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それはあまりに雄大で。
あまりにも輝いていて。

同じほどの腕を備えた身でも。
煌めく色素を携えていても。

決して手は届かないのだと思い知らせるのです。



…………伸ばす腕を、知って下さい。



忘れ果てた回帰


 いつものように台所に立つすらりとした背の男。刻まれる包丁の音はリズムを取っているようで乱れがなかった。
 それを横目でちらりと見つめ、こっそりと動く影。
 先ほど男が何かを作っていたよう気に手を伸ばし、中にあるものをひとつまみ取り出した。
 しおしおとした少し濃い桃色に小首を傾げ、口にぽいと入れるのと男の声が響いたのは同時だった。
 「あ、こらチャッピー、食べるな!」
 「きゃうんっ」
 いつもの叱られたのとは違うチャッピーの鳴き声にびっくりしたようにパプワが声をかけた。
 「どうした、チャッピー」
 「きゃうん、きゃうん」
 「あーあ………だからダメって言っておいただろ?」
 先ほど作り終えた容器の蓋をもう一度閉め、清潔な布巾を水で絞ってシンタローがチャッピーの前にしゃがみ込んだ。涙目で見上げる犬はどうにかして欲しいと目だけで訴えている。
 「ほら、舌出して。まだ飲み込んでねーな?」
 出された舌の上でどうする事も出来ずにたたずんでいるものをつまみ上げ、軽く拭ってやる。それだけでもかなり変わるだろう。近くに置いておいたコップに水を満たし、チャッピーに渡してうがいを促した。
 ガラゴロとうがいの音が響く中、パプワが不思議そうにシンタローの手の中にある容器を見つめる。
 それがなんなのか、自分も知らない。先ほどシンタローが何か作っていて、でもご飯ではないようだったから、デザートなのかもしれない。
 デザートのつまみ食いなら自分もしたいけれど、チャッピーの様子からいって違うらしい。
 「それは一体なにが入っているんだ?」
 「ん? ああ、これは桜の花びらだよ。それを塩漬けしてんの」
 楽しそうに答えたシンタローの笑顔につられて笑いかけながら、その物体の用途がしれずに眉をしかめる。
 …………そんなものを食べたのだから、さぞチャッピーも驚いただろうと思いながら。
 「………………?」
 疑問を視線に溶かして投げかけたパプワに気付き、シンタローがしゃがみ込んでその視線を同じくした。さらりを長い髪が頬を滑る様がすぐ間近に見える。こうしてきちんと目を合わせ、言葉をまっすぐ向ける瞬間が、パプワは好きだった。
 「コレはお湯に薄めて香りを楽しむものなんだよ。だからこのままじゃ食べれないし、うまくもない。………解ったか、チャッピー」
 こっそり後ろで丸まって聞いているチャッピーに苦笑しながら声をかける。伸ばされた腕が優しくその毛皮を撫でているのを見てパプワはぎゅっとチャッピーを抱きしめた。………そうするとその大きな手のひらが自分の頭も撫でてくれる事を知っているから。
 柔らかな仕草で晒される慈愛の御手。
 心温まる絆の再現。
 ………決して、それは他者を介入させない。
 否、それらは全てが優しく、しかも決して内へ入り収縮する類いではなく、広がり数多のものを包む様相を示しているのだ。そう思う事こそが劣等感なのかもしれないと小さく息を吐く影が、一つ。
 自嘲気味な笑みを残し、吐いた息を飲み込むように唇を閉ざすとパッと笑顔を咲かせた。
 「シンタローさん、俺、昼飯の材料集めてきますね。パプワ、なにがいい?」
 楽しげに弾んだリキッドの声にきょとんと小首を傾げ、パプワがジッとシンタローを見上げる。
 どこか幼いその仕草を愛でる瞳は優しい。
 「なんでもいいぞ」
 「………それが一番困る回答だってーの」
 呆れたため息の中、シンタローはきちんとその言葉の含む意味を汲み取っている。だから零す笑みは柔らかく、照れたようにパプワの頭を少し力を込めて撫でた。
 微笑みを、零さずにはいられない風景。まるで絵画の中にしかないような美しき絆。決して現実にはあり得ないと思わせるほどの崇高さに、何故か痛む胸を持て余す。
 ほんの少し遠いところに立っているだけで、遥か彼方にたたずむような虚無感を感じるのはきっと、浅ましさなのだろうと思いながら……………

 てくてくとジャングルの中を歩きながら辺りを見回す背中を見遣る。
 彼が前を歩き、自分は後ろ。荷物持ちは強制ではなく志願したのだが、そうでもしないと一緒に材料集めなど同行させてもらえないような気も、する。
 思わず吐きそうになる息は重く、そんなものを晒したなら機嫌を悪化させるだろう目の前の人物を思えば落とす事も出来ない。
 「お、これこの島にもあるのか。パプワたち好きだから多めに持ってくぞ」
 「え? ………あ、これ……でも前に食いませんでしたよ?」
 差し出された果物を見て訝しげに首を傾げた。
 甘酸っぱくて果肉が少し堅い柑橘系の果物。そのまま出しても食べないだろうと思ってジャムにしたが、あまり好評ではなかった。そう思って疑問を口に出すと逆にシンタローは小首を傾げた。
 「そうか? 前ん時は砂糖漬けにしたの保存用に多めに作ったけど、全部たいらげやがったぞ、あの大食らいたちは」
 どこか楽しげな声で話す言葉は、軽い。ふと過る過去の姿。………考えてみると、まともに顔をあわせたのは前のパプワ島での戦闘の時だった。
 さぞ印象が悪いだろう事は自分への対応の冷たさで十分知れる。確かに一番はじめに彼の仲間に重傷を負わせたのは自分なのだから、なにも言い訳はないけれど。
 多分、自分が知っている彼の顔は少ない。なにせ晒されるすべてがパプワたちの為なのだから。
 自分の為にむけられた笑みは記憶にない。当然と言えば当然なのだろうけれど。
 「本当にシンタローさんはパプワたちの事よく知ってますね」
 苦笑を交えて僅かな羨望とともに呟いたのは、無意識。
 …………どちらへの羨望かさえ、あやふやだった。
 けれど呟いた途端に後悔する。どうせ回答は解っているのだ。自信の溢れ得たあの笑みで、当たり前だと言われるに決まっている。
 決して自分が入り込めない世界の、清艶なる絆の存在。伸ばす腕すら携えず、ただ傍観する事以外、為す術もない。
 いっそ潔く諦めて、加えて欲しいのだと声を大にして叫べばまだ救いもある。けれどそれすら出来ないのは多分に望みが違うからだと、解っている。
 溜め息を飲み込んで、与えられるだろう言葉に傷つかない為の準備をする。そうして見遣った視線の先には、けれど想像とはまるで違うものがたたずんでいた。
 振り返った影。揺るぎない雄々しい背中。風に揺れた長い黒髪が頬を撫で、静かに包む。
 そのひとつひとつが網膜に焼き付くように静かに流れた。
 瞬く瞳。どこか、憂いさえ乗せて。………自分の予想した回答が紡がれる事はないと、はっきりと示された。
 姿は変わらず、決して脆弱には見えないのに。………頑強であり揺るぎないと思わせるのに。
 それでもこんなにも儚く思わせるものは一体なんだと言うのだろうか…………?
 「なにも俺は知らねぇよ」
 静かに告げられた音。震えすら帯びず、力みすらない。ただ淡々と事実を語るように穏やかだ。
 そのくせ潔く頭(こうべ)すら下げかねない寂しそうな瞳に息が詰まる。………誰よりも何よりも互いを理解していると見えるのに。けれど決して解ってはいないのだと悲しげな音が囁いた。
 困惑して、干上がる喉をむち打ち声を上げる。掠れるような叫びに聞こえる見苦しさに舌打ちしたくなりながら。
 「だって…………!」
 あんなにも解りあえているではないか。望むものを互いに与えあって、それでも解らない事があるのなら、どうやって理解が通うと言うのか。
 自分は彼よりも長くパプワの傍にいた。それでも解らない事だらけで、途方に暮れる事の方が多い。
 全てに柔軟に対応し、慈しみ抱きしめ必要な時に必要なだけの腕と言葉と、信頼を捧げる。
 そんな理想的な事、他では決して見られない。……見られるわけがない。
 もどかしく言葉に出来ないそれらを喉奥に蟠らせて唸るように唇を噛む。どれほど、それこそ血反吐を吐く思いで訴えても、決して受理されないと肌で感じた。
 ゆっくりと瞼を落とし、それらの感情すべてを見極め受け流した瞳は常と変わらぬ威厳を甦らせて前方を見遣った。
 ………静かに細く吐き出された吐息を受け止めたのは、ただ前方に広がる柔らかな緑たちだけだったけれど…………

 空には星が煌めいている。シンタローはそれを見上げた。もう眠っているだろうパプワたちの寝息すら聞こえてきそうな静寂はそう体験出来るものではなかった。
 見上げた空の様相の見事さに感嘆を覚え、同時にその不可解さに面白みが込み上げる。海底の奥底に沈んだ島にありながらここには太陽があり星がある。前に島と変わらない静けさと美しさ。
 息を吸うごとに浄められるような不可思議な感覚。身の裡の奥底で凝り固まったものを柔らかく溶かしてくれる。
 ゆっくりと落とした瞼の底、過去に映されたのはかつての島だった。
 けれど今は、ガンマ団の面々も浮かぶ。かつては切り捨て自由になる事ばかり考えていたのに、今はあの場もまた、自分の帰る場所と変わった。
 「……………………」
 息を落とし、微睡むように頤を下げた。呼気は静まり眠りを誘うように風が作り上げた木々の歌声が身を包んだ。
 けれど眠りは訪れない。不意に感じ取った気配にそれらは妨げられた。
 殺された足音。滲ませる事のないように気づかわれた気配。木々の密集した場では見事という他ないほどその気配は無音を身にまとって近付いて来た。その静寂さが逆に奇妙に虚空に残されてはいたけれど。
 小さく息を吐き、眼前の人を見遣る。起き上がってどこかに消えたから散歩程度かと思えばなかなか帰ってこなかった。………このままではパプワたちも起きてしまうのではないかと危惧して探してみればこんな間近な場所で眠りこけている。………本当に、よくわからない人だ。
 誰よりも何よりもかつての島を愛し、そこに住う命をかけがえのないものと尊んでいるくせに。
 誰よりも何よりも漂流した命を思い、手放せないと思い寄せているくせに。
 この二人はそれでも決して同じ道を進もうとはしない。離別を、いっそ潔いまでに受け入れ、そうして進む強さ。
 見ていてどれほど歯がゆいものかなんて、当の本人たちは知りもしないのだろうけれど。
 それほど人は強くはないのだ。自分を理解してくれるものを、手放す事などできない。……それなのにただ相手が喜ぶからと、別離すら受け入れ笑う根拠が、リキッドには理解できない。
 「……もし………」
 小さく息を飲み呟いた、声。
 聞き届けられる事のない事を願い晒された音は、けれど続きはしなかった。言いたくなかったと自身で解っていた。
 彼が自分の代わりにこの島に残ったならどれほどの幸があっただろうか。彼は強く、自分に出来ない事だって何でも出来る。正直、ここまで完璧な人間を自分は知らない。苦手とする分野すらない彼が信じられない。
 それでも、あるいはだからこそ、か。彼はこの島を探すのではなく舞い戻り組織を改革した。
 ………自分の生きる意味を知っている事は、幸福なのだろうか?
 そう問いかけたくなる。
 ただ我が儘に己の為にだけ生きればいいと、自分は思うのに。二人はそれでは笑えないのだと、笑う。
 夜気が忍び寄り、風が少し強く肌をなぶった。南国の島のようであり、けれど海底に沈んだこの島は時折吹く風がひどく冷たい。
 それに思考を舞い戻らされたリキッドは膝を折りシンタローの前にしゃがんだ。やはり起こして帰った方がいいだろうかと一瞬悩み、腕を伸ばす。
 風が、吹きかける。漆黒の髪を揺らし、青い月影に晒された肌を影に染める。
 眩く輝く己の髪とは対極にあるそれを眺める。思いのほか長い睫毛が色濃く影を落とし、風に揺れる様すら見て取れる距離。………決して、自分には許されないだろうと諦めていたのに。
 伸ばす腕が触れる事が出来る。ほんの少し近付けば重なる肌。
 呼気すら埋(うず)めて、無意識に風に押されるように身体が揺れる。
 …………あと、ほんのすこし。
 落とされた瞼の先には鮮やかな彼の姿。自分ではない誰かが傍に居て初めて晒される彼の本質。
 痛みを飲み込むように寄せられた眉。悔恨すら覚悟して近付けられた唇は、緩やかな呼気に触れて弾かれるように身を離した。
 触れる事すら、罪な気が、した。
 口吻けるだけでなく、その身にまとう空気すら穢す事が出来ない。
 彼の事も、彼の思う子供の事も理解できない自分に、触れるような資格すら、ない。
 噛み締めた唇で苦みを飲み下し、ゆっくりとリキッドは立ち上がる。
 せめて夜風に凍えないように毛布くらい持ってこようと歩む背は、それ故に気付かない。
 ゆっくりと開かれ微睡む仕草のままに見遣った視線に。
 「………度胸ねぇな……」
 噛み締めるような声音に己で小さく笑う。

 触れて来たならどうするかすら考えていない身で、その言もないだろうと再び瞼を落とした。
 もう少し、またあの男が来たなら目を覚まし帰ろう。
 きっと子供が自分がいないと不機嫌に顔を顰めて布団にうずくまっているだろうから……………



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