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2





お姫様は塔の上 ~第一部~
side:シンタロー②




 監禁されていた部屋を、飛び出すと。
 オレはまさに、脱兎の勢いで、一目散に走り出す。

 実際の所、アラシヤマごとき。
 マジック相手に、十五分でも稼げれば。
 よく頑張ったと、褒めてやれる――――その程度の、足止めにしかならないことは、十分承知していた。
 
 あてもなく逃げ出したトコロで、スグにとっ捕まんのは目に見えてる。

 ケド、一つ、オレにはアテっていうか………思う事があった。

 昨日今日で、突貫工事で改築されたらしい、この塔だが。
 実のところ、マジック自身。
 全体像を、きちんと把握していないのではないか、というところ。

 つまりは、住居部分であるこの階さえ脱出できれば―――後は騙し騙し、何とかなるのではないか、と。

 オレは、走る………走る、走る、走る。

 とにかく、ひたすらに走る―――ってーか、高さだけじゃねぇ、無駄に広がってもやがるぜ、この塔ってばヨッッ!!

 ペース配分も、クソもねぇ。
 ただでさえ体力の無ぇ、女の体だってーのに。
 その上、力の限り全力疾走してるモンだから。
 スグに息が、上がってきた。

 ケド。血眼になって、辺りを見まわしながら、走り回っているにも関わらず。
 ドコにも、階段もスロープも昇降機も、見当たらない。

 ―――クソッ、グズグズしてたら、追いつかれちまうッッ!!!

 焦りながら、出口を求めて疾走する、オレの視界を。
 その時、フッと光が掠めた。

 ………ンだぁ?

 オレは、肩で息を繰り返しつつ。
 薄暗い塔の中、不自然に洩れてくる明かりに惹かれ。
 罠かもしれない、と思いつつも。その小部屋に、近づいて行き。

 一瞬、ためらって………そっと、ノブに手をかけた。

 ―――どうやら、カギは掛かっていないみてぇだ。

 怪しいと言えば、これ以上は無い程、怪しい。
 しかし、躊躇しているような時間の余裕は、オレには無い。

 ―――ええい、ままよっ!! と。力一杯、扉を開けてみると。
 
 そこは、石造りの壁が剥き出しのままの。
 やたら寒々しい印象の、部屋だった。
 
 家具らしいものは、何一つ無い。
 その、代わりのように。

 ぽつん、と。
 部屋のど真ん中に、発光する水溜りが一つ。
 それも、一色じゃねぇ。
 赤、青、黄色、紫………ネオンよりは淡く、柔らかな光だけれど。

 2、3秒の間隔を置き、様様に色合いを変化させる様は。
 まるで、水溜りの心音のようで。

 ………何だって、部屋の中に水溜りあるンだヨ?
 突貫工事すぎて、どっか水漏れか雨漏りでも、してんのか?

 そもそも一体、中で何が光っているのか、と気になって。
 オレはスタスタ、その水溜りに近寄ってみる。

 側まで行くと、別に、何かが入っているワケじゃなく。
 光ってんのは水溜り全体だ、というコトに気づいた。

 それは丁度、風呂桶っくらいの多きさだった。
 人間が一人、すっぽり入れちまう程の、床の上の水溜り………イヤ、違う?

 上から、覗き込んだオレは。
 それが水溜りなんかじゃないことに、気づいた。

 何でかって言うと、底がまったく見えねぇ。
 発光する、不思議な水に満たされてはいるけれど。
 全体は、透明度が高く。
 床との境界が、底の方へと続いていくのは、見えるのに。

 余程に底が深いらしく、いくら目を凝らしても。
 ぼんやり光る水面の奥に、底らしき平らな部分は確認できず。

 何か、井戸か泉みてぇ………あ、待てよ?
 そこまで思ったオレは、ふと思い出す。

 ガキの頃ハマッてた、RPGゲームに。
 似たようなシュチュエーションが、あった気がする。

 建物の中に、こんな不自然な泉があって………飛びこむと。
 ソコと繋がる、まったく別の場所の泉に放り出されるっていう。

 ―――オレは、ごくん、と息を飲んだ。

 もしも、何でも無ければ。
 とんだタイムロスの上、びしょ濡れという、かなり間の抜けたザマとなる。

 ―――けど、そろそろ。
 どんなにアラシヤマが頑張ったトコロで、タイムアップの頃だろう。
 このまま廊下に戻って、もう一度階段の類を、捜すというテもあるが。
 ここから出た瞬間にでも。
 せっかく逃げ出した相手に、バッタリ出くわしちまう可能性が、非常に高い。

 ………ま、とりあえず。試してみっか!!

 元来。出たトコ任せな性格の、オレである。
 そもそも、ゴチャゴチャ考え込むのは、性に合わねぇ。

 オレは、自分のカンを信じるコトにして。
 ぎゅっと目をつぶり、鼻を摘むと―――えいやッ!!! と。

 今は、青く光っている、得体の知れない泉に。
 勢い良く、足から飛び込むと。

 ―――全身を濡らす、冷たい水の感触。
 想像していたより冷たい、身を切るような感覚に。

 思わず、瞳を開いた瞬間。
 世界は歪んでブレて、バラバラになる。

 それは正に、あの時のゲームの画像、そのもので。

 ふわり、と体が。
 まるで重力を、断ち切られたかのように。
 不自然に、浮き上がるのを感じ―――やった、とオレはほくそえむ。

 移動時間は、数秒に満たない。
 スグに。失われた色と形は、再構成され。

 急に重力の戻った、オレの体は。
 『何か』温かいモノの上に、どさり、と落ちた。

 ―――意外な、展開。
 ゲーム通りなら、泉の中に出てくるはずなのに、と。
 ちょっと小首を、傾げていると。

 スグ耳元で囁かれた、不吉に甘い声。

「ハイ、お帰り~~~~、シンちゃんvv」

 ………………………………………………………………………………う゛えぇぇぇえ!!??

 聞きなれた、聞きたくなかった声を耳にした、オレは。
 衝撃の余り、軽く呼吸困難を、起こしそうになる。

「………ん、な………なん………ななっ、何ッッ………!!??」

 『何でアンタが、ココにいるんだ』のヒトコトが、どうしても言えず。
 どもりながら、パクパク口を開閉させるだけの、オレだったが。

 さすがに、付き合いが長い―――否定のしようも無いトコが、つくづくイヤだ―――だけあって、マジックは。スグにオレの言いたいことを、理解したようだ。

「そりゃあ、パパとシンちゃんは、赤い糸で結ばれてるからvv」

 ―――前言撤回。
 息子の気持など、これっぽっちも解っていねーようだ、このオッサン!!

「んなこと、誰も聞いてねーよッッ!! じゃなくて、何だって元の部屋に逆もどりなんだヨッッ!!??」

 ~~~~~コレまでのオレの苦労って、ナニ!!?? 無駄!!?? 骨折り損ッッ!!??

 マジックの腕に、抱き上げられたまま―――また、コレかよッ!? カケイのアホ、いくら一番好きなシュチュだからって、ムヤミに使うんじゃねーよッ、ヘボ字書きッッ!!! ―――半泣きで、喚き立てていると。

「あぁ、あの泉のコト? シンちゃん、目の付け所は良かったんだけど………青い色で飛びこんだんでしょ。アレは、パパに繋がってるんだヨ~」
 ―――ちなみに。青以外は、各階にある泉と繋がってました~vv

 いやぁ、まさに運命だよねぇ、と。
 はっはっはっと、明るく笑う、マジックの前。

 自ら、チャンスをフイにしちまったらしい、と気づいたオレは。
 目の前が、真っ暗になっていくのを感じる。

 あまりのショックに。
 軽く茫然自失状態に陥った、オレの目の前。
 ヒラヒラ、とマジックは手の平を振る。

「…………シンちゃん? シン子ちゃん、オーイ???」

 ~~~~~~ッッ!! 『シンコ』言うなッッ!!!

「だから、ツケモノみたいに呼ぶんじゃねえッてッ!!! 大体、フツーは、泉と繋がってるもんだろーがッ、テメーみたいに非常識なモンと、繋げてんじゃねぇヨッッ!!!」

「………パパの心は、泉のように澄んでいて、深いんだヨvvv」

「ウソ付けッ!! 濁ってる上に、スッゲ浅いだろぉーッッ!!」
 ―――もーいいから、降ろせョッッ!!!

 うが~~~~~ッッ、と力いっぱい暴れてやると。
 苦笑混じりに、マジックは。
 抱いたままだった、オレの体を床に降ろす。

 そして、しげしげと―――頭の天辺から、つま先まで。それこそ、舐めるような視線で―――オレを眺めると。

「それにしても、シンちゃん………びしょ濡れだねぇ」

 つくづく、と呟いた。

 そのコトバに、オレは。
 ハッと、自分の置かれた状況に、気がついた。

 走ってる途中で、相当暑くなっちまったから。
 ジャケットを脱いで、その辺にほったらかして来た。
 それが、裏目に出た。
 
 泉に飛びこんだセイで、全身ずぶ濡れとなったオレが身に纏うのは。
 何とも心もとないことに、黒いタンクトップとパンツだけ。
 
 その両方とも、濡れてぴったり、体に張り付いて。
 体のラインも、身につけてる下着の線も。
 隠すものもなく、くっきり強調されている。

「~~~~~~ッッ、見るな変態ッッ!!!」

 ぎゃあっ、と叫んで、オレは。
 前屈みに、その場に座り込む。

 ―――これじゃまるで、女そのもの反応じゃねーかよ、ちぃっくしょ~~~~ッッ!!

 物凄く、気に入らねぇ。
 気に、入らねぇんだけどッッ!! 
 自分でさえクラクラするような、見事なボディラインを。

 マジックと二人きりのこの状況で、惜しげもなく披露する気には、とてもなれない。

 ………って、そうだッ!!
 二人きりじゃねぇ、アラシヤマ、アラシヤマがいたじゃねーかッ!!

 あんなンでも、いないよりはマシだ、と。
 キョロキョロ辺りを、見回してみると―――果たして。

 結構、離れたトコロ。丁度、ベッドの真横辺り。

 ちょっと焦げて縮んだ、アラシヤマが。
 ひっそりと、転がっていた。

「こら、アラシヤマ!! ヘバってねぇで、助けろッッ!! この役立たずっ!! 根性ナシ、ヘタレッッ!!」

 先刻の、せっかくのサービスが。
 無駄遣いに終わってしまった、八つ当たりも含め。
 ついでに、ストレス解消もなんかも兼ねて………ここぞとばかりに、罵ってやると。

 どの部分に、反応したのかは解らねぇが。
 うぅ………、とか呻きつつ。むっくりと、半身を起こした。
 
 ―――やっぱコイツ、殺しても死なねぇんだナ………と。
 半分感心、半分呆れて。

「オイ、いつまでも転がってねーで………」

「シンタローはんッッッvvv」

 言いかけた、オレの言葉を遮り。 

「やっぱり、わてのコトが心配で、戻って来てくれはったんどすなッッ!!??」
 ―――しかも、そないなセクシーな姿になって!! サイコーどす、シンタローはんッッ!!

「ちっげーヨッッ!!」

 ~~~~~~くっそぉ、オレの周囲って。
 どーしてこうも、ヒトの話聞かねぇヤツらばっかなんだよッッ!!??

 "類は友を呼ぶ"という現象を、オレの辞書から放り出し。
 場違いにも、目が合うなり、キラキラと瞳を輝かせ。
 オレのセクシースタイルを、褒め称えるアラシヤマに。

 ちょっと本気で、苦悩していると。

「どうしたんだい、シンタロー? もう、彼に助けは求めないのかい?」

「………もぉイイ。何か、もっとややこしくなりそうな、気ィしてきた」

 マジックの、楽しそうな問い掛けに―――ちょっと投げやりに、オレが答えると。
 あっ、そ、と。ヤツは、ニッコリ笑って。

「じゃあ、お姫様から解雇通知が出たから。繋ぎの勇者くんには、ご退場願おうかなっ」

「んなっ………アホ言わんといておくれやすッッ!! 例え、マジック様いうても、わてと(そんな下半身直行便に、セクシーで色っぽいvv)シンタローはんとの仲は、裂かしまへんえッッ!!??」

 叫ぶなり、懲りるというコトバを知らないのか。
 それとも、オレのフェロモン(出してるつもりはねーけど。出てるだろ、コレ、確実に(- -;))血迷ったか。

「極炎舞ッッ!!!」

 なーんか、凄まじい勢いで燃え始めた………ってオイ、アレ、周りも巻き込む自爆技なんじゃッッ!!??

「オイ、あ、アラシヤマ!!?? テメェ、血迷ったか!!??」

「シンタローはんッ!! わて、シンタローはんの為やったら、死ねます!! この世で添い遂げられんのやったら、あの世で夫婦になりまひょなっっ!!」

「イヤイヤイヤッッ!! 巻きこむんじゃねぇ、一人で逝け、一人で~~~~~~ッッ!!」
 ―――この世でもあの世でも、テメェと一緒になる気はねーヨッッ!!
 
 ツッコミながらも、オレは。
 燃えながら、じりじり迫ってくる、アラシヤマの。
 常に無い、迫力に………ちょっと気圧され、数歩下がる。

 ―――と。  

「………ハイ、ご苦労だったね」

 突如、マジックは、爽やかに。
 とてつもなく、冷たい労いの言葉を吐き捨てると。

 その瞬間。
 アラシヤマの立っていた辺りの床が、ぱっくり二つに割れた。

 ~~~~~~ええッ!! わての出番、もう終わりどすか――――――ッッ!!??

 激しく燃え上がる、アラシヤマは。
 悲痛な絶叫を残し、あっという間に落下していく。

 ヤツを飲みこんだ後、何事も無かったかのように。
 再び床は、元通りとなり。

 オレは、成仏しろよ、と。一応、手を合わせてみた。
 
 ―――しかし、こんっっな無駄な、大掛かりな仕掛けまで。
 ホンットーにヒマだったんだな、このクソ魔王は。
 
 ちらり、と。
 呆れかえった視線で、マジックを振り返ると。

「ふふ………落とし穴は、シンちゃんだけの専売特許じゃ無いから、ネvv」
 とか、人差し指を立てて、ウインクなんかしやがった。

 ―――ネvv じゃねぇだろ、可愛くねぇって、だからッ!!


 ………結局。
 何の為に登場したのか解んねぇ、アラシヤマが。
 騒々しくも、退場していった後。

「シンタロー、パパの用意したお洋服、気に入らなかったようだね?」
 ―――まぁ、そのカッコも。女スパイみたいで、似合ってるけどねっvvv

 ジロジロと。マジックの無遠慮な視線に、晒されたオレは。
 自分の、あられも無い姿を思い出し―――慌てて、もう一度膝を抱き、座り込む。

「オイ………マジック。勇者って、何だよ!?」
 ―――つーか、テメェ。何、企んでやがる!?

 そんな姿勢で、スゴんでみせたトコロで………迫力も何も、あったもんじゃねぇが。
 ちょっとでもスキを見せたら、負けの気がして。
 精一杯の虚勢でもって、顔だけそっちに向け。そう、怒鳴ったのだが。

「んー? ヒ・ミ・ツvv」

 ………某「ドラまた」魔女っ子アニメの、某怪しいプリーストかいっ、アンタわッッ!!

 ちっちっちっと。唇の前、立てた人差し指を振る。
 知ってるヒトは知っている、知らないヒトはまるで知らない、モノマネに。
 小馬鹿にされた気分になったオレは、ぎりっと唇を噛みしめる。

 ―――くそっ、眼魔砲さえ使えたらッッ!! ツッコミもママならねぇじゃねーかッッ!!!

「そのままだと、シンちゃん、風邪ひいちゃうね?」

 座り込んだまま、ムクれてるオレに。
 マジックは、そんな親切めかした声を、掛けてきて。

 先刻から、イヤな予感の止まらないオレは。
 近づいてくるマジックに―――ああ、視線で悪魔を止める方法があれば―――警戒心バリバリに、しゃがんだまま後へとずり下がる。

「うっせぇ!! アンタさえいなきゃ、とっくに着替えて快適に過ごしてンだヨ、オレはッッ!!!」
 ―――だから、とっとと消えて無くなれッッ!!!

 中途ハンパな姿勢で、ジリジリ、下がり続けて………結構間抜けな格好だってぇ、自覚はあんだけど。かまっちゃられねぇぐらい、実は切羽詰ってる、オレだったりする。

 やがて―――とん、と。背中が、壁にぶち当たり。

「どっか行ったりしたら、シンちゃん、またオイタするでしょ」
 ―――しかも、素直にパパの用意した服、着てくれる気はないんだよねぇ?

「当たり前だッッ!!!」
 間髪入れず、叫んだ瞬間。
 
 素早く、マジックの腕が伸びて。
 オレの両腕は、掴み上げられ………無理矢理、強い力で立たされた。

「てめっ、何す………!!」
「あー、やっぱ………コレはコレで、すっごーく、ソソるんだけどねぇ?」

 オレの抗議を遮り。
 ―――アタマにナンか湧いとんのかっ、このクソ親父はっっ!!! とか思う、感想を呟いたヤツは。

「腐ったこと言ってんじゃねーヨッ、離せよッッ!!」

「まぁ、可愛いシンちゃんが風邪ひいちゃうのは、イヤだしねぇ………えいっ♪」

 のほほん、と。軽い調子の掛け声をかけ―――直後に。
 肌にまとわりついていた、不快感が消えた。

「ハイ、完了。うーん、すっごく綺麗だヨーvv」
 
 『あ』も『う』も無かった。

 瞬きする、ほんの一瞬の内に。
 オレの着衣は、濡れネズミのシャツとパンツ姿から。
 紺地にラメ入り刺繍の施された、シックかつゴージャスなチャイナドレスに、変わっていて。
 ご丁寧なことに、すっかり髪まで乾いている。

 ………ッ、そうだよナッ!?
 コイツの魔力を持ってすれば、このっくらいワケ無かったんだよなッッ!!??

「出来んだったら、最初ッからそうやれよ、アホ親父ッッ!!」
 ―――今まで、ややこしい手続き踏みやがってッッ!! 

「えー、そんなの、つまんないじゃないか」

 大体、シンタローだって、忘れてただろぉ? とか。
 飄々とした呟きを耳にした瞬間………オレは
 散々っ!! オレを疲れさせてくれたヤリトリを思い出して。

 ふつふつふつ、と。深くて暗い怒りが、込み上げてきた。

 ―――んじゃあ、結局。
 着替えるの着替え無ぇの、モメたのだって―――要はコイツ。
 単に、オレで遊んでただけだったのかヨッ!!!!

 怒りの余り、上手く言葉が出てこない。
 マジックに腕を取られたまま、着物の肩をプルプル震わせていると。

「うーん、でもやっぱキモノも着て欲しいなvv ね、もう一回着替えてみないかい?」
「るっせーなッッ、触んじゃねぇッッ!!!」

 ゴッ!! と。
 ヒステリックな叫びと共に、怒りに任せて突き上げた、オレの膝頭が。
 深深と、マジックの腹に埋まった。

 いくら非力な身の上とは言え、さすがにこの至近距離だ。
 少しは効いたのか、一瞬、眉根を寄せたマジックの手の中から。
 オレは、自分の手を引きぬこうと、身をよじったのだが。

「………つッ!!」

 逆に、強い力で掴み上げられ。
 更には手首の辺りを、一まとめにして。頭上の壁へと押しつけられた。

「………おイタが過ぎるよ? シンタロー」

 ―――くそっ。やっぱ、大したダメージじゃねーかっ。

 歯噛みする、オレの前に。
 グイッと顔を近づけた、マジックは。

 至近距離―――危険な程の至近距離で、ニコリと微笑む。

 その表情は、笑顔なのに………真っ青な瞳の奥に湛えられた、冷たい色彩に。
 オレの背筋に、戦慄が走る。

「さーて。イケナイコには、どんなお仕置きをしようかな?」
「ふ、ふざけんなッ!! 離………ッッ!!??」

 精一杯の虚勢で放った声は、マジックの唇に奪われて。
 反射的に、引き結んだオレの唇を、こじ開けようとするかのように。
 執拗に、舌先にくすぐられる。

 女の体で、壁際に抑えこまれて、口付けを受ける。

 有り得ないシュチュエーションに、眩暈がしそうだった。
 ………このまま、流されてしまいそうな、オレ自身に―――って、ダメだッッ!!

 ガリッ、と、鈍い音と共に。
 反射的に、身を引いたマジックの唇から。
 一筋、赤い雫が滴った。

「ヒドイな、シンタロー。何も噛みつくコトは、無いだろう?」
「うっせえっ、オマエなんか嫌いだッ、あっち行けッッ!!!」

 先刻までの自分の想いが、信じられず。
 オレは、肩で息をしながら、真っ赤な顔でそう叫ぶ。

 言った後で、言い過ぎたか、とも思ったけど。
 出した言葉は、もうどうやったって、無かったことにはならねぇし。

 そもそも、こんなしょーもねぇ暇つぶしに付き合わされてる、オレには。
 こんくらい言う権利はあるんだヨっ、絶対ッッ!! 

「しょうの無いオテンバさんだね、シン子ちゃんは。さて………どうするかな」

 噛みついてやった、と言うのに。
 まだ、片手でオレの手を固定したまま―――片手でいい様に扱われているというソレに、そもそもオレのプライドは、いたく傷ついてんだ―――空いた手の甲で、唇をぬぐうと。

 マジックは、何やら。
 とても邪悪なコトを、思いついたかのような。
 真っ暗で楽しげな、微笑を浮かべた。

「そうだね、大人しく出来ないのなら………」

 その手が、スッと振り上げられ。
 ガードさえ取れないオレは。
 ―――殴られるっ! と。反射的に顔を背け、身を竦めたが。

 覚悟した衝撃と痛みは、やって来ない。

 代わりに、頭上で掲げさせられたままだった、手首に。
 何かが巻かれる、感触がして―――そのまま、ぎゅっと締めつけられた。

 ―――って、えッッ!!??

「さーてと。これで落ち着いて、ゆっくりたっぷり、お仕置きができるネvv シンちゃん♪」

 両腕を頭の後ろに回した格好で、手首を縛られたオレに。
 満足げに頷いた、マジックは。

 そのまま、オレの体を抱え上げて。スタスタと、大股に歩き始めた。

 ―――向かう先には、オレに荒らされたままの、ベッドがあって。

 ………全身の、毛穴から。一気に、イヤな汗が吹き出して来た。

「ぎゃ~~~~~~ッ、テメェ、マジックッッ!!! 何考えてんだヨッッ!!!」
「シンちゃんが考えてるコトと、多分一緒vv」

 堂々と答えやがった、ヤツは。
 暴れるオレを、軽々と担ぎ上げたまま。ベッドに辿りつくと。
 オレの体を、意外な程ソッと、丁寧な手付きで横たえる。
 
 もちろん、反射的に起き上がろうとした、オレだったが。
 即座に。
 今のオレとは、子供と大人程に体格の違う、マジックの。
 圧倒的な質量を誇る、全身が、のしかかって来て。

 ………もちろん、勝負になるハズも無い。
 アッサリ抑えこまれた、オレは。必死に、喚き立てた。
 
「どけヨッ、重てぇっ、潰れるだろーがっ、この百貫デブ――――ッッ!!!」

 ………とは言え、自分でも。
 一番恐れていた事態に、余りにパニックを起こしてて。
 何をどう言ったらいいのか―――つーか。自分でも、もう何言ってんのか、よく解んねぇ。

「ハイハーイ。大人しくしてたら、スグ終わるからねー」
「誰が大人しくするかッッ!! イヤだってッ!!!」
「大丈夫、あんまりイタくしないようにするから」

 喉を枯らす勢いで、キャンキャン叫ぶオレを、軽くあしらいながら。
 見せつけるように、マジックは。シャツの襟のボタンを外していき。

 ~~~~~~マズイ、コイツ本気だ。シャレになんねぇッッ!!

 ゴクン、とオレは大きく息を飲む。

 ―――今のオレは、女の体なんだぜ!?
 このまま行ったら、ヤオイどころか、完全18禁だっつーのッッ!!!

 がっちり抑え込まれたままの、オレは。
 もぞもぞと、何とか必死に逃れようと、体を動かしていたのだけれど。
 結局、疲れただけで。動きはスグに、鈍くなる。

 ソレを待っていたかのように、マジックは。
 オレの耳元に、顔を寄せ―――軽く、耳朶を噛みながら、囁いた。

「………コワイのかい、シンタロー? ふふ、可愛いねぇ………vv」
「ッ、ふ………怖くねぇっ、死ねっ、アホォ………ッッ!!」

 それでも、せめて、と。
 精一杯の、強がりを叫んだけど。
 かつてない恐怖に、オレは。殆ど、失神寸前だった。

 ―――ヤバイ、マズイ………っ、誰か………神様ッッ!!! ―――って。

 考えてみりゃ、神なんて存在、いたとしても。
 …………悪魔のオレに、助けを求められたって。迷惑なハナシ、なんだろーなぁ。

「あれー? 静かになっちゃったね。観念した、シンちゃん?」

「………………」

 ―――悔しい。
 こんな、非力な姿であることが、悔しい。

 対等になりたい、と。
 ずっとずっと、思ってきたのに。

 こんな風に、合意でもなく、簡単にねじ伏せられて。
 イイように扱われなきゃならないのが、本当に、悔しい。

 あまりに、悔しくて。

 ―――何か。もう、何もかも、イヤになってきた。

 思った瞬間………ポロリ、と。
 瞳から、雫が溢れ。
 仰向けのオレの、こめかみを伝い。ベッドへと滑り落ちた。

 こんなに簡単に、涙が出てくるなんて。
 自分でも、ウソだろう!? と、思ったのだが。
 女というものは、男に比べて。
 心と体の結びつきが深い、と聞いたことが有る―――そのセイなのか?

 ただ、悔しいというだけなのに………ポロポロと、涙は溢れ。
 抑えつけられたままの、オレには。それを隠す、術さえ無くて。

 目を見開いたまま。
 動きを止め、こちらを覗き込むマジックを、見つめ続ける。

 ―――すると。
 ふぅ、と。小さく息をついたヤツは、困ったような表情になり。
 押さえつけていた、オレの腕を放すと。
 肩を竦め、呟いた。

「………もぅ、反則だって。そんなに可愛く泣かないでよ、シンちゃん………」
「な、泣いて、………っく、なんかッ………ぅっ、く………」

 反射的に、言い返したオレだったけど。

 一度溢れてしまうと、止まらない。
 どうしても、止まらない―――それどころか。
 出てくる声は、みっともない、嗚咽混じりの涙声で。

「~~~~ッッ、うぅ――――――ッッ!!」

 パタパタ、雫をこぼしながら。
 不自由な腕を曲げ、両の手の甲に隠れるように、顔を覆った。

 ―――コレじゃ、まるで。女そのものじゃねぇか、ちくしょ~~~~~ッッ!!!

 肩を震わせ、しゃくりあげるオレの髪に。
 そっと、マジックの手が触れた。

「………ごめんごめん、パパが悪かったヨ」
 ―――意地悪し過ぎたねー、泣かない泣かない、と。

 子供をなだめるような口調に、ムッとしたオレは。

「も、元にッ、戻せよッ!!」

 腕を下げて、濡れた瞳で睨みつける―――と。

 ぼたぼたぼたッッ、と。
 真っ赤な水―――つーか、鼻血―――が、傍らに降ってきた。

「ぅぎゃ~~~~~ッッ!!! テメェッ、オレに鼻血かけたら、ぶっ殺すッッ!!!」

「え、あ、うわっ、ゴメンゴメン、シンちゃんッッ!!!」

 血相を変えて、マジで怒鳴ると。
 慌ててマジックは、オレから離れ、ハンカチで鼻を押さえて上を向く。

「………みっともねぇ」

 マジックという、重石が退いた為。
 ようやく体を起こして、半眼に睨み。そんな感想を述べる、オレに。

「うーん、まぁ、パパにも色々事情がね~~~」
「何が事情だ、アンタが鼻血垂らすのなんか、しょっ中だろーがっ!! とにかく、元に戻せっつーのっ!!」
「あ、それはダメvv」

 鼻を押さえたままで、マジックは。
パチンと、音のしそうな勢いで、ウィンクなんかしやがった。

 ―――だぁかーら。可愛く無ぇヨ、全っ然ッ!!

 そう思いつつも、オレは。
 ホ――――ッ、と。心のソコから、安堵の息を吐き出す。

 まぁ、驚いたおかげで、涙は引っ込んだ。
 貞操の危機も、何とか免れたようだし。

 ぐしぐし顔を拭い、鼻を啜って。
 精一杯、厳しい顔を作って。

「んじゃ、こっから出せヨ」
 まだ少し、鼻声で―――あぁ、みっとも無ぇな、チクショー―――そう、主張してみれば。
「今の所、却下vv」
 まぁ、そう来るだろうと、思ってはいたが。
 あっさりと、全却下された。

「………今の所って、イツまでだよッ!?」
「………そうだねぇ。2週間くらい、なのかな?」
「何だよ、その曖昧な期限設定は」
「アハハハ、まぁ、大丈夫♪ その内、もっと面白くなるからネvv」
 ―――シンちゃんも、ちょっとした休暇だと思って、楽しむとイイヨvv

 思いっきり、無責任なセリフを吐き出す、大迷惑なこの、クソオヤジに。

 ―――付ける薬が、この世にあれば、と。

 オレが。南国の深海より、まだ深い。
 ディープにブルーなため息で、大きく肩を落とした。




******************




「…………オレは、ココまでっす」

 リキッドは。自分の身に起こった、長い長い夢語を終えて。
 疲れたようなタメ息をついて。

 ソレを聞きながら、何となく………自分の思考に捕われてた、オレも。
 現実に引き戻され………合わせるように、溜息をついていた。

 疲れたのは。
 同じように、ココまでの全部を語り終えたオレだって、同じコトだ。

 オレ達は、そもそも忙しい。

 家事に、赤玉探しに。パプワ達の世話やら、ナマモノのチョッカイやら。
 途中、何度も中断しながら。

 それでもヒマを見つけては、お互いのコレまでの"悪夢"を語り合い。
 こんな時間にまでかかって、ようやく、昨夜までの夢を語り終えた。

 けど、今日はもう、タイムリミットだ。

 時刻はとっくに、深夜を回ってしまっていて。
 寝坊なんて、しようモンなら。

 ―――パプワに。どんなナマモノをけしかけられるか、解ったモンじゃねぇ(つーかアイツ、明らかに。リキッドよかオレへのアタリの方が、キツくねーかっ!?)

 ………眠い。

「それにしても。RPGモドキ、ねぇ」
 ふぁ~あ、と。
 大欠伸を交えつつ、オレは。

 夢の中の「オレ」が、知り得なかった、新たな情報に。
 ―――ったく、一体何々だっつーの、と。
 不可解さに、改めて嘆息してしまう。

「そうッスねぇ………そんな事情でもなきゃ、夢の中とはいえ。シンタローさんが大人しく捕われてるなんて、ありえないッスよねぇ………」

 妙に感心したように、頷きやがったリキッドの口元は、何やら緩んでいて。

「………笑ってんじゃねーヨ、○ニー」

「うっわ、ソレ言わないでクダサイッッ!!!」

 ムッとした、オレの指摘に。
 世にも情けない顔で、頭を抱え込み………その拍子に、ヤツも小さな欠伸を洩らした。

「んじゃー、明日も早いし。寝るとっすっかぁ………」

「………シンタロー、さん」

 多分、オレ以上に、眠たいハズの―――何せオレが、日常さんざ、こき使ってやっている―――コイツだけど。

 オレの、宣言に。
 先程までの、ニヤけた顔はドコへやら。

 急に何やら、エラく不安そうな表情を浮かべ、問い掛けてきた。

「あの。今日も"アノ夢"見るんッスかね………?」

 ンなコト聞かれても、オレだって困る。
 そもそも、ワケが解らないのも、メーワクしてンのも、オレだって同じだし。

 ―――ただ。そう言って、完全に突き放してしまうには。

 どこか、頼りない印象を拭いきれない。リキッドの、幼さの残る顔は。

 光源と言えば、月明かりだけの………南国の真夜中。

 普段の。アホじゃねーかと思うような明るさは、ナリを潜めて。
 妙に青白く、作り物めいた印象を受け。

「まァ………覚悟はしとけ。気にすんなョ、夢は夢だろ? 寝無ぇワケにはいかねーんだし」

 何となく。根拠の無い気休めを言う気に、なれず。
 根本的な解決には、なっていない。

 でも、前向きなつもりのコメントを述べた、オレに。

「そうッスね。明日もとっとと起きて、パプワとチャッピーに朝飯食わさねーと」

 ―――ははっ、と。
 リキッドは、一応同意したものの………その笑いはやはり、どこか虚ろで。

 それでもオレに続き、家に入って来る。

 スヤスヤと、平和な寝息を立てる、パプワの傍ら。
 オレが、布団に潜り込むと。

 リキッドも、その反対側―――チャッピーの隣に。
 静かに体を横たえる、気配がした。

「オヤスミ、リキッド」
「………オヤスミナイ、シンタローさん」

 呟く合間にも―――吸い込まれるように、眠気は襲ってきて。
 そうして、オレは………オレ達は。

 今夜も、また。




 知らない世界の、夢を見る――――。



<第一部完>













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