12/25
昨日が12月24日だったから、今日は12月25日だ。
毎年毎年、11月の終盤から繰り広げられる、浮かれ騒ぎの総マトメの日。
つまりは、今日こそが。
イエス・キリストの生まれた日であり”クリスマス”の本番なのである。
忙しなくヒトの行き交う通りを、何と無く眺めながら。
シンタローが、その事実に気づいたのは。
いささか間の抜けたコトに、この待ち合わせ場所についてからであった。
………大体、イブだの、イブイブだの。
どいつもこいつも、クリスマスの主旨解って騒いでンのか?
もしかしたら。サンタの誕生日とか、勘違いしてねぇか!?
そもそも、シンタローにとって、12月と言えば。
愛しい愛しいたった一人の弟、コタローの誕生月であるという事実のみ。(故意に、もう一人の、十二月生まれの身内の存在は、忘れてみてるようです)
会ったコトも無い、それも随分昔に昇天したらしいオッサンの、誕生日の前夜祭という事実は。
その前では、ハッキリ言ってどうだっていい
(※キリスト教徒の皆さん、ホントにすみませんm(_ _)m 重度のショタコン兄さんならではの見解です、大目に見てやってください)
昨夜は、そのコタローの、誕生日パーティだった。
最も。祝われる当の本人は、まだ眠ったままであったのだが。
『でも、みんなお祝いしたいんだし。コタローちゃんだって、お祝いして欲しいに決まってるよォvv』
グンマならではの、お気楽極楽発言。
でも、それは。ソレゾレの立場の複雑さ故に、誰もが、口に出し辛く。
まさに、彼にしか言えないヒトコトで。
―――正直、シンタローは。
手を合わせたくなるぐらい。コタローの実兄にして、自分の従兄弟たるグンマに、感謝した。
そして、青の一族揃って。眠るコタローを囲んでの、大騒ぎ。
―――ウルサイ、と。目を覚ましてくれると、いいな………。
それはそれは、大切そうに。
同じ遺伝子による、同じ色の髪を………不器用な手付きで、梳いていた。
自分の分身とも言える、もう一人の従兄弟。
結局。一族の愛し子は、目を覚ますコトは無かったのだけれど。
それでも、コタローを中心に。
互いに大切に想い合ってはいても、各々の個性の強さ故に、離れてしまう心は。
昨夜だけは、一つになった気がする。
優しくて暖かくて、居心地のイイ空間。
眠っている、コタローさえ。微かに微笑んでいるように、見えた。
―――多分、そのせいだ。
『シンタロー。明日………二人で、食事に行かないか?』
パーティの終盤。
いい加減、酔いの回っていた自分に。
コッソリ、囁かれた言葉に―――いつになくアッサリ、頷いてしまったのは。
「~~~~くっそぉ、寒ィ………」
額に青筋を浮かべ、呟く。シンタローの、形良い唇から。
真っ白な呼気が―――真っ黒な夜空へと、吸い込まれていく。
待つコト、十数分。
大した時間では、無いのだが………そもそも、短気なシンタローである。
待たすのはどうでもイイ(着いたのは、定刻より五分を回っていた)が、待たされるのは大キライだ。
それでもシンタローが、動こうとしないのは。
待ち合わせの相手の、常日頃の行動の為。
むしろ、先に待っていなかったコトが、意外であった。
『オレは忙しいンだから、定刻通りなんかにゃ、行けねーからナ。うざってぇから、十分前行動すんじゃねぇッッ!!!』
そう、怒鳴りつけたコトもあるくらい。
滅多に無い、外での待ち合わせには………常に相手は、先に来ていた。
珍しく仕事が、早く退けて―――よくよく考えると、クリスマスなのだから。誰だって、早く帰りたいに決まってる―――(それでも五分遅れで)待ち合わせ場所に来てみれば。
因果応報、とは正にこのコト。
今度は自分が、待たされる羽目になるなんて。
相手の携帯に、掛けてはみたものの。
いつもなら。自分からの電話なら、ワンコールもしない内に出るクセに―――こんなトキに限って。
『お掛けになった電話は、現在、電波の届かない場所にいるか………』なんて。
味も素っ気も無い、メッセージが流れる。
―――チッ、と舌打ちを洩らし。
シンタローは、かじかんできた両手に、息を吹きかけ。
暗い空を、見上げてみた。
天気予報では、今年は暖冬だ、と断言されていたのだが。
どうしたワケか、ここ数日。急に、冷え込み始めて。
だがその分、空気は澄んでいるのだろう。
こんな街中だと言うのに………夜空には、キラキラと。
冬の有名な星座達が、凍りつく大気の中で。
寒そうに瞬きする様が、ハッキリと見て取れる。
―――三つの星が、あるだろう? アレは、オリオン。端っこ同士が、ペテルギウスとリゲルっていう1等星。ちょっと下がると、あぁ、ホラ。あれが冬の王様、シリウスだよ………綺麗だろう?
スバルも、カストルとポルックスの双子の星も。
それらに纏わる、心躍る伝承も。総て彼に、教えて貰った。
―――どの季節の、どの星座も、綺麗だけれど。
一番大気が澄み渡る、冬の星座って。宝石箱を、ひっくり返したみたいじゃない?
うんと、小さかった頃の自分を、厚着させて外に連れ出し。
出来るだけ、夜空に近づけるよう、肩車してくれて。
彼はそう、ニコニコと笑っていた。
おかげで今でも、シンタローは。
初めての、遠征地であっても。
星座の位置で、大体の現在地が、把握できる。
それを思えば、ああいうのも。
単に覇王教育の、一環だったんだろうか、と思うと。
物知りな彼を、心底尊敬し。
”宝石箱”という表現に、素直に心躍らせた自分に。
………微妙に複雑な気分に、なってしまうのだけれど。
―――ハァ、と。
もう一度、白い息を吹きかけて。
無意識に指先を、温めながら。
煌く。気が遠くなりそうな程、彼方からのプレゼント。
光の宝石箱を、眺めていると。
「ねーねー? ナニしてるのー??」
………きた。
シンタローは。
遠くは、神話の世界にまで飛ばしかけていた想いに、水を差す。
掛けられた、無粋な呼びかけに。無意識に、額に青筋を刻んで。
「ねぇ、キミさぁ、ずっと………」
「うっせぇ、放っとけ、あっちいけ」
ニベもなく、言い捨てた。
母親譲りの、コノ女顔には。昔から、散々苦労させられた。
ソレでも、二次成長期が終わり。
日々鍛えた、このガタイを女に見間違えるヤツはいまい、と。
そう、安心していられたのは、束の間だった。
………世の中には。
身内以外にも、同性愛者が結構いるらしい。
ナンか間違ってる!!! と―――叫んだトコロで、虚しいだけだ。
事実、ヒトリで行動していると。
こんな風に声を掛けてくる、命知らずが結構現れるのだ。
それも、大概。
”相手の実力”など、到底読めそうにも無い。
自信過剰でアタマの悪そうな、ヤローばかりが。
「うっわー、冷たいナー。まぁ、キミくらい美人なら、そうじゃなきゃねー」
しかも、そういうのに限って、やたらにしつこかったりする。
待ちぼうけを喰わされている、イライラも手伝って。
シンタローは、絶対零度の殺意を込めた視線で、声を掛けてきた相手を睨み上げる。
ナンパ野郎は、珍しくも、自分よりも背の高い相手であった。
顔も体も、自意識過剰になるだけあって、それなりに見られるモノではある。
「ねーってば。大丈夫ー、待ち合わせの相手、事故にでもあってんのかもよォ?」
―――事故ぉ? アイツならダンプカーに轢かれたって、大破すンのは、ダンプカーの方だぜ!!
チッ、と、聞こえよがしに舌打ちを洩らし。
彼の実力を良く知る、ガンマ団員ならば。つま先まで真っ青に凍りつく、冷凍光線を。
モノともしていない、厚顔無恥なナンパ野郎に、うっとおしそうに背を向ける。
眼魔砲を、使う間でも無い。
この程度の相手であれば。拳の一発で、永久にその口を閉じさせるコトは、可能なのだが。
クリスマス当日らしく、かなりの人間の行き交う、この場所で。
余り目立つ行動はしたくない、と抵抗があるのは………昔の暗殺稼業の、名残だろうか。
―――最も。”忍耐”という美徳とは。
一生かかっても、親友にはなれそうにはない、哀しい性格の彼である。
「オレ、イッショに捜してあげようかー?」
馴れ馴れしくも。
強引に腕を取られかけ―――ぷちん、と。
シンタローの、非ッ常ぉにッッ!! 短い。
『堪忍袋の緒』とやらが………危険な断絶音を、響かせた瞬間。
「――――――シンちゃぁ~~~~~~~~~~~~~んッッ!!!! 待たせて、ゴメンね~~~~~!!!!!」
~~~~~~どどどどどッッ!!!!! と。
夜目にも白く。真冬の乾燥した大地に、大量の砂埃を巻き上げて。
”何か”が、こちらに向かい、突進してくる。
―――来やがった。
一瞬、ホッと息をつき。
ホッとした自分に、ちょっと腹が立って………シンタローは。
聖なる夜の騒音公害を、精一杯しかめつらしい顔で、待ち受ける。
一方、隣のナンパ男は。
何事が起こっているのか、さっぱり飲み込めていない様子で。
ぐんぐん近づいてくる”何か”を、間抜け面で見つめているだけだ。
驚異的な速度で、シンタローの元にたどり着いた”何か”―――否。
年齢を全く感じさせない、堂々たる体躯を誇る。
鮮やかな金髪の、英国紳士は。
息を弾ませたまま、その目の前で、力一杯両手を合わせた。
「………ッ、ごめっ、シンちゃ………おや?」
だが。
ひれふさんばかりの、その情けない表情が――― 一瞬にして、険しいモノとなる。
「―――キミは? ウチの息子に、何の用だい?」
「え? い、いや、その………」
瞬きする一瞬前の、必死な表情は、幻だったのかと思うほど。
重く冷たい、深海の双眸を向けられて。
ナンパ男の背筋に―――真冬にも関わらず、冷たい汗が伝う。
「用が無いなら、行きたまえ?」
瞳の色彩は、そのままに。
口元にだけ、薄い微笑いを刻んで………見慣れている、シンタローの背筋にさえ。
ひやりとしたモノが、降りてきた。
ましてや、どれほど想像力に欠ける人間であっても。
その視線をマトモに、受けてしまえば。
”生き物”である以上の、本能的な恐怖に―――心の臓を、鷲掴みにされた心地に違いない。
「あ………ぅあ………あの………し、失礼しました――――ッッ!!」
獅子に出会ったウサギもかくや、という勢いで。
名も知らぬナンパ野郎は、地平線の彼方へと、見事なダッシュで消えていき。
―――まぁ、喋れただけ。天晴れってぇ、トコかナ?
「………アンタさ。その格好で凄んでも、迫力80%ダウン」
自分の凄みに、まったく動じなかった相手を。
一睨みで撃退した、マジックに対する。幾許かの、八つ当たりを込め。
シンタローは、厳しい突っ込みを入れてみた。
この相手が、自分との待ち合わせに遅刻するなど。
もちろん、抜き差しならぬ事情があったのだろうナ、と。
自惚れ抜きの予想は、していたのだが。
「はわっ!! シ、シンちゃん、ごめんよぉぉぉ――――!!」
―――とたんに。今までの威厳は、何処へやら。
いくらAB型が、二重人格だからって。
ホントーに、同一人物なのか?? と疑ってしまう程の、変わり様で。
マジックは再び、シンタローへと両手を合わせると。
コメツキバッタのごとく、頭を上下に振り立てる。
………そんな、彼の格好なのだが。
いつも、一分の隙無く着こなしている、ピンクのスーツからは。
このクソ寒いと言うのに。
ぽとぽと音を立て、水滴が滴っていて。
豪奢な金髪からも、絶え間なく雫が滴り………要は、全身濡れ鼠の状態なのだ。
こちらへ向かう途中、ナニかがあった、というのは。
間違い無いようだが。
いくら父親が物好きとは言え、この気温の中で。
寒中水泳まで強行した理由は、サッパリである。
「………で? 遅れた理由を、30文字以内で簡潔に言え」
「え、あ、その、それは………」
先刻のココまでの、人類から規格外れのダッシュといい、真冬のこの格好といい。
結局は、通りの人間の視線を、イヤというほど集めてしまっている。
何があったか、知らないが。
怪我が無いのは、何よりだが―――イヤ、だから。コイツに怪我させるには、核弾頭の連射ぐらいやらなきゃ、無理な気はするが―――とりあえず、この場からはとっとと消え失せたい。
素っ気無く背を向け、歩き出した息子の言葉に。
慌てて追いすがりつつ、マジックは。
へどもどと、言い訳をしかけた、のだが………。
―――みぁ。
愛らしい、鳴き声と共に。
マジックの、濡れたスーツの合せ目から。
”遅れた理由”が、顔を出した―――ソレは。
小さな小さな、黒猫だった。
「………ね、ネコぉ??」
「あ――――、ええとねっッ!!」
あまりに意外な、組合せに。
思わず足を止め、素っ頓狂な声を上げた、愛しい愛しい息子に。
マジックはアイター、という表情で、思い切り顔を顰め。
「イヤね、ココに来る途中、見つけたんだけど………」
彼の話によると。
ココに向かう途中の、川べりに。ダンボールに入れられ、捨てられていたらしい。
可哀想に思い、保護してやろうと、手を差し伸べた。
割と動物好きの、マジックだったが。
捨てられたコトで、少々人間不信に陥っていたのか。
その黒い子猫は、彼を警戒し、逃げ惑った挙句。
近場の木へと、よじ登り―――不幸な事に。
立ち枯れていたらしい、その木の枝は。
爪を立て、威嚇する小さな体を乗せたまま、バッキリ、途中から折れ。
―――哀れな子猫は、枝と共に。真冬の川へと、真っ逆さま。
おかげで。雲が出れば、間違いなく雪であろうという、この寒空の下。
救出の為、マジックは。寒中水泳を敢行する羽目に、陥った。
「いやぁ、誰かサンに似てるなァと思って。ついウッカリ、手を出しちゃったけど。もー、ココまでソックリだとはねぇ………」
「あぁ!? ナニが誰に似てるってぇっ!?」
―――まさか、オレとその間抜けな猫が似てる、とか楽しいコト言うんじゃねーだろォなっ!!??
シンタローの、凄みを利かせた睨みに。
『そっくりじゃないか、意地を張りまくった挙句、墓穴掘るトコとか………』とかいう呟きは。
胸の内だけに、留めてみる。
口に出したが最後。
せっかく取り付けたこのクリスマスデートは、眼魔砲で集結するに違いない。
「イヤイヤー、こっちの話だヨvv さ、シンちゃんドコ行く?」
「はァ!? 正気かよ、アンタ。その格好で、ネコ連れてドコ行こうってんだ!?」
「もちろん、食事に。だァーいじょうぶvv どんな格好だって、パパを断るお店なんか無いし」
エヘン、と胸を張る。
『常識』という美しいコトバを、辞書から抹殺しているらしい父親に。
シンタローは、やれやれ、と。深い溜息をつく。
まぁ、コイツと自分であれば。
素っ裸にネクタイ一丁だって、断る店はそうはあるまい―――だからと言って。
―――ソレをするかどうかというのは、全くもって別問題だっつーコトを。
いい加減学習してくれ、五十に手の届くオッサン!!!
大体、マジックという人物の、不思議なトコロは。
敵対する相手には、とことん冷酷なクセに………子供や動物には、こんな風に妙に優しい。
多分、ソレが。
息子の髪を思い出させる、黒猫でなくとも。
白かろうと、シマシマだろうと、三毛だろうと、助けたのだろうと思う。
―――凍りつく、真冬の川に。
『だいじょーぶだョ、子猫ちゃーんvv』とか笑いながら、ざぶざぶ分け入って。
それは、心温まるオハナシ、と言えなくも無い―――五十路間近のオッサンがやる事か、という突っ込みは置いといて。
けれど、もちろん。
ソレっぽっちの善行が。今までの彼の所業の言い訳に、なるハズもない。
彼と、彼の一族が。
どれ程の争いをこの世に生み出して。
どれ程の憎しみと、悲しみを撒き散らしてきたか。
這いつくばって哀願し、命乞いをする相手さえ。
笑顔を浮かべ、踏みにじった―――その、人に非ざる所業。
薄々は感じていた。今までの父親が、為してきたコトを。
総帥となって、初めて詳細に知り得―――改めて、戦慄した。
目の前の。
大切そうに、子猫を抱く男は。
同じ手で、購い切れぬ程の、大罪を犯した人間………同時に。
―――あの、煌く星の名を。
自分に教えてくれた、大きな存在。
「あーそー。で、オレはそのネコの為に、散々待たされた挙句。あんなオトコに、不愉快な思いをさせられたワケだな」
「何だって!? アノニヤケた男、まさかオマエに良からぬコトを………ッッ!!」
―――やっぱり、問答無用で殺しておくべきだったかッッ!?
コレだけ、冷え込んできたというのに。
寒がるどころか、無暗にヒートアップし始めた父親に、肩を竦め。
「こんな日に、物騒なコト言ってんじゃねぇヨ、ったく………貸せ」
ひょい、と腕を伸ばし。
シンタローは、マジックの濡れた懐から。
びしょ濡れで震える、子猫をつまみ出すと。
―――みぃみぃ鳴く、汚れ無き生き物を。
自分の乾いたコートの胸元に、滑り込ませる。
ずっとマジックが、温めていたからだろう。
思った以上に、その体は温かな体温を保っていて。
………そう。
今日は、12月25日。
聖なる夜の、本番なのだ。
―――どんな罪人だって。赦しを請うくらいは、許されるのではないか?
「ちょ、ど、ドコ行くんだい、シンタロー!!??」
子猫を強奪すると、そのままスタスタと足早に歩き始めた、彼の後を。
マジックは慌てて、追いかける。
「アンタは、どうでもイイけどナ。このままだとコイツ、風邪引くだろーが?」
「あ、そうだね、じゃあ………ティラミスでも呼んで、車………」
言いながら、マジックは携帯を取り出してみたが―――もちろん。
特に防水加工も施されていなかった、ソレは。
冬の川の中で、見事にオシャカとなっており。
かけても、通じなかったワケだ、と。
納得しつつ、シンタローは。
大通りの裏………ネオンの輝く方へと向かい、歩を進めた。
「アンタは良くてもナ、オレが恥ずかしいンだよっ! その格好で高級ホテルだのレストランだの、入れるかっっ!!」
「………だって、シンタロー? そっちって………」
マジックが、訝しげな声を上げるのも、最もだ。
シンタローの向かう、その方向は………そのまま行けば。
派手なネオンも眩しい、昨日今日と「愛を確かめ合う恋人たち」で、さぞ繁盛しているであろう。
とってもピンクな、ホテル街となる。
「ヘンな想像してんじゃねぇッッ!! コイツ、洗って乾かしてやるだけだッッ!!」
足を止め。まじまじコチラを見つめている、相手の視線を。
痛い程、感じつつ。
シンタローは、努めて無表情を装って。
そのまま先に立ち、歩きつづける。
しばし、唖然と。
凛と背筋の伸びた、後姿を見つめていた、マジックであったが。
不意に。
へらっ、と顔を緩ませ。
「そっかー、そうだよネvv うんうん、今は遠くの高級ホテルより、近くのラブホだよねーvv」
すたたたっ、と。
愛しい息子の傍らに立ち、その手を取ろうとしたのだが。
対する彼は、まったくもってうっとおしそうに。
にじり寄ってくる父親に、容赦無い足蹴をくらわした。
「言っとくけどなっ、着替えたら、スグ出るンだからなッッ!!」
―――テメェッ、ヘンな想像すんな、ヘンな妄想回すんじゃねーぞッッ!?
「はいはーい♪ もっちろん、解ってるよ、パパにはっvv」
………わかってる? そうか? ほんっと~~~に、解ってンのか、コイツ!!??
妙な真似をしやがったら、問答無用で眼魔砲くれてやるっ、と。
決心を固めつつ―――それが。
本当は。
自分の方が、よく解らない。
これから、どうしたいのか。
………どうする、つもりなのか。
ともあれ。
震える子猫を、しっかり腕に抱いたまま。
口をへの字に結び、歩きつづけていると。
「………あ、シンタロー?」
「~~~ぁンだよッ!?」
「メリークリスマスvv 愛してるヨvv」
恥ずかしげも無く、贈られた一言に。
シンタローは思わず、言葉を失い。
すると。まるで、その代わりのように。
―――みぁ、と。
腕に抱いた、黒い子猫が。
愛らしい声で、鳴いた。
昨日が12月24日だったから、今日は12月25日だ。
毎年毎年、11月の終盤から繰り広げられる、浮かれ騒ぎの総マトメの日。
つまりは、今日こそが。
イエス・キリストの生まれた日であり”クリスマス”の本番なのである。
忙しなくヒトの行き交う通りを、何と無く眺めながら。
シンタローが、その事実に気づいたのは。
いささか間の抜けたコトに、この待ち合わせ場所についてからであった。
………大体、イブだの、イブイブだの。
どいつもこいつも、クリスマスの主旨解って騒いでンのか?
もしかしたら。サンタの誕生日とか、勘違いしてねぇか!?
そもそも、シンタローにとって、12月と言えば。
愛しい愛しいたった一人の弟、コタローの誕生月であるという事実のみ。(故意に、もう一人の、十二月生まれの身内の存在は、忘れてみてるようです)
会ったコトも無い、それも随分昔に昇天したらしいオッサンの、誕生日の前夜祭という事実は。
その前では、ハッキリ言ってどうだっていい
(※キリスト教徒の皆さん、ホントにすみませんm(_ _)m 重度のショタコン兄さんならではの見解です、大目に見てやってください)
昨夜は、そのコタローの、誕生日パーティだった。
最も。祝われる当の本人は、まだ眠ったままであったのだが。
『でも、みんなお祝いしたいんだし。コタローちゃんだって、お祝いして欲しいに決まってるよォvv』
グンマならではの、お気楽極楽発言。
でも、それは。ソレゾレの立場の複雑さ故に、誰もが、口に出し辛く。
まさに、彼にしか言えないヒトコトで。
―――正直、シンタローは。
手を合わせたくなるぐらい。コタローの実兄にして、自分の従兄弟たるグンマに、感謝した。
そして、青の一族揃って。眠るコタローを囲んでの、大騒ぎ。
―――ウルサイ、と。目を覚ましてくれると、いいな………。
それはそれは、大切そうに。
同じ遺伝子による、同じ色の髪を………不器用な手付きで、梳いていた。
自分の分身とも言える、もう一人の従兄弟。
結局。一族の愛し子は、目を覚ますコトは無かったのだけれど。
それでも、コタローを中心に。
互いに大切に想い合ってはいても、各々の個性の強さ故に、離れてしまう心は。
昨夜だけは、一つになった気がする。
優しくて暖かくて、居心地のイイ空間。
眠っている、コタローさえ。微かに微笑んでいるように、見えた。
―――多分、そのせいだ。
『シンタロー。明日………二人で、食事に行かないか?』
パーティの終盤。
いい加減、酔いの回っていた自分に。
コッソリ、囁かれた言葉に―――いつになくアッサリ、頷いてしまったのは。
「~~~~くっそぉ、寒ィ………」
額に青筋を浮かべ、呟く。シンタローの、形良い唇から。
真っ白な呼気が―――真っ黒な夜空へと、吸い込まれていく。
待つコト、十数分。
大した時間では、無いのだが………そもそも、短気なシンタローである。
待たすのはどうでもイイ(着いたのは、定刻より五分を回っていた)が、待たされるのは大キライだ。
それでもシンタローが、動こうとしないのは。
待ち合わせの相手の、常日頃の行動の為。
むしろ、先に待っていなかったコトが、意外であった。
『オレは忙しいンだから、定刻通りなんかにゃ、行けねーからナ。うざってぇから、十分前行動すんじゃねぇッッ!!!』
そう、怒鳴りつけたコトもあるくらい。
滅多に無い、外での待ち合わせには………常に相手は、先に来ていた。
珍しく仕事が、早く退けて―――よくよく考えると、クリスマスなのだから。誰だって、早く帰りたいに決まってる―――(それでも五分遅れで)待ち合わせ場所に来てみれば。
因果応報、とは正にこのコト。
今度は自分が、待たされる羽目になるなんて。
相手の携帯に、掛けてはみたものの。
いつもなら。自分からの電話なら、ワンコールもしない内に出るクセに―――こんなトキに限って。
『お掛けになった電話は、現在、電波の届かない場所にいるか………』なんて。
味も素っ気も無い、メッセージが流れる。
―――チッ、と舌打ちを洩らし。
シンタローは、かじかんできた両手に、息を吹きかけ。
暗い空を、見上げてみた。
天気予報では、今年は暖冬だ、と断言されていたのだが。
どうしたワケか、ここ数日。急に、冷え込み始めて。
だがその分、空気は澄んでいるのだろう。
こんな街中だと言うのに………夜空には、キラキラと。
冬の有名な星座達が、凍りつく大気の中で。
寒そうに瞬きする様が、ハッキリと見て取れる。
―――三つの星が、あるだろう? アレは、オリオン。端っこ同士が、ペテルギウスとリゲルっていう1等星。ちょっと下がると、あぁ、ホラ。あれが冬の王様、シリウスだよ………綺麗だろう?
スバルも、カストルとポルックスの双子の星も。
それらに纏わる、心躍る伝承も。総て彼に、教えて貰った。
―――どの季節の、どの星座も、綺麗だけれど。
一番大気が澄み渡る、冬の星座って。宝石箱を、ひっくり返したみたいじゃない?
うんと、小さかった頃の自分を、厚着させて外に連れ出し。
出来るだけ、夜空に近づけるよう、肩車してくれて。
彼はそう、ニコニコと笑っていた。
おかげで今でも、シンタローは。
初めての、遠征地であっても。
星座の位置で、大体の現在地が、把握できる。
それを思えば、ああいうのも。
単に覇王教育の、一環だったんだろうか、と思うと。
物知りな彼を、心底尊敬し。
”宝石箱”という表現に、素直に心躍らせた自分に。
………微妙に複雑な気分に、なってしまうのだけれど。
―――ハァ、と。
もう一度、白い息を吹きかけて。
無意識に指先を、温めながら。
煌く。気が遠くなりそうな程、彼方からのプレゼント。
光の宝石箱を、眺めていると。
「ねーねー? ナニしてるのー??」
………きた。
シンタローは。
遠くは、神話の世界にまで飛ばしかけていた想いに、水を差す。
掛けられた、無粋な呼びかけに。無意識に、額に青筋を刻んで。
「ねぇ、キミさぁ、ずっと………」
「うっせぇ、放っとけ、あっちいけ」
ニベもなく、言い捨てた。
母親譲りの、コノ女顔には。昔から、散々苦労させられた。
ソレでも、二次成長期が終わり。
日々鍛えた、このガタイを女に見間違えるヤツはいまい、と。
そう、安心していられたのは、束の間だった。
………世の中には。
身内以外にも、同性愛者が結構いるらしい。
ナンか間違ってる!!! と―――叫んだトコロで、虚しいだけだ。
事実、ヒトリで行動していると。
こんな風に声を掛けてくる、命知らずが結構現れるのだ。
それも、大概。
”相手の実力”など、到底読めそうにも無い。
自信過剰でアタマの悪そうな、ヤローばかりが。
「うっわー、冷たいナー。まぁ、キミくらい美人なら、そうじゃなきゃねー」
しかも、そういうのに限って、やたらにしつこかったりする。
待ちぼうけを喰わされている、イライラも手伝って。
シンタローは、絶対零度の殺意を込めた視線で、声を掛けてきた相手を睨み上げる。
ナンパ野郎は、珍しくも、自分よりも背の高い相手であった。
顔も体も、自意識過剰になるだけあって、それなりに見られるモノではある。
「ねーってば。大丈夫ー、待ち合わせの相手、事故にでもあってんのかもよォ?」
―――事故ぉ? アイツならダンプカーに轢かれたって、大破すンのは、ダンプカーの方だぜ!!
チッ、と、聞こえよがしに舌打ちを洩らし。
彼の実力を良く知る、ガンマ団員ならば。つま先まで真っ青に凍りつく、冷凍光線を。
モノともしていない、厚顔無恥なナンパ野郎に、うっとおしそうに背を向ける。
眼魔砲を、使う間でも無い。
この程度の相手であれば。拳の一発で、永久にその口を閉じさせるコトは、可能なのだが。
クリスマス当日らしく、かなりの人間の行き交う、この場所で。
余り目立つ行動はしたくない、と抵抗があるのは………昔の暗殺稼業の、名残だろうか。
―――最も。”忍耐”という美徳とは。
一生かかっても、親友にはなれそうにはない、哀しい性格の彼である。
「オレ、イッショに捜してあげようかー?」
馴れ馴れしくも。
強引に腕を取られかけ―――ぷちん、と。
シンタローの、非ッ常ぉにッッ!! 短い。
『堪忍袋の緒』とやらが………危険な断絶音を、響かせた瞬間。
「――――――シンちゃぁ~~~~~~~~~~~~~んッッ!!!! 待たせて、ゴメンね~~~~~!!!!!」
~~~~~~どどどどどッッ!!!!! と。
夜目にも白く。真冬の乾燥した大地に、大量の砂埃を巻き上げて。
”何か”が、こちらに向かい、突進してくる。
―――来やがった。
一瞬、ホッと息をつき。
ホッとした自分に、ちょっと腹が立って………シンタローは。
聖なる夜の騒音公害を、精一杯しかめつらしい顔で、待ち受ける。
一方、隣のナンパ男は。
何事が起こっているのか、さっぱり飲み込めていない様子で。
ぐんぐん近づいてくる”何か”を、間抜け面で見つめているだけだ。
驚異的な速度で、シンタローの元にたどり着いた”何か”―――否。
年齢を全く感じさせない、堂々たる体躯を誇る。
鮮やかな金髪の、英国紳士は。
息を弾ませたまま、その目の前で、力一杯両手を合わせた。
「………ッ、ごめっ、シンちゃ………おや?」
だが。
ひれふさんばかりの、その情けない表情が――― 一瞬にして、険しいモノとなる。
「―――キミは? ウチの息子に、何の用だい?」
「え? い、いや、その………」
瞬きする一瞬前の、必死な表情は、幻だったのかと思うほど。
重く冷たい、深海の双眸を向けられて。
ナンパ男の背筋に―――真冬にも関わらず、冷たい汗が伝う。
「用が無いなら、行きたまえ?」
瞳の色彩は、そのままに。
口元にだけ、薄い微笑いを刻んで………見慣れている、シンタローの背筋にさえ。
ひやりとしたモノが、降りてきた。
ましてや、どれほど想像力に欠ける人間であっても。
その視線をマトモに、受けてしまえば。
”生き物”である以上の、本能的な恐怖に―――心の臓を、鷲掴みにされた心地に違いない。
「あ………ぅあ………あの………し、失礼しました――――ッッ!!」
獅子に出会ったウサギもかくや、という勢いで。
名も知らぬナンパ野郎は、地平線の彼方へと、見事なダッシュで消えていき。
―――まぁ、喋れただけ。天晴れってぇ、トコかナ?
「………アンタさ。その格好で凄んでも、迫力80%ダウン」
自分の凄みに、まったく動じなかった相手を。
一睨みで撃退した、マジックに対する。幾許かの、八つ当たりを込め。
シンタローは、厳しい突っ込みを入れてみた。
この相手が、自分との待ち合わせに遅刻するなど。
もちろん、抜き差しならぬ事情があったのだろうナ、と。
自惚れ抜きの予想は、していたのだが。
「はわっ!! シ、シンちゃん、ごめんよぉぉぉ――――!!」
―――とたんに。今までの威厳は、何処へやら。
いくらAB型が、二重人格だからって。
ホントーに、同一人物なのか?? と疑ってしまう程の、変わり様で。
マジックは再び、シンタローへと両手を合わせると。
コメツキバッタのごとく、頭を上下に振り立てる。
………そんな、彼の格好なのだが。
いつも、一分の隙無く着こなしている、ピンクのスーツからは。
このクソ寒いと言うのに。
ぽとぽと音を立て、水滴が滴っていて。
豪奢な金髪からも、絶え間なく雫が滴り………要は、全身濡れ鼠の状態なのだ。
こちらへ向かう途中、ナニかがあった、というのは。
間違い無いようだが。
いくら父親が物好きとは言え、この気温の中で。
寒中水泳まで強行した理由は、サッパリである。
「………で? 遅れた理由を、30文字以内で簡潔に言え」
「え、あ、その、それは………」
先刻のココまでの、人類から規格外れのダッシュといい、真冬のこの格好といい。
結局は、通りの人間の視線を、イヤというほど集めてしまっている。
何があったか、知らないが。
怪我が無いのは、何よりだが―――イヤ、だから。コイツに怪我させるには、核弾頭の連射ぐらいやらなきゃ、無理な気はするが―――とりあえず、この場からはとっとと消え失せたい。
素っ気無く背を向け、歩き出した息子の言葉に。
慌てて追いすがりつつ、マジックは。
へどもどと、言い訳をしかけた、のだが………。
―――みぁ。
愛らしい、鳴き声と共に。
マジックの、濡れたスーツの合せ目から。
”遅れた理由”が、顔を出した―――ソレは。
小さな小さな、黒猫だった。
「………ね、ネコぉ??」
「あ――――、ええとねっッ!!」
あまりに意外な、組合せに。
思わず足を止め、素っ頓狂な声を上げた、愛しい愛しい息子に。
マジックはアイター、という表情で、思い切り顔を顰め。
「イヤね、ココに来る途中、見つけたんだけど………」
彼の話によると。
ココに向かう途中の、川べりに。ダンボールに入れられ、捨てられていたらしい。
可哀想に思い、保護してやろうと、手を差し伸べた。
割と動物好きの、マジックだったが。
捨てられたコトで、少々人間不信に陥っていたのか。
その黒い子猫は、彼を警戒し、逃げ惑った挙句。
近場の木へと、よじ登り―――不幸な事に。
立ち枯れていたらしい、その木の枝は。
爪を立て、威嚇する小さな体を乗せたまま、バッキリ、途中から折れ。
―――哀れな子猫は、枝と共に。真冬の川へと、真っ逆さま。
おかげで。雲が出れば、間違いなく雪であろうという、この寒空の下。
救出の為、マジックは。寒中水泳を敢行する羽目に、陥った。
「いやぁ、誰かサンに似てるなァと思って。ついウッカリ、手を出しちゃったけど。もー、ココまでソックリだとはねぇ………」
「あぁ!? ナニが誰に似てるってぇっ!?」
―――まさか、オレとその間抜けな猫が似てる、とか楽しいコト言うんじゃねーだろォなっ!!??
シンタローの、凄みを利かせた睨みに。
『そっくりじゃないか、意地を張りまくった挙句、墓穴掘るトコとか………』とかいう呟きは。
胸の内だけに、留めてみる。
口に出したが最後。
せっかく取り付けたこのクリスマスデートは、眼魔砲で集結するに違いない。
「イヤイヤー、こっちの話だヨvv さ、シンちゃんドコ行く?」
「はァ!? 正気かよ、アンタ。その格好で、ネコ連れてドコ行こうってんだ!?」
「もちろん、食事に。だァーいじょうぶvv どんな格好だって、パパを断るお店なんか無いし」
エヘン、と胸を張る。
『常識』という美しいコトバを、辞書から抹殺しているらしい父親に。
シンタローは、やれやれ、と。深い溜息をつく。
まぁ、コイツと自分であれば。
素っ裸にネクタイ一丁だって、断る店はそうはあるまい―――だからと言って。
―――ソレをするかどうかというのは、全くもって別問題だっつーコトを。
いい加減学習してくれ、五十に手の届くオッサン!!!
大体、マジックという人物の、不思議なトコロは。
敵対する相手には、とことん冷酷なクセに………子供や動物には、こんな風に妙に優しい。
多分、ソレが。
息子の髪を思い出させる、黒猫でなくとも。
白かろうと、シマシマだろうと、三毛だろうと、助けたのだろうと思う。
―――凍りつく、真冬の川に。
『だいじょーぶだョ、子猫ちゃーんvv』とか笑いながら、ざぶざぶ分け入って。
それは、心温まるオハナシ、と言えなくも無い―――五十路間近のオッサンがやる事か、という突っ込みは置いといて。
けれど、もちろん。
ソレっぽっちの善行が。今までの彼の所業の言い訳に、なるハズもない。
彼と、彼の一族が。
どれ程の争いをこの世に生み出して。
どれ程の憎しみと、悲しみを撒き散らしてきたか。
這いつくばって哀願し、命乞いをする相手さえ。
笑顔を浮かべ、踏みにじった―――その、人に非ざる所業。
薄々は感じていた。今までの父親が、為してきたコトを。
総帥となって、初めて詳細に知り得―――改めて、戦慄した。
目の前の。
大切そうに、子猫を抱く男は。
同じ手で、購い切れぬ程の、大罪を犯した人間………同時に。
―――あの、煌く星の名を。
自分に教えてくれた、大きな存在。
「あーそー。で、オレはそのネコの為に、散々待たされた挙句。あんなオトコに、不愉快な思いをさせられたワケだな」
「何だって!? アノニヤケた男、まさかオマエに良からぬコトを………ッッ!!」
―――やっぱり、問答無用で殺しておくべきだったかッッ!?
コレだけ、冷え込んできたというのに。
寒がるどころか、無暗にヒートアップし始めた父親に、肩を竦め。
「こんな日に、物騒なコト言ってんじゃねぇヨ、ったく………貸せ」
ひょい、と腕を伸ばし。
シンタローは、マジックの濡れた懐から。
びしょ濡れで震える、子猫をつまみ出すと。
―――みぃみぃ鳴く、汚れ無き生き物を。
自分の乾いたコートの胸元に、滑り込ませる。
ずっとマジックが、温めていたからだろう。
思った以上に、その体は温かな体温を保っていて。
………そう。
今日は、12月25日。
聖なる夜の、本番なのだ。
―――どんな罪人だって。赦しを請うくらいは、許されるのではないか?
「ちょ、ど、ドコ行くんだい、シンタロー!!??」
子猫を強奪すると、そのままスタスタと足早に歩き始めた、彼の後を。
マジックは慌てて、追いかける。
「アンタは、どうでもイイけどナ。このままだとコイツ、風邪引くだろーが?」
「あ、そうだね、じゃあ………ティラミスでも呼んで、車………」
言いながら、マジックは携帯を取り出してみたが―――もちろん。
特に防水加工も施されていなかった、ソレは。
冬の川の中で、見事にオシャカとなっており。
かけても、通じなかったワケだ、と。
納得しつつ、シンタローは。
大通りの裏………ネオンの輝く方へと向かい、歩を進めた。
「アンタは良くてもナ、オレが恥ずかしいンだよっ! その格好で高級ホテルだのレストランだの、入れるかっっ!!」
「………だって、シンタロー? そっちって………」
マジックが、訝しげな声を上げるのも、最もだ。
シンタローの向かう、その方向は………そのまま行けば。
派手なネオンも眩しい、昨日今日と「愛を確かめ合う恋人たち」で、さぞ繁盛しているであろう。
とってもピンクな、ホテル街となる。
「ヘンな想像してんじゃねぇッッ!! コイツ、洗って乾かしてやるだけだッッ!!」
足を止め。まじまじコチラを見つめている、相手の視線を。
痛い程、感じつつ。
シンタローは、努めて無表情を装って。
そのまま先に立ち、歩きつづける。
しばし、唖然と。
凛と背筋の伸びた、後姿を見つめていた、マジックであったが。
不意に。
へらっ、と顔を緩ませ。
「そっかー、そうだよネvv うんうん、今は遠くの高級ホテルより、近くのラブホだよねーvv」
すたたたっ、と。
愛しい息子の傍らに立ち、その手を取ろうとしたのだが。
対する彼は、まったくもってうっとおしそうに。
にじり寄ってくる父親に、容赦無い足蹴をくらわした。
「言っとくけどなっ、着替えたら、スグ出るンだからなッッ!!」
―――テメェッ、ヘンな想像すんな、ヘンな妄想回すんじゃねーぞッッ!?
「はいはーい♪ もっちろん、解ってるよ、パパにはっvv」
………わかってる? そうか? ほんっと~~~に、解ってンのか、コイツ!!??
妙な真似をしやがったら、問答無用で眼魔砲くれてやるっ、と。
決心を固めつつ―――それが。
本当は。
自分の方が、よく解らない。
これから、どうしたいのか。
………どうする、つもりなのか。
ともあれ。
震える子猫を、しっかり腕に抱いたまま。
口をへの字に結び、歩きつづけていると。
「………あ、シンタロー?」
「~~~ぁンだよッ!?」
「メリークリスマスvv 愛してるヨvv」
恥ずかしげも無く、贈られた一言に。
シンタローは思わず、言葉を失い。
すると。まるで、その代わりのように。
―――みぁ、と。
腕に抱いた、黒い子猫が。
愛らしい声で、鳴いた。
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