夜更けにふと目を覚ます。普段なら朝までぐっすり眠れる筈なのに珍しいな。
そのまま眠りの淵にもう一度辿り着けそうに無いと思うと諦めて体を起こしてみる。座った状態で窓に目を向けると煌々とした月明かりが眩しい。そっか、この光で目が覚めちまったのかな?
…って言うか、寝てた俺の顔にモロ直撃?
ああ、俺の馬鹿!今日も早くから家事に奔走しなくちゃならないってのに何でこんな場所に布団なんか敷いたんだ俺!
ひっそりと深い溜息を吐いてちょっぴり自己嫌悪。
起きて家事をするにはちょっと早い、それでもすんなり眠れたとしても寝直すのにはちょっと遅いかも知れない微妙な時間。あーあ、どうしようかな。散歩のついでに朝飯の食材ゲットしてくるのも悪くないな…でも…
「…んー…」
静かなこの空間に突然聞こえた声にビックリして、上がりそうな声を飲み込んで声のした方を見る。シンタローさんを挟んでパプワとチャッピーが川の字で寝ている。どうやらさっきの声はシンタローさんの声だったらしい。
ちぇ、何年もパプワ島に居て、パプワ達の世話をしてる俺の立場が無いっての。まー、シンタローさんが来る前でもそんな羨ましいシュチュエーションなんて皆無だったけどね。
あ…目から汗が出てきたのは気のせい?気のせいだよね?
目の端に滲んだ水分を腕で拭うと改めて3人を見る。実は不思議とこの光景が嫌じゃないんだよな。確かにちょっと寂しいかも知んねーけど、逆にこれが自然だと感じちまうからしょうがない。
それにしても、本当に3人とも幸せそうな寝顔してんな。見てるこっちまで心が和んでくる。特にそんなシンタローさんの表情は珍しくて、もっとしっかりと見たいと思った俺は出来る限り音を立てずに布団から抜け出すとシンタローさんの頭上まで移動する。片腕づつにパプワとチャッピーを腕枕して身動きしにくいだろうに苦しげな表情すら浮かべない。流石はお姑さん、アンタは保護者の鏡だぜ。
覗きこむようにして近づけたその表情が更に嬉しそうに緩むのが見えて、俺も何だか無性に嬉しくなった。
シンタローさんの事だからパプワやチャッピー、それとナマモノ達(一部除く)と楽しく遊んでる夢でも見てんのかな?それともサービス様の夢?隊長の弟の事を語るシンタローさんは本当に嬉しそうに話すんだ…あ、でもやっぱりコタローの夢かな。この人って本当にどうしようもないブラコンだから。
床に散らばる長い黒髪に手を伸ばして触れる。この人が幸せそうだったら俺も幸せって感じる気がする…
少しの間その寝顔を独り占めしていたけど、見つめていた唇が動くのを見て首を傾げた。声は出てないから何を言ってんのか解んないけど、もしかしたらそろそろ腕枕に身体が悲鳴を上げてるのかも知れない。俺が起きる前からみてェだったし。
そーっと細心の注意を払ってパプワとチャッピーをシンタローさんから離す。起こさないかとか、寝ぼけ眼で襲われるかもとか考えながら嫌な汗をかいたけれど、幸いにうまく移動させる事が出来たみたいだ。
でも、すぐさま解放されたシンタローさんの腕が何かを求めるように伸ばした手にまた、冷や汗をかいた。
うわちゃー、もしかしてパプワを移動させたのが悪かったのかな。無意識にパプワを探してるのかもしれない…余計なお世話だったのかな。それでも今更戻す訳にもいかないから彷徨う手を両手で包み込む様に引き寄せると、笑みが強くなった気がする。
「…キンタロー…」
一瞬、空気が凍ったのかと思った。握り返してくる手が優しくて、逆に悲しくなった。
何でそこでお気遣い紳士の名前が出てくるんすか?
何でコタローやパプワの夢じゃないのにそんなに幸せそうなんすか?
もしかしてシンタローさん…お気遣い紳士の事を…?
さっきまでの嬉しさは何処へやら、シンタローさんとは反対に凍える心。
胸が締め付けられる感覚に思考が止まる。何も考えられなくなって…
気が付いたら、シンタローさんにキスをしていた。思ったよりも柔らかい唇に合わせるだけのキス。
「ん……すき、キ…タ…」
甘い吐息と共に伸びてきた腕が俺の首筋に触れた瞬間、高揚感に背中がゾクリとした。
夢現の状態なんだろう、とろんとした瞳で俺を見つめるシンタローさんは…本当に可愛かった。パプワやコタローに向ける優しい笑顔とはまた違って、優しい甘えを含む笑顔に魅入られると同時に、その笑顔が無条件で見られるこの場に居ない相手に嫉妬した。これ以上覚醒させない様にゆっくりと腕を背に回して抱きしめると甘えて擦り寄ってきた。
「…側に居るから、少し眠ると良い…」
お気遣い紳士が言いそうな言葉を耳元で囁いてやると、解ったと答えてそのまま眠りに落ちた。
無防備な寝顔…こんなに安心しきったシンタローさんは初めて見る気がする。それだけあの人を心に住まわせている率が高いって事だ、それが悔しい。俺だってシンタローさんの事が好きなのに…
落ちていく気分を何とか変えようと首を振り、俺にもたれかかるシンタローさんを静かに横たえてシーツを被せる。南国って言ってもやっぱ風邪を引く時は引くから気をつけねぇと。シンタローさんから離れるとパプワとチャッピーにもシーツを掛け直して、出来る限り気配を殺してパプワハウスを出る。夜明け前の薄暗い空気、幾分か涼しい風を身に浴びながら浜へと向かう。こんな塞ぎこんだ気分じゃ何をやっても駄目そう。だから、朝飯の準備をしながら気分を切り替えようと心に決めた。
知らなかった…何時の間にか俺の中でシンタローさんがこんなに大きな存在になっていただなんて…
気付けなかった…あんなに魅力的な人に恋人が居ない筈がないって事を…
忘れていた…いずれこの島を去っていってしまう人だという事…
…ねえ、シンタローさん。今からでも、全力で頑張れば振り向いてくれる可能性はありますか?
振り向かせる事が出来たなら、帰らずに此処に残ってくれますか?
例え眼魔砲を撃たれたとしても、これから本気でいかせてもらいますから覚悟して下さい。
何時か、あの笑顔を俺に向けてくれる日に向けて。
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