* n o v e l *
PAPUWA~君に触れる僕の手~
1/2
ポタリ。
――ポタリ。
「…………」
熱い雫が、俺の頬を濡らす。
それを拭いもせず、瞬きもせずに。俺は俺の上で静かに泣く男を見上げる。
「シンタローはん……」
かすれた声で俺の名を呼んで、そいつはまた一つ、雫を落とした。
熱い。
俺に触れる指も、唇から零れる吐息も、その涙も雫も、信じられねぇ程に熱くて。
「……馬鹿じゃねぇの、お前」
嘆息して、俺はそいつ――アラシヤマの髪を、くしゃりと乱暴な仕草でかき混ぜる様に撫でてやった。
「ほんっっっっとに、馬鹿だろてめぇ!!なぁぁんど言ったら分かるんだよ?ああん!?俺の許可無く汚すんじゃねぇーッ!!!」
「ゆ、許しておくれやす~シンタローはん!わ、わても何とか堪えよう思うとるんどすぅ~」
「思うだけじゃ意味ねぇんだよッ!次ふいたらマジ殺す、つーか今すぐ一回殺るから二度殺す」
「そ、そないな殺生な……!ああっ、でもイケズなシンタローはんも大好きどすえ?」
「聞いてねぇよンな事はッ!」
ったく……と呟いて、俺は汚れたシーツを洗う手に力を込めた。
汚れた、と言っても、別に色っぽいもんじゃねぇ。まぁ確かに血痕がついてたりシワが寄ってたりして一見アレした後のシーツっぽくも見えるが……。
「どーしてくれんだよコレ?鼻血は落ちにくいんだぞ!勝手に人が寝てる布団に潜り込んできやがって……鼻血ふいてんじゃねぇよこの引きこもり」
ぶつぶつと愚痴る俺に、アラシヤマは隣で土下座しながら「へぇ…!ほんま、すんまへん!!」と申し訳無さそうに謝っている。
勝手に添い寝した上に、人の上に乗っかって鼻血垂らしてる変態に気付いたのは、昨日の深夜……いや、もうとっくに日付けが変わって今日になった時の事だった。
『…………何やってんの、お前』
『え?!え、えーと……し、シンタローはんと友愛の契りを結びに…』
『キショイ事言ってんじゃねーよ眼魔ほ…ッ!』
『ちょっ、ちょっと待っておくれやすー!!』
いつもならそのまま吹っ飛ばすところだが、隣でパプワとチャッピーが熟睡してんのを思い出して辛うじて踏み止まった。別にそんくらいの事でこのスーパーお子様達が起きるとも思えねぇが、まぁ何となく。いつにも増して挙動不審な目の前の引きこもりに、ふと違和感を感じたというのもある。
『んだよ、何か言い訳でもあんのかぁ?ちょっと待ってやるから言ってみろ。あとその鼻血を拭いてさっさと俺の上から退け』
『へっ?ゆ、許してくれはりますのん?』
『許すなんて一言も言ってねぇよバーカ。パプワ達が起きるかもしんねぇから、眼魔砲は今は勘弁してやってるだけだ』
今は、というところにわざとアクセントを置いて、ケッと嫌そうに顔を背けてやると、アラシヤマは「し、シンタローはぁ~ん!」と情けねぇ声を出した。
『じ、実は……今日来たのはちゃんとした理由があっての事どす。今日は特別な日やから……シンタローはんに一番に会いたかったんどすえ』
アラシヤマの言葉に俺は「はぁ?」と眉をひそめた。
特別な日?確か今日は九月十一日……いや、もう日付け変わってるから十二日か。
『……』
『……』
ドキドキ、と何やら期待してるらしい面持ちで俺を見つめるアラシヤマからさり気に目をそらしつつ、俺は寝起きでまだ上手く回らない頭をぼんやりと働かせる。
何かあったっけか?今日。思い出せねぇなー。
『……つーか、さっさと退けって言わなかったか?俺。鼻血も拭け変態』
『鼻血は気合で止めましたえ!これはもう乾いとるんどす!』
『いやマジでキモイから。なに偉そうにしてんだよ。つか退けってもう三回目だぞテメ』
最終勧告、と付け足して不機嫌に睨んでやったが、アラシヤマは退く様子が無い。妙にきっぱりと「嫌どす、退きまへん」と返して、俺のシャツの胸元をギュッと握り締めた。
その様子に眉間にシワが寄るのを感じながら、俺は低い声で言った。
『いい加減にしとけよアラシヤマ。なに、オメー。俺にぶっ殺されにきたワケ?死ぬ程めんどくせぇけど、そんなに死にてぇなら……』
『そんなんと違いますッ!』
『……っ?』
思わぬ激しさで言葉を遮られ、俺は驚いて目を見開いた。
そんな俺を見て、アラシヤマは一瞬後悔した様に目線をそらしたが、下唇を噛むとすぐにまた俺を真正面から見た。
『ほんまに……分かりまへんの?今日が何の日か』
そっと、躊躇いがちに指先で俺の頬に触れ。
線をなぞる。
唇に親指を当てられて、何故か、ぞくりと背筋が震えた。
『……わかんねぇな。何の日だよ?』
『……ほんまにイケズなお人や。ここまで来ると鈍いんとちゃいます?まぁそないなとこも好きやけど……』
『んだとテメ……っ』
カッとして悪態を吐こうとするが、口を開けるとアラシヤマの指に舌先が触れてしまい、慌てて言葉を飲み込んだ。
アラシヤマはほんのりと頬を紅潮させて、その指で俺の唇をゆっくりとなぞる。
『……ッ』
乾いた指が、妙に艶かしい動きで唇を撫でていく。むず痒い様な気色悪い様な、変な感覚に確かな「色」を感じてしまい、俺は咄嗟にアラシヤマの手を跳ね除けようとした。
『照れ屋どすなぁシンタローはんは』
だが一瞬早く手を引いたアラシヤマは、さっきまで俺の唇に触れていた自分の親指をペロリと舐め、チュッと音を立てて口付けた。赤い舌が挑発する様にひるがえり、嬉しそうに口の端がにんまりと上がる。
『間接チューどす』
『ぶっ殺ぉぉぉーす』
『お、怒らんといておくれやすシンタローはんっ。か、かかか軽いジョークやないどすか!?』
俺の本気の怒気に気付いたのか、アラシヤマは慌てて指を離した。
そのくせ、いまだに俺の上から退く気配は無い。
『~~ッ、あーイライラする!何なんだよマジでオメーは!?用がねぇならとっとと帰れ!眼魔砲食らわすぞ!!』
『せやから用はあるんどす~!心友のシンタローはんならきっと分かってくれると思うとりましたんに!』
『友達は夜這いなんかかけねぇし鼻血はふかねぇ。いい加減目ぇ覚まして現実を見ろニッキ臭い引きこもり。頭の病院紹介してやろうか?』
冷ややか~な目で親切にも指摘してやると、アラシヤマは血の涙を流してどこからともなく取り出したハンカチの端をそっと噛んだ。
『フ、フフフ……シンタローはんの言葉はいつもわての胸深くに突き刺さりますなぁ。これも歯に衣着せぬ真の友達やからやろうか……』
『確実に友情も愛も無いがな。行ったっきり帰ってこれねぇ真の一方通行だ』
つーかハンカチを噛むな。
アラシヤマはふう、と一つ大きく溜息をつくと、恨めしそうな目で俺を見下ろした。
『今日はわての……』
PAPUWA~君に触れる僕の手~
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ポタリ。
――ポタリ。
「…………」
熱い雫が、俺の頬を濡らす。
それを拭いもせず、瞬きもせずに。俺は俺の上で静かに泣く男を見上げる。
「シンタローはん……」
かすれた声で俺の名を呼んで、そいつはまた一つ、雫を落とした。
熱い。
俺に触れる指も、唇から零れる吐息も、その涙も雫も、信じられねぇ程に熱くて。
「……馬鹿じゃねぇの、お前」
嘆息して、俺はそいつ――アラシヤマの髪を、くしゃりと乱暴な仕草でかき混ぜる様に撫でてやった。
「ほんっっっっとに、馬鹿だろてめぇ!!なぁぁんど言ったら分かるんだよ?ああん!?俺の許可無く汚すんじゃねぇーッ!!!」
「ゆ、許しておくれやす~シンタローはん!わ、わても何とか堪えよう思うとるんどすぅ~」
「思うだけじゃ意味ねぇんだよッ!次ふいたらマジ殺す、つーか今すぐ一回殺るから二度殺す」
「そ、そないな殺生な……!ああっ、でもイケズなシンタローはんも大好きどすえ?」
「聞いてねぇよンな事はッ!」
ったく……と呟いて、俺は汚れたシーツを洗う手に力を込めた。
汚れた、と言っても、別に色っぽいもんじゃねぇ。まぁ確かに血痕がついてたりシワが寄ってたりして一見アレした後のシーツっぽくも見えるが……。
「どーしてくれんだよコレ?鼻血は落ちにくいんだぞ!勝手に人が寝てる布団に潜り込んできやがって……鼻血ふいてんじゃねぇよこの引きこもり」
ぶつぶつと愚痴る俺に、アラシヤマは隣で土下座しながら「へぇ…!ほんま、すんまへん!!」と申し訳無さそうに謝っている。
勝手に添い寝した上に、人の上に乗っかって鼻血垂らしてる変態に気付いたのは、昨日の深夜……いや、もうとっくに日付けが変わって今日になった時の事だった。
『…………何やってんの、お前』
『え?!え、えーと……し、シンタローはんと友愛の契りを結びに…』
『キショイ事言ってんじゃねーよ眼魔ほ…ッ!』
『ちょっ、ちょっと待っておくれやすー!!』
いつもならそのまま吹っ飛ばすところだが、隣でパプワとチャッピーが熟睡してんのを思い出して辛うじて踏み止まった。別にそんくらいの事でこのスーパーお子様達が起きるとも思えねぇが、まぁ何となく。いつにも増して挙動不審な目の前の引きこもりに、ふと違和感を感じたというのもある。
『んだよ、何か言い訳でもあんのかぁ?ちょっと待ってやるから言ってみろ。あとその鼻血を拭いてさっさと俺の上から退け』
『へっ?ゆ、許してくれはりますのん?』
『許すなんて一言も言ってねぇよバーカ。パプワ達が起きるかもしんねぇから、眼魔砲は今は勘弁してやってるだけだ』
今は、というところにわざとアクセントを置いて、ケッと嫌そうに顔を背けてやると、アラシヤマは「し、シンタローはぁ~ん!」と情けねぇ声を出した。
『じ、実は……今日来たのはちゃんとした理由があっての事どす。今日は特別な日やから……シンタローはんに一番に会いたかったんどすえ』
アラシヤマの言葉に俺は「はぁ?」と眉をひそめた。
特別な日?確か今日は九月十一日……いや、もう日付け変わってるから十二日か。
『……』
『……』
ドキドキ、と何やら期待してるらしい面持ちで俺を見つめるアラシヤマからさり気に目をそらしつつ、俺は寝起きでまだ上手く回らない頭をぼんやりと働かせる。
何かあったっけか?今日。思い出せねぇなー。
『……つーか、さっさと退けって言わなかったか?俺。鼻血も拭け変態』
『鼻血は気合で止めましたえ!これはもう乾いとるんどす!』
『いやマジでキモイから。なに偉そうにしてんだよ。つか退けってもう三回目だぞテメ』
最終勧告、と付け足して不機嫌に睨んでやったが、アラシヤマは退く様子が無い。妙にきっぱりと「嫌どす、退きまへん」と返して、俺のシャツの胸元をギュッと握り締めた。
その様子に眉間にシワが寄るのを感じながら、俺は低い声で言った。
『いい加減にしとけよアラシヤマ。なに、オメー。俺にぶっ殺されにきたワケ?死ぬ程めんどくせぇけど、そんなに死にてぇなら……』
『そんなんと違いますッ!』
『……っ?』
思わぬ激しさで言葉を遮られ、俺は驚いて目を見開いた。
そんな俺を見て、アラシヤマは一瞬後悔した様に目線をそらしたが、下唇を噛むとすぐにまた俺を真正面から見た。
『ほんまに……分かりまへんの?今日が何の日か』
そっと、躊躇いがちに指先で俺の頬に触れ。
線をなぞる。
唇に親指を当てられて、何故か、ぞくりと背筋が震えた。
『……わかんねぇな。何の日だよ?』
『……ほんまにイケズなお人や。ここまで来ると鈍いんとちゃいます?まぁそないなとこも好きやけど……』
『んだとテメ……っ』
カッとして悪態を吐こうとするが、口を開けるとアラシヤマの指に舌先が触れてしまい、慌てて言葉を飲み込んだ。
アラシヤマはほんのりと頬を紅潮させて、その指で俺の唇をゆっくりとなぞる。
『……ッ』
乾いた指が、妙に艶かしい動きで唇を撫でていく。むず痒い様な気色悪い様な、変な感覚に確かな「色」を感じてしまい、俺は咄嗟にアラシヤマの手を跳ね除けようとした。
『照れ屋どすなぁシンタローはんは』
だが一瞬早く手を引いたアラシヤマは、さっきまで俺の唇に触れていた自分の親指をペロリと舐め、チュッと音を立てて口付けた。赤い舌が挑発する様にひるがえり、嬉しそうに口の端がにんまりと上がる。
『間接チューどす』
『ぶっ殺ぉぉぉーす』
『お、怒らんといておくれやすシンタローはんっ。か、かかか軽いジョークやないどすか!?』
俺の本気の怒気に気付いたのか、アラシヤマは慌てて指を離した。
そのくせ、いまだに俺の上から退く気配は無い。
『~~ッ、あーイライラする!何なんだよマジでオメーは!?用がねぇならとっとと帰れ!眼魔砲食らわすぞ!!』
『せやから用はあるんどす~!心友のシンタローはんならきっと分かってくれると思うとりましたんに!』
『友達は夜這いなんかかけねぇし鼻血はふかねぇ。いい加減目ぇ覚まして現実を見ろニッキ臭い引きこもり。頭の病院紹介してやろうか?』
冷ややか~な目で親切にも指摘してやると、アラシヤマは血の涙を流してどこからともなく取り出したハンカチの端をそっと噛んだ。
『フ、フフフ……シンタローはんの言葉はいつもわての胸深くに突き刺さりますなぁ。これも歯に衣着せぬ真の友達やからやろうか……』
『確実に友情も愛も無いがな。行ったっきり帰ってこれねぇ真の一方通行だ』
つーかハンカチを噛むな。
アラシヤマはふう、と一つ大きく溜息をつくと、恨めしそうな目で俺を見下ろした。
『今日はわての……』
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