恋人である前に親子で、でも、血は繋がらなくて。
しかも敵対する赤の一族の体の俺をあなたは愛してくれた。
でも、何だろう、この虚無感は。
ぐるぐるまわる螺旋の渦の中、ただ一人その空間で何もする事がなくただそこに存在しているのかすら解らないようなそんな感覚。
雪の日にただ一人部屋にいる感覚と似ている。
そんな気分になってしまっている。
「シンタロー…!」
「ッッとぉさ…!」
真っ暗な部屋の中、キンイロの髪だけが月明かりに照らされてキラキラ光る。
自分だけが持っていない色が今でもうらやましい。
色濃く充満する情事の臭いと、空気。
マジックの汗がダイヤモンドみたいにぱたぱたと自分の胸や腹に垂れる。
彼の全てのものは美しいのだけれど、彼にちっとも似ていない自分の全ては醜い。
それでも。
「綺麗だよ」
そう言って貴方が嘘をつくから。
騙されてる振りをしなければならない道化の自分。
「好きだよ、愛している。」
そう貴方が狂言を吐くから。
悲しみを押し殺して偽り続けるしかない自分。
彼の一番激しくも美しい部分に貫かれ、醜く汚い自分はよがって、まるで窓に写る満月のように美しい彼を抱きしめる。
絶頂時のその瞬間だけ、シンタローはマジックに愛されていると思える。
熱い体を抱きしめるマジック。
小さい頃から情事の後のキマリゴト。
「ねぇ、シンちゃん。パパの事好きって言ってよ。」
マジックが覆いかぶさる形で抱きしめあっているから、お互いがお互いの顔は見えない。
マジックがどんな顔をしているか、なんて解らない。
シンタローは無表情のまま。
「調子に乗ンな。」
と呟く。
これ以上惨めにさせないで欲しい。
アンタが抱いているのは俺じゃない知らない想像でできた奴。
小さい時みたいに、もう、アンタの言葉を素直には聞けない。
「なんでなんで!?シンちゃんのケチ!!」
ふーんだ!とか言ってるのに、ぎゅーっと抱きしめる。
お願いだから止めて欲しい。
そうやって俺の心を壊さないで。
痛くて痛くてたまらないんだ。
アンタは遊びなんだろう。マジックの方を向くと、マジックはふて腐れてるらしくシンタローと同じ方向を向いていて。
シンタローはマジックの金髪を見つめる。
肌と肌がくっつきあっているから温かい。
心もそうだったらいいのにと、切に、切に、願う。
それが出来ないのは重々承知の上で。
きっと近いうちに自分はこの男から離れるだろう。
いや、離れなくてはならないのだ。
彼なら一人でも大丈夫。
自分がいなくとも何でもできる。
シンタローは静かに瞼を閉じた。
「シンちゃん、寝ちゃったの?」
マジックの声が近くで聞こえる。
声を発するのも、マジックの顔を見るのも苦しくて嫌なので、シンタローは眠った振りをした。
ねーねーシンちゃん!とか、起きてよつまんなーい!とかマジックが一人言っていたが、一行に何もアクションを取らないシンタローに、マジックは目を細め、愛おしそうにシンタローの髪を撫でた。
サラサラと髪を弄び、シンタローの頬にキスを落として。
「おやすみシンタロー。愛しているよ。」
そう呟いて布団をかける。
マジックの寝息が聞こえてから、シンタローは声を殺して泣いた。
「シーンちゃんっ!今日はパパと一緒にドライブに行こうよ!ねっ!」
総帥室に有無を言わさず勢いよく入ってきて、ウインクをする。
マジックだから様になる行為だ。
「やだ。」
「えっ!シンちゃん結論早くない?たまにはいーじゃないか!ね?」
「なーにが、ね?だ!馬鹿親父!俺はアンタと違って忙しいの!」
マジックは一切見ないで書類をチェックし、秘書達にココにこれを持っていくように手配しろ、これにはサインできないから責任者にもう一度確認してこい等と指示を出す。
「たまにはいーじゃないか!パパと遊ぼうよ!」
「だーめ!」
べっ、と舌を出して書類にサインをしたり、読んだりしていると。
「あああああ!!」
マジックが急に巨大音声で叫んだのでシンタローを含め秘書達も動きが止まりマジックを見た。
「な、何だよ!どーしたんだ!?」
回りをキョロキョロ見るシンタロー。
「今の顔凄くカワイイ!ね、もう一回やってよ!今ハンディカム持ってくるから!」
はぁはぁと興奮しているのだろう。
床には鼻血の血飛沫が噴射されていた。
秘書達はげんなりとし、シンタローの安否を心より心配した。
変態親父で可哀相にと、秘書達の心はいつも一つ。
しかし、シンタローは、この父親の演技に騙されないぞと思うが、騙されたふりをしないと、もうマジックに振り向いて貰えなくなる、と思っていた。
偽りでもいい。彼の愛が欲しい。
渇望するほど。
「親父…キモイ。」
「ガーン!パパ、すっごいショック!」
「ガーンって口で言うな。ムカツク。」
そこまで言われてもマジックはシンタローにイチミリでも近づこうと必死になる。
そうまでして好きなのだ。
何をされても、何をしても愛おしいし、愛していける自信がある。
きっとこの世にシンタローがいなくなってしまったら、この世界になんてこれっぽっちも興味がなくなるだろう。
下手したら彼は自殺をしてしまうかもしれない。
シンタローの元へ行きたくて、シンタローの元へ近づきたくて。
でも、この世が自分とシンタローだけしか残らなかったら。
そう考えると、私はシンタローとアダムとイヴになれる気がするよ!
シンちゃん大好き!!
マジックの脳内の99%はシンタロー。
残りは生活する為の基本的なことだったり。
「一緒にドライブしてくんなきゃ、パパ本気で暴走するよ…。」
「はぁ?!ふざけた事言うな!!壊れた所テメーの金で直せよな!!」
「秘石眼使用にするから、全部立て直すようかもね。」
「おまっ!息子脅してんじゃねーよ!」
でも、やるといったらやるだろう。
それは側に居た秘書達も解っているようで。
真っ青になって少しカタカタと震えている。
シンタローがマジックと違う所は他人も大切にする所。
団員達に戦闘任務でもないのに怪我をさせるわけにはいかない。
しかも相手は世界最強と謳われた覇王・マジックなのである。
「わーったよ!」
仕方なくマジックの誘いを受ける。
情事をする時以外は余り会いたくない。
本当に自分を愛してくれているのかもしれないという淡い期待をしてしまうから。
父親と関係を持ってしまった当時はまだ良かった。
親子同士という関係に葛藤しているだけだったから。
でも、今は…。
愛していると知ってしまったから、もう遅い。
親子での恋愛ができるはずがないし、多分マジックが遊び相手として手っ取り早く遊べる相手が自分だったのだろう。
昔好きだった人に似ているらしいとハーレムに聞いた事がある。
だが、それのせいではないと核心めいた思いがある。
そうじゃない。そうではないのだ。
俺が恐れているのはそんな事じゃなく、マジックに愛されていない事。
アイツの“愛”の感情が、意味が、強さが、思いが、俺の持つ意味と温度と掛け離れているのではないかという不安。
いくら愛してると言われても、嘘だと思ってしまう。
「じゃ、シンちゃん一緒に行こうね!ね、ね、何処行く?あ、そうだ。今度オープンしたフランスのお店凄く美味しいんだって!ねーねーシンちゃん、そこ行こうよ!」
凄く楽しそうにシンタローの腕を掴み、ジェット機に乗せる。
ここでもマジックの好みのように振る舞わなければ。
いつものツンツンした、父親大嫌いの自分を演じなければ。
シンタローは嫌々なようにジェット機に乗り込む。
ふて腐れているようにして、マジックの顔は見ず、ずっと窓の外、下を見下ろす。
「シンちゃん、綺麗な夜景だね。」
ふ、と、時折見せる大人の顔。
思わずぱっ、とみやると、マジックも先程の自分と同じようにジェット機から外を眺めていた。
「シンちゃん、夜景好きなの?」
目が合った。
反らしたいけど反らしたくない。
なんだか反らしたら負けみたいな意味のないプライド。
「別に。」
「あ、でも、これから行くお店もすっごく夜景が綺麗なんだよ。」
「あっそ。」
「シンちゃん。」
「あんだよ。」
「怒ってる?」
「……。」
怒ってなんていない。
でも、怒ったふりをするほうがアンタは好きなんだろ?
だから。アンタの為に今俺は怒って居る俺を演じる。
「当たり前だろー?ったく!仕事に差し支えたらどーしてくれんだ!」
すると困ったように笑うので、どうしていいか解らず俺はまた、目を窓の外へ這わせた。
マジックのオススメの店に着いた。
高い建物の最上階、Vipルームの窓際に腰を降ろす。
客は自分達しか居なく、黒服が数名自分達専用のように居るだけだった。
聞けば貸し切りにしたとの事。
ふぅん、と、シンタローは素っ気なく返事をし、窓の外を見た。
「ね?綺麗だろう?」
「まーな。」
肘をついて、頬に手を置き、さして興味なさそうに努める。
「シンちゃん、機嫌直して?ね?あ、ホラホラ!シンちゃんワイン来たよワイン!」
黒服がワイングラスと、氷の入ったワインを持って来て、グラスをマジックとシンタローの前に置く。
マジックはシンタローのご機嫌取りに必死で。
だってシンタローと二人で居る時の時間はお互い楽しくありたい。
愛してるから。それは当然の事。
「ホラホラ、シンちゃん飲んで飲んで!ね?」
そう言われてシンタローは一気にワインを飲み干した。
喉にアルコールが流れ込むのを感じる。
「もっと!」
そう言って黒服からビンを奪いそのままラッパ。
ゴクゴクと喉が上下に動く。
「俺、焼酎飲みたい焼酎!冷で!!」
「シンちゃん、ココは焼酎ないよ。ワインかシャンパンで我慢して?ね?」
う~…と、シンタローは唸ってマジックを見た。
マジックはヤレヤレと言った様子で黒服にワインの追加を頼む。
「飲めとは言ったけどね、お前はアルコール余り強くはないんだから、ほどほどにしなくちゃダメだよ。」
「ふん!」
鼻息をして、また、そっぽを向いた。
カボチャのポタージュが出てくる頃には、シンタローは既にベロベロに酔っ払っていて。
マジックはアルコールが強くザルなのだがシンタローは弱い方なのだ。
マジックは心配そうにシンタローを見るが、シンタローは我関せずの勢いでポタージュを飲んでみたり、ワインやらシャンパンを飲んだりしていた。
「つーかさぁ、親父わぁ~俺の事遊びなんだろぉ~?」
メインのロブスターをくわえながらシンタローにいきなり言われ、マジックはむせた。
酔っ払った勢いで思いのはけをぶちまけようというシンタローの魂胆だ。
というか、酔っ払っているのでそこまで頭は回らないが。
「なに言ってるんだいシンタロー!遊びの訳ないだろう?」
この子はまた、訳の解らない事を…。
私が遊びで息子を抱く訳がない。
お前だからなのに。何で解ってくれないのか。
「ふぅん、そぉ。」
そう言ってシンタローは料理に手をつけ始める。
デザートまで綺麗に食べ終えたが、それ以降マジックがいくら話し掛けてもシンタローは何も返事をする事なく、ただ、黙々と料理を食べ続ける。
「これウメー!」
「じ、じゃあさ!パパが同じの作ってあげるヨ!」
「このモンブランタルトお代わりー!後5つ追加!!」
こんな感じである。
そして、店から出た途端、ふらりと倒れ、慌てて抱きしめるマジックの胸の中ですかすかと気持ちよさ気な寝息が聞こえ、マジックは安堵のため息をついた。
シンタローが目覚めると、そこは車の中。
マジックが左側で運転をしているのが解る。
一旦目を開けたのだが、眠気には勝てず、シンタローはまた、眠りの中に身をゆだねたのだった。
連れて来られたのは高級ホテル。
シンちゃん起きて、と、何度かマジックが声をかけたが、安眠を貪るかのようにシンタローは起きなかった。
マジックは浅いため息を一つして、シンタローをおぶさりホテルのロビーに入る。
車の中で電話をしておいたらしく、支配人がすぐに来て、Vipルームに案内された。
息子様を連れてゆきますよ、という支配人に、マジックはやんわりと断り、カードキーを受け取って部屋に入った。
薔薇の香の立ち込めたフランス形式の部屋のベッドにシンタローを寝かす。
「う…ん。とぉさん…。」
寝言で自分を呼ぶシンタローに、マジックは酷く欲情をし、赤くなった顔を誰に見られるわけでもないのに口元を手で押さえた。
「シンタロー…。」
愛しい愛しい息子。
そして、居なくてはならない最愛の恋人。
こんなに愛しているのに、何で思いが伝わらないのか。
遊び…本気でシンタローは私がそう思っていると考えているのか。
そんなはずないじゃないか。
どうすれば伝わるんだろうか。
私のお前に対する、張り裂けんばかりの愛情を。
言葉と体と態度しか、私の凡人な脳では解らない。
さらり、と、シンタローの髪をとく。
そして、額にキスを落とそうとした時。
ぱか、と、シンタローの目が開いた。
「て、テメー、今、寝込み襲おうとしたダロ。」
「シ、シンちゃん、おはよー!」
「まだ夜だバーカ!!」
まどろんだ顔で、とろんとした瞳でマジックを見る。
アルコールのせいで、声もいくらか枯れているようだ。
「父さん、抱っこして。スリスリ抱き抱きして。」
!!?
一瞬何が起きたか解らなくなった。
マジックは後ずさり、冷や汗を流す。
このこは言っている意味が分かっているのか、寧ろ、本当にシンタローなのか
一方のシンタローは、やっぱりな、と自笑した。
やはりマジックはこういった素直な自分は嫌いなんだ。
でも、本心ではいつも一緒に居たいと思うよ。
いつも貴方に触れていたいし、触れられていたい。
でも、演技するのはもう疲れた。
貴方に恋焦がれるのも、もう…。
「何でもナイ。俺、明日会議だから帰るわ。親父は休んでから帰れよ。」
ア然としているマジックに悲しそうに笑いかけ、ふらつく足を気力で立たせ部屋を出ようとする。
これでハッキリしたじゃないか。
アイツは俺にベタベタすんのは遊びだから。
こっちが本気を見せれば逃げてゆく。
言ってしまって後悔の気持ちはさらさらない。
本心を知りたかったのは嘘ではないし、疲れてしまったのも事実であることに変わりはないのだから。
「シンタロー、待って。」
なのに。なのに何でこいつは俺を引き止めるのだろうか。
やめて、やめて。
期待している自分が出てくるから。
引き止めないで。そっとしておいて。お願い。
「どうしたの?何時ものお前らしくない。」
そりゃそうだ。俺らしくないだろうよ。
何時もの俺は作ってる俺。アンタに好かれる為に必死になってアンタの好みにしているんだから。
「どうもしねぇよ。」
それだけ言うと、シンタローは又部屋から出ていこうとした。が。
きゅっ。
後ろから温かい温度が伝わる。
抱きしめられているとその時気付いた。
強いけれど優しく。優しいけれど逃れられないように。
「誘ってくれたの?」
「違う。」
そうじゃ、ない。そうだけれど、そうじゃない。
一番重要な要点はそこではないのだ。
「何で泣くの?」
「アンタが!アンタが…っ!」
「私が?」
「アンタが俺の事、本当は好きじゃないから。」
自分で言って苦しくなる。
思っているだけと、口にするのでは重さが違う。
「これが本当の俺なんだよ父さん…。アンタの考えてるシンタローは作りものなんだ。」
さぞやガッカリするだろう。
今まで自分好みに育て、遊びで付き合った最も信頼していた息子に裏切られた心境だろう。
でも、我慢できなかった。
狂ってしまうかと思った。
これ以上もうどうにもならないところにまで来てしまったんだ。
「シンタロー…。」
呼ばれても、顔は見れない。
ただ、マジックの唇から出る息遣いがシンタローの耳を掠め、回されている腕から、まだマジックが自分の側から離れない事を知る。
だが、次の瞬間、マジックの温もりが消えた。
ああ。
やはりな、と、シンタローは思う。
遊びで付き合った手っ取り早い奴。
いきなり本気ですと言われても引くしかないだろう。
わかりきっていた結果だったのに。
何でこんなに涙が溢れるんだろう。
「シンタロー、こっちを向きなさい。」
背後から聞こえる父の声に、シンタローは黙ってマジックの方へ体を向ける。
溢れる涙はどうしても止める事ができなくて。
ポロポロ零れる涙をそのままにしてマジックを見た。
.
ぺろり。
マジックの舌がシンタローの頬に流れる涙を舐めた。
「お前の事をどれほどまで私が愛しているかということをどう表現すればお前は解ってくれるの?」
悲しそうに眉を潜めて、シンタローの視線に立っている父。
ポロポロ涙を零し、信じられない顔でマジックを見る息子。
「うそばっ…かっ!」
「嘘じゃない。」
「じゃあさっき、なん、で…!」
何で誘ったら引いたの?
自分の好きなシンタローはそんなことしないからでしょ?
「さっきは嬉しくてね。お前は本当におかしな子だね。何で私に愛されてないなんて思ったの。私にはお前しか居ないのに。お前が私の全てなんだよ。シンタロー。」
「コ、コタローも、グンマも、キンタローも居るじゃねぇか。何で血の繋がらない俺がアンタの一番だなんて思えるよ!」
「それでも私の一番はお前なんだよ。シンタロー。」
愛しているよとキスをされた。
角度を変え、何度も何度も。
息継ぎの時に壊れたレコードみたいに愛していると囁かれて。
いいの?俺の思い過ごしだったって自惚れていいの?
「っふぁ、父さん…。」
「なんだい?シンタロー。」
「愛してる。」
初めて言われた愛の言葉に、マジックは顔が赤くなるのを感じた。
「私も愛しているよ。」
「ふ、親父、顔真っ赤だぜ?」
「シ、シンちゃん!からかわないの!」
「あははは!」
何だ。すっげー簡単な事じゃん。
愛してるって素直に言えばよかったんだ。
そうすれば早くこーんな珍しい親父の顔が見れたのに。
愛している。
たかが言葉。されど言葉。
言葉の魔法。
終わり
しかも敵対する赤の一族の体の俺をあなたは愛してくれた。
でも、何だろう、この虚無感は。
ぐるぐるまわる螺旋の渦の中、ただ一人その空間で何もする事がなくただそこに存在しているのかすら解らないようなそんな感覚。
雪の日にただ一人部屋にいる感覚と似ている。
そんな気分になってしまっている。
「シンタロー…!」
「ッッとぉさ…!」
真っ暗な部屋の中、キンイロの髪だけが月明かりに照らされてキラキラ光る。
自分だけが持っていない色が今でもうらやましい。
色濃く充満する情事の臭いと、空気。
マジックの汗がダイヤモンドみたいにぱたぱたと自分の胸や腹に垂れる。
彼の全てのものは美しいのだけれど、彼にちっとも似ていない自分の全ては醜い。
それでも。
「綺麗だよ」
そう言って貴方が嘘をつくから。
騙されてる振りをしなければならない道化の自分。
「好きだよ、愛している。」
そう貴方が狂言を吐くから。
悲しみを押し殺して偽り続けるしかない自分。
彼の一番激しくも美しい部分に貫かれ、醜く汚い自分はよがって、まるで窓に写る満月のように美しい彼を抱きしめる。
絶頂時のその瞬間だけ、シンタローはマジックに愛されていると思える。
熱い体を抱きしめるマジック。
小さい頃から情事の後のキマリゴト。
「ねぇ、シンちゃん。パパの事好きって言ってよ。」
マジックが覆いかぶさる形で抱きしめあっているから、お互いがお互いの顔は見えない。
マジックがどんな顔をしているか、なんて解らない。
シンタローは無表情のまま。
「調子に乗ンな。」
と呟く。
これ以上惨めにさせないで欲しい。
アンタが抱いているのは俺じゃない知らない想像でできた奴。
小さい時みたいに、もう、アンタの言葉を素直には聞けない。
「なんでなんで!?シンちゃんのケチ!!」
ふーんだ!とか言ってるのに、ぎゅーっと抱きしめる。
お願いだから止めて欲しい。
そうやって俺の心を壊さないで。
痛くて痛くてたまらないんだ。
アンタは遊びなんだろう。マジックの方を向くと、マジックはふて腐れてるらしくシンタローと同じ方向を向いていて。
シンタローはマジックの金髪を見つめる。
肌と肌がくっつきあっているから温かい。
心もそうだったらいいのにと、切に、切に、願う。
それが出来ないのは重々承知の上で。
きっと近いうちに自分はこの男から離れるだろう。
いや、離れなくてはならないのだ。
彼なら一人でも大丈夫。
自分がいなくとも何でもできる。
シンタローは静かに瞼を閉じた。
「シンちゃん、寝ちゃったの?」
マジックの声が近くで聞こえる。
声を発するのも、マジックの顔を見るのも苦しくて嫌なので、シンタローは眠った振りをした。
ねーねーシンちゃん!とか、起きてよつまんなーい!とかマジックが一人言っていたが、一行に何もアクションを取らないシンタローに、マジックは目を細め、愛おしそうにシンタローの髪を撫でた。
サラサラと髪を弄び、シンタローの頬にキスを落として。
「おやすみシンタロー。愛しているよ。」
そう呟いて布団をかける。
マジックの寝息が聞こえてから、シンタローは声を殺して泣いた。
「シーンちゃんっ!今日はパパと一緒にドライブに行こうよ!ねっ!」
総帥室に有無を言わさず勢いよく入ってきて、ウインクをする。
マジックだから様になる行為だ。
「やだ。」
「えっ!シンちゃん結論早くない?たまにはいーじゃないか!ね?」
「なーにが、ね?だ!馬鹿親父!俺はアンタと違って忙しいの!」
マジックは一切見ないで書類をチェックし、秘書達にココにこれを持っていくように手配しろ、これにはサインできないから責任者にもう一度確認してこい等と指示を出す。
「たまにはいーじゃないか!パパと遊ぼうよ!」
「だーめ!」
べっ、と舌を出して書類にサインをしたり、読んだりしていると。
「あああああ!!」
マジックが急に巨大音声で叫んだのでシンタローを含め秘書達も動きが止まりマジックを見た。
「な、何だよ!どーしたんだ!?」
回りをキョロキョロ見るシンタロー。
「今の顔凄くカワイイ!ね、もう一回やってよ!今ハンディカム持ってくるから!」
はぁはぁと興奮しているのだろう。
床には鼻血の血飛沫が噴射されていた。
秘書達はげんなりとし、シンタローの安否を心より心配した。
変態親父で可哀相にと、秘書達の心はいつも一つ。
しかし、シンタローは、この父親の演技に騙されないぞと思うが、騙されたふりをしないと、もうマジックに振り向いて貰えなくなる、と思っていた。
偽りでもいい。彼の愛が欲しい。
渇望するほど。
「親父…キモイ。」
「ガーン!パパ、すっごいショック!」
「ガーンって口で言うな。ムカツク。」
そこまで言われてもマジックはシンタローにイチミリでも近づこうと必死になる。
そうまでして好きなのだ。
何をされても、何をしても愛おしいし、愛していける自信がある。
きっとこの世にシンタローがいなくなってしまったら、この世界になんてこれっぽっちも興味がなくなるだろう。
下手したら彼は自殺をしてしまうかもしれない。
シンタローの元へ行きたくて、シンタローの元へ近づきたくて。
でも、この世が自分とシンタローだけしか残らなかったら。
そう考えると、私はシンタローとアダムとイヴになれる気がするよ!
シンちゃん大好き!!
マジックの脳内の99%はシンタロー。
残りは生活する為の基本的なことだったり。
「一緒にドライブしてくんなきゃ、パパ本気で暴走するよ…。」
「はぁ?!ふざけた事言うな!!壊れた所テメーの金で直せよな!!」
「秘石眼使用にするから、全部立て直すようかもね。」
「おまっ!息子脅してんじゃねーよ!」
でも、やるといったらやるだろう。
それは側に居た秘書達も解っているようで。
真っ青になって少しカタカタと震えている。
シンタローがマジックと違う所は他人も大切にする所。
団員達に戦闘任務でもないのに怪我をさせるわけにはいかない。
しかも相手は世界最強と謳われた覇王・マジックなのである。
「わーったよ!」
仕方なくマジックの誘いを受ける。
情事をする時以外は余り会いたくない。
本当に自分を愛してくれているのかもしれないという淡い期待をしてしまうから。
父親と関係を持ってしまった当時はまだ良かった。
親子同士という関係に葛藤しているだけだったから。
でも、今は…。
愛していると知ってしまったから、もう遅い。
親子での恋愛ができるはずがないし、多分マジックが遊び相手として手っ取り早く遊べる相手が自分だったのだろう。
昔好きだった人に似ているらしいとハーレムに聞いた事がある。
だが、それのせいではないと核心めいた思いがある。
そうじゃない。そうではないのだ。
俺が恐れているのはそんな事じゃなく、マジックに愛されていない事。
アイツの“愛”の感情が、意味が、強さが、思いが、俺の持つ意味と温度と掛け離れているのではないかという不安。
いくら愛してると言われても、嘘だと思ってしまう。
「じゃ、シンちゃん一緒に行こうね!ね、ね、何処行く?あ、そうだ。今度オープンしたフランスのお店凄く美味しいんだって!ねーねーシンちゃん、そこ行こうよ!」
凄く楽しそうにシンタローの腕を掴み、ジェット機に乗せる。
ここでもマジックの好みのように振る舞わなければ。
いつものツンツンした、父親大嫌いの自分を演じなければ。
シンタローは嫌々なようにジェット機に乗り込む。
ふて腐れているようにして、マジックの顔は見ず、ずっと窓の外、下を見下ろす。
「シンちゃん、綺麗な夜景だね。」
ふ、と、時折見せる大人の顔。
思わずぱっ、とみやると、マジックも先程の自分と同じようにジェット機から外を眺めていた。
「シンちゃん、夜景好きなの?」
目が合った。
反らしたいけど反らしたくない。
なんだか反らしたら負けみたいな意味のないプライド。
「別に。」
「あ、でも、これから行くお店もすっごく夜景が綺麗なんだよ。」
「あっそ。」
「シンちゃん。」
「あんだよ。」
「怒ってる?」
「……。」
怒ってなんていない。
でも、怒ったふりをするほうがアンタは好きなんだろ?
だから。アンタの為に今俺は怒って居る俺を演じる。
「当たり前だろー?ったく!仕事に差し支えたらどーしてくれんだ!」
すると困ったように笑うので、どうしていいか解らず俺はまた、目を窓の外へ這わせた。
マジックのオススメの店に着いた。
高い建物の最上階、Vipルームの窓際に腰を降ろす。
客は自分達しか居なく、黒服が数名自分達専用のように居るだけだった。
聞けば貸し切りにしたとの事。
ふぅん、と、シンタローは素っ気なく返事をし、窓の外を見た。
「ね?綺麗だろう?」
「まーな。」
肘をついて、頬に手を置き、さして興味なさそうに努める。
「シンちゃん、機嫌直して?ね?あ、ホラホラ!シンちゃんワイン来たよワイン!」
黒服がワイングラスと、氷の入ったワインを持って来て、グラスをマジックとシンタローの前に置く。
マジックはシンタローのご機嫌取りに必死で。
だってシンタローと二人で居る時の時間はお互い楽しくありたい。
愛してるから。それは当然の事。
「ホラホラ、シンちゃん飲んで飲んで!ね?」
そう言われてシンタローは一気にワインを飲み干した。
喉にアルコールが流れ込むのを感じる。
「もっと!」
そう言って黒服からビンを奪いそのままラッパ。
ゴクゴクと喉が上下に動く。
「俺、焼酎飲みたい焼酎!冷で!!」
「シンちゃん、ココは焼酎ないよ。ワインかシャンパンで我慢して?ね?」
う~…と、シンタローは唸ってマジックを見た。
マジックはヤレヤレと言った様子で黒服にワインの追加を頼む。
「飲めとは言ったけどね、お前はアルコール余り強くはないんだから、ほどほどにしなくちゃダメだよ。」
「ふん!」
鼻息をして、また、そっぽを向いた。
カボチャのポタージュが出てくる頃には、シンタローは既にベロベロに酔っ払っていて。
マジックはアルコールが強くザルなのだがシンタローは弱い方なのだ。
マジックは心配そうにシンタローを見るが、シンタローは我関せずの勢いでポタージュを飲んでみたり、ワインやらシャンパンを飲んだりしていた。
「つーかさぁ、親父わぁ~俺の事遊びなんだろぉ~?」
メインのロブスターをくわえながらシンタローにいきなり言われ、マジックはむせた。
酔っ払った勢いで思いのはけをぶちまけようというシンタローの魂胆だ。
というか、酔っ払っているのでそこまで頭は回らないが。
「なに言ってるんだいシンタロー!遊びの訳ないだろう?」
この子はまた、訳の解らない事を…。
私が遊びで息子を抱く訳がない。
お前だからなのに。何で解ってくれないのか。
「ふぅん、そぉ。」
そう言ってシンタローは料理に手をつけ始める。
デザートまで綺麗に食べ終えたが、それ以降マジックがいくら話し掛けてもシンタローは何も返事をする事なく、ただ、黙々と料理を食べ続ける。
「これウメー!」
「じ、じゃあさ!パパが同じの作ってあげるヨ!」
「このモンブランタルトお代わりー!後5つ追加!!」
こんな感じである。
そして、店から出た途端、ふらりと倒れ、慌てて抱きしめるマジックの胸の中ですかすかと気持ちよさ気な寝息が聞こえ、マジックは安堵のため息をついた。
シンタローが目覚めると、そこは車の中。
マジックが左側で運転をしているのが解る。
一旦目を開けたのだが、眠気には勝てず、シンタローはまた、眠りの中に身をゆだねたのだった。
連れて来られたのは高級ホテル。
シンちゃん起きて、と、何度かマジックが声をかけたが、安眠を貪るかのようにシンタローは起きなかった。
マジックは浅いため息を一つして、シンタローをおぶさりホテルのロビーに入る。
車の中で電話をしておいたらしく、支配人がすぐに来て、Vipルームに案内された。
息子様を連れてゆきますよ、という支配人に、マジックはやんわりと断り、カードキーを受け取って部屋に入った。
薔薇の香の立ち込めたフランス形式の部屋のベッドにシンタローを寝かす。
「う…ん。とぉさん…。」
寝言で自分を呼ぶシンタローに、マジックは酷く欲情をし、赤くなった顔を誰に見られるわけでもないのに口元を手で押さえた。
「シンタロー…。」
愛しい愛しい息子。
そして、居なくてはならない最愛の恋人。
こんなに愛しているのに、何で思いが伝わらないのか。
遊び…本気でシンタローは私がそう思っていると考えているのか。
そんなはずないじゃないか。
どうすれば伝わるんだろうか。
私のお前に対する、張り裂けんばかりの愛情を。
言葉と体と態度しか、私の凡人な脳では解らない。
さらり、と、シンタローの髪をとく。
そして、額にキスを落とそうとした時。
ぱか、と、シンタローの目が開いた。
「て、テメー、今、寝込み襲おうとしたダロ。」
「シ、シンちゃん、おはよー!」
「まだ夜だバーカ!!」
まどろんだ顔で、とろんとした瞳でマジックを見る。
アルコールのせいで、声もいくらか枯れているようだ。
「父さん、抱っこして。スリスリ抱き抱きして。」
!!?
一瞬何が起きたか解らなくなった。
マジックは後ずさり、冷や汗を流す。
このこは言っている意味が分かっているのか、寧ろ、本当にシンタローなのか
一方のシンタローは、やっぱりな、と自笑した。
やはりマジックはこういった素直な自分は嫌いなんだ。
でも、本心ではいつも一緒に居たいと思うよ。
いつも貴方に触れていたいし、触れられていたい。
でも、演技するのはもう疲れた。
貴方に恋焦がれるのも、もう…。
「何でもナイ。俺、明日会議だから帰るわ。親父は休んでから帰れよ。」
ア然としているマジックに悲しそうに笑いかけ、ふらつく足を気力で立たせ部屋を出ようとする。
これでハッキリしたじゃないか。
アイツは俺にベタベタすんのは遊びだから。
こっちが本気を見せれば逃げてゆく。
言ってしまって後悔の気持ちはさらさらない。
本心を知りたかったのは嘘ではないし、疲れてしまったのも事実であることに変わりはないのだから。
「シンタロー、待って。」
なのに。なのに何でこいつは俺を引き止めるのだろうか。
やめて、やめて。
期待している自分が出てくるから。
引き止めないで。そっとしておいて。お願い。
「どうしたの?何時ものお前らしくない。」
そりゃそうだ。俺らしくないだろうよ。
何時もの俺は作ってる俺。アンタに好かれる為に必死になってアンタの好みにしているんだから。
「どうもしねぇよ。」
それだけ言うと、シンタローは又部屋から出ていこうとした。が。
きゅっ。
後ろから温かい温度が伝わる。
抱きしめられているとその時気付いた。
強いけれど優しく。優しいけれど逃れられないように。
「誘ってくれたの?」
「違う。」
そうじゃ、ない。そうだけれど、そうじゃない。
一番重要な要点はそこではないのだ。
「何で泣くの?」
「アンタが!アンタが…っ!」
「私が?」
「アンタが俺の事、本当は好きじゃないから。」
自分で言って苦しくなる。
思っているだけと、口にするのでは重さが違う。
「これが本当の俺なんだよ父さん…。アンタの考えてるシンタローは作りものなんだ。」
さぞやガッカリするだろう。
今まで自分好みに育て、遊びで付き合った最も信頼していた息子に裏切られた心境だろう。
でも、我慢できなかった。
狂ってしまうかと思った。
これ以上もうどうにもならないところにまで来てしまったんだ。
「シンタロー…。」
呼ばれても、顔は見れない。
ただ、マジックの唇から出る息遣いがシンタローの耳を掠め、回されている腕から、まだマジックが自分の側から離れない事を知る。
だが、次の瞬間、マジックの温もりが消えた。
ああ。
やはりな、と、シンタローは思う。
遊びで付き合った手っ取り早い奴。
いきなり本気ですと言われても引くしかないだろう。
わかりきっていた結果だったのに。
何でこんなに涙が溢れるんだろう。
「シンタロー、こっちを向きなさい。」
背後から聞こえる父の声に、シンタローは黙ってマジックの方へ体を向ける。
溢れる涙はどうしても止める事ができなくて。
ポロポロ零れる涙をそのままにしてマジックを見た。
.
ぺろり。
マジックの舌がシンタローの頬に流れる涙を舐めた。
「お前の事をどれほどまで私が愛しているかということをどう表現すればお前は解ってくれるの?」
悲しそうに眉を潜めて、シンタローの視線に立っている父。
ポロポロ涙を零し、信じられない顔でマジックを見る息子。
「うそばっ…かっ!」
「嘘じゃない。」
「じゃあさっき、なん、で…!」
何で誘ったら引いたの?
自分の好きなシンタローはそんなことしないからでしょ?
「さっきは嬉しくてね。お前は本当におかしな子だね。何で私に愛されてないなんて思ったの。私にはお前しか居ないのに。お前が私の全てなんだよ。シンタロー。」
「コ、コタローも、グンマも、キンタローも居るじゃねぇか。何で血の繋がらない俺がアンタの一番だなんて思えるよ!」
「それでも私の一番はお前なんだよ。シンタロー。」
愛しているよとキスをされた。
角度を変え、何度も何度も。
息継ぎの時に壊れたレコードみたいに愛していると囁かれて。
いいの?俺の思い過ごしだったって自惚れていいの?
「っふぁ、父さん…。」
「なんだい?シンタロー。」
「愛してる。」
初めて言われた愛の言葉に、マジックは顔が赤くなるのを感じた。
「私も愛しているよ。」
「ふ、親父、顔真っ赤だぜ?」
「シ、シンちゃん!からかわないの!」
「あははは!」
何だ。すっげー簡単な事じゃん。
愛してるって素直に言えばよかったんだ。
そうすれば早くこーんな珍しい親父の顔が見れたのに。
愛している。
たかが言葉。されど言葉。
言葉の魔法。
終わり
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