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お姫様は塔の上 ~第一部~ 
side:シンタロー①




 最近、オレは夢見が良くない。
 良くないというよりも。
 コレは、ハッキリ言って異常事態だと思う。

 毎夜毎夜、訪れる。とびっきりの悪夢の連続に。
 苛立ったオレは、一番身近で八つ当たりをしやすい人間。
 リキッドで、ストレスを発散して………だが、しかし。

 軟弱な、ヤツは。
 何と、ぶっ倒れやがったのだ!!!

 『友達をイジめるとは、何事だ!!!』
 パプワの逆鱗に触れ。危うく、チャッピーのエサになりかかり。
 心戦組だけならともかく、ナマモノ達にさえ、冷たい目で見られ。

 仕方なく、オレは。
 この、寝返りヤンキーを介抱してやるハメに陥った。

「………ったく。ぶっ倒れるまで、無理しなきゃいいだろーがッ。手間のかかる」
 大体。元祖主夫の、シンタローから見れば。
 家事はまだまだ手際が悪く―――まぁ、自分ほどではなくとも。ソレなりに美味いモノは、作るけれど―――島のみんなを護るどころか、手の平の上で転がされている始末。

 パプワ達だけならともかく、ナマモノにさえソッポを向かれ、泣きべそかいたりして。

 けど。
 起きていると、つくづくバカなヤンキーだ、としか思えない、コイツも。
 
 ………黙って眠っていると、ワリと可愛い。

 金と黒の、不思議な毛並み。
 頬にかかる睫毛は、意外な程、長い。
 
 まだまだ幼さの残る顔立ちと、相俟って。
 もしも。表情が安らかであれば、天使のように見えたと思う。

 だが、現在は。体調不良のせいか、額にうっすら汗をかき。
 眉間には、くっきりと縦ジワを刻み―――時折、ワケの解らないウワゴトを呟いている。

 悪い夢でも、みているのだろうか。
 だったら、ヒト事とは思えない。

 そっと、シンタローが彼の額の汗を拭ってやった、瞬間だった。

 うっすらと瞳を開けた、リキッドが。
 掠れた声で、呟いた。

「………スンマセン、ヒメ………」

 ―――何ィィィ!!??

 仰天したオレは。
 未だ半分以上、寝ぼけたままの表情で。
 ぼ――――ッッとこっちを見つめている、リキッドを。
 噛みつくような勢いで、問い詰める。

「オイ、リキッド!! てめぇ、今、何って言った!!??」

 ………が。
 その反応は相変わらず、ぼ――――ッッとしたままで。

 チッ、と舌打ちをすると。
 胸倉を引っ掴み、強引に上体を起こさせて。そのままがしがし、揺さぶってやった。

「…………シ、シンタローさんッッ!!??」

 それでようやく、目が覚めたのか―――ったく、手間のかかる―――リキッドの瞳は、オレの顔に焦点を結び。

「リキッド、てめぇ。今、何て言った!?」

 その、オレの問い掛けに。

「え、え!? オレ、何って言ったんです!!??」

 ~~~~~~まだ寝てンのか、コイツわよッッ!!!

 ぶん殴ってやりたい衝動を、ぐっと堪え―――ココで殴ってしまうと、イツまでたっても、話が進みゃしねぇ―――力一杯、叫び立てた。

「ヒメって、言いやがったんだよ、オレのコト!!!!!」
「………あっ!!」

 瞬間。
 肉体年齢より、いくばくか、ガキ臭さを感じさせる顔に。
 『ドジった!!』という感想が、クッキリと描かれて。

 しばらく、あー、とかうー、とか。
 ジジィみたいな、思考の声を上げたアトで。

「スンマセン、その………ちょっと、悪い夢、見てたんッスよー」
 ヘラヘラと、笑いやがった。

「どんな、夢だ?」

 更に追及する、オレの態度に。
 流石に、腑に落ちないものを感じたのか。

「え、へ? アノ………」
 きょときょと、瞬きを繰り返しつつ、戸惑っているコイツに。 

「どんな夢かって、聞いてんだよ―――二度も言わせんじゃねぇ」
 凄みを効かせた声で、そう言うと。

 ビクリと身を竦ませながら………泣きそうな顔で、コチラを見上げてきて。

「お、怒りませんか?」
「怒んねーよ。早く言え」

 カッコ書きで(多分ナ)と付け加えたオレは。 
 しばらく逡巡の表情で、俯いていた、リキッドの。

「自分でも。何だってこんな夢、毎晩見るのか解んないんッスよ。オレそんな風に思ったコトなんか、全然無いですし。でも、何でか寝ると、この夢ばっかで、ホント疲れ………」

「――――クドいッッ!!!」

 長い長い、長すぎる前置きに、やっぱり拳を振るってしまい。
 嘘つき~~~~~~~っっ!! と、涙目で抗議されて。

「うっせぇ、オレは気が短いんだよ。文句あっか!?」

 開き直ってやった、オレの前。
 むぅっ、と唇を尖らせた、ヤツは………どうやら、妙な想像力を発揮し始めたらしく。
 泣きそうになったかと思うと、不気味にニヤついたりして。

 ………まぁ、大体。
 とってもショーモナイコトを、考えてるンだろーな、っつーのは、余裕で想像がついたから。

「………オイ、リキッド。テメ、ヒトの存在忘れてんじゃねぇぞ?」

 キレ気味のオレの、低い低い突っ込みに。
 さすがに身の危険を感じたのか。

「あのっ、ですね!! だからっ………何か、オレが魔王のお城の騎士で、でもってハーレム隊長が勇者で、魔王に捕われたお姫様を救いに行くって、そういう夢なんッすうぅ~~~!!!」

 焦りまくった早口で、ようやく吐きやがり………でもって、オレは。

 ―――オイ、マジかよ。
 思わずそのまま、頭を抱え込んでしまう。

 あの呼びかけに。もしかして、と思い、問い詰めたのだが。
 ここまでピッタリ予想が当ってしまうと、何だか担がれているような気さえする。

「………あの、シンタローさん??」

 しかし。突然頭を抱え、座り込んでしまったオレに。
 大きな目を見張り、おずおずと首を傾げるリキッドの様子に………ウソは、ない。
 第一、オレはこの件に関して、誰にも話したことはないのだから。
 例えウソだったとしても。ソレは不可思議な現象、というコトになる。

「あ、あの………お、怒ってます?」

 多分、もしもコイツが動物だったとしたら。
 耳も尻尾も、ぺしょん、と情けなく後に垂れているのだろう。

 イヤ、そうでなくとも。オレの反応に、いちいちビクつく仕草は。
 脅える小動物、そのもので。

 ―――何でコイツはこうなんだ、と。オレは、深い溜息をつく。

 基本的に、身内を筆頭として。
 「何様」な存在ばかりと接してきた、オレだったから。
 実際、こういうタイプは、もの凄く扱いにくい。

 最初に上陸した時に見せた。コタローを護ろうとしたトキの気迫は、ドコに行ったんだ?

「オレも、だ」

 苦々しい気分で、短く呟くと。

「え??」

 カンの鈍いヤツは、スコーン、と間の抜けた反応を、返してきやがって。
 そろそろ、イライラも最高潮に達してきたオレは。
 もう一発、殴ってやろうかと、ギッとリキッドに向き直り。
 
 子リスのように、目を丸くし、幾度も瞬きを繰り返す。
 ハーレム叔父貴なんかが見たら。
 間違いなく。
 本能のままに、押し倒していたに違いない、胸キュンな表情のヤツと目が合ってしまって。

 ………ええと。 

 挙げかけた手の、行き場を無くし。
 仕方なく、そのまま、ポリポリとこめかみ付近を掻いてみる。
 
「だからぁ。オレも、その夢見てんだョ」

「その夢って………え? …………ええええッッ!!??」

 2.5秒ほどの思考の後。
 ようやく、こちらの言わんとする所に、気付いたらしい。

 ―――ったく、やり辛いったら無いぜ。

 途端に、青くなったり、赤くなったり。
 忙しく百面相を始めた、リキッドに。
 
 オレは、つくづくと溜息をつく。
 
 パプワ島ならではの、不思議現象なのだろうか。
 同床異夢というコトバがあるが、異床同夢なんか、聞いたこともねぇ。

 けれど、放っておけば。
 いつになれば、安眠が訪れるのか解らない。

 どうしても、逃げ腰になるリキッドを捕まえて。
 オレは―――オレ達は。お互いの、睡眠不足の原因である『悪夢』について、検証を始めた。




******************




「マジック、テメェ、覚えてろよ………??」

 余りの事態に、オレは。
 ココ数年来で、もっとも凶悪かつ凄みを込めた顔で、呟いたと言うのに。

「もちろんっっ、忘れないっっ!! この感動を、一生忘れないとも、パパはッッ!!!」
「―――ッッ!!! 誰が感動しろっつったんだよ、このアーパー親父がぁぁぁ
あッッ!!!!」

 史上最悪のクソ親父、マジックは。
 一際盛大に、鼻血を吹き出しつつ、瞳にうっすら涙を浮かべてまで、感動してやがる。

 ―――冗談じゃねぇ。つーか、もうホントーに、悪い夢なら覚めてくれッッ!!!

 今、オレはドレスを着せられている。
 それも。ピッタリと体にフィットする、セクシー系の真っ赤なヤツだ………だが、この際。
 服はどうでもいい――――イヤそれも、全然良くはないのだが。

 混乱の極みに達したオレは。しゃんとするため、パチン、と一度自分の頬を叩く。

 そう、最大の問題は、その中味。つまり、ソレに包まれたオレの体なのだ。

 下らない魔法だか、呪いだかをかけられて。勝手に姿を、女に変えられてしまった、とは。
 目覚めてスグに、感覚で解っていたのだが。

「ハイ、シンちゃん、鏡………綺麗だね、芸術だよね、パパも鼻が高いよvvv」

 そうこうしているウチに。すっかり調子に乗ったヤツは、ウキウキと。
 オレにその『芸術』とやらを披露する為に、魔法で巨大な姿見を出現させやがった。

 そこで初めて、自分の全身像を見て―――思わずオレは、魂が抜け落ちそうになった。

 顔は、あまり変化が無い………まぁ、元々が母譲りの女顔だったから。
 輪郭のラインが、全体に華奢になり。
 眉もスッと細くなり、その下の黒目がちな、切れ長の瞳を際立たせて。
 女顔というより『女そのもの』の顔立ちと、なっていたのだが。
 それでも、さほど、違和感を覚える程のものでは無く。
 
 ―――大きな変化を見せているのは、そこから続く、体の方だった。

 首はすんなりと長く、白く―――陶器のように滑らかな肩へと、続き。
 鍛え上げた筋肉の消え失せた、二の腕は………艶やかな光沢を放ち、うかつに触ると折れそうな手首へと、降りてゆく。
 その手自体も、二回りは小さくなっていて。
 しなやかな10本の指の先。華奢な爪に施された、真っ赤なマニュキュアが、よく映えていた。

 そして。Dカップはあろうという、形の良い胸は。
 ドレスの胸元を、窮屈そうに押し上げ………流れるようなラインで、キュッとくびれたウエストへと、見事な曲線を描いている。

 トドメとばかりに。スリットの入った、スカートの裾からのぞく―――単に細いだけではない、メリハリの効いた脚線美の、見事なことったら。

 親父が感動するのも解るよな。我ながら、ゾクゾクする程、イイ女だぜ―――って、ちっがーうっっ!!!!

「テメェ、高松とツルんで、何しやがった!! とっとと、元の体に戻しやがれッッ
!!!」

 オレだって、悪魔の端くれ………否、ある意味最も血の濃い、純血種の悪魔なのだ。
 通常であれば。勝手に掛けられた、姿変えの魔法ぐらい。造作も無く、解除できるはずなのに。

 ―――目覚めて以来、感覚がおかしかった。
 単に、体の性か変わったから、というだけでなく。

 明らかに、何か………そう、多分。魔力を封じられているのだろう、と思う。
 実は。さっきから何度も、魔法を使おうとは、しているのだが。
 自分の内の魔力が、サッパリ動かないのだ。

「高松じゃないよ、ウィローだよ♪ ちなみに、この塔にいる間は、私以外は魔法、使えないようになってるからvvv」

「どっちだろうと、関係あるかっ!!! くらえっ、眼魔砲ッッ!!!」

 やはり、と納得すると同時に。
 オレは、代々王族に伝えられる『特技』である『眼魔砲』を繰り出していた。

 修行で身に付ける『特技』は、魔力には関係がナイものであるから。
 当然、使えるはずだという、オレの目論見は―――しかし。

 ―――ぺほッ!

 ………ヘソから気の抜けるような。情けない音と煙と共に、霧散する。

「え!? な、何で…………!!?? が、眼魔砲ッ!! ガンマ砲、がーんーまー、ほうッッ!!!」

 ―――ぽそっ、ぺふっ、へろっ!

 慌てて放った、三連発のタメ無し眼魔砲は。
 見事な三拍子で、不発に終る。
 真っ白になり、固まってしまった、オレに向って。

「………あ、そうそう。オンナノコには、眼魔砲は使えないからねー」

 ニコヤカに、爽やかに。
 クソ親父は、言いやがった――――そんなん、アリかッッ!!??

「さて、シンちゃん?」

「…………っ!!! 来るなっ、寄るなっ、あっち行け――――ッ!!」

 絶体絶命の、ピンチの予感に。
 ジリジリと下がった、オレは。
 
 とん、と。柔らかな何かにぶつかり、退路を阻まれ。

 首を捻り、その障害物を見てみれば………先刻、自分が目覚めたばかりの、天蓋付きのダブルベッド。
 ある意味。壁際に追い詰められるより、余程、心理的に負担がかかった。

「――――――ッッッ!!!!」

 引きつりまくった顔で。
 ゴージャスなベッドを意識したまま、ニコニコと近づいてくるマジックを睨み据えていると。
 
「あぁ、そんなに脅えないでよ、シンちゃん?」
「うるせぇ、来るなッッ!!」

 もしも、オレがネコだったら。
 今、全身の毛は総て逆立って。フ――――ッッ!! とか、威嚇の声を上げていたに違いない。
 それほどの、危機感を感じていた。

 しかし、マジックは。 
 オレから、きっかり一メートル手前の辺りで、止まると。
 その表情を憂いに満ちたものに変え、言いやがった。

「パパがシンちゃんのイヤがるコト、一度だってしたことある?」
「今っ!!! 現在、コノ状況がッッ!!!! 無茶苦茶、イヤだっつ~~~~~~のッッ!!!!!!」

 間髪入れずに、言い返してやると。ふぅぅぅ、と、哀しげなため息を付き。
 残りの距離を、一歩で詰めてくる。

「―――ッ、だから、あっち行けっつっとろーがッッ!!!」

 ―――何か。何か、武器になるモノ………一瞬でいい、コイツの気を反らせたら………!!!

 長年の内に、培われた。オレの内の『闘う者』としての無意識が、反撃のチャンスを伺う。
 ………しかし。 

「んじゃ、お着替えしよーか」

「へ??」

 意外な台詞と共に、マジックが。さっと、背後から取り出したのは。
 ミッドナイトブルーが印象的な、マーメイドドレス。

「………着替え? オレの?」

 予想外の、ヤツの台詞に。警戒心は、解いていないが―――それでも、ちょっと気を削がれる。

「そう。せっかくなんだから、お着替えしよーよ、シンちゃんvv」
 ―――他にも、いっぱい用意してるんだよー♪♪

 顔中に『わくわくvv』と描いた、マジックが。サッと手を広げると。
 サ――――ッと開いた、カーテンの向こう側には。

 ところ狭し、と。色とりどりの衣装が、広がっていた。
 ロングやらミニやら、ヘソ出しやら、背中見せやら。
 素材も、麻、木綿、シルクにシフォン、レース使いのデニムと幅広く。

 キモノを筆頭とした民族衣装から、アヤシイ制服に至るまで。
 マニア垂涎の、あらゆる種類の女性用装束が、一同に会していた。

 ………あー、何だっけ。小人閑居して不善を為す、だったっけ?
 『ショーモナイ人間がヒマだったら、ロクなことをしやしねぇ』っつー、意味なのは………って、そのものじゃねーかッッ!!!

 すっごく、タイムリーなコトワザが、脳裏に閃いて。
 何だかオレは、疲労の余り眩暈がしてきた。

「シンちゃん、最初はドレにするー???」

「………頼むから、死んでくれ」

「また、素直じゃないんだから♪ ちなみにパパはね、やっぱりジャパニーズ着物だと思うんだけどっっ♪♪」

 本心からの呟きを、あっさりと流され。
 疲労困憊したまま、オレは。窓の外の、遠い空を眺めた。

 ――――やはり、ココは。 
 着替えぐらいですんで良かった、と。諦めねばならない、トコロなのだろうか。
  
 深々と、肩を落とす。

 まぁ。一生、コノママということは、あるまい。
 そもそも、魔王と第一王位後継者の両方が、イキナリ行方を眩ますなど。
 他の王族が、黙っていないハズだ。

 …………キンタロー、サービス叔父さん、コタロー………この際だからグンマでもいい。ハーレム以外の誰か、助けに来てくれッッ!!!


 それは切実な、願いだったのだけれど。
 どうやら、まったく届いていなかったらしい、というコトは―――アトで解った。

 ジリジリ、と。
 満面の笑みを湛えて、迫って来るアーパー父親に。
 ねっとりした脂汗を浮かべ、オレはベッドの側で立ち尽くしていたが。

「わぁーった、解ったからッ!! 着替えてやるから、それ以上近づくなッッ!!!」
 ついに。最大限の、譲歩をする。

「解ってくれたんだね、シンちゃん!! パパ、うれしいよッッ!!!」
 とたんに。ぱああぁぁッッvv と。子供のように、顔を輝かせ。
 腕を広げて、抱きついてくる………冗談じゃねぇっっ!!!

 ヘビに睨まれたカエルさながらに、硬直していた体が。
 反射的に、動いた。
 
 床を踏み込み、体を後方へと反らし。
 そのまま、ベッドに両手をつくと。倒立の要領で、その向こう側へと逃れる。

 ―――幸いにも、身軽さは変わっていないようだ。
 いや、むしろ。
 体が小さくなった分、以前よりも身は軽くなっている気がする………と。

 マジックから距離を取り、努めて冷静に状況分析をしているオレの前で。
 対象を失い、固まっているかに見えた、マジックの。
 整った顔の、整った鼻から。
 
 ………ぶおぉぉっと、派手な勢いで。二本の赤い血柱が噴出する。

「シ、シンちゃん反則………今、太股丸見えだったよッッ!!??」

 ―――!!??

 口調こそ非難だが。ヤツの鼻の下は、だらしなく延びきっており。

 別に、息子のオレが、父親に太股を見られたからと言って。
 どうということも無い、ハズなのに。
 体が変われば。心境にも、何やら変化が現れるのであろうか。

 思わず赤面して、ドレスの裾を引っ張る。

 そして、そんな動揺を示した自分が、悔しくて。
 あらん限りの大声で絶叫していた。

「てめぇ、タダ見してんじゃねぇッッ!!」
「え、お金払ったら、もっと見せてくれる!?」
「アホゥッッ!! ドコの世界に、息子の生足に金積む父親がいんだよッッ!?」
「落ち着いて、シンちゃん!! 言ってること、矛盾してるよッ!?」

 ………いかん。これ以上このオッサンと、オチの無ぇ漫才やってると、マジに血管切れそうだ。
 とにかく、一人でじっくり考える時間が、必要だ、と。
 オレは頭を抱え込んだまま、絶叫した。

「だぁぁぁ~~~~~ッッ、だから、着替えてやるからッッ!! てめぇ、この部屋出てけヨッッ!!!」

「え――――――ッッッ!!」

 予想通り、マジックは。大音量で、不満の言葉を上げたが。
 
 生憎、オレには………切り札があった。
 出来れば、コレだけは使いたくなかった、という類のシロモノではあったけれど。

「………いいか? 出て行かなきゃ。これから、一生、二度とっっ!! テメェとは、口きいてやらねぇッッ!!!」

 ――――ええと。
 言い訳させてもらうけど。本当に、コレだけは言いたくなかったんだぜ?
 子供のケンカでもあるまいし………むしろ、こんなショーモないコトを堂々と宣言した、オレの方が情けないっつーの。

 でも………もくろみ通り。目の前の相手には、その効果は絶大だったようで。

「シンちゃん、そんなっっ!!」
 血相を変え、詰め寄ってくるマジックを。オレは、ギッ!! と睨みつけ。
 低く低く、呟く。

「寄るなっつってるだろーがッ? 今すぐから、実行すんぞ、ああ!?」

 ―――古来より「美人が本気で怒ると、コワイ」とは、よく言われるが。
 普通でも、オレが本気で怒ると。大概のものは、ビビって口がきけなくなる程の威力がある。
 まして、今の姿で凄まれれば………さしものマジックとて、やや怯んだようだ。

 ポケットからハンカチを取り出すと、目頭に当て。
「………解ったよ。パパ、シンちゃんがそこまで言うなら――――しばらく、離れるコトにする」
 芝居がかった仕草で、そう言うヤツに。
「いいから、さっさと出て行け」
 シッシッ、と。野良犬でも追い払うような仕草で、手を振る。

 未練タラタラの表情で………ようやく、ハタ迷惑な魔王は。すごすごと、ドアから出て行き――――その、寂しげな後姿に。
 オレは、思いっきり、中指を立ててやる。


 ……………………………………………………………………。


「そうそう、着替え終わったら、呼ぶんだよvv」

 閉まった、と思ったドアは。
 数秒の間を置いて。再び、ガチャリ!! と、開かれた。

 ――――だが、生憎と。オレには、マジックの行動パターンなど、お見通しだ。

 構えておいた枕を、力いっぱい投げつけてやると。
 ばすんっ、と鈍い音と共に。
 見事にヤツの顔面を、直撃し―――真っ白な羽毛が、周囲に舞い上がる。

「――――姑息な手段で、覗こうとしてんじゃねぇ。見え見えなんだよ」

「ふっ、中々やるな、シンタロー」

 マジックは、妙にカッコをつけたポーズで、髪をかきあげたりしているが。
 枕の羽毛塗れでは、これっぽっちも決まるハズが無い。
 そもそも、覗きをオレに見破られてこのザマなのだから―――どう考えても、むしろ格好悪い。

「~~~~出・て・けッッ!!」

 眉と瞳をセットで吊り上げ。しっしっ、と野良犬を追い払う仕草で、手を振ると。

 ―――幾つになっても、ワガママなんだからvv。とか。
 勝手な負け惜しみをホザきつつ、ようやく扉が閉められる。

 ――――っつたく、と。軽く、舌打ちして。

 オレはあらためて、部屋の中を検分してみた。

 レイアウトは、完全に女の子向け――――というより、ドコぞの姫だか女王だかの部屋のような、美麗でゴージャスなインテリアとなっているが。
 部屋の間取りを見るに、元はマジックの部屋であった場所だと思う。

 確認のつもりで。アンティークな浮き彫りを凝らした窓に寄り、外を見てみると。
 遥か下方には、真っ白な雲海が広がっていて。

「―――冗談」

 シンタローの唇から、溜息混じりの呟きが、洩れた。

 もちろん、本来なら。父親の住居であったこの塔は。
 せいぜいが、30階建ての建物程度の高さで。
 雲の上まで突き抜けているような、非常識な場所では無かったハズだ。

 この部屋同様、アーパー親父が魔力でもって、妙な改築をしたんだろーけど。

 ダメモトで、背中の辺りに意識を集中してみる―――けど、やっぱり。
 オレの『悪魔の翼』は、開かなかった。
 魔力が使えないのなら。その源である翼も、使えなくなってるだろう、とは思っていたけれど。

 ――――くっそ。やっぱ、自力脱出は、相当難しいよナ。

 少なくとも、現在のこの状況。
 女になって、腕力と体力が相当落ちている上に。魔法も、ガンマ砲も使えねーし、翼も開かない。
 いくらアホ親父とは言え。武器なんかの類を、置いておいてくれる程、甘くも無いし。
 例えあったところで、今のこの体じゃ、まともに使いこなせるハズもねぇ。

 ………助けが来るまで、この遊びに付き合うより他、無ぇのかよ―――と。

 ついにオレは。ベッドに投げ出されている青いドレスを。
 イヤッそーな顔で、摘み上げた。

 ドレスなど、もう着せられている。
 一枚が二枚に、二枚が三枚になったからといって、もはや問題はあるまい―――と。
 オレは、まだ抵抗の残る自分に、無理矢理に言い聞かせてみた。

 ―――大体。あの辺りに、ぶら下がってる。
 メイド服やら、セーラー服やらを着せられるよりは、余程にマシだ。

 まぁ、あのアーパー親父のコト。アレも、その内着せる気満々で、用意しやがっているのだろうが。

 ………言いなりになるのは、凄まじく気に食わねぇ。
 けど、助けが来るまで。せいぜい、着せ替えゴッコででも時間を稼ぐしかねぇ。

 何せ、あの父親のオレに対する執着は、常軌を逸している。
 
 ―――考えたくも無いのだが。
 万が一にも、アレがこうなって、どうこうあって。それでもこんなで、でもって、その上………イヤ止そう、考えるな!! 考えるんじゃねぇ、オレ!!!

 余りに、エグイ事態を想像してしまった為に。
 軽く、吐きそうになってしまい―――激しく左右に、首を振って。
 オレは、ロクでもない想像を振り払う。

 ――――と。ふと、妙な気配を感じて。目を眇め、天井を振り仰いだ。

 ………どうやら。あのオッサン、懲りるっつーコトバを知らねぇようだナ。

 怒るというより、もはや呆れて。
 今度は何をぶつけてやろうかと―――身近で適当なものを、物色していると。
 目にとまったのは、ベッドの天蓋部を支える、銀色の支柱だった。

 ………コレ、使えるかも。

 そう思ったオレは、おもむろに。
 天蓋を外し、留め金部を解体して、単なる鉄製の棒にしてしまう。
 ―――この間に、不穏を感じ、逃げていれば良し。
 でなければ…………。

「オイ。しつっけーぞ、テメェ!!!」

 今のオレには、結構重く感じる、ソレを。
 ズサっと、天井部に突き刺す―――思ったとおり。
 突貫工事だけあって、作りは弱く。あっさりと、天井裏へと貫通した。

 ―――お、手応えあり。

 パラパラと落ちてくる漆喰から、目を庇いつつ、オレはほくそ笑み。

 えいやっ、と引っこ抜いたソコには、真っ赤な血が付着していて。
 更には………ぽこっと空いた天井の穴から。
 タラタラと血液が滴ってきて、結構ホラーな光景が展開された。

 ―――ひょっとして、殺っちまったんじゃねぇだろうな?

 思った以上の大惨事に、オレが少々不安になっていると。

「―――ふっ、さすがだね、シンちゃん」

 がこっと、天井の一部が取り除かれ。
 穴の空いたデコから、だーらだーら、流血しながら。
 またも見破られたマジックは、爽やかに笑いつつ顔を覗かせる。

「いいから、血ィ拭けよ………ってーか。覗くなつっとろーがッッ!?」
「―――ケチ」
「~~~~~~てんめぇ、まだ言いやがるかッ!!??」




******************




 それでも、どーにかこーにか、マジックを叩き出したオレは。(どうやったのかは、聞かんでくれ。不毛なコントを思い出すだけで、疲れてくるから)

 手当たり次第にその辺りのモノを、ドアの前に移動して、簡易バリケードなんか作ってみた。

 ………まぁ。回想シーンからさえ湧いて出てくるという、(ちょっと不気味な)特技を持つ相手だけに。
 こんなモンじゃ、殆ど気休めにしか、ならないのだけれど。

 しかし、いくらヤツでも。
 もうそろそろ「チョッカイをかければかけるほど、着替えが遅くなる」という法則には、気づく頃だろう。つーか、気づいてくれ。頼むから、もう、ホントに。

 大体「着替えろ」命令出した本人が、一番邪魔をしやがるんだから。
 まったくもって、理不尽な話だぜ。

 作業を終え、大きく肩で息をついたオレは。
 ―――ちょっと休憩、と呟いて………そのままズルズルと、床にへたり込む。

 情けないコトに。
 あの程度のバリケードを、作っただけだというのに。

 現在、女の腕力・体力でしかない―――それでも、普通の女よりは力持ちだし、体力もある方なのだろうけれど―――為に、すっかり息が上がってしまっていて。

 ピッタリ、身体にフィットしたドレスの。
 窮屈な胸元を、ぐい、と寛げ。パタパタ手で、風を送りこみつつ。
 オレは『やれやれ』とか、年寄り臭い呟きをもらす。

 習慣で。そのまま、あぐらをかこうとし………瞬間。
 太腿辺りに、何かが引っかかる感触と共に。ピッと、不吉な音が響いた。

 あっ、と思ったときには、既に遅い。
 
 赤いタイトなスカートの、スリット部分は。
 今や、太股の半ばどころか。腰の近くまで、パックリと破れてしまっていて。

 ………危ねぇ、危ねぇ。危うく、パンツ丸見えになるトコだったぜ―――って、イヤ別に。男なんだから、トランクスぐらい披露したところで、どうということもねぇんだけどナ。

 ………って、まさか。

 今まで、気づかなかったコトが。相当、うっかり………というか。
 自分で思っているよりも、この事態にカナリ、動揺していたのだと思う。

 オレは、恐る恐る、短いスカートの裾を持ち上げ―――変態、とか言うなよッ!?
 重要な問題なんだからなッ!? ―――直後に。
 見なければ良かった、と激しく後悔した。

 ………凝り性のマジックに、手抜かりは無かった。
 ドレスの下に、オレが纏っていたものと言えば。
 
 女物の、総レースのパンツ―――というか、パンティってーの? ピッタリ尻に張り付く、穿いてる意味も無いような、ちっぽけな布っ切れ―――しかも、色は黒。
 もちろん、ブラジャーとはお揃いであろう。コレはもう、確認せずとも予想がつく。

 そして。眠る自分に、その両方を着替えさせたのは………もちろん。 

 ………生かしちゃおけねぇ、あのクソ親父ッッ!!

 せっかく下がってきた血が、また一気に沸騰し。
 決意も新たに、がんっ!! と。

 力一杯、床を拳でぶん殴って―――通常であれば。
 オレの怒気に任せた、その一撃は。見事なひび割れを、生じさせていたであろうに。

 生憎、現在の腕力では。
 傷一つ入らなかった上………一瞬の時間差の後。
 打ち付けた腕に、ビリビリとした痺れが、這い登ってきて。

 拳が砕けたんじゃないか、と思うほどの痛みに。
 オレの顔色は、青くなり―――赤くなり。仰け反って、絶叫する。

「い゛ッデぇぇぇ~~~~~~ッッ!!!」

 じんじんと、一気に腫れ上がった拳を。涙目で、フーフー、冷やしながら。

 女性というものは、コレほどまでに、非力で不便なモノだったのか。
 ―――今度からは。顔の美醜に関わらず、女性には親切にしよう、と。

 哀しいだけの、実感と共に。
 オレは、日頃の自分の行いをも………つくづく、反省してみる。

 しばらくすると、痛みと痺れは薄らいで。
 自業自得とはいえ。
 これ以上、厄介な状況を招かなかったコトに、とりあえずホッとした。

 まぁ。状況は、相変わらずサイテーなままなのだけれど。

 それどころか、あのアーパー親父のコト。
 着替えさせている途中、記念撮影やら何やら。
 いらんメモリーを増殖させていることは、想像に難くない。

 ………いっそ、塔ごと葬り去ってやっか。
 物騒なコトを考えつつ、オレはきりきりと唇を噛む。

 もっとも。
 自分の身を守ることさえ、ママならないこのザマで。
 反撃に打って出ようにも、今の所。こちらの分は、一つも無いのだけれど。

 それでもオレの中に、闘志はフツフツと、湧き上がってくる―――ちなみに。原因は何かを真剣に考えると、せっかくの闘志が萎えていくので。敢えて、ムシすることにし―――とにかく。この、クソ動きにくい格好を、何とかしようと思う。

 バリケードを作ったせいで、汗をかいてしまったし。
 胸元も乱れているし、散々かきむしった頭はボサボサだし。
 オマケに破れたスリットから、動く度にパンツが覗く(!!)し。

 見ようによっちゃ、強姦されかけたようにさえ、見えるだろう。
 このままでいる方が、よほどに危ない。
 
 ―――けど、このまま。
 マジックの着せ替え人形でいるのも、マッピラゴメンだぜッ!!

 マジックの用意した、マーメイドドレスを。憎憎しげに、蹴っ飛ばすと。
 オレは、ドレスの林に首を突っ込み、物色を始めた。

 ―――それにしても。どれもコレも、見事なほどに『女らしい』服しかねぇナ。
 
 パッと見、オレが求めている種類の、動きやすい服は見当たらないが。
 しかし、ナメてはいけない。

 『王子』という身分にも、関わらず。
 今まで、イロイロあったおかげで。オレの特技は、家事全般に渡る。

 ―――無けれりゃ、作ればいいんだよッ♪

 針と糸を取り出すと―――どっから出した、とか突っ込み厳禁。このくらい、今時のデキる男のたしなみ(!?)だぜ―――伸縮製のある布地のドレスを、選び出し。
 
 しばし、チクチク、裁縫に勤しんで。

 出来上がったのは。黒いタンクトップと、黒のショートパンツ。
 それに、アンサンブルから剥ぎ取った、黒のジャケットを羽織った。

 本当のトコロ、パンツはロング丈が良かったのだけれど。
 布地の都合上、ショート丈にするしかなかった。

 ちなみに。どこぞのどーしようもない親戚が率いる、某隊服を連想させる黒で、敢えて統一したのは。

 ―――下着が、黒なんだからしょーがねぇだろッ!? 淡い色だと、透けるンだヨッ!!!

 『アノ』マジックの、コレクションだ。
 探せばもちろん。下着だって、もっとマシなのが見つかっただろうが。

 見つけ出せたトコロで、自分で着替える自信は全ッ然ッ、無い。
 単に、脱いで穿くだけだけのコトなんだけど。
 
 ………ヘンタイになった気がするから、ぜってぇイヤ。

 げんなりと、胸の内で言い訳して。
 ようやく、不自由な格好から解放されたオレは、ゴロンと床に寝そべる。

 着替え終わったら、呼べと言われていたのだけれど。
 どーせ呼ばずとも、その内しびれを切らして、勝手に入ってくるだろう。

 ………そう。言いなりになんて、なってたまるかヨ。

 先刻は、コッチも相当動揺していた。
 だから、ついうっかりマジックのペースに巻きこまれ。いいように、扱われてしまったけれど。
 諦めて、助けを待ってるなんて、オレじゃねぇ。

 落ち着きを取り戻すと。生来の負けん気が、頭をもたげてきて。

 ―――そうだ。武器だって、無ければ、作ればイイんだよなッ!?
 がばり、と起き上がると。

 オレは、その辺り中を引っ掻き回し。
 手当たり次第に、使えそうなモノを掻き集め始めた。




******************




「シンちゃーん? お着替えすんだぁ?」

 マジックの声が、響くと同時に。
 ガチャリ、と。ノックも無しに、扉は開かれた。

 勝手に入ってきた、マジックは。あまりの部屋の荒れ様に。
 一瞬、そのまま立ちすくむ。

「ええと………シンちゃーん??」

 しかも、閉じこめていたハズの息子(娘?)の姿が、消えていて。
 呼びかけても、部屋の中は、シンと静まり返ったまま………。

「あーあ、こんなに散らかしっぱなしで。お片付けもしないで、ドコに行ったんだろうね、シンタローは」

 ………相も変わらず。
 そういう問題では無いだろう、という内容を。
 ブツブツと、呟きつつ、彼は。

 床にもベッドにも。
 至る所に散乱した洋服を避けながら、求める相手を捜す。

「シンちゃーん………おーい、シン子ちゃーん?」

 当人が目の前にいれば、殴られるだけではすまない呼び方で。
 棚を覗き込んだり、机の引出しを開けたり―――入るわけねぇだろーがッッ!! バカにしとんかいッッ!!! ―――うろうろと、辺りを探し回り。

 ………不意に。

 ことん、と。
 完全に天蓋をもぎ取られた上。隙間も見えないほど、服の散乱したベッドの辺りで。
 小さな物音が、響いた。

「シンタロー? そこにいるのかい?」
 マジックは、疑う様子も無く、ベッドの下を覗き込む―――その瞬間。

 トラップは、作動した。
 
 マジックの左右から。
 あり合わせの材料で作った、ベトコン仕込みのパンジステークが襲い掛かり。
 油断しきっていたトコロに、まともにヒットする。

 ………今だッッ!!!

 先刻、マジックが覗こうと潜んでいた、天井裏に隠れ。
 一部始終を、息を詰めて見つめていた、オレは。
 真っ赤な血飛沫が上がったコトを確認し、抱えていたシーツを、バサリと落とす。
 
 続いて、身軽にソコから飛び降りると。
 天蓋の支柱を数本束ね。掻き集めたワイヤーで強化した、獲物を武器に。
 オレは。今まで我慢しつづけていた、ストレスの総てをぶつけるがごとく。
 徹底的に、連続殴打をカマし、蹴りを入れる。

「誰がッ『シンコ』ちゃんだッ!!! オレは漬物じゃねぇんだヨッッ!!!」

 ………ただでさえ、女になって、力が落ちている。
 並の相手ならともかく、魔王マジックなのだ。
 殺すつもりでやっておかないと、逃げるまでの時間さえ、稼げない。

「クソっ、しぶてぇぞッッ!! とっとと倒れろっつーのッッ!!」

 意外に、最初のダメージが少なかったのか。
 それとも単に、現在のオレが非力なせいなのか………中々に、マジックはしぶとく。

 しばらく「ひぃっ!!」とか「ぎゃふっっ!!」とか叫びつつ、赤く染まったシーツに包まれたまま、もがいていたが。

「………………」

 いい加減、オレが疲れてきた頃―――床に倒れこみ、ようやく完全に動きを止めた。

 ぜいぜいと、肩で呼吸をしながらも、オレは。
 滴る汗を拭うと、強化型鉄パイプを放り出し。ダッシュで、ドアへと向かい。
 飛びつく勢いで、ドアノブを捻ると、勢い良くドアを開け放つ。


 ―――よっしゃあッ、第一関門突破だぜッッ!!!


「どこへ行くんだい、ボーヤ?」
「………へ?」

 思わず、ガッツポーズなんか取っていた、オレは。
 頭上から降ってきた、涼しい声に、キョトンと顔を上げ。

 ―――目にした、衝撃の光景に。
 パカーンと大きく口を開け、完全に固まってしまう。

 そこには。
 ボコボコにしてやったハズの、父親が。
 ニコニコ笑いながら―――しかも、目は笑ってねぇっ、恐ぇぇッッ!!!―――出入り口を塞ぐかのように、立ちはだかっていて。

「勝手に、お外に出ちゃダメだろう? さぁ、戻って戻って」

 まるで、小さな子供でも、扱うかのように。
 硬直したままのオレの体を、抱き抱えて………そのまま、中に戻される。

 ―――パタン!! と。

 希望への扉が、閉まる音に。
 唖然としたままだった、オレはふと、我に帰り―――恐る恐る、背後を振り向いた。

 ………じゃあ、さっき、オレが。
 完膚無き迄に、叩きのめしたのって………ダレ??




 こわごわと、血染めのシーツを見つめていると。

 ………やがて。真っ赤に染まったシーツは、もそもそと動き出し。

「う、うぅ………な、何どす………」
 現れたのは。完全に顔の形の変わった―――しかし、とっても見覚えのある青年。

「あ、アラシヤマぁ!? 何で、テメーなんだョッッ!!!」
 突然現れた、オレの部下兼ストーカー(ヤヤコシイ生き物だヨ、ほんとに、コイツはッッ!!)に。
 
 ギョッとして、詰め寄ろうとしたオレだったが―――しっかりオレの体を拘束する、マジックの腕が。ソレを、許さない。

「ふふふ、スゴイだろう? パパの変わり身の術♪」
 得意満面、耳元で囁かれ。

「―――あぁあぁッ、プリンセステンコーもビックリだョッッ!!!」
 半泣きで、オレは怒鳴り返した。

 入ってきたのは、確かにマジックだったのに。一体、イツ、どうやって入れ替わったものか。
 恐るべし、魔王の(カナリ無駄なコトに消費されている)魔力ッッ!!

「あぁ、シンタローはんッッ………わて、シンタローはんの、隠し撮り写真の整理しとりましたら………急に、目の前が、暗ぉなりまして………気がついたら、こないなコトに………一体、ダレが………」
「あ、そぉぉ。大変だったナ」

 『隠し撮り写真』云々の台詞に、オレは。いつかコイツごと吹っ飛ばしてやろう、という密やかな決意を固めたけれど。

 一応加害者である為に、ちっとは同情しているような顔を、作ってみる。

「はぁ………ここ、天国どっしゃろか………わて、シンタローはんが、おなごはんみたいに、美しゅう見えますわ…………」
「そうか、良かったナ。んじゃ、そのまんま、成仏しろョ?」

 半死半生で、虚ろなウワゴトを呟きつづける、アラシヤマを。半眼で、見つめつつ。
 ボコにしてしまったのが、半不死身のナマモノなコイツで。ホントに良かった、と。
 しみじみ思うと、自然に笑顔になった―――ソレが、いけなかったらしい。

「………って、シンタローはん? 何やホンマに、おなごはんにならはってまへんッッ!?」

 叫んだ、アラシヤマの視線は。
 黒いタンクトップごしに、ツン、と盛り上がる。
 形のイイ、二つの膨らみに、ピタリと照準を合わせていて。

「―――てめぇっ、ドコ見て、言ってンだヨッッ!!??」
 思わず赤面しながら、オレは。前をかき合わせ、慌ててくるりと後を向く。

 すると。
 マトモに、マジックと向かい合わせになる、姿勢になって。
 
 ~~~~~~ッッ、うあぁッ!! 前門のアラシヤマ、後門のマジックッッ!!??

 正に、究極の選択で。進路も退路も断たれ、ひたすら冷汗をかくばかりの、オレに。

「シンタローはんっッ!! わての為に、そんな美しゅうなってくれはったんどすなッッ!!??」
「ちっが――――――――――うッッッッ!!!!」

 一体、何をどう都合よく解釈したら、そういう結論に達するんだッ!? テメェはッッ!!

 オレの心の底からの絶叫を、モノともせず。
 
 がばあっっ!! と復活したアラシヤマは。
 モトモトの流血に、鼻血まで加えて。
 凄まじいスピードで、こちらへ向かい走り寄ってくる。

「やっと、わてのお嫁はんに、なってくれはるんどすなッッ!!??」
「ならねぇヨッッ!!!!」
 ―――大体テメェ、常日頃主張してたのは『心友』だろーがッッ!! 勝手に『嫁』にすりかえてんじゃねぇぇッッ!!!

 思いっきり引いている、オレの心を知ってか知らずか。

「マジック総帥ッ!! わてのシンタローはんから、離れておくれやすッッ!!」
 ごおぉぉぉッッ!! とか。
 無謀にも、盛大に背後から炎を噴出し、燃え始めた。

「ほぉ? 私と戦うつもりかい、アラシヤマ?」

 面白そうに微笑う、マジックの青い瞳が、冷たく煌き―――途端に、自分が挑んでいるのがダレなのか、思い出したようで。
 
 一瞬、アラシヤマは怯んだように立ち竦む。

「―――オイオイ。テメーの敵う相手じゃねーぞ、やめ………」

 ………待てよ?

 勝負になるはずも無い、無謀なアラシヤマの挑戦に。
 一応、制止しようとした、オレは。ふと、思いつく。
 
 ―――コイツに、マジックを押し付けておけば。オレが逃げる時間ぐらいは、稼げねぇか?

 何と言っても、実力に差はありすぎるけれど。
 足止めぐらいには、使えるかもしれない………ィよォしッッ!!!

「アラシヤマ、助けてくれ」

 マジックに、拘束されたまま。
 オレは、及び腰になってきたヤツに、そう呼びかける。

「シンちゃん?」
「し、シンタローはん??」

 滅多に聞けない、オレの殊勝な台詞に。
 それぞれから、不思議そうな声が掛かるが。

 オレは、アラシヤマだけをジッと見つめ………もう一度、繰り返す。

「頼む………オレを助けられるのは、『心友』のオマエしかいねぇ」
 
 瞬きを我慢し、瞳をうるうると潤ませて。
 なるべく可憐に見えるよう、上目遣いに。

 ちょっとばかし、引きつりながらも―――だが、どうしても『嫁』とだけは言わねぇ―――そう、訴えてみると。

 萎えかけていた、アラシヤマのやる気の炎が。
 再び、一気に燃え上がった。

「もちろんどすッ、シンタローはん!! いやさ、シン子姫ッッ!! わてが、その魔王から必ず助け出してみせますえッッ!!!!」

 ―――姫じゃねぇし、漬物でもねぇヨ。どいつもこいつもッッ!!!
 額に、クッキリ青筋を立てたまま。
 オレはもはや、笑顔とさえ呼べない笑顔で「わー、頼りになるナー」とか。
 おざなりにパチパチ手を叩いてやると。

 ―――すぐ側で、苦笑する気配がした。

「………なるほどね。おまえは勇者じゃ無いんだけど―――余興には、なるかな?」
 呟くと、マジックは。ようやく、オレの体を解放する。

 ………勇者? 余興って――――??

 その呟きの内容が、気にはなったものの。
 このチャンスを不意にする程オレは、間抜けじゃねぇ。

「じゃあナ、アラシヤマ!! 後は頼んだぜッ!!」
「―――えっ、て、シンタローはんッ!?」
「オレは、オマエの足を引っ張んないように、先に逃げるわ♪」

 睨みあう二人に、くうるり、背を向けて。
 スタコラサッサと、走り出す。

「シ、シンタローはーんッッ!!??」
「まぁ、お姫様は戦うものじゃないしネ。じゃあ、行くよ? アラシヤマ」

 あ―――――。親父のヤツ、この状況、楽しんでやがる。
 対する、アラシヤマは。オレに見捨てられ、再び及び腰になったようだ。

 最初ッから、アラシヤマごときが、マジックに勝てるとは思っちゃいないケド。

 ―――オレが逃げられるだけの、時間ぐらい。稼いでもらわなきゃ、困るし。

 しょうがねぇな、と。こっそり舌打ちして、オレは。

 一変、表情を変える。
 走りながらも、振り向いて、にーっこり、と。
 極上の微笑みを、披露してみた。

「待ってるから、早く来いヨ?」
 ついでに、ウインクなんかもサービスでつけてやると。

 途端に、ぶ――――ッッ!!! と。盛大な鼻血の噴水が、四本立ち昇り。
「~~~~~~ッッ!!! シン子姫ッッ!!! 大船に乗ったつもりで、わてに任せといておくれやすっっ!!!」
「ズルいっ、シン子ちゃん!! ソレ、パパにもやってよッッ!!!」

 ………モトに戻ったら、コイツら。絶対、完膚なきまでに、ぶっ殺すッッ!!!

 そう誓って、逃げつづける。その時のオレの表情は、多分。
 般若の面も、ゴメンナサイ、と。
 謝罪してしまうほど、凶悪な表情であったことだろう。



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