(ったく、すっげー時間の無駄だったゼ・・・)
親父に再三呼び出されて、あまりにもしつこいんで久々に帰ってきたら、やっぱりろくなことを言いやがらないし。
俺が、ムカつきながら奉行所の裏門を潜って外に出ると、土塀の陰に不審者が居り、どうやらいかにも見つけてもらいたげな様子だったので、益々ムカついて、持っていた小束を投げた。
「シンタローはーん、酷うおます~」
と、言いながら、編み笠に小束の刺さったままのアラシヤマが塀の影から出てきたけどそれを無視したら、慌てて後を追いかけてきた。
「お奉行に、“絶対、今日は奉行所に来るな”って言われましたから、たぶん、あんさんが来るかと思ったら、案の定どしたわ」
「―――いつから、そこに居たんだヨ?」
半ばウンザリとした気分で聞くと、
「あっ、ずっと待ってたわけやおまへんえ?房楊枝の納品の帰りに寄ったらシンタローはんに会えたわけなんどす~vvv」
焦ったようにそう言っていたが、どこまで本気なのかそうでないのかよく分からない。俺が確かめるようにアラシヤマの顔をじっと見ると、ヤツは一瞬真顔になり、その後すぐにヘラヘラと、
「そんなに見つめはりますと、照れますえ?」
と言った。
―――何だか往来でこうしている事が段々馬鹿らしくなってきた。もう夕暮れ時とはいえ、まだ暑いし。
「俺は、もう帰っから」
「ちょ、ちょっと待っておくんなはれ!せっかく久々に会うたんやし、夕涼みとでもしゃれこみまへんか?あんさん、今日は道場をリキッドにまかせてきはったんやろ?少々遅うなってもええんちゃいますの??」
まぁ、コイツの言う事にも一理あるかとも思った。夕涼みにも少し心が動かされたし。・・・コイツの案に素直に従うのは癪に障るけどナ。
「でっ、何処に行くんだヨ?」
「両国の川沿いがええんちゃいますの?もう涼み台がたくさん出てましたわ」
ヤツがそう言うので、俺たちは両国の方へと歩き出した。今は夕暮前なせいか、人通りも多い。
ふと、アラシヤマが立ち止まったので、俺が、
「何だ?」
と声を掛けると、アラシヤマは軒下に吊るされた菖蒲を指差し、
「シンタローはん、何どすかアレ?」
と聞いてきた。
「あぁ、あれは、“菖蒲の占”だ。“思ふこと軒のあやめに言問はん、叶はばかけよささがにの糸”って歌があるだろ?」
「何かの呪いどすか?」
「子どもの遊びだ。確か、菖蒲に蜘蛛の巣がかかると願いが叶うとかそんなんだったかな」
「やっぱり、呪いの一種どすな!呪いやったら、わては得意どす」
アラシヤマはそう納得していたけど、違うと思う。
「どんな願いやわかりまへんが、叶うとええどすな」
不意にヤツが真面目な顔をしてそう言っていたので、俺が、
「そうだな。叶うといいよナ」
そう応じると、アラシヤマは、
「なんやシンタローはんがそう言わはると、絶対叶わん願いでも、成就しそうな気がしますわ」
と真剣に言った。俺はその時どんな顔をしたら良いのかが分からなかった。
「ほな、行きまひょか」
何事もなかったかのようにアラシヤマは先に歩き出した。俺がすぐにヤツに追いつくと、ヤツは俺を振り返り、
「あっ、シンタローはんッツ!可愛いおす~vvv」
とか訳の分かんねぇことを言ってやがったので、
「なんか、ムカツク」
と、ヤツを一発殴っておいた。
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