* n o v e l *
PAPUWA~酒は飲んでも…?~
1/2
「ちょっと抜けるわ、俺。オメーらテキトーにやっといて」
「ん?どしたべシンタロー。なんかあっただか?」
「いや、少し酔っちまったみてぇだから、風に当たってくる」
赤い顔をしたミヤギが、上機嫌で「そっか~、はよ戻って来いよシンタロー!」と笑い、杯を持った手を軽く上げた。
それにおう、と答えてシンタローは多少ふらつきながらも、盛り上がっているその場を後にした。
――任務を終えて、団員達の間には心地好い疲労と達成感、充足感めいたものが広がっていた。
今回の任務は遠征期間が長かった上に、シンタローと伊達衆を加えていても困難極まる内容であった。
それ故に相手組織の降伏――Mission completeの報せが届いた時、団員達は沸き返った。
そんな彼らを自身も満足気に眺めながら、シンタローはふと、
(そういや、最近酒飲んでねーな~。確か帰還予定時刻にはまだ間があったはずだし……)
「――ヨシ、久しぶりにハメ外させてやっか!」
ニッと笑い、シンタローは団員達に「オメーら今から酒盛りすっぞーーッ!!街に降りっからついて来い!!」と宣言したのであった――
それがおよそ4時間前の事である。
シンタローはほてった頬を軽く叩きながら、盛り上がっている酒場から少しずつ遠ざかっていく。
ひんやりとした夜の空気を肺いっぱいに吸い込むと、自然と頬が緩んだ。
厳しい任務だったが、仲間に死傷者が出る事は無くこうして皆で馬鹿騒ぎに興じる事ができる。
あと数時間もすればこの国を出て、また次の仕事をこなしていかなければならない訳だが……一人も欠ける事無く、また次の地へ進めるのだという事が、ただ素直に嬉しかった。
いつの間にか鼻歌を歌っていた自分に気付き、シンタローは僅かに苦笑した。
酒のせいもあるのだろうが、どうも今夜の自分は浮かれすぎている。
同じく浮かれまくっているであろう仲間達と騒ぐのも悪くはないが――その前に、少しは頭を冷やそうと人気の無い方へ足を向ける。
べろんべろんに酔って、飛行艇の上で二日酔いにダウンする総帥というのはやはり誰も見たくはないだろう。
それ以前に、「そんな姿さらしてたまっかよ!」という彼自身の意地もある。
士官生時代からの付き合いになる、伊達衆の面々が揃っているのだから尚更だ。
後でからかわれるのも嫌だし、酔っ払った彼らに「士官生の時のシンタローはこんなんで」云々と若かりし頃の赤っ恥武勇伝を目の前で語られるのも、勘弁願いたかった。
酒は飲んでものまれるな。
先人の有り難い言葉を噛み締めて、シンタローは夜道を進む。
団員達と飲んでいたのはどちらかといえば街外れの酒場である。シンタローは暫くぶらぶらと歩いてから、街の明かりが随分遠いところにあるのに気付いた。
いつの間にかかなりの距離を来てしまったようだ。辺りは暗く、酒場の喧騒もここには届かない。
シンタローは道を外れて、大きな木の下に腰を下ろした。
手を地面に着くと、柔らかな草の感触。
シンタローは木にもたれて空を見上げた。
緩やかな高揚と、それとは相反する穏やかな波。
目を閉じれば心地好い睡魔が襲ってきた。
「……シンタローはん知りまへんか?」
「ああ~?スンタロぉ~?」
「そうどす、姿が見えまへんけど……あんさんさっきまで、あのお人の近くの席、陣取ってたでっしゃろ?」
図々しい、と言わんばかりの不機嫌な眼差しを向けるアラシヤマに、ミヤギよりもその隣にいるトットリの方が過敏に反応した。
「なに言いがかり付けとるんだっちゃアラシヤマ。お前、自分がシンタローの隣に座らせてもらえんで妬いとるだけだわいや!」
「わてはあんさんらと違うて、遠慮深いだけどす!……そもそもあんさんには聞いてまへんわ、どうせ知らへんのやろ?酔いどれ忍者はん」
「一人ぼっちの酒で酔いもできんかったヤツに、偉そうな口きかれたくないだっちゃ!」
「……あんさんホンマに腹立ちますなぁ~」
「お前ほどじゃないわな」
互いに忌々しそうに睨み合う。
――事実、酒場に着くなり張り切ってシンタローの隣を取ろうとしたアラシヤマは、当のシンタローの手によって危うく三途の川を渡らされるところだった。
仕方なく店の隅っこでちびちびと暗く酒を飲むアラシヤマの近くには、完全なブラックホールができていた。
「まぁまぁトットリぃ~、別に怒る事でもねぇべ~?」
既に完全にできあがっているミヤギが、少々呂律の回らぬ様子で上機嫌に割って入った。
「ミヤギくん……」
「スンタローならなァ~、風さ当たり行くってさっき店出て行ったところだべ~?ちょぉっくら酔ったんだと!」
「外に?……迂闊どしたわ、ずっとシンタローはんから目ぇ離さへんようにしてたんに!わての一瞬の隙をついて出て行かはるとは……流石はシンタローはんどすなぁ!」
店の隅っこから執拗にシンタローを凝視し続けていたアラシヤマだが(シンタローは徹底して気付かないフリを続けていた)、ガンマ団員達でぎゅうぎゅうに賑わっている店内では、人影に隠れてシンタローを見失ってしまう事も多い。
視線が外れた隙に、外へ出て行ってしまったのだろう。
シンタローをロストしたアラシヤマが店内をうろつく頃には、もういなくなった後だ。
「まったく……それにしても、そういう事は早く言いなはれ!
シンタローはんッ、今すぐわても行きますえ~ッ!!」
店を飛び出していくアラシヤマを見送って、ミヤギとトットリは「……シンタローも気の毒になぁ~」と全く同じ事を思った。
店を出たものの、シンタローがどこへ向かったのかは分からない。
きょろきょろと辺りを見回したが、少なくとも視界に入る距離にはいないようだ。
シンタローならどこへ行くだろう……普通風に当たるだけと言えば、そう離れた場所へは行かないだろうが。
「……いや、案外遠くへ行ってはるかもしれまへんなぁ。しかも人の多い賑やかな場所よりは……むしろ――」
アラシヤマは暫し思案し――街の明かりに背を向けて、歩き出した。
暗い道を黙々と歩いて、漸くよく知った気配を感じ取り、アラシヤマはそちらに向かって歩調を速めた。
本当に見つけられるとは運がいい、いややはり自分達は心友という絆で結ばれているのだ、とシンタローが聞いたら鳥肌を立てそうな事を考える。
木の下に誰かが座っているのが見て取れた。
昼ならばよく目立つ、長い艶やかな黒髪も夜の闇の中では静かに溶け込んでしまっている。
「……見つけましたえ、シンタローはん」
はやる心を抑えて――だがそれでも弾んでしまう声はどうしようもない――シンタローの前に回りこんだアラシヤマだったが。
シンタローの閉じられた目を見るや否や、慌てて地に膝をつき、顔を覗き込んだ。
「シンタローはんッ?どっか具合でも悪いんどすか!?」
声をかけながら脈を診ようと手を取ると、シンタローが小さく唸って身じろぎをした。
眉間にしわを寄せ、数度瞬きをしてゆっくりと焦点を合わせる。
暫くぼんやりとしていたようだが、目の前にいるのが誰だか分かると眉間のしわが更に深くなった。
「シンタローはん、大丈夫どすかッ?」「うる…せー……寝てただけだ…っつーの……」
シンタローは低い声で不機嫌そうにそう言った。
だがアラシヤマは、シンタローが寝ていただけと分かり安堵して肩の力を抜いた。
「……そら騒ぎもしますわ。こないなとこで寝るやなんて、何かあったらどうしますのん!しかも酒飲んだ後でっしゃろ?急性アルコール中毒でも起こしたんかと思いましたわ」
「あんぐらいの酒で、この俺がどーにかなるワケねーだろ」
大きく欠伸をし、シンタローは手の甲でごしごしと乱暴に目を擦った。
アラシヤマは少し迷ってから、シンタローの隣に腰を下ろした。
シンタローは一瞬嫌そうな顔をして「……げっ」と呟いたが、動くのが億劫なのか、避けようとはしなかった。
調子に乗って更に距離を詰めようとしたアラシヤマだが、無言でシンタローが手を上げるのを見て、慌てて「すんまへん調子乗りましたッ!」とぶんぶん首を振ってそれ以上近づかないとアピールした。
シンタローは少し呆れたような顔をしてアラシヤマを眺め、やれやれ、と溜息をつくと眼魔砲を撃とうとしていた手を下ろした。
「……ホンマ、こないなところで何してはったん?眠いんやったら飛行艇に戻るとか、酒場の上の部屋で仮眠取るとか色々あったんやないどすか?」
「俺が飛行艇に戻りゃあ宴会はお開きになっちまうし、寝に行っても場の空気が白けンだろ。……べっつに付き合う必要はねーのに、どいつもこいつも俺に気ィ遣いやがるかンな」
木の幹にトン、と頭をつけて、シンタローはフッと短く息を吐き出した。
だがその言葉にアラシヤマの表情が一瞬翳ったのを見て取って、シンタローは「あ~……」と少しバツが悪そうに頭をかいた。
「オメーまで余計な気ィ回すなって、気持ちワリーな。……俺は平気だから」
「シンタローはん……」
「総帥を継ぐって決めた時から、腹はくくってる。周りの態度が変わっちまうのも、しゃーねーだろ。今更あーだこーだ言うほどガキじゃねーよ」
「……そうどすか」
「あァ」
アラシヤマはそれ以上踏み込もうとはしなかった。
辛くないか、と訊ねるのは、シンタローを侮辱する事になる。
辛くないはずがない、重くないはずがない。
だがそれを口にはしたくないと言外に告げた彼の想いを、尊重したかった。
シンタローは「それに」、と先程よりもやや軽い口調で続けた。
「いい加減ヤローばっかの酒盛りにも飽き飽きしてたからな~。酔い覚ます為に外に出たら、いつの間にかこんなトコに来ちまってたンだよ」
まだ酔いが残っているのか、シンタローはいつもよりも砕けた様子で「気ィついたら寝てた」とあっけらかんと言って笑った。
その久しぶりに見る、まだ幼さを残した笑顔にアラシヤマもまた肩の力が抜けるのを感じた。
シンタローの言葉一つ、表情一つが、こんなにも影響力を持っている。彼の周りの、全ての人間に。
「素敵どすぅ~シンタローはんッ!」
思わず乙女チックに両手を頬に当てて「流石わての心友!!」とはしゃぐと、シンタローは「はァ!?……何言ってンのおまえ」と盛大に眉をひそめて思いっきり引いた顔をした。
「付き合ってらんね」
ケッと吐き捨てて立ち上がろうとしたシンタローだが――ふと考え直したように、上げかけた腰をストンとまた地面に下ろす。
「シンタローはん?どないしましたんや?」
「ん……今立ったら多分俺、足ふらついてる」
「はぁ~?どういうい――ッたぁ!?い、いきなり何しはりますのん!?」
予想外の言葉に首を傾げたアラシヤマの頭を意味も無く拳で叩き落し、シンタローは再度木の幹に背中を預けた。
「さっきまではそんなんでも無かったンだけどな~……何か思った以上に酒回ってるっつーか……また眠くなってきた」
「眠いて……ココで寝はるおつもりどすか!?あかんッ、風邪ひきますえー!」
「うっせーなァ、俺は眠いンだよ。今ココで寝たらぜってー気持ちイイ!」
「気持ちええとか気持ち悪いとかそんな問題ちゃいますやろ!」
「あ~うっせーうっせー」
耳を両手で押さえて「聞こえません」ポーズを取るシンタローにアラシヤマは尚もしつこく「寝たらあきまへんッ、寝たら危険どすえ~ッ!」と訴えかけていたが、イラついたシンタローに5回ほど殴られると、漸く静かになった。
諦めた顔をしてはぁ~と息をつくアラシヤマを前に、シンタローは軽く伸びをして大きな欠伸をした。
――そのリラックスした様子を見ていると、段々アラシヤマもまぁ仕方ないか、という気分になってきた。
「……まぁ今回は大目に見まひょ。任務も終わった事やし、無礼講どすな」
「何ブツブツ言ってンの?オメー」
「何でもありまへん。……シンタローはん、そう長居はさせられまへんえ?そろそろ帰るべきやと判断したら、わてが眠ってはるシンタローはんをおぶって帰りますわ」
「素直に起こせ。オメーにおぶわれるくらいなら這ってでも自分の力で帰る」
「それやとわての楽しみが……!」
「何を楽しむ気だテメーは!?」
思わず怒鳴ったシンタローだが、その拍子にぐらりと身体が傾いだ。
目の前の風景が一瞬ブレて、平衡感覚が失せる。
酒+眠気=運動能力低下。
そんな単純な図式が頭の中で回る。
地面に手をつこうとするが、イメージするように素早くは動かない。
アラシヤマを殴ったりして無駄な運動をしたのも良くなかったのかもしれない――などと呑気に考えていたシンタローの身体に、その当のアラシヤマが両手をするりと回した。
胸に抱き込むようにしてシンタローの身体を安定させ、顔を覗き込む。
「ホンマに酔うてはるんどすなぁ……そないに任務が完了して浮かれてはったんどすか?」
「……うっせ。俺だってたまにはハメ外してーンだよ」
「悪いとは言うてまへん。むしろもっとハメ外すべきでっしゃろ、あんさんは。……眉間のしわ、クセになりますえ?」
「……」
指摘されると余計に眉間に力が入った。
それに気付いたのだろう、アラシヤマは珍しく苦笑したが、「仕方ありまへんなぁ~困ったお人どす」と妙に嬉しそうに言いながらシンタローを腕の中に閉じ込めたままよしよしと頭を撫でた。
「…………今俺が絶好調の状態だったら、テメー成層圏の果てまで吹っ飛んでンぞ」
「せやったら、酒に感謝せなあきまへんな」
今この時ばかりは自分の有利を確信し、アラシヤマは飄々とした態度で言葉を返した。
ついつい口の端がニヤリと上がってしまう。
低く唸るように「テメー覚えてろよ……」と脅しをかけるシンタローであったが、まだ酩酊感が抜けないらしく、アラシヤマに寄りかかっている。
「もっちろん覚えときますえ!わてとシンタローはんの大切な思い出どすぅ~」
「やっぱ今すぐ忘れろ」
「嫌どす。こない大人しゅうしてはるシンタローはんやなんて、滅多に見られるもんやありまへんからな!……シンタローはんらしゅうありまへんが、これはこれでええもんどす。役得やわ、今夜のわて」
堪能させてもらいます、とニヤニヤ笑うアラシヤマの顎に頭突きをかましてやろうかと思ったシンタローだが――その後の惨事を思い浮かべて何とか自制した。
この状態でそんな事をすれば、まず間違いなく自分もかなりのダメージを食らってしまう。
復讐は体調が万全の時にすべきだろう。
こめかみに青筋を浮かべながらも抱き留められた体勢のまま大人しくしているシンタローに、アラシヤマは少し意外そうに目を瞬かせた。
少々浮かれすぎて口を滑らせたきらいのあるアラシヤマは、これは流石に殴られるかもしれない、と危惧していたのだろう。予想していた反応(鉄拳制裁)がこなかった事に、戸惑ったようだ。
「シンタローはん……?そないに眠いんどすか?」
「……。そーだよ、オメーのアホらしい話に付き合ってらんねーくれぇ眠いの俺は」
シンタローは不機嫌そうに、それでも返事を返してやった。
――確かに、らしくない。
自分ではそんなに酔っているつもりは無かったが、これは自覚している以上に浮かれていたのだろう。
傾けた杯の数は、そういえば覚えていない。
中途半端に寝たせいもあって、またうとうとと眠気が襲ってきていた。
触れ合った温もりが、悔しい事に心地好い。
気が付けば、また頭を撫でられていた。
もしかしたらアラシヤマも酔っていたのかもしれない。
「……オイ、それヤメロ」
「それ、って?何ですのん」
「頭撫でンなって言ってンだよ!犬猫じゃあるめぇし、馬鹿にされてっみたいでムカつく」
「そないなつもりはサラサラありまへんが……あえて言うなら、可愛がっておりましたえ?」
「余計ムカつく。つ~か、それは俺に『どうか眼魔砲で気の済むまでぶっ飛ばして下さい』ってオネガイしてンのか?」
「物騒な願い事どすなぁ~。まぁそれもシンタローはんとわてとの友情のスキンシップどすから、喜んで受けますえ!」
「…………」
ムカつく相手を喜ばせたくない。
シンタローはこのポジティブ根暗を失意のどん底に突き落とす方法を本気で模索した。
が、頭を撫でられ続けていては考えに集中できない。
「撫でンなっつーの!」
「シンタローはんの髪、手触りええどすなぁ~」
「聞けよ人の話ッ」
「そないに嫌どすか?頭撫でられるんは」
嫌に決まってンだろ、といつもなら即座に言い返してアラシヤマを殴るところだが。
酔いが回っているシンタローは不覚にもその言葉に少し考え込んでしまった。
「……頭撫でられンのは、あんまり好きじゃねー。…………でも、髪を梳かれるのは……そんなに嫌いじゃねーかも……」
「…………………………。あんさん、相当酔うてはりますやろ」
心の中で「何ですのんその愛らしい答えッ!!?」と絶叫しつつ思わず鼻血をふきそうになったアラシヤマには全く気付かず、シンタローは「ああ~?別に酔ってねーよ」と面倒臭そうに答えた。
アラシヤマの体温が一気に上がった事で、余計シンタローの眠さが増す。
ぽかぽかして気持ちいい……天然のカイロかコイツは、と思いながらシンタローはおもむろに身体を離した。
「あ……もう起きはるんどすか?」
「ンだよ、さっきまで寝るなって騒いでたくせに」
露骨に残念そうな顔をしたアラシヤマの頭を軽くどつき、シンタローは「オイ」と偉そうな態度で呼びかけた。
眠いせいか、いつもよりも俺様度がアップしている。
「へ、へぇ!何どすのシンタローはん」
「正座」
「は?」
「正座しろ」
ぽかんとするアラシヤマにシンタローはイライラした様子でもう一度呼びかけた。
「オイ、聞こえねーのかよ?正座しろっつってンだよ俺は」
「あ、ああ。正座どすな」
何が何だか分からないまま、アラシヤマは慌てて正座をした。
偉そうに腕を組んでいるシンタローの前で、緊張した面持ちで地面に正座するアラシヤマ。
屋外で向かい合う男二人――何ともシュールでマヌケな姿であったが、シンタローは全く何の説明もしないまま「よし」と頷いた。
「悪夢見る事間違い無しっつーくらい思いっきり寝心地悪そうだけど、まァ他に代用できるモンもねーし……しゃーねーから我慢してやっか」
「あのぅ……シンタローはん。なんや色々とこき下ろされとるようどすが、わて、今から何されますのん?」
恐る恐る訊ねたアラシヤマに、シンタローはあっさりと答えた。
「枕の代用」
* n o v e l *
PAPUWA~酒は飲んでも…?~
アラシヤマは上機嫌でニコニコ(シンタローにはニタニタ笑っているように見えた)しつつ、自分の膝をポンポンと叩いた。
「さぁッ、おいでやすぅシンタローはん!!」
「思いっきり行く気が失せた」
「ああッ、またそないなイケズを!シャイどすなぁ~」
やっぱ止めとこうか、とも思ったが、ココから飛行艇なり酒場なりに戻るのも億劫だった。
普段なら絶対に有り得ない事だが、とにかく今は猛烈に眠い。
頭の回転が鈍りまくって正常な判断力が失われているのが自分でも分かる。
シンタローは「コイツはただの枕、コイツはただの枕」と繰り返し呟いた。
アラシヤマの膝にぼすっと頭を乗せると――シンタローはムッと眉を寄せた。
「……固い」
「……そりゃあ男どすからなぁ。オナゴのようにはいきまへんやろ」
チッと舌打ちし、それでも頭を下ろそうとはせず、シンタローはアラシヤマを見上げた。
見上げられた方のアラシヤマは落ち着かない様子で思わず身じろぎしたが、その途端「もぞもぞしてンじゃねーよ!余計寝心地が悪くなンだろ」とシンタローに叱られてしまい、「へぇっ、すんまへん!」と慌てて謝った。
シンタローはアラシヤマの顔をじっと見つめ、ハァ……と嘆息した。
「……オメー、顔は悪くねーンだよなぁ……何だっけ、京美人?あの露出狂のイタリアンがそう呼んでたよナ……」
意外な言葉にアラシヤマは「へッ!?」と素っ頓狂な声を上げた。
シンタローは構わず言葉を続ける。
「女だったら、結構美人だったのかもな、アラシヤマ」
「……あんさん、やっぱ酔うてはりますやろ」
シンタローは「酔ってねーよ」と主張を繰り返したが、アラシヤマは面白がるように軽く眉を上げた。
「そうどすなぁ……わてが女やったら、シンタローはんももうすこぉ~しはわてに優しゅうしてくれはりましたか?」
「あァ?……俺は基本的にはオンナに優しいけど……アラシヤマねぇ~……」
酔いと眠気のせいで思考が上手くまとまらないらしい、シンタローは「うーん……」と唸りながら考え込んでいる。
その様子をますます楽しそうに見つめながら、アラシヤマは問い掛けを少し変えてみた。
「わてが女でも、心友になってくれはりました?」
「今でも心友じゃねぇ」
そこだけは即答したシンタローにアラシヤマはぐさッと心に突き刺さるものを感じた。
つい恨みがましげな視線を送ると、シンタローは鬱陶しそうに顔をしかめる。
アラシヤマは「いけずやなぁ~……」と呟いて先程のシンタローのように嘆息して見せた。
「わて、ホンマに女やったらよかったかもしれまへんな。そしたら、もっとシンタローはんにくっ付いてても怒られへんのやろうし」
酔っていない時でも、膝枕をしてくれとねだってくれたかもしれない。自分が女だったら。
だがそんな風に考えるアラシヤマとは対照的に、シンタローは「……いや、やっぱねーわ。オンナのお前って」と呟いた。
「……?」
「オメーがオンナだったら余計うっとーしい、つーか怖すぎる。眼魔砲でぶっ飛ばすのもちょっとだけ気が引けちまうし。――やっぱオメーはオメーのままで十分だ。今のまんまでいい」
「シンタローはん……」
シンタローからしてみれば何気ない言葉だったのだろうが。
その一言に、アラシヤマは一瞬驚いたように目を見開き……ふっと、表情を和らげてシンタローの髪を撫でた。
シンタローは眠いのか、彼の手を振り解こうとはしなかった。
「おおきに、シンタローはん。わても男でよかった思いますわ」
「何でだよ?」
「男やから、シンタローはんの傍におれるっちゅー時も多いでっしゃろ?」
「……オメーってヤツは、ホントにキモイな」
うんざりとした声音で言い、半眼になって自分を睨みつけてくるシンタローにアラシヤマは声を殺してくっくっと喉を震わせた。
「笑ってンじゃねーよ根暗」
「えろうすんまへん。……そうや、逆やったらどうやろ?シンタローはんが女やったら」
「俺が~……?」
眠いんだけど、と目で訴えるが、アラシヤマはまだ言葉遊びを続けたいようだ。構わずに話を振ってくる。
シンタローは「こういう自分本位なとこがコイツの嫌われる所以だよナ……」と思いながらも、ついつい女の自分を想像してしまった。
「俺がオンナだったら間違いなくサイコーの美女だな」
「きっとプロポーションも抜群どすえ!」
心友大好きの男は即座に同意した。
「下心持った連中が寄って来るんが、容易に想像できますわ。……まぁわてのシンタローはんに言い寄ってくるような身の程知らずの阿呆共は、わてが一人残らず灰にしてやりますえ。安心しておくんなはれ、シンタローはん!」
「……ジョーダンに聞こえねーのがオメーの怖えぇとこだな」
もちろん冗談などではない。何を言っているのだ、ときょとんとするアラシヤマに頭痛を覚えて、シンタローは目を閉じた。
「シンタローはんシンタローはん」
「……今度は何だよ。寝かせろっつーの」
「シンタローはんが女やったら、わての事どう思うと思います?」
相も変わらず下らない質問をする。
薄目を開けてアラシヤマの顔を見やると、アラシヤマはどこかわくわくした面持ちで此方をじっと見つめている。
シンタローは小さく小さく嘆息した。
――ムカつく話だが、ほんとにコイツは顔は悪くはない(中身はサイアクだけど)。
自分がいささか面食いであるという自覚は多少なりとあるので、アラシヤマが異性だった場合、正直少しは傾くかもしれない、と思った。
だが中身がサイアクなので、やはりそれは有り得ないだろうと結論付けた。
「今思ってる事と、何も変わンねーよ」
「……そうどすか。実はわても、そうどす」
「……?」
「シンタローはんが男でも女でも、構いまへん。わてにとっては何よりも大切なお人どす」
「…………。うっせーよ。俺はねみぃんだから、黙って枕になっとけ」
ぶっきら棒に言って今度こそ目をしっかり閉じ、アラシヤマの膝に頭を乗せたまま顔を横に向ける。
――目を閉じる一瞬前、視界の真ん中で心底嬉しそうに笑った男の顔が、暫く網膜に焼き付いて離れそうになかった。
シンタローが眠ったのを確認してから、アラシヤマは彼の髪を梳いた。
さらりと指の間を通るその感触が、心地好くて目を細める。
普段眉間に寄っているシワが取れて、いつもよりも若い――いや、幼い印象の彼の貴重な寝顔を覗き込んで、アラシヤマは鼻歌でも歌いたい気分になった。
無論、シンタローを起こしてしまうので自重したが。
嬉しくて嬉しくて、緩んでしまう口元をどうしても引き締める事ができない。
例え酔っていたからだとしても、シンタローが無防備な姿を自分に見せてくれている事が嬉しかった。
信頼されているのだと自惚れてもいいのだろうか、と思いながら、シンタローの髪に指を絡ませてその滑らかな感触を楽しむ。
――眠りに落ちる前の、交わした会話も飛び上がる程嬉しかった。
どうしてこんなにも、自分が喜ぶような事ばかりを言ってくれるのだろうこの人は(トラウマになるくらいキッツイ言葉も日常的によくくれるが)。
「ホンマに、嬉しおす。わてはあんさんの傍におれて……幸せどすえ」
恭しく捧げ持つような仕草で持ち上げた一房の髪に、そっと口付ける。
もしも今、シンタローが起きていたら即座に眼魔砲の洗礼をアラシヤマに浴びせていたのだろうが……彼はまだ、眠りの底にいる。
子どものように安心しきった寝顔で。
アラシヤマはシンタローの頭を優しく撫でながら、この時間がずっと続けばいいと願った。
――夜が明けるまでの、短い時間。
大切な人が、この手の届く場所にいる――
――と、思ったが。
実際はもっと短かった。
それから30分もしない内にシンタロー捜索隊(伊達衆含むガンマ団員達)に二人は発見され、とんでもない惨劇が繰り広げられる事となったのであった。
酒は飲んでものまれるな
~END~
PAPUWA~酒は飲んでも…?~
1/2
「ちょっと抜けるわ、俺。オメーらテキトーにやっといて」
「ん?どしたべシンタロー。なんかあっただか?」
「いや、少し酔っちまったみてぇだから、風に当たってくる」
赤い顔をしたミヤギが、上機嫌で「そっか~、はよ戻って来いよシンタロー!」と笑い、杯を持った手を軽く上げた。
それにおう、と答えてシンタローは多少ふらつきながらも、盛り上がっているその場を後にした。
――任務を終えて、団員達の間には心地好い疲労と達成感、充足感めいたものが広がっていた。
今回の任務は遠征期間が長かった上に、シンタローと伊達衆を加えていても困難極まる内容であった。
それ故に相手組織の降伏――Mission completeの報せが届いた時、団員達は沸き返った。
そんな彼らを自身も満足気に眺めながら、シンタローはふと、
(そういや、最近酒飲んでねーな~。確か帰還予定時刻にはまだ間があったはずだし……)
「――ヨシ、久しぶりにハメ外させてやっか!」
ニッと笑い、シンタローは団員達に「オメーら今から酒盛りすっぞーーッ!!街に降りっからついて来い!!」と宣言したのであった――
それがおよそ4時間前の事である。
シンタローはほてった頬を軽く叩きながら、盛り上がっている酒場から少しずつ遠ざかっていく。
ひんやりとした夜の空気を肺いっぱいに吸い込むと、自然と頬が緩んだ。
厳しい任務だったが、仲間に死傷者が出る事は無くこうして皆で馬鹿騒ぎに興じる事ができる。
あと数時間もすればこの国を出て、また次の仕事をこなしていかなければならない訳だが……一人も欠ける事無く、また次の地へ進めるのだという事が、ただ素直に嬉しかった。
いつの間にか鼻歌を歌っていた自分に気付き、シンタローは僅かに苦笑した。
酒のせいもあるのだろうが、どうも今夜の自分は浮かれすぎている。
同じく浮かれまくっているであろう仲間達と騒ぐのも悪くはないが――その前に、少しは頭を冷やそうと人気の無い方へ足を向ける。
べろんべろんに酔って、飛行艇の上で二日酔いにダウンする総帥というのはやはり誰も見たくはないだろう。
それ以前に、「そんな姿さらしてたまっかよ!」という彼自身の意地もある。
士官生時代からの付き合いになる、伊達衆の面々が揃っているのだから尚更だ。
後でからかわれるのも嫌だし、酔っ払った彼らに「士官生の時のシンタローはこんなんで」云々と若かりし頃の赤っ恥武勇伝を目の前で語られるのも、勘弁願いたかった。
酒は飲んでものまれるな。
先人の有り難い言葉を噛み締めて、シンタローは夜道を進む。
団員達と飲んでいたのはどちらかといえば街外れの酒場である。シンタローは暫くぶらぶらと歩いてから、街の明かりが随分遠いところにあるのに気付いた。
いつの間にかかなりの距離を来てしまったようだ。辺りは暗く、酒場の喧騒もここには届かない。
シンタローは道を外れて、大きな木の下に腰を下ろした。
手を地面に着くと、柔らかな草の感触。
シンタローは木にもたれて空を見上げた。
緩やかな高揚と、それとは相反する穏やかな波。
目を閉じれば心地好い睡魔が襲ってきた。
「……シンタローはん知りまへんか?」
「ああ~?スンタロぉ~?」
「そうどす、姿が見えまへんけど……あんさんさっきまで、あのお人の近くの席、陣取ってたでっしゃろ?」
図々しい、と言わんばかりの不機嫌な眼差しを向けるアラシヤマに、ミヤギよりもその隣にいるトットリの方が過敏に反応した。
「なに言いがかり付けとるんだっちゃアラシヤマ。お前、自分がシンタローの隣に座らせてもらえんで妬いとるだけだわいや!」
「わてはあんさんらと違うて、遠慮深いだけどす!……そもそもあんさんには聞いてまへんわ、どうせ知らへんのやろ?酔いどれ忍者はん」
「一人ぼっちの酒で酔いもできんかったヤツに、偉そうな口きかれたくないだっちゃ!」
「……あんさんホンマに腹立ちますなぁ~」
「お前ほどじゃないわな」
互いに忌々しそうに睨み合う。
――事実、酒場に着くなり張り切ってシンタローの隣を取ろうとしたアラシヤマは、当のシンタローの手によって危うく三途の川を渡らされるところだった。
仕方なく店の隅っこでちびちびと暗く酒を飲むアラシヤマの近くには、完全なブラックホールができていた。
「まぁまぁトットリぃ~、別に怒る事でもねぇべ~?」
既に完全にできあがっているミヤギが、少々呂律の回らぬ様子で上機嫌に割って入った。
「ミヤギくん……」
「スンタローならなァ~、風さ当たり行くってさっき店出て行ったところだべ~?ちょぉっくら酔ったんだと!」
「外に?……迂闊どしたわ、ずっとシンタローはんから目ぇ離さへんようにしてたんに!わての一瞬の隙をついて出て行かはるとは……流石はシンタローはんどすなぁ!」
店の隅っこから執拗にシンタローを凝視し続けていたアラシヤマだが(シンタローは徹底して気付かないフリを続けていた)、ガンマ団員達でぎゅうぎゅうに賑わっている店内では、人影に隠れてシンタローを見失ってしまう事も多い。
視線が外れた隙に、外へ出て行ってしまったのだろう。
シンタローをロストしたアラシヤマが店内をうろつく頃には、もういなくなった後だ。
「まったく……それにしても、そういう事は早く言いなはれ!
シンタローはんッ、今すぐわても行きますえ~ッ!!」
店を飛び出していくアラシヤマを見送って、ミヤギとトットリは「……シンタローも気の毒になぁ~」と全く同じ事を思った。
店を出たものの、シンタローがどこへ向かったのかは分からない。
きょろきょろと辺りを見回したが、少なくとも視界に入る距離にはいないようだ。
シンタローならどこへ行くだろう……普通風に当たるだけと言えば、そう離れた場所へは行かないだろうが。
「……いや、案外遠くへ行ってはるかもしれまへんなぁ。しかも人の多い賑やかな場所よりは……むしろ――」
アラシヤマは暫し思案し――街の明かりに背を向けて、歩き出した。
暗い道を黙々と歩いて、漸くよく知った気配を感じ取り、アラシヤマはそちらに向かって歩調を速めた。
本当に見つけられるとは運がいい、いややはり自分達は心友という絆で結ばれているのだ、とシンタローが聞いたら鳥肌を立てそうな事を考える。
木の下に誰かが座っているのが見て取れた。
昼ならばよく目立つ、長い艶やかな黒髪も夜の闇の中では静かに溶け込んでしまっている。
「……見つけましたえ、シンタローはん」
はやる心を抑えて――だがそれでも弾んでしまう声はどうしようもない――シンタローの前に回りこんだアラシヤマだったが。
シンタローの閉じられた目を見るや否や、慌てて地に膝をつき、顔を覗き込んだ。
「シンタローはんッ?どっか具合でも悪いんどすか!?」
声をかけながら脈を診ようと手を取ると、シンタローが小さく唸って身じろぎをした。
眉間にしわを寄せ、数度瞬きをしてゆっくりと焦点を合わせる。
暫くぼんやりとしていたようだが、目の前にいるのが誰だか分かると眉間のしわが更に深くなった。
「シンタローはん、大丈夫どすかッ?」「うる…せー……寝てただけだ…っつーの……」
シンタローは低い声で不機嫌そうにそう言った。
だがアラシヤマは、シンタローが寝ていただけと分かり安堵して肩の力を抜いた。
「……そら騒ぎもしますわ。こないなとこで寝るやなんて、何かあったらどうしますのん!しかも酒飲んだ後でっしゃろ?急性アルコール中毒でも起こしたんかと思いましたわ」
「あんぐらいの酒で、この俺がどーにかなるワケねーだろ」
大きく欠伸をし、シンタローは手の甲でごしごしと乱暴に目を擦った。
アラシヤマは少し迷ってから、シンタローの隣に腰を下ろした。
シンタローは一瞬嫌そうな顔をして「……げっ」と呟いたが、動くのが億劫なのか、避けようとはしなかった。
調子に乗って更に距離を詰めようとしたアラシヤマだが、無言でシンタローが手を上げるのを見て、慌てて「すんまへん調子乗りましたッ!」とぶんぶん首を振ってそれ以上近づかないとアピールした。
シンタローは少し呆れたような顔をしてアラシヤマを眺め、やれやれ、と溜息をつくと眼魔砲を撃とうとしていた手を下ろした。
「……ホンマ、こないなところで何してはったん?眠いんやったら飛行艇に戻るとか、酒場の上の部屋で仮眠取るとか色々あったんやないどすか?」
「俺が飛行艇に戻りゃあ宴会はお開きになっちまうし、寝に行っても場の空気が白けンだろ。……べっつに付き合う必要はねーのに、どいつもこいつも俺に気ィ遣いやがるかンな」
木の幹にトン、と頭をつけて、シンタローはフッと短く息を吐き出した。
だがその言葉にアラシヤマの表情が一瞬翳ったのを見て取って、シンタローは「あ~……」と少しバツが悪そうに頭をかいた。
「オメーまで余計な気ィ回すなって、気持ちワリーな。……俺は平気だから」
「シンタローはん……」
「総帥を継ぐって決めた時から、腹はくくってる。周りの態度が変わっちまうのも、しゃーねーだろ。今更あーだこーだ言うほどガキじゃねーよ」
「……そうどすか」
「あァ」
アラシヤマはそれ以上踏み込もうとはしなかった。
辛くないか、と訊ねるのは、シンタローを侮辱する事になる。
辛くないはずがない、重くないはずがない。
だがそれを口にはしたくないと言外に告げた彼の想いを、尊重したかった。
シンタローは「それに」、と先程よりもやや軽い口調で続けた。
「いい加減ヤローばっかの酒盛りにも飽き飽きしてたからな~。酔い覚ます為に外に出たら、いつの間にかこんなトコに来ちまってたンだよ」
まだ酔いが残っているのか、シンタローはいつもよりも砕けた様子で「気ィついたら寝てた」とあっけらかんと言って笑った。
その久しぶりに見る、まだ幼さを残した笑顔にアラシヤマもまた肩の力が抜けるのを感じた。
シンタローの言葉一つ、表情一つが、こんなにも影響力を持っている。彼の周りの、全ての人間に。
「素敵どすぅ~シンタローはんッ!」
思わず乙女チックに両手を頬に当てて「流石わての心友!!」とはしゃぐと、シンタローは「はァ!?……何言ってンのおまえ」と盛大に眉をひそめて思いっきり引いた顔をした。
「付き合ってらんね」
ケッと吐き捨てて立ち上がろうとしたシンタローだが――ふと考え直したように、上げかけた腰をストンとまた地面に下ろす。
「シンタローはん?どないしましたんや?」
「ん……今立ったら多分俺、足ふらついてる」
「はぁ~?どういうい――ッたぁ!?い、いきなり何しはりますのん!?」
予想外の言葉に首を傾げたアラシヤマの頭を意味も無く拳で叩き落し、シンタローは再度木の幹に背中を預けた。
「さっきまではそんなんでも無かったンだけどな~……何か思った以上に酒回ってるっつーか……また眠くなってきた」
「眠いて……ココで寝はるおつもりどすか!?あかんッ、風邪ひきますえー!」
「うっせーなァ、俺は眠いンだよ。今ココで寝たらぜってー気持ちイイ!」
「気持ちええとか気持ち悪いとかそんな問題ちゃいますやろ!」
「あ~うっせーうっせー」
耳を両手で押さえて「聞こえません」ポーズを取るシンタローにアラシヤマは尚もしつこく「寝たらあきまへんッ、寝たら危険どすえ~ッ!」と訴えかけていたが、イラついたシンタローに5回ほど殴られると、漸く静かになった。
諦めた顔をしてはぁ~と息をつくアラシヤマを前に、シンタローは軽く伸びをして大きな欠伸をした。
――そのリラックスした様子を見ていると、段々アラシヤマもまぁ仕方ないか、という気分になってきた。
「……まぁ今回は大目に見まひょ。任務も終わった事やし、無礼講どすな」
「何ブツブツ言ってンの?オメー」
「何でもありまへん。……シンタローはん、そう長居はさせられまへんえ?そろそろ帰るべきやと判断したら、わてが眠ってはるシンタローはんをおぶって帰りますわ」
「素直に起こせ。オメーにおぶわれるくらいなら這ってでも自分の力で帰る」
「それやとわての楽しみが……!」
「何を楽しむ気だテメーは!?」
思わず怒鳴ったシンタローだが、その拍子にぐらりと身体が傾いだ。
目の前の風景が一瞬ブレて、平衡感覚が失せる。
酒+眠気=運動能力低下。
そんな単純な図式が頭の中で回る。
地面に手をつこうとするが、イメージするように素早くは動かない。
アラシヤマを殴ったりして無駄な運動をしたのも良くなかったのかもしれない――などと呑気に考えていたシンタローの身体に、その当のアラシヤマが両手をするりと回した。
胸に抱き込むようにしてシンタローの身体を安定させ、顔を覗き込む。
「ホンマに酔うてはるんどすなぁ……そないに任務が完了して浮かれてはったんどすか?」
「……うっせ。俺だってたまにはハメ外してーンだよ」
「悪いとは言うてまへん。むしろもっとハメ外すべきでっしゃろ、あんさんは。……眉間のしわ、クセになりますえ?」
「……」
指摘されると余計に眉間に力が入った。
それに気付いたのだろう、アラシヤマは珍しく苦笑したが、「仕方ありまへんなぁ~困ったお人どす」と妙に嬉しそうに言いながらシンタローを腕の中に閉じ込めたままよしよしと頭を撫でた。
「…………今俺が絶好調の状態だったら、テメー成層圏の果てまで吹っ飛んでンぞ」
「せやったら、酒に感謝せなあきまへんな」
今この時ばかりは自分の有利を確信し、アラシヤマは飄々とした態度で言葉を返した。
ついつい口の端がニヤリと上がってしまう。
低く唸るように「テメー覚えてろよ……」と脅しをかけるシンタローであったが、まだ酩酊感が抜けないらしく、アラシヤマに寄りかかっている。
「もっちろん覚えときますえ!わてとシンタローはんの大切な思い出どすぅ~」
「やっぱ今すぐ忘れろ」
「嫌どす。こない大人しゅうしてはるシンタローはんやなんて、滅多に見られるもんやありまへんからな!……シンタローはんらしゅうありまへんが、これはこれでええもんどす。役得やわ、今夜のわて」
堪能させてもらいます、とニヤニヤ笑うアラシヤマの顎に頭突きをかましてやろうかと思ったシンタローだが――その後の惨事を思い浮かべて何とか自制した。
この状態でそんな事をすれば、まず間違いなく自分もかなりのダメージを食らってしまう。
復讐は体調が万全の時にすべきだろう。
こめかみに青筋を浮かべながらも抱き留められた体勢のまま大人しくしているシンタローに、アラシヤマは少し意外そうに目を瞬かせた。
少々浮かれすぎて口を滑らせたきらいのあるアラシヤマは、これは流石に殴られるかもしれない、と危惧していたのだろう。予想していた反応(鉄拳制裁)がこなかった事に、戸惑ったようだ。
「シンタローはん……?そないに眠いんどすか?」
「……。そーだよ、オメーのアホらしい話に付き合ってらんねーくれぇ眠いの俺は」
シンタローは不機嫌そうに、それでも返事を返してやった。
――確かに、らしくない。
自分ではそんなに酔っているつもりは無かったが、これは自覚している以上に浮かれていたのだろう。
傾けた杯の数は、そういえば覚えていない。
中途半端に寝たせいもあって、またうとうとと眠気が襲ってきていた。
触れ合った温もりが、悔しい事に心地好い。
気が付けば、また頭を撫でられていた。
もしかしたらアラシヤマも酔っていたのかもしれない。
「……オイ、それヤメロ」
「それ、って?何ですのん」
「頭撫でンなって言ってンだよ!犬猫じゃあるめぇし、馬鹿にされてっみたいでムカつく」
「そないなつもりはサラサラありまへんが……あえて言うなら、可愛がっておりましたえ?」
「余計ムカつく。つ~か、それは俺に『どうか眼魔砲で気の済むまでぶっ飛ばして下さい』ってオネガイしてンのか?」
「物騒な願い事どすなぁ~。まぁそれもシンタローはんとわてとの友情のスキンシップどすから、喜んで受けますえ!」
「…………」
ムカつく相手を喜ばせたくない。
シンタローはこのポジティブ根暗を失意のどん底に突き落とす方法を本気で模索した。
が、頭を撫でられ続けていては考えに集中できない。
「撫でンなっつーの!」
「シンタローはんの髪、手触りええどすなぁ~」
「聞けよ人の話ッ」
「そないに嫌どすか?頭撫でられるんは」
嫌に決まってンだろ、といつもなら即座に言い返してアラシヤマを殴るところだが。
酔いが回っているシンタローは不覚にもその言葉に少し考え込んでしまった。
「……頭撫でられンのは、あんまり好きじゃねー。…………でも、髪を梳かれるのは……そんなに嫌いじゃねーかも……」
「…………………………。あんさん、相当酔うてはりますやろ」
心の中で「何ですのんその愛らしい答えッ!!?」と絶叫しつつ思わず鼻血をふきそうになったアラシヤマには全く気付かず、シンタローは「ああ~?別に酔ってねーよ」と面倒臭そうに答えた。
アラシヤマの体温が一気に上がった事で、余計シンタローの眠さが増す。
ぽかぽかして気持ちいい……天然のカイロかコイツは、と思いながらシンタローはおもむろに身体を離した。
「あ……もう起きはるんどすか?」
「ンだよ、さっきまで寝るなって騒いでたくせに」
露骨に残念そうな顔をしたアラシヤマの頭を軽くどつき、シンタローは「オイ」と偉そうな態度で呼びかけた。
眠いせいか、いつもよりも俺様度がアップしている。
「へ、へぇ!何どすのシンタローはん」
「正座」
「は?」
「正座しろ」
ぽかんとするアラシヤマにシンタローはイライラした様子でもう一度呼びかけた。
「オイ、聞こえねーのかよ?正座しろっつってンだよ俺は」
「あ、ああ。正座どすな」
何が何だか分からないまま、アラシヤマは慌てて正座をした。
偉そうに腕を組んでいるシンタローの前で、緊張した面持ちで地面に正座するアラシヤマ。
屋外で向かい合う男二人――何ともシュールでマヌケな姿であったが、シンタローは全く何の説明もしないまま「よし」と頷いた。
「悪夢見る事間違い無しっつーくらい思いっきり寝心地悪そうだけど、まァ他に代用できるモンもねーし……しゃーねーから我慢してやっか」
「あのぅ……シンタローはん。なんや色々とこき下ろされとるようどすが、わて、今から何されますのん?」
恐る恐る訊ねたアラシヤマに、シンタローはあっさりと答えた。
「枕の代用」
* n o v e l *
PAPUWA~酒は飲んでも…?~
アラシヤマは上機嫌でニコニコ(シンタローにはニタニタ笑っているように見えた)しつつ、自分の膝をポンポンと叩いた。
「さぁッ、おいでやすぅシンタローはん!!」
「思いっきり行く気が失せた」
「ああッ、またそないなイケズを!シャイどすなぁ~」
やっぱ止めとこうか、とも思ったが、ココから飛行艇なり酒場なりに戻るのも億劫だった。
普段なら絶対に有り得ない事だが、とにかく今は猛烈に眠い。
頭の回転が鈍りまくって正常な判断力が失われているのが自分でも分かる。
シンタローは「コイツはただの枕、コイツはただの枕」と繰り返し呟いた。
アラシヤマの膝にぼすっと頭を乗せると――シンタローはムッと眉を寄せた。
「……固い」
「……そりゃあ男どすからなぁ。オナゴのようにはいきまへんやろ」
チッと舌打ちし、それでも頭を下ろそうとはせず、シンタローはアラシヤマを見上げた。
見上げられた方のアラシヤマは落ち着かない様子で思わず身じろぎしたが、その途端「もぞもぞしてンじゃねーよ!余計寝心地が悪くなンだろ」とシンタローに叱られてしまい、「へぇっ、すんまへん!」と慌てて謝った。
シンタローはアラシヤマの顔をじっと見つめ、ハァ……と嘆息した。
「……オメー、顔は悪くねーンだよなぁ……何だっけ、京美人?あの露出狂のイタリアンがそう呼んでたよナ……」
意外な言葉にアラシヤマは「へッ!?」と素っ頓狂な声を上げた。
シンタローは構わず言葉を続ける。
「女だったら、結構美人だったのかもな、アラシヤマ」
「……あんさん、やっぱ酔うてはりますやろ」
シンタローは「酔ってねーよ」と主張を繰り返したが、アラシヤマは面白がるように軽く眉を上げた。
「そうどすなぁ……わてが女やったら、シンタローはんももうすこぉ~しはわてに優しゅうしてくれはりましたか?」
「あァ?……俺は基本的にはオンナに優しいけど……アラシヤマねぇ~……」
酔いと眠気のせいで思考が上手くまとまらないらしい、シンタローは「うーん……」と唸りながら考え込んでいる。
その様子をますます楽しそうに見つめながら、アラシヤマは問い掛けを少し変えてみた。
「わてが女でも、心友になってくれはりました?」
「今でも心友じゃねぇ」
そこだけは即答したシンタローにアラシヤマはぐさッと心に突き刺さるものを感じた。
つい恨みがましげな視線を送ると、シンタローは鬱陶しそうに顔をしかめる。
アラシヤマは「いけずやなぁ~……」と呟いて先程のシンタローのように嘆息して見せた。
「わて、ホンマに女やったらよかったかもしれまへんな。そしたら、もっとシンタローはんにくっ付いてても怒られへんのやろうし」
酔っていない時でも、膝枕をしてくれとねだってくれたかもしれない。自分が女だったら。
だがそんな風に考えるアラシヤマとは対照的に、シンタローは「……いや、やっぱねーわ。オンナのお前って」と呟いた。
「……?」
「オメーがオンナだったら余計うっとーしい、つーか怖すぎる。眼魔砲でぶっ飛ばすのもちょっとだけ気が引けちまうし。――やっぱオメーはオメーのままで十分だ。今のまんまでいい」
「シンタローはん……」
シンタローからしてみれば何気ない言葉だったのだろうが。
その一言に、アラシヤマは一瞬驚いたように目を見開き……ふっと、表情を和らげてシンタローの髪を撫でた。
シンタローは眠いのか、彼の手を振り解こうとはしなかった。
「おおきに、シンタローはん。わても男でよかった思いますわ」
「何でだよ?」
「男やから、シンタローはんの傍におれるっちゅー時も多いでっしゃろ?」
「……オメーってヤツは、ホントにキモイな」
うんざりとした声音で言い、半眼になって自分を睨みつけてくるシンタローにアラシヤマは声を殺してくっくっと喉を震わせた。
「笑ってンじゃねーよ根暗」
「えろうすんまへん。……そうや、逆やったらどうやろ?シンタローはんが女やったら」
「俺が~……?」
眠いんだけど、と目で訴えるが、アラシヤマはまだ言葉遊びを続けたいようだ。構わずに話を振ってくる。
シンタローは「こういう自分本位なとこがコイツの嫌われる所以だよナ……」と思いながらも、ついつい女の自分を想像してしまった。
「俺がオンナだったら間違いなくサイコーの美女だな」
「きっとプロポーションも抜群どすえ!」
心友大好きの男は即座に同意した。
「下心持った連中が寄って来るんが、容易に想像できますわ。……まぁわてのシンタローはんに言い寄ってくるような身の程知らずの阿呆共は、わてが一人残らず灰にしてやりますえ。安心しておくんなはれ、シンタローはん!」
「……ジョーダンに聞こえねーのがオメーの怖えぇとこだな」
もちろん冗談などではない。何を言っているのだ、ときょとんとするアラシヤマに頭痛を覚えて、シンタローは目を閉じた。
「シンタローはんシンタローはん」
「……今度は何だよ。寝かせろっつーの」
「シンタローはんが女やったら、わての事どう思うと思います?」
相も変わらず下らない質問をする。
薄目を開けてアラシヤマの顔を見やると、アラシヤマはどこかわくわくした面持ちで此方をじっと見つめている。
シンタローは小さく小さく嘆息した。
――ムカつく話だが、ほんとにコイツは顔は悪くはない(中身はサイアクだけど)。
自分がいささか面食いであるという自覚は多少なりとあるので、アラシヤマが異性だった場合、正直少しは傾くかもしれない、と思った。
だが中身がサイアクなので、やはりそれは有り得ないだろうと結論付けた。
「今思ってる事と、何も変わンねーよ」
「……そうどすか。実はわても、そうどす」
「……?」
「シンタローはんが男でも女でも、構いまへん。わてにとっては何よりも大切なお人どす」
「…………。うっせーよ。俺はねみぃんだから、黙って枕になっとけ」
ぶっきら棒に言って今度こそ目をしっかり閉じ、アラシヤマの膝に頭を乗せたまま顔を横に向ける。
――目を閉じる一瞬前、視界の真ん中で心底嬉しそうに笑った男の顔が、暫く網膜に焼き付いて離れそうになかった。
シンタローが眠ったのを確認してから、アラシヤマは彼の髪を梳いた。
さらりと指の間を通るその感触が、心地好くて目を細める。
普段眉間に寄っているシワが取れて、いつもよりも若い――いや、幼い印象の彼の貴重な寝顔を覗き込んで、アラシヤマは鼻歌でも歌いたい気分になった。
無論、シンタローを起こしてしまうので自重したが。
嬉しくて嬉しくて、緩んでしまう口元をどうしても引き締める事ができない。
例え酔っていたからだとしても、シンタローが無防備な姿を自分に見せてくれている事が嬉しかった。
信頼されているのだと自惚れてもいいのだろうか、と思いながら、シンタローの髪に指を絡ませてその滑らかな感触を楽しむ。
――眠りに落ちる前の、交わした会話も飛び上がる程嬉しかった。
どうしてこんなにも、自分が喜ぶような事ばかりを言ってくれるのだろうこの人は(トラウマになるくらいキッツイ言葉も日常的によくくれるが)。
「ホンマに、嬉しおす。わてはあんさんの傍におれて……幸せどすえ」
恭しく捧げ持つような仕草で持ち上げた一房の髪に、そっと口付ける。
もしも今、シンタローが起きていたら即座に眼魔砲の洗礼をアラシヤマに浴びせていたのだろうが……彼はまだ、眠りの底にいる。
子どものように安心しきった寝顔で。
アラシヤマはシンタローの頭を優しく撫でながら、この時間がずっと続けばいいと願った。
――夜が明けるまでの、短い時間。
大切な人が、この手の届く場所にいる――
――と、思ったが。
実際はもっと短かった。
それから30分もしない内にシンタロー捜索隊(伊達衆含むガンマ団員達)に二人は発見され、とんでもない惨劇が繰り広げられる事となったのであった。
酒は飲んでものまれるな
~END~
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