PAPUWA~YOUR SMILE~
3/4
「――で、シンちゃんは確かにお家にいるんだね?キンタロー」
「家にいるとは言っていません。ただ、シンタローは料理をするのが好きだと」
「ああ、そうだったね。ゴメンゴメン」
マジックとキンタローは自宅へと向かう車の中にいた。
あの後、「シンちゃんがどこにいるのか教えて!」と迫るマジックにキンタローは彼なりに奮闘したのだが、
『じゃあヒントをくれないかな』
『ヒント……?』
『そうだよ。答えは言わなくてもいいからヒント』
という子ども騙しなマジックの誘いにあっさり乗ってしまった。
『……。シンタローは』
料理好き、というヒントにマジックは迷わず自宅のキッチンを思い浮かべた。
シンタローは口では面倒だ何だとぶつぶつ言うが、料理も掃除も実はそう嫌いな方ではない。
単純に、人が喜ぶ顔を見るのが好きなのだろう。
料理を作る事が気分転換になる事も多いらしく、たまに凝った料理を作ってはマジックやキンタロー、グンマ達に振る舞っていた。
流石に総帥を継いでからは忙しくてそんな機会もめっきり減ってしまったが、自宅のキッチンはシンタローがいつでも好きなように使えるように、キチンと整えてある。
喜ぶ息子の顔が見たくてマジックは、キッチンを三ツ星レストラン並に使いやすさを極限まで追求した本格志向のデザインに造り直し、道具も世界中から取り寄せた最高級の品で固めた。
無駄に広いキッチンはどう見ても個人の家にあるものとは思えない。
初めて見た時、唖然としていたシンタローにマジックは「どう?どう!?気に入ってくれたかなシンちゃんッ!!」とはしゃぎまくって感想を求めた。
愛する息子からの返答は「無駄遣いすンなッッツ!!」という厳しいお怒りの言葉と眼魔砲だったわけだが。
それでもキッチンを気に入ってくれたらしい、という事はシンタローを見ていれば分かった。
比較的時間に余裕があって家に帰れた時は、キッチンで簡単な料理をしたり、道具の手入れをしたりしているのをマジックは知っている。
そうする事で多少ストレスが軽減され、落ち着けるらしい。
家の中でもお気に入りの場所になっているようだ。
「ハァ~……シンちゃんってば、ほんっっっとに可愛いなァ~。パパはメロメロだよ」
うっとりと呟くマジックの隣で、キンタローは「何故あのヒントだけでバレたのだろう……」とちょっとだけヘコんでいた。
「でもわざわざ仕事を早く切り上げて、キッチン……?例のブツというのも分からないが……シンタローはお料理教室でも開いているのかい?」
マジックは独り言のように呟いた。
無論冗談だが、マジック自身も料理は好きなので2割くらいはもしかして……?と思ってしまった。
だが考えても有力な答えは出ず、マジックは不思議そうに首を捻った。
「ねぇキンタロー。いったい……――と、どうやら着いたようだね」
車が速度を落としたのに気付き外へ視線を向ければ、見慣れた我が家に明かりがついているのが見えた。
予想が当たった事にマジックはパッと顔を輝かせた。
早く車を下りたそうに組んでいた足を崩し、ワクワクした様子で身を乗り出すその姿はどこからどう見ても無邪気な子どものものだ。
車が静かに音も無く家の前に止まると、マジックは運転手がドアを開ける前に飛び出した。
もう先刻まで抱いていた疑問は吹っ飛び、とにかくシンタローに会いたくて仕方ないらしい。
家のドアをぶち破る勢いで中に入ると、マジックは
「ただいまシンちゃーーんッ!!」
と喜色満面で叫んだ。少しの間があってから、パタパタと玄関へやってくる誰かの足音がし――。
ひょい、と顔を覗かせたのは
「お帰りなさ~い。おとーさま」
へらり、と気が抜ける笑顔を浮かべた金髪の息子の方であった。
マジックは「ただいまグンちゃん!」と応えながら家に上がる。キンタローもそれに続いた。
「あ、キンちゃんもおかえり。二人とも早かったねぇ~」
「すまん、叔父上には勝てなかった」
「うん、僕は元々あんまり期待してなかったから。気にしなくていいよォ~キンちゃん」
「……何!?俺に、いいか、この俺に期待していなかったというのかお前は!?」
「キンちゃん、わざわざ二回言って自分でダメージ増やす事ないのに……」
悄然として肩を落としたキンタローの背中をグンマはぽんぽんと叩いてやった。
マジックはキョロキョロと辺りを見回したが、シンタローが出てくる気配は無い。
「グンちゃん、シンちゃんはキッチンかい?」
「あれ?キンちゃんそんな事も教えちゃったの?もうッ、ダメじゃないかー」
ぷんぷんと怒る従兄弟(20代も後半戦に突入済みの成人男子)の言葉にキンタローはますます落ち込んだ。
「シンタローが何をしているのかは言っていない。だが事が露見するのは最早時間の問題だ。……グンマ、俺はシンタローに申し訳が立たん。これでアイツからの信頼を失ってしまったら……ッ、俺はスーツを脱いでトックブランシェを被る!!」
「トックブランシェ……コック帽?落ち着いてキンちゃん!シェフはシンちゃんとおとーさまがいるからもう十分だよ!!」
「何!?俺は必要ない子なのか!?」
「そんな家なき子みたいな事言わないでよキンちゃん!」
「こらこら、パパを無視するんじゃありません。……ていうかお前達、どさくさまぎれに時間稼ぎして私をシンちゃんのところへ行かせないつもりだね?」
冷静にツッコミを入れられてグンマは「あ、バレちゃった」とあっさり認め、キンタローは「時間稼ぎだったのか!?」と驚愕した。
マジックはそんな二人を見てやれやれ、と苦笑いする。
「じゃ、私はシンちゃんに会いに行って来るよ。三人で一体何を企んでいたのか知らないが……グンちゃんもキンちゃんも邪魔しちゃ嫌だよ?」
「……」
「は~い、おとーさま」
「うん、グンちゃんイイ子のお返事だね!」
マジックは手を伸ばして、腰を屈めたグンマの頭をエライエライと撫でてやった。傍から見ると異様な光景だがグンマは素直に「わ~い、褒められちゃった」と喜んでいる。
キンタローは一瞬返事に詰まったが、ココで無理に止めてももう意味が無いだろうと判断し、「はい、分かりました」と頷いた。
マジックはその返答に満足そうにニッコリと笑い、うきうきとスキップするような足取りでキッチンへ消えていった。
「……シンちゃん、怒るだろうね~」
「ああ。後のフォローが大変だ」
「様子見に行く?」
「……」
グンマとキンタローは顔を見合わせ。
二人同時にうん、と頷き合った。
「シンちゃんただいま~~~ッッ!」
子どもの姿になると中身まで退行してしまうのか、マジックは理性も何もかもかなぐり捨てて「会いたかったよ!!」と叫びながらキッチンに入るなりシンタローの背中へ飛びかかるように抱きついた。
「うおッ!?…っぶねッッ!」
いきなり抱きつかれた方は堪ったものではない。子どもにぶち当たられた程度でシンタローがバランスを崩すはずもないが、手に持っていたボウルを取り落としそうになって慌てて腕の中に抱き込む。
「あっぶね~!落としたらやり直しになるとこだった……オイっ、いきなり何しやがンだよ!」
「あ、ゴメンねシンちゃん。何か作ってるところだったんだね?パパ、お前を見たら我慢できなくてつい……奥底からわきあがってくる衝動というか本能に従っちゃったよ」
「んな怖えぇモンは今すぐ捨てろ!」
シンタローはボウルを台の上に置いて怒鳴ったが、身をよじってマジックの方を見ると――腰に抱きついている美少年が上目遣いに自分を見上げて「……ゴメンね?」と申し訳無さそうに謝っている。
不覚にも一気に血圧が上がった。ぶーーー、と勢い良く鼻血が噴き出す。
「大丈夫かいシンちゃん!?ホラ、ちょっと屈んで。パパが拭いてあげるから」
「うう……見た目は美少年でも中身はオッサン、変態親父、騙されンな俺……ッ」
「シンちゃん、こんな時でもパパに精神攻撃するの?」
必死に自分に言い聞かせるが身体は言う事を聞かないらしく、シンタローは素直に身を屈めた。
マジックは上機嫌でシンタローの鼻血を取り出したハンカチで拭ってやり、
「……フフ、子どもの頃に戻ったみたいだねぇ~。シンちゃん可愛いッ!」
とデレデレと相好を崩した。
中身が50代のナイスミドルとは思えないほど隙だらけの姿だが、そうしている方が今はむしろ歳相応に見えて可愛らしい。
ブラコン・ビジョンではますますコタローに似て見えて、シンタローの鼻血噴出量は増加した。
「シンちゃん、後で増血剤飲んでおこうね」
「親父もナ」
どっちもどっちの親子であった。
* n o v e l *
PAPUWA~YOUR SMILE~
4/4
「シンちゃんの鼻血付き!記念に……」と持ち帰ろうとするマジックから「ンなもん持ち帰ってどーするつもりだ!」とハンカチを強引に奪い取った辺りで、シンタローは漸くハッとした。
「ッつか、何で親父がココにいンだよ!?場所教えてもねーのに」
「フフ、パパから逃げられるとでも思ったのかい?やだな~シンちゃん、パパはお前のいるところならどこへでも駆けつけるよッ」
「トラウマになっからサラリとストーカー発言しないで下さい」
「今更だろう?」
「テメーが言うなッ!!」
会話を交わしながらもシンタローはどこか落ち着かない様子だ。
マジックの正面に立って台の上を見せないようにし、「用がねーンならとっとと帰れヨ!」と言ってマジックを追い返そうとする。
何か料理をしていたのは間違いないが、何故隠そうとするのかが分からない。マジックはキョトンとしてシンタローを見上げる。
「?一体何をそんなに…………ん?」
甘い香りがするのに気付き、マジックはおや、と眉を上げた。
そういえば先程抱きついた時に、シンタローが持っていたボウルの中がチラリと見えたがあれは真っ白の生クリームだったはずだ。
「お菓子を作っていたのかい?でも生クリームを使うお菓子とは、コッテリしているなぁ。夜食なら消化のいいあっさりしたものの方が」
「だぁぁッ!うっせーよ!いいから親父は出てけってば!!」
シンタローは何故か赤くなって、マジックの身体を強引にくるりと反転させるとその背中を押して無理矢理キッチンから追い出そうとした。
「ちょっ、ちょっとちょっと!シンちゃん!?パパ何か気に障る事でも言った!?」
「オメーの存在そのものが気に障るわッ!」
「またしても全否定!?それは本気で傷つく……」
ちーん。
マジックが何か言いかけた時。
それを遮るように、オーブンが軽やかな音を上げた。
シンタローはびくっと立ち止まり、「げッ、何でこのタイミングで……!」と顔をしかめた。
先にマジックを追い出すべきかどうか一瞬迷ったが、出来上がったものをオーブンから取り出す方が先決!という結論に達したらしく、仕方なくシンタローはマジックから離れてオーブンの前へ向かった。
慣れた手つきでオーブンの中から何かを取り出すシンタローの後ろ姿を、マジックは興味をひかれて見つめる。
マジックが近づいてくる気配を感じ取ったシンタローはますます不機嫌そうにぶすくれたが、もう諦めたらしくハァ~、と嘆息するだけで何も言わなかった。
シンタローの手元を覗き込み、マジックは小さく息をのんだ。
綺麗に焼けたふわふわのスポンジ。
それが意味するところは一つしかない。
「シンちゃん……もしかして、ケーキ作ってたの?」
「……他に何があンだよ」
「じゃ、じゃあそれパパのバースデイケーキだったりする!?」
思わずどもったマジックにシンタローは不機嫌そうな顔を崩さないままプイとそっぽを向いた。
怒っているように見えるが、それがただのポーズである事はその微かに赤くなった頬を見れば明らかである。
「シンちゃん……ッッツ!!!」
感激してマジックが目を潤ませていると、背後からキンタローの声がした。
「シンタローは初めからケーキを作るつもりで昨日の内に材料も全部用意していた。仕事の調整もしていて本当は今日の昼過ぎにケーキ作りを開始、夜には皆でそのケーキを食べながら叔父上の生誕を祝う予定だった。しかし叔父上に付き纏われたせいで、途中でガンマ団を抜け出してケーキを作っておくという事ができず夕方にはあらかた終了するはずだった仕事もプレッシャーの為か思いの外長引いてしまい、予定は大幅に狂う事に。結局強引に叔父上をまいて何とか12時を過ぎる前にと焦ってケーキ作りをしていた訳だが、何故か驚異的な叔父上の勘によってシンタローの居場所はバレてしまい現在に至る」
「ハッハッハ、長ゼリフで説明ありがとう」
「てンめぇッ!キンタロー!」
裏切り者ー!と怒り狂うシンタローをマジックはまぁまぁと宥める。
結果としてはキンタローのおかげでシンタローの気持ちが分かったので、随分寛大な気分になっているらしい。
怒られてヘコんでいるへたれな紳士は、グンマが「はいはいキンちゃんも頑張ったんだよね~」とテキトーに慰めた。
いつの間にかキッチンに全員集合してしまい、シンタローは赤くなって「ちっくしょぉ~~」と悔しそうに唸った。
「何でこの俺がこんな羞恥プレイ受けなきゃなんねーンだよッ」
「えッ、シンちゃんはそういうマニアックなプレイがお好き!?」
つい過剰反応したマジックにシンタローはデコピンを食らわせた(かなり手加減はしたが)。
「ッたく……見た目はせっかくコタローにちょーーーっとだけ似てる美少年だっつーのに。中身は普段のまんまだナ!」
「そんなパパが大好きなんだよね、シンちゃんは!」
「ハァ?頭腐ってンのかテメーは!」
「だってケーキ作ってくれたじゃない」
「……ッ」
痛いところをつかれてシンタローはぐっと言葉に詰まった。
「あっ、シンちゃん赤くなってる!かわい~」
余計なツッコミをしたグンマにシンタローは「うっせー!泣かすぞグンマッ!」と子どもの頃からのお決まりのセリフを吐いた。
だが子どもの頃と違い、グンマは怯えた様子も無く「やっぱり仲良しさんだね~シンちゃんとおとーさま」とのほほんと笑っている。
その隣でキンタローが少しだけ複雑そうな顔をして「……」と黙り込んでいた。
キンタローの表情は、ちょうど母親(この場合シンタローの事である)を取られてムッとしている子どものそれとよく似ていた。
俺の周りはガキばっかか!とシンタローは思わず脱力した。
その力が抜けた時を見計らったように、
「ありがとうシンちゃん。大好きだよ」
本当に嬉しく嬉しくて仕方ないという顔をして、マジックが笑った。
油断したところをつかれて、シンタローはますます赤くなってしまい悔しそうに「くそ……」と呟いて顔を背けた。
「ねぇシンちゃん!せっかくだから、一緒にケーキ作りしよう?」
「……ハァ?何でだよ、今日はアンタの誕生日なんだから大人しく待っとけ」
「子どもの時は毎年一緒に作ったじゃない」
「そりゃ……でも、ガキの頃の俺はほとんど何もできなかったから、結局親父が一人で作ってたようなもんじゃねーか」
「違うよ。二人で作ったからあんなに美味しかったんだよ?あのケーキは」
「……」
優しい笑顔で言われて、シンタローは黙り込んだ。
ね?と顔を覗き込まれてしまっては逃げ場も無い。
この歳になって息子と父親が一緒にケーキ作り……想像すると鳥肌が立つ。
だが、そんな顔を見せられてしまっては、抵抗などできるはずもなく。
「…………あと残ってる作業なんて、デコレーションくらいのもんだぞ」
ぽそ、と呟くように言うシンタローに、マジックは満面の笑みで「うん!」と頷いた。
「――キンちゃん、僕らはもう行こ」
「……なに?だが俺はまだ」
「いーからいーから!二人っきりにしてあげようよ。今日はおとーさまの誕生日なんだよ?」
渋るキンタローの背を強引にグイグイ押して、グンマはキッチンを出る間際に一度だけ振り向くと、マジックに向かってイタズラっぽくウインクしてみせた。
バイバイ、と手を振ってキンタローと共にキッチンを出て行く。
マジックは小さく苦笑して、心の中でグンマに礼を言った。
そのやり取りに気付かなかったのかそれとも気付かないフリをしているのか、シンタローは腕まくりをすると「親父!早く手ぇ洗ってコッチ来いよ!」とぶっきら棒に呼びかけた。
マジックは飼い主に呼ばれた犬のように、「はいはいシンちゃーん!」とご機嫌で駆け寄った。
綺麗に石鹸で手を洗い、シンタローと同じように腕まくりをする。
マジック専用のピンクのエプロンはサイズがかなり大きかったが、まぁ着れない事はないだろう。戸棚から出してしっかりと身につける。
ぶかぶかのエプロンをつけたマジック少年の姿にシンタローがまた鼻血をふいたりもしたが、和やかに親子のケーキ作りは進んだ。
フルーツを切る為にマジックが包丁を握ると、シンタローは心配そうにチラチラと視線を送る。
中身はマジックだと分かってはいても、子どもに刃物を握らせる事に抵抗があるのだろう。
「……オイ、指切ったりすンなよ?」
「大丈夫だよ。パパがお料理上手だって事、シンちゃんが一番よく知ってるだろう?」
「そりゃまぁそーだけど……って、包丁持ってる時はよそ見禁止ッ!」
過保護とも言えるシンタローの言葉に、マジックは堪えきれなくなってくっくっ、と笑いをもらした。
シンタローはムッとして口をとがらせる。
「あンだよ。何か文句でもあンの?」
「いや、そうじゃないけど。――何だか立場が逆転したみたいだね。昔はパパがハラハラしながらシンちゃんを見てたんだよ?」
懐かしいなぁ、とマジックは目を細めた。
シンタローは子どもの時から手先が器用だったが(よくお手製の殺傷力抜群の罠でマジックを翻弄してくれたものだ)、どうも向こう見ずなところがある。
しかも筋金入りの負けず嫌いだから、「お前にはまだ無理だよ。パパがやってあげるから、貸してごらん」などと言おうものなら「いーよ、俺がやるッ!」とムキになって絶対に包丁を渡そうとしなかった。
その結果、楽しいはずの親子の料理教室が危険な流血ショーになってしまった事も幾度かある。
怪我そのものは毎回そう大したものではなかったのだが、まだまだ甘えん坊だったシンタローは怪我をする度に泣いたので、それを見たマジックが鼻血をふいて被害が拡大――というのがパターンだったのだ。
その後はしょんぼりしているシンタローをマジックが抱き上げて散々甘やかし――――と、そこまで思い出したところで現在のマジックはシンタローの方を見た。
シンタローも子どもの頃の事を思い出していたのか、バツが悪そうな、照れ臭いような表情を浮かべている。
マジックがこちらを見ているのに気付くと、フンッとそっぽを向いた。
「今はアンタがガキだろ。せいぜい怪我しねーように気ぃつけるンだな」
「心配してくれてありがと、シンちゃん」
「だ~れが心配なんかすっか!」
ケッ、と悪態をつき、シンタローはスポンジに生クリームを塗る作業を始めた。
綺麗に塗れたらマジックが切ったフルーツを乗せて、また上からクリームを乗せていく。
何段か重ねて、最後に丁寧にデコレーションを済ませれば立派なバースデイケーキが出来上がった。
「――おしッ、完璧!どーだよ親父、うまそーだろ!?」
自慢げに言うシンタローに、マジックはニコニコして頷いた。
「ああ、とっても美味しそうだね。流石シンちゃん!」
「今回は親父にも手伝わせてやったけどナ。俺一人でもちゃんと出来ンだぜ?」
「もちろん!シンちゃんの腕はパパもよく知ってるよ」
「……まぁ、二人で作ンのも悪くはねーよな」
小さく呟かれた言葉にマジックは「えッ」と反応する。
だがシンタローは何事も無かったかのように「さぁ~て、片付け片付け!」とマジックに背を向けてしまった。
「シンちゃん……」
マジックは聞き返そうかとも思ったが――クスッと笑って、それ以上追求するのはやめた。
意地っ張りなこの息子は、二度は言ってくれないだろう。
「あ、ちょっと生クリーム余っちまったなー。全部使い切るかと思ったンだけど、焦ってたから分量間違ったみてぇだな」
もったいねぇ、と独り言を言って、シンタローはボウルの中の生クリームをどうしたものかと眺める。
それを聞いたマジックはシンタローの隣に並んで弾んだ声で提案した。
「シンちゃん、ちょっとつまみ食いしちゃおうよ二人で!」
「は?つまみ食い?」
「そう。ケーキは後で皆で食べるからまだ手はつけないとして……この余った生クリームくらいなら、今食べちゃってもいいんじゃない?」
「って……クリームだけを?」
シンタローは釈然としない様子で僅かに眉を寄せた。
味見ならまだしも、生クリームだけをつまみ食いしてどうするんだ。
どうせ今夜か明日は嫌ってほどケーキを食うハメになるのに、と。
しかしマジックは「ね?そうしようよ!」とやたら上機嫌で勧めてくる。
シンタローもそこまで反対する理由は特に見つからなかったので、「……ま、いっか。コイツ一応誕生日だし」とマジックに対して寛容な気持ちになり、「わぁったよ」と頷いた。
スプーンを取ってこようとするシンタローをマジックが止める。
「わざわざそんなもの使わなくても、指ですくい取って舐めればいいだろう?」
「あ?……珍しーな、親父がそういう事するなンて」
「たまには、ね」
腐っても英国紳士と言うべきか、マジックはそこら辺のマナーにはそれなりに厳しい。
らしくないマジックの提案にシンタローはいささか驚いて目を瞬かせた。
が、「この量ならどうせ全部食べきっちまうんだし……ま、たまにはいいだろ」と思い直し、スプーンを取ってくるのはやめた。
マジックが先にクリームをすくい取り、ペロ、と一口舐める。
「……うん!甘さ控えめだね。美味しいよ」
シンタローは「とーぜんだろ」と偉そうに返すが、褒められて悪い気はしない。
自分も一すくいして口に運ぶと、上品な甘さが口内に広がった。
――あまり認めたくはないが、自分の作るケーキはマジックの作るケーキとよく似た味がする。
無意識の内に同じ味を再現しようとしてしまっているのか、それともマジックの作るケーキが自分の好みにムカつくくらいにピッタリなのか。
どちらかは分からないが、どちらにしろ、マジックの影響を色んな意味で強く受けてしまっているのは間違いない。
幼い頃のあの優しい思い出は、結局二人で共有しているのだ。
シンタローはほんの少しの間、昔を思い出してぼんやりとした。
くすぐったくて照れ臭い、が、悪くはない。
「シンちゃん?どうしたの、ぼーっとして」
「……ン?ああ、いや……何でもねーよ」
顔を覗き込まれて、シンタローは珍しく穏やかな口調で答えた。
「……あ。シンちゃん、生クリームがついてるよ?」
「え、マジ?どこ?」
「拭いてあげるから、ちょっとしゃがんで」
「ん」
シンタローは素直にしゃがんだ。
マジックの両手が伸びて、シンタローの頬を優しく撫でる。そのままサイドの髪を愛おしむように梳いた。
生クリームを拭う仕草ではない。
きょとんとするシンタローに、マジックは微笑みかけた。
「――今日は最高のバースデイだったよ。ありがとう、シンタロー」
避ける間もなく、マジックの顔が近づいて。
頬の――唇に近いぎりぎりの場所にちゅっとキスをされた。
離れる間際にぺろりとそこを舐められる。
「……なッ!?」
驚いてシンタローは口をパクパクさせるが、マジックはそれさえも愛しそうに眺めて微笑んでいる。
「……テメッ、また嘘かよ!」
顔を真っ赤にして昼間の不意打ちのキスを思い出してそう怒鳴るシンタローに、マジックはアハハ、と声に出して笑った。
「今回はホントだよ。唇の横についてたクリーム、甘くてとっても美味しかった」
ごちそーさま、とウインクされてシンタローは拳を握り締める。だが美少年姿のマジックにはどうしても攻撃できない。
タチがワリー……!と忌々しげに呟いた。
「ねぇ、シンちゃんもパパにキスしてよ」
「……はッ!?寝ぼけてンのかクソ親父!?」
「唇にとは言わないから、せめてほっぺたにキスしてほしいな~」
「しねーよ!夢見ンなイイ歳して!」
「子どもの頃はしてくれただろう?」
それに、と続けられた言葉にシンタローは「うっ……」と詰まった。
「今年はまだ、ハッピーバースデイを聞いてないよシンタロー」
「……」
ちくしょう……とシンタローは小さく唸る。
どうして歳を取ってもコイツはコイツのままなのか。
シンタローが大人になっても。シンタローが本当の息子じゃないと分かっても。
向けられる眼差しは変わらない。
鬱陶しいまでに、愛を囁いてくる。
――シンタローは暫し思案してから、「ハァ……」と深く溜息をついた。
じっと自分を見つめる青の瞳。
子どもの姿になっても、感じる気配はマジックのものだ。だからシンタローは、普段ならもっと「コタロー似の美少年!」と過剰に反応するところをギリギリで抑えられていたのだ。
美少年でも。僅かにコタローの面影があっても。コイツはマジックだ、と思う気持ちがどこかでブレーキになっていた。
そうでなければもっとベタベタに甘やかしていたしキスもここまで躊躇しなかっただろう。
マジックだから、ブレーキがかかる。
マジックだから自分はこんなにも特別に感じるのだ。
どんな姿になっても気持ちは変わらない。
表現の仕方は違っても、「変わらない」という点においては同じだ。マジックとシンタローが互いに向ける感情は似通っている。
気付きたくないが薄々気付いてしまって、シンタローは「あーあ……」と天を仰いだ。
しょーがねーか、と男らしく覚悟を決めて。
「――Happy Birthday……父さん」
囁いて、シンタローはマジックの頬にキスをした。
* n o v e l *
PAPUWA~YOUR SMILE~
5/4
~オマケ~
シンタローがキスしたと同時に、突然マジックの身体がぐぐっと膨れ上がる。
シンタローは驚いて「ぅわッ!?」と仰け反った。
「なッ、何だ何だぁッッツ!?」
ビビリまくるシンタローの前で華奢だったマジック少年の身体は見る見る内に成長を遂げ、負荷に耐え切れなくなった真紅のスーツがビリビリと破れていく。
広い肩幅、厚い胸板、美しい筋肉の陰影……子どもらしい柔らかさの残っていた頬はその身体に見合ったシャープな顔立ちへと変貌を遂げる。
「……ッ、う……」
マジックは――元の姿に戻ったマジック(50代も後半戦のナイスミドル)は、低く唸って軽く頭を振った。
急激な身体の変化についていけず苦しそうに荒く息をついていたが、暫くしてふっと身体の力を抜いた。
呼吸も楽になり、いつの間にか瞑っていた目も開けて漸く人心地つく。
目を開けて真っ先に飛び込んできたのは、何故か硬直してこちらを凝視している愛する息子の姿だった。
「……どうしたんだい?シンちゃん」
「…………」
「何をそんなに見つめて――って、おや」
マジックはシンタローの視線を追って自分の姿を見下ろし、事態を悟った。
「そうか、元に戻ってしまったんだね。グンちゃんは明日まではあの姿のままだと言っていたんだがな……」
マジックは少し複雑そうに苦笑いした。元に戻って残念なようなホッとしたような。
だがすぐに笑顔になり、
「でもお姫様のキスで魔法が解けるだなんて、何だか童話みたいだね!」
とメルヘンチックな事を口走った。
呪いを解くのは王子のキスだろーが!と即座にツッコミが入るかと思われたが――シンタローは動かない。
いや、正確に言うと動けないのだ。
何故なら、今シンタローの目の前に広がっている光景はというと――
ビリビリに破けた服の切れ端と、ピンクのエプロンだけを纏った無駄に美形な中年男性
――である。
率直に言って、キモイ。怖い。グロイ。
男のロマン・裸エプロンは可愛い女の子がやるからこそ燃えるのであって、決してこのようなマッチョな英国紳士にしてほしい格好ではない。
しかもシンタローは今さっき、その頬にキスまでしてしまったのだ(しかもしかも、平静を装ってはいたが結構ドキドキしていた)。
ドキドキを返せ、いやむしろ全て忘れさせてくれ、とシンタローは心の底から思った。
苦虫を百匹は噛み潰したような顔をしている息子に、妙なところで空気の読めない父親はニコニコしながら顔を近づけたが、
「……ねぇシンちゃん!やっぱりパパ、キスは唇にしてほし」
「死・ねぇぇぇぇぇぇッッツ!!!」
希望は叶う事無く、遠慮も会釈も無いシンタロー渾身の蹴りが炸裂して彼はキッチンに沈んだ。
「……ばっかじゃねーーーの!?」
シンタローは顔を赤くしてそう吐き捨てると、完成したケーキだけを持ってずんずんと足音も荒くその場を立ち去った。
「ほ、ほんとうに容赦無いなぁシンちゃんは……パパが戻った途端にコレかい?」
ボロボロになりながらも何とか身を起こしたマジックは、「……おかげで可愛くて可愛くて仕方ないよ」とまた懲りない事を呟いて、やれやれ、と笑った。
翌日。マジックのバースデイパーティーがグンマとキンタロー主催で行われ、シンタローがマジックと共に作ったケーキは皆で美味しく食べられる事となった。
シンタローの機嫌はまだ下降したままでマジックの方をろくに見ようともしなかったが。
マジックの、
「コタローのバースデイケーキは、私とお前とグンマ、キンタローの四人で作ろうね」
という一言に、ちらっと彼の方を見やり
「……。もうつまみ食いはナシだかンな」
わざと嫌味っぽく低い声でそう答えた。
「お前が望むのなら」
「しねぇって?」
「ああ、しないよ。お前がしてほしくないと、本当に望むのならね」
からかうような見透かすようなその言葉にシンタローは一瞬ムッとして眉を寄せたが、グンマやキンタローが美味しそうにケーキを食べているのが目に入り、不機嫌な顔を持続させるのは難しくなった。
「……親父」
「何だい?シンタロー」
「コタローのケーキは、世界で一番うまいの作ってやろーぜ」
マジックは「もちろん!」と即答してシンタローにウインクしてみせた。
シンタローはわざと呆れたフリをして「ばーーーか」と悪態をつき
漸くマジックに笑顔を見せた。
~END~
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