そこは真っ白な世界。
俺がただ一人、ぽつんと立っているだけの世界。
そして、段々と俺の目の前に人影ができていく。
それは、知った人だった。
「兄さんを怒らして、苦しめて、そんなに楽しいの?」
開口一番に、優しい声で冷たく言われた。
「あなたに、言われたくない」
ふいっと、視線をはずしてもその人は必ず、俺の視界の真ん中に移動する。
「兄さんは…犠牲者なんだ。それぐらい君だってわかっていたはずだろう!」
大きな声で言われ、それがどんな意味を含んでいるのか痛いほど分かっている俺の身体が、小さく震えた。
「わかってる。だから・・・・」
冷たい瞳がなおも俺を射抜く。
「なら、何故、兄さんを苦しめるんだ」
「あなたも、同じだろ?俺は、親父が幸せになると思って、『シンタロー』を殺したんだっ!!」
冷たい瞳が、哀れみの色に変わる。
「…シンタロー」
もう、その声には冷たさは感じられなかった。
「その名前で呼ばないでください。俺には名前なんてないんです。“シンタロー”は、グンマかあなたの息子の名前だ」
「…いいや。君がシンタローだ」
温かさを含んだ声が、俺の心に触れてくる。
「いいえ、俺はただの『ダミー』です」
「それでも、ここに来てしまった君は、どうするんだ?私のように、さ迷い歩くつもりか」
ここがどこか、いまいち分かっていない俺にそんな質問をしてくるなよ。
「いいえ。俺は時機にに消滅しますよ」
「?」
どうせ、ここはあの世とこの世の境目なんだろうけどさ。
「もともと、無かったものですから」
驚愕に開く眼は、やはり綺麗な青い瞳だ。
「それで君は、満足か?」
その瞳、親父と同じだな。
「元に戻るだけです。そう、俺は無に帰るだけ」
「まだだ」
搾り出すような声が、少しキンタローに似ている気がした。
「いいえ、もうすぐです」
やっぱり、同じなんだな。
「まだ、君の体は消滅していない」
子供っていうのは、どんなに親に似ていてもクローンではない。
「時間の問題ですよ」
だから、違うところも持っているけど似ているところも持っている。
「今、キンタローや高松が懸命に治療を施してくれている。君は帰るチャンスがあるんだ」
ふとしたところが、親に似るんだろうな。
「…無理です」
親を知らなくても、親の仕草に似てくる。
それが、血の繋がりって奴なのかもしれない。
俺、似てねえや。
「シンタロー」
「俺自身が、もう無理」
うらやましいや。
「何故?」
「・・・だって、あの人の最後の言葉が、My hated Mr. vicarious victim(私の嫌いなダミーさん)だったから」
本当の親子なら、こんなこと言えるはずもねえ。
「・・・」
「永遠に眠れって言われちゃったんだ。俺、気にしていないように見えるかもしんねぇけど、本当は…今まで、信じていたんだ。愛してくれていると」
永遠になんて、酷すぎるだろ。
「そうだね」
「俺は、そんなつもりでこの世に生まれてきたんじゃないのに・・・」
生まれてこなければよかったなんて、この年で思いたくもなかった。
「君は、頑張ったんだね」
「誰も俺のこと認めていない」
この人の温かい言葉が、胸に染み渡ってくる。
「もういいよ。君は頑張った。私よりも。そして、ほかの誰よりも」
嘘をついていない。
本心からそう、言ってくれている。
「・・・ありがとう」
「こちらこそ、ありがとう」
何だか、やっと落ち着けたって感じだ。
「じゃ、行くね」
「気をつけてね」
まっすぐ、この人の顔を見て笑った。
「うん。さよなら。ルーザーおじさん」
続く
反省
ルーザーさんがいい人に~~
「ん・・・」
まぶしい。
白い光が、瞼に直接当たって痛い。
「あ、起きた!」
この声は、グンマ?
「キンちゃん!シンちゃんが起きたよ!」
嬉しそうに弾む声で、キンタローを呼ぶグンマの様子は、眼を開けなくとも分かってしまう。
「グンマ、それをいうなら目を覚ました、もしくは意識が戻ったといったほうが適切だと・・」
足音が近づいてくると同時に、キンタローの声も大きくなる。
「ぐ~」
それに、ゆっくりと眼を開けた。
白い天上が見えた。
そして、少し横を見れば半分眠りかけのグンマと、呆れ顔のキンタローがいた。
ああ、なんだ俺、生きてるんだ。
「やっと目が覚めたか。シンタロー、お前はどうして俺たちの肝を冷やかせるようなことばかりするんだ。もう少し総帥としての自覚を持って行動をしてほしい」
眉間に皺を寄せながら、いつものように話し始めるキンタローの目の下には、薄っすらと隈が浮かんでいた。
「・・・親父は?」
意識が戻って第一声がこれとは、心配してくれた従兄弟には申し訳ないが、仕方ないだろう。
「叔父貴は…」
珍しく、キンタローの歯切れの悪い言葉に、吉報ではない知らせが耳に入る覚悟をした。
「あまり、朗報といえるものではないのかも知れない」
キンタローは淡々と話し始めた。
もう少し話し方に抑揚をつけてほしいと思ったのは、時計の短針が一周したときだった。
「・・・それで叔父貴は、比叡山延暦寺に坐禅を組むといって、翌朝8時初の電車に乗り込むと言い出した。俺は、坐禅を本当に組むというのなら、禅宗の寺に決まっているだろうと言うと、叔父貴は曹洞宗のお寺に行くと言い、ついでに茶道をたしなんでこようといい始めた。そこで・・・」
「お前は、臨済宗が発祥だから福岡まで行ったほうがいいと助言したんだな?」
明るかった外は、真っ暗になってもこいつの話は止まない。
どうやら、自殺未遂した俺は運よくたまたま部屋に訪問したキンタローに発見され、すぐに手術を行い一命を取り留め、5日ほど意識不明だったということだ。
親父は、意識不明の俺を目の前にして、初めて後悔し始め、このゆがんだ気持ちを正すのは滝に打たれればと思ったらしい。
そして、キンタローの要らぬ世話のオンパレード。
12時間と30分。
やっと、話は俺が意識不明になって3日まで進んだ。
あと2日。
聞くのがだるい。
「そうだ、それで・・・・」
まだ進むのか・・・。
「叔父貴は、ジャンを・・・・」
そこで、キンタローの言葉がとまった。
俺に気を使ってんだろう。
だというなら、ジャンに何かあったということが。
「いいから、進めろよ」
「ああ、叔父貴はジャンを・・・・・・・殺した」
「は?」
冗談だろと聞けば、首を横に振られた。
「すべての元凶はジャンであって、シンタローではないと言って、ジャンを殺した」
そんな、おかしいだろ?
原因なんてジャンではないことは明白だ。
「とめなかったのか?」
「皆、賛同した」
俺に気を使って言っているのか。
冗談だろ。
あれだけ、手に入れたかったジャンを簡単に殺せるはずないだろう。
「夢に親父が、俺の親父が出てきたんだ。皆の夢の中に。お前と父さんが話している夢が・・・。それを見て、最初は反対していた皆が賛成し始めた」
あの会話が?
「お前が、マジック叔父貴のことが大好きでたまらないと泣きじゃくっていた。そして、ダミーといわれたのがショックでたまらないから、消えてやるとダダをこねていた」
そんな風に見えたのか?
あれが?
まあ、そんな風にも見えるのかもしれないな。
「安心しろ。皆、お前の味方だ」
なにか、都合がよすぎないか?
ジャンを親父が殺した。
皆が味方?
都合がよすぎる。
そのとき、ドアを叩く音とが聞こえた。
「入るよ」
親父の声が聞こえた。
「シンちゃん、久しぶりというべきなのかな?それとも、謝ったほうがいいのかな?」
そういいながら、前と変わらぬ笑顔で親父が入ってきた。
「親父・・・」
「ごめんね」
そう言って、俺が横たわるベッドに腰掛けた。
「俺は退室する。何かあったら呼んでくれ」
キンタローは俺に気を使っているのか、それともマジックに使っているのか、話を途中で切り上げ眠りこけているグンマを抱えあげ、そのまま部屋を出て行った。
都合、良すぎるよな?
「シンちゃん」
親父が俺のほほをなでる。
優しい手。
そして、以前感じた殺意は微塵も感じられなかった。
あるのは、俺に対するあふれんばかりの愛情。
ジャンを見ていた、あの瞳。
「ごめんね。お前がいなくなってから、私はお前に対する感情を再認識させられた。本当にお前のことを愛しているのだと・・」
都合よすぎるよ。
ねえ、ルーザーおじさん。
あんた、何かしただろう。
「シンタロー、お前が許してくれるというなら、私は一生をかけてお前を愛し、罪を償うよ」
違う。
あんたはそんな風になれない人間だ。
都合が良すぎる。
これは俺が作り出した、もしくはルーザーおじさんが作り出した、幻想の世界だ。
俺を苦しめないように作られた。
「シンタロー」
「違う!違う!違う!」
「シンちゃん?」
こんなの、違う。
「こんなの絶対、違う!親父はこんな風に俺を見ない!キンタローも、誰もかも俺を味方じゃない!」
「シンタロー!」
俺は逃げたかった。
望んでいたのは、こんな世界かもしれない。
だけど、嘘で作り上げられた世界なんて要らない。
だから、眼魔砲で窓を壊し、そんな俺をとめる「あの人」に似た幻想の世界の親父の腕を振り払い、俺は窓から飛び降りた。
予想通り、ここは一族専用の医療ルーム。
冗談抜きで地上20階の高さからのダイブ。
「シンタロー!」
悲痛な叫び声に、俺は笑った。
偽りの世界だったとしても、そんな風に呼ばれるの嬉しいからさ。
ばいばい。
「なぜ、戻ってきた」
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