* n o v e l *
PAPUWA~ハピネス~
ひとぉぉつ…
ふたぁぁつ……
みぃぃっつ………
声には出さず、心の内だけでゆっくりとカウントする。
数を重ねる毎に、ごうごうと荒れていた心は凪いだ海のように静かになっていった。
戦いの場で高揚していた自分を抑え付け、冷静になれと指令を下す。
「シンタローはん。準備はようおますか?」
「誰に聞いてんだタァコ。いつでも行けるに決まってんだろ」
顔は前に向けたまま確認の意味を持って訊ねれば、返事は迷い無く返ってくる。
ちらりと視線を横に向けると、彼は口を真一文字に結んで前を見据えていた。
真剣な表情だ。だがそこには、無駄な気負いは一切存在しない。
怯む様子など微塵も見せず、ただただ己がやるべき事を真っ直ぐに、見詰めている。
(なんや、ワクワクしてはるようにも見えますなぁ)
ガキ大将がそのまま成長したかのような男。そんな形容詞が実によく似合う。
組織のトップが戦場の――それも第一線に立つなど、本当は有り得ない事だ。
だがシンタローは、躊躇無くその身を危険に投じる。部下を……いや、仲間を守る為に。
こうして後続部隊から切り離されてしまい、自分とシンタロー二人だけになってしまったという危機的状況にありながらも、彼は不敵に笑ってみせる。
「ここンとこ、書類と睨めっこしてばっかで退屈してたからな。今日は久々に暴れさせてもらいましょうかねェ~」
ぺろり、と舌なめずりするように唇を舐めるその仕草に、アラシヤマは苦笑いを浮かべた。
「そうどすなぁ、まぁ今の状況ならそう簡単には敵さんも降伏せんどっしゃろ。自分らが有利やと阿呆な勘違いしてはるようどすからな」
とことん無能な奴だ、と敵方の司令官を冷たく嘲って前方を見やる。
目標とする場所は、そう遠くない所にある筈だ。部下達と離れてしまったのは計算外であったが、こうなったらこうなったで、その状況を利用する。
後続部隊に陽動の役目を負ってもらい、その間に自分達が敵の本拠地へ侵入して今回の最大の狙いである重要機密の書かれた文書を奪取すれば良いのだ。
今回の遠征は少数精鋭で構成されており、兵士の数だけで言えば明らかに此方が不利だ。
しかし純粋な「力」という視点で言えば、決して引けは取らない。
それがいまだに分かっておらず慢心しているようでは、自分達の勝利は確定したも同然だろう。
トップが無能だとその下の者達がいっそ哀れだ。
「この分じゃ、楽勝だな。……早々に降伏されちまってもつまんねーけど、終わったゲームをだらだらやんのもウゼェな」
もっと根性出せ、と無体な事を呟くシンタローをアラシヤマはやれやれと呆れ混じりに見た。
「難儀なお人どすなー。そないに退屈してはりましたん?」
「オメーも知ってんだろ、書類整理がどんだけ大変かって事は」
「確かに。戦場出て、敵殺して回る方がよっぽど楽どすな」
戦場で交わすにはあまりに呑気過ぎる口調で、ぼやくように言う。
その内容はブラックジョークにも似ていたが、ジョークでない事は互いに分かっている。
シンタローはじろりとアラシヤマを睨み付けた。
「分かってんだろうけど一応言っとく。殺すのはナシだかんな?」
「へぇへぇ、了解どす。もうわてらは暗殺者やないし、シンタローはんとの約束破りたありまへんから。……殺しまへんし殺されまへん」
一瞬だけ、真剣な眼をして。アラシヤマはシンタローを見つめ返した。
殺さないし、殺されない。
シンタローは戦地に赴く部下達に、この誓いを守れと告げた。厳守せよと告げてから、命じた。
絶対に――死ぬなと。
無理な注文だと自分でも分かっていた。絶対などありえない。
ましてやそこが戦場であるのなら、尚更に。
分かっていても、シンタローは一人一人のガンマ団員達の顔をしっかりと記憶に残すように見つめて、ハッキリと言った。
必ず帰ってこいよ、と。
そうして、ガキ大将のように笑って見せるのだ。
その信頼に満ちた眼差しと笑顔、言葉に、皆もまた応える。
しかしアラシヤマだけは、滅多にそれを貰えない。
シンタローがアラシヤマの方を見てくれる事は、ごくごく稀だ。
それを残念に思い、時には恨めしくも思うが……それだけ信用されているのだろう、と彼は思う事にしている。
それに、わざわざ言葉にするまでもなく、アラシヤマはシンタローが何を望んでいるのか、理解しているつもりだ。
だから彼は笑う。
「殺しまへんし、殺されまへん。必ず一緒に戻る約束どすからな」
「……何で俺がオメーと戻んなきゃなんねーんだよ。一人で埋もれてろ」
向けられた笑顔に居心地が悪そうに眉を寄せ、シンタローは結局、フン、と鼻をならしてアラシヤマから顔を背けた。
そんなシンタローを見て、ますますアラシヤマは笑みを深める。
気色悪い、と殴られたが、それさえも嬉しかった。
肩の力を抜いて拳を緩く握り、会話をやめると二人は唇を結んでスッと眼を閉じる。
ひとつ。ふたつ。みっつ。よっつ……。
声には出さず心の内で静かにカウントして。
申し合わせたように、二人は同時に地を蹴った。
ががががが、と先刻までいた場所を銃弾が抉っていく。
硝煙の匂いが立ち込めて、「ああ、ここは戦場なんどすなぁ」と今更な事をアラシヤマは思った。
ここに在る事が、嬉しい。ここに今、一人でない事が単純に嬉しい。
「シンタローはん!二時の方向や、あんじょう気張りや!!」
「ケッ、んな事言われるまでもねーんだよ根暗ぁ!オメーこそ手ぇ抜いたらぶっ殺す!!」
打てば響くように返ってくる言葉。
心地好ささえ感じながら戦場を駆ける。駆ける。駆ける。
敵が戦闘不能になるように殺さない程度に痛めつけ、あるいは戦意喪失を狙って圧倒的なまでの力を見せ付け。
硝煙漂う戦場で、大切な人の存在をすぐ傍に感じている。
「終わり、ましたなぁシンタローはん」
「……」
「終わってみれば……まぁまぁ骨のある依頼どしたな。敵方の司令官、意外と根性出してはりましたわ」
「……」
「運動不足、解消できはりました?」
「……うっせーよ。ばか」
漆黒の長い髪を風になびかせて、シンタローはじっと前を見据えている。
戦いの後の興奮状態は、やがて虚脱感へと変わる。
何かを見つめているようで、その実、彼が見つめているものはここには無いのだろう。
アラシヤマはシンタローと背中合わせに座ったまま、自身もまた前を見つめた。
密着した背中から伝わる体温は、火傷しそうな程に熱く感じた。
それが自分のものなのか、彼のものなのか、それすらも分からない程に温度は溶け合い、解け、またゆっくりと溶けていく。
さやさやと吹く風になびくシンタローの髪を、アラシヤマはそっと捉えた。
髪に指を絡ませて、唇を寄せる。
いつもなら即座に眼魔砲が飛んできそうなものだが、それすらも億劫な程に疲労困憊しているのか、はたまたよっぽど物思いに沈んでいるのか、彼は振り返りもしない。
アラシヤマは艶やかな髪に口付けて、また解放した。
さらりと流れる髪を、素直に綺麗だと思い、何だか可笑しくなった。
戦場で背中合わせに上司と座り込み、上司の髪にキスをして、綺麗だなぁと見惚れているなんて。
はたから見れば、きっと狂気の沙汰だろう。
「シンタローはん」
「……ンだよ」
「わてら、生き残りましたなぁ」
「当たり前だろ」
馬鹿じゃねーの、とでも続きそうな素っ気無い口調で返され、アラシヤマは小さく喉の奥で笑った。
それが振動となって伝わったのか、笑ってんじゃねーよ、という不機嫌そうな声と共に、背中にかかる重さが増した。
ぐいぐいと嫌がらせのように体重をかけられ、アラシヤマは苦しそうに、それでも笑う。
「重いどす、シンタローはん」
「そのまま潰れちまえ、人畜有害な根暗ストーカー」
「フ…フフフ……せやけど、これもシンタローはんの愛の重さや思えばむしろ幸せどすなぁ~」
「ゲッ、キモイ上にウゼェ!」
本気で嫌そうな声を上げシンタローは顔をしかめるが、身体を離そうとはしなかった。
「……珍しおすなぁ。そないに疲れはりましたのん?」
「疲れた……つーか、ねみぃ。最近ほとんど寝てなかったからな……」
その言葉に嘘は無いだろう。総帥になってからというもの、まさに寝食を忘れて彼はガンマ団をまとめあげる為に進み続けてきた。
その人知れぬ努力を思うと、アラシヤマは胸にこみ上げる感情をどうすればいいのか分からなくなる。
同情ではない。憧れとも少し違う。
もっと暖かく、もっと近しく、もっと御し難いものだった。
「少しなら、寝てても構いまへんえ。任務は完了しましたし、迎えのヘリが来るまでにはまだ時間がかかりますやろ」
「……んー……そっかぁ?」
「へぇ。心配せぇへんでも、わてがおりますわ。万が一、敵の残党がおったとしても何の問題もありまへんわ」
「まぁそうだろうけど……俺はむしろお前を警戒している」
眠そうな声でありながらも、ハッキリと冷たさを感じられる声でそう言われ、アラシヤマは思わず涙した。
「ひっ、酷いどす~シンタローはん!せいぜい寝顔を写真に撮るくらいどすえ?!」
「堂々と言われるとつい錯覚しそうになるが、それは盗撮ってもんだよな?このどすえヤロー」
あ~眠い!と後ろで目を擦る気配がし。
「んじゃ、俺寝るわ。何か妙な事しやがったらぶっ殺すからな」
「了解どす。……ゆっくりお眠りやす、シンタローはん」
ああ……、と短く答えて。シンタローはそのまま、眠りに落ちていった。
「…………」
規則正しい呼吸音。背中にかかる重みに、何故か深い安らぎを覚える。
アラシヤマはシンタローの手をそっと握ってみた。
暖かい手は、無意識にだろうがぎゅっと握り返してくる。
我知らず、口元にやわらかな微笑が浮かんだ。
背中合わせに手を繋いで、貴方を感じている。
それでいい、と思った。
シンタローが前を向いている時は、自分が後ろを向こう。
シンタローが後ろを向く時は、自分が前を向こう。
彼の為なら何でもできる自分を、アラシヤマは知っていた。
何の見返りもいらない。もちろん、くれると言うのなら迷わず貰うが。
本当に欲しいものはきっと、もうとうの昔に貰っている。
願わくは。
アラシヤマは空を仰ぎながら思った。
願わくは。
この体温を感じられるところで、最期の時を迎えたい。
口に出せば縁起でもない、とシンタローに怒られそうだが(それ以前に気色悪い!と眼魔砲でも撃たれそうだが)、それはきっとこの上ない幸せだろうと思って、アラシヤマは笑った。
END
PAPUWA~ハピネス~
ひとぉぉつ…
ふたぁぁつ……
みぃぃっつ………
声には出さず、心の内だけでゆっくりとカウントする。
数を重ねる毎に、ごうごうと荒れていた心は凪いだ海のように静かになっていった。
戦いの場で高揚していた自分を抑え付け、冷静になれと指令を下す。
「シンタローはん。準備はようおますか?」
「誰に聞いてんだタァコ。いつでも行けるに決まってんだろ」
顔は前に向けたまま確認の意味を持って訊ねれば、返事は迷い無く返ってくる。
ちらりと視線を横に向けると、彼は口を真一文字に結んで前を見据えていた。
真剣な表情だ。だがそこには、無駄な気負いは一切存在しない。
怯む様子など微塵も見せず、ただただ己がやるべき事を真っ直ぐに、見詰めている。
(なんや、ワクワクしてはるようにも見えますなぁ)
ガキ大将がそのまま成長したかのような男。そんな形容詞が実によく似合う。
組織のトップが戦場の――それも第一線に立つなど、本当は有り得ない事だ。
だがシンタローは、躊躇無くその身を危険に投じる。部下を……いや、仲間を守る為に。
こうして後続部隊から切り離されてしまい、自分とシンタロー二人だけになってしまったという危機的状況にありながらも、彼は不敵に笑ってみせる。
「ここンとこ、書類と睨めっこしてばっかで退屈してたからな。今日は久々に暴れさせてもらいましょうかねェ~」
ぺろり、と舌なめずりするように唇を舐めるその仕草に、アラシヤマは苦笑いを浮かべた。
「そうどすなぁ、まぁ今の状況ならそう簡単には敵さんも降伏せんどっしゃろ。自分らが有利やと阿呆な勘違いしてはるようどすからな」
とことん無能な奴だ、と敵方の司令官を冷たく嘲って前方を見やる。
目標とする場所は、そう遠くない所にある筈だ。部下達と離れてしまったのは計算外であったが、こうなったらこうなったで、その状況を利用する。
後続部隊に陽動の役目を負ってもらい、その間に自分達が敵の本拠地へ侵入して今回の最大の狙いである重要機密の書かれた文書を奪取すれば良いのだ。
今回の遠征は少数精鋭で構成されており、兵士の数だけで言えば明らかに此方が不利だ。
しかし純粋な「力」という視点で言えば、決して引けは取らない。
それがいまだに分かっておらず慢心しているようでは、自分達の勝利は確定したも同然だろう。
トップが無能だとその下の者達がいっそ哀れだ。
「この分じゃ、楽勝だな。……早々に降伏されちまってもつまんねーけど、終わったゲームをだらだらやんのもウゼェな」
もっと根性出せ、と無体な事を呟くシンタローをアラシヤマはやれやれと呆れ混じりに見た。
「難儀なお人どすなー。そないに退屈してはりましたん?」
「オメーも知ってんだろ、書類整理がどんだけ大変かって事は」
「確かに。戦場出て、敵殺して回る方がよっぽど楽どすな」
戦場で交わすにはあまりに呑気過ぎる口調で、ぼやくように言う。
その内容はブラックジョークにも似ていたが、ジョークでない事は互いに分かっている。
シンタローはじろりとアラシヤマを睨み付けた。
「分かってんだろうけど一応言っとく。殺すのはナシだかんな?」
「へぇへぇ、了解どす。もうわてらは暗殺者やないし、シンタローはんとの約束破りたありまへんから。……殺しまへんし殺されまへん」
一瞬だけ、真剣な眼をして。アラシヤマはシンタローを見つめ返した。
殺さないし、殺されない。
シンタローは戦地に赴く部下達に、この誓いを守れと告げた。厳守せよと告げてから、命じた。
絶対に――死ぬなと。
無理な注文だと自分でも分かっていた。絶対などありえない。
ましてやそこが戦場であるのなら、尚更に。
分かっていても、シンタローは一人一人のガンマ団員達の顔をしっかりと記憶に残すように見つめて、ハッキリと言った。
必ず帰ってこいよ、と。
そうして、ガキ大将のように笑って見せるのだ。
その信頼に満ちた眼差しと笑顔、言葉に、皆もまた応える。
しかしアラシヤマだけは、滅多にそれを貰えない。
シンタローがアラシヤマの方を見てくれる事は、ごくごく稀だ。
それを残念に思い、時には恨めしくも思うが……それだけ信用されているのだろう、と彼は思う事にしている。
それに、わざわざ言葉にするまでもなく、アラシヤマはシンタローが何を望んでいるのか、理解しているつもりだ。
だから彼は笑う。
「殺しまへんし、殺されまへん。必ず一緒に戻る約束どすからな」
「……何で俺がオメーと戻んなきゃなんねーんだよ。一人で埋もれてろ」
向けられた笑顔に居心地が悪そうに眉を寄せ、シンタローは結局、フン、と鼻をならしてアラシヤマから顔を背けた。
そんなシンタローを見て、ますますアラシヤマは笑みを深める。
気色悪い、と殴られたが、それさえも嬉しかった。
肩の力を抜いて拳を緩く握り、会話をやめると二人は唇を結んでスッと眼を閉じる。
ひとつ。ふたつ。みっつ。よっつ……。
声には出さず心の内で静かにカウントして。
申し合わせたように、二人は同時に地を蹴った。
ががががが、と先刻までいた場所を銃弾が抉っていく。
硝煙の匂いが立ち込めて、「ああ、ここは戦場なんどすなぁ」と今更な事をアラシヤマは思った。
ここに在る事が、嬉しい。ここに今、一人でない事が単純に嬉しい。
「シンタローはん!二時の方向や、あんじょう気張りや!!」
「ケッ、んな事言われるまでもねーんだよ根暗ぁ!オメーこそ手ぇ抜いたらぶっ殺す!!」
打てば響くように返ってくる言葉。
心地好ささえ感じながら戦場を駆ける。駆ける。駆ける。
敵が戦闘不能になるように殺さない程度に痛めつけ、あるいは戦意喪失を狙って圧倒的なまでの力を見せ付け。
硝煙漂う戦場で、大切な人の存在をすぐ傍に感じている。
「終わり、ましたなぁシンタローはん」
「……」
「終わってみれば……まぁまぁ骨のある依頼どしたな。敵方の司令官、意外と根性出してはりましたわ」
「……」
「運動不足、解消できはりました?」
「……うっせーよ。ばか」
漆黒の長い髪を風になびかせて、シンタローはじっと前を見据えている。
戦いの後の興奮状態は、やがて虚脱感へと変わる。
何かを見つめているようで、その実、彼が見つめているものはここには無いのだろう。
アラシヤマはシンタローと背中合わせに座ったまま、自身もまた前を見つめた。
密着した背中から伝わる体温は、火傷しそうな程に熱く感じた。
それが自分のものなのか、彼のものなのか、それすらも分からない程に温度は溶け合い、解け、またゆっくりと溶けていく。
さやさやと吹く風になびくシンタローの髪を、アラシヤマはそっと捉えた。
髪に指を絡ませて、唇を寄せる。
いつもなら即座に眼魔砲が飛んできそうなものだが、それすらも億劫な程に疲労困憊しているのか、はたまたよっぽど物思いに沈んでいるのか、彼は振り返りもしない。
アラシヤマは艶やかな髪に口付けて、また解放した。
さらりと流れる髪を、素直に綺麗だと思い、何だか可笑しくなった。
戦場で背中合わせに上司と座り込み、上司の髪にキスをして、綺麗だなぁと見惚れているなんて。
はたから見れば、きっと狂気の沙汰だろう。
「シンタローはん」
「……ンだよ」
「わてら、生き残りましたなぁ」
「当たり前だろ」
馬鹿じゃねーの、とでも続きそうな素っ気無い口調で返され、アラシヤマは小さく喉の奥で笑った。
それが振動となって伝わったのか、笑ってんじゃねーよ、という不機嫌そうな声と共に、背中にかかる重さが増した。
ぐいぐいと嫌がらせのように体重をかけられ、アラシヤマは苦しそうに、それでも笑う。
「重いどす、シンタローはん」
「そのまま潰れちまえ、人畜有害な根暗ストーカー」
「フ…フフフ……せやけど、これもシンタローはんの愛の重さや思えばむしろ幸せどすなぁ~」
「ゲッ、キモイ上にウゼェ!」
本気で嫌そうな声を上げシンタローは顔をしかめるが、身体を離そうとはしなかった。
「……珍しおすなぁ。そないに疲れはりましたのん?」
「疲れた……つーか、ねみぃ。最近ほとんど寝てなかったからな……」
その言葉に嘘は無いだろう。総帥になってからというもの、まさに寝食を忘れて彼はガンマ団をまとめあげる為に進み続けてきた。
その人知れぬ努力を思うと、アラシヤマは胸にこみ上げる感情をどうすればいいのか分からなくなる。
同情ではない。憧れとも少し違う。
もっと暖かく、もっと近しく、もっと御し難いものだった。
「少しなら、寝てても構いまへんえ。任務は完了しましたし、迎えのヘリが来るまでにはまだ時間がかかりますやろ」
「……んー……そっかぁ?」
「へぇ。心配せぇへんでも、わてがおりますわ。万が一、敵の残党がおったとしても何の問題もありまへんわ」
「まぁそうだろうけど……俺はむしろお前を警戒している」
眠そうな声でありながらも、ハッキリと冷たさを感じられる声でそう言われ、アラシヤマは思わず涙した。
「ひっ、酷いどす~シンタローはん!せいぜい寝顔を写真に撮るくらいどすえ?!」
「堂々と言われるとつい錯覚しそうになるが、それは盗撮ってもんだよな?このどすえヤロー」
あ~眠い!と後ろで目を擦る気配がし。
「んじゃ、俺寝るわ。何か妙な事しやがったらぶっ殺すからな」
「了解どす。……ゆっくりお眠りやす、シンタローはん」
ああ……、と短く答えて。シンタローはそのまま、眠りに落ちていった。
「…………」
規則正しい呼吸音。背中にかかる重みに、何故か深い安らぎを覚える。
アラシヤマはシンタローの手をそっと握ってみた。
暖かい手は、無意識にだろうがぎゅっと握り返してくる。
我知らず、口元にやわらかな微笑が浮かんだ。
背中合わせに手を繋いで、貴方を感じている。
それでいい、と思った。
シンタローが前を向いている時は、自分が後ろを向こう。
シンタローが後ろを向く時は、自分が前を向こう。
彼の為なら何でもできる自分を、アラシヤマは知っていた。
何の見返りもいらない。もちろん、くれると言うのなら迷わず貰うが。
本当に欲しいものはきっと、もうとうの昔に貰っている。
願わくは。
アラシヤマは空を仰ぎながら思った。
願わくは。
この体温を感じられるところで、最期の時を迎えたい。
口に出せば縁起でもない、とシンタローに怒られそうだが(それ以前に気色悪い!と眼魔砲でも撃たれそうだが)、それはきっとこの上ない幸せだろうと思って、アラシヤマは笑った。
END
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