『修正箇所が思ったより多くて今日は帰れそうもないよ~(>_<) シンちゃんごめんね。お詫びに美味しいケーキ買って帰るからね!』
シンタローの携帯にグンマからの絵文字顔文字満載なカラフルなメールが受信された。
ほぼ同時刻に、ほぼ同じ内容の、しかしもっとシンプルなメールがキンタローからも届いた。
同じ所に出張してるのだからどちらか片方からの連絡だけで充分なのに。
「律儀なこったな」
携帯の画面を見ながらシンタローは一人ごちる。
今日はシンタローの誕生日でキンタローの誕生日でもある。
平日なので家族だけで祝おうという事になっており、開発課でのグンマのお守りとシンタローの補佐という二束の草鞋を履いているキンタローがスケジュールをやりくりしてくれて、おかげでシンタローは午後からかなりの時間を持て余していた。
そのくせ自分達は帰れないだと。
「じゃあ今日はあいつと二人っきりで晩飯かよ。あーあ」
誰もいないのに嫌そうに呟いてみる。
別にマジックと二人きりで夕食を取るのが嫌なわけではないが、二人っきりで誕生日を祝われると思うと気が重いのだ。
いい年して過剰にお祝いされてもな…と思う。
キンタローがいてくれれば、祝いも分散される。
グンマがいれば、更に場の雰囲気があっちこっちに行くから気楽なのだ。
しかし、最近ガンマ団開発課は副業で家電や外部の工業製品の受注を引き受けていて、メインで機械担当をしているグンマもキンタローも少々忙しい。
出張や出向が多くなっている。
貴重な収入源なのでありがたいのだがな、とシンタローは思う。
と、その時再び携帯が鳴る。
『ロケが終わらないので今日中に帰れない。なるべく早く帰ります。ごめんね。 パパより』
マジックからだった。
いつもは必ずハートマークのひとつやふたつくっついてくるのだが、シンプルな文面だという事は本気で申し訳なく思ってるのだろう。
妙な本の出版やファンクラブ活動や講演会やテレビ出演や雑誌のインタビューなどの広報活動で、総帥だった時よりも忙しく走り回ってるのが最近のマジックだ。
シンタローとしては煩くなくていいと思うが、馬鹿らしくなるのでテレビも雑誌も見ていない。
だから本当は何をしてるのかはよくわからない。
聞く気もないが、こうして忙しくされるとなんだか面白くない。
「なぁーにが“パパより”だ!」
近くにあったソファーの上のクッションを殴って八つ当たりをしてから、キンタローとグンマにメールを返信する。
なんとなく面白くないのでマジックには送らなかった。
「なんだか腹減ったな。気楽に一人で晩飯でも食うかなー」
誕生日には必ずマジックが何日も煮込んだ特製カレーを作ってくれるのだが、今回は全く準備がされていない。
一週間も前から留守をしていて、そういえば『帰って来てから作るから』とメールが来ていた…ような気がする。
確か三日ほど前にカレー用の特選素材が配達されて来ていたはずだ。
三日前には帰るつもりだったらしい。
薄情な息子だ、とシンタローは我ながら思うが、マジックが「この日に帰る」と言った日に帰ってくる事は子供の頃から滅多にないので、期待しないだけだ。
でも、シンタローの誕生日には何があっても必ず帰って来ていたのだ。
そして必ずカレーを作ってくれていたのだ。
まあいいけど。
「そうだ、カレーでも作るか。いつもあいつが作るから俺作った事ねぇんだよな」
材料はタップリある。
買い物に行くのも面倒くさいし、一人で外食するのも面倒だ。丁度いい。
明日には帰ってくるであろう兄弟と従兄弟に、一晩寝かせた俺様特製カレーを食わせてやれるしな。
…まあ、マジックに食わせてやってもいいし。
シンタローは張り切って台所に立った。
「…何が足りないんだ?…」
味見をしたシンタローは首を傾げる。
自慢じゃないがシンタローだって料理の腕にはかなり自信がある。
その自分が丁寧に作ったカレーが、なんだか美味しくない。
何か味が足りないのだ。
「出来立てだからか?…いやしかし…」
作ってすぐのカレーも何回も食べた。
若いカレーだってそれなりに美味いものだ。
バナナと林檎をミキサーにかけて入れてみる。玉ねぎをすりおろしてみる。潰したホールトマトとトマトジュースを足してみる。99%カカオチョコを溶かし込んでみる。コーヒーを入れる。ハチミツを入れる。生クリーム、ニンニク、バター、ヨーグルト、マスタードなんかも入れてみた。新たにスパイスを足してみたりもする。…しかしなんだか物足りない。
作り始めた時は明るかった外が真っ暗になって、さすがに空腹には勝てず物足りないカレーで夕食を取った。
ひどくお腹が空いてるはずなのに食がすすまない。
「不味い…」
呟いて、半分も食べずに手が止まる。
クッションを一発引っ叩いて、食べかけの皿を放置したままソファーに寝転がる。
今頃キンタローはグンマに誕生日を祝ってもらいながら食事でもしてるのだろうか。
ボーっとそんな事を考えてしまう。
別に羨ましいわけではないが。
ほんの12日ほど前、グンマの誕生日を祝ったばかりだ。
もういい加減お祝い事はたくさんだと思ったはずだ。なのに。
そういえば子供の頃、親父が留守の時よくカレーを作って置いていってくれていた。
カレーは大好物だけど、その時のカレーもやっぱり不味かった。
俺の作ったカレーはあの時のカレーの味だ、とシンタローはボンヤリ考える。
あの時のカレーの味だ。
でも別に俺は寂しいわけじゃない。
仕事が忙しかったり、南の島に家出していたりで誕生日を祝ってもらえなかった日なんか何度もあった。
ただ自分だけが時間を持て余しているのがつまらないのだ。
いると思ってた奴らがいないのが拍子抜けしてしまってるのだ。
そのままシンタローはフテ寝してしまった。
カレーの香りがして、シンタローは目を覚ました。
起き上がるとパサリと乾いた音。
寝ていたシンタローの体に上着がかけてあったらしい。
上等な生地の、派手なピンクの。
時計を見ると午後11時を回っている。
キッチンのテーブルで、マジックがカレーを食べていた。
シンタローの作った、あの不味いカレー。
「あ、起きた?まだ夜はたまに冷えるからね、こんな所で寝ちゃダメだよ」
「あ、ああ…」
「食べてる途中で寝ちゃったの?そんなに疲れてたの?お行儀悪いよ、シンタロー」
「あ、ああ…」
「キンタローとグンちゃんからね、メールが来たんだよ。『僕達帰れないから早く帰ってあげて』って。だから急いで帰ってきたの。メール来なくても帰るつもりだったけど、今日に間に合って良かった」
「…ふうん」
「シンちゃんがメールの返事をくれないから、怒ってるのか寂しがってるのかと思ったよ」
「…阿呆か」
なんだかうまく返事が出来ない。
帰ってくるとは思わなかった。
それより。
「それ、不味くねぇか。無理して食うなよ」
「シンちゃんが作ったんでしょ。なんで?凄く美味しいよ。シンちゃんのカレーもいいね」
不味いよ…とシンタローはもう一度呟いて少し寝呆けた顔でマジックの顔とカレーを交互に見つめてると
「ちょっと待ってなさい。座ってて」
とマジックが立ち上がった。
言われたとおりキッチンのテーブルの席についてボーっとしていると、やがて香ばしい音と香りがカレーの香りと共に立ち上がり、シンタローの前に皿が差し出された。
「お誕生日おめでとう。ご馳走じゃなくてすまないね。急いで帰ってきたからケーキも買えなかったよ」
「ケーキはグンマが買ってくるってよ」
「そう、良かった」
差し出された皿にはシンタローの作ったカレー。カレーライス。
そしてそこには焼きたてのハンバーグが添えられていた。
ハンバーグカレー。
「さっきシンちゃんが寝てる間に仕込んでおいたんだよ。これならきっと美味しいよ?」
ニコニコとした顔でマジックが言う。
「おい…あんた、俺をいくつだと思ってんだよ。子供じゃねぇんだから、こんな事しても不味いモンは不味いんだよ」
「シンちゃんは…さ、子供の頃お留守番してると大好きなカレーもあんまり食べないで残してたよね」
そうだったっけか…とシンタローは思う。そうだったような気もする。
「いつも必ず『美味しくない。不味かったから』って言ってて、作って置いてあったカレーにほとんど手をつけてなかったんだよね。でもそこにハンバーグとかコロッケとかウィンナーソーセージとか添えてあげると『美味しい美味しい』って全部食べちゃうの、覚えてる?」
シンタローの顔を覗き込むようにしながらマジックが話しかける。
「そんなの覚えてねぇよ」
と小さい声で答えながら、そういえばそうだった、美味かった…ような気がするとシンタローは思い起こす。
でもあれは子供だったから。
子供はハンバーグだのコロッケだのウィンナーだのが好きなもんだ。
騙される。
俺はもう大人なのだ、こんなもんで騙されない…と言い返そうと思ったが、やっぱりうまく言葉が出ない。
シンタローは空腹だったし、皿からはとてもいい匂いがしていたから。
「牛肉と玉ねぎが残ってて良かった。さあ、食べて。でも本当にこのカレーは美味しいよ」
「…美味い」
思わずシンタローは口に出す。
カレーは本当に美味しかった。
さっき食べた時は何かが足りなくて仕方なかったのに。
子供の頃留守番してた時のカレーと同じように不味かったのに。
「カレーに何か入れたのか?」
「何もいれてないよ、温めただけ」
じゃあやっぱりハンバーグが味の決め手なのだろうか。
肉汁…とか?
本当の答えはわかってるような気がするが、それは考えたくない。
だって俺はもういい大人なのだ。
「あっもう24日が終わっちゃう」
慌てたようにマジックが立ち上がりワインを持って来た。
「明日はキンタローと一緒にもう一度お祝いしようね。でも今日は二人でお祝いだよ」
ワインを注いだグラスをシンタローに手渡す。
「誕生日おめでとう、シンタロー。お前がこの世に生まれて来てくれた事に感謝するよ」
なんだかマジックの言葉がひどく嬉しくて、カレーもハンバーグも美味くて
「…サンキュ…」
珍しく素直に、小さい声でシンタローは答えてみた。
■終■
シンタローの携帯にグンマからの絵文字顔文字満載なカラフルなメールが受信された。
ほぼ同時刻に、ほぼ同じ内容の、しかしもっとシンプルなメールがキンタローからも届いた。
同じ所に出張してるのだからどちらか片方からの連絡だけで充分なのに。
「律儀なこったな」
携帯の画面を見ながらシンタローは一人ごちる。
今日はシンタローの誕生日でキンタローの誕生日でもある。
平日なので家族だけで祝おうという事になっており、開発課でのグンマのお守りとシンタローの補佐という二束の草鞋を履いているキンタローがスケジュールをやりくりしてくれて、おかげでシンタローは午後からかなりの時間を持て余していた。
そのくせ自分達は帰れないだと。
「じゃあ今日はあいつと二人っきりで晩飯かよ。あーあ」
誰もいないのに嫌そうに呟いてみる。
別にマジックと二人きりで夕食を取るのが嫌なわけではないが、二人っきりで誕生日を祝われると思うと気が重いのだ。
いい年して過剰にお祝いされてもな…と思う。
キンタローがいてくれれば、祝いも分散される。
グンマがいれば、更に場の雰囲気があっちこっちに行くから気楽なのだ。
しかし、最近ガンマ団開発課は副業で家電や外部の工業製品の受注を引き受けていて、メインで機械担当をしているグンマもキンタローも少々忙しい。
出張や出向が多くなっている。
貴重な収入源なのでありがたいのだがな、とシンタローは思う。
と、その時再び携帯が鳴る。
『ロケが終わらないので今日中に帰れない。なるべく早く帰ります。ごめんね。 パパより』
マジックからだった。
いつもは必ずハートマークのひとつやふたつくっついてくるのだが、シンプルな文面だという事は本気で申し訳なく思ってるのだろう。
妙な本の出版やファンクラブ活動や講演会やテレビ出演や雑誌のインタビューなどの広報活動で、総帥だった時よりも忙しく走り回ってるのが最近のマジックだ。
シンタローとしては煩くなくていいと思うが、馬鹿らしくなるのでテレビも雑誌も見ていない。
だから本当は何をしてるのかはよくわからない。
聞く気もないが、こうして忙しくされるとなんだか面白くない。
「なぁーにが“パパより”だ!」
近くにあったソファーの上のクッションを殴って八つ当たりをしてから、キンタローとグンマにメールを返信する。
なんとなく面白くないのでマジックには送らなかった。
「なんだか腹減ったな。気楽に一人で晩飯でも食うかなー」
誕生日には必ずマジックが何日も煮込んだ特製カレーを作ってくれるのだが、今回は全く準備がされていない。
一週間も前から留守をしていて、そういえば『帰って来てから作るから』とメールが来ていた…ような気がする。
確か三日ほど前にカレー用の特選素材が配達されて来ていたはずだ。
三日前には帰るつもりだったらしい。
薄情な息子だ、とシンタローは我ながら思うが、マジックが「この日に帰る」と言った日に帰ってくる事は子供の頃から滅多にないので、期待しないだけだ。
でも、シンタローの誕生日には何があっても必ず帰って来ていたのだ。
そして必ずカレーを作ってくれていたのだ。
まあいいけど。
「そうだ、カレーでも作るか。いつもあいつが作るから俺作った事ねぇんだよな」
材料はタップリある。
買い物に行くのも面倒くさいし、一人で外食するのも面倒だ。丁度いい。
明日には帰ってくるであろう兄弟と従兄弟に、一晩寝かせた俺様特製カレーを食わせてやれるしな。
…まあ、マジックに食わせてやってもいいし。
シンタローは張り切って台所に立った。
「…何が足りないんだ?…」
味見をしたシンタローは首を傾げる。
自慢じゃないがシンタローだって料理の腕にはかなり自信がある。
その自分が丁寧に作ったカレーが、なんだか美味しくない。
何か味が足りないのだ。
「出来立てだからか?…いやしかし…」
作ってすぐのカレーも何回も食べた。
若いカレーだってそれなりに美味いものだ。
バナナと林檎をミキサーにかけて入れてみる。玉ねぎをすりおろしてみる。潰したホールトマトとトマトジュースを足してみる。99%カカオチョコを溶かし込んでみる。コーヒーを入れる。ハチミツを入れる。生クリーム、ニンニク、バター、ヨーグルト、マスタードなんかも入れてみた。新たにスパイスを足してみたりもする。…しかしなんだか物足りない。
作り始めた時は明るかった外が真っ暗になって、さすがに空腹には勝てず物足りないカレーで夕食を取った。
ひどくお腹が空いてるはずなのに食がすすまない。
「不味い…」
呟いて、半分も食べずに手が止まる。
クッションを一発引っ叩いて、食べかけの皿を放置したままソファーに寝転がる。
今頃キンタローはグンマに誕生日を祝ってもらいながら食事でもしてるのだろうか。
ボーっとそんな事を考えてしまう。
別に羨ましいわけではないが。
ほんの12日ほど前、グンマの誕生日を祝ったばかりだ。
もういい加減お祝い事はたくさんだと思ったはずだ。なのに。
そういえば子供の頃、親父が留守の時よくカレーを作って置いていってくれていた。
カレーは大好物だけど、その時のカレーもやっぱり不味かった。
俺の作ったカレーはあの時のカレーの味だ、とシンタローはボンヤリ考える。
あの時のカレーの味だ。
でも別に俺は寂しいわけじゃない。
仕事が忙しかったり、南の島に家出していたりで誕生日を祝ってもらえなかった日なんか何度もあった。
ただ自分だけが時間を持て余しているのがつまらないのだ。
いると思ってた奴らがいないのが拍子抜けしてしまってるのだ。
そのままシンタローはフテ寝してしまった。
カレーの香りがして、シンタローは目を覚ました。
起き上がるとパサリと乾いた音。
寝ていたシンタローの体に上着がかけてあったらしい。
上等な生地の、派手なピンクの。
時計を見ると午後11時を回っている。
キッチンのテーブルで、マジックがカレーを食べていた。
シンタローの作った、あの不味いカレー。
「あ、起きた?まだ夜はたまに冷えるからね、こんな所で寝ちゃダメだよ」
「あ、ああ…」
「食べてる途中で寝ちゃったの?そんなに疲れてたの?お行儀悪いよ、シンタロー」
「あ、ああ…」
「キンタローとグンちゃんからね、メールが来たんだよ。『僕達帰れないから早く帰ってあげて』って。だから急いで帰ってきたの。メール来なくても帰るつもりだったけど、今日に間に合って良かった」
「…ふうん」
「シンちゃんがメールの返事をくれないから、怒ってるのか寂しがってるのかと思ったよ」
「…阿呆か」
なんだかうまく返事が出来ない。
帰ってくるとは思わなかった。
それより。
「それ、不味くねぇか。無理して食うなよ」
「シンちゃんが作ったんでしょ。なんで?凄く美味しいよ。シンちゃんのカレーもいいね」
不味いよ…とシンタローはもう一度呟いて少し寝呆けた顔でマジックの顔とカレーを交互に見つめてると
「ちょっと待ってなさい。座ってて」
とマジックが立ち上がった。
言われたとおりキッチンのテーブルの席についてボーっとしていると、やがて香ばしい音と香りがカレーの香りと共に立ち上がり、シンタローの前に皿が差し出された。
「お誕生日おめでとう。ご馳走じゃなくてすまないね。急いで帰ってきたからケーキも買えなかったよ」
「ケーキはグンマが買ってくるってよ」
「そう、良かった」
差し出された皿にはシンタローの作ったカレー。カレーライス。
そしてそこには焼きたてのハンバーグが添えられていた。
ハンバーグカレー。
「さっきシンちゃんが寝てる間に仕込んでおいたんだよ。これならきっと美味しいよ?」
ニコニコとした顔でマジックが言う。
「おい…あんた、俺をいくつだと思ってんだよ。子供じゃねぇんだから、こんな事しても不味いモンは不味いんだよ」
「シンちゃんは…さ、子供の頃お留守番してると大好きなカレーもあんまり食べないで残してたよね」
そうだったっけか…とシンタローは思う。そうだったような気もする。
「いつも必ず『美味しくない。不味かったから』って言ってて、作って置いてあったカレーにほとんど手をつけてなかったんだよね。でもそこにハンバーグとかコロッケとかウィンナーソーセージとか添えてあげると『美味しい美味しい』って全部食べちゃうの、覚えてる?」
シンタローの顔を覗き込むようにしながらマジックが話しかける。
「そんなの覚えてねぇよ」
と小さい声で答えながら、そういえばそうだった、美味かった…ような気がするとシンタローは思い起こす。
でもあれは子供だったから。
子供はハンバーグだのコロッケだのウィンナーだのが好きなもんだ。
騙される。
俺はもう大人なのだ、こんなもんで騙されない…と言い返そうと思ったが、やっぱりうまく言葉が出ない。
シンタローは空腹だったし、皿からはとてもいい匂いがしていたから。
「牛肉と玉ねぎが残ってて良かった。さあ、食べて。でも本当にこのカレーは美味しいよ」
「…美味い」
思わずシンタローは口に出す。
カレーは本当に美味しかった。
さっき食べた時は何かが足りなくて仕方なかったのに。
子供の頃留守番してた時のカレーと同じように不味かったのに。
「カレーに何か入れたのか?」
「何もいれてないよ、温めただけ」
じゃあやっぱりハンバーグが味の決め手なのだろうか。
肉汁…とか?
本当の答えはわかってるような気がするが、それは考えたくない。
だって俺はもういい大人なのだ。
「あっもう24日が終わっちゃう」
慌てたようにマジックが立ち上がりワインを持って来た。
「明日はキンタローと一緒にもう一度お祝いしようね。でも今日は二人でお祝いだよ」
ワインを注いだグラスをシンタローに手渡す。
「誕生日おめでとう、シンタロー。お前がこの世に生まれて来てくれた事に感謝するよ」
なんだかマジックの言葉がひどく嬉しくて、カレーもハンバーグも美味くて
「…サンキュ…」
珍しく素直に、小さい声でシンタローは答えてみた。
■終■
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