苛つく気持ちをどうしても押さえられなかった。
自然足取りは荒くなり、通りがかった団員が何事かという表情で振り返っていく。
普段なら余裕ある総帥、を演じるのに余念の無い俺だが(前任者が前任者なだけに、焦ってる様子など死んでも見せたくない)今回ばかりはそれも出来ずにいた。
ムカツク!!!
ホントにホントにムカついて具合が悪くなってきた。
胸がムカムカしている。吐き気もする。頭痛もしてきた。気のせいか耳鳴りも。
苛つきは頂点に達して、涙が出た。ちょっとだけ。
この涙の理由は極限に達するストレスから出たもので、生理的反応ってやつだ。
それ以上でも以下でもない。いや、ホントに。というか俺は誰に対して言い訳しているのか。
通りがかった団員か?
俺自身か?
それともこの怒りをもたらしてくれたあのオッサンか?
びっくりした。人間ってやつはあんまり怒ると涙が出てくるのだ。
俺はうがーーーっ!と叫んで髪を掻き毟りたくなる衝動を抑えて、早足で自室へと向かっていた。ムカつきからの涙は、当分おさまりそうにも無かったから、防音設備完璧の自室で思い切り叫びたかったのだ。
「クソ親父のバカヤローーーー!!!」
ようやく自室にたどり着き、何度目かの咆哮の後、なんとか気持ちが落ち着いてきた。
しかしそれもうっかり思い出してしまえば儚い海の藻屑。
ぼうふらのように怒りが湧いて来る。
お!俺って詩人?なんてことを思ってみたりしたり。
うーん。しかし、ぼうふらって響きがあんまり詩的じゃないな。
寄せては返す波のように?いや返っちゃ駄目だろ。
空に輝く星のように?いやいや、アイツのせいで感じているこの苛立ちに対して美しすぎるだろ。
ううーん。
ついつい考え込んでしまってからハッと気付く。違うだろ俺!
詩といえば、ヤツはすぐに詩を作っては、いらんとゆーのに無理やり俺に聴かせていた。
「シンちゃんに捧げる愛の歌 君と迎える17回目のクリスマス編」
とかゆー類の無茶苦茶に濃いやつ。
うなされるよーなの。
俺は聞きたくないっつってんのに。
いいかげんにしろっつってんのに。
布団被って耳塞いでも、しつこくしつこく最後の一音までしっかり聞かせやがって。
終いにゃ歌まで作りやがって。
クリスマス当日には合唱団に歌わせたりしやがって。
それなのにそれなのにそれなのに!!!
普段からしつこいのはあの親父のほうなのに!
俺いっつも忙しいっつってんのに!!
ベタベタベタベタベタベタと!!!くっつきまわってるくせに!
あああああもう!!ムカツク!!!
・・・・・・。誕生日を、祝ってやろうと思ったのだ。
コタローが閉じ込められてからはそんなこともなかった。
当然、そんな気にはなれなかった。
・ ・・あの島から帰ってきてからの親父は少しはマシになったようだったし。
本当にコタローの父親になると、誓ってくれたから。
家族を、やり直そうと思ったのだ、俺も。
『母さんは死んじゃったけど俺達3人仲良くやっていこーな!』
あのときの、気持ちのままに。家族として。
今は3人じゃなくて、グンマにキンタロー、当然含まれる麗しの叔父様に、ついでの獅子舞。なんだったらあのマッド医者も含めてやっても良い、グンマに免じて。
家族になれると思っていたのだ。
青の一族とか、秘石眼とか、・・・血の繋がりとか。関係無く。
家族に、なれると思っていた。
あの言葉を聞くまでは。
『ねぇねぇ伯父様、じゃない、おとーさま!!今年の誕生日プレゼントは期待してくれても良いからね!何しろ僕とキンちゃんと高松とで開発した・・・』
『グンマ。内容は当日まで秘密だといっただろう。いいか。そもそも誕生日とは当日まで秘密にしていたプレゼントを相手に渡すことによって!いいか、秘密にしておくことによってだな、渡された相手は驚きとともに喜びが深まるのだという。
理想的には誕生日パーティの存在自体を秘密にしておくことが望ましいのだが、それが叶わない以上はだな・・・』
『キンちゃん!むしろ、本人の前でそーゆー話をしちゃうことが色々台無しだよ!』
『何!?そうなのか!・・・クッ!俺としたことが!
俺は、俺は、伯父の誕生日すらまともに祝えないのか?ぐおお・・・!』
『キンちゃん!しっかりして!大丈夫!大事なのは気持ちだよ!!』
『・・・なぁ。お前らコントでもしてんのか?』
グンマが騒いで。
最近感情豊かになってきたキンタローも、浮かれた空気を醸し出していて。
『シンちゃん!シンちゃんもパーティには出席できるんだよね?』
グンマがあのキラキラうるうるした感じの瞳で訊いてきて。
『ん?あぁ・・・』
まぁな、仕方ねーからナ。と言うつもりだった。祝ってやらんでもない、と。
仕事調整して、一日とは言わないが半日ぐらいは空けられるようにしていた。
ガキの頃みたいに、アイツ何が欲しいのかな、なんて考えたりもしていた。
『ああ、シンタローは忙しいだろうから、今年の誕生日は気にしなくていいよ。
E国からのテロリスト撲滅依頼もそろそろ、完了だろう?
そういう時が、一番危ないからね』
いっつも、「構って!」って、うるさい癖に。
毎年誕生日になるとそわそわしては、俺の動向気にしてやがった癖に。
今年に限って。
なぁ、それは。
知ったから、なのか?
俺が、アンタの実の息子じゃないって、コト。
『しかし、伯父貴。現地はすでに安定してきているし、反乱の兆しも無い。
伯父貴の誕生日パーティーに出席できるぐらいの時間は用意できる。
半日程度ならシンタローも本部に戻ってこられるぞ』
『だったら尚更だよ。シンちゃんも最近ずっと働き通しだっただろう?
休めるときにしっかり休まなくてはね』
「ね?」と念押しするように俺に対して微笑んできた。
反論することを許さないような微笑。
だから、俺は。
『そーだな!最近どーも疲れてきてるし!ちょっとだけだけどな!
休んだほうが良いかもナ!』
ヤケになって言った。
グンマはそれでも一年に一回なのに。せっかくの誕生日なのに。などと訴えていたが親父がなんだかんだと言い包めていた。
それを最後まで見ずに俺は部屋を出た。
キンタローが気遣わしげに俺を見ていたのが、今は煩わしかった。
なぁ、俺は。
アンタの誕生日を。
祝いたかったんだ、父さん。
肩たたき券だとか。庭で摘んだ花の花束だとか。手作りのプリンだとか。
小さい頃は父と一緒のとき以外は、外出を許されていなかったから、そんな中でも用意できるような簡単なものしかプレゼントできなかった。
それでもマジックは。
『ありがとうシンちゃん! パパ、シンちゃんにお祝いしてもらうのが一番嬉しいよ!』
子ども心にもヒクような、緩みきった笑みを浮かべて、鼻血をダラダラ垂らしながら大喜びしていた。
『ね、シンちゃん知ってる? 誕生日はね、大好きの日なんだよ!』
『大好きの、日?』
『そう! その人の事が大好きな人が『あなたのことが大好きですよ』って伝えるための日なんだよ! 生まれてきてくれてありがとうって! 会えて嬉しいって!
・・・シンちゃんは、パパの事好きだよね?』
『うん!僕、パパの事大好きだよ!!』
『ブホォッ!・・・っく、予想以上の威力。 ありがとうシンちゃん!
君の魅力にパパはクラクラさ!』
『パパ、大丈夫!?いっぱい血が出てるよ、鼻から!
さっきからずっとだけど、さらに激しく!』
『大丈夫だよ、シンちゃん! シンちゃんからの愛があればパパは不死身だから!
むしろ不死鳥のように甦ってくるから!!』
『それつまり一回死んでるよね!!? 血が止まらないよ、パパ!
ど、ドクター呼んでこなきゃ!』
『待って!最後にこれだけは訊かせて? パパの誕生日はね、『パパ大好きの日』なんだ。
・・・シンちゃんはこれからも、パパの誕生日を祝ってくれる?』
『うん!毎年絶対、僕が大人になっても祝ってあげる。 僕、パパの事大好きだから!』
『ブホォォォッ!(鼻血出力過去最大) 君は、パパの天使だよ・・・。
我が人生、一片の悔いも無し!』
コトリ、と首が傾き。椅子に寄りかかったまま満足そうな表情で固まった親父と。
『うわぁーーーん!! パパ、死なないでぇーーー!!!』
親父の鼻血を真正面から受け、髪も顔も真っ赤に染まりながら泣き叫ぶ俺。
全体的に血に染まった部屋が禍禍しいほど赤く、現場はさながら地獄絵図のようだったと、事件を知るものは言う。偶然通りがかったグンマもあまりの恐怖に泣き出し、駆けつけたドクターがその泣き顔についつい興奮したり、元凶に激怒したり、秘書連中が辞表を書き始めたり、と騒動はどんどん大きくなり、結局親父の治療が始まったのは、鼻血が過去最大出力で噴き出してから2時間後のことだった。
ヤツはその後一週間ほどは生死の境をさまよい、祖父の時代からガンマ団で働いていた古参の幹部が、
『戦場では不死身と言われた総帥が…年端もゆかぬ御子息の満面の笑み(+「大好き」の告白付き)を浴びて重体だなんて…』と情けなさに震えていたというのは有名な話。
…まぁ、あまり美しい思い出とは言いがたいが。
そんな時も、あったのだ。打算も含みも途惑いも無く、素直にパパ大好きなんて言っていた日々が。誕生日を祝えていた頃が。
『パパの誕生日はね、『パパ大好きの日』なんだ。
・・・シンちゃんはこれからも、パパの誕生日を祝ってくれる?』
どこか恐る恐るとでも言うように、尋ねてきたマジックの顔が浮かぶ。
ガンマ団の実情、凄まじいまでの破壊の力を持つ秘石眼、それを両目に持つ自分のこと、世界を征服しようとすることの意味と、そのために流された血。
いずれ俺がそれらすべてを知る日が来ることを分かっていて、それが親子の決定的な断絶に繋がるかもしれないことも分かっていて、それでも、親父はあの時、その日が訪れれば何の拘束力も持たない、幼い子供の口約束に、縋ろうとしていたのかもしれない。
『これからも、パパの誕生日を祝ってくれる?』
血が繋がってないから、実の息子じゃないから、
俺にはもう祝って欲しくないってのかよ?なぁ。
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気付いたら眠ってしまっていたようだった。
時間を見ると叫びつづけていた時から、1時間半が経過していた。
やばい!と慌てて飛び起きる。今日はこれから、E国に向かって、残党の調査と、必要があれば追討の準備をするはずで。
今のうちに少しでも進めておかなければ、12日には間に合わない。
そこまで考えて、ふと気付く。
12日を、空けておく必要はもうないのだ。
『シンタローは忙しいだろうから、今年の誕生日は気にしなくていいよ』
当の本人から、そう言われている。無理をしてその日を空ける必要も、誕生日を祝ってやる必要もないのだ。12日に赤いペンで丸をつけられた12月のカレンダーが、昨日よりも色褪せて見えた。
「馬鹿か、俺は…」
寂しい、なんて、そんなこと。
気付きたくもなかったのに。
眠気も何もかも吹き飛ばすように、少し乱暴に髪を掻き回す。
よし!と自分に気合を入れて立ち上がる。
予定があろうとなかろうと、仕事は一刻も早く解決しなければならないのだ。
依頼人のため、ではなく、何よりもそこで暮らす人々の為に。彼らの笑顔を守るために。
「…にしてもキンタローのヤツ、何で起こしてくれねーんだ…?」
服の皺を引っ張ったり、赤くなった眼を濡れたタオルで冷やし、腫れを誤魔化そうとしたりしながら責任を、最近から補佐官を務めてくれている従兄弟に転嫁して愚痴る。
突飛なところにいたわけでもあるまいに、何故呼びに来てくれなかったのか?
時間には正確で、上に馬鹿が付くほど正直で真面目、という第一印象からは全く窺えなかった性格をしている従兄弟なのだが。
「まさかアイツも昼寝で寝過ごしたか…?」
無さそうでありそうな可能性を検討してみる。
予想外のところで、人生経験の無さと子どもっぽさを披露してくれる、なかなかに愉快な従兄弟である。
その責任の一端は自分にもあるといえるのだが、彼のそんなところは、何と言うか、可愛らしい。
あれはあれで、アリだよな、うん。と頷きながら、自分の顔を鏡でチェックする。腫れもよくよく見なければ気付かない程度には引いたようだ。
「うし!行くか!」
キンタローが寝てたら起こしてやんなきゃなー、あーでもアイツも最近疲れてるみたいだし、今日は俺一人で行って休ませてやろーかなー、などと考えながら入り口まで向かう。
中からは、自動ドアのようになっているので、ろくに前も見ずに一歩外に出たとたん、何かにぶつかった。
「っぶ! なんだぁ!?」
俺にぶつかってくれやがったモノを見上げて、その正体を確認した途端、俺は部屋に引き返したくなった。
マジックが、どこか困ったような、戸惑ったような表情で俺の前に立っていた。
ドアなんて、本人確認のセキュリティがあったとしても、その気になれば開けられるだろうに。
部屋の前で立ち尽くしていたのか?
俺に会うのを、迷っていた?
それは、どうして?
「…シンちゃん、あのね…?」
とりあえず親父を部屋に入れて俺も戻ってから、親父は椅子に、俺はベッドに座り込む。そうして親父は意を決したように口を開く。
こんな風に途惑った様子の父親を見ることは、そう無い。いつでも自信に溢れて、自分の行動に迷うことの無い父親だった。少なくとも、自分の前では。
迷う様子など少しも見せなかった。いつも、自分にはそれが悔しかったのだけれど。
弟を幽閉することを決めたときにも、父は逡巡も苦痛も、見せなかったから。
…本当は迷っていたのだろうか。苦しんでいたのだろうか。
今のように。見せなかっただけで。
弟を愛していないわけじゃないこと、今では知っている。
「…何? 早く言えよ」
これからすぐに仕事だから、話があるなら早くしてくれ、そう続ける。
慣れない空気に落ち着かなくて、それを誤魔化すように、振り払うように、つい口調が荒くなる。
「仕事の事なら大丈夫だよ。キンちゃんがもう向かってるから」
「はぁ!? 一人で!? 何で起こさないんだよ!!」
「あの子も心配しているんだよ、お前の事を。もうずっと、休む時間もろくにとっていないだろう? そんなことでは体を壊してしまうよ」
たしなめるような口調に頬が赤くなるのが自分でも解った。
自分の無力さを、指摘されているようで。
そんなつもりじゃないのは重々承知しているのだけれど。
長年のコンプレックスがいまだに尾を引いている。
「大分休めたから、もう平気だ。これからすぐに向かう。
何かあったときにキンタローだけじゃ対処できないかもしんねーだろ」
「あの子はお前が思うよりもしっかりしているよ。 お前はもう少し人に頼ることを覚えたほうが良い」
他人に頼ったことなど一度もなさそうな男にそう言われるのが、どうしても苦痛に感じてしまう。比べても仕方ないということを解っているつもりではあったのだが。
あの従兄弟が一人でも大丈夫だということは、理解していた。
今では、誰よりも多くの時間を共に過ごしているのだ。
それでも、必要以上に子ども扱いしてしまうのは、必要とされていると感じたかったからなのかもしれない。
すべてが明らかになって、血の絆なんてものが弟とも、従兄弟とも、叔父たちとも、この目の前の男との間にも存在しないことが分かって。
人間ですらないかもしれない自分の、一族の中での身の置き場に迷って。
家族から、必要とされたかった。
間違い無く、お前は自分達の家族なのだと。
あの島での父の言葉、自分もまた彼の息子なのだと言ってくれた言葉を。
今になって不安に感じていた。
無理をしてまで頑張るのは、他人に任せ切ることが出来ないのは、人を信じられないからじゃない。自分に、その下す判断に自信が持てないからだ。
何か起こっても、すぐに次の手を打てるように。
俺が間違えたとしても、被害を広げることの無いように。
一番子どものままなのは、俺。
それも、分かっていた。
「お前の事が心配なんだ、みんな。此処に来たのはさっきのことを話したかったからだよ。 お前が、誤解しているといけないと思って」
「…誤解って?」
「私がお前に祝ってもらいたがっていない、と思っているんじゃないかってね」
図星。
誤魔化せそうに無かったから正直に話すことにする。
どうせ俺の考えなんてこの父親にはお見通しなのだろう。
「…そーじゃなかったら、何だって言うんだよ? 毎年毎年しつこいくらいに祝えって煩いくせに。 戦場にまで押し掛けて祝わせてやがったじゃねーかよ。それが、」
今年に限って。
続きは、言葉にならなかった。
「今までお前と過ごしたどんな時にも、今ほど忙しくは無かったよ」
言っただろう?お前が心配なんだ。
頬にその大きな手を伸ばして、包み込むようにしながらそう言った父の瞳には、嘘が無いように思えた。昔から自分に対して、隠していることは数多くあった父親で。
けれど、結果的に嘘になることはあっても意図的に嘘を吐くことは無い人だった。
嘘を吐くよりも沈黙を選んでいた。
そんなところばかり不器用な、自分達の父親。
「家族をもう二度と失いたくは無いんだ。 あの時ああしていれば、なんて自分の愚かさを悔やむようなことを、繰り返したくない」
その言葉にハッとする。
完璧な人じゃないこと、わかっていたつもりだったのに。
俺はいつでもこの人の弱さを忘れては、傷付ける。
この人だって迷ったりする。誤解を恐れたりする。
息子を傷付けることを恐れて、なかなか扉を開けなかったりもするということ。
俺だけが悪いわけじゃなくて。
この人だけが悪いわけじゃなくて。
家族だから。大事な人間だから。
迷ったり、恐れたり、する。
「そっか…。心配してくれて、サンキュ。 何か、色々、悪かったな、ヤな態度とって」
不覚にも再び涙腺が緩みそうになって、慌てて下を向きながらそう言う。
その拍子にマジックの手が俺の頬から離れる。
助かった。
なんとなくそう思う。触れられたままなのは落ち着かない。
嫌なわけじゃないけれど、なんとなく。
あの島から帰ってきて以来、父に触れられるのはむず痒いような感触を俺に与える。セクハラは当然問答無用で眼魔砲だが。
「いいんだ。私も言葉が足りなかったと後から気付いてね」
グンちゃんから叱られてしまったよ、と父は楽しそうに続ける。
おとーさま、今の言い方じゃシンちゃんが誤解しちゃうよ!ってね。
父の似てない物真似に、ようやく俺にも笑みが浮かぶ。
自分が思うよりも、自分は家族に愛されていて。
気付けなかった、たくさんの優しさが愛しくて。
やはり、総帥という重責に、変えようとするものの大きさに、俺は余裕を失っていたのだと、そう思う。
「そ・れ・に!誕生日は『パパ大好きの日』だからねー。 シンちゃんとパパにはこれからもっと大事な日が待っているから! 誕生日は祝いたいと思ってくれるシンちゃんの気持ちだけでジューブンだよ!」
今までのどこかしんみりとした空気をブチ壊すような、親父のノーテンキな声。
「んあ? もっと大事な日?」
予想外の言葉に思わず思考が飛ぶ。
そして気付く。
「そっか。そーだよな。 コタローの誕生日のほうがもっと大事だな!」
この父親も自分に対しては少しだけ子離れして、コタローに対しては父親らしくなったじゃないかと嬉しくなる。
「違うよ! コタローの誕生日は確かに大事だけど、それは家族みんなにとって大事な日でしょ? シンちゃんと私にとって特別な意味を持つ日があるんだよ」
それにしても少しも躊躇い無く私の誕生日よりもコタローの誕生日を選んだよね。勝てるとは思ってないけど、せめて同じぐらい大事な日とか言ってくれないかな。
グチグチ煩い父親はとりあえず無視するとして。
世界が祝うべき、最愛の、さ・い・あ・いの!!コタローの誕生日をアンタと同列に並べられるかってんだ。
しかし、そうすると他に大事な日なんて思い浮かばない。
…俺とアンタにとって大事な日?
「…正月とか?」
アンタ餅つきとか羽子板とか好きだよなー、この日本フェチめ。と続けるとオーバーに嘆いて見せる。
チッチッとわざとらしく指を振り、舌を鳴らした後。
「ホントーに大事な日を忘れてるみたいだね、シンちゃん。ちなみに私は餅つきも羽子板も好きだけれどシンちゃんの着物はもっと大好きだよ」
要らん知識。可及的速やかに忘れることにする。
「なんだっつーんだよ! 言うなら早く言え!」
段々腹が立ってきた。
その俺の気配に気付いたのか、親父が仕方ないなー、と言いたげな表情で目を細め、その日を告げる。
つーかその顔やめろ。マジでムカツク。
「クリスマスだよ!!」
……。はぁ!?
「だからコタローの誕生日だろ?」
「ちっがーう! コタローの誕生日は24日のクリスマスイブでしょ? みんなでコタローの誕生日を祝った後のクリスマス当日が二人にとって大切なの!」
だからなんで? 無神論者のクセに。
当日は二人でミサに行こーね!とでもいうつもりか?
「その顔見るとまーだわかってないみたいだね、シンちゃん。 クリスマスといえば恋人達の祭典! 熱く燃え上がる二人の愛! 気持ちも体も熱くなっちゃう聖夜だよ!!」
………………………。
「あ、あ、あ、あ、アホかーーーーーーーッッッ!!!!!」
思わず本部全体に響き渡りそうな大声で叫ぶ。付いてて良かった防音設備。
もちろんこんなことのために用意したわけではないのだが。
本来は常に騒がしいガンマ団での俺の安眠を守るためのものなのだ。
眠るためだけの部屋で、総帥室とは別の仕事部屋や休憩室も他にある。
そんなことはどうでもいい。俺の動揺も著しい。
というか俺はなんで動揺しているのか。このアホがアホなのは周知の事実だというのに。
しかし呆れて口もふさがらない。何が聖夜だ。何が恋人達だ。アホだ。アホ過ぎる。
そうか、アホはアホでアホだと知っていたが、あまりのアホさに動揺したのか俺は。
繰り返すと本当にマヌケな響きだな、アホ。
「いつ俺とアンタが恋人同士になったってゆーんだよ! アホか! つかアホめ! 今までのセクハラだけでは飽き足らず何をゆーかキサマは!!」
「もちろんシンちゃんはパパの大事な息子だけれど、それとは別に、恋人としてはそろそろもうワンステップ進んでも良いかなーって思って。 心の繋がりは前からあるから次は体の繋がりも必要だよね? 親子としてのスキンシップだけじゃなく恋人としてのスキンシップも深めていかなきゃ!」
「お・れ・の! 話を聞けーーーーーーーーーッツッツッツッツ!!!」
「ん? 何かな? パパはいつでもシンちゃんの話を聴いてるよ?」
「今! 今まさに! 聞いてねーんだよ俺の話を!!」
俺の俺による俺のための涙の訴え。
「あれ、シンちゃん泣いてる? パパの愛に感動した? それとも初夜の心配? 大丈夫だよ、パパ上手いから」
「そーゆーことを言ってんじゃねーーーーーーーー!!! も、もう頼むから俺の話を聞け! 聞いて下さい! そんで理解しろ! 俺とアンタは親子で、それ以上でも以下でもない!!!」
「やだなー、シンちゃんたらまたそんなこと! 恥ずかしがっちゃって! 可愛いんだから、もう!」
「…アンタと話すのヤになってきたぞ、俺は。頼むからさぁ、俺の話を聞け!
俺とアンタは親子なの! そんだけ! そんだけなの!!」
目の前の男が黙り込んだので、俺はようやくふざけるのをやめたかと思って安堵した。
が。
「…ホントにそれだけだと思ってる?」
顔を覗き込まれて、低い声で囁かれて。
息が詰まる。
声が、出なかった。
考えるまでもない、質問なのに。
「っぐ!!」
「 ……が、眼魔砲―――――――――ッ!!!」
壁を破り、爆風と共にマジックがふっとんでいった。
「シンちゃーーーーーーーーーーーーーん!」と徐々に遠くなる悲痛な叫び声付きで。
…うん!
これで良いんだよな!これでいつもどおり!
さっきまでの空気がなんかちょっと変になってただけで!
なんかちょっと動揺とかしちゃっただけで!!
なんかちょっと赤くなんかなっちゃったりしただけで!
別に何でも無いし!!!全然!いやホントに!
まぁしかし、アレだ。
少なくとも俺は、この頬の赤みが引くまでは。
この部屋から、出られないようだった。
なぁ。
クリスマスに、アンタがもう少しマトモなら、俺は一緒に過ごしてやらんでもない。
いや!ホニャララの祭典とかそういったことは関係無く!!
家族として!あくまで家族として!
…コタローの誕生日を家族みんなにとって大事な日だと、言ってくれたから。
数年前までは考えられなかった台詞。
「少しは父親らしくなったじゃん…」
くすぐったいような気持ちになる。
こうして、すこしづつでも。
俺達は家族になっていく。
今は眠ったままの弟に語り掛ける。
「コタロー、お前が起きるのをみんなが待ってるよ」
君が起きる頃には、少しでも平和な世界を。
笑顔が、見たいから。
君が心から笑える世界を。あの島の子どもにも、君にも、世界中の子ども達にも。
そして。
願えるならば。
罪を犯した人間にも、等しく神の祝福を。
自分の大事な人達には、幸福を、祈ってやまないけれど。
なあ、もしもアンタが地獄に堕ちると言うのなら、
「一緒に堕ちてやるぐらいの覚悟は付けてるんだぜ…?」
…プレゼントは、グンマにでも預けておいてやろう。
世界平和を目指して、俺はアンタの誕生日も任務に勤しんだり、休息したりするけれど。
祝う気持ちは、本当だから。
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