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昼見世は退屈だ。
「ふわぁ~あ」
 まだ、眠り足らないとばかりに、起きてから一体何度目か、大口広げて欠伸をしたシンタローは、目尻に溜まった涙を指先で拭った。
 仕事らしい仕事は今はない。あるとすれば、ただ、そこに座っているだけだった。ゆえに、すぐに飽きて、欠伸の一つや二つが零れるのも当然だった。
 この手の仕事で大事なのは、客の確保。だが、昼日中でそれをするのは、馬鹿と言われるほど昼間の客は、乏しいものだった。 
 明るい日差しの中にある遊郭は、夜のひと目を誘う華やかな彩りは影を潜め、朱色に染めた楼閣でさえも褪せた様子を見せていた。閑散としている通り。歩くものはまばらで、店に足を止め、じっくりと品定めするような客は滅多に居ない。いるのは、物見遊山のおのぼりさんや暇つぶしにこちらに流れてきたものばかりだ。冷やかし半分で中を覗き込み、時折好色な笑いを零して、去っていくのみであった。
 それがわかっているから、格子の間に居る遊女達も、真剣に自分を売ることは無かった。夜までの休憩時間というように、遊女同士おしゃべりしたり、貝合せや双六等の軽い遊戯をしたりと退屈を紛らわせていた。
 その端に、ぽつんとシンタローは座っていた。
 シンタローも彼女たちと同じように見世に出る。
 自分の立場ならば、ここに居る必要は無いのだけれど、部屋に居ても掃除係りの邪魔になるし、何よりもあそこは、ここよりも退屈だった。
 だが、ここにいたとしても、あまり彼女達とは混ざることは無かった。当たり障りの無い会話程度は交わすが、それ以上の付き合いはしていなかった。
 それは、自分と彼女たちの立場がまったく違うためだった。
 店の主と対等に話し、時には、特別待遇とも取れるようなこともされている自分に、地獄や苦界と言われるこの遊郭の世界で必死に生き抜く彼女たちが、冷たくよそよそしいものになるのは、当然だった。
 なにより、彼女たちと違うのは、シンタローには、借金というものがないことだった。膨大な借金を背負い、ここに縛られ続けている彼女達とは、根本的に違うのだ。
 最初の頃は、確かにシンタローにも借金はあった。衣裳や身の回りの調度等、様々なものが入用で、それを作るはめになったのだ、すでに綺麗に払い終わっていた。
 都合のいいことに、馴染みになる客が、羽振りがよく気前がいいものばかりだったためだ。そのお陰で、あっさりと借金が消えてしまった。
 だから、シンタローさえ外へ出たいと願えば、すぐにでもこの町からでることこは可能だった。
 それでもシンタローはここにいる。
 ここにしか、居る場所が無いからだ。
 それ以外の場所など、存在しなかった。生まれはここではないが、故郷と呼ばれる場所ですら、もう形は残しては居ないはずだった。それに寂しいという感情は無かった。
 故郷への思いは確かにあるが、ここでこうして格子越しに外を眺める生活を、シンタローは納得済みで受け入れていた。
 もっとも、この妓楼屋の楼主であるキンタローは、なぜかかなり熱心に、ここにいてもいいから、色を売るのではなく、自分の片腕となって働けといわれていた。けれど、それだけは断っていた。
 一度この世界に身を置いてしまえば、一生その事実が肩に乗る。そんな者が、キンタローの隣に立てば、よからぬ噂が立たないわけが無いのだ。それは、相手にとって迷惑にしかありえない。
 それならば、できる限りこの仕事でこの場に留まった方が良かった。
 金も十分稼げるし、それでキンタローの店を援助できる。ここへ来て五年もの間、ずっとこの形をとり続けてきた。
(んっ?)
 外をぼんやりとながめていたシンタローは、ふと目に付く色を見つけた。
 穏やかな日差しを傲慢なほどに跳ね返す強い金色の輝き。見慣れた髪の色が、こちらに向かって歩いてきていた。 
 一瞬、キンタローが外出先から戻って来たのかと思ったが、そうでないことは即座に知れた。
 明らかにキンタローとは異なるシルエットだったのだ。彼よりも多分に高い背。髪も短く整えられてはおらず、肩につくほどの長さがある。これではキンタローと間違えようが無かった。
(あれ………? でも、あれは――)
 じろじろとそれを眺めていたシンタローは、徐々にはっきりしてくるその顔に、見覚えのあるものを感じた。
 金色の髪。そうしてまだ見えないが、多分瞳の色は、キンタローと同じく青のはずである。野性味溢れた風貌に、薄い唇には咥えタバコ。肩で風を切って歩く姿は、威風堂々としていて、物見遊山の者たちは、新たな見世物かと、その男に視線を投げかけたりしていた。
 確かに、彼はとても目立っていた。だが、あれはどこかの見世物ではない。
 悪戯好きの春風が通りを突き抜けていき、髪が獅子の鬣のように靡き、揺らいだ。その姿に、シンタローは、思わず声をあげていた。
「獅子舞ッ!」
「んだと、コラァ!」
 ガッ!
 その刹那、格子が折れんばかりに掴まれた。
 すでに間近に近づいていたそれに、シンタローの声はよく聞こえたようで、獅子舞と呼ばれた男は、本物の獅子のように大口を空けて、格子を握り締めていた。思った通りの青い瞳で、射殺さんばかりに睨みつけられる。キャァ、と奥に居た遊女たちの何人かが、悲鳴を上げるのが聞こえた。
(やっぱりこいつか…)
 自分が思っていたとおりの人物に、シンタローは格子越しにその顔を眺めた。記憶に残っているその顔よりも、幾分か変化が見られるが、その特徴的な顔立ちは忘れようとしても忘れられない。
「てめぇ、誰に向かって暴言吐いているんだ、オラァ!」
「おっさん」
 萎縮させるほどの圧力を感じるその眼光を前に、シンタローは、ひらりと出した指を、真っ直ぐに相手に突きつけてやった。
 記憶が確かならば、この男は、そう呼ばれてもおかしくない年齢のはずである。
『ハーレム』
 それが彼の名だった。
(また会えるとは思わなかったぜ)
 懐かしい、というよりは、今さら何しにここへ来たんだろうか、という気持ちが強かった。なぜなら、彼こそが自分をこの場所居放り込んだ張本人だからだ。しかも、放り込んだ後、五年もの間、一度も姿を現さなかったばかりか、連絡もよこさなかったのである。
 シンタローの言葉と態度に、ぴくんと太い黒眉が跳ね上がる。
「いい度胸だ。ちょっと出てきやがれ」
 だが、その凄みに恐れなど欠片も見せずに、それどころかシンタローは、馬鹿にするように肩を竦めて見せた。
「ここからどうやって出れるんだ? 遊郭は初めてのおのぼりかよ、おっさん」
 格子の間は、外がよく見える作りだが、その格子が邪魔をして外には勝手に出れない仕組みになっている。当然だ。そこから遊女を逃してしまえば、店の損失となるのである。だから、出入り口は一つ。店の中に一度入ってからしか、外へ出ることは出来なかった。
 挑発とも取れる言葉を吐き出せば、握った格子が砕けそうなほど、力を込められた。
「生意気な女め」
 忌々しげに漏れたそれに、こちらは首を傾げる。
 女?
 それは、自分のことだろうか。
 確かに今の装いは、他の遊女たちとは変わらない。それでも良く見れば、性別の違いはわかるはずである。なによりも、彼と自分は――五年と言う月日が経ったものの――初対面ではないのだ。
 どうやら自分のことを、思い出してくれてはないようである。
 勝手な奴だとは思っていたが、本当に気まぐれに拾ってきたガキのことは、すっかり忘れてしまっているのだろう。
 別にこの男に、何の期待もしてないが、なんとなく腹が立つ。
(あんたにとっては、俺は捨て猫程度のもんだってことかよっ)
 そう思えば、さらに苛立ちが募った。それを紛らわすためにも、もう少し相手をからかってやろうかと口を開きかけたが、その前に他の場所から声があがった。
「煩い。何を店の前で騒いでいる。商売の邪魔だ」
「ああ?」
 騒がしい見世の様子を見かねて、玄関口から現れたのは、店の主であるキンタローだった。
 店の前で騒ぐ男を見咎めれば、その相手は、先ほど怒鳴っていたのも忘れたように、たちの悪げな笑顔を浮かべると、キンタローにちかづいていった。そのままがっしりと肩を組む。
「よっ、キンタロー。久しぶりだな。いいところで出会った。金貸せや」
 いいところも何も、わざわざキンタローから金を借りるために、ここまで来たに違いない状況で、飄々と言い放った相手に、キンタローは、どっしり置かれた腕をさっさと取り外し、大きく首を横へと振って見せた。
「お前に貸す金は無い。久しぶりに姿を見せたと思ったら、前と同じ、金の無心か、ハーレム叔父貴」「冷てぇこと言うなよ、甥っ子。可愛い叔父に、たまには小遣いでもやろうか、って思わねぇの?」
「それは、普通反対だろうが」
「常識に囚われるなよ」
 ぽんと叩かれた頭に、キンタローは、鬱陶しげに顔を歪めてみせた。久しぶりに会った叔父に対応しかねている様子である。
 それでも、通りを通る人達や店の者たちからの興味津々の視線に気付いたキンタローは、ここで厄介な親戚を相手にするには得策ではないと判断した。
 店の入り口に戻ると店の前に垂れ下がっている暖簾を持ち上げると、振り返る。
「とりあえず、中に入ってくれ。商売の邪魔だ」
「いいぜ。中で、酒を用意してくれ」
 図々しいハーレムの要求は、聴かぬフリをしたキンタローは、じっとこちらの様子を伺っていたシンタローにも顔を向けた。
「シンタロー、お前も来るか?」
「行く」
 その言葉に、即座に返事を返した。
(当然だろ!)
 キンタローに呼ばれなくても、乗り込んでいく気構えだった。
 未だに自分を女だと誤解している馬鹿に、真実を一言叩き込んでやらなければ気がすまない。
 キンタロー達が店の中に消えると、シンタローもそちらへ向かうために立ち上がった。 


 カタン。
 襖を開けるともうすでに、キンタローとハーレムは座していた。だらしなく足を崩しているハーレムとは、向かい合わせに膝を合せ背筋を伸ばし正座をしているキンタローがいる。
 シンタローは、ハーレムの脇を通り過ぎると、キンタローのすぐ横に腰をおろした。
「なあ、キンタロー。なんでこいつが来るんだ?」
 席に着いたとたんに投げかけられたハーレムの疑問に、キンタローは、意外そうな面持ちで眉を持ち上げた。
「お前、覚えてないのか?」
「そうらしいぜ」
 何を? と訊ねられる前にシンタローは、口を挟み、あきれ返った様子で肩を竦めて見せた。
 キンタローの不思議そうな顔が、シンタローへと映され、困ったような表情になった。誰なのか、言ってもいいのだろうか、と伺う様子だったが、シンタローは小さく頭を振って、沈黙を願った。
 キンタローの口から、自分のことは話してもらいたくはない。ここまで来たならば、何がなんでも相手に思い出してもらいたかった。
 失礼極まりない話なのだ。
 誰が、ここへ放り込んだのか―――責任をとれ、とは言わないが、それでも……忘れ去られているのは、腹が立つ。
 もっともこちらも相手の顔を見るまで、その存在を忘れかけていたのだが。五年も音沙汰なしで、姿を現さなかったのだから、仕方ないだろう。こっちは、新しい環境に慣れるために、必死だったのだ。
「誰だ?」 
 ジロジロと不躾な視線が向けられる。けれど、まだわからない様子である。
「もう耄碌してるのか? まあ、それもありだな。おっさんだし」
「…口が悪ぃ女だなぁ」
 眉を顰めるハーレムに、シンタローは、ひくっと頬を引き攣らせた。
 確かに格好は、女性ではあるが、それでも出す声も態度も決して女性的とはいえぬものである。それで間違えるこの男の頭の構造に今更ながら、疑問がわく。
「馬鹿が。俺は、男だ」
 このままだと、埒が明かぬと、それだけでもバラせば、ぎょっとした表情がすぐさま浮かんだ
「男だとッ!」
 明らかに、今知りましたという態度に、シンタローは、はぁと溜息をひととつき、こめかみを押さえた。なんだか、このまま見世に戻って、ぼんやりとしたい気持ちである。
(つくづくムカつくおっさんだぜ)
 シンタローは、頭に手を当てると花魁特有の扇を広げたように突き刺した簪と櫛を次々と落としていった。形を整えるために結わえていた髪紐をとくと、その一つで、雑に一本にまとめて結わえた。さすがに化粧をここで落とすことは出来ないが、それでもこれで、以前、彼とであった頃に近づいただろう。
 そこでようやくハーレムの、こちらを見る目が変わった。
 骨ばった手が伸ばされる。逃げずにその行方を見つめれば、おろされた前髪をつかまれ、顔を引き寄せられた。
 相手の深い青の瞳に、自分の顔が移る。何度か瞬きされた瞳が、最後には思い切り見開かれた。
「………お前、あの時のクソガキか?」
「ようやく思い出したのか、獅子舞のおっさん」
 髪を引っ張られたシンタローは、お返しだといわんばかりに、相手の髪を掴むと、思い切り引っ張ってやった。

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