ぬくぬく
「だ~~~~ッッ、もう、寒みぃ~~~~~~~ッッ!!!」
吹きすさぶ、寒風の中。
ようやく我が家に辿りつき―――といっても、風に吹かれて歩いたのは、車から玄関までの数メートルの道程だが―――勢い良く、ノブを回したシンタローは。
鍵が掛かっている事に、気づいた。
………よく見ると。
『屋敷』と呼べるほどの家の窓には、何処にも明かりが灯っていない。
そう言えば、今朝。
『今日の夜から、サイン会で移動なんだ!! ごめんねシンちゃん、擦れ違いになっちゃうよ~~~~~ッッ!!!』と。
帰還中の飛空挺に。それはそれは下らない内容の、通信が入ってきて。
「………切れ」
青筋を立てて、そう命じた気がする。
ついでに言うなら、(激しく余計な)気を回して『パパに会えなくて、とっても残念ばいvv』とかいう返信を返そうとした(とっても不幸な)どん太に、踵落としを喰らわせた気もする。
家中の明かりが、消えている所を見ると。
グンマとキンタローも、研究室に泊まり込みなのか。
「………ただいま」
解っていても、シンタローは。
小さい頃から、躾られた習慣のまま。
家に入るときには、そう言わずにはいられない。
もちろん、無人の家から、返事の返ってくることは無く―――返ってくる方が、この場合、却ってコワイのだけれど―――彼を迎えたのは。
………しん、と。冷たい、沈黙。
誰もいない家、というのは。
随分、久しぶりであることを、思い出した。
コタローと引き離され、しばしの間、家には帰らなかった。
それ以来かも、しれない。
パプワ島にいる間は、ずっとパプワとチャッピーと一緒で。
帰ってからは、父親と二人のイトコ(+時に、マッドなサイエンティスト)と同居する、賑やかな生活だった。
…………こんな寒い日に、一人っきりになるのは。
気づいてしまえば。
見慣れた玄関も、そこから続く廊下も、ヤケにだだっ広く見える。
「―――アホらし。寝よ」
ぼりぼり、頭を掻きつつ。
わざと乱暴に………大きな独り言を、呟いて。
玄関の鍵を掛けると、シンタローは大股に。
冷え切った家の中、自室へと進む。
それにしても、ヤケに寒い。
―――隠居以来、今まで。
キンタローやグンマが、いない日はあっても。
必ず、暑苦しい程賑やかな、父親が迎えてくれた。
確か、―40度だか、―50度だかの寒気団が、5000メートル上空にいるらしい。
今日は、この冬一番の、冷え込みだそうで………こんな日に限って。
いるだけで、体感温度が数度上昇するかに思える、父親がいないというのも。
皮肉な、ものだ。
「まー、寒気団。5000メートル上で、良かったよナ」
―――あはは。一メートル上とかだったら、今頃パパもシンちゃんも、氷漬けだって。
おどけた、呟きにも。そんな風に応えてくれる者は、いない。
普段。戦場で、ロクに水浴びも出来ない日も、あるからこそ。
基本的には、入浴しないで寝るコトには、抵抗はあるのだけれど。
多分、マイナスの数値を表示するであろう。
室温計つきの、エアコンや。
温まるのを待たないといけない、最初のシャワーや。
いつもなら、何でもない。諸々の、そういった一連の儀式が。
今は考えるだけでも、面倒で。
………飛空挺ン中で、シャワーは浴びたし、メシも喰ったし。
まぁ、いいか―――と。
自室に戻った、シンタローは。
ぽんぽん、服を脱いで。
冷え切ったベッドに………否。
冷え切っているはずの。
これから、自分の体温だけで温めねばならない、ベッドに。
滑り込んだ、ハズだったのに。
「………へ?」
中は、ぬくぬくと暖かく。
特有の、ひやりとした感覚を覚悟していた、シンタローは。
間の抜けた声を、上げてしまう。
同時に、足先に当る………その温もりの、発生源。
よいしょ、と。
腕を潜り込ませ、それを引っ張り出すと。
枕ほどのサイズの、金髪のヌイグルミが、笑っていた。
「…………また、あのアホ親父。ヨケーなモンを」
ニコニコ笑顔の。
ホンモノより、一層間の抜けた表情の、ソレは。
持ち上げると、見ためよりもずっしり重く。
ヌイグルミの布地を通して。
冷えた指先に、じわじわと伝わってくる、心地よい熱。
これはいわゆる、湯たんぽというヤツだ。
しかもご丁寧に、カバーにマジックの姿を象った。
――――そう言えば、小さい頃は。冬になると毎晩、作ってくれたっけ。
さすがに、同じモノでは無いようで。
父親の姿の湯たんぽカバーは、ごく真新しいようであるが。
「………ったく、ガキじゃねぇんだゾ。誰が、こんなもん………」
ぶつぶつと、呟いてみたものの。
形が、非っ常っにっ!! 気に食わない、とは言え。
何年ぶりかに襲われた、この大寒波の夜に。
確かに、この温もりは。
非常に魅惑的な、誘惑で。
―――ま。親父が帰ってくるのは、明日だろーし。
キンタローもグンマも、今日は帰って来ねぇみてーだし。
明日の朝にでも、ゴミ箱に突っ込んでやりゃ、いいかーと。
遠征疲れの溜まっていた、シンタローは………コテン、と。
湯たんぽを抱えたまま、横になり。
柔らかに伝わってくる、その暖かさに―――あっという間に。
電気を消すことさえ、忘れ。
幸福な、眠りの世界へと、旅立って。
…………そして。
懐かしい、夢を見た。
******************
「し、シンちゃんッッッ!!! どうして、どうしてもう、パパと寝ないなんて言うんだい!!??」
おろおろと。
まるで、この世の終わりのような顔をして………問い詰める、父親に。
プイッと、視線を逸らしたままで。
父の目から見れば、まだまだ幼い息子は、口を開く。
「だって、ヘンなんだもん!! ぼ………オレのクラスにだって、今時父親と一緒に寝てるヤツなんか、いないし!!」
「―――変っ!!??」
ぐわぁぁぁああん!!! と、その父親は。
50tハンマーでぶん殴られても、ココまで派手なリアクションはすまい、という状態で。
小学校の息子の。
至ってまともな主張に、打ちのめされ………ずぶずぶ地面へとめり込んで行く。
「あぁ、ソレは。シンタローの言っているコトが、正しいネ」
「オマエは黙ってろ、サービス!! こんな寒い夜に、一人で寝るなんて!! シンタローが風邪でもひいたら、どうするつもりだいっ!!??」
―――だが、復活は早かった(笑)
ぎぅぅぅっっ、と。
カワイイカワイイ、可愛くて仕方ない、一人息子を抱きしめ、主張するが。
対する息子は、少々困った顔ではあるけれど………包まれた腕の中で、きっぱりと却下した。
「ダメ!! もう、ぼ………オレ、一人で眠れるもん。パパのいない時だって、ちゃんと一人で寝てるモン!!」
「………シンちゃん」
シンタローの言葉に、マジックは。
返す言葉を、失う。
確かに、愛息子とは。普段、あまり一緒にはいられない分。
その分、共に過ごせる時間には。
一分、一秒でも長く、と。
溢れまくって崩壊寸前な、愛情の総てを、注いできたのだけれど。
シンタロー自身が、成長をしようとしているのに。
父親たる自分が、それを妨げてしまうコトは………果たして、彼の為になるのか?
珍しくも、マジックは。
自らの煮えたぎる、欲望(笑)と。
シンタローへの深い愛情との狭間に、葛藤を抱いて。
―――そこで。兄と甥の、やりとりに。
薄笑いを浮かべ、成り行きを見守っていた、サービスが。
「じゃあ、シンタロー? 今夜は、叔父さんと寝るかい?」と、楽しげに口を挟む。
「………え? 叔父さん、一緒に寝てくれるの!?」
父親とは違った意味で、大好きな―――その感情がどう違うのか、当時の幼いシンタローには、知る術は、まだ無かったのだけれど―――叔父の、魅惑的な提案に。
パッと、顔を輝かせ、彼の元に駆け寄ろうとしたのだが。
「ダメ――――――ッッ!!! シンちゃん、サービスと寝るなんて、絶対ダメ――――――ッッッ!!!!」
単なる『父性愛』とは、ちょっと呼び辛い、嫉妬心を剥き出しに。
マジックは慌てて、サービスに駆け寄ろうとした、シンタローを抱きとめる。
「おぅ、じゃあ。オレが抱いて寝てやろーか?」
………と、見計らっていたとしか思えない、タイミングで。
更に状況をややこしくする人物が、顔を出した。
「ハーレム、久しぶりだね」
「オマエ、また、何の用だっ!?」
誰にとっても、常に頭痛のタネでしかない。
突然の、三男坊の来訪に。
サービスは、うっとおしそうに、左右に首を振り。
マジックは柳眉を逆立て『金なら貸さんぞ!!』と、叫んだが。
”ヒトのハナシを聞きゃしねぇ”青の一族の、(ロクでもない)血を。
しっかり受け継いでいる、ハーレムは。
ニガテな叔父の登場に、無意識に父親に体を摺り寄せた(ココでマジックは、鼻血を吹いた)シンタローに。
ニヤリ、と、邪悪な微笑を向け。
「イロイロ、教えてやるぜぇ?」
「………? イロイロ?」
良く解らない、彼のコトバに。
きょとん、と。
シンタローは、細い首を傾けて、パチパチ瞬きを繰り返す。
「なァ、アニキ。シンタローに、男のイロイロ、教えてやっからよォ♪ 授業料………」
「こォの、愚弟がァ~~~~~~~~~~~~~~~~~ッ!!!」
マジックは。
頭から湯気を吹き上げつつ、爆発した。
――――結局。
眼魔砲飛び交う、兄弟喧嘩の後。
それでも、ガンとして。
「もう、一人で寝られるの!!」と主張を曲げない、シンタローに。
泣く泣くマジックが、手渡したモノは。
速攻で作ったらしい、自分の姿を模ったカバーの湯たんぽで。
「コレが、パパの代わりに。シンちゃんを、温めてくれるからねっっ!!」
滂沱の涙を、落としつつ。
まるで、今生の別れのように、そう言った。
―――その、夜。
ぽかぽかと、温かい。
父親を模った人形を、抱きしめたまま。
ベッドに潜り込んだ、シンタローは。
一人。
小さな声で、呟いた。
………だって、パパといっしょだと。
何だかドキドキして、よく眠れないんだもん。
「おやすみなさい、パパ」
―――ごめんネ、と。
人形に、ちゅっと口づけて。
でも、ちょっとだけ寂しいかなぁ、と。
ぽかぽかの、湯たんぽを抱きしめ、眠りにつき。
――――翌日。
シンタローが生まれて以来、初めての独り寝となった、マジックは。
数年ぶりに、風邪をひいた。
******************
『………ッッ、シンちゃんってば、可愛い~~~~っっvvv』
『シッ、グンマ。声が高い』
真夜中に、ボソボソ響く、男二人の不穏な会話。
その正体は、もちろん。
シンタローの従兄弟の、キンタローとグンマである。
どんなに研究が、イッパイイッパイであっても。
シンタローが帰還した、と知っていて。この二人が、家に戻らないハズはない。
殆ど『明け方』と呼ばれるような、時間帯ではあったが。
何とか新型エンジンの、試作段階にまで漕ぎ着けて。
ぐったり疲れ果て、辿りついた家には―――こんな時間だというのに。
シンタローの部屋にだけ、明かりが灯っていた。
不思議に思い、二人でそっと、様子を見に行くと。
余程に疲れていたのか、電気も消し忘れ。
すかすか眠る、シンタローの姿があって。
そうして―――微かな笑みを浮かべ、彼が頬を寄せている。
その腕に抱かれている、妙に愛らしい、マジック人形。(実際は湯たんぽなのだが、この時点で彼らに知る由は無い)
抱いている、ソレに。
ソレゾレ胸中では、違った感想があるのだが。
滅多に見られるものでは無い、鼻血モノに愛らしい光景であることだけは、間違いなく。
咎める口調では、あるが。
キンタローの声も、上擦ろうというもの。
『ハイ、チーズvv ぴろり~ん♪』
―――と。
フラッシュと共に、グンマの携帯が光る。
『オイ、グンマ………』
焦った視線を向ける、キンタローに。
実に上機嫌な笑顔で、グンマは応じ。
『うふふ、おとーさまに見せてあげるの♪ 喜ぶよぉ?』
だが。キンタローの視線は、そんな意味ではない。
無邪気にヌイグルミを抱いて寝ている、この青年は。
コレでも、現役バリバリに。
ガンマ団を束ねている、総帥なのだ。
こんな派手な音を立てられて、それでも寝こけているならば。
とっくに戦場で、寝首をかかれている。
「~~~~~~ん、何だァ………?」
案の定、光と音の刺激に。
シンタローは、うっすらと目を開き。
安眠を妨害する輩を、確かめようとし。
焦りまくった表情の、親愛なるイトコ達と、視線が合った。
「ちがっ、コレはッッ!!!!」
「ちがっ、コレはねッッ!!??」
がばり、と身を起こし。
抱いていた人形を、床に放り投げる、シンタローと。
慌てて携帯を、背後に隠すグンマ。
………そうして。
ガンマ団現総帥たる、シンタローの状況判断能力は。
「オイ、グンマ。今、何隠した?」
寝起きと、言えど。
たった今行われた、従兄弟の不穏な行動を、正確に予想した。
「な、何でもないよぉー、シンちゃんvv」
切れ長の瞳をすがめた、厳しい視線を。
ギロリ、と向けられたグンマは。
コソコソと、キンタローの背後に隠れ―――その行動こそ。
『やましいコト、してましたvv』という立派な証明であるコトに、気づいていない。
―――ちっ、みっともねートコ見られちまったッ!! と。
心持ち頬を染めた、シンタローは。
「オイ、グンマ。ソレ、こっち寄越せ」
「ヤだよー、シンちゃん、絶対壊すでしょ、僕のケータイッッ!!」
キンタローの後に隠れたまま、出した顔を左右に振る。
「オイ、キンタロー。そいつ、コッチに渡せっ!」
「………まぁ、いいじゃないか。オマエが可愛かったのは、本当のコトだし」
―――グンマでなくとも、あの映像を永久に残しておきたいと思うぞ?
「そうそう、そうだよねっ♪ 流石キンちゃん、イイコト言う~vvv」
キンタローの、まったくなっていない(燃え盛る炎に、ガソリンをぶちまけるより、悪い)フォローと。
そんな彼に、尊敬の眼差しを向け。パチパチ手なんか叩いている、グンマに。
ついには、ぶちぃっ!! と、堪忍袋の緒を引きちぎった、シンタローは。
「てめーらっ、二人とも泣かすゾッッ!!??」
―――いいからっ、コッチに寄越せっつってんだッッ!!!
羞恥の余り、耳まで真っ赤に染め。
がぁぁ~~~~~ッッ、と牙をむいて、イトコ達に、掴みかかり。
「………ぅおっ!? 落ち着け、シンタロー!!」
「わぁっ、キンちゃんッッ!?」
勢いで、キンタローがグンマにぶつかって。
その衝撃で、とっさに携帯をかばおうと持ち上げた、グンマの手から。
すぽ――――んッッ!! と、すっぽ抜けた携帯は。
そのまま宙を舞い、ドアの方へ飛んでいく。
――――ガチャリ!!
「たーだーいーまッッ♪ やっぱりー、シンちゃんに会いたくなって、帰ってきちゃった~~~~って、うわっ!?」
扉を開けた瞬間、飛んできた携帯を。
さすがの動体視力と、反射神経で受け止めた、マジック前総帥は。
「もー、何だい? モノを投げたりしちゃ、いけませんって、常日頃から………」
全く事態が飲み込めないまま、ノンビリと『息子たち』に、お説教しつつ。
受け止めた携帯を、何気なく覗き込もうとして。
「っ、お、おとーさまっっ、逃げて!!」
「叔父貴っ、危ないッッ!!」
「~~~~~~ッ!!! 見るんじゃ、ねぇ~~~~~~~~~ッッッ!!!!」
三者三様の、悲痛な絶叫が響き。
―――粉雪、舞う。
大寒波の夜の、明け方に。
一人の、金髪英国紳士が………携帯を、しっかと抱きしめたまま。
高く高く、舞い上がり。
そのまま、明けの明星に、なられたそうな…………。
<終わっとくッス>
○●○コメント○●○ シンちゃん、眼魔砲って叔父さんと修行するまで、知らなかったよーに、思うのですが。
アノ兄弟の喧嘩には、眼魔砲がなきゃネ★ ということで、確信犯の過去捏造でぃす。
バレンタイン二日後に控えて、ワザワザこーいう話をUPする、カケイとゆーヤツは。
ものの見事に、歪んでるなぁと、つくづく思います。反省。
<2005.2.12 カケイ拝>
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