私室備え付けの小さな台所に響く軽快な包丁の音。一度切る度に込める溢れんばかりの愛情…愛しい息子の為だけに作る料理…こんな至福な一時は久しぶりな気がする。
切りたての野菜と牛肉を順に炒めてからゆっくりコトコトと煮て、数種のスパイスでじっくりと味付けをする。カレーはルーから作ると簡単だけど、たっぱり本格的にスパイスから作り始めた方が格段に味が違うからね。でもシンちゃん甘口だから林檎とハチミツも混ぜておかないとね。
そうそう、シンちゃんはカレーハンバーグとかよりもカレーライスを好むんだよね。ふふ…子供だなぁ…幼いあの子の姿を思い浮かべて至福の一時に浸っている真に出来上がったカレーを味見する。
うん、良い出来だ。
満足出来る味わいに何度も頷いて火を止めて白いレースの掛かったテーブルの中央に置いた鍋敷きに乗せる。レースのテーブルクロスも鍋敷きも当然私の手作りだ、シンちゃん喜んでくれるかなー。
「…何、好き勝手してんだよ、親父」
「シンちゃーん!お帰り、疲れただろう?まあ、座りなさい」
ナイスタイミングで聞こえた愛息子に満面の笑みで出迎える。真っ赤な総帥服に綺麗な黒髪を垂らせて、開かれた扉に肩肘をついて私を見る眼差し…ああ、我が息子ながら可愛いなぁ。胸がキュンキュンして、パパ病気になりそうだよ!
…あれ?機嫌が悪そうだけど、お仕事が大変だったのかな?シンタローは頑張りすぎるから心配だよ…
「いや、だから何で俺の留守中に勝手に俺の部屋に入って料理作ってンだって聞いてるんだよ。つか、鼻血…」
「何でって、お仕事で疲れてるシンちゃんのためにパパがカレーを作ってあげていたに決まっているじゃないか」
ポケットから出したハンカチで指摘された血を拭い、再びソレをしまいながら至極真面目に本当の事を答えたのに…その拳に集まる青白い光は何かなー?
それが眼魔砲だと認知する前に息子の空いている手を取り部屋へと引き寄せると扉を閉める。その反動で凝縮されかけた氣が散った事を確認してホッと一息。ま、あれ位は楽勝で止められるだろうケド。
「まあ、そこで座っていなさい。今、パパが用意してあげるからね」
有無を言わせずに用意をし始めると開きかけた口を渋々と閉じたようで、不機嫌な表情はそのままに椅子に腰を掛けて準備を終えるのを待つシンタロー…ふふ、私の勝ちだね。
追い出される心配が無くなった事だしと、シンタローと私の二人分のカレーを皿に盛り、作ってあったサラダとミネラルウォータを用意して…準備完了。
「さ、食べなさいシンタロー。お前の事だ、きちんと食事もしていないのだろう?」
「………」
「シンタロー…?ああ、もしかしてパパが勝手に入った事まだ怒っているのかい?それは悪かったよ」
「…上辺だけで言われてもしょうがねーんだけど。全く親父は…まあ、カレーは美味そうだから食ってやるよ」
視線をカレーに落として隠したつもりの笑み、見逃してないよ?また拗ねられても困るから見えない振りしてあげるけどね?本当に照れ屋さんなんだから、シンちゃんは。
両手を合わせていただきますと食べ始める、黙々とスプーンを口に運んで食べるシンタロー…もしかして今の気分の味じゃなかったのかな…
「味はどう?」
「まあ、そこそこじゃねぇの?」
適当に返答を返しただけで、そっけない態度のまま食べ続ける。途切れる会話…シンタロー?
流石に深刻な雰囲気だ、しっかりと聞き出さないと…持ったスプーンを皿に置き、肘をテーブルについて目の前の息子を見る。その気配を不思議そうに顔を上げて私を見つめる瞳。少しの沈黙の後、ゆっくりと言葉を吐き出して…
「ねえ、シンちゃん。パパに隠さずに話すんだよ?部屋の事は半ば強引とはいえお前は認めたろう?カレーの味も悪くはない。だったら一体何をそんなに怒ってるんだい?」
「…そ…それは…」
バツが悪そうに瞳を逸らして黙り込むシンタローを促す事なく、言葉が出るまで見つめて待った。
そうすると暫くの間の後、俯いたまま声だけが返ってきた。
「…親父、これは俺の為に作ったんだろう?グンマにゃ作ってねぇのか?」
「シンちゃんは優しいな、大丈夫。グンちゃんやキンちゃんにはパパが別口でちゃーんと作ってあげたから」
胸を張って自慢げに返答する。でもシンタロー?お前が言いたいのはそれじゃなさそうだけど…?
「ふーん…無理に俺の側に居なくったって良いんだぜ?アイツの所にでも行けば?」
「アイツって…シンちゃんは誰の事を指しているんだ。私がシンタロー以外の何かを最優先する訳が無いだろう」
「…ジャン…」
何処か拗ねたような表情はまだ俯かせたままで。短く出された名前に驚いて息子を凝視する。どうしてそこでその名前が出てくるのかな…?
「親父が俺を大事にしてんのは俺がジャンと似てるからだろう?親父はアイツが好きみてーだし?ま、俺は子供じゃないんだ。反対したりはしねーケド」
「シンタロー、ちょっと待ってくれ。何処をどうしてそんな話に発展しているんだい?」
「アンタの誕生日の出来事があれば誰だってそう思うわい」
きっぱりと反論するシンタロー…ああ、あの日は許してくれたみたいだったけどまだ怒ってたんだね?いや、拗ねてると言った方が正しいか。あの日からお前が遠征や何だと会う時間が無かったから気付かなかったよ。
ゆっくりと立ち上がり息子の背後に回るとその身体を優しく腕の中につつんでやる。少し身を捩ったのみで反抗する様子が無いのを見て取ると口元に笑みを浮かべて耳元に顔を寄せて。
「大丈夫だよ、パパはお前が一番大好きなんだからね。あの時はジャンをお前と間違わんばかりの笑顔だったからつい、ね」
耳朶に音を立てて口付けると抱きしめる腕に力を込める。シンタローの顔は一気に真っ赤になって私を殴ろうと身を捩って解放されようとするのをそしらぬ顔で抱きしめ続ける。少し経つと諦めたのか暴れる身体は腕の中で大人しくなっていく…パパに勝つのはまだまだ先だね。
「眼魔砲!」
ぐふっ!
溜め無しに容赦なく打ち込まれた眼魔砲は腹部に見事にクリーンヒットしたらしく、抱きしめた腕は解け、私の身体は後ろの壁へとめり込んだ。
シンちゃん、躊躇う事も無く撃ったね?油断した…よろつく身体を何とか支えて立ち上がると、椅子に座ったまま身体を私に向けて屈託の無い笑みを向けている。ああ…シンちゃんのその笑顔をカメラに収めたい…っ!
「うっし、ストライク!」
両手を握ってそんな嬉しそうにしなくたって…うう…酷いよシンちゃん…心で滝のような涙を流していると先程までの笑顔を引っ込めて真顔に戻ってしまったみたいで…ガックシ。
「ど阿呆、何処の世界に息子に似てるからって押し倒す奴が居るんだよ」
「居るじゃないか、此処に」
「…も一回、眼魔砲で逝っとくか?」
「いや、遠慮しとくよ」
片手を上げてきっちりと断りを入れると舌打ちが聞こえた気がした…シンちゃんったら。
「シンちゃんはシンちゃんだよ。お前が誰に似ていようがパパの心はシンタローの物だから安心しなさい」
「…ったく、アンタは。まあ、その言葉で納得しといてやるよ」
柔らかい笑みを口元に浮かべるとすぐに身体の向きを変えて再びカレーライスを食べ始めたシンタロー。その後姿が先程と違って美味しそうに食べてくれてるのが解るとそれ以上は何も言わず私も再び席に戻って座り直す。
肘をついて目の前の息子を見る…うんうん、やっぱり美味しそうに食べてくれるのは嬉しいもんだね。幸せそうに見つめる私の視線に擽ったそうに笑い、空になった皿を差し出してお代わりを催促してきた。頷いてその皿を受け取ると立ち上がってジャーへと歩みだす私の背に、不意にかけられた声。
「なあ…父さん…ジャンが好きだった…?」
「…パパが愛したのは家族とお前の母親だけだよ」
「そっか」
納得がいったのかそれ以上は問うて来なかった息子に山盛りにしたご飯にカレーをかけてあげて差し出した。
…シンタロー、私が否定では無く是定したらお前はどうする?
お前が一番だという気持ちに嘘や偽りは無いけれど…シンタローがどんな顔をするのか見てみたくなった。
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切りたての野菜と牛肉を順に炒めてからゆっくりコトコトと煮て、数種のスパイスでじっくりと味付けをする。カレーはルーから作ると簡単だけど、たっぱり本格的にスパイスから作り始めた方が格段に味が違うからね。でもシンちゃん甘口だから林檎とハチミツも混ぜておかないとね。
そうそう、シンちゃんはカレーハンバーグとかよりもカレーライスを好むんだよね。ふふ…子供だなぁ…幼いあの子の姿を思い浮かべて至福の一時に浸っている真に出来上がったカレーを味見する。
うん、良い出来だ。
満足出来る味わいに何度も頷いて火を止めて白いレースの掛かったテーブルの中央に置いた鍋敷きに乗せる。レースのテーブルクロスも鍋敷きも当然私の手作りだ、シンちゃん喜んでくれるかなー。
「…何、好き勝手してんだよ、親父」
「シンちゃーん!お帰り、疲れただろう?まあ、座りなさい」
ナイスタイミングで聞こえた愛息子に満面の笑みで出迎える。真っ赤な総帥服に綺麗な黒髪を垂らせて、開かれた扉に肩肘をついて私を見る眼差し…ああ、我が息子ながら可愛いなぁ。胸がキュンキュンして、パパ病気になりそうだよ!
…あれ?機嫌が悪そうだけど、お仕事が大変だったのかな?シンタローは頑張りすぎるから心配だよ…
「いや、だから何で俺の留守中に勝手に俺の部屋に入って料理作ってンだって聞いてるんだよ。つか、鼻血…」
「何でって、お仕事で疲れてるシンちゃんのためにパパがカレーを作ってあげていたに決まっているじゃないか」
ポケットから出したハンカチで指摘された血を拭い、再びソレをしまいながら至極真面目に本当の事を答えたのに…その拳に集まる青白い光は何かなー?
それが眼魔砲だと認知する前に息子の空いている手を取り部屋へと引き寄せると扉を閉める。その反動で凝縮されかけた氣が散った事を確認してホッと一息。ま、あれ位は楽勝で止められるだろうケド。
「まあ、そこで座っていなさい。今、パパが用意してあげるからね」
有無を言わせずに用意をし始めると開きかけた口を渋々と閉じたようで、不機嫌な表情はそのままに椅子に腰を掛けて準備を終えるのを待つシンタロー…ふふ、私の勝ちだね。
追い出される心配が無くなった事だしと、シンタローと私の二人分のカレーを皿に盛り、作ってあったサラダとミネラルウォータを用意して…準備完了。
「さ、食べなさいシンタロー。お前の事だ、きちんと食事もしていないのだろう?」
「………」
「シンタロー…?ああ、もしかしてパパが勝手に入った事まだ怒っているのかい?それは悪かったよ」
「…上辺だけで言われてもしょうがねーんだけど。全く親父は…まあ、カレーは美味そうだから食ってやるよ」
視線をカレーに落として隠したつもりの笑み、見逃してないよ?また拗ねられても困るから見えない振りしてあげるけどね?本当に照れ屋さんなんだから、シンちゃんは。
両手を合わせていただきますと食べ始める、黙々とスプーンを口に運んで食べるシンタロー…もしかして今の気分の味じゃなかったのかな…
「味はどう?」
「まあ、そこそこじゃねぇの?」
適当に返答を返しただけで、そっけない態度のまま食べ続ける。途切れる会話…シンタロー?
流石に深刻な雰囲気だ、しっかりと聞き出さないと…持ったスプーンを皿に置き、肘をテーブルについて目の前の息子を見る。その気配を不思議そうに顔を上げて私を見つめる瞳。少しの沈黙の後、ゆっくりと言葉を吐き出して…
「ねえ、シンちゃん。パパに隠さずに話すんだよ?部屋の事は半ば強引とはいえお前は認めたろう?カレーの味も悪くはない。だったら一体何をそんなに怒ってるんだい?」
「…そ…それは…」
バツが悪そうに瞳を逸らして黙り込むシンタローを促す事なく、言葉が出るまで見つめて待った。
そうすると暫くの間の後、俯いたまま声だけが返ってきた。
「…親父、これは俺の為に作ったんだろう?グンマにゃ作ってねぇのか?」
「シンちゃんは優しいな、大丈夫。グンちゃんやキンちゃんにはパパが別口でちゃーんと作ってあげたから」
胸を張って自慢げに返答する。でもシンタロー?お前が言いたいのはそれじゃなさそうだけど…?
「ふーん…無理に俺の側に居なくったって良いんだぜ?アイツの所にでも行けば?」
「アイツって…シンちゃんは誰の事を指しているんだ。私がシンタロー以外の何かを最優先する訳が無いだろう」
「…ジャン…」
何処か拗ねたような表情はまだ俯かせたままで。短く出された名前に驚いて息子を凝視する。どうしてそこでその名前が出てくるのかな…?
「親父が俺を大事にしてんのは俺がジャンと似てるからだろう?親父はアイツが好きみてーだし?ま、俺は子供じゃないんだ。反対したりはしねーケド」
「シンタロー、ちょっと待ってくれ。何処をどうしてそんな話に発展しているんだい?」
「アンタの誕生日の出来事があれば誰だってそう思うわい」
きっぱりと反論するシンタロー…ああ、あの日は許してくれたみたいだったけどまだ怒ってたんだね?いや、拗ねてると言った方が正しいか。あの日からお前が遠征や何だと会う時間が無かったから気付かなかったよ。
ゆっくりと立ち上がり息子の背後に回るとその身体を優しく腕の中につつんでやる。少し身を捩ったのみで反抗する様子が無いのを見て取ると口元に笑みを浮かべて耳元に顔を寄せて。
「大丈夫だよ、パパはお前が一番大好きなんだからね。あの時はジャンをお前と間違わんばかりの笑顔だったからつい、ね」
耳朶に音を立てて口付けると抱きしめる腕に力を込める。シンタローの顔は一気に真っ赤になって私を殴ろうと身を捩って解放されようとするのをそしらぬ顔で抱きしめ続ける。少し経つと諦めたのか暴れる身体は腕の中で大人しくなっていく…パパに勝つのはまだまだ先だね。
「眼魔砲!」
ぐふっ!
溜め無しに容赦なく打ち込まれた眼魔砲は腹部に見事にクリーンヒットしたらしく、抱きしめた腕は解け、私の身体は後ろの壁へとめり込んだ。
シンちゃん、躊躇う事も無く撃ったね?油断した…よろつく身体を何とか支えて立ち上がると、椅子に座ったまま身体を私に向けて屈託の無い笑みを向けている。ああ…シンちゃんのその笑顔をカメラに収めたい…っ!
「うっし、ストライク!」
両手を握ってそんな嬉しそうにしなくたって…うう…酷いよシンちゃん…心で滝のような涙を流していると先程までの笑顔を引っ込めて真顔に戻ってしまったみたいで…ガックシ。
「ど阿呆、何処の世界に息子に似てるからって押し倒す奴が居るんだよ」
「居るじゃないか、此処に」
「…も一回、眼魔砲で逝っとくか?」
「いや、遠慮しとくよ」
片手を上げてきっちりと断りを入れると舌打ちが聞こえた気がした…シンちゃんったら。
「シンちゃんはシンちゃんだよ。お前が誰に似ていようがパパの心はシンタローの物だから安心しなさい」
「…ったく、アンタは。まあ、その言葉で納得しといてやるよ」
柔らかい笑みを口元に浮かべるとすぐに身体の向きを変えて再びカレーライスを食べ始めたシンタロー。その後姿が先程と違って美味しそうに食べてくれてるのが解るとそれ以上は何も言わず私も再び席に戻って座り直す。
肘をついて目の前の息子を見る…うんうん、やっぱり美味しそうに食べてくれるのは嬉しいもんだね。幸せそうに見つめる私の視線に擽ったそうに笑い、空になった皿を差し出してお代わりを催促してきた。頷いてその皿を受け取ると立ち上がってジャーへと歩みだす私の背に、不意にかけられた声。
「なあ…父さん…ジャンが好きだった…?」
「…パパが愛したのは家族とお前の母親だけだよ」
「そっか」
納得がいったのかそれ以上は問うて来なかった息子に山盛りにしたご飯にカレーをかけてあげて差し出した。
…シンタロー、私が否定では無く是定したらお前はどうする?
お前が一番だという気持ちに嘘や偽りは無いけれど…シンタローがどんな顔をするのか見てみたくなった。