トットリは、神田の古着屋街で任務に必要と思われる衣服を少々購入した後、両国に向かった。両国は、屋台や見世物小屋が立ち並んでおり、たくさんの人が行き交い、たいそう活気に溢れた様子であった。
持っていた卜占の荷物を道の隅で広げ、台の上に筮竹や暦などを置いた。
客足はほとんど無かったが、それでも、始めのうちは1人、2人と女性が立ち寄ったりもした。彼女らにコージの妹のことを聞いてみたが、一向に手掛かりは得られなかった。
ある時間帯を境に客足はパタリと途絶え、非常に暇になったので、トットリは本日はもう店仕舞いをしようかと思った。
「それにしても、暇だっちゃ・・・」
トットリが台の上に、頬杖をついていると、
「トットリじゃねェか。久しぶりだナ!こんなところで何してるんだ?」
と、トットリに声をかける者があった。
アラシヤマとシンタローは、茶店で落ち合った後、神田明神にまず参拝した。桃山風建築の壮麗な社殿が構えられており、お参りをする人々で辺りは混雑していた。
「やっぱり、一番お参りしとかなあかんのは、縁結びの神様でっしゃろ。ということで、大国さんどす~」
「俺は、厄除けに一番お参りしときたいがナ・・・」
「えっ?シンタローはん、なんや厄介ごとに巻き込まれてますの!?わてに一言も相談してくれへんとは、みずくさいどすえ?わてが力になりますよってー!!シンタローはんのためなら焼き豆腐の覚悟どす!!」
「・・・(ってゆーか、一番厄介なのはオマエだし)」
2人は一応全部の社殿にお参りし、その後、両国の方に向かった。
両国では、大道芸が盛んであり、豆蔵と呼ばれる曲芸師が撥を手玉に取ったり曲独楽を見せたりしていた。他にも、粟餅の千切り投げなどというものもあった。
「シンタローはん、駱駝とかいう変な動物が見られるみたいどすえ?」
「うーん、それよりも、楊弓にしねぇか?どっちの点数が高いか競争しよーぜ」
「(嬉しそうどすなぁ・・・)ほな、楊弓にしまひょか!!負けた方は勝った方に晩飯を奢るということで」
「よし!ぜってー、勝つ!!」
いつもより、アラシヤマの前で子どもっぽい様子を見せるシンタローに、アラシヤマは、
(かっ、可愛いおす~!今日のデートは大成功どす!!)
と、心の中で感激していた。
楊弓の後、シンタローとアラシヤマは、見世物の屋台などを冷やかして歩いたが、そろそろ夕飯を食べようかという頃合になったので、人波を抜け、神田の方面に足を向けた。
「さっきの豆蔵の、包丁と桶と卵の手玉芸のあの卵は本物かな?あんなに重さの違うものを同時に投げたり受け取ったりすんのは難しいんじゃねェか?」
「本物でっしゃろ。たぶん、最初は危険やないものを使って何遍も練習するんやと思いますえ?」
「フーン。道場の門人どもにも見習わせてェな!ったく、あいつ等すぐにサボりたがるし。おい、アラシヤマ。あれってトットリじゃねぇのか?」
アラシヤマには、トットリであると分かったが、(せっかくのデートが台無しになったら困りますしナ!)と思ったので、知らないフリをしようとした。
「さぁ。たぶん、よく似た別人やおまへんか?ほっといたらええんちゃいますの?」
「でも、トットリみたいだけど・・・。よし、確かめるゾ!!」
アラシヤマの制止を振り切り、シンタローはトットリの方に歩いていったので、仕方なくアラシヤマもその後を追った。
トットリは、シンタローに声を掛けられ、いささか驚いた。そして、さらにアラシヤマも一緒にいるのを見て目を丸くした。
「シンタローやないか。久しぶりだっちゃ。それにしても、何でアラシヤマと一緒に居るっちゃね?お前ら、そんなに仲が良かっただらぁか?」
「そんなことよりも、お前、今何やってんだ?同心じゃなかったのか?」
「シンタローはん、そんなこと、どうでもええですやろ?もう行きまへんか?」
と、アラシヤマはシンタローの着物の袖を引っ張ると、小声で言った。
その様子を見ていたトットリは、
「フーン」
と言うと、笑顔になり、
「ぼかぁ、今、易者をやっとるんだわ!中々中るって評判だっちゃわいな。シンタローに限り、今回特別に無料で診てやるっちゃ!」
そう、親切そうに言った。
「タダか・・・。なら、診てもらおうかな。でも、俺は占いは信じねぇゾ!」
「まぁ、聞き流しといてくれたらええわな。ということで、手。」
トットリは、自分の手を前に差し出し、シンタローに手を貸すように促した。すると、アラシヤマが、
「ちょっと、待っておくんなはれッツ!あんさん、その机の上の筮竹はなんですのん!?それで占うんやったら、何も手を握る必要はないですやろ!!」
と、異議を唱えた。
「うるさい男っちゃね。僕は、手相も見るんだわ。筮竹の方は時間が掛かるしややこしいから、料金も高いっちゃ!!」
「わてが払いますから、シンタローはん、筮竹の方にしときなはれ!!」
アラシヤマが決め付けるように言うと、
「何で、お前に一々ツベコベ言われねぇとなんねーんだヨ!タダで占ってくれるって、言ってんだからそれでいいじゃねぇか。ホラ」
そう言って、シンタローはトットリに手を差し出した。
「シンタローはーん・・・」
アラシヤマは、情けなさそうにそう言った。その様子を見て、トットリは一瞬、意地の悪い笑みを浮かべたが、それはアラシヤマしか見ておらず、トットリはすぐに真顔に戻った。
「どうやら、手相ということに落ち着いたみたいっちゃね。そげだぁ、診てみるわ」
そう言って、トットリは真剣にシンタローの手相を眺めた。
「占いを信じてないんやったら、あまり詳しい事は言わん方がええとおもうけど、とりあえず、シンタローは非常に珍しい手相だっちゃ。物事は、困難があっても悪い方向には進まんっちゃ。―――ただ1つ、困った事に、男難の相が出とるっちゃ」
「・・・普通、女難とか、水難じゃねェのか?」
「いーや、男難だっちゃ。思い当たることはないだらぁか?」
「そういや、最近、」
「シンタローはん!あんさん、結局信じてますやん!!そう易々と、他人の口車に乗ったらあきまへんえ?」
シンタローが何か考えようとすると、アラシヤマが横から声を掛けた。シンタローはムッとした様子で、
「別に、信じてねェし!」
と言った。
なんとなく、その場の雰囲気が刺々しくなりかけた時、背後から、
「おんしら、何しとるんじゃあ?」
という声と、
「ヤッホー!シンちゃん♪なんだか珍しいメンバーだね♡」
という声が聞こえた。
「そういう、あんさんらの方こそ、珍しい取り合わせどすな。グンマはんとコージはんの接点がわてには全くわかりまへんえ?」
と、アラシヤマが言うと、
「僕ら、偶然会ったんだけど、さっき一緒にカラクリを観てきたんだよ♪ものすごく細かい動きができていてすごかったけど、あれは、たぶん糸で操ってるんだよねぇ。アイデアはいいんだけど、耐久性の面から言うと、ちょっとなァ・・・」
と、グンマはさっき見たカラクリの構造について考え込んでいた。
「人形が生きちょるみたいで結構面白かったけぇ、おんしら、まだ観てなかったら、ぜひ観とくべきじゃぁ!のぉ、先生?」
コージは懐手をしつつ豪快にそう言った。
シンタローは、グンマに向かって、
「おい、グンマ。お前、そろそろ帰んなくてもいいのかヨ?あまり遅くなると、高松が捜索願を出すんじゃねェのか?」
と言った。
「やだなァ、シンちゃん。いくら高松でも、そこまで過保護じゃないよォ」
―――その場にいた他のメンバーたちは、全員、(そんなことはない)と思った。
コージが溜息をつき、
「ワシが先生を近くまで送っていくわ。トットリ、おんしも一緒に来んか?昼間のお礼になんか奢るけぇの」
「暇やから、行ってもええっちゃよ」
「シンタローとアラシヤマも来るか?」
「俺は今回パス。実家のやつらに見つかると色々とうるせーし」
「アラシヤマは?」
「わては、シンタローはんが行かへんのやったら、もちろん行きまへんわ」
トットリが卜占道具を片付けるの待ち、挨拶を交わすとそれぞれ思う方向へと歩き出した。
アラシヤマは、シンタローと並んで歩きながら、
「シンタローはん、やっと2人きりになれましたナ!」
そう言うと、
「何言ってんだ?それよりも、晩飯はお前の奢りだからな!」
とシンタローはにべもなく答えた。
「あ、あれは、あんさんズルイどすえ~!!弓を引くとき、腕まくりしてましたやろ!!色仕掛けは反則どす!!動揺して撃てまへんでしたえ?」
「色仕掛け?動揺??さっきから、分けわかんねぇ言い掛かりばかりつけてんじゃねェッツ!とにかく、負けは負けだからナ!!潔く認めろヨ」
「奢るのはべつにええんどすが、やっぱり、心配でたまりまへんな・・・。どこまで信用してええもんか分かりまへんけど、忍者はんも、シンタローはんには男難の相が出てるいうてましたし。これは道場破りの3人の闇討ち決定ですやろか・・・」
「何、1人でブツブツ言ってんだヨ?とっとと行くぞ」
「シンタローはーん、何か食べたいものがおますか?」
「うーん、桜飯は?ふろふき大根とかもいいな」
「ほな、ちょっと足を伸ばして叶屋まで行きます?」
「そうだな」
2人はしばらく無言で暗い夜道を歩いていたが、不意に、アラシヤマが、
「あーっ!すっかり、忘れとりました!!」
と叫んだので、シンタローは驚いた。
「驚かせんじゃねェッツ!!」と言って、シンタローはアラシヤマを軽く殴ったが、
アラシヤマは、痛いとも言わず、
「シンタローはん、手を貸しておくんなはれ」
とのみ、言った。
シンタローは、(分けわかんねぇ)と思ったが、何となく(まぁ、別にいいか)と思ったので片手を差し出した。
アラシヤマは、シンタローの手をギュッと握ると、
「今日は、色々ありましたけど、大体は、ええデート日和でしたな!」
と、笑顔で言った。
シンタローは、眉をしかめつつ、
「デートじゃねェけど。でも、まァ、一応は楽しかったな。ところで、そろそろ手、離せヨ!」
「嫌どすえ~。真面目な話、もうちょっと、こうしといてくれまへんか?わて、昔から一回も友達と手を繋いだ事ないんどすわ」
茶化したようにそう言うアラシヤマの顔の方を見、シンタローは一瞬何か言おうとしたが、少し迷った末、結局口をつぐんだ。
「・・・店に着くまでだからナ!!」
シンタローが、いかにも渋々といった様子でそう言うと、
「嬉しおす」
アラシヤマは、少し笑って、シンタローの手を大切そうに両手で包んだ。
2人はしばらくそうしていたが、不意に、シンタローは手を振り払うと、
「・・・やっぱ、気が変わったかも」
先に歩き出した。
アラシヤマは、
「そない、殺生な~!シンタローはーん!!」
と言いつつ、慌てて後を追った。
2人が路地を曲がり、その姿が完全に見えなくなると、灯のついていない常夜灯の影から黒猫が道に飛び出し、辺りを窺った。
やがて、猫の姿も見えなくなり、路地には生き物の気配が全く感じられなくなった。
その後、今まで姿を隠していた月が雲から出て、静かに人気のない路地を照らしていた。
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