トットリは、家に帰ると易者の格好に着替え、コージとの待ち合わせ場所である丹波笹屋に向かっていた。丹波笹屋は、江戸には珍しい鹿肉や猪肉などの獣肉を専門に扱う鍋物料理店であった。
トットリが丹波笹屋の暖簾を潜ると、既にコージが座敷に座って紅葉肉の刺身で酒を飲んでいた。
「おお、先に来ちょったぞ!遅かったのォ」
コージがトットリに向かって手を挙げ、場所を知らせると、トットリは易者の道具を入り口の方に置き、
「朝から、ちょっと野暮用があったんだわや」
と言いながら、コージの向かい側の席に座った。
「ここは、確か山鯨鍋が有名っちゃね。コージもそれでええだらぁか?」
「ワシはなんでも食うけんのォ。好き嫌いが無いのが自慢なんじゃ!」
「そんな感じがするわな」
トットリは、山鯨鍋を注文し、改めてコージの方に向き直った。
「それで、聞いときたいんやけど、妹さんを探す算段はどうなってるんだっちゃ?」
コージは、一言、
「手掛かりは無い」
と言った。それを聞いたトットリは、呆れた顔をし、
「そんなんで、よく探そうという気になるっちゃね」
とコージに言うと、
「全く無いという訳ではないんじゃが、国元の奴に聞いたところによると、どうも江戸に出てきとるみたいなんじゃ。小さい頃に生き別れたきりじゃけぇ顔もよう分からんけど、たぶん、ワシに似て美人じゃろ!!あと、確かワシと同じ形の痣があるはずじゃあ」
そう言って、コージはトットリに「これじゃ」と痣を見せた。
トットリは、しばらく考え、
「うーん、美人かどうかはともかく、まず、コージに似とる娘さんやナ。言葉もたぶん同じだっちゃわいな。それにしても、痣というのは、顔とか手とか普段目に見える所にあったらええけど、もし、着物の下とかだったらどうするっちゃ?妓楼に行ってもええけど、通う金も暇もないわ」
と言った。
コージは渋面になり、
「妓楼には、できればいてほしくないのォ。でも、今おんしに言われて気づいたんじゃが、そういう可能性も捨てきれんの。おんしには、街中での情報収集の際に、それとなくワシの妹のような娘を見かけたり、何か手掛かりを聞いたりしたら、それをワシに教えて欲しいんじゃ」
「それやったら、協力できるっちゃ。まぁ、あまり期待せんといてくれっちゃ」
トットリがそう答えると、コージは、明るい顔になり、
「スマンのォ!おんしが協力してくれると大助かりじゃア。ワシにとって妹は、たった一人の肉親じゃけん、見つけたら、今までの分まで色々と面倒をみてやりたいのォ」
「見つかるとええわな」
その時、丁度、料理が板場の方から運ばれてきた。店員は大鍋を下げてきたが、鍋の中では、葱や白滝や、ボタン肉などが、美味しそうな具合に煮えていた。
「・・・肉ばっかり食べんと、葱も食べるがや」
「やっぱり、ボタン鍋は肉が美味いのォ」
「少しは、遠慮しろっちゃ!!」
トットリとコージは、小競り合いをしながら鍋を食べ終え、トットリが勘定を払い、店の外に出た。
「ご馳走様じゃあ」
「これから、コージは、どうするだぁか?」
トットリがそう聞くと、
「ワシは、妹を探しに行くけぇ。妓楼の方にでも行ってみようかの。おんしは?」
「僕は、両国とか人の多い場所に行ってみるっちゃ。丁度、易者の格好しとるし、情報が集めやすいと思うわ」
「くれぐれも頼んだけぇ。じゃあの」
「ああ、またナ」
2人は、お互い軽く手を挙げると、それぞれ別の方向に向かって歩き出した。
コージは、なんとなく、吉原の方角に向かって歩き出した。吉原には、力士時代何度か行った事があったので、馴染の芸妓に聞いてみようと思ったのである。町中の人通りの多い、通りを歩いていると、不意にコージの目は、今にも財布を掏り盗られようとしている十徳姿の若者を捉えた。
自分にも後ろ暗い部分があるので、知らない人間だと係わり合いになりたくないと思ったが、生憎、相手はあながち知らない相手ではなかったので、仕方なく、コージは逃げようとしている掏りの老人を追いかけるとその手首を掴んだ。
老人は、巨漢のコージの登場に、青くなった。コージが小声で、
「今、あの兄ちゃんの財布を掏ったじゃろ?あれは一応ワシの知り合いなんじゃ。それを返すと、見逃してやるけぇの」
と、老人に言うと、老人は震える手で財布を差し出した。
コージが老人を放すと、老人は一目散に逃げていった。
(ワシ、柄にも無く何やっとんじゃろ)
と、思いながらも、コージは十徳姿の若者に声を掛けた。
「先生、これに見覚えはないかの?」
「あっ!それって、もしかして、僕の財布?どうして、コージ君が持ってるの??」
「さっき、掏りに掏られちょったんで、ワシが返してもらってきたんじゃが」
「わァ、ありがとー♪何でか、僕って、よく財布とか掏られちゃうんだよね」
グンマはコージから財布を受け取ると、大事そうに懐に仕舞った。
(そりゃー、先生は、金持ちそうで、おまけに何も考えず暢気に歩いているように見えるからの。ワシが掏りじゃったら勿論、いいカモじゃ思うし)
と、コージは思ったが、口には出さなかった。
「コージ君、何処かへ行くところだったの?もしよかったら、お礼に何か奢らせてよ♪」
コージは、少し考え、(まぁ、いいじゃろ)と判断した。
「それじゃあ、お言葉に甘えようかのぉ。ところで、何処の店に入るんじゃ?」
「じゃあ、あそこの汁粉屋に行かない?あそこの汁粉は美味しいんだよ~♡」
そう、グンマは言うと、コージを引っ張って、「しるこ餅 代十二文 そうに せんさい」と書かれた看板の置かれている店に向かった。
2人はグンマお勧めの汁粉を頼んだ。待っている間、コージは、特にグンマと共通の話題が思い浮かばなかったので、少々居心地が悪かった。そこで、グンマが何処にいく最中であったのかを聞いてみることにした。
「ところで、先生は何処へ行く途中だったんじゃあ?」
「え、僕?僕は、吉原から帰るとこだったんだヨ」
コージは非常に驚いた。
「えっ!?先生が吉原通い??―――それは、意外じゃのォ」
「うーんとね、妓楼の主人に頼まれて時計の修理に行ったの。櫓時計と枕時計なんだけど、どっちも調整が必要なんだよネ!本当は高松が頼まれたんだけど、歯車とかカラクリが知りたかったから、僕が高松に頼んで行かせて貰ってるの♪」
屈託なく話すグンマに、コージは頭を掻き、
「それならワシも、腑に落ちるわ」
と苦笑しながら言った。
汁粉が運ばれてきたので、2人は黙って汁粉を啜っていたが、ふと、グンマが椀を置き、
「コージ君。僕ねぇ、自分で動く大きいカラクリを作りたいんだ」
と言った。
「自分で動くカラクリ?」
「うん。そしたら、危険な場所での作業とかそのカラクリに任すことができるでしょ?」
「何だか、夢のような話じゃのォ。先生、聞いてもええもんか判らんけど、実現できそうなんか?」
「うーん、理論は考えてるんだけど、実際に作るのはなかなか難しいよ」
「そうなんか・・・」
それきり、沈黙になってしまったが、しばらくしてコージが、
「そうじゃ、先生!今、両国の見世物で、自分で弓を手にとって引いて的に当てるカラクリ人形が評判になっとるんじゃけど、参考にならんかの?」
「えッツ、そんなのがあるんだ?見てみたいなぁ」
「じゃあ、今から見に行かんか?未来の大先生にちょっとでも貢献できたらワシも嬉しいけぇの!」
「ありがとう!それじゃ、さっそく見に行こうよ♪」
2人は、汁粉を食べ終わると、両国の方に向かった。
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