろしく頼むわ」
ポリポリ、頭を掻きつつ―――微妙に遠い目で、そう答えると。
「そそそ、そのッ!! ホンマに、わてでええんどすかッ!!??」
鼻息も荒く、ズズイッっと迫ってきて。
思った以上に(イヤ、コイツだし。ある程度は、想像してたんだけどヨ?)過剰な、アラシヤマの反応に。
シンタローは、早まったかナ、と早くも後悔を始め。
なるべく目を合わすまい、と。
明後日の方向を向いたまま、思いっきり本音で呟く。
「………別に。オマエがイヤなら、オレは他の相手、探すケドよ?」
「―――そんなッッ!!! イヤやなんて、そんなアホなコトッッ!!! わて、喜んでシンタローはんと、ケッコン………」
「うああああぁぁ!!! 言うなッつったろーがッッ!!!!」
―――クソッ、やっぱコイツにだけは、持ちかけンじゃなかったッッ!!!
慌てたシンタローが、アラシヤマに飛びつき、その口を塞いだ瞬間。
ガラリ、と扉が開いて。ゾロゾロと、他の執行部メンバー達が入って来る。
「おはよー、だっちゃわいやー。アレ? シンタロー、何でアラシヤマとイチャついてるっちゃ?」
「オハヨだべ。何のかんの言いつつ、仲いいべなぁ、オメら」
「おう、早いのう、ヌシら!! 何じゃあ、今、『ケッコン』とか聞こえた気がするんじゃがのぅっ!!??」
一気に、騒々しくも個性的な面々に囲まれた、彼女は。
内心焦りまくりで、アラシヤマの首筋を締め付けつつ、ニッコリ挨拶を返す。
「おぅ、オハヨーさん。『ケッコン』じゃなくて『ケットウ』だぜ『決闘』。ワン・ツー・スリー!! ホラ、オレの勝ちぃ~~~~~!!!」
そのまま一気に、アラシヤマの頚動脈を止め、オトしてしまうと。
青く冷たくなった体を、放り出し。
「つーか、オマエら遅刻ッ! いくら開店休業中だからって、気ィ抜くな? ホラホラ、ミィーティング始めっぞ!!!!」
何事も無かった態度で、テキパキと指示を出す。
結局、定刻より、10分遅れのスタートだが。
前述の通り、議題など有って無いようなモノだ。
十二月に入った今、年間の重要行事の殆どは、終わっていて。
本年度内の決定事項と言えば、三月の三年の卒業式の進行と、来年度の予算編成ぐらい。
そして、そのどちらも。本格的に討議に入るのは、年が明けてからになる。
「アレ? 副会長は、どしたべ?」
「グンマの体調不良で、遅刻か休み。んじゃ、トットリ、始めてくれ」
「あ、えっと。来年度の予算案と、後、学院側から『冬季休業前の風紀の乱れ』についての対策だわいや」
「…………風紀の乱れぇ? 校長が言ってんのかよ。そもそも、この学院、理事長と校長の存在自体が、風紀乱してるだろっつーの」
「ワレ、相変わらず身内にキッツイのぅ………。ワシなんか、妹のウマ子がもぅ、可愛ゅうて可愛ゅうてvv」
「オマエの妹自慢は、聞く耳持たねぇ!! 後、学院内でオレの身内の話、すんな!!!」
無遠慮な、コージの言葉に。
むぅっ、とシンタローは。唇を尖らせ、その内容を全否定してやるが。
そんな、表情をすると。
普段『凄まじい美人』とか『息を飲むほど美しい』などと評価される、彼女の容姿は。
………意外な程、歳相応の『微笑ましくも、可愛らしい』印象となる。
そんな表情を、垣間見る事が出来るのは。
彼女が”身内”と認めている、ごく限られた人間だけなのだが。
「………今更隠すだけ、無駄だべ?」
「もうみんな、知ってるだっちゃいやー」
「うっせぇ!! だから、尚更思い出させるなっつてンだッ!!」
「あははは、無駄な足掻きだっちゃね、シンタロー」
邪気が無い分、トットリのコメントには、殊更に腹が立って。
人生最大にして、最悪の悩みを。
アッサリ”無駄な足掻き”で片付けられてしまった、彼女は。
相変わらず、呑気に床で伸びている”アラシヤマ”を、腹立ち紛れに蹴り上げた。
「………はッ!!?? な、何どす!!??」
「テメ、イツまで寝てんだヨッ!! とっくにミーティングは始まってンだぜッッ!!??」
「ひぃぃぃっ、シンタローはんっ、かんにんどすっっ!!!」
「ほいで、ミヤギ、トットリ。風紀の乱れいうたら、具体的に何じゃあ?」
完全なる八つ当りを始めた、シンタローだったが。
この場の全員、このテの光景には慣れている為。
何事も起こっていないかのように、ミーティングは続く。
「ホレ、もーすぐクリスマスだべ? 毎年この時期、まとまった金欲しさに、学院側の許可の降りねぇ、イカがわしいバイトに精を出す輩が、多いらしいべ」
「生徒会の方でも、各部の部長連に通達して、取り締まりを強化するようにって。校長からの、指示だわいや」
「ほーぉ、校長からの、のぅ………」
―――理事長ならともかく、”あの”校長がのぅ………?
不思議そうに、仕切りに首を傾げるコージの姿に。
つい、八つ当たりの手を止めてしまった、シンタローは。
気づかれぬよう、小さく舌打ちをする。
~~~~~アノ、どーしようも無ぇ親戚、自分も片棒かついてやがるくせにッッ!!!
「シンタロー、どしたべ?」
急に大人しくなった、彼女に。不思議そうに、ミヤギが問い掛け。
彼女は、不自然な程の力を込め、左右に首を振った。
「何でも無ぇっ!! よし、ミヤギ、トットリ。部長会に回して、ソレゾレに言い含めるようにしといてくれ。後、何か具体的な対策が有れば上げて来いってな」
「………あのぉ、シン………ひっ!!」
おずおずと、口を開きかけた、アラシヤマだったが。
彼女が、キッと鋭い視線を投げかけ。
「………何だ? 何か、意見でも有るのかヨ?」
言葉とは、裏腹に。
余計なコト、一言でも洩らしやがったら、ブッ殺す!! という。
無言のメッセージが、伝わってくる。
大変に凄惨な笑顔で、シンタローに応じられた、彼は。
「いいいい、いえ、そんな、滅相もありまへんッッ!!!」
ビビりまくって、大慌てで首を左右に振り立てた。
「他に意見ねぇかッ、ねぇなッ、んじゃHR始まっから、解散ッッ!!!」
一刻も早く、この議題から遠ざかりたかった、彼女は。
やや(かなり?)強引に締めくくると。
唖然としている、他のメンバーを他所に。
コノ場に置いておくと、絶対に余計なボロを出す、と。
自信を持って断言できる、アラシヤマの首筋を、引っ掴むと。
じゃあな、と手を振り。
”ソレ”を引きずったまま、生徒会室から出て行く。
そんな、彼女の。
思いッ切り不自然な、その態度に。
………ウチの王女様ときたら。相変わらず、隠し事が下手だ、と。
残された、執行部メンバーは。
苦笑混じりに、顔を見合わせた。
――― 一方。
人気の無い階段下に、アラシヤマを引きずり込んだ、シンタローは。
「シ、シンタローはんっ、わて、そんなっ!! まだ、心の準備がッッ!!」
「どアホウッッ!!! んなややこしい準備いらんわっ、大体、式は放課後だっっ!!」
寝ぼけたコトをほざく相手の耳元で、声を潜めて怒鳴りつける。
「あああっ、夢のようどすっvv シンタローはんとケッコ………」
「だから、言うな、つッとろーがッッ!!!」
………ダメだ、とてつもなく不安だ。
ドコまでも舞い上がっていく、アラシヤマを尻目に。
本気で彼女は、自分の人選ミスを、シミジミ後悔し始める、が。
ガンマ学院の、理事長―――即ち、マジックが。
(異常に)溺愛する一人娘の、彼女に。
こんな話を、持ち掛けられれば。
一般の生徒なら、まず間違いなくビビって、逃げ出すだけだ。
あまつさえ、ソコから話が広がりでもしたら、計画は総ておじゃんとなる。
それだけの根性と、尚且つ、自分に見合う容姿を持ち併せて。
更に、沈黙を守ってくれる、口の堅い者、と言えば。
ガンマ学院広しとは言え、ごく限られていて。
もちろん、最有力候補だった、キンタローがツブれた(というか、ツブした)昨夜。
アラシヤマだけは、なるべく避けたい、と。
ミヤギ、トットリの順に、ケータイをかけたのだが。
生憎、どちらも、いつまでたっても話中で―――二人揃って遅刻してきたトコロを見ると、二人で長電話でもしてたんだろう。つーか、オンナかョ、おまえらはッッ!!―――シビレを切らした上に、切羽詰ってもいた、彼女は。
結局。しぶしぶ、アラシヤマに、掛けてみるしかなく。
―――そして。出来れば断ってくれ、という願いも虚しく。
話を持ちかけた受話口で、ウンともスンとも反応が無くなるコト、数分間。
切ってやろうか、とシンタローが思った時。
「~~~~~ッふふふふ、ふつつかものですが、よろしゅうお願いしますぅぅぅッッ!!!」
鼓膜を破らんばかりの、絶叫が帰ってきて―――しばしの、沈黙の後。
「あーそーふーん、受けてくれちゃうのねー、ありがとー」
はははは、と。
思いッ切り心の篭もらない、お礼を。
乾いた笑い声と共に、放つしかなかった。
ちなみに、コージを外した理由は。
―――どう考えても、アイツの顔キズ。こういうののビジュアル的に、問題があっからなァ。
ハァ、と。小さく、息を付くと。
何とか、ポジティブな方向に思考を持っていこうと、思い直す。
―――まぁ、アラシヤマは。友達がいない分、万が一にも話が洩れる心配は無いし。
扱いさえ、間違えなければ。
オレの言う事なら何でもきく、とってもベンリーくん♪ なんだし―――ケド。
だが、しかし。
「嗚呼、シンタローはんッッvv 最初の子供は、男の子と女の子と………」
―――常人を遥に凌駕する、突出した、暴走する妄想僻がなァ………。
「いーから、テメェ、もうクラスに戻れ。後、今日一日、いつも以上に誰とも口聞くな、側にも寄るな、キノコ生やしてろ」
………まぁ、言うまでも無く。
普段から不気味なアラシヤマが(カオはイイのにねぇ)、コレほど紫のオーラを噴出してれば。
フツー、マトモな神経の持ち主なら。
半径一メートル以内には、決して近づこうとは、思わないであろう。
クラスが別なのは、果たして幸いなのか、不幸なのか?
この、ニヤケ切った不気味な薄笑いを、一日中見ないで済むのは、有り難いが。
この、尋常ではない、浮かれッぷりで。妙な事、口走らない保証は、ドコにも無い。
じ――――ッッ、と。
本当に大丈夫か、コイツ? とか。力一杯不審げな、シンタローの視線に。
「はッ!? あ、も、もちろんどすえッッ!! こぉーんな嬉しいコト、誰が他人になんぞ教えてやるもんどすかッッ!!!」
………ありがとう、アラシヤマ。
喜びを、トコトン自分一人で噛み締める。
トコトン他人に嫌われる性格のオマエが、コレほどあり難いと思ったコトは無ェ。
カナリ虚しい、喜びに浸ったアトで。ちょっぴり疲れてきた、シンタローは。
「まぁ、頼んだぜ。んじゃ、放課後な」
そのままクールに、アラシヤマに背を向けたが。
「へぇvv わて、この日のコトを一生忘れませんえ!!」
―――シンタローはん、アイラビューンvvv
アラシヤマの飛ばす、ピンクのハートが。
背後から、ガンガン突き刺さってくるのを、感じ。
………相手、間違えた。絶対。
自分から頼んだクセに、しみじみと。
思いッ切りブルーな、溜息を止められなかった。
ウェディング・ウォーズ!!(後)
―――放課後。
早めに部活を切り上げたコージが、生徒会執行部の部室を訪れると。
既に。ミヤギ、トットリ、キンタロー。
シンタローとアラシヤマを除く全員が、顔を揃えていて………+α。
「あー、コージだー。いらっしゃーい♪」
当り前のように、関係者以外立入り禁止の部室で。まくまく、オヤツを貪っている。
科学部部長にして、シンタローとキンタローの従兄弟たる、グンマの。
全く立場を弁えていない、歓迎にも、もはや慣れている。
「………なんじゃあ、ヌシらも、気になったんじゃぁ?」
その存在を気にせず、そう声を掛けると。
「まー、ウチの女王様、隠し事下手だべさ………」
「だっちゃわいや」
腕組みするミヤギに、うんうん、とトットリは頷き。
何のかんの言っても、シンタローは。生徒会執行部の、ただ一輪の大切な『華』だ。
―――否。この、オトコだらけの、ガンマ学院で。
誇るべき、鮮やかで艶やかな、唯一の『華』と言うべきか。
(実は、もう一人。少々毛色が違うものの『華』と称される生徒は、いるのだけれど。その『華』は、少々常識に外れる一派に、がっちり固められている為。基本的に、勘定には入らない)
「それで、副会長? 昨日の夜、何があったべ?」
「………オマエ等にも、シンタローから?」
「僕ら、電話切った後で。着信メール、十件ぐらい送られてきただわいやー」
「でも、もう真夜中だったんで、掛け直さんかったべ」
―――今朝聞こう思たら、それどころじゃねぇ雰囲気だっただべ?
「………ということは。アイツ、本気で………」
トットリと、ミヤギの証言に。
何やらキンタローは、真剣な表情で、眉を潜めていたが。
「やぁ、お邪魔するよ」
ノックと、殆ど同時に。執行部の扉が、開かれて。
入ってきたのは、鮮やかな金髪の、品の良い壮年男性―――この学園の”名物”とさえ言われる。シンタローの父親にして、キンタロー達の伯父たる、理事長マジックだった。
「あれぇ? オジさまー?」
「叔父貴………」
「理事長!!」
各々が。思いがけない突然の訪問者に、驚いている間に。
素早く中を見回し、愛娘がソコにいないコトを確認した、彼は。
「ココにもいないな………キミ達、シンちゃんがドコに行ったか、知らないかい?」
「いや、知ら………」
―――内心の動揺を、押し殺し。
素知らぬ顔で、答えようとした、キンタローの言葉を遮り。
「シンちゃんなら、今頃、結婚式だよ?」
啜っていたジュースから、唇を離して。
あっさりと、グンマが口を挟む。
「「「「――――――ッッ!!!」」」」
四人分の、声にならない悲鳴が、その場に響き渡る中。
マジックの、端麗な顔が―――笑顔のまま、見る見る内に、凍りついて行き。
「誰が………結婚式だって?」
「シンちゃん。んっとね、今日どうしても、結婚したいんだってー」
その部屋に流れ始めた、異様な雰囲気をモノともせず―――というより、気づいてさえいないと思われる―――ペラペラと、グンマは。
昨日のシンタローの、不審な行動を。ストレートに、総てバラし。
その場の誰もが、頭では、グンマの口を止めなければ、と思っているのに。
マジックから放たれ、凄まじい勢いで増していく。
尋常では無い、威圧感に………呼吸さえ、ままならない。
「………で、場所は?」
「えっとね、ハーレム叔父様の知り合いの、教会。多分、ホラあの、新しく出来たトコだよねぇ、キンちゃん?」
やはり、まったく。
自分が、メガトン級の核爆弾を投下したことさえ、気づいていないグンマは。
殆ど病人のような顔色で、固まっている。
従兄弟と同級生達に向かって、のーんびり同意を求めてみたが。
その答えを、待たずして。マジックは無言の内に、踵を返す。
運悪く、気の弱い人間が目にしたならば………絶叫を上げ、腰を抜かしそうな。
恐ろしく獰猛な表情で、大股に歩く、彼の脳裏に。
くっきりと甦る、弟の不吉な言葉。
―――案外、シンタローだって。アニキの束縛がうっとおしくて、逃げ出そうとしてるかも、ナ?
―――まさか!! ウチの、シンちゃんに限って!!!
やや、心当たりがある為。
少々、引きつりながらも………そう、全面否定した、兄に。
―――そうかぁ? アニキが思ってるより、ずっとカゲキだぜぇ、最近の女子高生は。そうそう、シンタロー。何かオレに『結婚式場』について、とか聞いてきてたしなァ………?
”シンタロー、アンタから逃げちまうつもりかもナ?”と。
常に見られない、兄の動揺ッぷりを楽しむように………その、問題児の弟は。
やたらに意味ありげに………そんな風に、締めくくって。
直後に、PTAと教職員全員による会議が始まった為。
追及の機会を失い、今日迄来てしまった。
―――しかし、まさか。まさか、そんな、馬鹿な話………ッッ!!!
マジックの歩調は、次第に早まり―――やがては。
自ら作った『廊下はゆっくり歩きましょうvv』という校則を、粉々にする勢いで。
ウッカリ遭遇した、不運な生徒達を跳ね飛ばしつつ………人間離れした速度で、走り出した。
******************
『荘厳』と言うには、程遠い。如何にも”式の為だけに設えました”という。
どうにも安っぽい、教会風の部屋に鳴り響いていた、電子オルガンの音が止むと。
何だか、フランシスコ・ザビエルに、やたらに酷似した(そういう禿げ方だったのだ)神父が。
1980円で、フツーに本屋に売ってそうな、ありふれた聖書を片手に。
型通りの、誓いの言葉を述べ始めた。
「………では、新郎アラシヤマ。汝は、その健やかなるときも、病めるときも………」
「誓いますえッ!!! 誓いまくりますッ、わてには一生、シンタローはんだけどすぅっ!!!」
―――揺り篭から墓場まで、わてらはず~~~~ッッと一緒どすえッ!!!
興奮がピークに達しているらしい、アラシヤマは。
神父の言葉を遮り、そんな絶叫をカマしてくれて。
二人の後ろに居並ぶ、参列客の間から。クスクス笑いが、洩れる。
「~~~~ッッ、アホ!!! 『誓います』だけでいいって、言っただろぉーがぁッッ!!!」
猛烈に恥ずかしくなった、シンタローは。
思わずポカリと、その後頭部を殴りつけ―――すると。クスクス笑いが、ドッと爆笑の渦になり。
真っ赤な顔で、俯くしかなくなる。
すると。彼女の視界に、飛び込んでくるのは。
目に痛いほど、真っ白な――――純白の、ウェディングドレス。
形の良い、Dカップの胸から。
キュッとくびれた、ウェストまでのラインを強調する、上半身のデザイン。
ソレと対照的に。チュールを、幾重にも重ねたスカートは。
ふんわりと、腰から下を覆い。身動きする度に、サラサラ揺れる。
―――ねぇ、ホント。なんて綺麗な花嫁さんなのかしら。
―――二人とも、真っ赤だぜ? 初々しくて、お似合いのカップルだよなァ?
イヤでも飛び込んでくる、参列客の評価がイタい。
とにかく、早く。こんな式を、終らせて欲しくて。
シンタローは、縋るような視線を、神父に送った。
「………ごほん。えー、では、新婦シンタロー。汝は、その健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」
神父の、大仰な言い回しに。自ら、望んだというのに。
―――言いたくねぇなァ、と。
この期に及んで、彼女は。本気で、ゲンナリしてしまっていたが。
言わなければ。
いつまで経っても、このこっ恥ずかしい、晒し者状態が終らない。
しぶしぶ。ハゲの神父も、舞い上がりまくったアラシヤマも。
なるべく視界に入れぬよう、不自然に顔を反らしたまま。
シンタローは”その言葉”を、紡ごうとした。
「………ッ、ち、誓…………」
「――――ッッ、待ちなさいッッ!!!」
突然の、怒声―――それと、同時に。
ガァン!!! と。凄まじい勢いで、祭壇の真反対に位置する扉が、開かれた。
………と言うより、外から吹っ飛ばされ。
蝶番が外れたらしい、哀れな扉は。
爆音と爆風を巻き上げ、内側へと転がり込んで来て。
「げぇっ、オヤジぃ!?」
「り、理事長ッ!!??」
共によく知る、乱暴な闖入者に。
シンタローとアラシヤマは、一緒に、潰れた悲鳴を上げてしまう。
「……………………………」
だが、マジックは、無言のまま。
焦りまくる二人に、冷たく光る青い瞳を、ぴったり見据え。
固く唇を引き結び、ツカツカと硬質の足音を響かせて。
今、まさに。
永遠の愛を誓わんとしていた二人へと、歩み寄ってくる。
先刻まで。文句の付けようがない、美男美女の結婚式に。
うっとりと見惚れていた、参列客達は―――有り得ない、突然の展開に。
固唾を飲んで、ただ、成り行きを見守る。
祭壇の、一歩手前までたどり付いた、彼は。
ぴたり、とその足を止め。
「………許さない」
―――低い低い、呟きが。その唇から、洩れた。
「ひぃっ、マジック理事長ッ!! こ、これはその………ッッ!!」
「だっ、おち、落ち着け………つーかアンタ、何でココにッ!!?? 」
「シンタローが、おまえなどと結婚ッ!? 私は、許可をした覚えは無いッッ!!!」
二人の言い訳を、遥に凌駕する。
大音声の宣言と共に―――閃光が、走る。
予告さえ無く、ブチかまされた。
一片の容赦も無い、タメ無し眼魔砲。
それは、見事に。シンタローの立っている部分だけを、避け。
哀れなアラシヤマは、もちろんの事………気の毒な神父さえも、巻き込んで。
祭壇もろとも、遠い夜空のお星様と化してしまう。
―――永遠にも、思えるような。耳の痛くなるような、沈黙。
最初に我に返った、参列客の悲鳴を皮切りに。
ほんの、数分前まで。
メッキでしかなくとも。それなりに、荘厳な静けさに包まれていた、教会は。
この常識外れの、闖入者への恐怖に。
一気に、出口へと殺到する参列客達で。蜂の子を突いたがごとくの、騒ぎとなった。
「…っ……マジック、アンタ………ッッ!!」
そんな中、シンタローは。
よりによって、この、最も大切なシーンを。
完膚無きまでに、叩き潰してくれた父親に対し。
声と共に、ふるふると。剥き出しの白い肩をも、震わせていたが。
「帰るぞ、シンタロー」
彼は、それに構う事無く。
冷たく光る青い瞳を、ギラつかせたまま。
娘の手を、乱暴に掴もうとする。
………しかし、その時。
凄まじい激情に、駆られていたのは。
彼女もまた、同じであった。
とんでもない、惨状を巻き起こしてくれた、マジックに対し。
震えながら、呆然と。瞬きを繰り返し―――ついで、青くなり、赤くなり。
最終的に。
父親のソレを、凌駕する怒りに捕われた、シンタローは。
「~~~~~てんめぇ、マジックッッッ!!! この、馬鹿タレ親父が――――――ッッ!!! 」
死人さえ、思わず生き返るような罵声を放つと。
同時に、パッと。白いウェディングドレスの裾が、翻った。
露になった、細い………だが。
鍛えられているが故に、メリハリの効いた、惚れ惚れするような美脚は。
マジックの、胃の真上に。
攻撃力+10の、高いヒールでクリーンヒットし。
ゆうに、彼女の二倍はあると思われる。
マジックの巨体は、易々と吹っ飛び―――無人と化した、客席を破壊しつつ。
騒音と破片を撒き散らし、半ばまで埋まってしまう。
「………ぐぅッッ!!! シ、シンちゃん~~~~!!??」
「『シンちゃん?』じゃねぇだろーッ!!! アラシヤマだけならともかく、一般人を巻き込みやがって!!! 大体、どーしてくれンだよッ!? コレでバイト代、パァじゃねーかッッ!!!」
―――その時の、マジックの。
整い過ぎるほど、整った。端正な顔の、切れ長の瞳を―――見事に二つ、点状にした。
それはそれは、間の抜けた表情は………特筆にさえ、価する程で。
「………へ? ば、イト………?」
「模擬結婚式の、単なるバイトなンだョ、コレわッッ!!」
―――ジョーシキで、考えて。二十歳にもなンねぇ娘が、親の許可無く結婚出来るわきゃ、ねーだろッッ!!!
憤然と言い捨てた、シンタローの指摘は。
非の打ち所がなく、正しい。
それでもまだ、やや状況が飲み込めない様子で。
マジックは、覚束ない口調で呟く。
「バイトって………お金、欲しかったんなら。パパに、言ってくれれば………」
シンタローのお小遣いなら、毎月口座に振り込んでいる。
それも。普通の高校生であれば、ちょっと使い途に困る程の額を。
それで足りない、と文句を言われた事も無いし。
足りない、と言われれば。
もちろんマジックは、最愛の愛娘の願いを(幾許かの、彼にとってだけ楽しい条件付で)聞き入れるつもりでは、あったが。
同年代の女子高生より、確実に堅実な、彼女は。
無駄な浪費をする事も無く、ちゃんと貯金までしているようで。
さすがは、パパの娘vv と。
そんなトコロにさえ、愛しさはいや増すばかりだった、と言うのに。
「………アンタに貰った金で、アンタにモノ買ってやって、どーすんだヨッ!?」
真っ赤な顔のまま―――殆ど、泣き出しそうに上気した顔で、食ってかかられ。
………マジックは、軽く息を飲む。
思い出すのは。数週間前に、交わした会話。
それは、数ヶ月ぶりに顔を見た、愛娘との。
軽い冗談で、コミュニュケーションの一環の、つもりだった。
―――ねぇ、シンちゃんvv パパの今年の誕生日、何のプレゼントくれるー?
―――ハァ!? イキナリ、何言い出すんだョ。大体、誕生日祝うようなトシじゃ、ねーだろ。
ガンマ学院理事長以外にも、幾つかの肩書きを背負っており。何かと忙しい、マジックである。
近年、誕生日当日。日本にいないことさえ、しばしばで。
………今年も、誕生日が近づいて来たなぁ、と思うと同時に。
そういえば、母親が亡くなって―――ここ数年。
愛娘に、自分の誕生日を祝ってもらえた記憶が、無く。
ふと、思い出して。
ちょっと、寂しくなって、言ってみた。
予想通り。可愛い、シンタローの反応は。
ブリザードのように、冷淡だったが。
幸いにして今年は、久しぶりに、日本で誕生日を迎えられそうだと告げて。
――― 一緒に、ゴハンを食べようネvv と無理矢理頼み込んで。
その場で、レストランの予約(自分で、自分の誕生日の。ちと虚しいデス)なんか、していたりしたのだけれど。
………まさか。
本気で、プレゼントを用意しようとしてくれていた、なんて………。
「でも、何で………バイトなら、他にも………」
「アンタが、急に今年の誕生日はコッチにいる、とか言い出すからだろーがッッ!! こんな短期間でそれなりの金額叩きだすにゃ、知り合いのツテで、単発の高額バイト紹介してもらうのが一番イイんだよッ!!」
~~~~くっそぉ!! ハーレム叔父貴のヤツ。水商売はヤだっつったら、こんな恥ずかしいバイトばっか、紹介しやがって!!!
「………あの、愚弟に? 何で?」
「―――あの獅子舞。部下共々、顔だきゃ、やたらに広ぇからナ」
まだ、目一杯怒っている様子の、シンタローだが。
それでも一応、ぶっ飛ばしてやったコトで、少しは溜飲が下がったのか。
腹立たしくてしょうがない、という口調ではあるが。
簡潔に、ココに至った経緯を説明してくれた。
例年どおり、メールか電報でも打って、終わりにしようと思っていたから。
コレといって、プレゼントを用意していなかったコト。
当日、顔を合わせるのに。
何もナシじゃカッコが付かねぇ、と。叔父―――サービスに、相談をしたコト。
ソコにタマタマ居合わせた、もう一人の叔父………ハーレムが。今回の、模擬結婚式も含め。
(校長のクセに)校則スレスレの単発のバイトを、幾つか紹介してくれたコト。
「そのクセ、あのオッサン!! 急に邪魔するようなコト、言い出しやがって!!!」
―――それは、まぁ。
ハーレムにはハーレムの、ちょっとした事情があってのコトだが。
ソレはまた………別の、物語ゆえに。
この時点でのシンタローには、叔父の行動がサッパリ解らない。
ただ、今回の件で。
(ロクでも無いバイトばかりとは言え、確かに収入には、文句の付けようが無いものばかりで)ちょっとは、感謝してやっていたというのに。
再び『どーしよーも無ぇ、親戚』にまで、評価が逆戻りしただけ、のコトだ。
「じゃ、最近。あんまり、家に居なかったのって………」
流れのままに、問い掛けながら。
もちろん、聞くまでも無く解っている。
自分の誕生祝いを、買うために。頑張ってくれていた、というコトは。
「あーもぉ、知らねぇョ!! 今年のプレゼントも、ナシだ。あとココの弁償、アンタがしろよなッッ!!」
―――くっそぉ、こんな格好までして、アラシヤマにまで頭下げたってのによォッ!!!
………頭を下げたかどうかは、ともかくとして。
まったくもって、今回『骨折り損のクタビレ儲け』となってしまった、シンタローは。
一刻も早く、この場から逃げ出したくて―――何せ、自分はウェディングドレスだし。祭壇の壁に、大穴は空いているし。参列客は全員、廊下に避難して。恐る恐る、コチラを伺っているし。
プンプンに膨れたまま、ズカズカと式場の出口へと向かう。
―――目標の金額は、このバイトで達成出来るハズだったのに。
父親の誕生日は、もう明日に迫っていたのだ。
日払いの、バイト代を貰ったら。その足で、プレゼントを買って帰るつもりだった。
プレゼントしたかったのは、新しい小銭入れ。
恐ろしいコトに、コノ父親。
有り余る程の、名声と権威と財力を持ちながら。
その昔。まだ、シンタローが小学生だった頃。
彼女が家庭科の授業で作った、チャチな小銭入れを―――タマタマ、彼の誕生日が近かった為。父親仕様で、作ってみたソレを―――未だに、後生大事に使っているのだ。
恥ずかしいから、いい加減買い換えろ、というのに。
ボロボロのソレを、いつまでも手放さなくて。
「あーもう、見せモンじゃねぇぞ、散れ散れっ!!」
何やら。信じられない珍獣でも、見るかのように―――それは、そうであろう。ドコから見ても清楚可憐といった風情の、美しい花嫁が。自分の倍以上の体格の男を、ふっ飛ばしたのである―――参列客(正しくは、模擬結婚式を見学に訪れた、カップルとその家族)達は。
未だシンタローに、視線を釘付けにしていて。
何故ならば。
肩を怒らせ、品がイイとはとても言えない態度で、ズンズン歩むその姿は。
まるで、野生の雌豹のように。
危険であると解っていても、目が反らせなくなる………そんな種類の。
魂に刻まれるような、強烈な美しさ。
―――だー、どいつもこいつも、ムカつッッ………!!??
一向に、散ろうとしない観衆に。
シンタローが、力一杯舌打ちした瞬間。
「………ッ、わ………ッ!!??」
「はっはっはっ。皆さん、お騒がせしました。それじゃあ、私たちはコレで♪」
―――あ、弁償請求は、ココに回してくださいネvv
突如、マジックは。その背後から、シンタローを抱き上げ。
従業員らしき制服の男性に、名刺を押し付けると。
全身に、降り注ぐ。恐怖と好奇心の入り混じった視線から、彼女を護るかのように。
悠然と、式場に背を向ける。
「ちょっ、コラ!! アホ親父ッッ!!! 降ろせッ、つーか着替え、このドレス借り物ッッ!!!」
あまりに唐突な、マジックの行動に。思わず、ボーゼンとしていた、シンタローは。
慌てて、ポカポカその頭を殴りつけ、訴えたのだが。
マジックは、構わず歩みを進めて。
入り口に、横付けに乗り捨てていた車に。強引に、彼女の体を押し込むと。
素早く運転席に乗り込んで、アクセルをふかし、車を急発進させた。
「って、ぎゃ~~~~~ッッ!!! 何てコトすんだ、アンタわッッ!!!」
みるみる内に、遠ざかっていく建物を、振り返り。
純白のドレスに、身を包んだままのシンタローは。
常に無い父親の乱暴な運転に、シートにしがみついたまま、そう叫ぶと。
「花嫁奪還、成功♪」
チラリとこちらに、視線を送り。
とてつもなく、満たされた表情で―――ニコニコと、笑う。
「………そもそも、そーいうんじゃ無ぇョ。つーかもぉ、オレの制服~~~~ッッ、鞄~~~~~ッッ、靴ぅぅ~~~~~~ッッ!!!」
盛大に嘆いている、シンタローだったが。
さすがに、運転している人間に眼魔砲をブチかませる程、命を粗末に思ってはいない。
「後で、ティラミスに取りに行かせるって。それより、ねぇ、シンちゃん?」
「あぁ? ンだよ」
完全に、不貞腐れてしまった、彼女に。
マジックは。ウェディングドレスのままの、彼女に向かい、上機嫌に呟いた。
「プレゼント、コレがいいんだケド」
「はァ? アンタに合うサイズなんか、ねーだろ」
おあつらえ向きに、車はオープンカー。
まさか、こういう状態を、狙ってのコトじゃねぇだろーな、と。
シンタローは少し、不審に思うけれど。
―――ともあれ、コノ父親に関わると。ホンッッと、疲れるッッ!!!
十二月の前半なのだが。
暖冬の影響の濃い、小春日和の日差しであり。
何より、相当カッカきたせいで。
………受ける風が、むしろ、心地良い。
ココまできたら、もうどうとでもなれ、と。
シートにぐったり、身を沈めてみると。
「イヤ、そうじゃなくて」
シンタローの。まるで解っていない、コメントに。
ちょっと苦笑した、マジックは。
「このままの、シンちゃんが欲しいナ」
―――約束して。このままのシンちゃんで、ずっとずっと、パパの側にいてくれるって。
改めて、そう言い直し。
ようやく、その意味を理解した、シンタローは。
また、コノ親父は、と。
額に手をやり、溜息混じりに言い返す。
「アホ。可愛い娘を、行かず後家にするつもりかヨ?」
「うぅーん。孫の顔は見たいよネ………あ、じゃあ!! シンちゃんが結婚するトキには、パパも一緒についていく………って、うぅぅぅッ………ッッ!!」
「ドコの世界に、父親連れで嫁ぐヨメがいンだヨッッ!!! つーか、想像でむせび泣くな、まだ嫁いでねぇだろーがッッ!!!」
「やっぱり!! 可愛いシンちゃんを、断固としてお嫁になんかやらないからッッ!!! パパより強い男じゃないと、認めないヨッッ!!!」
「………あのなぁ、ゴジラとでも結婚しろっつーんかッ!! つーか、てめっ、前見て運転しやがれ~~~~~~ッッ!!!!」
激しく厳しい、シンタローの突っ込みに。
旗色の悪さを、悟ったマジックは。
「あはははvv ところでシンタロー、寒くないかーい?」
必殺『笑って誤魔化す』を発動させ、そう尋ねてくる。
「………さみぃョ、当たり前だろッ!!」
伊達に、鍛えているワケではないから。
本当は、さほどでもないのだけれど………未だ、ご機嫌斜めの彼女が。
ソッポを向いたまま、そう答えると。
「うわッ!?」
バサリ、と………彼女の、頭の上から。
父親の、赤いジャケットが降って来た。
「ハイ。コレ、着てなさい」
運転しながら、上着を脱ぐという。
大変に、難易度の高いワザを。
名前どおり、手品師顔負けの素早さで披露してくれ。
得意げに笑う父親を、ちらりとねめつけて。
「………走りながら脱がなくても、車止めればいいだろーがッ」
ブツブツ、文句を言いつつも、シンタローは。
それでも少々、肌寒さは感じていた為。
父親の香りと………体温の、残る。
彼女には随分大きなソレに、素直に袖を通し。
―――あったかい、と。
無意識に、顔を綻ばせた。
当人達(特に素直でない、片方)が、どう思おうと。
傍目に見れば。
充分、標準以上に仲の良い、父娘の。
家路までの、短いドライブを。
燦燦と。
柔らかな初冬の陽は、降り注ぎ―――包み込む。
******************
ウェディングドレス姿の、シンタローを助手席に。
ハンドルを握っている、マジックの機嫌は、かなりイイ。
家に着いたら、着いたで。
着替えたいに違いない、シンタローと。
着替えさせたくない、彼との間で。また一悶着も、二悶着もするだろうが。
そのヤリトリを想像するだけで、嬉しくて頬が緩む。
―――けれど。ソレはソレ、コレはコレだ。
青の一族、というものは。
受けた恩義は忘れても、仇を忘れる事は、けして無いのだ。(←パパったら(^_^;))
………あの、愚弟め。
家路までのハンドルを、操りつつ。
モトモト、自分の差し金だったクセに。散々、動揺を誘う発言をし。
狼狽する長兄の姿を、楽しんでいたに違いない。
獅子舞に酷似した、弟の姿を思う。
事実はけして、そればかりでは無いのだけれど―――それはやはり、別の話であり。シンタロー同様に、マジックもまた。総てを知るわけでは、無いのだから。
実の兄はおろか、姪っ子の信用のさえ失った(つくづく、日頃の行いというものは大切である)ハーレムへの報復を、練り始めた。
………長兄を、舐めてはいけない。
マジックは、ハーレムの弱点ぐらい、とっくに知っていたのだ。
―――年は、そう。シンタローより、一つ下。金と黒の髪が印象的な、元気で可愛い青少年。
名は………確か、リキッドとか言ったっけ?
古来より、ヒトを呪わば、穴二つと言う。
―――さぁて、どうしてやろうかナ♪ と。
突然、鼻歌なんか歌い始めた父親を。
当然のコトながら。
助手席の。純白のドレスに赤いジャケット、というちょっとミョーな格好だが。
文句無しに美しい、黒髪の花嫁は。
………また、何か妙なコト考えてるナ、このアホ親父。
完全に、危ないヒトに向ける視線で。
冷ややかに、見つめるのであった。
※追記。
その頃の、アラシヤマだが。
共に吹っ飛ばされた、神父に。『わてとお友達になっておくれやす!!』と頼み込み。
丁重に、お断わりをされていたらしい。
○●○コメント○●○
当日がムリになったので、早めにパパBDお祝いしちゃいますvv
今年は、余裕を持って間に合いました。
本当は「マジシン同盟」様の「パパムスメ部屋」に投稿させて頂きたかったのですが。
当サイトがダブルヒロイン(最近、トリプルになりつつ。。゛(/><)/ ヒィ)の為、どうしてもビミョーなもう一個のカプの痕跡を消せず、諦めて自サイトで。
最近コスがマイブーム♪ 今回、ウェディングドレスです。実はお蔵入りにした、学園モノパラレルを、単発で引っ張り出し(笑)
ちなみに現「ニッキフウ」と、どっちにするか最後まで迷った連載仕様です(苦笑)
こんな祝い方でゴメンなさい、パパ………。
<2004.12.6 カケイ拝>
PR