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 黒い、漆塗りの文机の上に置かれた数枚の手紙を見つめ、町奉行のマジックは思案していた。
 手紙はいずれも、女文字で書かれ、書かれた際に非常に動揺していたためか、文字が震えていた。
 深刻そうな彼の表情とは対照的に、部屋の障子が開け放たれ、そこから見える庭の景色はいかにも秋といった風情であり、楓の木の葉が秋の日差しを受けますますその紅い色を際立たせていた。
 「うーん。やっぱり、これをこのまま放って置くと拙いよねぇ。ここは、燻り出して一気に叩くしかないんだけど・・・」
 マジックがそう呟いて手紙を文箱に直すと、廊下を歩いてくるかすかな足音がし、用人のティラミスが、
 「お奉行、医師の高松先生がお見えになりましたが」
 と、障子の向こうから声を掛けた。
 「通せ」
 マジックがそう答えてしばらく経つと、十徳姿の高松が現れ、
 「お久しぶりです。2日前に江戸に戻ってまいりました」
 と、マジックに挨拶した。
 「ドクターが居ない間、腕のいい検死医が見つからなくて困ったよ。ところで、長崎での遊学はどうだったんだい?」
 「本当に、興味深いことがたくさんありましたよ。医術も本草学も、やはり長崎は進んでいますね。でも、進んでいる反面、阿片等の麻薬が横行していて、向こうの役人は苦労しているみたいでしたよ。あんなものが江戸にも蔓延りだしたら、江戸も一気に駄目になりますね」
 「麻薬か・・・。それは、由々しき事態だな。今は、江戸には出回っていないみたいだけどね」
 「マァ、毒と薬は表裏一体といいますから、一部の毒薬には医術の役に立つものもあるんですが。そうそう、麻薬といえば、マジック様、長崎で変なものを入手しましたよ」
 そう言って、高松は懐から手のひらに乗る程の大きさの小さい包みのようなものを取り出した。そして、その包み紙を取り去ると、中からは朝顔のような植物の形を模った香合が現れた。
 マジックが、興味深そうに、
 「ドクター、何だね?これは」
 と畳の上に置かれた香合をのぞき込むと、
 「曼陀羅花という植物から作られた喘息用の薬なのですが、これは幻覚作用を持ちます。これを取り扱っていた中国人の薬商の話によると、コモロ茸とかいう毒茸の胞子も入っているようで、その胞子が幻覚を引き起こすのに大きく関与しているみたいですね。本来なら内服用ですが、燃やして出た香を吸い込んだ人は、自分が思い込んでいる通りのものが、あたかも現実のように見えたり感じられたりするらしいです。身体に害は無く、効果も1刻程で切れますけどね」
 「って、誰かに使ったの?ドクター??」
 マジックがそう尋ねると、高松は誤魔化すようにハッハッハッと笑い、
 「医学の進歩には犠牲がつきものです!!って、誰も死んでませんし、予め試薬試験をして安全そうだから同宿の医生に使ってみたのですが。それにしても、この効き目はすごいですねぇ・・・。同じ宿の食い意地の張った奴なんか、菓子の本を見ていたのですが、前々から食べたいと思っていた菓子が本物のように目の前に出てきたって言っていましたよ。でも、金持ちになりたいとか言っていた奴は千両箱を見たことが無かったので傍に置いてあった1文銭が大量に見えたらしいですけど。どうも、幻覚は現実にあるものに多少変化を加えて出てくるらしいですね。暇だったので、ついでに解毒薬も作ってみましたよ。流石は天才科学者!!」
 と、高松が自画自賛しているのをマジックはハハハと笑いつつもその実聞き流していたが、
 「ふーん、って、ちょっと待てよ?ソレ、使えるかもしれんな」
 と言って、マジックはしばらく考え込むと、高松を手招きし、「かくかくしかじか」と、先程まで悩んでいた内容と、幻覚薬の使い道を高松に説明した。
 それを聞き終わった高松は、
 「そういうお話ならぜひコレを使って下さい!面白そうですしね」
 と、マジックの頼みを承知した。マジックは、
 「これで、肩の荷が下りた気分だよ。私はもともと辛気臭いのは苦手だしね。あっ、そーだ!!ついでだから、遊んじゃおうっと♪」
 そう言って、マジックは自分の思い付きを高松に楽しそうに話したが、高松はそれについては少々懐疑的であった。
 「そう、うまく事が運ぶものですかねぇ・・・。シンタロー様は、そういうのは嫌がりそうですし」
 「なぁに、大丈夫だよ♪シンちゃんは正義感が強いし、まぁ、一応こっちには切り札があるし。」
 「切り札って、あの件ですか?そう、軽々しく出しちゃっていいものなんでしょうか?」
 「もともと、私は以前からそういうつもりだったしね。シンタローが思い込んでいるのとは違うよ。それ、シンタローには全然、言ってないけど」
 高松は、しばらく腕を組んで考えていたが、突然ニヤリと笑い、
 「お奉行様も、お人が悪いですねぇ・・・」
 と、軽い調子で言った。
 それを見ていたマジックも、ニヤリと笑い、
 「なんの、高松。そちには敵わぬわ」
 と芝居がかった調子で応じた。
 部屋からは、
「アーッハッハッハッ!」
 と、高笑いが聞こえたが、もし、その光景を見ていたものが万が一にもいたとすれば、いかにも悪役の密談といった風情であった。


 ガラッと長屋の戸が開き、任務から帰ってきたアラシヤマは土間で草履を脱ぐと、深編み笠を板の間に放り投げた。
 「やれやれ、たくさんの人に会うと疲れますなぁ・・・。中でもあの親馬鹿奉行は格別どす。早う隠居して、シンタローはんに代替わりしたらええのに」
 そうブツブツ言いながら、彼は、帰り道に振り売りから買って来た惣菜を流しの方に置き、畳にゴロリと寝転んだ。
 (それにしても、囲い者の家の用心棒をやれやて?奉行も、ついにあの件の始末をつける気になったんやろか?ま、何にしろ、任務に片がつくのはええことどすな!アレ以来、シンタローはんには会うてまへんし・・・)
 アラシヤマは勢いをつけて起き上がると、内職道具を部屋の隅から引っ張り出し、桃や柳の枝を削って器用に房楊枝を作りながら、
 「あぁー、シンタローはんに会いとうおます~~」
 と、溜め息を吐いた。

 アラシヤマが長屋に帰る数刻前の昼九つの時間帯に、少々不機嫌な十徳姿の高松が、シンタローが師範代を務める道場の方に向かって畦道を歩いていた。
 (ったく、私を使いっぱしりにして、しかも面倒臭い役を押し付けるだなんて。いくら秘密を知るものが少ない方がいいとは言え、信じられませんよ!さらに、自分がシンタローに会いに行きたいのにその役を譲ってやっただなんて、恩着せがましいにも程があります!!)
 敷地内に入り稽古場の方に向かうと、気合の声や木刀同士が打ち合わされる音が聞こえ、今日も激しい稽古がなされていることが分かったが、如何にも医者といった風体の高松が道場をのぞき込んでいるのを見ると、まだ稽古を始めて日が浅い若い門人達は皆一様に目を丸くし、しばし稽古の手が止まった。
 「コラッ!お前ェら、やる気がねェなら帰れッツ!!」
 と、木刀を肩に担いだシンタローが奥の方から道場の上がり口の方に来ると、そこにいた高松を見て、やっぱり目を丸くした。
 シンタローは慌てて、草履を突っかけると、高松の服の袖を引っ張って建物の外に出た。そのまま井戸の前を突っ切り、道場から離れた裏庭に辿り着くと、やっと高松の袖を離した。
 「なんで、変態医者がここに居んだよ!!」
 高松は、袖を引っ張って連れて来られたことと、“変態医者”と言われたことで更に不機嫌度が増していた。彼は引っ張られて少し形が崩れた着物を直しつつ、
 「ったく、ガサツですねぇ。そして、変態医者って何ですか!?信じられませんよ。少しはグンマ様を見習ってほしいものですね」
 と言うと、シンタローは腹を立てたようで、
 「用がねェんなら、帰れヨ!」
 と言って、道場の方に戻ろうとした。
 「用があるから来たんですよ。お父上の使いです。何処か、誰にも聞かれずに話ができるところはありませんか?内密の話なんですが」
 高松がそう言うと、シンタローはしばらく眉間に皺を寄せていたが、思い直したようであり、
 「じゃぁ、三河屋は?蕎麦でも食おうぜ。ここは、やっぱ年長者の奢りだよナ」
 と言った。
 高松は溜め息を吐きながら、
 「仕方ないですねぇ・・・。じゃぁ、其処で話をするということで」 
 「おう!言っとくけど、ドクターの奢りだからな!!」
 「門の前で待ってますから、さっさと来て下さいね!」
 念を押したシンタローが、道場内に外出する旨を伝えに行く背に向かって声を掛け、高松は、
 (マァ、久々に江戸の蕎麦を食うというのもいいですね。関西はうどんは美味しいですけど、蕎麦はからっきしですし・・・。それにしても、話を聞いたシンタローは一体どんな反応をするのやら。店の中で暴れないといいんですが)
 と、これから食べる蕎麦のことと、話さなくてはならない内容のことを考えながら、門柱にもたれてシンタローが出てくるのを待った。















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