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<こちらは拙小説「Diorama / Japanesque」に関するご注意です>






当小説はパプワのキャラクターを好き勝手に配役したパラレル小説です。
時代設定は一応平安としております。所謂なんちゃって平安です。
どうか色々と心の許容量の多い方のみお読みいただければと存じます。

地名や単語などでワケがわからんとお思いになられることがあったら、
どうぞどんどん読み飛ばしてください。
本筋にはさほど関係はないかと思われます。
近日中に一応簡単な解説ページは作ります。
漢字のルビなどもあまりにも不親切な内容ですので…。

カップリングの前提は例の如くアラシン、トリミヤです。尤も×色は薄いかと。
その他今後の展開によってもしかすると色々出てくるかもしれません。

連載形式ですが、基本的に1話完結です。
何話続くかはわかりませんが、今のところ3話までは続く予定です。
広げた風呂敷がどこまで畳めるかはわかりません。
気と筆の赴くままにてろてろと更新していきます。

やっちまった感溢れる平安陰陽?パラレルではありますが、
しばしの間お付き合い願えれば、この上ない幸せでございます。







 時は中世。
 帝の号令の下に都が京に遷され、早くも二十年ほどが過ぎていた。 
 闇が深く、それらの中に潜む「あやしのもの」が、まだ人のすぐ傍に在った時代である。
 殿上人から市井の民人に至るまで、何らかの怪異の噂を聞かぬ日はない。
 「祀り」や「呪い」、或いは加持祈祷。そうした神妖との接触が日常の中に行われていた時代でもある。


 二十年前の遷都にも様々な理由はあった。だがその最たるものは、帝への呪詛と噂された数々の奇異(あさまし)事を避けるためということである。
 今上帝が今の地位に就くために、若き日より多くの政敵を闇に葬ってきたことは、大内裏の事情に多少通ずる者であれば誰もが知っている公然の秘密である。
 二十と数年前、今上帝に世継ぎが産まれ、その前途をめぐって朝廷には様々な謀略が渦巻いていた。遷都を行う前の長岡の都では、内裏の陰惨な色は今よりも尚濃かったのである。
 そのゆえか、長岡では目には見えない「何か」によって、しばしば人死にが出るほどの事故が起きていた。
 大内裏で衛侍の上に急に梁(はり)が落ちてきたり、真昼、火の気のない後宮で何故か御簾が燃え上がったり。そうした事故が、事故と片付けられないほどに頻発したのだ。
 夜な夜な内裏から男の呻き声が聞こえる、あれは数年前に死んだあの貴族の今上帝への怨嗟の声に違いあるまい―――そうした噂がまことしやかに流れる時勢だったのである。


 それら怨霊の力を、更に言ってしまえばそうした噂自体を押し込めるために建設されたのが今の都だった。
 新しい国の中枢として選ばれた京の都は、四方を山々に囲まれた天然の霊地である。
 淀川水系の東縁にあたる盆地には、琵琶湖を水源とする宇治川のほか、桂川、木津川などの複数の河川が周辺山系より流れ込んでいる。宇治川・桂川・木津川の3つの河川は京で合流し、淀川となる。
 ただでさえ霊の溜まりやすい盆地にこれだけの水系が集まっていれば、その道に詳しいものでなくとも、そこに何らかの怪しの力を感じざるを得ない。
 さらに都には、様々な霊的守護が施されている。碁盤の目状に作られた都がそれ自体巨大な結界となっていることは有名であるし、周辺の山中には四神の統べる東西南北、そして艮の方角を要所に、霊験あらたかな僧をあまた擁する王城鎮護の寺が置かれている。
 また、大内裏にはそれら「神妖の類」に対応するための陰陽寮が設置され、常時数十人の陰陽博士、陰陽師たちが勤めていた。陰陽寮の主たる仕事は星読や卜占、加持祈祷によって政を補佐することだが、退魔、怨霊調伏もまた、彼らの欠くべからざる仕事であった。



 と、朝廷はそういった情勢の下にあったのだが、それはこの物語においては瑣末な話である。



 とまれ、「現し世に在らざる物」が、まだまだ巷間の闇の至るところに跋扈しており。

 ―――水に魚、地中に蟲、闇には怪が棲む。いずれ人の立ち入るべき処に非ず。

 そういう時代の話である。















『 Diorama / Japanesque 』  

― 壱、 或殿上人祇園の小塚にて妖と出逢うこと ―















 都の羅城門を出て東北の方向、鴨川を渡ってしばらく進んだ寂しい小道を、一人の男が駆けている。
 すっきりとした長身に茜色の狩衣(かりぎぬ)を身につけた男の、年の頃は二十三、四。
 烏帽子はどこかで落としたか、或いは邪魔になって捨てたかしたのであろう。被ってはおらず、後ろでゆるく一つに括った長い黒髪が、風に煽られて波打っている。
 真っ直ぐな太い眉に、黒目のはっきりとした大きな目。すっと通った涼しげな鼻梁。
 そこには意志の強さと溢れんばかりの活力、そしてそれすらも魅力としている僅かな驕慢の色がある。
 だが、常には不敵な面構えをしているその男は、今はただひたすらに闇に目を凝らし、無心で走り続けていた。
 
 羅城門からはもう大分離れ、辺りは鬱蒼とした木々に囲まれている。このまま行けば祇園社の裏手にでも抜けることだろう。
 頭上には煌と輝く上弦の月が現れていた。
 その光と、同じく天を彩る星々の明かりによって、かろうじて足元だけは確認できる。だが目先の一寸すら確かではない状況を、全速力で疾駆するというのはかなりの難行だった。
 冷たい夜気の中、時に木の根に足をとられそうになりながら、男は走り続ける。
 否、足を取ろうとするものは木の根や砂利石の類だけではなかった。
 闇の中にだけ現れる、本来そこには存在しないはずの倒木や水溜り。影だけの手。天から降る長い長い帯に、奇怪な魚、蝸牛の霊……。
 確かに目には映る。だが、それが現実に「ない」ということも、過去の経験から男はよく理解している。
 なのですべてを無視して踏み過ぎていくのだが、鬱陶しいことは鬱陶しい。それでも、男は足を止めるわけにはいかなかった。
   
 男が駆けるその十間(約二十メートル)ほど後ろを、まるで何かの波のように、一群の影がざわめきながら追っていく。
 ざわめきは遠い宴席のそれのようでもあり、獣たちが喚いているようでもあり、また無数の虫の羽音のようでもあった。そのざわめきと共に、突風でも吹き過ぎているかの如く、木々が梢を揺らし、その葉を散らす。

 やがて男は袂(たもと)から一枚の符を取り出すと、よく通る低声で真言を唱え始めた。

「ナウマク・サラバタタギャーテイビヤク・サラバボッケイビヤク・サラバタタラタ・センダマカロシャダ・ケン・ギャキ・ギャキ・サラバビギナン・ウン・タラタ・カン・マン」

 もう随分な距離を全速力で駆け続けているはずなのに、男の呼気はさほど乱れてはいない。
 駆ける速度は緩めないまま、左手で剣印を結ぶ。

「謹んで奉る不動明王、黄地仇なす妖魅悪鬼速やかに冥府が果てまで退けんと、そは宝剣の御力顕し給うよう、畏み畏み申す―――」

 そして唱え終わると同時にばっと振り向き、振り向きざま影たちに、右手で符を放った。
 

 符から光が顕現し、闇を一閃する。その光を浴びた影たちの一部が四散し、ざわめきを止める。
 夜の林に、むしろ恐ろしいような静寂が戻る。


 だがそれは一瞬のこと。
 男の気迫に動きを止めていた影たちは、すぐにまた形を取り戻して男を追い始めた。
 男も、やれやれとでもいうように一つだけため息をつき、くるりと回れ右をして再び駆け出す。

「―――クソ、やっぱほとんど効かねーじゃねーか。あの顔だけ野郎、覚えてやがれ」

 苦虫を噛み潰した表情でそう呟いて、男は更に林の奥へと入り込んでいく。
 しかし、いくら体力には自信があるとは言え、いつまでもこうして鬼ごっこを続けているわけにもいかない。さてどうしたものかと考えながら走っていた男は、そのときふとその状況にそぐわない甘い匂いが鼻腔をくすぐるのを感じた。

(ン?…梅の香……?)

 今は如月。先日ようやく立春を迎えたばかりで、梅の時期にはまだ早い。宮中にある梅の木もまだ、早咲きの枝にようやく蕾の予兆が見えるくらいだ。
 だが、はじめは微かだった香りは林の奥へ行けば行くほど確かに強まっていく。
 梅林でもあるのか、と周囲を軽く見渡すが、少なくとも視界に入る範囲ではそれらしき木は見当たらなかった。

 香りに気をとられて足元がおろそかになっていたのだろう。
 男は、駆ける速度のまま何かの硬いものを思い切り蹴飛ばして、前方につんのめった。
 また妖の目晦ましかと思って油断していたのだが、どうやら今回の障害物は実体を持っていたらしい。
 蹴飛ばしたのは、古ぼけた大きな木簡だった。
 闇の中に目を凝らせば、僅かに盛り上がった土山の上に、白々と、まるで光っているようにも見えるすべらかで大きな石が置かれている。
 男が蹴飛ばしたのはその前に立てかけられていたもののようだった。 

(―――やべ、なんかの塚だったのか?コレ)

 男は慌てて前方に飛んだ木簡を追い、それを拾い上げる。
 風雨に曝され泥まみれになっている木の板には、どこの術式かはわからないが梵字で文言が書かれていた。文言の一番下には、そこだけ漢字で「嵐山」の二文字が見える。
 その雰囲気から察するに、どうやらかなり昔に、何らかの妖を封じ込めた塚だったらしい。
 霊験あらたかそうな札を蹴飛ばしてしまったことは暗中の不可抗力としても、さすがにそのまま放置していくわけにもいかない。せめて元あったところに戻しといたほうがいいよな―――と男がその板を手にして振り返った瞬間。

 ピシッ、という乾いた音が木々の間に響いた。

 見れば、木簡の中央に大きな裂傷が出来ている。
 だが、先刻耳を打ったのは朽ちかけていた木切れが発した音というよりは、まるでそこにあった硬質な「何か」にひび割れが起こったかのような、夜気を裂く鮮明な音だった。 
 男が嫌な予感に顔を顰めたのとほぼ同時に。
 むせ返るような花の香りと共に、背筋を冷やすような妖気が塚から湧き上がってきた。
 霧とも煙ともつかない白い靄が、辺りに立ち込めていく。男は追われているという立場すら一瞬忘れ、ただそこに立ち尽くして目を凝らす。



 そして靄の中心に忽然と現れたのは、一体の、人の形をした妖(あやかし)の姿だった。


『 Diorama / Japanesque 』壱、 <後編>






 妖は、黒い単(ひとえ)を身にまとい、塚の上に悠然と腰をかけている。強い梅の香りは靄と共に薄れ、空中を仄かに漂う程度になっていた。
 単の裾や襟元から覗く肌の色は、抜けるほど、白い。
 薄手の単の上に、無造作に羽織っている布にも似た、蒼白とも言っていいような色だった。
 襟足が短く、前髪だけが顔半分を覆うように伸びている髪は、今しがたどこぞで濡れてきたような漆黒。
 そしてそこには、人の耳の代わりに狐のような大きな白い獣の耳が生えている。
 妖の姿の後ろからは、長くふさふさとした白い毛の尾が揺れているのも見えた。

 年を経て力を得た白狐の妖か、と男は瞬時に考える。
 だがそう断定するには、それが発する妖気の中には人、獣、器物を問わず、あまりに種々雑多な気が合わさっているようだった。
 これほどまでにおかしな妖を男はこれまで見たことがない。だがなんにせよ、一筋縄ではいかなそうな古い妖であることは間違いがなかった。

 妖がゆっくりと顔を上げ、髪の切れ間から覗く鋭い片目で、男を見やる。

「フフ……長かった……長かったどすなァ……やっと表に出ることができましたえ―――って、あ痛っ!な、ななな、何どすの?!」

 だが口元に不敵な笑みを浮かべながらゆらりと顔を上げたその妖は。
 次の瞬間、背後から怒涛のように押し寄せてきた魑魅魍魎の類に一斉に踏み越えられて、勢いよく大地に口付けた。
 正面から来たその勢いを、男は半身をずらしてひょい、と避ける。そしてこめかみの辺りを掻きながら、無数の足跡をその背中一面につけた妖を、ほんの少しだけ憐れむような目で見下ろした。
 妖はしばらくその姿勢のままわなわなと震えていたが、やがてこんのぉぉぉと言いながら起き上がり。人には理解できない言葉で影に向かって何かを怒鳴りつけた。
 その声に、周囲にいた小鬼たちが弾かれたように飛ぶ。
 妖の迫力に怯んだのか、魍魎達は駆けるのを止め、妖と男とを遠巻きに囲み、ざわめきながら様子を窺い始める。 
 妖を中心に三間ほどを半径とした円の、内側にいるのは男だけである。
 土ぼこりにまみれた衣服をばたばたとはたいてから、妖はじっとりとした視線を男に送った。

「……最低の寝覚めや。何なんどす、あん細かいの」
「鳥辺野(とりべの)で眠ってた、死霊のみなさんじゃねえかな」

 世にも恨めしそうな表情で発される妖の問いかけに、男は前方を見据えたまま淡々と答える。

「へえ、鳥辺野……って、なんどすのその他人事みたいな言い方は!あんさんがわざわざ引き連れてきたんでっしゃろ!」
「好きで連れてきたワケじゃねーよ」

 ぎゃーぎゃーと喚く妖の声を指で耳をふさいで遮断しながら、男は事態の冷静な認識に勤しんだ。

 どうやら自分はここに封じられていた狐だかなんだかの妖を、うっかり起こしてしまったようだ。
 この妖はどこか、いやかなり全面的に間抜けでかつタチが悪そうだが、妖力はそれなりに強そうである。
 そして正に今、自分は数多の死霊に追われており、結構な窮地に立たされている身だったりする。

 まだ手に持ったままだった木簡の表に目をやり、そこにある嵐山の文字を確認して、男は妖に声をかけた。

「おい、アラシヤマ」
「……気安ぅヒトの名前口にせんでもらえます?」

 妖は眉根を寄せ、座りなおした塚の上から見下ろすように男に目を向ける。
 それでも、不承不承というように、なんどすの?と問い返した。

「テメ、封じられてたってことはそれなりに力のある妖怪なんだろ?」
「それなり、言うのは失敬どすな。あんさん一人食らうくらいやったら、一瞬どすえ」
「ちょっと手ぇ貸せよ。こいつら追っ払うのに」

 何気なく言われたその言葉に、アラシヤマという名の妖は見えている片目を思わず丸くした。目前の男が表情も変えずにのたまったあまりに予想外の要請に、危うく石の上からずり落ちそうになる。

「はぁ?あんさん、陰陽の理を操るお人どっしゃろ?こんくらい、わての力なんて借りんと、ちょちょいとやってまいなはれ」
「……。それができたら、一見の妖なんぞに頼るわけねーだろ」

 まるでスネたような口調で言い放たれた、男のその言葉。
 二人の間に沈黙が張り詰める。
 せ、と妖が、薄い羅紗にも似た白布を羽織った肩を震わせた。

「せやかてさっきあんさんナウマクなんたらてカッコつけてゆうてはったやろ!わて塚ん中から見てたんどすえ!」
「ばーろーあんなクソ長い真言アンチョコ無しで言えるワケねーだろーが元からハッタリだ!」
「逆ギレ?!」

 目を吊り上げながら自分を見る妖に、だーかーら、と言いながら男はぐしゃぐしゃと黒い前髪を掻き乱す。

「俺は、テメーの想像してるよーな陰陽師じゃねえんだよ。一応視えることは視えるけど、マトモに勉強したわけじゃねぇから式も術もほとんど使えねーし」
「情けないこと言わはりまんなぁ……」

 眉尻を下げながらアラシヤマは嘆息する。その表情には、自分を封じていた術を破ったのだからさぞ力の強い陰陽師かと思ったら、とんだ期待はずれだった。そんな侮蔑の色が露わである。
 だがすぐにケケケと笑ったかと思うと、せやけど、と底意地の悪そうに言った。

「わて、弱いお人には興味あらへんのや。運が悪うおしたな、わてはもうここからおさらばしますさかい、さっさととり殺され―――」
 
 その瞬間、アラシヤマの左面をかすめて、稲妻にも似たとてつもない破邪の力が後方へと飛んでいった。
 アラシヤマの背後の木々から一斉に鴉が飛び立ち、夜空を旋回しながらギャアギャアと啼きたてる。

 それは何気なくアラシヤマに向けられた、男の片手から放たれたものだった。

 アラシヤマは口元にうすら笑いを貼り付けたまま、凍りついたように固まっている。その顔のすぐ横で、パチ、と小さな雷がはじけた。

「―――できんのは、問答無用で吹っ飛ばすのくらいか……」
「……そら、あんさん……反則どすえ……」

 淡々とそう言い放つ男に、妖はひくり、と唇の端を引きつらせた。

「陰陽師でもないくせに、退魔の術だけは達者ゆうことどすか。嫌な性分の人と会ってもうたなあ……。でも、そないな真似できるんやったら」
「ちょっと事情があってな。無闇に消したく、ねーんだ」

 妖の声を遮るように、きっぱりした口調で男が言った。影の群れをまっすぐに見据えながら、最初にヘマして怒らせたのはこっちだしな、とぼそりと付け加える。
 言葉を止められたアラシヤマは、そんな男を眺めながら呆れたように肩をすくめた。

「あんさん自分の命が危ないゆうのに、消さず追っ払う方法探そう思て鳥辺野からここまで走ってきましたん?そらえろうご苦労なことで」

 男は口を一文字に引き結んだまま、妖の言葉を聞いている。反論をしないところを見ると、自分でもそれなりの自覚はあるらしい。
 アラシヤマは目を細めて、じっと男を凝視する。
 しばらくそうして男を、否、男が身にまとう何らかの力を目を眇めて眺めていたアラシヤマは、やがて、ハン、と投げやりな声を出した。

「人の癖に、化生のもんに情けかけるなんて甘いことやっとるから、つけ込まれやすいんどすな……ま、仕方あらへん、今回だけは助けたげまひょ。よぉ見たら、なぁんかおもろい気ぃ持ってはるみたいやし」

 そう言いながら、アラシヤマは塚の上に立ち上がると、ぴょん、ぴょん、とまるで体重を感じさせない動きで塚と男の肩を跳ね、その目前に降りる。そして男を背に庇うように直立すると、周囲を囲む死霊たちを視線だけでゆっくりと見渡した。

 ざわり、と反面を覆う黒髪が逆立つ。
 同様に、大地から風でも巻き起こっているかのように、アラシヤマが纏う黒の単もその裾を揺らした。
 ゆるやかに目の高さまで上げられた爪の長い右手には、橙色の鬼火がまるで生き物のように絡みついている。

 男の目の前で、アラシヤマが炎を纏った右腕を一振りする。
 瞬間、二人の周囲に僅かな空間を残して、辺りに無数の火柱が噴きあがった。

 あまりに不穏な妖の力。それを男は間近で見、―――こりゃ、大分マズいモン掘り起こしちまったかもな……と一瞬だけ後悔する。
 しかし今更引き返すことは出来ない。嬉々として炎の影をその面に映す妖に向かって、男は大声で怒鳴りつけた。
 
「焼き尽くすんじゃねーぞ!追っ払うだけでいいんだからな」

 久々に現世で炎をふるうことができたアラシヤマは、しかしあからさまに物足りないという顔である。

「……わかってますけど。よぉまぁこの状況で我が儘言わはるわ」 
 
 それでも派手な炎の柱は、殆ど脅しが目的であったらしい。無理やり消滅させられる断末魔の声はなく、辺りに集まっていた幽鬼たちはただ一目散に逃げていく。
 やがて炎の柱が一本、また一本と闇に紛れていき、その最後の一本が消え去ったとき、そこにはもう、死霊たちの気配はなかった。
 辺りはしんと静まり返っている。静寂の中、黒い単の背中が力を抜いたのが男の目にもわかった。
 腰に手を当てながら、得意げな顔をしたアラシヤマが男を振り返る。

「全部追っ払ったったわ。これで、文句ないでっしゃろ」
「ああ」 

 それまでの淀んだ空気は完全に霧消しており、代わりに身を研ぐように清冽な夜気だけがそこにあった。
 風の流れが正しく直され、同時に息を潜ませていた周囲の動物たちが、また安らいで呼吸を始めたことを感じる。どうやら、この妖の力は結構なものであったらしい。
 そんなことを呆れたような感心したような心持で思っていた男に、アラシヤマはちろりと赤い舌を見せながら笑いかけた。

「せやったら―――」
 
 男の姿を細い目で眺めながら、黒髪の妖は舌なめずりをする。

「おあしをいただきまひょか。まさか化生のモンに頼みごとしといて、タダで済むなんて思うとりまへんよなぁ……?」
「……」
「わては、高」
「眼魔砲」

 いんどすえぇぇという続きは途中から悲鳴に転じ、哀しく木々の間にこだました。

「なんかできるもんなら、してみろヨ」
「くっ……あんさんのそれ、ほんま卑怯技どすえ?!」

 地に両膝を着き、先の毛の焦げた耳を抑えながら、半分涙目になっているアラシヤマはキッと男を睨みつける。
 不敵な面構えを取り戻した男は、腕組みをしながらそんな獣の妖を見下ろした。

「諦めとけって。アイツら追っ払ってもらったのには礼言うけど、腕だの足だの食われてやるわけにゃいかねーんだ」

 さばさばとそう言って、片眉を上げる。
 だが妖は相当しつこいタチらしい。容易には諦めがつかないようで、あくまで男に喰らい付いてくる。

「人間なんかにタダで手ぇ貸したなんて、わてのプライドが許さんわ」
「じゃあ、今度酒でも持ってきてやる。それでチャラにしろ」
「酒は…嫌いやおまへんけど。あんさんから貰いたいのはそんなんとちゃうんどす」

 そしてしばらくの間、アラシヤマは眉間に皺を寄せながらブツブツと一人で何かを呟いていた。
 が、やがて、何かを思いついたように眉根を解いたかと思うと、ニヤリと男に笑いかける。

「ほな、しゃあないどすな。塚戻るわけにもいかへんし……、代わりに何もらうか決まるまで、あんさんに憑いてくことにしまひょ」
「げっ……」

 今度は男のほうが、あからさまな不快の色をその顔に上す番だった。
 酸欠の鯉か鮒よろしく口をぱくぱくと動かした後。ようやく発することが出来た声は、悲鳴と罵声が入り混じったものだった。

「憑いてきてどーすんだよ」
「さあて、とりあえず都の観光もしたいどすし、内裏がどないなってるのかも気になりますな。それにあんさん割とおいしそ……やのうて面白そうな精気持ってはるさかい」
「……ちょっとでも怪しいことしやがったら、ぶっ飛ばすぞ。てか来んな、マジで」
「今ここで何かもらえるんどしたらそうしますけど?あんさんの手足でも目玉でも」

 心底愉快そうに、だがどこか皮肉めいた冷笑を含んだ笑顔で、妖はのらりくらりとそうのたまう。
 男はそれに対してまだ何らかの抗議を行おうとしたが―――どっと降るように湧いてきた疲労感に、ただ首を振ってため息をついた。

「なんか、相手すんのもめんどくさくなってきた。とりあえず眠ぃからもう帰るぜ」
「そうそう、人間諦めが肝心なときもありますえ。ほな、これからよろしゅうにな、えーと」
「……シンタロー」

 自分の性分をすっかり棚に上げながらそう言う妖に、男はげんなりと肩を落として名を名乗る。
 妖は至って上機嫌らしい。赤い唇を歪めて、ニィ、と笑う。

「シンタロー。じゃあ家帰ったらまずはぶぶ漬けでも出してもらいまひょか」
「着いたら即寝るに決まってんだろうが」
「ぬくい茶なんて何十年ぶりでっしゃろなぁ。あー楽しみどすわ」
「テメエ……このデカい耳は飾りかコスプレか?!」
「あだだ痛い痛い痛いどす!動物の耳と尻尾に悪戯したらあかんて小さい頃お母はんに習わんかったんどすか?!」

 アラシヤマの白い耳をギュウウと遠慮のない力で引っ張ってから、シンタローは何かを思い切るように一つ大きな息を吐き。勢いよく踵を返した。
 そしてそのまま、来た道を戻り始める。その後を妖が、耳を押さえながらほたほたとついていく。
 

 気付けば夜に浮いていた冷気が凝って、下生えの草々に無数の白露が留まっている。
 黎明の薄い光の中。奇妙な二人連れの影が、都に向かって歩き出した。

















<了>















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書いてる本人が一番楽しいアラシン平安パラレル開幕です。


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