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 その日も吉原は不夜城との名を体現するかのごとく煌々と灯が夜空を照らし、人通りが絶えることがなかった。
 田園が広がる暗闇の中に突如出現する花街は、そこを目指してやってくる男達にとって極楽と思えたに違いない。
 華やかな張見世をのぞき軽口をたたいて遊女とのやりとりを楽しむ者、揚屋に向かう花魁道中にぼんやりと見惚れる者など様々である。
 揚屋の二階、八間行灯の灯りが広い部屋を照らしきれていない中、男が一人、酒肴の膳を前に魂が抜けたように項垂れていた。
 身なりは裕福な商人のようであるが、あばたの痕が点々と顔中にあった。それが灯りに照らされて彼の容貌を一層醜く見せていた。
 隣の部屋からは、芸者の弾く三味線の音、幇間の調子の良い掛け声、遊女と客達のさんざめくような笑い声が聞こえてくる。
 彼も、先程までは彼らとまったく同じ立場であった。身請けの祝いにと宴を設け、郷里から呼んできた商人仲間たちを前にひどく気分が高揚していた。
 誰もが美しい花魁を身請けすることに対するやっかみと、感嘆の眼差しで自分を見ていたはずであった。
 しかし、その心持ちは打ち砕かれた。今宵、妻となるはずの花魁からの突然の愛想づかし。彼女が何を言ったか自分がどう答えたか、男はその内容などほとんど覚えてはいなかった。
 呆然と目線をさまよわすと、襖の陰に男が一人立っているのに気がついた。痘痕面の自分とは大違いの、役者のような男振りであった。
 花魁はそちらに目を遣り、小さい朱唇を噛むと、
 「栄之丞は、私の間夫」
 と言い切り、昂然と席を立った。
 水を打遣ったかのようにその場は静かになったが、次第に失笑が漏れ、
 「いやいや、次郎右衛門どん、とんだことで」
 「いや、なかなか面白い趣向を見せていただきましたよ」
 「これは、郷へのいい土産話になった。みんな大笑いするだろうに」
 散々に勝手なことを言い放ち、仲間達は宿へと引き揚げていった。
 彼は、顔を上げることも出来なかった。情けないやら腹立たしいやら、とうてい感情の整理がつかないまま身じろぎもできず、ずっと座敷に座っていた。
 「花魁、そりゃァちとそでなかろうぜ」
 ふと、口からそのような台詞がこぼれ落ちた。
 男はその言葉を何度か呟いてみると、深々と胸が締め付けられるような、ゆっくりと心が芯から凍っていくような、奇妙なこころもちがした。



 マジックから再三呼び出しの文を受け取ったシンタローが、仕方なく久々に自宅へと戻ると、珍しく本人ではなく用人のティラミスが出迎えた。
 廊下を歩きながら彼に問うと、
 「親父の用って、何だよ?」
 「シンタロー様、私からは少々申し上げにくく……」
 常に冷静で表情を変えないティラミスが、なんとはなしに困ったような顔をして言葉を濁したのでシンタローはいよいよ不審に思った。
 いつの間にか部屋の前に着き、
 「こちらでお待ちです」
 と、一礼して彼は去っていったので、シンタローが用心しいしい襖を開けると意外にもマジックは部屋で端座して待っていた。その前に座布団が一つ置かれており、どうやらシンタローのためのものらしい。
 「シンタロー、そこに座りなさい」
 とマジックは浮かれた様子も見せず淡々とそう云った。
 (道場のことか?でも、それは一応決着がついているはずだしナ……)
 思案をめぐらせながら、シンタローが座布団に正座するとマジックは、
 「話がある」
 そう云ったぎり中々話し出さない。
 「何だヨ!?早く言いやがれ」
 「実は、さる筋から縁談を申し込まれた」
 「親父が?別に見合いでも何でも勝手にすりゃいいんじゃねーの?」
 「私ではない。お前に、だよ。」
 シンタローは一瞬目を見張ったが、
 「俺は、見合いも結婚も今後一切するつもりはねぇ。悪ぃが、断ってくれ」
 キッパリとそう言った。
 マジックは何も云わない。シンタローはもう一度念を押しておいた方がいいかと思いつつ、口を開こうとすると、突然、
 「シンちゃーん!やっぱり、シンちゃんはいつまでたってもパパのシンちゃんだよネvお見合いはシンちゃんが嫌だったら断っておくから心配しなくても大丈夫だヨ!あ、でもさっきの『見合いでも何でも勝手にしたら?』っていうのは、パパ、結構傷ついちゃったヨ?」
 そう言って嬉しそうにマジックはシンタローを抱き寄せた。
 シンタローは、常にないマジックの真剣な様子に油断していた事と、とっさの出来事でかわす事ができなかったらしい。半ばあきらめの気持ちで彼はしばらくの間じっとしていた。
 「いやでも、まさか、どこの馬の骨とも分からない野郎どもに可愛いシンちゃんが騙されているんじゃ・・・!?そんなことないよね?与力とか同心連中にもシンちゃんのファンがたーっくさんいるし、パパとっても心配だヨ!!」
 (――一体どこをどう考えやがったらそうなるんだ?親父、頭が湧いてんじゃねーの??ったく、頭痛がしてきたゼ・・・)
 どうにかマジックを押しのけ、座布団に座りなおすと、
 「この際だから、はっきり言っておく。俺はこの家の跡は継がねぇ。コタローにアンタの跡を継いで欲しい」
 低く云った。座敷には、殺気が漂った。
 「シンタロー、それはお前の一存で決めることはできない」
 常人なら竦みあがるような殺気の中、マジックは平然としていた。
 そして、
 「コタローのことに拘るよりも、自分の幸せを一番に考えなさい」
 有無を言わせない口調で、そう断言した。
 二人は暫く睨み合っていたが、業を煮やしたのかシンタローがついに立ち上がった。
 「――こんのクソ親父ッツ!!」
 「非道いよシンちゃんッツ!パパをクソ親父なんていう悪い子に育てた覚えはありません!パパ大好きvって言ってヨ!!」
 「うるせえッツ!!俺はもう帰るからナ!当分こっちにはこねぇから、アンタも道場に来んじゃねーぞ!?」
 襖が高い音を立てて閉め切られた。
 「シンちゃんの意地悪~」
 マジックは飾ってあったお手製シンちゃん人形をとりあげると、頬擦りした。
 しばらくすると、襖越しに、
 「……コタローは、元気なのか?」
 とボソリと問う声が聞こえた。シンタローはまだ帰ってはいなかったらしい。
 「ああ。相変わらず容態に変わりはないが、サービスが万事面倒をみてくれている」
 「そうか」
 気配が、その場から消えた。
 「――せっかく会えたのにコタローのことばかりだと、パパ焼きもちやいちゃうヨ?」
 マジックが庭に面した障子を開けて外廊下に出ると、冷たい空気が肌を刺した。
 庭には弱々しく冬の日差しが注いでおり、一隅に植えられた南天の実が鮮やかに紅く色付いていた。


 師走も中ごろとなり、家屋の煤払いを済ませた人々は新年を迎える用意ができた嬉しさからか、誰もが清々しい顔つきで街中を往来していた。
 昼九つの頃、アラシヤマが奉行所内の詰所を訪ねると、室内にはミヤギ一人しかおらず彼は火鉢の傍で弁当を食っている最中であった。
 「暢気なもんどすな」
 「なんだべ、アラシヤマか」
 ミヤギは顔を上げると、握り飯を頬張った。アラシヤマは戸棚から人相書の綴りを取り出し、ミヤギとは反対側の火鉢の前に座った。特にお互い会話をするわけでもなくミヤギは食事に専念しアラシヤマは帳面を読んでいたが、しばらく経つとミヤギは何か思い出した様子で「そういえば、」とアラシヤマに声をかけた。
 「オメさ、来る時シンタローに会ったべか?」
 「なんどすか!?シンタローはんが来てはるんどすかっ!?」
 帳面を放り出し、急いで出て行こうとするアラシヤマの背に向かって、
 「外で会ってないなら、すれ違いだっぺ?なら、もうとっくに帰ったはずだべ」
 ミヤギが声をかけると、アラシヤマは振り向いてミヤギをにらみつけ、
 「……あんさん、ほんまに気ぃききまへんナ!もう間に合わへん」
 と不機嫌そうにブツブツ言いながら戻ってきた。
 ミヤギは、(この根暗に、そこまで言われる筋合いはないべ?)と思ったが、呆れた気持ちも混じっていたので文句はいわず、とりあえず手に持っていた握り飯の最後のひとかけらを口に放り込んだ。
 「どうも、シンタローの顔色があまり冴えねぇような気がしたんだけんども」
 「そら、あの親馬鹿親父と親子喧嘩でもしたんでっしゃろ」
 アラシヤマは湯のみを持ってくると、鉄瓶から勝手に白湯を注いで飲んだ。
 「そうなんだべか。普段シンタローを猫っ可愛がりしてるくせに、あの親父、ムカつくべ」
 「そう単純な話やないとは思いますけど、あの親父がえらくムカつくんは事実どすな。想い合うわてと心友のシンタローはんとの仲をいつも邪魔しはりますし!」
 「……アラシヤマ、どう考えても全部おめさの一方通行だべ?いいかげん、妄想はやめた方がいいんでねぇべか?シンタローにもますます嫌われるだけだべ」
 「……聞き捨てなりまへんな。わてのどこが嫌われていると云わはるんどすか?シンタローはんは、照れてはるだけどす!頭の足りへんあんさんには分からんやろうな」
 アラシヤマは目を細めてミヤギを見ると、
 「そういやあんさん、先程からえらくシンタローはんに肩入れしてはりますなァ?忍者はんが知ったら悔しがりますえ?」
 と小馬鹿にしたように言って、鼻で笑った。
 「トットリのことは関係ねぇ。オメェこそさっきから偉そうに何様のつもりだべ?」
 ミヤギがアラシヤマを睨みつけ、片膝を立てると、
 「上等どす。わてに喧嘩を売ったことを、せいぜい後悔せんことやな」
 アラシヤマも腰を浮かせ、立ち上がろうとした。
 しかし、不意に
 「君たち、所内での喧嘩は御法度だヨ?」
 という声が聞こえ、何の気配もなくマジックが不意に襖を開けて姿を現した。
 アラシヤマとミヤギは、幽霊を見たかのように一瞬動作を止め、あわてて居住まいを正した。
 「偶然、さっきから話を全部聞かせてもらっていたんだけどねぇ?・・・どうやらまだまだ、私の耳は遠くなってはいないみたいで安心したよ」
 マジックは笑みを深めたが、見ている二人の背には油汗が伝った。
 「アラシヤマ、今日はどこへ行くつもりなんだい?」
 とマジックは平生と変わらぬ調子で聞いたが、アラシヤマは中々答えない。
 「いいから言いなさい」
 「――浅草寺で歳の市の見廻りどす」
 「ミヤギ、君は?」
 「オラは昼からは調書を仕上げます」
 それぞれの予定を聞くとマジックは、しばし思案し、
 「ミヤギ、今日はアラシヤマの見廻りについて行きなさい」
 と云った。それを聞いて、いち早く反応したのはアラシヤマであった。
 「お奉行!一体何の道理でわてが、この顔だけ阿呆の面倒をみなあかんのどすかっ!?はっきり言わんくても邪魔どすえ!!」
 「オラもこんな根暗野郎とこれから浅草くんだりまで行きたくねえべ!調書を書き終わったら、今日は非番のはずだっぺ!?」
 マジックは、いきまいて抗議する二人を眺め、
 「五月蝿い」
 と、ひとこと言って姿を消した。
 アラシヤマとミヤギは顔を見合わせ、息を吐いた。
 「あれって、絶対八つ当たりだべ……」
 「わても同感どす。なんやえらい阿呆らしゅうなりましたナ……」
 「仕方ないっぺ」
 「ほな、さっさと行きまひょか」
 「あーあ、全くついてないべ」
 ミヤギは再度、長々と嘆息した。


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