継裃を着たアラシヤマが、報告のためマジックの役宅を訪ねると、用人のチョコレートロマンスが、
「お奉行が来られるまで、もう少々時間がかかるかと思いますので、竹の間でお待ちください」
と、アラシヤマに言った。
アラシヤマがチョコレートロマンスの後からついていき、チョコレートロマンスが障子を開けると、そこにはやはり礼装の継裃を着たトットリが座っていた。トットリはアラシヤマを見ると、少々嫌そうな顔をした。
「それでは、失礼致します」
そう言って一礼し、チョコレートロマンスが去っていったので、アラシヤマは仕方なく、トットリの横に置かれていた座布団の上に座ったが、
「何で、アラシヤマが居るんだらぁか?」
「何で、って言われましても。わてはお奉行に呼ばれて来たんどす。そういう忍者はんこそ、何でここに居るんどすか?」
「僕も、マジック様に呼ばれて来たっちゃ。それにしても、今日は縁起が悪そうだっちゃ・・・」
「・・・あんさん、さりげなく座布団の位置を離してはりませんか?」
「ぼかぁ、細かい事を一々いう奴は、好かんっちゃ!」
「それは奇遇どすな!わても、笑顔で嫌味を言うお人は、好きやおまへんナ」
その場には一瞬、険悪な雰囲気が漂ったが、ほどなくして障子が開き、奉行のマジックが入ってきた。
「やあ。待たせたね」
そう言いながら、マジックは上座に座ると、2人に向かって、
「今回の特別任務、2人とも御苦労であった。おかげで何とか事は滞りなく収まった。明日からまた通常通りの任務に戻ってもらうが、これからもこのようなことは度々あると思うので、よろしく頼む」
と声を掛けた。
2人は頭を下げて聞いていたが、トットリが、顔を上げ、
「お奉行様、また、アラシヤマと組まんとだめなんだぁか?できれば、それは遠慮したいっちゃ!どうせ同心と組むならミヤギ君とは息も合ってて、やりやすいんやけど」
そう言ったが、マジックは、
「ミヤギは、隠密廻り同心じゃないから駄目だよ。隠密廻り同心は君たち2人だから、お互い協力し合うように」
あっさりと答え、ティラミスが持ってきた三宝に載せた小さい包みをそれぞれ2人の前に置いた。
2人がそれを受け取ると、マジックは、
「じゃあ、今日はもう帰っていいよ。詳細はまた追って連絡するからね」
と言うと立ち上がり、部屋を出て行った。
残されたアラシヤマとトットリであったが、アラシヤマはふと、口を開き、
「あんさん、自分がプロやいう自覚、ありまへんのか?いくらわてと組むのが嫌でも、それは任務上でのことで、我慢せなあかんことやろ。あの場でお奉行に言うべきことや無いと思いますえ」
そう淡々と言った。
トットリは、図星を突かれたようで一瞬言葉に詰まったが、
「・・・そんなこたぁ、僕もわかってるわな。でも、お互いに信頼できん人間同士が任務に当たると、いつどこで失敗するかわからんっちゃ。今回は、アラシヤマと組む比重が少なかったけど、いつもそうとは限らんし」
トットリがアラシヤマの方を見ずにそう言うと、アラシヤマは、
「それは、ただの我侭どす。結局、あんさん次第や思いますえ?」
刀掛けに掛けられていた刀を持って立ち上がり、
「ほな、お先に失礼しますわ。まァ、当分はあんさんと会うことも無いと思いますし、大丈夫ですやろ」
と言って退出した。
部屋に一人残されたトットリは、
「・・・ぼかぁ、やっぱり、アラシヤマは好かんだっちゃ」
眉間に皺を寄せ、腕を組んで呟いた。
役宅の門を出たアラシヤマは、家路へと道を急ぐすがら、先程のことを思い返してみたが、
(あの忍者はんは、どうもわてのことが嫌いらしいどすけど、別にわては嫌われる事をしたような覚えはありまへんえ?ま、相性が合わんいうたらそれまでどすな!そんなことよりも、急がんとシンタローはんとの待ち合わせの時刻に遅れてしまいますわ。遅れたらシンタローはんは待っててはくれまへんやろし・・・)
結局、シンタローとの待ち合わせの事に気を取られ、すぐにトットリとのちょっとした諍いについては忘れてしまった。
アラシヤマは家に着くと、着流し姿に着替え、家を出た。
(明神さんへお参りに行くのはええんどすけど、その後、何処へ行きまひょか・・・。やっぱり両国あたりですやろか?シンタローはんにも訊いてみまへんとナ)
あれこれ思いつつ歩いていると、いつの間にか道場近くまで来た。
「まさか、シンタローはんはまだ来てまへんやろな・・・」
そう思いつつ、角を曲がると、茶店の外に置かれた長椅子にシンタローが座っていた。シンタローはアラシヤマを見つけると、
「遅い」
と、一言言った。
アラシヤマは、冷や汗を掻きつつも、
「えろうすんまへん。朝から少々野暮用がありまして。それにしても、シンタローはんの方が先に来てくれとるとは、わて、夢にも思いまへんどしたわ。あっ、もしや、シンタローはん、わてとのデートをそんなに楽しみにしてくれてはったんどすか!?う、嬉しおす~vvv」
「んなわけねェだろ!ただ、今日は朝から道場破りの馬鹿が3人も来やがって、揃いも揃って全員俺を指名しやがるから、ボコボコにしてやった。そいつら、念友がどうとか言ってたけど、一体何なんだ?売られた喧嘩は基本的には買うけど、昼からもそんな奴等ばかりが来たらウゼェから、後はリキッドに任せて逃げてきた」
ふてくされたように言うシンタローを見ながら、アラシヤマは、少々引き攣った笑顔で「そうなんどすかー」と相槌を打っていたが、心の中では、
(シ、シンタローはん!そいつら、全員、あんさんに下心がある連中どすえ!!よりにもよって念友になってくれやなんて、わてかてシンタローはんにそんなこと言った事おまへんのに!!!・・・そいつら全員、後で始末しておいた方がええですやろか?うーん、でも一応、私闘は禁止されとりますしな。やっぱり闇討ち?まぁ、しばらく様子を見て、シンタローはんに付き纏うようやったら考えなあきまへんな。―――それにしても、シンタローはんはやっぱり全然分かってへんみたいどすなぁ・・・。これは、前途多難そうやな)
などと、考えていた。アラシヤマが色々と考えていると、
「でっ、今日は何処に行くんだ?」
と、シンタローが座ったままアラシヤマを見上げていた。その様子は心なしか少し嬉しそうであった。
(かっ、可愛いおすー!!)
アラシヤマが感動していると、シンタローは不審気な顔つきでアラシヤマを見た。アラシヤマは、慌てて我に返り、
「今日は、両国とか神田の方に行きまへんか?色々と面白いものがあると思いますえ」
と言うと、シンタローは、
「おう」
と言って、長椅子から立ち上がった。
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