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mhg

ぐずる双子を宥めて何とか寝かしつけてから、すぐ下の弟の様子を見に行くと、こちらはソファにもたれ掛って目を閉じていた。
開いたままの本が絨毯の上に落ちて、鈍い音を立てる。少年が慌てて本を拾い上げてから弟を見ると、安らかな表情のまま規則正しく胸が上下していた。
年齢の割りに大人びた表情の少年は、起こさずにすんだことにいくらかほっとしながら、眠る弟の上にブランケットをかけると、そろそろと部屋を出た。
父親の帰宅を待ちわびて、昨夜は兄弟そろって夜更けまで起きていた。そのせいか、普段昼寝をしない弟までが今日は眠ってしまっている。
少年もいくらか眠そうだが、幼いながらも兄弟の一番上と言う責任のある立場からか、他の兄弟と一緒に昼寝をすることなく、父の帰りを待っている。
少年は自分達の環境が些か特殊だと言うことを理解していた。そのため父が仕事で家を留守にするたびに、かすかな不安を抱いていた。
兄としてその不安を弟達に悟られるわけにもいかず、父の部下から状況を聞き出しても、実際に無事な姿を見るまではそわそわと落ち着かない。
少年が弟達のいる部屋を出て、当てもなく歩き回っていると秘書官と出くわした。ちょうど良かったとばかりに勢い込んで聞いてみる。
上司の長子とは言え、まだ幼い子供にどこまで話して良いのか図りかねた秘書官は、経過を端折って「つい先ほど帰還されました」とだけ少年に伝えた。少年は詳しいことを教えてくれなかったことに対して少々不満そうな顔したが、つい先ほど、と言う単語にぱっと表情を明るくして走り出した。
紅い軍服を着た父親が、自分のほうに駆けてくる子供に気が付いて、遠目でも判るくらい相好を崩した。腰をかがめて、走り寄ってきた少年を抱き止める。
ただいま、と言う父の言葉に、おかえりなさい、と返して、少々照れくさそうに少年は父親の軍服に顔を埋める。生地の表面がかすかに湿って、雨の匂いがした。
雨?と顔を埋めたまま尋ねると、降って来たよ、と頭上から穏やかな声が返ってきて、ようやく少年は父親から身体を離し、当たり前のように差し出された手を握りしめた。
少年は父親と手をつなぎ、弟達の元へと歩き出した。


今にも降り出しそうな曇天が広がっているのにも気付かずに、男は黙々と書類に目を通していた。
緊張感漂う空気は、総帥室と言う場所柄だけでなく、男自身から発散されているようにも思えた。時折秘書を呼びつけ、何事かを伝えては下がらせる。淡々と書類仕事を片付けていく時でも隙を見せない様子は、さすがと言うべきだろう。
唐突に、その静謐な空気が破られた。秘書に扉を支えられながら、子供が男に向かって駆け寄って来る。
男は一瞬にして父親の表情になった。破顔して息子を抱きしめる。
頭をなでると、子供特有の細い髪はかすかに湿気を帯びていた。黒髪に指を絡めつつ、どうしたの、と訊いてみると、グンマとお外で遊んでたんだけど雨が降ってきたから帰ってきたの、と腕の中から返事が聞こえた。
雨の日は何となく心細いのかもしれない。
男は自分の幼少の頃を思い出しながら、抱きしめる腕に力を込めた。
息子を抱き締めたまま、秘書官の方へ顔を向けると、長年仕えている部下としては心得たもので、急いでこれからのスケジュールを確認し、重要な会議などが入っていないことを男に告げた。
男は目顔でひとつ頷くと、腕の中の子供に、パパとお部屋で遊ぼうか、と優しく告げた。子供はぱっと顔を上げ、嬉しそうに笑う。
男は立ち上がり子供の手をとった。すっぽりと収まる小さな手のひらも、伝わってくるあたたかい体温も、この子の全てが愛おしくてならない。
男は子供と手をつなぎ、総帥室を後にした。



「だからね、私は雨の日が嫌いじゃないんだ」
そう締め括って微笑う父親を、彼は意外そうに眺めていた。
眠り続ける弟の部屋の大きな窓からは、雨曇りの空が見て取れて、あまり好ましくない空模様だった。
嫌な天気だな、と彼が漏らすと、弟のベッドを挟んで向かい合った父親が、そうでもないよ、と言ったのがきっかけだった。
思いもよらない昔語りに、目を丸くしながら相槌を打つ。彼にとっては祖父にあたる人物のことは、父親から折に触れては聞かされていたが、何度聞いても飽きることはない。会った事もない祖父だったが、どことなく親近感を覚えていた。
祖父の話は良いのだが、彼自身の子供時代の話をされると、どうも気恥ずかしい。嬉々としてして話す父親を前にしては、いっそう居心地が悪い。
「覚えてねぇな」
「何でもない日だったから。覚えてないのも無理はないよ」
彼がぼそっと言うと、父親はやはりにこやかに笑ってベッドの上の華奢な手を握りなおした。だいぶ成長したとは言え、弟の手は父親の手に隠れてしまうほど小さい。
「シンちゃん、こっちの手が空いてるよ」
彼の視線に気付いた父親が、ひらひらともう片方の手を振っている。
それを無視して窓の方に目をやると、霧のような細い雨が静かにガラスを叩いていた。


部屋では、親子が手をつないでいる。
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