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 その日、シンタローは高田の阿部伊勢守の屋敷を訪ねた帰り道であった。
 先日の試合への出場はシンタローの本意ではなかったが、勝ちすすんだ。
 ちょうど試合を見ていた伊勢守がシンタローを剣術指南役として召抱えたいと熱望し、その申し出に対する断りのあいさつに行ってきた帰りである。
 伊勢守のかえすがえすも残念そうな顔を思い返し、シンタローは、
 (面倒くせぇ……)
 ため息をついた。
 江戸の郊外であるこのあたりは田畑がひろがり、のどかな風景であった。護国寺への参道の活気とくらべると、下高田村を通る道はそれほど人通りも多くはない。
 シンタローは何の気なしに歩んでいたが、ふと、気になって後ろを振り返ると、数間後ろで菅笠の武士らしき男が飛び上がるように立ち止まった。シンタローが男をじっと見やると、いかにも慌てた様子で向きを変え、もときた道を数歩もどった。
 (なんだ?……アイツじゃねーし、この前の試合の意趣返しか?それにしちゃぁ、殺気がねぇ。尾行も下手すぎるよナ)
 歩きだすと、男は安心したかのようにふたたび後をつけはじめた。
 シンタローは、ふいに左に曲がり、椿山八幡宮の階段を上った。椿山という名の由来なのか、椿の木が生い茂っている。
 ほどなくして男が境内に入ってきたが、シンタローの姿があたりに見えないのであわてた様子である。
 気配を消したシンタローが、賽銭箱に手をついて本殿の中をのぞきこんでいる男の背後から近づき、
 「おい、」
 と声をかけると、男は腰を抜かし尻餅をついたので、シンタローは呆れた。
 どうやら武家のようであり腰に脇差を差してはいるが、とてもではないが刀を扱えるとも思えなかった。
 「てめぇ、いったいどういう仔細があって俺の後をつけてきやがった?」
 「貴公、シンタロー殿であらっしゃられるか!?」
 バッタのように跳ね起きた男は一尺ほど近くまで勢いよく詰め寄ってきたので、シンタローは数歩あとずさり、間をとった。
 「拙者、青木弥之助と申します。本日は折り入って頼みがござりまして、無礼、お許し願いたい」
 弥之助は笠をとり、深々と頭を下げた。
 シンタローも笠をはずしたが、渋面であった。
 「アンタ、阿部家の使いか?」
 「そうではござらぬ」
 いくばくかの時がすぎたが、一向に彼は面をあげようとしない。
 埒が明かない、とシンタローは軽く息を吐いた。
 「――何だよ?言っとくけど、一応聞くだけだからナ」
 急いで体を起こした男はシンタローを見上げ、一瞬見惚れた。
 すぐにわれにかえり、そして何事かしばし考え込んだ様子であったが、大きくひとつうなづくと、
 「シンタロー殿!」
 と叫んだ。
 「早苗どのの件、お考え直してはくださらぬか!?」
 「何のことだ」
 「何のこと!?先日の御縁談でござるが、どうかご再考をお願い申す!!早苗どのは、気立てがよいうえ頭もよく、花のように可愛らしいお方でございます。会えば、貴公のお考えも」
 「縁談は断ったんだ」
 シンタローがすげなくそう言うと、
 「何卒、なにとぞご再考を……」
 弥之助は地面に手をついた。
 「アンタが何者だか知んねぇが、俺は、考えを改める気はねェ」
 シンタローは笠を被るとその場を後にし、石段を下った。
 「拙者は、あきらめませぬぞ!」
 という声がかすかに聞こえた気がしたが、椿の群生の中を歩くシンタローは振り返りもしなかった。



 昼八つの頃、アラシヤマは江戸町奉行所の廊下を歩いていた。
 (この前、報告は済みましたやろ?何やえらい嫌な予感がしますナ……)
 ふすまを開けると、上座にはすでにマジックが座していた。
 「座りなさい」
 どうやら声を掛けた様子を見た限りでは、機嫌は良さそうであった。
 「面をあげていいよ」
 アラシヤマが礼の位置から起き直った直後、一息の動作でマジックは右足をふみだした不居の姿勢を取り、手に持った刀を下から逆袈裟切りに切り上げた。しかし、すべて皮一枚、といったところでの所作であったらしく、端座したままマジックを見据えているアラシヤマには傷一つついてはいない。
 「――わて、始末される心当たりが何一つおまへんのやけど」
 アラシヤマが感情のこもらない平坦な声音でそう言うと、
 「この刀、よく切れるんだよね」
 と、立ち上がったマジックは刀を鞘に納め、もとどおりに座した。
 「ミヤギはすっごーく驚いてくれたのに、本当にお前は面白くないヨ」
 「……そういう問題やないと思いますけど。しかも、さっきは冗談ごとやのうて本気でわてを斬るつもりやったんと違いますか?」
 「疑り深い男は嫌だねぇ!」
 マジックはアハハと笑うと、急におももちをあらためた。あごの下に手をやり、しばらくアラシヤマを見ながら無言であった。
 塀の外からは、手習い帰りと思われる子ども達が騒ぐ声が近づき、だんだんと遠ざかっていった。ふたたび部屋の中が静かになると、
 「アラシヤマ、どうしてミヤギを手伝わなかったんだい?」
 と、彼は訊いた。アラシヤマは、畳の上に置かれた刀を見ながら
 「云わせてもらいますけど、わてはあの時の判断は間違うてないと思いますえ?」
 眉を寄せた。
 「確かに、お前のとった行動は間違ってはいないんだけどね……」
 ふむ、とマジックは腕を組むと、少し思案してから口をひらいた。
 「今回の事件は腑におちないところがある。お前はどう思う?」
 「剣をたしなんでいない素人が、あれだけ刀を遣えるものですやろか。それに、刀の気配も尋常ではおまへんな」
 「なるほど。確かにこの刀は剣術の心得のない次郎右衛門とは不釣合いだ。今トットリを下野にやっているが、次郎右衛門は佐野では炭屋を成功させた分限者で悪い噂は聞こえてこない。それに、牢内での様子とも考え合わせると、一寸ね、気になったんだヨ」
 アラシヤマが目を細め、
 「なぜ次郎右衛門が今回の事件を起こしたか、刀は一体何なのか、ということどすか?」
 と問うと、
 「まぁ、大筋は合ってるよ」
 マジックは頷いた。
 「忍者はんは、いつ帰って来はるんどす?早い方がええんとちゃいますの?」
 「何を言っているんだい?お前が次郎右衛門を調べるんだ」
 それを聞いたアラシヤマの顔が、一挙に曇った。
 「……わてがどすか?」
 「そうだ」
 「どうも、わて向きの仕事やないみたいどすけど……」
 「つべこべ言わずにやってみなさい。何も、闇に紛れるばかりがお前の業というわけでもない」
 「へぇ」
 いかにもやる気がなさそうに生返事をよこしたアラシヤマを見ながら、
 「あ、そうそう。お前も隅におけないねぇ……」
 突然、マジックは表情を一変させ、人が悪そうな笑いを浮かべた。
 「……何のことどすか?」
 アラシヤマは胡散臭げに彼を見遣ったが、
 「ミヤギが悔しがってたけど、花魁から呼び出されたそうじゃないか。このこと、シンちゃんに面白おかしく教えちゃおうっとv」
 マジックの言葉をきいたとたんアラシヤマの血相が変わり、思わずといった様子で腰を浮かし、身を乗り出した。
 「ひ、卑怯どすえ!あることないこと言わはって、シンタローはんが誤解しはったらどないしてくれはるんどすかッ!?わては何に誓ってもよろしおますが、一切潔白どす!」
 「別に心配しなくてもいいヨ。そもそも、シンちゃんは根暗男が嫌いみたいだしネ」
 「……親馬鹿親父のことも、ものすごく鬱陶しがってはるんちゃいますの?」
 マジックは明らかに自分を睨みつけているアラシヤマを見て、ニヤニヤと笑いながら、
 「ふーん。まだまだ、青いねぇ」
 と、ひとこと言った。
 その瞬間、アラシヤマは苦虫を噛み潰したような渋面となり、
 「わかりました。下手人を調べればええんでっしゃろ!」
 低くことばを吐き捨てた。
 「言っておくが、責め問いや拷問はだめだよ?」
 「お奉行はん、一体わてを何や思うてはりますんや……」
 「まぁいい。まかせたぞ」
 マジックはもう一度頷いた。
 アラシヤマが退室した後、マジックは傍らの飾り気のない刀を取り上げてつくづくと眺め、
 「どうにも、ややこしい」
 とつぶやいた。


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