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 同心に引き立てられたアバタ面の男は、表情なくややうつむきかげんに首を落としていた。
 いつの間にやら周りに客らしい男達や妓楼から様子をうかがいに使いにやられた禿など野次馬たちが集まり、無言で遠まきに男を見ている。
 不意に見物人の隙間から男の背めがけて何かが投げつけられたが、それは握りこぶしよりもやや小さいほどの大きさの石であった。
 その場の空気が凝縮したかのように密度を増し、何か些細なきっかけ一つで膨張し爆発するのではないかと思われた。
 「裁きの下ってねぇ下手人に手を出すことは許さねぇ、てめぇら散れッツ」
 年配の同心の鋭い声が飛ぶと、張り詰めた異様な雰囲気は徐々にしぼんでいった。納得がいかない様子ながらもお互い隣にいる者と顔を見合わせると一人二人とその場から離れいなくなった。
 「面番所へのご同行、願います」
 同心は、ミヤギに向かって頭を下げた。
 「おめさは、どうするべ?」
 アラシヤマはかぶりを振り、
 「わては一寸気になることがあって今から仏さんを見に行きますさかい、そっちはあんさんにまかせますわ」
 と言った。


 (あの商人は剣術経験のない素人ということは間違いおまへん。でも刀を遣って花魁を惨殺した。それにあの刀痕は素人がつけられるようなものやない・・・)
 まだ検分が済まないうちに、アラシヤマは蔦屋の入口を出た。
 仲の町を数歩も歩かないうちに、彼は立ち止まった。大門の方に向かっていたが、角から走りよってきた少女が怒った風情できっと唇を噛み締めて数歩前で止まり、自分を見仰いだからである。
 (なっ、なんどすか!?)
 非常にうろたえながらもアラシヤマがおそるおそるその子どもを見やると、少女は十歳ほどで、深緑に竹もようの振袖を着ていた。どうやら、遊女屋の禿かと見当がついた。
 「お武家さま、万字屋のここのえおいらんから話がありィす。いっしょにきてくんなんし」
 怒っていると見えたのは緊張のためだったらしく、かわいそうにも声が震えていた。
 (万字屋と言うと、殺された傾城の見世やな。丁度ようおます)
 「よろしおます」
 頷くと、かむろは小走りに駆け出し、アラシヤマはその後をついて行った。


 万字屋の店内に入ると中は静まり返っていた。奥では楼主とおかみ、遣手などが集まってボソボソと今後の相談をしているらしい。
 かむろは入り口脇の階段を上がると廊下をパタパタと駆け、戸を引きあけた。
 「おいらん、おつれもうしィす」
 「これさ、騒々しい」
 まず、アラシヤマは虎と目が合った。窓の外を見ていた花魁の深緑色の仕掛けに刺繍された虎であった。
 花魁の脇には、先程アラシヤマを案内してきたかむろと全く同じ竹もようの着物、切り髪の少女が座っていた。二人の違いといえば、髪に差している花簪の花の形が異なる程度である。
 アラシヤマは一瞬逡巡したが、被っていた深編笠を取った。
 根下がり兵庫に髪を結った花魁はゆったりと振り向き、
 「――昼間っから吉原に来ている浅葱裏かと思いきや、存外いい男だねぇ」
 からかうように口角をあげた。キセルで火鉢の前をさししめし、
 「そこに、お座りなんし。うきょう、さきょう。おまえたちは下がっていいよ」
 と言った。
 双子のようなかむろ達は、襖を開け、礼をして出て行った。


 室内には金縁漆塗りの箪笥やら、梅がのびやかな筆致で描かれた屏風やらが置かれていたが、華やかな雰囲気をアラシヤマは居心地悪く感じた。
 花魁は思案気な様子で中々話し出さず、たまりかねたアラシヤマが、
 「傾城、ところで、わてに話とは何事どすか?」
 と問うと、
 「八丁堀の檀那、上方者でおざりィすね。わっちは先程、窓からぬしたちの大捕物を見てござりやした」
 花魁は煙管を深く吸い、煙をゆっくりと吐きだした。
 「ほな、下手人の佐野屋次郎右衛門か死んだ傾城のことどすな」
 「八橋さんでござんすよ」
 九重は、煙管で軽く火鉢を叩き、灰を落とした。
 「――死んだ人のことを悪くいっちゃあバチが当たりぃすけど、わっちは八橋さんが嫌ぇでござんした。でも、一つだけ云わせておくんなんし。今回のことは、佐野のお大尽が悪いわけでも八橋さんが悪いわけでもござんせん」
 「あんたはん、下手人をかばうんどすか?一体何があったんどす?」
 「身請けの披露で、八橋さんが佐野屋さんに愛想尽かしをしんさった」
 「それで恨みに思って、ということどすか?」
 「それはわっちにもわかりやせん。ただ、佐野屋さんは誠実のある優しいお方。そして八橋さんに惚れ抜いておざりやした。でも、八橋さんには栄之丞という間夫がいんさった。ゴロツキと組んで『身請けを断らねぇと手前とは切れる』と八橋さんを脅すなんざ、わっちから見りゃあ、たいした男じゃぁなかったさね。
 だからと云って、間夫を失うのは身を切られるよりもつらいこと。佐野屋さんに愛想づかしをしんさったのは、わっちらは身請け話をどうあっても断りきれねぇ身の上だから、色々覚悟の上だったんだとは思うよ。ただし、期待を持たせるだけ持たせておいて、最後に裏切るなんてことはあんな優しい人に対してしちゃあいけねェことだったんだ」
 「……あんたはん、あの男に惚れてはったんどすか?でもわてにそう言われても、どうすることもできまへんえ?」
 九重は煙草を詰め替え、火をつけると、
 「どうこうしてほしいというつもりはわっちにはござんせん。ただ、吟味なさるにしろ二人のことを少し知っておいてほしかったんですよ。それにしても檀那、ぬしはホンニ野暮でありんすねぇ」
 と言って笑った。
 「野暮、どすか……」
 「まぁ、生可通でないだけいいさね。これで、わっちの話はお仕舞ぇでござんす」
 「はぁ、おおきに」
 どうにも釈然としない表情でアラシヤマは立ち上がり、廊下に出て引き戸を閉めたが、深編笠の紐を結ぶ間、
 「――次郎右衛門さんも馬鹿だねぇ。わっちに惚れりゃあこんなことにはならなかったのに……」
 引き戸の向こうで、そう低く呟く声が聞こえた。


 番町の入り組んだ道をすたすたと若い武士が歩いていた。いかにも頑固そうながっしりとしたあごと広い額をもち、四角い面構えであった。お世辞にも美男とはいえないが、生真面目で一本気な調子で全体が構成されていた。
 彼はある武家屋敷の前でつと足を止めた。
 屋敷門をくぐり、玄関で
 「修理どのはおられるか?」
 と大声で呼ばわると、
 「あら、弥之助様。兄はただいま不在でございます。ごめんくださいまし」
 くすくすと笑いながら、年の頃十六ほどの少女が姿を現した。思いがけなかった相手が応対にでたからか、弥之助は赤面し、頭を掻いた。
 「あっ早苗どの・・・。その、本日はまことによい日和で。こ、この度の御縁談、まことにおめでとう御座います。もし祝言の日取りなどお決まりでしたら、それがしも祝いの準備をと考えておりますが」
 一気にそう言い切り、息を吐いた。冬だというのに弥之助はこめかみに汗を掻いている。
 「――こんなところで立ち話も失礼ですから、どうぞお上がりくださいまし」
 少女はくるくるとよく動く丸い目で、その様子を面白そうに見ていたが、彼は
 「いえ、お父上や修理どのがご不在の折、それがしが勝手に上がりこむわけには……」
 と言葉を濁した。
 「それじゃ、縁側にお座りくださいな。ただいまお茶をもってまいりますので」
 青木弥之助が返事をする暇も与えず、早苗は身軽に奥に消えた。弥之助は、途方にくれた顔をしたが仕方がないので、庭の方へと向かった。
 弥之助がぼんやりと庭を見ていると、早苗が茶を運んできて弥之助の前に置いた。
 濡れ縁に腰掛けた彼は、碗が割れそうになるほど出された茶碗を睨みつけていたが、ようよう、
 「ところで早苗どの、ご縁談の件は……」
 と口にした。彼にとってはかなりの覚悟を要したようである。
 向かいに座った早苗は、
 「ああ、あれ。向こう様からお断りのお返事がまいりましたよ。ご縁がなかったのでしょうね」
 と、あっけらかんとした口調で言った。
 「はぁ、いよいよ早苗どのもご新造様となられるのですな……」
 対する弥之助は暗い表情でボソボソと言った。
 「だから、断られましたって!」
 早苗が少し声を大きくすると、彼はあっけにとられた様子で、
 「い、今なんて?」
 といい、目を白黒させた。
 「もう、何度も言わせないでくださいな。縁談は白紙になったんです」
 そう言うと、早苗は小首を傾げてにっこりと笑い、
 「ねぇ、弥之助さま、今から一緒に囲碁を教えてくださいません?私、この前よりも上達したような気がするんですよ」
 といった。
 弥之助は、顔つきを改め、
 「早苗どの!」
 と言って居住まいを正した。つられて早苗が座りなおすと、
 「それにしても、相手方には見る目がない。貴女がどれほど素晴らしい女性か存じていないのだ」
 きっぱりと言葉を切った。
 「弥之助さま……」
 頬を染め、恥ずかしげに早苗はうつむく。一輪の花のような風情であった。
 「だから、それがしが相手方に掛け合って、なんとか縁談をまとめましょう!!」
 彼が力強くそう言うのを聞いた瞬間、早苗の顔がみるみる曇った。
 「破談になったのですから、もういいではありませんか」
 「いや、貴女は幸福にならなければならない。それにしても貴女に恥をかかせたとはけしからぬが、妹御が馬鹿にされたというのに修理は一体何をしておるのだ!?」
 「弥之助さま、お考え直しくださいまし。私、顔も知らない人のところへ嫁ぐのなんて嫌なんです」
 と早苗は言ったが、当の弥之助は何か考え込んでおり、彼女のことばを聞いている様子はなかった。
 「心配御無用。それがしが、なんとかいたします!!」
 思いがまとまったのか、茶碗の茶を一息に飲み干して気色ばんで出て行く弥之助を見送り、
 「弥之助様……」
 少女はため息をついた。


 ほどなくして、座敷の方から半裃を着た初老の男が濡れ縁に姿を現した。
 「お父様」
 と、早苗が言ったところを見ると、彼のゴツゴツとした岩のような顔と細面の早苗と似たところはないが、どうやら彼女の父親らしい。彼は、重々しく口を開いた。
 「またあの男が来ていたのか。嫁入り前の娘の家に軽々しく訪問するとは一体何事だ」
 「お父様、私、弥之助様以外とは夫婦になりませんので」
 キッパリと早苗がそう言うと、彼女の父親は気の毒かと思われるほど取り乱した。
 「気でも違ったか早苗!?あやつは当家よりも家格が低いのだぞ!それに、お前の幸せを願ってわしは苦労して縁談を探してきているのではないか!?」
 早苗は、唇を噛んで父親を見据え、
 「もしも今後勝手に縁談をまとめたりなさいましたら、私、自害をいたしますのでそのおつもりで」
 と言った。
 「早苗、何ということを……。あの若造め、許せぬ!!」
 「家はお兄様がお継ぎになられますから、ご心配はございませんでしょ?今はお父様の顔も見たくもありません。あっちへ行ってください」
 彼女がそっぽを向くと、うろたえながらも娘をうかがいつつも彼はその場を後にした。
 「あーあ、お父様も弥之助様も、男ってわからずやばかりだわ」
 彼女は空になった茶碗と茶が満たされている茶碗を片付けつつ、
 「でも、好きなんだもん。しょうがないか……」
 と、再びため息をついた。

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